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標なき英雄  作者: 厳萬飯
3/3

3. 岐路

ガタン、ゴトン。


電車のオトマノペと言ったらこうだろう。走る化石とも揶揄されてはいるが、未だに在来線はリニア以上の稼働量を誇るそうだ。新型だと囃したてるのもいるにはいるが、地に足がついていないリニア特有の搭乗感覚が落ちつかないとの意見もあるとか。


ガタン、キキキ、ドドド、ギュー。


「痛たたた」


押し寄せる立ち乗り客らの波に揉まれて思考の海から現実に戻された。

暑い、人の体温超熱い。今は初春だぞ、なんでこんなに暑いんだ。ああ、まだ暖房が入っているのか、畜生。


吊皮が軋む。

いかんいかん、熱くなるな。つり革は千切れずとも鉄骨が歪んでしまうぞ、脱力しろ俺。


スー、ハー。


深呼吸を繰り返しているといつの間にか平坦な区間に入ったようで、人間の摩耗音と足音は鳴りを潜めて車内は鉄輪が線路を叩く音のみ響いていた。

クールダウンの時間だ。今一度避暑すべく思考の海へ逃げる。

走る化石と呼ばれる在来線だが、骨董品ではない。年間の故障率やらアクシデント等を鑑みると、なんとリニア路線よりも圧倒的に頑丈であるそうだ。

ハイテクな装備を殆どつけていない電車は単純明快であり率直な反応をしてくれるから異常を早く見つける事が出来る、とは某ドキュメントドラマで日本一多忙な車掌の言葉である。


ローテク構造の電車。だが俺はそれが“化石”と言われる所以であるとは考えていない。

車内を見渡す。

窮屈そうに鞄を抱えながら吊皮を掴む会社員、椅子を多量の買い物袋で占拠する中年女性、疲労に負けて居眠りする老人、端末をいじっている若者、何かに脅えて手摺りにしがみ付く女子高生、息が荒い男、読書にふけるも人の多さに集中できない青年、車内に差し込む西日。

この光景は昔と変わっていないらしい、だから化石と呼ばれているのではないだろうか。


スー、ハー。


深呼吸をしてみる。よし、少しだけ落ちついた。見間違えかもしれない、車内を見渡す。

つり革を掴んで顔を手団扇で仰ぐ会社員、椅子から多量の買い物袋が滑り落ちて慌てる中年女性、あくびをかみ殺している老人、端末をいじっている若者、何かに脅えて手摺りにしがみ付く女子高生、息が荒い男、諦めて本を鞄に仕舞った青年、車内に差し込む西日。


見間違いじゃなかった。

まさか、あれが痴漢だというのか。

初めてみた、犯罪数が疎らになったご時世でも人の欲望は抑制できないようだ。


違う、そうじゃない。

どうする、あれに気がついているのは俺だけらしい。

どうする、俺に何が出来る。とっ捕まえて次の駅で降ろすのは容易い。だが―――


掌には、吊革の柄の残骸がある。昂って吊革を捻り千切ってしまった。


どうする、今の俺は痴漢を殺しかねない。

どうする、だからと言って第三者に協力を仰いだら逃げられるかもしれない。どこか別の場所でけしからん行為に及ぶかもしれない。

どうする、痴漢と目があった。


「」


何故か口をパクパクさせてこちらを見ている。そんなに見つかったことが不思議なのだろうか。

というよりも、そこは女子高生と目があってだな、俺がなけなしの正義感を絞りだしてだな。

ああ、なんだかものすごく勿体ないことをしてしまった気がする、無性にこの痴漢に対して腹が立ってきたぞ。

よし、消そう。

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