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遠藤織枝とろくでもない幼馴染


 とある平日の放課後。

 学校を出て、さて家に帰ろうかと伸びをしたとき。

 道行く先に知った後ろ姿を見つけて、わたしは声をかけた。



「音子」



 わたしと同じ。蘭陵女子高らんりょうじょしこうの制服を着たその後ろ姿は、ぴたりと足を止めると、嫌そうにこちらを振り返った。

 丸顔に真っ黒ショートヘアの巨乳娘。わたしの後輩、猪瀬音子いのせおとこだ。



「……あー、どもっス先輩」



 あからさまに不機嫌な感じの後輩に、冷や汗。

 実は先日、わたしは怒りに任せてほぼ無関係な彼女をぶん投げてしまったのだ。



「音子……まだ、怒ってる?」


「当たり前っスよなんでいきなり人にドラゴンスープレックスかましやがったんスかあのあと一週間ほど首おかしかったんスよ!」


「だ、だからめいっぱい謝ったじゃない。ミラの昔の写真とかあげたし」


「それはそれ、これはこれっス! いまだになんか首に違和感あるんスよ!?」


「ちゃんと首受け身バンプしなかったから……」


「できるかんなこと! こちとら筋金入りの文系っスよ!? 命張って鍛えこんでるガチムチドMどもと一緒にすんなって話っス!」



 音子は息も荒くまくし立てる。

 わたしは手を合わせて平謝りだ。



「あーもう。ほんとごめんなさい。なんでもいうこと聞くから。どうすれば許してくれる?」


「いいんスか!?」



 いきなり身を乗り出して来る音子。瞬速の代わり身である。



「へっへっへ、なんでも言うことを聞くから、とか……もうこのセリフだけでご飯三杯はいけるっス……ナニやってもらおうかなー。あのアニメのあの衣装を着てもらうとか……そ、添い寝とか……」


「漏れてる漏れてる。ヤな妄想が漏れてるから」



 寒気がして、庇うように身を抱く。



「はあはあ――ふう。まあ、あんまり無茶なお願いして先輩に嫌われたくないっスから……そうっスね、わたし今日“TAKAHASHI”でスペシャルシュークリーム確保してるんスけど」


「え? “TAKAHASHI”ってあれでしょ? テレビとかでバンバン紹介されてて買うのに何時間もかかる、人気の洋菓子店!」


「そう、その“TAKAHASHI”っス。実はいとこのお姉さんがあそこ務めてて、それでキープしてくれたんスよー。ま、ただじゃないっスけど」


「欲しい! 欲しい!」


「どうどう。そんなわけで、“TAKAHASHI”スペシャルシュークリームおひとつ600円、わたしの家族分10個のお代をお母さんから預かってるんスけど……半分肩代わりしてくれるなら、分け前として二つほど進呈しまスけど?」



 しめて3000円の出費。

 悩む。超悩む。でもあそこのスペシャルシューなら定価の五倍くらいの価値はある。

 プラスアルファで音子と仲直りできるなら、そんなに悪い取引じゃないかもしれない。


 ひとしきり悩んだ末。

 結局、わたしはこの取引に応じた。









 さて。

 後輩と別れて自宅に帰り、さあおやつタイムだとウキウキしながら自室の扉を開けたとき、中に直立不動でウサギの着ぐるみがいたら、わたしはどういった反応を示すべきだろうか。


 ウサギは、わたしの姿を見て固まると、挙動不審にきょろきょろとあたりをみまわしてから、こくりとかわいく首をかしげた。



「うさー?」


「ミラじゃねーか勝手に部屋に入るなこの馬鹿っ!!」


「げしっ!?」



 声で即座に判断して、わたしは不法侵入者にブラジリアンキックをお見舞いした。


 滝本たきもとミラ。

 わたしの幼馴染にして、金髪美少女の容姿を持つ男である。

 もうひとりの幼馴染、平塚平太郎ひらつかへいたろうとは大の親友同士――なのだが、ミラの容姿が美少女なせいで、恋人同士にしか見えない。

 平太郎に片恋中のわたしとしては、ミラの存在は、幼馴染ながら心底うっとうしく、心の中で、常にぶん投げまくっている相手だ。



「おー、いてー」



 蹴りを頭部に喰らってぶっ倒れたミラは、首をさすりながら起き上がった。

 わたしは紅茶とシュークリームの入った箱を手にしながら、冷たい瞳をミラに向ける。

 いくら幼馴染で、何度も部屋に来ているとはいえ、女の子の部屋に無断で入ったのだ。これくらいの罰は受けてしかるべきである。



「いや、おばさんに通してもらったんだけど」



 犯人は母か。

 頭痛を押さえるように、わたしはこめかみに手を当てる。

 いい年していたずら好きな母のことだ。かるいサプライズくらいのノリでミラが来たことを黙っていたのだろうが……本気でやめてほしい。



「……言っとくけど、母親の許可を得ようが得ようまいが、本人不在の女の子の部屋を、勝手にうろついてる時点でアウトなんだからね!」



 大人しく座ってるならともかく、勝手に着ぐるみ着てうろついてたら、家探ししてると疑われても仕方ない。蹴りをくれたのは、むしろ当然の防衛処置だ。

 しかし音子といい、なぜわたしのストレス発散用愛玩人形であるところのウサミディールを着る。示し合わせてるのかこいつら。



「まったく、ツンデレだなあ織枝おりえは」



 やれやれしゃーねーなー、みたいなしぐさをするウサギの着ぐるみ。殴ってもいいと思う。



「ミラ、わたしをそのカテゴリに入れんなぶん投げられたいの?」


「あれ? 織枝ちゃんツンデレってわかるんだ?」


「友達、つーか後輩にそういうの、くわしい娘がいるからね」



 まあ、音子のことだが。

 あいつのせいで性別受けとか小悪魔受けとか、特殊な世界の単語が脳内に登録され続けている気がする。


 ミラに答えてから、わたしは手に持っていた紅茶とシュークリームをひとつ、泣く泣くミラの前に押し付ける。



「わっ! ありがとう織枝ちゃん。オレ、シュークリーム大好きなんだー」



 遠慮も会釈もない。

 ミラはウサギの頭を外すと、笑顔でシューにかぶりついた。

 わたしが、自分の紅茶を淹れてくるのを、待つ気はないらしい。

 まったく、お子様め。すこしは平太郎を見習ってほしいものだ。









 紅茶を淹れて部屋に戻ると、ちょうどミラが、箱の中からもうひとつのシュークリームを取り出そうとしていた。



「ミラ、それわたしの分」


「えー」


「えーじゃない。シューはふたつしかないんだから、もうひとつはわたしの分に決まってるでしょ。常識で考えなさい」



 ミラは未練の視線を送りながら、しぶしぶとシュークリームを箱に戻す。

 ちょっと涙目だ。子供か。



「……仕方ない。半分あげるから」



 ため息をつきながら、わたしはシュークリームを手にとり、半分に割って金髪美少女に手渡した。

 ミラの顔がぱあっと晴れる。



「マジ? サンキュ、織枝ちゃん!」



 あくまで同情だから。好意なんて無いから。

 だから「こいつひょっとしてオレに気があるんじゃね?」みたいな表情はやめろ。いらっとくるから。


 ああ、もったいない。

 滅多に口にできない御馳走だったのに。



「……で、ミラ、あんたなんの用で来たの?」



 半分こしたシュークリームを食べながら、ミラに尋ねる。

 すでにシューを平らげ、思春期丸出しの表情でわたしのベッドに目をやっていたミラは、思い出したように手を打った。



「おー、そうだそうだ。実は織枝ちゃんに相談事があってなー」



 珍しく困った様子だ。

 でもやっぱり、反応を確かめるように、こちらをチラ見してきているのがうっとうしい。



「なによ」


「えー、あの、な、最近さー。織枝ちゃんの後輩の蘭女ランジョの一年……えーと、猪瀬いのせがさー、ヘンに馴れ馴れしいっつーか……」



 音子……だから突っ込みすぎるなって言ってるのに。

 そしてミラ。困惑しながらも、わたしの反応確かめてんのが見え見えなんだよ。

 なんとも思ってないから。嫉妬なんて無いから。むしろさっさとくっついて欲しいんだから。



「ぶっちゃけへーたろが変に気を使ってオレを避けるんだよ。ひどくね?」


「それが一番の問題なんだ……」


「当たり前だろ? 水臭いじゃないか。オレとへーたろは、へへ、マブダチなのに……」



 おい、ちょっと照れくさげに言うな。

 マジで危ないから。マジで危ないから。

 一見美少女だけど、あんたは一応男だから。

 ぶっちゃけいまのあんたわたしより乙女っぽいから。



「……ミラはさ、彼女とか欲しくないの?」


「欲しいよ? ふつーに。ナニ織枝ちゃん? オレのことそんなに気になる?」



 いらっ。

 なぜ音子のために探りいれただけで、色目を使われないといけないのか。



「いいえ。あんたのことなんか欠片も気になんない」


「ツンデレだなあ……」



 なんでこんなにポジティブなんだろう。

 というか本気でそのレッテル貼りはやめてほしい。



「ま、とにかく、オレとしちゃ、もっとへーたろと遊びたいから、猪瀬にあんまり来んなっつっといてほしーんだよ。もちろん角立たない感じに」



 正直、嫌だ。

 音子がお邪魔虫のミラとくっつけば、平太郎が好きなわたしにとってメリットでかいし。


 でも、それは完全にわたしの欲得なわけで。

 一応、名目上はミラの幼馴染としては、ほんの少しだけ、力になってやりたくもある。そのあたり複雑だ。



「……わかった。音子には、わたしからちょっとは自重するように――」


「おーっす、へーたろ!」



 さんざん悩んだ末、せっかく協力の意を伝えてやったというのに、気がつくとミラは、勝手に窓を開けて隣家に向かって声を張り上げていやがった。正直やりきれない。


 しばらくしてから、むこうの窓が開く。

 出てきたのはもちろん平太郎だ。



「なんだ。騒がしいと思えば、ミラか」



 年齢に似合わず落ち着き払った少年は、窓越しに手を振るミラの姿を見て、無感動に答える。

 おや、と気づく。この状況、わたしにとって、まったく歓迎できない。



「織枝の家に遊びに来ていたのか」


「おー、ちょっと、へへ、野暮用があってなー」


「ちょ、なんでぼかすの!? ただの相談事だからね!」



 焦って顔を出すと、一息に言い訳する。

 平太郎にだけは、絶対に勘違いなんかして欲しくない。


 しかし平太郎は、面倒くさそうにため息をつくと、窓に手をかけながら言った。



「……仲がいいな。ま、常識的に、ほどほどにな」



 がらがらと、窓が閉まる。

 終わった。よりによってこの馬鹿と勘違いとか。

 くずおれるわたしの頭上で、馬鹿が照れくさそうに口を開く。



「いやーまいったなー。へーたろのやつ。こんどはオレが織枝ちゃんといい仲だって勘違いしてやがる……ま、まあ織枝ちゃんさえよければその勘違いを事実に――織枝ちゃん、なにしてんの?」



 ウサギの面をかぶせるわたしに、ミラが首をかしげる。



「……わたしもさ。さすがにそのきれいな顔傷つけるの、気がとがめるから」


「いやー、キレイだなんて……傷?」



 不審げに首をかしげるウサギ。



「幼馴染の義理として、わりとガマン、したほうだと思うけどさ……さすがに、限界というか、いまのだけは、許せないから……」


「織枝ちゃん、声が平坦で怖いよ?」



 怖い?

 それはそうだ。

 だってもうとっくに……キレているのだから。


 両膝でウサギの頭を挟み、逆さを向いた相手の両腕を抱えてベッド端エプロンサイドへ。

 そのまま体を地面から引っこ抜き、ベッドから床に向けて抱え落とす!



 ――断崖式タイガードライバー91っ!!



「地獄でわたしに詫びろミラぁーっ!!」



 わたしの悲鳴にも似た傷心の叫びとともに。

 滝本ミラは場外に沈んだ。





 そして翌日。

 帰宅したわたしの前で、またまた着ぐるみが動いている。



「……それでさ、お姉ちゃん。クラスメイトの男の子のことでちょっと相談が」



 相談事もいいのだけど。

 なんでいちいちウサギの着ぐるみを着るのか。

 わたしは心底からのため息を、ウサギの中に居る妹に向けて吐く。



「お前らわたしのウサギになんの恨みがある」





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