001‐005
001
オレの名前はアーセル・カルテット。
またの名をアーセル・カレルディ。
容姿端麗、文武両道で王国切っての奇才って言われてるよーな……言われてないよーな、十四才。
姓が二つあるなんて、ミステリアスでカッコいいだろ?
ミステリアス度でオレと対等に張り合える奴といえば、同じ姓を使い分けてる双子の弟――ミランぐらいだ。
さすが、オレの弟だぜ!
そんなオレたちの、ミステリーの真相を簡単に説明すると、カレルディでいる時は世をあざむく仮の姿! カルテットでいる時は、世を忍ぶ本当のオレ!
オレたち双子は、現国王を務めるカルテット家の実子だ。
その立場が教育の妨げにならないようにって、生まれたときにお父さんが二つ目の姓を作ってくれたらしい。
去年からは使われていなかった空き家を改築して、ミランと二人暮らしをさせてもらっている。
それまで城内で勉強してたオレたちだったけど、ついに学園デビューを果たしたって訳だ。
もちろん内情(つまり、オレたちの素顔?)は伏せたままだから、本格的に二つ目の姓を名乗りだしたのはこの頃から。
もともとこの国は、王様が――つまりはお父さんなんだけど、畑仕事を手伝いに行っちまうくらい平和な国だ。
みんな仲良く暮らしてるから、立場とか地位はあってないようなもんで、お父さんが心配するような教育の妨げなんてない気もするけど。
二人暮らしも、学校も、楽しいから満足してる。
002
ただ、国が平和とは言え、ミステリアスカッコいいオレの周りにはいつも不思議な事件が付きまとうワケで……。
今日も朝っぱらから、ベッドヘッドに置いておいたはずの蝶を模したヘアーアクセサリーが、こつ然と消えていた。
「どうして~! 全然見つからないっ」
納得出来ないとふくれるのは、ミステリアス度でオレに次ぐ弟のミランだ。
ミランは物を探させたら天才的で、無くしたものがでるわでるわ! まさに我が家の名探偵。
で、その名探偵でも見つからねーってことは、もうこれ、確定だろ……!
「だーかーらーっ、さっきから言ってんだろ! 巷で噂の大怪盗に盗まれたんだって」
いろいろ推理してみた結果、最近噂になってる怪盗によって盗まれたってのが、オレの出した結論だ。
だって、もう見つかんねーんだもん。
「ふざけてないで、アーセルも探すの!」
「へいへい」
ミランはまだまだ探したりないらしい。
引き続き蝶のヘアーアクセサリーを探していると、床に扮した隠し扉が開き、オロロン――通称オロン兄貴が入って来た。
「よしよし、二人とも起きてるな。もうメシ出来てるぞ」
オロン兄貴は我が家の頼れる長男で、城ではシェフとして活躍してる。
ちなみにこの家と城は地下通路で繋がっている。二人暮らしの真っ最中でも朝晩は必ず帰って、家族みんなでご飯を食べる決まりだ。
だからこの時間、朝食の準備に追われるオロンはすこぶる忙しいはずで……普段はオレたちの教育係りをしている次男のレナが来ることになってるんだけど……。
「そういや、レナは?」
オレが聞くと、ミランも不思議そうにしている。
「それが、珍しく忙しいんだとさ。お前ら、学校が休みの日ぐらい、早起きしてたくさん遊べよ。じゃ、先行って待ってるぞー!」
そう言うと、後ろ手をひらひらさせながらオロンは戻ってしまった。
くぅー! カッコいい!
誘い方一つ取ってもオロン兄貴にはシビレるぜ!!
「みんなを待たせちゃうといけないし、続きはご飯を食べてからにしよう? 僕もがんばって探すから」
「うーん……」
だって犯人は大怪盗だろ? 探して見つかんのかな。
渋るオレを置いて、ミランは地下に降りていってしまう。
しょうがねー、オレも急ぐか。
姿見に右半身だけを映す。
目もキリッとしてるし、お父さん譲りの赤い髪には黒いメッシュがよく似合う。
蝶のプリント入りタンクトップ、大きなポケットがある黒の七分ズボン、ひざまでのブーツ、どれも着心地最高だ。
中でもレザー素材の黒いフィンガーレスグローブはお気に入りで、手放せない。今はポケットだけど、これを付けると格段にやる気がでる。
けど……やっぱし、アレがないとな~んか決まんねえんだよなァ。
003
地下に降りると、既にミランが待っていた。
えーと、クリームのチュニック、黒い七分のスパッツにぺらいゴム靴だろ。
左右のもみあげ辺りから流れるまとまった薄緑の髪は、なんとなくうさぎの垂れ耳みたいで、相変わらずおもしれぇ。
「……今日、なにか変かな?」
じろじろ見るオレに気付いたミランが、自分の服装を見直してる。
「そんなことねーよ。いいんじゃねーの? ミランらしくて」
二人揃ったところで、オレたちは一緒に走りだす。
もともとこの地下通路は、城からの逃げ道として町外れに繋がっていたらしい。
今通っているのは、家と城をこっそり出入りできるようにって、新しく拡張した部分だ。
オレたちと、オレたちの家族だけが使う、いわば秘密と秘密を繋ぐ超秘密の地下通路!
城の中に直通してるこの道は、徒歩だと約二十分の距離だ。
っていうと遠く聞こえるけど、ミランと話ながら走れば結構なんということもなく、あっという間に着いちまう。
城に着いて、三階の食堂に向かうと、既にみんながそろっていた。
「アーセル、ミラン、おはよう。オロロンから聞いたよ。今朝は自分逹で起きたんだってね、偉いね」
席に座っていたレナが、わざわざ立ち上がってオレたちの椅子を引きに来る。
――いたいた。
コイツが我が家の次男で、教育係のレナだ。
教育係っていうわりに、オレたちにかなり甘い。
「ちなみにオレがミランを起こしたんだぜ!」
「たまたまじゃーん」
ミランが口を尖らせた。
オレたちが席に着いたのを見計らって、お母さんが「それじゃあ、食べましょう」とにこやかに手を合わせると、食堂内のざわつきが途切れる。
お父さんが「いただきます」と言うと、それに続いてみんなも手を合わせた。
この場には、アースの二十五代目国王を務めるお父さんのダレン・カルテット、お母さんのセレシア・カルテット。
城のシェフを務める、長男のオロロン・アバレンテス。
オレたちの教育係、次男のレナード・シルヴァスタイン。
図書館や重要文献なんかを管理している、三男のキュライ・ホーエンス。
足の弱いお母さんの付き人をしてる、長女のマネリア・ハミヌイ。
次女のスワンナ・アイント・フォーヘンに、みんなのまとめ役のサーベント・アイント・フォーヘンじぃちゃん。
オレと同い年のツェペリ・アークレイ、ロイ・タンゼントを入れて十二人。
これが今、城に住んでいるオレの家族だ。
……けど、ぶっちゃけ血は繋がっていない。
まだ小さかったみんなをお父さんが引き取ったらしくて、まぁ、いわゆる実子ってのがオレとミランだ。
大体みんな、オレとミランが生まれる頃にはいたそうで、本当の家族みたいに育ってきた。
個性的なヤツが多いけど、めちゃくちゃ楽しい、最高の家族だ!
004
食べ終わった奴はそれぞれのタイミングで席を立っていく。
オレたちも食事を終え、手を合わせた――その時、後ろから待ったの声が掛かった。
ちっ! 見つかったか!
振り返ると、鬼の形相をしたサーベントじぃちゃんが、腕を組んで仁王立ちしている。
「……アーセル! ミラン! そのピーマンはなんだ? 残さずに食べなさい!」
「なんでだよー! 野菜ならポテトサラダ食ったじゃんか!」
「そう言う問題ではない。このピーマンがっ! この食卓に並ぶまでにっ! どれだけの方々の手間隙がかかっているのか……よぉぉく知っているはずだろう。その汗と涙と愛の結晶を残すことは断固許さん! さああっ、食べなさい。アーセル! ミラン!」
んなことは分かってるけど、無理なもんは無理!!
三人で(主にオレとじいちゃんだ)一歩も譲ずらないまま火花を散らせる。
それを見かねて手を差し伸べてくれたのは、いつものごとくオロンだった。
「ほら、皿出してみな。肉と一緒に甘く炒めてやるから。それなら食えるだろ?」
「オロン兄貴……!」
兄貴……!
やっぱ兄貴は《無敵戦隊☆守護レンジャー》よりイカした、オレの永遠のヒーローだぜ!!
ちなみに《無敵戦隊☆守護レンジャー》は毎週日曜、朝七時三十分から絶賛放送中だ! みんなァ、オレたちの活躍、絶対観てくれよな!
なんて、一字一句間違えずに番宣のセリフをスラスラ言えるくらいには好きな番組だ。
「……ごめんなさい」
「いいっていいって、気にすんな」
オレと、申し訳なさそうに肩を竦めるミランの皿を回収すると、まぶしいヒーローウインクを残してキッチンに運んで行く兄貴。
その背中にじぃちゃんは深いため息をついた。
「まったく、オロロンは……」「まぁまぁ、じぃちゃん。半分は食ってあるし、コイツらも頑張ったんだから」
そうだ! そうだ! と、どさくさに紛れて便乗すると、オレはもちろん、とばっちりを受けたミランもじぃちゃんの重い一撃で食卓に沈む。
「どれ、私も手伝おうか」
大人しくなったオレたちを置いて、じぃちゃんは行ってしまった。
やれやれ。
005
ふと見ると、仕事に戻るマネリアたちに続いて、ロイとツェペェリが食堂を出て行こうとするところだった。
オレたちの通う国立学院は、初等部から全学年単位制に統一されていて、受講科目も休みもある程度まで自由に設定できる。
いつも四人でつるんでるオレたちは、できる限り休みも揃えていて――つまり、オレたちが休みの今日はロイとツェペリも休みのはずなんだけど……なぜか二人とも制服姿だ。
「お前ら、もしかしてこれから学校?」
「え、えーと、うん! ちょっと急に出たい授業ができちゃって!」
ツェペェリが、大げさな身振りをくわえながら答える。
なぁんか怪しいな、コイツら。
「ちょうど提出したいものもあるんだ。なんなら一緒に行くか?」
「いい、いい」
ロイから誘いを受けて、オレは慌てて首を振った。
「せっかくの休みに学校なんて行ってたまるかよ。今日は自警団も休みだからゆっくりしてーし」
「それに僕たち、この後アーセルの蝶を探さなくちゃいけないんだ」
「蝶? ……ああ、今日は何かが足りないと思っていたんだが、そういう事だったか。早く見付かるといいな」
ロイにおいてはいつも通りだし、オレの勘違いだよな。
「お待たせしました、お坊ちゃん。今度は残さず食ってくれよ」
学校へ向かう二人を見送って間もなく、オロンができたての料理を運んで来てくれた。
お腹はいっぱいなのに、オロンの作る料理はいつみてもうまそうで、牛ひき肉と甘辛く炒められたそれは食欲をそそるいい匂いを発している。
「食べてる?」
洗い物がたまっているからと、直ぐに行ってしまったオロンと入れ替わりで、今度はレナがやって来た。
きっとじぃちゃんの差し金だ。
レナは向かいの席に座って、オレたちとピーマンを見ながら嬉しそうにしている。
というか、オレたちを見てる時のレナは、どういうわけか、いつも機嫌がいい。
「ところで――アーセル、ミラン。蝶は見つかりそう?」
「それが、怪盗「ありそうな場所は一通り探してみたんだけど、見つからなくて……。レナは知らない?」」
まだ全部をいい終えないうちに、ミランにさえぎられてしまった。
怪盗が取っていったんだから、レナが知るわけ……。
「今朝ご近所さんに野菜のおすそ分けに行ったら、ラッキーが似た物をくわえていたよ。アーセルの物にとても似ていたけれど……もしかして、それかな」
「ラッキーが?」
ミランが首を傾げる。
ラッキーってのは、町で良く見る神出鬼没のバカ犬だ。
「家に置いてた蝶が、一夜の間にして盗まれた……。そして、怪盗が盗んだはずの蝶をラッキーが持っている。つまり、これがどういうことかわかるかね? レナくん、ミランくん」
「いえ。私には」
「怪盗さん関係ないと思うんだけどなぁ。アーセルはわかるの?」
「いや、まだわかんねぇ。……けど、早急に真相をハッキリさせる必要があるな」
オレの第六感が、これは迷宮入り必至の究極ミステリーだと告げている。
オレたちは、行かなければならない。
――例え、その先に何が待っていようとも。
「そのためには、まずこれを食べてしまわなければね。私がついてるよ。がんばって」
席を立とうとする俺の手首を、レナががっちり掴んだ。
「いただきます」
「……いただきます」
……わかったよ、食うよ……。