026‐027
026
……何かおかしい。
城に着いて、真っ先に感じたのはそれだった。
いつも慌ただしく走り回ってるスワンナは今日に限って見当たらないし、必ず出迎えてくれるレナの姿もない。
「もうみんな食堂行ってんのかな。今日早くねぇ?」
「ご飯までまだ三十分はあるのにね」
廊下の時計を何度も確認しながらミランが呟く。
一階、二階と上がる度に普段家族のいる場所を覗いてみても、誰とも会うことはなかった。
暮らしの中心部になっている三階からすら、生活音が一切しないのには流石に不気味になってくる。
――まるで、だだっ広い城内に二人っきりになってしまったような。
そんなことを考え始めると、途端に不安が襲ってくる。
やけに長く感じる廊下をトボトボ歩いていると、何一つ疑問を解決しないままあっさり食堂に着いてしまった。
「……大丈夫、だよね?」
恐る恐るドアノブに手をかけたミランが、それっきりピクリともせずに黙り込む。
もしここに誰もいなければ、それは……、……えーと、どういうことになるんだ?
今までこんな経験なかったから、検討もつかない。
ミランのことだから、オレの何倍もあれこれ考えちまってるんだろうな。
朝からいろんな事があって、家に帰ってからもこれじゃあ、無理もない。
このオレでさえちょっと(本当にちょっとだけ)不安なんだから。
「大丈夫だって」
根拠はないけど、そんな気がした。
だって、目を閉じれば、いつもうるさいぐらい賑やかに迎えてくれるみんなの姿を簡単に思い浮かべることができる。
今日だって、きっと。
「……うん、そうだよね」
伝わったのか、何なのか。
ミランは一度頷いたあとようやくドアノブをひねる。
ひねって、内側に、引く。
少しずつ、少しずつ、少しずつ。
やっとできた、10cmくらいのすき間を二人で覗こうと肩を寄せた、瞬間。
パンッ! パンッ! パパン!!
「ハッピーバースデー!!!!」
弾ける音と共に紙吹雪が舞い、歓声の雨が扉から溢れてオレたちを包み込んだ。
「「えっ!?」」
みんなが、いた。
ぴったりそろってすっとんきょうな声をあげるオレたちに、オロンが盛大に笑った。
「なんだなんだ、お前ら本当に自分の誕生日忘れてたのか?」
「「た、誕生日……?」」
さっきまでの不安が一気になくなって、へなへなと力が抜けてくる。
……そうだ。
つい昨夜まではあんなに楽しみにしてたのに、今朝からバタバタしていたせいで、すっかり頭から抜けていた。
つーか、今日は何回驚けば済むんだよ。
自分の誕生日を忘れたのなんて、生まれて初めてだ。
「はははっ! いつまでもそんなとこにいないで、こっちへ来いよ。今日の主役はお前たちなんだから」
扉を支えてくれるオロンから、早く入れと急かされる。
「おっめでとーうっ!」
中に入るなり、飛び出してきたのは一つ年下のスワンナだった。
持っていた洗濯かごをオレたちの頭上でひっくり返し、追加の紙吹雪をお見舞いされる。
「「「「…………」」」」
惜しげもなく頭からダイレクトに注がれる大量のそれは、吹雪というより、雪崩れだ。
「……そ、それにしても、二人とも予想より随分と早かったな。準備が間に合ってよかったわ」
「さっ。主役も揃ったことですし、冷めない内にご馳走をいただきましょう!」
これは誰もが予想外の展開だったらしい。
当のスワンナすらやっちゃった感を漂わせ、紙雪崩れに満場一致で変な空気が流れる。
さすが長男長女というべきか、すかさずオロンとマネリアが場を切り替えた。
027
みんながそれぞれ食卓の定位置に座り始めた頃、オレたちもレナに誘導されて席に着く。
「それじゃあ」とお母さんが周りを伺えば、お父さんが“いただきます”の代わりに「ハッピーバースデー!」と誕生日恒例の号令をかけた。
直後から祝いの言葉が飛び交い、食堂は一気にパーティームードに包まれる。
テーブルをぐるりと見渡せば、毎年お馴染みのハンバーグにポテトグラタン、コーンスープ。そして今年の新顔は、かにクリームコロッケにミートパスタ。どれもこれも、オレとミランの大好物だ。
誕生日には毎回主役の好物ばかりがテーブルに並ぶことになってるけど、それは誰がリクエストするわけでもなく、オロンが独自のリサーチでメニューを考えてくれる。
「ところでアーセル、蝶は見つかったの?」
どれから食べようか決めあぐねていると、ツェペリの声が聞こえた。
「んー、それがさ、それどころじゃなかったんだよなァ」
よく見ると、少し遠い位置に卵焼きがある。
一目でわかった。あれは……オロン兄貴特製のクリームチーズ入り卵焼き! また食べたいって言ったの、覚えててくれたのか!
「……え、なに?」
さっそく卵焼きを自分の小皿に取ろうと手を伸ばしていると、あらゆる方向から視線を感じて、オレは思わず固まる。
「あー……、だから、今日すげぇいろいろあってさ」
何となく話の続きを期待されたのはわかったけど、みんなが纏う妙な一体感とか、何から説明しようかとか、いろいろ考えてるうちに、ミランが口を開いた。
「今朝、アーセルがまた蝶をなくしちゃって。レナからラッキーが似たのをくわえてたって聞いたから、僕たち探しに行ったんだ」
「あー、そうそう! そしたらガキんちょの子守りは頼まれるし、変なおっさんは倒れてるし。クリス先生に薬草頼まれて森に行ったら番人とかいうヤツが……」
まあ、コリンのことは端折るとして。
朝からの出来事を脳裏に思い起こしながらひとつひとつ話していくと、直ぐにオロンが笑いだす。
それにつられるように、途中からいろんな笑い声が混じっていった。
「いやいや、マジなんだって! なっ、ミラン!?」
「……アーセル、そんな説明じゃ僕だってわからないよ」
隣のミランに振り返っても、同意はもらえない。それどころか、呆れたように肩を竦められてしまった。
「や、悪い悪い。別にお前たちを信じてない訳じゃないんだ。ああ、もちろん話が分からないわけでもなくてだな」
「ええっ!? じゃあオロン、さっきのでわかったのっ?」
せっかくフォローに入ったオロンに、ものすごい気迫で迫るミラン。回りの笑い声は一層大きくなった。
そんな中、お父さんとお母さんも横目を合わせて微笑んでいる。
「なんだよ、お父さんまで。みんなしてニヤニヤしちゃってさ」
確かにオレの話がわかりにくかったのは認めるけど。だからって笑いすぎだっつの。
「いや、お前たちも随分成長したものだと思ってな」
「ふふ。十五歳の試練、合格でいいかしら? 二人ともよくがんばったわね」
……試練? 合格?
言ってる意味がよくわからない。
「お前たち二人が十五歳という節目を迎えるにあたって、特別な日になるようにと、みんなで考えたんだ」
呆気にとられているオレたちをよそに、どんどん話が進んでいく。
みんなで考えたって?
……な、何を?
左側に座っていたロイとツェペリが体ごとこちらを向き、得意げに笑った。
「へっへーっ。工作部隊は俺とロイ! アーセルの誕生日にサプライズしたいって言ったら、レスターさんもクリス先生もノリノリで協力してくれたんだよ」
「みんな完璧に演技してくれたが、さすがに無茶なスケジュールだったからな。いつ気付かれるかヒヤヒヤしていたんだが、」
「ハッハッハ! そこはさすがアーセルとミランだったな。素直で助かった」
「ふふ、でも少しくらいは気付いていたんじゃない? でなければ別の意味で心配だわ。ねぇ?」
「え!? あ、ああぁ、なんとなーく怪しいなァとは思って……なぁミラン?」
「う、うん、うん、うん!」
――全ッ然、気付かなかったーー!!
工作部隊? レスターさんもクリス先生もノリノリで協力? 完璧に演技? 無茶なスケジュール?
ツェペリたちが町をうろちょろしてたのはそのせいだったのか!?
段々わかって来たぞ。
つまり……、
「オレたちの今日一日は、最初から全部仕組まれてたっ!?」
「そういう事だ」
信じらんねぇ……。
まず、どこからがどこまでが“そういう事”だったんだ?
つーか、誕生日のサプライズならもっと別方面でやってくれよ……。
ポン、と頭に重さが加わる。
見上げるとそれはオロンの手で、いつの間に席を立ったのか、マネリアも一緒だ。
「俺達からの試練は題して、『家事を学べ!』だ」
「レスターさんからのお願い事が、僕たちの試練だったってこと?」
「ヘンゼリューさん、通りでピンピンしてるワケだよなぁ。なんだよ、すっかり騙されたぜ」
「まぁまぁ、そう言うなって。ご褒美も兼ねてとっておきのプレゼントも用意してんだから」
ガックリと肩を落とすオレとミランの膝の上に、薄っぺらい袋が乗せられた。
「はい、おめでとう。これは私からね」
うすピンクのおしゃれなビニールには、バラの柄が散りばめられている。
テープを切って中を覗くと……花柄の……なんだ、これ?
「わーあー……」
隣で、ミランが何とも言えない声をあげた。
袋から半分出されたそれは、オレの袋に入っていたものと色違いらしい。
ハンカチ? ポーチ? いや、違う。これは男物の……パンツ!?!?
「ふふ、二人して赤くなっちゃって~」
呆けているミランからパンツをもぎ取って、袋の中に押し込む。
少し視線をずらすと、屈んでいたマネリアと目が合った。
「マネリアッ! なんで誕生日にパ……、パンツなんだよ」
「あら、おしゃれの基本は見えないところからよ。そろそろかっこいい下着の一枚や二枚持っててもいいんじゃないかと思って」
「いらねーっつの! こ、こんな女みたいなパンツ恥ずかしくて着れねぇよッ!」
やべ。つい声が大きくなっちまった。
「女みたいなパンツ?」
誰かの、何人かの声がハモった。
ざわついていた食堂が一瞬だけ静かになって、一気に袋へ注目が集まる。
間近で一部始終を見ていたオロン兄貴が、豪快に笑った。
「マネリアのヤツ、全部わかっててやるんだから酷いよなァ。」
気にすんなよ、と。
オレとミランの間でこっそりと耳打ちしたあと、オロンはさりげなく長方形の小箱を差し出した。
「いいか、二人とも。くれぐれもあとで開けるんだぞ? 漢と漢の約束だ」
「「オッス!!」」
意味深にウインクを飛ばすオロンに、期待が膨らむ。
なんだろう。オロン兄貴のリサーチ力は半端じゃない。きっとオレが欲しいものが入ってるんだろうけど、……ここで開けちゃマズイもの?
「そうそう。それからこれも返しておかなきゃね」
椅子に座ったままのオレに近付いたマネリアが、エプロンのポケットから取り出したのは蝶だった。
「えぇっ!? それ、マネリアが持ってたのかっ!?」
「そうよ。大事にしてくれて、ありがとう」
せめるつもりで言ったのに、あっさり肯定されてしまった。
右頭頂部の、いつもの場所に蝶が乗る。
今日一日を振り返ってみると、試練だか何だかでアッチコッチ振り回されっぱなしだった。どのシーンを取っても大変の一言に尽きるけど、おかげでそれも合格らしい。
しかも今日は誕生日で、ご馳走だらけだ。ご褒美もかねたプレゼントもある。
なんかよくわかんねぇけど、これは俄然テンション上がってきた……!