011‐015
011
大通りに戻ったところで、ざっと辺りを見回してみる。
やっぱりラッキーの姿は見当たらない。
「まったく、コニーは全然わかってねーよな」
「まぁまぁ。でも、オムライス喜んでもらえて良かったね」
そう言ったミランは、にこにこ笑ってスキップなんかしてる。
初めて作ったオムライスは、オロンみたいに上手くできたわけじゃなかったけど、あんな風に食べられちゃ……オレだって嬉しくてたまらない。
「あいつら、ちょっとは可愛いとこあるよな!」
当てもなく歩いていると、遠くによく知る後ろ姿を見つけた。
「あれは……ツェペリとロイと……」
「コリンかな?」
足を止めて、オレたちは同時に首を傾げる。
「今日は学校って言ってたよな」
「もう終わったのかな? 早いね」
遠目に姿を確認していると、三人もこちらに気付いたみたいだ。
だけど二人は背を向けたままで、コリンだけがこちらをじっと見つめている。
コリン・マルセントは同学年の女子で、ちょっと変わった奴だ。
なんでも外国が好きとかで、学園の制服を着物みたいに改造してる。着物は着物でも、コリンのスタイルは和風という部類らしい。髪も金だし、瞳なんか青なのに、なぜか似合っちまってる。
もちろん変わってるのは外見だけじゃない。根っからの歴史オタクで、関わるとうるさいって有名だ。
「おい……コリン、こっちに来てないか?」
「来てるね」
のんきに話していると、高い位置で結った金髪を揺らしながら、コリンはあっという間に俺たちの前にやって来た。
それから、長い髪をガバッとひっくり返して頭を下げる。
「私と付き合ってください!」
012
ミステリアス格好いいオレは、どこに行っても人気者だ。
いやー、モテる男はツラいぜ!
「私と付き合ってください!」
いきなり告白してきたコイツはコリン・マルセント。
コリンは学校の女子の中でも可愛い部類だ。あ、いや、喋るとヤバいな。黙ってれば可愛い。
まあ、そんなヤツに付き合ってなんて言われたら誰だって悪い気はしないだろ、フツー。
「だから当時の人たちは一生懸命考えたんじゃないかな。先人の知恵ってやつ? しっびれるよねぇ~! それで、この器。ただの器と侮るなかれ! 実はね、」
得意気に延々と話しを続けているのは、歴史ヲタクことコリンだ。
オレたちは、なぜかアリーナ歴史博物館に来ていた。
――付き合ってください。
コリンが突然告白なんてしてくるもんだから、とにかくびっくりで。
オレとミランが顔を見合わせてる間に、サラリととんでもないことを言いやがった。
「付き合ってくださいって、ど……どっちに?」
「どっちもよ」
「はァ!?」
「そういう訳だから、今から三人でデートしよっ」
にっこりと笑う、一見可愛い笑顔に隙を見せたのが運のツキ。
コイツは堂々と二股宣言をした挙げ句! 三人でデートとかほざいた挙げ句! 俺たちを歴史博物館なんつー地獄にラチりやがった! 挙げ句! ちょう、うるせぇっ!!
「…ちょっとアーセル! 私の話、聞いてるのかなっ!?」
「あー? 聞いてる聞いてる、器がすげぇんだろー」
「違うの! 凄く凄いの! この器の作り方には何種類かあるんだけどね、ひとつは――」
ダメだ、また始まった。
「あーもう、うるせーな! オレたちは今日忙しいんだよ!! 歴史館ならお前一人っ」
「アーセル!」
今にも泣き出しそうな顔で沈黙したコリンの後ろから、ミランがキッと睨んでくる。
なんだよ、本当はお前だってイヤな癖に、どうしてコイツの肩持つんだよ……。
「あー……えーと。歴史館ならお前一人、と、俺ら二人! 三人で来るとめちゃくちゃ楽しいよなっ」
「うんっ! それでね、この器の作り方なんだけど」
途端に、何事もなかったかのように元気を取り戻すコリン。
「いつまで続くんだよ、コレ……」
「まぁまぁ」
013
「歴史館って、よく見ると意外と広いんだね」
「だからって、別に改まってみるようなモンなんてねぇだろ……。嫌でも学校の授業で何回も連れて来られてんだから」
「バカ! バカバカバカ! アーセルのバカ!」
ミランとの何気無いやり取りも、歴史館が絡むと絶対に突っかかってくる。
「そのバカに告白してきた奴はどこのどいつだよ!」
「アリーナ国立歴史博物館はね、初代様の意向で当時は学院の次に立派な建物だったんだよ?」
――無視っ!?
「確か、初代様が戦争の悲しみを伝えるためにって建てたんだよね」
「そう! そうなの!! 初代様はね、憂いておられたの。そこで国民に伝える術を悩みに悩んで、このアリーナ歴史博物館を建設なさったと思うのよね。だから! 私たちには! 知る義務があるの!! そして後世に、歴史と伝統を伝えていかなければならないわ。例えばミランくんと私がはいている、このペタという靴! これはね、当時……」
――ああ、退屈だ。
すげー退屈。
学校で最低限教えてくれんだし、休みの日にまでこんなとこ来なくたっていいだろ。
こいつ、まさか暇潰しにオレたちを利用しようってんで告白してきたんじゃねーだろうな!?
ちっくしょー。男の純情を踏みにじりやがって!
つーか……オレも、ちゃんと断るべきだったよな。告白されたからって、後先考えずに舞い上がっちまったのは悪かったかも。
あとでちゃんと言った方がいいよ、な……。
…………。
………。
……。
――パッチーンッ!!
「いッ!?」
いっ、てぇー……。
どうやらビンタされたらしい。あまりにもびっくりし過ぎて、一瞬声が出なかった。
叩かれた片頬がじんじんする。ちょーいてぇ。
「デート中に寝ちゃうなんて酷いよっ! アーセルのバカ!」
「あーのーなァ! そりゃ寝たのは悪かったと思うけど、俺だって」
そこまで言いかけってハッとする。
コリンが、また悲しそうな顔をしていた。
ミランも首を振ってる。それ以上は言うなって合図だ。
……わかったよ……。
「……俺だって、見たいコーナーくらい、あんだよ。コリン、お前詳しいんだろ? ガイドしてくれよ」
ったく、女ってめんどくせー……。
「ん…? コリン?」
何だ? またマズイこと言ったのか、オレ。
急にコリンが静かになったもんだから、心配になって見てみると、顔の下半分を手で覆いわなわなと震えていた。
「ごめんなさい……! 私ったら、また暴走しちゃったの、かな……」
勢いよく頭を下げたと思ったら、それっきり下を向いたまましゅんと項垂れるコリン。
なんだ、コイツ、暴走してる自覚あるんじゃねーか!
人の事を遠慮なくひっぱたいておきながら、よくこのタイミングになるまで気付かなかったな。
とはいえ、オレに非があったのも確かだ。ここはお互い様ということで、
「アーセルだって、他に見たいものぐらいあるよね。そうだよね」
――え?
「私ばっかり楽しんじゃって、本当に本当にごめんなさいっ。次はアーセルの見たいコーナーに行こう! 何がいい?」
――え? え?
ごめんなさいって、もしかして、そっちのごめんなさい!?
「あ、いや、でも時間取らせるのもアレだし、やっぱり今日は」
「いいよいいよ! 全然いいよ! 何でもいいよ! ……あ、何でもはよくないのよね。アーセルの好きなものを見にいこっ」
「……それはー、えーと……」
一時しのぎとは言え、考えなしに言い過ぎた。
本当に一時しかしのげてねぇ……!
オレは必死の形相で、壁に飾られた案内板に顔を寄せる。
「どうしたのかな?」
「い、いろいろあって迷うから、慎重に決めようと思って」
「なんなら、好きなの全部回ったっていいんだよ?」
いいこたねぇよ!
なんて、いちいち構ってると次は何を言われるかわかったもんじゃねぇし、オレは気にせず案内板の項目に目を通していく。
えーと、なになに?
企画展示コーナーは何やってるかわかんねぇからこえーし、常設展示コーナーは戦史、生活史、偉人伝記……どれもこれも見事に眠くなりそうなラインナップだ。
「それでそれで、アーセルは何が見たいのかな?」
「あー、急かすなって。今迷ってんだから」
ミランの視線が痛い。
こいつには絶対バレちまってるんだ。オレが、あの場を乗り切るためだけに、ノープランで誤魔化そうとしてたってこと。
でも、んなこと言ったって……次はビンタどころじゃないかもしんないだろ。
っていうか、いきなり告白されて歴史館にラチられてって、オレとミランの境遇は全く同じはずなのに、なんでさっきからオレばっかりが修羅場なんだ!?
「アーセルー! はーやーくー!」
キラッキラッの瞳がうざったい。
仕方ねぇ、こうなったら適当なコーナー言って誤魔化すか? でも、それだとまた睡魔に襲われかねない。
少しでも興味が持てるコーナーを探さねぇと。
案内板に書かれた小さな館内マップを何度も見直すけど、背後に立ったコリンが無言で急かしているようで、焦って更に決められない。
「ねぇねぇ、アーセル。ここなんてどう?」
呆れながらも、考えてくれていたらしい。
ミランがオレの肩を叩いた。
そして、その手で案内板の一ヶ所を指差す。
「これだっ、世界の名剣コーナー!」
ミランの人差し指が少しずつずれて現れた文字を、オレはすかさず口にした。
014
「マジかっけええええ!!!!」
コリンに案内されて着いた、世界の名剣コーナー。
名前の通り、部屋のいたるところに剣! 剣! 剣!
他にも盾や防具が、ガラスケースの中にびっしりと並んでいる。
「こらこら、アーセルくん。声が大きいよ?」
さっきまでうるさいだけだったコリンが、何だか頼もしく見えてくるから不思議だ……。
「ここにはね、世界に伝わる名剣のレプリカが飾られてるんだ」
「へー……たくさんあるんだね」
ミランはコリンの説明をいちいち聞きながら、展示された剣を見回している。
確かにすげぇ種類だ。
「これなんて、アレに出てきそうだよな」
「うんうん! 僕もそう思った!」
派手な装飾の剣を見て、想像したものは同じだったらしい。小言で話すオレに、ミランが大きく頷く。
ちなみに、アレっていうのは守護レンジャーのことだ。
その後も、オレたちは展示された武器の数々を夢中で見て回った。
斬ることに特化したもの、刺すことに特化したもの、相手の剣を破壊することに特化したもの、装飾が無駄に豪華な象徴的なもの。
そして――オレたちは引き寄せられるように、中央のショーケースに集まる。
「すごいでしょっ! ここにある武器を見るだけでもいろんなそれぞれの国の特徴が出てて、全部に意味がある。もちろんアリーナに伝わる剣もあって……今、アーセルが見てるその剣が、初代様が持っていたとされている、アリーナに伝わる剣なの」
「…………」
オレは目の前に飾られた、初代が使ってたっていう剣に無言で見入っていた。
竜の紋様が刀身に堀込まれていて、その刃先は鈍い輝きを放っている。
本物を知らないオレには、一見これがレプリカ品だとわからないぐらいだ。
「東の国の伝説の刀匠が四体陸を象徴して作った最強の剣、だっけか」
どの辺がどう四体陸を象徴してんのかはわかんねーけど、めちゃくちゃかっこいい。
「そう、そうなの! 初代様がね、このアリーナを建国する時、戦争は絶対にしないって誓ったんだって。その時に、伝説の鍛冶師が初代様へ贈った一品物の最強の大剣がこれ! きっとね、そんな初代様にだからこそ、その鍛冶師はこの剣を託したと思うの」
「……そんな初代様だから?」
「そう」
コリンは、相槌を返すだけで肝心のところは答えてくれなかった。
だからこそって、どういうことだよ。
戦争はしないって決めてる初代に、何で伝説の鍛冶師は最強の剣なんて渡したんだよ。
一人で悶々と考えこんでいると、午後二時ちょうどを知らせる館内放送が響き渡った。
015
「はぁーっ!」
歴史館を出ると、清々しそうに背伸びをするコリンに、なんだかんだ楽しんでいたミラン。
二人とも満足げだ。
「いつの間にか二時になってたんだねっ。時間が経つのって早いなー!」
コリンがスキップをしながら、一早く前を進んだ。
はぁ……。オレには地獄の時間だったわ! 時間止まってんじゃねぇかってぐらい退屈で、死ぬかと思ったわ!
ミランには俺の言いたいことがわかったみたいで、こっちを見て笑ってる。
「ねぇねぇ! アーセルとミランは楽しかったかなっ? 私はね、すっごく楽しかったよ!」
…………。
んで、やっぱり女って面倒くせぇ。
歴史館を出たら文句のひとつでも言ってやろうと思ってたのに、こんな笑顔されたら……。
「僕も楽しかったよ」
「……オレも、まあまあ」
「よかったぁ~! 大成功!」
大げさに万歳をして喜ぶコリン。
正直、こいつは一見可愛い。
でも、好きかって聞かれたら……。こんな曖昧な気持ちじゃ、コリンにも失礼だよな。
男らしくねぇ。
いつも「漢なら正直でいろ」って教えてくれてるオロン兄貴に笑われちまう。オレの気持ちはオレが一番わかってるはずだ……断ろう。
「コリン、話がある」
オレは勇気を振り絞る。
歴史が関わると変人だけど、コリンだって女の子だ。
できるだけ、傷付けないように……。
「あ! 私も話があるの。あのね、デートなんて言い方したけど、違うの」
「へ?」
「もともと違うし、これからも違うかなって、改めて思っちゃった。なんていうか……アーセルとミランは好きなんだけどね、今日デートしてみて、ないなって。だから、ごめんなさい」
「でもお前、付き合ってくださいって」
「あー! それも、歴史館に付き合ってって意味で、全然これっぽっちも他意はないの」
あってくれよ他意!
少しくらい、これっぽっちくらいはあってくれよ!
「でも、楽しかったならよかったよ、本当。そういうわけで、これからもお友達としてよろしくねっ」
最初、付き合って下さいと言ってきた時と全く同じ角度でぺこりと頭を下げるコリン。
金髪のポニーテールが勢いよく垂れた。
「それで、アーセルの話って何かなっ?」
「……い、いや……やっぱ何でも、ない、です……」
「そっか! それじゃっ、アーセル、ミラン、また学校でね! バイバーイッ」
そう言うと、コリンは悪びれる様子も一切なく、スキップまじりに小走りで行ってしまった。
あれ、なんだこれ。
なんで告白されたと思ったら、いつの間にかフラれたみたいになってるんだよ。
……本当、なんなんだこれーー!!!!