序章 ~むかしばなし おしまい~
宴は大成功になりました。
少年はとても美味しくて、多くの魔王達を喜ばせました。
ある魔王は何度も腕を食べました。何度でも生えてくる腕に、大喜びでした。
ある魔王は足をもぎ取ります。良く締まっていて歯ごたえがお気に入りでした。
ある魔王は血を吸いました。天上の美酒より美味しいと、うっとりとしていました。
ある魔王は肝を、ある魔王は目を、有る魔王は心臓を…
少年が食べられていない場所は、もうありません。
魂をすする魔王や、色々な心を食べる魔王達も居たので、たった一つを除いて、本当に食べつくされてしまったのです。
それでいて豪勢なお皿の上の少年は、生きていました。
身体のいろんな場所をもぎ取られても、直ぐに元通りになってしまうのです。
多くの魔王達は、とても満足して、最も凄い魔王を賞賛しました。
ただ一人の魔王を除いては。
その魔王は、ただ一人、少年を食べられずにいました。
その魔王が食べるのは、人の絶望の心。
少年は、いくら自分が食べられても、絶望はしませんでした。
だって約束してくれたのですから。
一番すごい魔王様は、村を守ってくれると。
絶望を食べる魔王は、それが不満でした。
多くの魔王が満足しているのに、自分だけ食べられない。
それは許せない事でした。
だから、ああ、だから。
ちょっと魔王は宴を抜け出したのです。
少年を絶望させるために、村を滅ぼしてきたのです。
とても惨たらしく、救いなく、容赦なく。
誰一人逃げられませんでした。
そして宴に戻ると、その魔王は少年に告げたのです。
お前の村を滅ぼしてきてやったぞ、と。
少年は絶望しました。
村が守られる。
その一つを頼りに、およそ惨たらしい行いの数々に耐えて来たというのに。
絶望を食べる魔王は、満足しました。
それは素晴らしい絶望でした。
余りの美味しさに、のたうち回るほどでした。
その他の多くの魔王ものたうち回りました。
もっとも偉大な魔王ものたうち回りました。
何故なら、誓いが破られたのです。
少年ともっとも偉大な魔王との間の誓いは、少年の村を守るという誓いは、強力でした。
その誓いが破られたと少年が知った時、恐るべき呪いが振りまかれたのです。
その呪いは、少年を食べた全ての魔王に降りかかりました。
偉大なる魔王も、多くの魔王も、そして絶望を食べた魔王にも、等しく。
もう魔王達は、少年以外のモノを食べられなくなりました。
もう魔王達は、少年が良いと言わない限り、少年を食べられなくなりました。
もう魔王達は、少年に力を及ぼせなくなりました。
こうして、たくさん魔王達のいる時代は、終わりをむかえるのです。
真っ先に滅びたのは絶望を食べる魔王でした。
多くの魔王から怒りを向けられた絶望を食らう魔王は、一かけらも残らず殺されてしまいました。
最も大きな力を持つ魔王も滅びました。
多くの魔王から、呪いの源として、滅ぼせば呪いが解けると思われたのです。
しかし、最も大きな力を持つ魔王を滅ぼしても、呪いは解けませんでした。
そのあとは、少年の奪い合いが始まりました。
魔王達は、少年しか食べられないのです。
魔王同士の争いは、世界中を巻き込むほどでした。
そして、多くの魔王がその戦いの中、飢えて弱まり、死んでいきました。
多くの時間が過ぎ、世界から魔王は消えていきました。
あれほど多くいた魔王はほんのわずかにまで減っていました。
そう、魔王の時代が終わり、人の時代になったのです。
そして残るごく限られた魔王達は、かつて少年であった男とある約定を交わします。
満月の盟約と呼ばれるそれは、魔王達の命乞いでした。
このまま、かつて少年であった男が老いて死ねば、残る魔王も飢えて死んでしまいます。
そこで、かつてもたらされた呪いのように、誓いで抜け道を作ろうとしたのです。
かつて少年だった男は、その約定を認めました。
魔王達が食べられる唯一の存在、そして最高の美味である存在。
男の最も強大な魔王からの祝福と呪いは、子や孫に引き継がれるようになったのです。
代わりに、魔王達はその血脈を守らなければいけません。
こうして、聖餐の者とよばれる血脈が生まれました。
そして、魔王の時代から人の時代になった今も、聖餐の者と残る魔王達はどこかに居るそうですよ。
何をしているかは……さぁ、どこかを旅しているのかもしれませんね。
何しろ、魔王さえも魅了する美味な身体なら、魔王ならぬ魔物達にとっても垂涎の獲物……常に狙われてしまうでしょうからね。
もっとも、その身を守ろうとする魔王からしたら、そんなこと許せないので……そんな魔物は滅ぼされてしまうでしょうね。
かつて絶望を食べる魔王や、偉大な魔王を滅ぼした時のように……
……あら、ぼうや。もうお眠?
それじゃぁ、これで今夜のお話はおしまい。
おやすみなさい、愛しい坊や……私たちの愛しきマスター……