006‐008
006
オレたちはピーマンとの闘いから生還し、レナに見送られて裏口から城を出た。
ポケットに入れておいたグローブを取り出し、気合いをいれて指を通す。
今探してる蝶っていうのは、クリップ式のヘアーアクセサリーのことだ。
たまたま立ち寄ったアンティークショップで一目惚れしたものなんだけど、その時貯めていたお小遣いを全額叩いて買っただけに、あとから女物だって判明した時はすげぇショックで……。
けど、マネリアがかっこよく改造してくれたおかげで、それ以来大事に使ってる。
とまあ、オレにとっては特別なアイテムだから、自分のかどうかなんて一目見れば直ぐにわかるんだ。
まずはラッキーを見つけねぇと。
城から歩くこと十数分、街の大通りにやって来た。
ラッキーをよく見掛けるのは、この辺りだ。
「そういえば、ラッキーっていつもどこにいるんだろうね?」
先を行くミランが、辺りを見回す。
……確かに。
張り切って城を飛び出したのはいいけど、いざ探すとなると検討がつかねぇ。
森に住んでる、とか。
密かに学校で飼ってる魔犬だ、とか。
昼間でも見える幽霊だ、とか。
ラッキーには、いろんな噂が流れている。
オレも、よくこの辺でガキんちょを追い回してる、たれ眉毛のアホ面ってこと以外は何も知らない。
要するに、オレクラスじゃないにしろ、謎の多い犬に違いはないようだ。
「あぁ、はいはいはいはい! ラッキーちゃんね。あの子はベンさん家の子なのよ。そろそろこの辺を通る頃じゃないかしら」
「ありがとうございます!」
いつの間にか聞き込みをしていたミランが、おばさんにお辞儀をしてこっちに手を振っている。
「アーセル、ラッキーについてわかったよ! ベンさんの家の犬なんだって。でね、もうすぐここに来るかもって!」
「へ、へぇー……ベンさん家の……」
誰だよ、ベンさんって! ラッキー飼ってんじゃねーよ!
――まぁ、いい。ラッキーも犬だ、ベンに飼われてたって不思議じゃねぇ。
「まさか蝶が盗まれたのもベンの陰謀なんじゃ……!」
「陰謀だなんて適当なこといわないの。蝶のことは……きっとベンさんにも深い事情があったんだよ」
そこは否定しないのかよ!
「おお、アーセル! それにミランじゃないか! ちょうどいいところにいたな。ベンの話しをしていたみたいだが、どうかしたのか?」
ベンさんを……じゃなかった! ラッキーを探していると、レスターおっちゃんが話しかけてきた。
アリーナには自警団があって、オレもおっちゃんもそこに所属してる。
ってか、みんなベンさん知ってんのかよ。しかも、なんか親しげだ。
「いっいえ、なんでもないです! お勤めお疲れ様です」
「ははは! ミランはいい子だなー」
「で、おっちゃん。ちょうどいいって何が?」
難しい顔をして咳払いをすると、胸ポケットに手を突っ込むおっちゃん。
「それなんだが、ヘンゼリューさんが倒れてな。俺はこれから様子を見に病院へ行かなきゃならん。ただ、家にはまだ小さいナタリーちゃんがいるだろう? 心配でな」
ヘンゼリューさんというのは、いつも道行く人に大きな声で挨拶してる、パワフルなおばさんだ。
この辺りじゃ、ちょっとした有名人だったりする。
「コニーがいんじゃん。アイツ初等部に上がったんだし、大丈夫なんじゃねーの?」
「うーむ……。そうは言っても、コニーくんは特にわんぱくだろう?」
……確かにコニーは悪ガキだからなぁ。
大人しく妹のお守りをするようなタチじゃないかもしれない。
「ヘンゼリューさんがいない間に、もしもの事があっちゃ大変だ。お前たち、少しの間でいいから留守番を頼まれてくれないか?」
「オッケー。そういうことなら、任せとけって!」
「わかりました、僕たちに任せてください!」
「二人ともすまんな。ああ、それとお願いついでにこれも頼む」
「「……?」」
ミランが受け取ったのは、おっちゃんがポケットから出したヘンゼリュー家の鍵と、メモの書かれた小さな紙だった。
007
ミスターオールマイティーこと、ミステリアスかっこいいオレの周りには事件がいっぱいだ!
盗まれた蝶の捜索中だというのに、またもや事件に巻き込まれてしまった。
なんとヘンゼリューおばさんが倒れて、病院に運ばれたらしい。
そこで、自警団のおっちゃんが容体を確認しに行く間、おばさんの子供のコニーとナタリーの子守りを引き受けることになってしまった!
――平凡なレンガ作りの家々が並ぶ城下町の住宅街。その一角にあるヘンゼリュー家で、オレ達は慌ただしく動き回っていた。
「あとは洗濯と……あっ! もうこんな時間! お米も炊いておかなきゃ。アーセル、そっちはどう?」
ミランがエプロンで手を拭きながらメモを見ている。
どうやら洗い物は終わったらしい。
「こっちはあと一部屋片付けたら終わ……」
返事を言い終える前にガラガラガッシャーン!! と、たった今片付けたばかりの部屋から、聞き覚えのある音が響いた。
嫌な予感がする。
オレの予想が正しければ、この音はおもちゃ箱を引っくり返した時のもんで、恐らく、犯人は天下のクソガキ、コニーだ。
振り返ると、やっぱりおもちゃが散乱している。
そこにはもちろん、なぜか誇らしげなコニーの姿……。
許せねぇ……!
「くぉらぁぁあ! コニーてめぇ、せっかく片付けたのにまぁぁぁたぶっ散らかしやがったな!!」
「わー! アーセルゾンビがキレた! 逃げろー!」
「誰がゾンビだ! 待ちやがれ! 俺は守護レッド以外やらねぇって、言ってんだろうが!!」
カーン! 頭の中でゴングの音が鳴り響く。サードステージの幕開けだ。
しかし、追い掛けようと駆け出す所で、不意に小さな重みを感じて振り返った。
見ると、ナタリーがオレの服のすそを引っ張りながら、そわそわと足踏みをしてる。
「おにちゃ、おしっこー!」
「今度はなんだよ……って、おしっこー!?」
「うんー!!」
「お、おおお落ち着けナタリー、ちょっ、ちょっ、ちょっと待てよ! いいか? 絶対だからなーっ」
おしっこってなんだ!? おしっこって……おしっこか!
どうすんだ、これ。トイレ連れてきゃいいんだよな!?
そんなに広い家じゃないのに、勝手がわからない他人の家は案外大変だ。
ナタリーを連れてトイレを探しまわる。
「兄ちゃん、便所はこっちだぜ!」
騒ぎを聞き付けて戻って来たコニーが、バッと手を上げ、廊下の先を指差した。
コニーがいなかったら、間違いなく大惨事になっていた。
008
――受け取ったメモには、やっておいてほしい家事のリストが書いてあった。
掃除、洗濯、洗い物、それから昼飯を作ってコニーたちに食わせること。
二人暮らしを始めてもう一年が経つけど、そうは言っても洗濯と掃除はマネリアがやってくれるし、飯はオロンが作ってくれる。
オレとミランはちょろっと手伝いをしたことがあるぐらいで、その手伝いすら遊び半分にやってたもんだから、メモに書いてある家事リストはなかなか進まない。
「洗い物よし、お米よし、と。僕、洗濯物を干してきちゃうね。アーセルは今度こそ片付け終わらせておいてよ?」
……と思ったけど、ミランの方は結構順調らしい。
ちくしょー! オレもこうしちゃいらんねー。片付けくらい、さっさと終わらせねぇと。
そのためにも、まずはこの二人だな。何か良いアイディアは……。
…………。
………。
……。
「あ゛ーあ゛ー我はアーセルゾンビなり。片付けの邪魔をするヤツは……ぐっふっふっふっふ」
「ぎゃあぁあぁあ~ゾンビだ! ゾンビがきたぞ! ナタリー、急げ! 隠れるぞ!」
「きゃ~っ! コニ、まってぇ~!」
しめしめ、怖がってる怖がってる。
コニーはおもちゃの変身ベルト、ナタリーはいくつかある中からお気に入りのテディベアをそれぞれ持って、隣の部屋のクローゼットに駆け込んで行く。
はぁ……オレから逃げてんのに、自分達で袋のねずみ状態に陥ってどーすんだよ。
さて、と。
アイツらにはあそこで大人しく待っててもらうとして、今のうちにちゃっちゃと片付けちまうか!
クレヨンで描いただけの紙のお面だけど、おもしろいくらいうまくいった。ちなみに、描いたのは《無敵戦隊☆守護レンジャー》に出てくる敵キャラ、量産型ゾンビのアレンジバージョンだ。
さすが、ミスターオールマイティーを名乗るだけはあるな、オレ!
片付けを再開しようとおもちゃ箱を立て直すと、ひそひそ話と共にすぅーっとクローゼットが開く。
ちっ。ヤツら、様子を見に来やがったか。
油断ならねェ。
「グァーッ!! ヤツら、ドコ行きやがったぁあぁあ」
「「ぎいぃやゃあぁああ~~!」」
そんなやり取りを繰り返し、やっと片付けが終わった頃には、あれだけうるさかった二人は静かになっていた。
こっそりクローゼットを覗いてみると、コニーとナタリーがテディベアに寄り添って気持ち良さそうに眠っている。
……黙ってれば可愛いヤツらなんだけどな。起きてる時は、まるで怪獣だ。
ガキんちょを相手にしながらの掃除が、まさかこんなに疲れるなんて思わなかった。
あー、地味に喉いてえ。
「ミラン、ようやくこっちも片付いたぜ。コニーたちは寝ちまってる」
庭へ洗濯を手伝いに行くと、一足遅かったようでミランの抱えるカゴは既にからっぽだ。
「そっか。それじゃ、今のうちにお昼ご飯の準備しちゃおうよ」
「おーっ!」
「って……あはは! なあに、そのお面!」
「色々あったんだっつの!」