遠藤織枝とろくでもない転校生
私立蘭陵女子高等学校。
県内でも有名なお嬢様学校だ。
その制服に身を包む光栄に恵まれた一般人である、わたし遠藤織枝は、似たような立場ゆえか仲の良い後輩、猪瀬音子と談笑しながら家路へとついていた。
「でね、先輩! わたしミラさんは絶対的に“受け”だと思ってるんスよ! でも、なんつーか、平太郎さんと話してると、あれ、こいつ“受け”じゃね? とも思うんスよ。そのへんどうなんスかね先輩!」
音子は今日も絶好調である。
彼女の想い人であるところの滝本ミラと、その親友の平塚平太郎――いずれもわたしの幼馴染なのだが――をボーイズラブ的妄想に巻きこんで顧みない様は、いっそすがすがしくもある。
しかしわたしに話を振ってこないでほしい。心の底から。
「だいたい平太郎さん、相手に常識を押しつけるしおしつけがましい俺様男かと思いきや、すっごく気配りができる人なんスよね! 一緒に居て心地いいっつーか!」
「音子……あなたが平太郎に転んじゃったらわたし泣くからね」
おっぱい星人である平太郎相手に強力な武器を持つ音子。
彼女に参戦されては、わたしの勝ちの目が、限りなく薄くなる。この胸のように。
「そりゃあないっス! わたしはミラさん一筋っスよ!」
頼もしく否定してくれるのはいいのだが、そのテンションに不思議な不安を覚える。
この後輩、常に斜め上に暴走しそうな不安定感がある。
それにしても。
帰り道、空を仰ぎながら思う。
雲ひとつない五月晴れの空だ。風は暖かく、新緑の香りが心地よい。
平穏を予想させる、そんな晴天の下。
「織枝ちゃーん! へいたろ取られたぁっ!」
金髪碧眼の美少女然とした少年、滝本ミラが、霹靂を運んできた。
◆
「NTR!? 寝取られたんスかミラさん!!」
「音子は黙ってなさい」
「ぐふっ」
興奮しながら妙なテンションで突っ込んでいく後輩に延髄斬りを入れて黙らせると、ミラに向き直る。
「で、ミラ、どうしたの?」
「だから転校生にへいたろ取られたんだよ!」
「キタ――ッ!」
涙目で主張するミラの言葉に反応し、音子が即座に復活した。
とりあえずもう一度おとなしくさせておいて、帰りながらミラの事情を聴く。
途中五回ほど復活した音子を大人しくさせながら、要領の得ないミラの言葉をなんとか整理すると、こうなる。
数日前に、外国人が平太郎のクラスに転入してきた。
ミラはいつも休み時間は平太郎のところへ遊びに行くのだが、転校生のせいでかまってくれない。
学校の案内とか町の案内とかをしているようだが、ミラを仲間外れにしている。学校でも放課後も付き合ってくれない。
と、こんな感じらしい。
なんだろう。音子じゃないんだけど、平太郎とミラの仲の良さが気持ち悪い。
「明日もさ、へいたろあの転校生、商店街案内するっつって遊んでくんないの!」
怒っている姿まで妙にかわいらしい。
羨ましい。と思いながら、わたしはため息をつく。
「でも、そんなの一時のことでしょ? その転校生がこっちに落ち着いたら、またミラと遊ぶようになるんじゃない?」
というより。
この程度で引きはがせるのなら、わたしに苦労はないと言いたい。
いや、苦労はあるかもしれいないけど。主にわたし自身の性格とか、体格とか、胸とか胸とか畜生あのおっぱい星人め。
「そんなの分かんないじゃん!」
と、ミラは子供のように駄々をこねる。
まあ実際お子様のような性格なのだが。
「たのむよ! このままじゃあいつにへいたろ取られちゃうんだよ! 織枝ちゃん助けてよ!」
興味もある。
不安も、まあ皆無ではなかったと思う。
だが、いつも向けられてくるミラの思春期行動が皆無だったことが、わたしに決心をさせた。
あの鬱陶しいアプローチさえなければ、滝本ミラは、やはりわたしの大切な幼馴染の一人なのだ。
◆
と、いうことでつぎの日。
わたしとミラ、そして音子の三人は、平太郎を追跡し、商店街を訪れた。
平太郎はなぜか黒の学ラン姿だ。
今日は休日だが、転校生を案内するという学校の用事で外出しているため、制服を着てきたのだろう。
まあ、彼の通う椿山高校は私服の学校なのだが。平太郎は酔狂なことに、私服として学生服を選んでいるのだ。
しかし、わたしは平太郎の出で立ちよりも突っ込みたいことがあった。
「なぜわたしのウサミディールを着てるの、ミラ?」
ミラは、なぜかわたしのストレス発散用愛玩人形、ウサミディールを着ている。いつの間に盗ったのだ。
「だって、オレこの金髪だろ? 目立つって」
たしかに。
アメリカ人の母や祖母譲りであるミラの金髪は、完全にナチュラルで、外国人の少ないこの町では異様に目立つ。
それはわかるが、しかし。
「そのウサギの着ぐるみも最高に目立つってるって気づきなさいよ……」
こいつ、そこそこ頭はいいはずなのに、なぜこんなに馬鹿っぽいのか。
まあいいけど。ウサミディール、部屋住みなんだけどなあ。
「ああミラさん。そのウカツなところが最高に可愛いっスふひひ」
「音子、ミラがドン引いてるから」
音子も。こいつはこいつでなんで墓穴を掘りまくってるのか。
ともかく、そんなやりとりをしているうちに、転校生らしき外国人が姿を現した。
金髪に、とび色の瞳。
欧米人らしくがっしりした体格に、割れた顎。
彫りが深く、濃い顔立ちだが、日本人のわたしから見ても魅力的な美形だ。
「スタン・ハンセンを十代に若返らせて美形にしたみたいな」
「先輩、例えおかしいっス。そしてハンセンの原型ないっス」
「そうだよね。ハンセンはもっとカッコいいもん」
「……前から思ってたっスけど、先輩男の外見的な趣味おかしいっス」
すごく失礼なことを言われている気がする。
つーか、小橋×三沢でカップリング妄想なんてかましやがった音子には言われたくない。
「受け止めて、僕のバーニングハンマー」とか頭おかしいとしか思えない。まったく……まったく。
「なんで顔赤いんスか先輩」
「ええい、不謹慎な話はやめっ!」
「いや、なにが不謹慎なんスか……」
突っ込む音子を無視して、平太郎たちのほうに視線を転じる。
転校生と平太郎は親しげに声を掛け合って、並んで商店街を歩いていく。
平太郎も小さくはないが、転校生のほうが拳ふたつほどは大きい。おそらく190㎝をこえる長身だ。
「しかしあの二人、むっちゃ仲よさそうっスねうへへ……」
「うー、うー」
仲良く商店街を見て回るふたりに、ミラが歯噛みする。
だが、転校生のほうが、妙にべたべたしているというか、ともすれば変な目で見てしまいそうになる。
「って、なにあれ」
距離を置きながら尾行していると、ふたりは一軒の店に入っていった。
「二人でジュエリーに入ってった……オレもいっしょに行ったことないのに」
ミラが悔しそうに言う。
というか、男二人で入るものなのかジュエリーって。
なんというか。いやな予感と言うかミラと平太郎がくっついてるときに覚える危機感が湧いてくる。
「ホモォ」
「おいやめろ音子」
言いながら、なぜか四つん這いになりかけた音子を力いっぱい止める。
「いやでも絶対ホモでしょあれ!」
天下の往来で、音子は大声で決めつけた。
「ううう……」
「そしてミラもいじけるな! 地面にのの字を書くな!」
「友情ってはかないなあ……」
「いや、あれは絶対違うナニかっスよ! 薔薇の花咲きほこるナニか的なっ!」
心が弱っているところにテンション高く追撃を受けたためか、ミラは珍しくジト目で音子を睨んで、ぼそりとつぶやいた。
「……死ねばいいのに」
「はうっ!? ち、違うんスよミラさん……その、わたしはけっして平太郎さんが“受け”とか……」
そっぽを向くミラ。
微妙に思考を漏らしながら、おろおろする音子。
音子が心底嫌われている。
こと趣味の分野では、自重が出来ない娘だからなあ。
「それにしても、なにしてるんだろう」
ジュエリー店の方に目をやりながら、つぶやく。
まさか音子の妄想が正しいとは思わないが、冷やかしにしても長い気がする。
「ちょっと様子、見てみようか」
「そっスね。中でどんなラブら――ラブじゃないっス! こっち向いて下さいよミラさーん!」
そっぽを向くミラと、あわてる音子を尻目に、店の前まで行って、しゃがみこみながら、こっそりとガラス張りの店内をのぞきこむ。
何かを買っているのだろうか。外国人の転校生が会計をしているところだった。
「――なにをしているんだ、織枝」
「ひわっ!?」
ふいに声をかけられて、わたしは頓狂な声を上げた。
声の主は、見るまでもない平太郎だ。彼は店から出てくると、しゃがみこんだ姿勢のままのわたしを見下ろして言った。
「手持ち無沙汰に外をながめていれば、こそこそと覗きこんできて……なにをやっている?」
わたしはいままでの経緯をざっと頭の中で並べて。
平太郎に伝えても、特に問題はないだろうと判断した。
「いや、ミラに連れられて、平太郎をつけてきたんだけど……」
「ミラが?」
「そ。最近あなたが付き合ってくれないから、理由と言うか、まあ転校生と一緒になにしてるのか、確認しに来たというか」
「趣味が悪いな」
「う……」
バッサリと切られて、思わずうめく。
そうしていると、わたしが見つかったことに気づいたのだろう。ミラと音子がこちらに歩いてきた。
「なぜウサギ」
常識的な疑問だった。
「変装だよ」
「それは仮装だ」
常識的すぎるツッコミだった。
「パーフェクトな息の合い方……やはり“平ミラ”が正義っスか」
「猪瀬、お前は頭がおかしい」
バッサリだ。
小気味良い突っ込みの連続。さすが平太郎だ。
「へいたろ」
言いながら、ミラが前に出た。
「へいたろ、オレは怒ってるんだぞ? オレたち親友だろ? なのに最近のへいたろはオレに隠れてこそこそ転校生と付き合って……なんでだよ。理由があるならはっきり言えばいいじゃん」
ウサギの面を外し、ミラはまっすぐに平太郎の目を見て、言う。
たしかに。ミラに理由を言わないのは、どうも平太郎らしくない。
なぜなのか。
「それは、デスね」
ふいに聞きなれない声が投げかけられた。
独特のイントネーションだ。日本語に慣れていないのか、多少たどたどしい。
見れば片手にプレゼントの包みを持って、例の外国人転校生が近づいてくる。
「待て。紹介しよう。みんな、彼が同じクラスに転入して来た、イギリス人のマイクロフト・マッキンタイヤーだ。マイク、小さいほうが俺の幼馴染の遠藤織枝、大きい方がその後輩で猪瀬音子だ」
「オウ、オリエ、オトコ、よろしくお願いシマす」
「織枝です。よろしくお願いします」
「音子です。よろしくお願いしまス」
頭を下げられ、合わせてお辞儀をする。
ミラは、テリトリーに入られた犬のように、わたしの陰に隠れながら警戒を剥き出しにしている。
「ソレで、ヘイタロウに付き合ってもらった理由デスが」
マイクはわたし――いや、わたしの陰に居るミラに向かい、笑顔を向ける。
「なんだよ、やる気か?」
下がりながら、シャドーボクシングし始めるミラ。
そんなミラに苦笑しながら、マイクは手に持つ包みを彼に差し出した。
「ミラ。ヒトメボレです。付き合って下サイ」
その言葉に。
わたしの目は点になった。
「は?」
ミラが目を丸くして聞き返す。
「ヒトメボレ、デス」
マイクはふたたび告白した。
「き、き、き、キタ――っ!!」
音子が叫びを上げた。
直後一同から白い目で見られて、身を縮ませたが。
視線が彼方を彷徨ってるあたり、妄想モードに移行しているのは間違いない。
「明るく、爛漫な瞳。流れるような金髪。小鹿のような足、すべてチャーミング。魅力的デス。あなたのすべてに、わたしは夢中になってしまいマシた。愛していマス」
マイクは情熱的に愛を語る。
その姿は、ミラが男だというただ一点の問題を除けば、憧れすら抱くものだったが。
直観的に、理解してしまったかもしれない。
わたしは、今回の問題児だと思われる人物に声をかける。
「平太郎。あなたひょっとして、ミラの性別のことマイクさんにちゃんと教えてないでしょ?」
「どういうことだ? 俺はミラが好きだという彼の相談に乗っただけだが」
やはりか。
この自称常識人、相変わらずなにが問題か一切理解していない。
わたしと平太郎の話を聞いていたミラも、理解したのだろう。ため息をつきながら、自らを指差して言う。
「オレ、男。マン」
マイクは最初、まったく理解できないというように目を見開き。
色々と証明した後、すべてを理解した彼は、世界すべての絶望を背負ったような表情で、天をあおぎ、吼えた。
「ジィーザスッ!!」
結局、音子以外誰も得しなかった、休日の話だった。