プロローグ1
ていっ!
「ようこそ『インフィニット·ポッシビリティーズ』の世界へ」
アナウンスと共にログインした俺は円形状の大広場の一角にいた。
そしてキャラメイク時に設定した姿の面影もない自分の姿がそこにはあった。
「なんじゃこりゃあああああああああ」
妙に可愛らしい声が広場を掛け巡っていった。
★☆★☆★
二〇三一年一月二日。アメリカと日本の企業が協同開発で完成したVRフルダイブ技術、それは数年前まで空想の産物として鼻で笑われていた物だ。しかし、この技術が完成した事が世間に知れ渡るとそれは世界中に大きな波紋を呼んだ。
二〇四一年五月十四日。十年の時を得て「無限の可能性」と銘打たれたフルダイブ技術を仕様したVRMMO『インフィニット·ポッシビリティーズ』は世界各国で発売された。
『インフィニット·ポッシビリティーズ』はテレビニュースからバラエティー、雑誌や新聞にまで幅広くのメディアに大々的に紹介され、それはその日の一面を飾る事はざらにあり、一年経った今でも時々ニュースで報道されていたりする。
正式なサービスが開始され多くの人が『インフィニット·ポッシビリティーズ』にログインした。
そこで彼らが目にしたのは、今までのゲームが何だったのかと感じられる世界が目の前に広がっていた。
結果として彼らの期待を裏切らなかった。
ネット上で誰かが呟いた「これはゲームの世界ではない、異世界だ」と、
この発言でゲームの価値観を大きく変え、更にプレイ人数は増加したという。
『インフィニット·ポッシビリティーズ』が発売され1年が経過するが未だにプレイヤー人口はうなぎ登りに増える一方、一年でプレイヤー人口は既に900万人を突破し、ギネス世界記録にも認定されるという異例の人気を誇った。
★☆★☆★
「お兄ちゃーん『インフィニット·ポッシビリティーズ』やろっ」
夏休み、夏の日差しが地面を焦がそうとばかりに照りつける季節、俺がソファーでぐったりとしていると妹の遥花がそんな事を言ってきた。
「俺はいいよ、ゲームにはあまり興味ないしお金が勿体ないからな」
「えー、一緒にやろーよー、お願いだからさー」
俺達兄妹は母親がイギリス人の為、遥花は整った顔立ちに背中まで少し内側にカーブし伸びた金髪、まだ十四歳ながら十分魅力的だ。
近くにあるテーブルに手を付き、ぴょんぴょんとジャンプしながらお願いしてくる姿は少し可愛らしい。
だがそんな事に惑わされる程俺も甘くない、ここはガツンと言ってやろう。
「ダメだ、いつもいつもそうやって言ってるけどダメだからな!俺は家事をやんなくちゃいけないし宿題も終わらせないといけないんだからな!」
しかし、いつもはここで引き下がる遥花だが引き下がる様子がない、すると遥花は含みのある笑みを浮かべると、
「お兄ちゃんはベッドの下に隠してある肌色の薄い本をお母さんに見せて欲しいくなければ観念してね」
「なっ、お前まさか俺のお宝秘蔵集を!?」
「お兄ちゃんはー、長くてピンクのニーソが――」
「うぉおおおおおおお、分かった、分かったから止めろ!今直ぐ買いに行くから!」
俺はソファーから普段ではあり得ない速度で立ち上がり全力で遥花の口を抑えた。
俺は心臓がバックバックになり目血走らせながら遥花を説得する。
姉や妹がいる人にはわかるかもしれないが、死にたく成る程これは恥ずかしいのだ。
遥花は未だにニヤニヤしながら俺のほうを見ている。止めてくれ本当に死にたくなる。
「そ、それじゃあさっそく買いに行くか!いくらなんだ『インフィニット·ポッシビリティーズ』は」
俺は物凄く恥ずかしいので話題を変える。
「えーとね、大体十万円くらいかな?少し値は張るけどその変わり凄いんだからね!」
俺は想像はしていたが実際に十万円と言われると少し腰が引けてしまう。
しかしここで買うのを止めてしまうと、遥花がお母さんにアレを暴露されてしまうので買うしかない、銀行でお金を下ろさなくては。
自宅から銀行まではそこまで離れていない、精々十分そこらだ。しかし今日に限ってはその道乗りがとても長く感じられた。
ATMの引き出し口と手元の口座を二度見し、俺はため息をつく。
十七年間頑張って貯めてきたお年玉がゲーム機の為だけに半分ゴッソリともってかれてしまった。正直言って喪失感が半端じゃない。
「俺の金が······」
「お兄ちゃん!気にしちゃ負けだよ!」
遥花が戯言を俺の横で言っているが、そんな事を突っ込めるような気力が今の俺にはない。
俺はATMの引き出し口から約十万円を取りだし、財布に入れる。
先程まで数百円しか入っていなかったスカスカの財布が物凄く重く感じたのは気のせいではないだろう。
俺達はさっそく『インフィニット·ポッシビリティーズ』を買いに家電量販店に足を進めた。
「で、遥花、どれが良いんだ?物によって値段が違うぞ?」
俺達は目的地に付くとさっそく『インフィニット·ポッシビリティーズ』の販売しているエリアに来ていたが、色々な種類があり五万円から十万円と値段に差があったのだ。
「私も機械についてはあまり分からないんだけど、多分あれだよ、旧型か新型の違いだと思うよ」
「そうなのか?だったら旧型で良いかな」
俺はなるべくお金を使うまいと安い型を手に取ろうとすると、
「お兄ちゃん!新型のほうが絶対に良いよ!ほらここ見て、新型は旧型よりも軽量化されててしかも、脳の負担がより軽くなってるってっ」
「いやでもさ、五万円も違うんだぞ?普通に考えてこっちの旧型のほうが良いだろ」
「でもじゃないの!男だったら高い方を選びなよ!それだからお兄ちゃんは女子みたいな顔をしてるんだよ!」
「なっ!?お前!よくも俺のコンプレックスを!」
そう、俺のコンプレックスの一つ、俺の顔は中性的で小中学生時代はよく女装をさせられていたのだ。
この中性的な顔のせいで一度ナンパされた程だ。その時はマスクを付けていたからかも知れないが、それでも男と女を間違えられたのは結構ショックだったのだ。
「だったら高い方を買ってみなよ」
そうだ、俺は男だ、ここで安いやつなんて買わずに所持金全部使うとするか!
俺は張らなくてもいい意地を張り、黒色の新型を手にしてレジに向かった。
「お買い上げありがとうございましたー」
店員が恒例となっている挨拶を後ろに俺は凄まじい後悔をしていた。
考えてみれば軽量化とちょっとした脳への負担が軽減されるだけで五万円も違うのだ、普通に考えて旧型を買ったほうが良い事が分かるだろう。
しかし、この機械はアカウント管理が徹底されている為、返品や転売は禁止されている。迂闊だったと内心自分の顔を思いっきり殴る。
「お兄ちゃん、今日帰ったら一緒にやろ?」
「ダメだ、ちゃんとご飯とか食べてからだからな、ゲーム没収するぞ」
「げっ······分かってるよお兄ちゃん、私そんなことするように見える?」
「見える、だってよく夜更かしして何度もゲーム没収した覚えがあるぞ」
「うっ······、そんなんだからお兄ちゃんはいつまで経っても女の――っ!?」
「え―、遥花さん何か仰りましたかなー?」
俺は遥花に笑顔で渾身のグリグリ攻撃をきめる。
「ぎゃーああああああああ、あっやっやめてええええええ!!」
遥花は俺の手を全力で離そうと必死になるが、痛みが強過ぎる為か直ぐにそれを止め暴れ始めた。
「これ以上言わない事を誓うか?」
俺は少しだけグリグリの力を弱め聞いく。
「わかったっ!わかったからもう止めてこれ以上言わないからっ!」
遥花がそう言うと俺は頭から手を離してやった。
直後、遥花は鬼からにでも逃げ出すかのように一目散で逃げ出した。
俺はその後ろ姿を暖かい目で見守っていたがあることに気がつく。
「あっ!?あいつ道分かんない筈じゃっ!?」
俺はもう遥花の見えなくなった道を駆け出すのだった。
次回もよろしくです!