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悠久のカルテット‐quartet of eternity‐  作者: 四星
第1小節:アメとムチ、蝶と試練!?
7/12

021‐025




 021


 オレたちは薬の材料になる薬草、万能花を探すため、城下町を抜けてアシュリーの森にやって来た。

 春らしく新緑に包まれていて、草の匂いがする。

 町の近くにあるこの森は、子供達のいい遊び場だ。

 一年中薬草やハーブ類、木の実なんかが豊富で、普段からそれらを目当てにやって来る人たちで賑わっている。


「クリス先生は動物が獰猛化してるって言ってたけど……」

「なんつーか、いつも通りだよなぁ?」

「うん」


 目的地は森の中心部にあたる泉だ。

 クリス先生からもらった、小さな地図を広げる。

 走り書きされたメモによると、小振りな白い花を咲かせている背の低い薬草が『万能花』だそうだ。

 相当稀少なものだって言ってたけど……そんなすごそうなもん、本当にこの辺りに生えてんのか?

 もうだいぶ進んだけど、獰猛化してるらしい動物の気配もない。

 それどころか、子供を迎えに来たおばさんや、花を摘んだ帰りのお姉さんには日が暮れる前に帰るようにって、すれ違い様に何度も念を押される始末だ。

 まだ午後三時を過ぎた辺りだから、人もちらほら残っている。

 つまり、超がつくほどいつも通りの光景だ。


「オレ的には怪獣でも宇宙人でも、いつでもかかって来いって感じなんだけどな」

「またそんなこと言って……」

「大丈夫、大丈夫。ミランのこともちゃんと守ってやるって!」


 なんてったって、病院を出てからすごく調子がいい。

 野菜って、すげぇな。

 じぃちゃんが食べろ食べろって言ってたのも納得だ。

 病気にもなりたくねぇし、たまには頑張って食べる価値があるかもしれない。

 そんな事を考えながら、森の小道をどんどん進んでいく。

 すると、あるものを見つけた。

 いやいや、ちょっと待てよ。

 まだ確信は持てない。


「……アーセル?どうしたの?」


 突然足を止めたオレに、後ろから付いて来ているミランが恐る恐る問いかけた。

 しっ! と、唇の前に指を立てて合図すると、ミランはそれっきり喋らなくなり、かわりにキョロキョロと注意深く辺りを窺っている。

 オレは目の前の木に近付いて、その幹をじっと見つめた。

 そして、立てたままの人差し指と比較してみる。

 優にデカい。


 ……やっぱりだ。

 み、見つけちまった!!


「ミラン! これ見ろっ」

「……へっ!?」


 獰猛化した動物を警戒していたのか、ミランはオレの声に一瞬ビクッと体を震わせる。

 が、すぐに状況を理解したようで、大きなため息を吐きながら隣に来た。

 オレ達二人は、木の幹に止まる巨大なカブトムシをまじまじと見つめる。

 人差し指二本分はある大きなツヤのボディに、オレとミランの顔が映った。


「こいつ、もしかしてアシュリードスカブトじゃねー!?」


 アシュリードスカブトはこの森に生息していて、でっかくて強いカブトムシのボスだって、昔オロン兄貴が教えてくれた。


「……うーん、でもまだ春だよ? これは、ほら。ミドリカブトじゃないかな」


 じっくりと観察したあと「ほら」とミランはカブトムシの角を掴んで腹側を見せてくる。

 確かに茶色いボディーの裏側、足の付け根にはミドリカブト独特の鮮やかな緑線が入っていた。

 ミドリカブトは、冬以外いつでも活動してるかなりタフなヤツだ。数も多い。つまり、レアじゃない。

 おまけに、夏になると普通のカブトムシと見分けるの大変で不人気なんだけど、オレは結構好きだったりする。

 なんてったってガッツがあるんだよな、コイツら。




 022


「こんなに大きいのになァ。お前、アシュリードスカブトじゃないのかよ」


 せっかくみんなに見せて驚かせようと思ってたのに。


「でもせっかくだから、持って帰ってロイたちにも見せてやろうぜ」

「うんっ! こんなに大きなミドリカブト、なかなか珍しいもんね」


 角を持たれて手足をもさもさと動かすそいつをミランから受け取り、引き続き森を進む。


「ミドリカブトだから、ミドリ丸だね」


 しばらく静かだったミランが思い立ったように口を開いた。


「なにが?」

「名前付けてあげようと思って。どうかな、ミドリ丸」


 ミランは歩きながらオレの手の位置まで背中を曲げ、カブトムシに向かってミドリ丸と呼びかける。

 ミドリ丸か。まあまあダサい。

 オレならもっとかっこいい名前を付けるな。

 例えば……。


「破壊神、デストロイシャイン」

「……破壊し、ん……しゃいん?」

「だから、破壊神デストロイシャイン。こっちの方が絶対しっくりくるって」

「えーっ。ミドリ丸の方がいいよ! ね!」

「いいや。こいつはデストロイシャインがいいって顔してる。つーか、こいつがそう名乗ってきたんだから」

「嘘だー!」

「嘘じゃありませ~ん」


 言い合いをしてる最中も、手中のデストロイシャインは相変わらずもさもさと手足を動かす。

 やっぱり角を持たれたままじゃ居心地が悪いのかもしれない。

 森に来る時は虫かごのひとつやふたつ持って来るのが漢のたしなみだけど(これはオロン兄貴の名言のひとつだ)今日ばかりは仕方ない。

 せめて、できるだけ揺らさないように運んでやるか。

 そう決意して間もなくのことだった。


「オマエタチ、止マレ」


 物音がしたと思った途端、身構える暇もなく木陰から何かが飛び出してくる。


「「あぁぁぁーっ!!」」


 その瞬間、うっかり緩めた手からデストロイシャインが飛び立った。

 目の前には、変な格好の……不審者?


「お前! デストロイシャイン逃げちまったじゃねーか! どうしてくれんだよっ」

「す、すまない」


 思わず怒鳴ると、その不審者は一歩下がりながら謝った。

 ん?この声は……。


「ゴホン。……オマエタチ、止マレ!」


 不審者は、また喉奥からわざと低い声を絞りだしたような変な声に戻って、同じ台詞を繰り返す。

 どうやら仕切り直したいらしい。


「いや、さっきから動いてねぇけど」

「…………」

「ダメだよ、アーセル。人の揚げ足をとっちゃいけません。話聞いてあげようよ」


 沈黙してしまった変質者を不敏に思ってか、ミランがオレと変質者の間に入る。

 仕方ねえ。 ここはミランに免じて話を聞いてやるか。


「……ワタシハ、コノ森ノ、番人ダ。オマエタチ、万能花ヲ、摘ミニキタノダロウ。ナラバ、ココヲ通スワケニワイカナイ」


 今度はオレとミランが沈黙する番だった。

 クリス先生から獰猛な動物が出るようになったとは聞いてるけど、こんな変質者が出るなんて聞いてねぇ。

 他にもなんで万能花の事を知ってるんだとか、ツッコミ出したらキリがねぇけど、まず何より気になってるのは……。




 023


「ロイ、こんな所で何やってんだ?」


 変な仮面被ってるし、服装もどっかの民族風だし、カタコトだし、とにかく全部が全部変だけど。

 でも、髪型に、背格好。それから咄嗟に謝ってきたあの声は、どうしたってロイに決まってる。

 学校早く終わったんだね、なんてミランがのんきに声を掛けた、その時だった。


「ワタシハ、森ノ番人ダ!」


 ――何が何だかわからないまま、オレはミランの服を掴んで後ろに跳んでいた。

 半ば引きずられる形で後退することになったミランは、尻餅をつき唖然としている。

 それから間もなく降り下ろされた木刀が、地面を力強く叩いた時、オレたちはようやく攻撃されたのだと気付く事ができた。


 なんだ、今の一撃。

 かわしてなかったら、ただじゃすまなかった。

 どうしてロイが……?

 いや、そもそもこいつは本当にロイなのか?

 森の番人って一体何だよ。


「アーセル、危ないっ!!」


 再び木刀が真っ向から振りかざされる。

 この状況が危ないなんて事ぐらい言われなくたって分かってんのに、寸前で避けるのが精一杯だ。


「立てるか?」


 座り込んでいたミランの腕を無理矢理引っ張って、木陰に移動させる。

 何か言いたげだけど、今ゆっくり話し合っている時間はない。


「ちゃんと守るって言っただろ。全部大丈夫だから、とりあえずオレに任せとけって」


 そういや動物も凶暴化してるんだったよな。

 自警団で鍛えてるオレと違ってミランはひ弱だ。あんま一人にさせとくのも危ないし、病院で待ってるあの子のためにも……。


 あー、ちくしょう!

 いろいろ考えるのは後だっ。

 邪魔するってんなら凶暴化した動物だろうが番人だろうがぶっ飛ばしてやる!


 とはいえ、どうすりゃいい?

 常備してる果物ナイフだけじゃ、まともにやり合えねぇ。


 そんな事を考えていた矢先、視界の隅で不自然に転がる木剣を見つけた。

 ……ハッハーン! やっぱオレは選ばれたヒーローなのかもな。

 こんなピンチでさえ運が味方してくれてるから、都合よく木剣だって転がってる。

 って、んなわけあるかァァァ!!!!


「てめぇ、一体なんのつもりだ! 森の番人だかなんだか知らねぇけどな、こっちは人の命がかかってんだぞっ」

「…………」


 オレの問いかけに答える気なんてさらさらないらしい。

 番人はオレに向かって木剣を構えると、真っ直ぐ走り込んでくる。

 その気迫に、思わず体が震えた。

 怖い。

 だけど、それだけじゃない。


「へっ、後悔すんなよ」


 地面を蹴り、向かってくる番人にカウンターを狙って突っ込む。


「ク……ッ!!」


 乾いた木の衝撃音が周囲の空気を揺らした。

 単純な攻撃じゃ駄目か。

 確かにスピードでは上回ったけど、若干の意表をつけただけで簡単に防がれてしまった。

 押し合うたびにギリギリと木刀が軋る。


「ハァァァッ!」


 力比べなら絶対に負けらんねぇ……!!

 隙さえあれば振り抜いてやろうと、木剣に全身の力を込める。

 が、次の瞬間――。


「……、え?」


 それまで押し返されていた力がスッと消え、顔面から前のめる。

 そして、そのまま盛大にずっこけるハメになってしまった。

 

「てンめぇぇぇ!」


 完ッ全に油断した。

 つーか、こんなのアリかよ。

 迫る地面に手を付いて振り向く。

 その僅かな隙にさえ攻撃を仕掛けられ、ろくに体制を整えることができないまま、何度も降り下ろされる木剣を避けては防いでを繰り返す。


「ちっ、くしょー、がっ!」


 手首がじんじんと痛む中、どうにか気合いで持ちこたえてきたけど、とうとう大木に追い込まれてしまった。

 仕切り直したいのに、状況は悪くなってく一方だ。

 ……こうなったら、一か八か……。


「コノ程度、カ」


 仮面の奥から、くぐもったカタコトの呟きが聞こえた気がした。

 そして番人が一際大きく、木剣を振りかぶる。


 今だ……っ!!


 一瞬を狙って、脇の横を潜り抜けた。

 直後、後ろからガリッと木の削れる音が聞こえる。

 振り返って確かめると、オレのいた丁度の場所に大きな斬り跡が出来ていた。一歩遅れていたらと思うと、恐ろしい。


「残念だったな、番人!」


 オレは番人の背中に向かって声をかけながら、木剣の柄を強く握り直した。

 ……ビビってる場合じゃねぇ。これで決着をつけてやる。


「もらったぁあ!」


 力いっぱいに振りかぶった木剣を、力いっぱい振り切った時。オレは、自分の目を疑った。


「み、水の盾ッ!?」


 振り返った番人が、オレの木剣を片手で受けていた。

 いや、正しく言うなら片手に纏った水の塊で、だ。


 剣を通して伝わってきたのは、想像していたものとは明らかに違う『ぷにっ』とした感触。

 そして、役目を終えたそれは、バシャンと音を立てて弾け、地面に飛び散ってゆく。


 魔法が使えるなんて聞いてねーぞ!

 戸惑って反応が遅れた所を、すかさず蹴りによって腹を突き飛ばされる。


 ぐ…っ、ヤロウ!


「ケホッケホッ!」


 続けて、番人はその場で剣を持っていない左手を掲げた。

 手中には、コポコポと音を立てながら水が集まり、鋭利な槍の姿を形勢していく。


「セコいぞ、この野郎! こっちは魔法なんか使ってねーのに!」


 ヤバい!

 そう気付いた時には、既に水の槍は投げられていた。

 片腕以上の長さはあるそれは、水しぶきをあげながら進み、短距離から突き刺……さってな、い?


 腹部に残る痛みに耐えながら思わず伏せていた顔を上げると、目の前の地面には水溜まりが広がっている。

 ……なるほどなァ。


「さてはお前、魔法ちょう下手だろっ」


 まぁ、魔法使えない俺が言うのもなんだけど。


「…………」


 番人は俯いて、自らの左手を凝視しているようだった。

 仮面をしているせいで表情はわからないけど、魔法の失敗が納得できない様子だ。


 オレが剣を構えると、番人も両手に剣を持ち直す。

 合図があるわけでもないのに、動き出しは同時だった。

 振りかぶった木剣同士が勢いよく交差する。


 こいつの魔法が大した脅威じゃないのはわかった。

 それだけで安心しそうになっちまったけど、だからって戦況は変わらない。

 悔しいが、木剣オンリーでの勝負でさえ、今のオレにはコイツに楽勝できる程の実力がない。


「ぐっ、……!」


 最初は交互に続いた打ち合いも、いつの間にか番人の攻撃が一方的になり、必然的にオレが防御に回らざるを得ない状況になっていた。

 力じゃ絶対負けてないはずだ。なのに、徐々に押されちまう。クソッ、この差は一体なんだってんだ……!

 この場を切り抜ける方法が思い浮かばない。

 これじゃ、さっきの二の舞だ。


 脳裏をチラつく降参の二文字を消し去ろうと軽く深呼吸をした時――何の前触れもなく、小石がピョーンと視界の端を飛んでいった。

 そのへなちょこな小石はゆるすぎる曲線を描いてポコッ、と番人の仮面に当たる。その後あっけなく地面に落ちて転がるそれを、思わず番人と同時に目で追っていた。


「アーセル!!」


 ほんの、数秒の差だ。

 木陰からの懸命な叫びに、これがミランのしわざだと先に気付いたのは――当然ながら、双子であるオレだった。

 木剣で突っ込むと、意外にもあっさり番人の手から剣が吹き飛ぶ。

 大股で一気に間合いを詰め、顎先に切っ先を突き付けた。



「ワタシノ、負ケダ。……通ルガ良イ」


 降参した番人が無抵抗なのを確認して、ミランが駆け寄ってくる。


「アーセル……!」

「へ、へへ」


 ミランの姿を見て、ようやく一息つくことができた。

 駆け寄って来たミランは、丈の長いチュニックの裾を抱えている。中を覗くと選りすぐりらしいショボい小石が何個も入ってて、思わず笑っちまった。


「それじゃあ、先を急ごうぜ! っと、その前に……」


 オレは手に持っている木剣をチラリと横目に見る。


「あのさ、これ、もらって帰っていいかな?」




 024


「ヨクワタシヲ倒シタナ、サァ、先ヘ進ムガ良イ」

「ダメだよ、借りたものは返さなくちゃ!」

「だーかーら、これはオレがソコで拾ったんだって! お前も見てただろ」

「都合よくおそろいの木剣が落ちてると思う? 番人さんが用意したに決まってるじゃない。本当はアーセルもわかってるんでしょ?」

「ゴホンッ。オイ、オマエタチ……」

「いや、でも! ミランも一回使ってみろよ、すごく良いやつなんだって! 買ったら絶対高いやつなんだって!」

「ダメなものはダメ!」

「お前なぁ!」

「オイ、人ノ命ガカカッテルンジャナカッタノカ?」


 勝負がついたあとも、木剣の所有について言い合うオレたちに、刃先を突き付けられたままの番人が迷惑そうに肩を竦める。

 エスカレートする様子に痺れを切らした番人にあれこれ急かされ、最終的に「欲シケレバ、持ッテイケ。早クシナイト日ガ暮レルゾ」の一言でようやくその場を後にするのだった。


 人生初の実戦は、辛勝もいいとこ。ミランがいなかったらどうなってたかわからないぐらいだったけど。

 それでも勝ちは、勝ちだ!

 オレは戦利品の木剣を腰のベルトに差して歩いた。

 なかなかイイ。


「結局、番人は何だったんだろうな」

「獰猛化した……ナニか?」

「ナニかって何だよっ」


 町で忙しそうにしてたし、何より魔法が使えないロイが番人って線は薄そうだ。


 泉に着くと、夕暮れのなか帰り仕度を始める親子や、デートを楽しむカップルの姿がちらほら確認できた。

 白木のベンチに囲まれたこの一帯は、見晴らしがよく、森一番のメインスポットだ。


 大して植物に詳しくないオレたちが、口頭で教えてもらっただけの知識で万能花を探し出せるのか、とか。

 そもそもこんな平凡な森に、貴重な薬草なんてあるのか、とか。

 それなりに心配はあったけど、どうやら考え過ぎのようだった。


「アーセル、あれみて!」

「ああ。あれって、もしかして」


 『スラリと伸びた茎』『極端に短い葉』『白くて大きな花びら』

 泉のほとりに、教えてもらった通りの花がポツンと一輪咲いていた。


「「万能花だ!」」


 薬草まで走ると、まずミランが根本を掘って、花を取り上げた。

 次に、根っこについた柔らかい土をふるって落とし、丁寧に袋にしまう。


「できたよ、アーセル」

「よっしゃ、そんじゃさっさと戻ろうぜ」


 今度こそ、いつ何が起きてもいいように、オレは木剣を握りしめる。

 また番人に会いやしないか緊張しながら進むと、泉を離れたところで嫌な気配がした。


 いや、いやいや。

 勘違いならそれでいいんだ、勘違いならそれで……。


『『グァァァァアア!!!!』』

「「ぎゃあああああああ」」


 振り返ると、鳥やら、タヌキやら、ウサギやら。

 普段は可愛い森の仲間たちの群贅が、奇声をあげながら牙剥き出しの涎レロレロ状態でそこにいた。


 咄嗟に構えた木剣を、思わず投げ捨てる。

 かわりにミランの手首を引っ付かんで猛ダッシュした。


「アーセル、守ってくれるんじゃなかったのーっ!?」

「アレむり!むりむりむりむりむーーり!!!!!」


 目を血走らせた動物達に追われたおかげで、来た時の倍以上の速さでアシュリーの森を抜ける事ができた。

 悪く言えば、すげぇ疲れた。




 025


「二人とも……! 無事でよかった」


 戻ると、診療時間をとうに過ぎている病院の正面入り口には人だかりができていた。

 きっとオレたちを待っている間に、捕まってしまったんだろう。その中心にいるのはクリス先生だ。

 クリス先生は直ぐこちらに気付いたようで、おばさんたちに頭を下げながら、輪を抜け出して来る。


「採ってきたぜ、例の花!」


 オレの声に合わせて、ミランが手に持っていた袋を差し出す。

 クリス先生は両手で受け取ると、中身を覗くなり笑みを深めて頷いた。


「はい、確かに。……よく頑張ったね。ありがとう」

「まあな! オレにかかればこんなもん朝飯前だぜ」

「お役に立ててよかったです」


 オレもミランもこんな事を言っちゃあいるが、もうヘトヘトだ。

 万能花を渡し役目を果たしたオレたちは、病院とは逆方向に歩き出す。

 足は、自然と自宅に向かっていた。


「結局見つからなかったね」

「……何が?」

「アーセルったら。蝶でしょう、蝶」


 呆れたように自分の頭を指差すミランを見て、オレはまたハッとした。


「まあ、でも……あの女の子、助かるといいな」

「……うん!」


 蝶はまた探そう。

 家に着いた頃にはすっかり日も暮れていて、ちょうど夕飯の時間だ。

 オレたちは今朝と同じように地下を通って城に向かう。

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