兄と魔王と友人と ①
※2月14日改稿しました。
さて俺は今、魔王と翔の男二人による、雅を挟んだ恋の鞘当という名の修羅バトルに巻き込まれようとしている。おっかしいな。こんな筈じゃなかったんだけど…。
この状況を説明するには時間を少し戻らないといけない。俺は雅と翔と三人で家路についていた。その時も俺はやっぱりあ~でもないこ~でもないと魔王対策を練っていた。そして思い立ったのだ。そうだ!魔王の追求から逃れるために翔に犠牲になってもらおう。これで魔王の追及を逃れられるかもしれない。その時の俺は確かに小躍りしたい気分だった。このアイデアがそもそもの間違いだったとそのときの俺は気がつかなかった。
魔王である佐伯一馬と翔の仲ははっきり言って相当悪い。二人とも雅が好きだという時点で自明の理といったところだ。かたやストーカー体質のロリコン、ドSの腹黒変態野郎。かたやどんなに虐げられても雅を愛してやまない粘着質なドM野郎。濃い、濃すぎる。雅の将来はどうなるんだろう。いや…むしろ今までのパターンで行くと俺が被害を被る気がする。自分の先行きに不安を感じる。
そんな二人の初めての邂逅は俺と翔が小学校二年生のときに遡る。俺が魔王に池に突き落とされた数週間後のことだったと思う。その日俺は雅と翔と三人で遊んでいた。確かあのときは蟻の巣をつついて蟻たちを恐怖のどん底に突き落としていた気がする。ワタワタと大慌てで卵を銜え巣から逃れてくる蟻に時折ちょっかいをかけつつ興味深く観察していた。いつの時代も子どもとは無邪気な残虐性を秘めているものなのだ。
その様子に集中していた俺たちは気づかなかった。後ろから不穏な足音が近づいてくることに。突然襲い掛かった大きな生き物が背中にのしかかる衝撃と獣の荒い息遣い。驚いた俺は隣にいた雅を巻き添えにして、いまだ混乱している蟻たちの只中に倒れこんだ。何匹かプチっとやったかもしれない。
前足で俺を押さえ込んで頬をべろべろと舐める獣の正体はすぐに知れた。魔王の飼い犬コタロー。初対面以降なぜか懐かれてたまにこうしてのしかかられていた。まぁほぼ毎回魔王にけしかけられている状態のため、お気に入りの玩具と思われているのかもしれない。本人はじゃれ付いているだけのつもりのようだが、ハスキー犬という巨体にのしかかられた俺はたまったもんじゃない。死んでしまう。じたばたともがくも抜け出せない。
「「大丈夫?」」
そこでかけられる変声期を迎えた少年の声とまだ高い少年の声、差し出される二本の手。自分のそれに比べるとずいぶん大きな手と自分のそれと似たり寄ったりの小さな手は、いつの間にか現れた中学生の魔王と翔の手だ。もちろん差し出されたのは俺じゃなく雅。おい…おいお前ら、どう見ても俺のほうがやばいだろう。特に飼い主!早くこのわんこをどけてくれ!
二人は互いの手を認めるとそれをたどって徐々に顔を上げていき最終的に視線を絡ませたと思われる。ぶっちゃけ俺はそれ所ではなくて目撃はしていない。ただ凍てついた空気はなんとなく肌で感じた。どうやら互いに牽制しあっているらしく一向に動きがない。そうこうしているうちに雅は自分で起き上がり、砂と蟻にまみれた服をパッパと払っていた。雅、空気読め。ちなみに二人は牽制に夢中で気づいてない。
身だしなみがそれなりに整うと雅は俺の上からコタローをどけて、小さな手を差し出してきた。この頃から男前である。雅に助け起こされ一緒に服を払う。雅に礼を言いやっとで落ち着いて魔王と翔の方に目をやると、そこは凍てついた空気どころか幻のブリザードが吹き荒れる極寒地帯へと変貌していた。その様子を見て俺は初めて魔王が雅を好きなのだと理解した。
冷ややかな目で翔を蔑視する魔王と負けじと睨みつける翔。常人なら逃げ出すであろう絶対零度の魔王の視線を、翔は持ち前の打たれ強さで受け止める。さすがS属性とM属性、ある意味相性はいいかもしれない。永遠に続くかと思われたその時間は雅が打ち合わせた両掌の音で終止符が打たれた。
「二人でおなじかっこうしてどうしたの?」
あくしゅがしたいなら早くしたらいいのに。二人ともはじめましてだもんね。
可愛らしく小首をかしげてのたまう雅。その言葉に一気に脱力した俺は間違っていないと思う。もう一度言う。雅、空気読め。
雅の幼馴染の小学生とうちの近所に住む中学生。普通にしてたらまず会わないはずなのにその後も二人はなぜか頻繁に顔を合わせていた。まぁ一人は俺をだしにちょろちょろと雅に付きまとい一人は雅のストーカーだ。それは必然だったのだろう。
会うたびにいがみ合う二人にそれを華麗に流す雅。そしてどさくさに紛れてそっと現場を離れる俺。重要なのはここだ。このパターンで行けば俺は割りと高い確率で現場を離れることができる。
今のところ勝率は七割といったところだろうか。いける!いけるぞ俺!今回も魔王の手から逃げ切ってみせる!魔王に出会う前、俺は心の中でそう決意していた。
終わりませんでしたorz
翔が出張ってきてこんな事態に…次回もよろしくお願いします。