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遠藤織枝とろくでもない常識人


 ある休日の午後。

 本屋でプロレス雑誌を物色していたわたしの元に、一件のメールが届いた。

 送り主は平塚平太郎ひらつかへいたろう。お隣に住む幼馴染にして自称常識人な、わたしの片恋相手である。


 件名は“平太郎だ”

 内容は“すこし相談があって、お前の家に行ったのだが、留守らしいな。おばさんに部屋で待つよう言われたから、帰るまで待たせてもらうぞ”


 わたしはしばらく携帯の画面を見たまま硬直し。



「――っうわあああああああっ」



 大声で叫びながら本屋を飛び出した。

 わたしの部屋は、現在まったく片付いていない。

 パジャマなども着替えっぱなしでベッドの上だ。平太郎に見られたら余裕で死ねる。


 想像するだけで、顔が熱くなる。

 駅に向かって全力で走りながら、母親にメールを送信。

 電話したほうが早いのだが、町の往来で「パジャマが出しっぱなしだからかたづけて」などと言えるはずがない。



“パジャマだしっぱしかあづけて!”



 しばらくして着信音。

 電車に飛び乗りながら、メールを確認。



“(・ω・)bグッ ”



 本当にわかっているのかと不安になる顔文字だ。


 それからすこしして、またメールが鳴った。

 今度は平太郎からだ。



“笑顔で案内されて部屋に入ったら、ベッドの上にパジャマや下着が放置されていた。おばさんの意図をどう解釈すべきだろうか?”



「ちょ? パンツ、片づけてなかった!? つかあのバカ母! ぐっ! じゃないでしょ! ぜんぜんわかってないじゃない!」



 電車内にもかかわらず、全力で叫んでしまう。

 周りの人間が、ぎょっとしてこちらを振り向いたが、今はそれどころではない。



“部屋で待っているが、少々目の毒な光景だ。おばさんに言って片づけてもらうことにしたので報告しておく”



「り、律儀りちぎに報告しなくていいからっ!!」



“おばさんに、「ナイショで一枚あげようか?」と尋ねられた。どう返答すべきだろうか”



「お願いだからそこの母親殴っといてっ!!」



“相談事があるときは、ウサギの着ぐるみを着なくてはいけないようなので、着替えて待っている”



「おい常識人! 常識どこ行った!? つかわたしのウサミディールで遊ぶなっ!?」



 次々に入ってくるメール。

 完全な羞恥プレイを喰らいながら、電車を降りて改札を飛び出し、全速力で家へ。

 にやにや笑っている母親をおもいきり睨みつけてから、階段を上って自分の部屋に駆けこむ。


 中には、きちんとクッションに正座しているウサギの着ぐるみがいた。



織枝おりえ、家の中で走るな。常識でわかるだろう?」



 もはや突っ込む気にもなれず、肩で息をしながら、しばし息が整うのを待つ。



「へ、平太郎、み、見た?」


「なにを、と、常識で考えれば着替えや下着のことか。見た。悪かったと思ったから報告した。すまんな」



 あっさりと返答する平太郎。



「うわあああっ! 信じられないなに平然としてやがりますかこの男はっ!! わたしがっ! こんなにっ! 恥ずかしい思いしてるのにっ!!」


「そう言われてもな……常識で考えてみろ。俺はお前の下着なんか、小さいころから見慣れている」



 平太郎はそう言って、困ったようにウサギのほほをく。

 なんかとか言うななんかとか。



「というか、おまえ、あのクマ柄の下着、小学生の頃から愛用しているものだろう? パジャマもそうだし、もの持ちがいいな」


「幼馴染の女子相手になんでパンツの話題ふるの常識人!? つか遠回しにお前成長してないなって言ってない!?」


「ところでブラジャーが見当たらなかったのだが、やはりまだ必要無いのか?」


「やはりとか言うなぁっ!! つかあったでしょ!? 白のスポーツブラが!!」


「?」


「うわあこいつスポーツブラをブラジャーと認識してやがらないっ!?」



 全力疾走してきたところに突っ込みの連続はきつい。

 乙女的にもキツイやり取りだ。



「しかし、なんだ」



 肩で息をするわたしに対し、平太郎がぼそりと口を開く。



「――お前もすこし……なんというか、おしとやかさを身に付ける必要があるんじゃないか? 常識的に見て」



 片恋相手にダブルニーバットをお見舞いしたが、わたしは悪くない。









「で、平太郎。今日はなんの相談なの?」


「おお、そうだ」



 平太郎に問いかけると、彼は、ぽんと手を打った。

 着ぐるみの上からとはいえ、わたしのニーバットを喰らっても平然としているのはさすがだ。



「――先日、とある人物から手紙をいただいてな」


「……手紙? どんな?」


「いわゆるラブレターと言うやつだ」


「えっ」



 思わず、焦りの声を出した。

 感情の色がはっきりと出ていたことを自覚して、一度息を深く吸い込みでから、平静を装って尋ねる。



「あ、相手は、知ってるの?」


「ああ。同じ学校の生徒だ。俺もよく知っている。好感の持てるひとだと思う」


「で、で、その、平太郎は……どうしたいの?」


「断ろうと思う」



 驚きを隠し切れていなかったのだろう。

 わたしの顔を見て、平太郎は不思議そうに首をかしげた。



「……意外か?」


「そ、その、あなた、嫌そうじゃなかったし」


「そうか? まあともかく、俺のどこが気に入ったのかは知らんが、あきらめてもらうしかない。もとより我々は学生なのだ。なによりも学業を優先すべきだろう。常識的に考えて」



 さきほどから、言葉のナイフで胸をえぐられ続けている気がする。


 平太郎のことを好きな子が同じ学校に居て。

 平太郎のほうも、すくなからず好意を抱いていて。

 でも、学生の本分は学業だから、平太郎につき合う気はない。

 わたしにも見込みは一切ないと、言外に言われたようなものだ。



「で、でもさ、かわいそうじゃない? その子。そんな理由でフられるなんて」


「だからこそ、お前に相談しに来たのだ。なんとか相手を傷つけずに穏便に断りたいのでな」



 やばい。胸が痛い。

 真面目なやつだとは思っていたけど。

 見込みが薄いのは、わかっていたけれど。

 まさかこれほどはっきりと、その事実を突きつけられることになるとは。



「傷つけずに、ってのは、都合がいいんじゃない? 結局断るわけだし。だったら素直に言ってくれた方がマシだと思うけど……“学生の本分は勉強だから”って逆にいいわけ臭いよね……じゃあ、ほ、他に好きな人がいるとか」


「ふむ……なるほど」


「……具体的に名前出してもいいかも」



 下心含みでそんな提案をしてみる。

 ひとしきり首をひねってから、平太郎はひどく生真面目な表情で言った。



「では、ミラの名を借りるか」


「ちょっと待てコラ!?」


「……ん? どうした織枝?」


「どうしたじゃないでしょ? なんでそこでミラの名前が出てくるの!? 頭おかしいんじゃないの!?」


「いや、ミラなら向こうも納得するだろうと思ったのだが」



 たしかに。幼馴染のミラは超美少女顔だけど。

 わたしが平太郎の彼女役するには外見幼すぎて説得力がないのかもしれないけど。



「ミラは男でしょ!?」


「その通りだが?」



 当然のように答える平太郎。

 この男、なにが問題なのか一切わかっていない。

 なんというか、朴念仁と言うのもはばかられる愚鈍っぷりだ。



「あのね、男とつき合ってるからお前とはつき合えねーや、とか、相手ムチャクチャ傷つくと思うんだけど……納得はされても、相手への配慮って点では本末転倒じゃない?」


「いや、俺はむしろそちらの方が傷が浅いと思ったのだが」



 平太郎の言うことは、わけがわからない。

 いや。ひょっとして、平太郎を好きな彼女は、わたしの某後輩のように腐女子なのかもしれない。なら彼の物言いにも納得がいく。



「平太郎? 手紙の相手ってどんな人?」


「ふむ? そうだな……勉学優秀にして水泳部のキャプテンを務める文武両道。男女問わずに人気があってな。問題があるとすれば、男の趣味くらいのものだ」



 いや。とわたしは心の中でかぶりを振る。

 平太郎を選ぶあたり、男の趣味も相当いい。

 いったいどんな完璧超人なんだと思う。勝てる気がしない。



「スタイルは?」


「ふむ? 文句のつけようがないんじゃないか?」



 おっぱい星人の平太郎が、文句のつけようがない、なんて言う以上、オーバーDは確定だ

 そんなハイスペックな彼女ですら、平太郎は眼中にないと言う。さすがに本当だろうかと疑ってしまう。



「それって理想の人なんじゃない? それでもつき合わないのって……本当に学生の本分云々うんぬんだけが理由? ひょっとして他に何か、理由があるんじゃない?」



 ――たとえば、他に好きな人がいるとか。



 わたしが知る限りでは、平太郎に好きな人はいない。

 しかし、学校が違うのだ。校内に気になる人がいたとしたら、わからないかもしれない。


 わたしに気があるから、という可能性は、さすがにない。

 それならよかったのだけど、仮にも片恋相手だ。むこうにその気があるのなら、ぜったいに気づける。



「理由は、ある」



 しばらく無言のまま、見つめ合って。

 ぼつリと、平太郎は言った。



「それは何?」


「それは――」



 わたしが尋ねると、平太郎は静かに、理由を述べた。



「――相手は男なのだ」


「まっさきに言えええっ!!」



 あらん限りの声を振り絞って、わたしは平太郎に突っ込んだ。









 相談が済み、平太郎が帰った後。

 彼が脱いでいったウサギの着ぐるみに人型サンドバックを詰める作業をしていて――ふと、気がついた。



「さっきまで平太郎が着てたんだよね、これ」



 着ぐるみを眺めながら、ごくりと生唾を飲む。


 鼻に近づけて、臭いをかいでみる。

 かすかに平太郎の匂いがする気がした。



「じゃ、じゃあ……その、着ぐるみを、着れば」



 背徳的な感情に駆られながら、ゆっくりと着ぐるみを身にまとう。



「……うわ、ヤバイ。これヤバイって。く、癖になる」



 全身を平太郎に抱きしめられている錯覚に陥り、わたしはベッドの上に寝転がると、ごろごろともだえ転がった。


 そこへ、一件のメールが届いた。

 差出人は、母。



“うちの娘がクンカクンカゴロゴロムフーってなってる件について”



 宛先複数送信しているのだろう。

 宛先欄あてさきらんにはいろんなアドレスがずらっと並んでいる。

 わたしのアドレスも、ミスで紛れ込んでしまったのだろうが……真剣に死にたい。

 そのまえに、わたしの恥部を広めてくれた母に、一撃くれてやらねばならないが。



「投げ技は……さすがにシャレにならないから……リバースインディアンデスロックあたりで」



 有言実行。

 わたしはウサミディールの頭を小脇に抱えながら、ゆっくりと部屋を出た。




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