第二話
二、
婚礼の日は明るく晴れた春の一日でした。
私は白い婚礼衣装をきて父上の居室にいってあいさつしました。乳母のイネが私の手をひいてついてきてくれます。この人だけが私の婚家先の織田家までつきそい生活を伴にしてくれることになっていました。元々は斎藤家の人でしたが母上とは気性があったらしく、私が生まれた直後から私のため、母上のためによく働いてくれた人でした。私だけではなく兄上たちの世話もしてくれた人です。家来ではありますものの、別格の扱いで家族も同然でした。同じような扱いの家臣が父上のまわりには何人かいて、みんな気さくに私たちに会ってはよく遊んでくれたりしました。
このあいさつが終わると私は斎藤家を出立します。家のまわりには大勢の人の気配がしています。みんな私の出立を待っているのです。婚礼衣装の私を見るなり父上は笑顔になり、母上は膝に手をやって目を伏せました。泣きそうになったので下を向いておられたのでしょう。母上は武家の女なのに、そういう女性でした。
私は今日限り父上、母上とはもう生きて二度と会うことはあるまい……それは覚悟していました。武家の女はどういう相手に嫁がされても、その相手に従わないといけない。だけど私の相手は元々敵地だったが、私が嫁ぐことで休戦となる。
休戦とは戦が休むことです。これは誰もが怪我をしたり武器をあつらえて使ったりすることはないということを意味しています。父上もまたずっと屋敷にいることになります。とても良いことなのです。私は織田家に嫁ぐことを誇らしく思っていました。
父上は私に白い絹で包んだ細長いものを渡しました。
「これをお前にやる」
それは小さいものでしたがずしりと重いものでした。開けると懐剣が出てきました。父上はいつもの笑顔を見せて言いました。
「帰蝶。もしやれそうだったら、吉法師をやってしまえ。できなかったらそれもよい。だが、何かで攻め入られて辱めをうけることがあってはならぬ、それで自害いたせ。そなたは斎藤道三の娘、その誇りを忘れるな」
やってしまえというのは殺せということでしょう。私はその懐剣を手に取りました。父上と目があいました。母上は横を向いています。私ははっきりと答えました。
「わかりました」
父上の笑顔が大きくなります。
「よき返事じゃ。お前は頭がいい女子故、きっと私の意にそうじゃろう」
婚礼の前夜まで母上から毎夜聞かされることと微妙に違います。父上は私に嫁ぎ先の相手をできるなら殺せと仰せです。母上は尽くせとの仰せでした。私はどうしたらよいでしょう、でも父上、母上に問いかけることは失礼になります。だから何も聞かずに私は後で決めようと思いました。私は一言もしゃべりませんでした。そして懐剣を押しいただいてはこせことびらかんを傷つけないように注意し、胸奥に押し込めました。
婚礼の行列は斎藤家として恥じないものだったと思います。準備が短い期間ながらも京の都から届いた家具や着物の用意がありました。当時の斎藤家は尾張の織田家よりもお金をもっていたと思います。この婚礼でもってして一時休戦、同盟を結ぶことになったので、双方にとって良き縁組だったのです。
私は人質も同然でしたが、はじめての婚礼、はじめての白無垢をきて心がはずみました。晴れがましい気分でした。白無垢の着物は絹でさらりとした生地ではじめての手触りでした。父上と私の会話に入らなかった母上は初めて私の顔を覗き込みました。
「帰蝶、白無垢がよう似合う、とても可愛らしい。だから織田家の人々もそなたをきっと可愛がってくれようぞ」
父上も言葉を添えてくれました。
「京の都の公家の娘はみんなそういう着物を着ているらしい、そなたもいずれそうなるといいが」
父上の上機嫌な表情とは対照的に母上は真剣な顔でした。私の顔を絶対に見忘れまいぞというように、じっと見つめていました。それから私の髪を何度も撫でてから白無垢の綿帽子をそっとかぶせてくれました。
「なんというかわいらしい嫁御じゃ、私は誇らしく思うぞえ」
母上は泣きそうになっているのをこらえて、そうささやいてくれました。ああ、これはもう何十年も前の話なのに、ついこの間あったような感覚がします。奇妙なことよの。
私は婚礼の意義はわかっていた。元来敵だったけど私と吉法師様との縁組で戦がおさまる。だけど将来はどうなるかわからぬ、だからその時は殺せ、また辱めをうけることがないよう、いつでも潔く自害できるようにとな。それは間違ってはいない。武家の女はみんなそうなのです。家名を傷つけるようなことは決してしてはならぬ、みんなそうなのです。
……婚礼行列は昼過ぎに出発しゆっくりと進みましたがその日のうちに尾張の織田家に到着しました。夕暮れの織田家の館に降り立った時、土の色が知っているその色よりもずっと濃いことに気づきました。ここは私の知っているところではないのです。我が家の広い庭を思い出してもう二度と父上母上とは会えぬ、私はここの人間になってしまうのだ、そういう思いで胸がいっぱいになりました。
白無垢で顔を覆ってはいても大勢の人の足が見えます。乳母のイネだけが頼りでした。イネに手をひかれ私は織田家に入りました。大広間にも大勢の人がいました。
一番の上座にいた人が私の白無垢の布をばっと払い、のぞきこんだので、私はびっくりしました。その人は目じりにはしわがよっていて、顔も父上よりも老けて日焼けもしている野武士のように見えました。だがその乱暴な動作に似合わない意外に、穏やかな声を出しました。
「ほう、道三に似ずとてもかわいらしい嫁御が来たのう、よう来た」
私はどうしていいやらわからず、下を向きました。ちょっと恥ずかしくなったのです。
「帰蝶と申したな、やさしそうなかわいらしい顔をしている。私は織田信秀じゃ、疲れたじゃろう。茶でも飲んで身体を休めなさい」
その人は私の相手の吉法師さまのお父様、つまり義父上になる方でした。私は義父に向き直り丁寧に礼をしました。
「帰蝶でございます、このたびは……」
「よい、よい。堅苦しゅうすることはないぞ。いい子じゃのう、今後はそなたも当家の人間じゃ。こちらでゆるりと暮らされよ」
「ありがとうございます」
義父の目が笑っています。やさしそうに笑っておいででした。私もほっとしてほほ笑み返しました。義父は部屋にいた人たちを順番に紹介してくださいました。
まず同じく上座にいた土田御前、これは吉法師さまのご生母です。目じりがつりあがり性格がきつそうに感じました。今日からこの人も私の母上になるのです。孝行を尽くそうと思いました。
それから吉法師さまの弟の信勝さまをはじめとして織田家の重臣たちを一人ずつ紹介していただきました。私は特に土田御前さまには特にていねいにあいさつしました。また家臣にはいちいちうなずいてあいさつを返しました。
その様子はさすが斎藤家の女じゃ、道三の娘よと感心されました。なんのことはありませぬ、私は事態がよく飲み込めずぼうっとしていただけです。第一、義父は私に前に控えるこの物は誰それであると紹介してくれますが、肝心の吉法師さまはそこにいると教えていただけないのです。
私のすぐ隣には丸い形の敷物があります。私も同じ敷物をしいて座っています。私は何も知らない女ではありますが、さすがに婚礼の隣に座るのは上座にいる義父ではなく、私の夫になる人である、ぐらいは知っています。だけどそこだけ空席なのです。
誰もそれを言わず義父でさえそれには触れないのです。義父上が一通り紹介が終わると「夜も更けてきたし疲れただろう、そろそろ部屋で休まれよ」 と申されました。すると義母上になる土田御前さまが初めて口を開きました。
「最後まですっぽかしじゃったのう、このような大事な日というのに、あの子は一体どこにいるの」
その口調には、棘がありました。一番近くにいた初老の重臣が平伏して「まもなく、かとは思いまするが……」 といってそのまま頭をあげませんでした。
土田御前様はふん、という顔をしました。弟御の信勝様は困った顔をされて私を見ました。私もどうしていいかわからず、それでもイネにうながされて立ちあがって大部屋を出ました。
いつのまにか日はとっぷり暮れていました。もう夜です。
長い廊下を渡りました。
我が家とはまた違った空気で私は困ったような泣きたいような気分でした。でも今夜からここが私の家なのです。織田家がつけてくれた女中もいます。私たちの後をぞろぞろと付いてくる人もいます。私の周りには何人も使用人がいます。知った顔はイネだけでした。
婚礼の席はあれだけで終了です。私と一緒に斎藤家から来た人は酒と御馳走をふるまわれ、もう帰途についたでしょう。私は彼らと一緒にもう斎藤家に帰ることは生涯ないのです。下目のものに涙なんか見せられませんから、そこはぐっと我慢して大人しく案内された部屋に入り座りました。
女中たちがお茶を運んでくれました。
「よい、あとは私がやるからそなたたちはさがれ」
イネがそう命じたので彼女たちは下がりました。やっと斎藤家から来たイネと二人きりになった時私は思わずほっと溜息をつきました。イネはそのひそやかな私の吐息を聞いた途端、ぐっと声を押し殺して泣きました。
「ああ、姫様……、相手が婚礼の席に出てこないとはあまりにご不憫。やはりうつけ、という噂は本当でしたな、おかわいそうに……これは斎藤家に対してあまりに不遜、失礼なことじゃ。一緒に同行してこれたものはお殿様にこの話は報告してくれるはずじゃ、お殿様がもしかしたら縁組は破談にするといって返してくれるかもしれん、そうなったら斎藤家に戻れますからね。いや、いっそ、その方がよいかもしれません」
私は首を振りました。私は実家の斎藤家の父上、母上のご様子をみて、二度と生きて実家に帰ることはないとわかったのです。イネのいうことばは絵空事です。
のどがかわいていたので、ゆっくり茶をのみました。
おいしいお茶でした。
やがてイネも落ち着いたので、私はこれから私の居場所になる部屋をゆっくり見まわしました。
天井の高いよい部屋でした。婚礼の時にもってきたお道具類がもうきちんと納められ私は安心しました。私は立ちあがり鏡台に向いました。その中にも母上手ずから渡された小さい手鏡と柘植のくしが入っていました。
「母上……」
私はくしを手にとって髪をときました。心細い気分が少しまぎれました。女中が寝所用の寝巻をもってきたので着替えました。白無垢から着替える時に、イネがそっと我が父上からいただいた懐剣を取りました。私はそれを黙って受け取り寝巻の袂にいれておきました。ずっしりと重たく感じました。
イネは私の後ろに控えていましたか、小さくうなずきました。私はうなずきかえしませんでした。そして私は一言もしゃべりませんでした。居間からすぐ隣の部屋に移ります。そこが私の寝所でした。すでに布団がしかれ、小さく灯もともされています。
これで婚礼がすみ、私は吉法師さま、いいえ信長さまと夫婦になるのです。イネはさすがに遠慮し別室に下がりました。信長さまはまだ帰館されてないので、今夜は私一人で寝ることになるのでしょう。私はもしかしたら斎藤家の娘だから嫌われているのではないか、信長さまは永久に私に会わないのではないかと今更ながらがく然としていました。
だけど私には帰ることろはありません。もし信長さまが私のことがお嫌だといわれたら、私はイネだけ斎藤家に返してこの懐剣で私は自害しようとまで思いつめていました。私は一人座ってじっと待っていました。
灯がゆらいできましたが、もしかしたら油がつきてきたのかもしれません。時刻も遅くもう寝たほうがいいのでしょう。でも私は寝る気になれませんでした。
どのくらい座っていたのか、遠くでがやがやどすどすという音が聞こえてきました。その音はだんだん大きくなり、こちらへ向かってきます。誰かが大きくわめいています。
「うるさい、こっちへついてくるな」
「やかましい、黙れ」
そういう甲高い荒々しい声でした。きっと吉法師さま、いいえ、信長さまだ! 私は見繕いをして両手をそろえ、かしこまって膝の前に置いて頭を深く下げました。と、ふすまががらっと開きました。暗い廊下から一人の男が飛び入ったように感じました。部屋に草と土と馬の匂いが充満しました。
私が頭を下げているとすね毛がいっぱい生えている足が二本、私の前に立ちました。泥の匂いもしました。
「お前が斎藤道三の娘だな」
信長さまはとても大きな声でした。私は頭を下げたまま言いました。
「はい、帰蝶と申します」
「顔を見せろ」
私は顔をゆっくりあげて、手を膝の上に揃えました。私は信長さまを見ました。大きく目を見張ったと思います。だって恰好があまりに変だったのです。薄暗い灯の中で見る信長さまのお姿は、まるで地下のはぐれ者でした。あちこち破れた一枚きりの薄い着物に腰には荒縄で結んでいます。髪は多くまた長くそれを一本に結んでいました。信長さまは突っ立ったままでした。部屋は灯も油がつきかけていて、着物の色まではわかりません。だけど信長さまの目がきらりと光ったのはわかりました。
その目……私は一瞬ぶるっと震えました。この人があのうつけものと言われる織田家の総領息子……私はこの人は決してうつけ、といわれるお人ではないとわかりました。実際信長さまはそうだったのです。
私は初対面で信長さまの目をみて怖かったのですが、同時に頼りになるというか、そういう不思議な感情がでてきました。そして父上の言葉も思い出しました。……殺せるなら殺せ。
でも、この人は私が簡単に殺せるような人ではありません。また父上でさえも簡単に殺せやしない、うつけどころのお人ではない、そう思ったのです。本当に今でさえもあの時の不思議な感情を再現できます。信長さまはそういうなんというか魔力というものをもった人でした。
だけど婚礼の夜にそういう恰好で現れるのはどういうことでしょう。私は花嫁で多くの婚礼荷物をもってきたし、また迎え入れる織田家の人間も信秀さまや土田御前、弟の信勝さま、織田家の重臣たち一同きちんと正装して待っていたのです。肝心の花婿である信長さまだけが姿もみせず、夜も更けてからの参上、非常識と言われても仕方がありませぬ。私は何もしらぬ娘でしたが、それはさすがに変だとは思いました。だけど口に出して言うことはありません。目の底光をみて尋常ではないお人、ただものではないお人と思う一方、やはり人から「うつけもの」と言われるのは仕方がないとも思いました。
でも父上がよかれと思ってお決めになった相手です。私は逃げ出すつもりはありませんでした。私は斎藤道三の娘なのです。私は、信長さまをみあげてじっとしていました。信長さまも私をみおろしてじっと見ていました。
やがて信長さまは私の前に胡坐をかいて座りました。そして私の顔をもっと近くにのぞきこみました。
「私は斎藤道三と会ったことはない。さて、お前の顔は父親似なのか、どうなのだ?」
「いえ、私は母上似だとよく言われます」
「そうか、ならいいかな、」
何がいいのか私にはよくわかりません。信長さまはもう一つ私に聞きました。
「お前はお前の父上がマムシと言われているのを知っているか?」
私はめんくらいました。
「ヘビのマムシのことですか? 私の父上が?」
「そうさ、あやつは食らいついた相手を死ぬまでいたぶる男だ。しかしどうやらその様子では何も知らぬようだな。そなたは、まさか偽物ではあるまいな」
私はがっかりして言い返しました。父上をかように侮辱しまた私を偽物というのです。許しませぬ。
「私は正真正銘の斎藤家の女です。そなたこそ、己がうつけもの、と言われているのを御存じないのか?」
「えっ? はははっ」
信長さまはいきなり笑いだしました。
「はははは、知ってるよ。ははははは、それで帰蝶はどう思ってる? そなたはうつけものと結婚するのだぞ?」
「私の父上はマムシではありませぬ」
「うんうんわかったよ、それで?」
「私は父上に言われて結婚したのです。そなたがうつけであろうと何であろうとそれは関係ありませぬ」
「つまりお前は私がどういう男であろうと、お前の父上が命じた通り嫁御になるというのか」
「私が当家に嫁にきたことで同盟を結んだことになり、みんなが戦をしないですむのです。だから信長さまがうつけであれ、どうあれ私はこちらの嫁として尽くそうと思います」
「お前は嫌々、こっちに来たわけじゃないんだな」
「もちろんでございます」
信長さまは感心したようにふーん、とうなりました。私は勇気を得て逆に質問してみました。
「あの、婚礼の時なのに今日はどちらへ行ってたのですか」
「うむ、山の峠まで鷹狩りにいってきた」
「婚礼の時なのに」
「そういうの、面倒なんだ」
「ひどいと思いまする」
「そうだったな、ごめんよ」
私は驚きました。謝るとは思わなかったのです。信長さまはもっと私のそばにもっと近寄りました。それでもっと顔を私に近づけました。どうしよう、私はうろたえて下を向きました。
「お前おもしろい女だな、もしかしたら鷹狩りよりもいいかもしれない。こたびの婚礼は父上が急にお決めになった、私は不満だったが皆こんなものなのだという。だからこんなものなんだろうな。だが斎藤道三の娘がこんなにかわいいと思わなかった。意外だったよ」
信長さまの目がすぐ近くで笑っています。私も何となくおかしくなり、にっこりしました。その瞬間私は袂をつかまれて手首を握られました。私はあっ、と思いました。いつのまにか信長さまの手に私が斎藤家から持ってきた例の懐剣があるのです。目にもとまらぬ早さで鞘を抜かれ刃を私の喉元にあててきました。
私はのけぞりましたが、かろうじて背筋を伸ばしたまま姿勢は崩しませんでした。
「帰蝶、これはなんだ。うん?」
「懐剣、私のお守り……」
「斎藤道三が私を殺せ、寝首をかけと言って渡したのではないか」
「……」
「図星だろ? あやつが黙って大人しく娘をくれるはずなんかねえわ」
「……」
「切れ味がよさげな刀じゃの、さすがに斎藤道三だな、だがお前に私が殺せるはずがない、第一人を殺したこともないだろ、お前」
「……」
知らず涙がでてきました。だけど私は信長さまの目を見つめます。涙でにじんできましたが、視線をはずしませんでした。私にはこの男は絶対に殺せない、これだけはわかりました。そしてこの男に殺されるならそれもまたいた仕方なし。だが私は婚礼の夜に信長さまに殺される、となるとこの婚礼は破局。
同盟破局となると戦になる。
斎藤家はどうでる。
織田家もどうでる。
そのまわりの国はどうくる。
私は父上と母上の顔を思い浮かべました。また決して涙を見せるまいと思っていたのに、もう涙を流している自分を情けないとも。自害をしようとも思いました。
すると信長さまは刀をあてるのをやめて鞘に戻しました。それから私の顔を見詰めたまま、白絹におさめ組みひもをくるくると巻くと私の膝にそっと置きました。返そうというのです。私は驚いて懐剣に触りました。私の手の上に信長さまがそっと手を置きました。それは大きな手でした。そしてとても温かな手でした。
「武家の女として当然のよい心がけじゃ、帰蝶、それは大事に持っておけ」
信長さまの目がまた笑いかけました。私はついさっきまで泣いていたのも忘れまたにっこりしました。
「お前は笑うとかわいい、」
信長さまは私の髪にさわり、私を撫でました。父上とはまた違う触りかたでした。それから私の顔を両手でそっと包み、ご自分の大きな肩にひきよせてくれました。頬がかっと熱くなってほてってきました。私は恥ずかしくなってうつむきました。
「夜も更けた、もう寝ようこっちへおいで」
信長さまはそういって私を寝床に誘いました。土と馬の匂いがする、織田家の嫡男、信長さま。
……私はそうして彼の妻になったのです。