016
016
「はあ……」
「アーセル、まだ落ち込んでるの?」
コリンと別れ、暫く無言で歩いていたオレたちだったが、吐いたため息にミランが心配そうに覗き込んでくる。
「ちげーよ。なんつーか、びっくりしたのと……あと、呆れてる……」
「あははっ。そうだね、僕もびっくりしちゃった」
オレとミランは歴史館からの道を引き返して、大通りまで戻って来た。
ラッキーがよくいるのはこの辺なんだよなぁ。
いつもならガキんちょを追い回してる頃なのに、相変わらずあのアホ面は見当たらない。
「ラッキー、いないね。今日はお散歩しないのかな。それとも、もう切り上げちゃってるのかな」
「まだ三時だぞ。……こんなに天気もいいんだし、きっとどっかで道草くってんだろ」
オレは地面に尻が付くギリギリまで腰を屈めて……そう、できるだけ犬の気持ちになって歩いてみる。
直ぐ後ろから、まったく同じ体勢でミランが続く。
「案外楽しいな、これっ」
「うんっ」
道沿いに続く建物の周辺や、行き交う人たちの隙間を目をこらして観察していく。
多少機動性に欠けて見栄えが悪いのが難点だけど、いつもと見える景色が全然違ってけっこう楽しい。
「あ、あれ!」
ミランの声に誘導されて、後ろに振り返った。
「あいつら……。さっきから何やってんだ?」
大きな荷物を両手に抱えて人混みの中を歩く二人組は、確かにロイとツェペリだ。
アリーナは初代国王の意思を継いで、戦争孤児や事情のある子供たちを積極的に引き入れている。
お父さんも、他国の会議なんかに出掛ける度に子供を引き取ってるらしいから、今もこの国には人種問わず様々な国の、いろろな人が生活している。
この大通りにもたくさんの人が集まってるんだけど、そんな中でも二人は直ぐに探すことができた。
ロイは腰まである黒い髪を一本に束ねてるし、ツェペリのオレンジ色の頭なんて遠くからでも分かる程に一際目を引く。
そんな二人がセットで歩いてて……なにより、馴染みのありすぎるヤツらだ。
見間違えるわけがない。
学校の用が終わったんなら蝶探し手伝ってもらおうかな。
今度こそ二人を追いかけようとすると、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「兄ちゃん!」
「にーちゃのにーちゃっ!」
この声は、コニーとナタリーだ。
「兄ちゃん、こっちこっち!」
さっきよりも大きな声を頼りに壊れた柵の下を覗くと、低い草むらの中にしゃがんでいる二人を見つけた。
今度は友達も一緒らしい。
同じくらいの背丈をした無愛想なちびっこが、スコップを片手にこっちを見ている。
「ここで何をしてるの?」
ミランが聞くと、待ってましたと言わんばかりにコニーがニヤニヤ笑いながら鼻をすする。
ナタリーまで「んふふー」なんて気持ち悪く笑い出した。
「ここ、おれたちの秘密基地なんだぜっ」
まあ、そうだと思った。
「すごい! いいなー! かっこいいね」
「いいだろー!」
ミランが瞳を輝かせながら前のめりになる。
コニーは持っていた剣(と言っても木の棒だ)をズボンに刺すと、中が見えるように避けてくれた。
「実は今、魔王召喚してたんだぜっ。世界を滅ぼすサイキョー無敵魔王! それをオレたち守護レンジャーが守るんだぜ!」
「自分で召喚しといて、自分で守るのかよ!」
思わずつっこんじまった。
じっくり中を覗くと、草がはげてる場所に棒で引っかいただけの線は、言われてみれば魔方陣に見えなくも……ない。
周りにはスコップやバケツ、ミニカーなんかのオモチャ、他にも今朝ヘンゼリュー家で見かけたばっかの食器が泥まみれで散乱している。
……もし見つかったら、魔王より恐ろしいものを召喚しちまうんじゃねーかな、こいつら。
「あ、こっちはケインな! 守護ブルー担当。ちなみにオレがレッドで、ピンクがナタリー」
「きゃーっ! ナタリーぴんくなのー!ぴーんーくー!」
「で、ミラン兄ちゃんは髪が緑だからグリーン。あとはイエローがあいてるけど……アーセル兄ちゃん、どーする?」
「どするー?」
どーするって、どうするも何も……髪の色でいくなら普通レッドはオレだろ!
「こうなったらレッドの座をかけて勝負だっ、コニー」
「……はっはーん。勝負ってんなら負けらんないぜ! いくぞっ、守護ピンク! 守護ブルー! 覚悟しろっ」
直後、コニーが合体技だ! と叫ぶと、魔方陣に木の枝を刺して、初っぱなから大技の準備に取りかかる。
「お前らみたいなへなちょこの攻撃なんて屁でもねーっつの」
しょうがねぇ。
ここは特製泥爆弾でいっちょ迎撃するか。
そう思って土をかき集めようとした右手は、ミランによって防がれた。
「ちょっと待った! アーセル、蝶はいいの?」
し、しまったー!!
オレとしたことが、まぁた忘れてた!
「待て待て、ガキんちょども。オレたちは悪のエネルギー、ダークバタフライを探してる途中だからな。今日のところは見逃してやる。次に会った時は覚悟しておくんだな、守護レッド!」
……っく。
ついノリで言っちまったけど、これじゃイエローどころかアーセルゾンビで確定じゃねーか。
「それはこっちの台詞だ! いつでもかかってこい、アーセルゾンビ! オレたちが相手してやる!」
「してやうー!」
おーおー頼もしいこって。
ちくしょー、オレもレッドやりてー!
秘密基地から逃げながら、オレとミランは再びラッキー探しの続きへと戻った。