第6話 後編 誘拐犯との遭遇
「おい、ダン! ツェイトだ、ツェイトの野郎が来たぞ!」
城下町内にある、少々くたびれた長屋が並ぶ住宅区の一画。道中少々道が狭くなっている所がある為、ツェイトはセイラムを連れて建物に接触しない様に気を付けながらヒグルマの後を付いて行き、今の場所へと辿り着いた。
ヒグルマが軽く木製の壁面を手の甲でノックしながら、中の住人をぶっきらぼうに呼び出す。
するとなにぃ! と慌てた声が部屋の奥から聞こえ、声の主が音を立てながら玄関の戸を開けた。
その者は、頭にハサミ状の角を生やし、岩に似た形状の外骨格で全身を覆った人型の虫の異形だった。
背丈は角の長さをを省けばヒグルマと同じ位で、外骨格の隙間から覗かせる眼は昆虫人の眼に似ていて黒一色。口元はツェイトとは違い外骨格のマスクが無く、牙がむき出し状態だ。
彼の名はダン。ツェイトやヒグルマと同じNFOプレイヤーで、ツェイトと同じハイゼクターだ。種類はアリジゴク型である。
驚きつつもダンは、ツェイトとの再会を喜んでいた。
「うわ、本当だ! マジでツェイトだよおい」
「ダンもこっちに来ていたのか」
ツェイトも現れたダンを見て眼を丸くした。
というのも、半モンスターの様なハイゼクターが、一般住宅から違和感なく出て来た事に対してシュールなものを感じたのだ。
「お、おう。にしても、こっちに来ても相変わらずでけぇ体してるなぁアンタは」
「……今回のおかげで、俺の体は都会向きじゃないと言う事が良く分かった」
「ははは、まぁアンタならそうだわな」
ツェイトのぼやきに、ダンは牙がむき出しの口を開けてガラガラと笑う。
ツェイトはNFOの世界で交流が無いわけではない。むしろ、NFOが始まった時からついこの間までの10年間、長い間NFOをプレイしているので、付き合う度合いを無視すれば結構知り合いは多い。今回出会ったこの二人もNFOの頃に何度か世話になった人物達だ。
「おいご両人。積る話もあるだろうが、此処じゃちとツェイトにゃ狭いだろう。場所を変えよう」
ツェイトとダンが再会を喜び合っているとヒグルマが二人に声をかけた。
確かにこの場所はツェイトにとっては狭すぎる。それに、ここでは話ずらい事もある為それも含めての事だろう。
「それに、そっちの嬢ちゃんを置いてけぼりにしちゃ可哀そうだ」
クイっとヒグルマがあごで指した方向には、ダンの姿を見てポカンと口を開けて呆けていたセイラムがいた。ツェイトの同類がいた事に驚いたのだろうか。
「…………あっは、はい!?」
セイラムはヒグルマの言葉でハッと我に返り、慌ててつい姿勢をただしてしまった。
授業中に余所見をしていた生徒が先生に声をかけられた時の様なセイラムの仕草に、ツェイト達NFOプレイヤーの3人は笑い出し、対するセイラムは自分のした事が恥ずかしくなり、羞恥心で顔を赤くしながら顔を俯かせ、手に持っていた槍の石突きで地面をガリガリとひっかいていた。
一行は場所を離れて、大きな川が流れている橋の近くまで移動した。ヒグルマは川沿いに生えている木に背もたれ、ツェイトがその傍で腰掛けている。
セイラムは二人の話を聞かせる訳にはいかないので、ダンの計らいで距離を取ってもらっていた。
こんな時、セイラムが聞き分けの良い娘であった事をツェイトは感謝した。そんなツェイトはヒグルマと一緒に顔を合わせる事無く、川の流れをジッと見つめながらこれまでの経緯を説明する。
「そうか、プロムナードの奴を探してるのか」
「どこから手を付けたらいいものか分からなくて、取りあえずクエスターの資格だけでもと思ったんだが……俺の体が中に入れなかった」
「そりゃそうだ、お前さんの体じゃ此処はちょいと窮屈だろうよ」
ヒグルマは、支店の入り口で肩を落としていたツェイトの姿を思い出したのか、喉を鳴らして笑う。
ツェイトはそれを気にする事無く、ヒグルマの方へ少しだけ顔を向けた。
「ヒグルマは、此処に来てどれ位経つんだ」
「3年だ。ダンの奴と会ったのは2年前ってとこか。こっちに来たらアイテムが全部ぶっ飛んじまったからほとんど文無しでな、ダンとクエスターやりながらこの長屋に厄介になっているって訳よ」
まぁ、幸いな事に肌身に付けていた物は無事だったんだがなっとヒグルマは何時の間に取り出したのか、先程から吸っていたキセルの煙をぷかぷかと吐きながら空を見上げた。ツェイトを含め、プロムナードといい、ヒグルマ達といい、プレイヤーによってこの世界に来る時間軸は様々らしい。
あの時支店にヒグルマがいたのは、何か適当な依頼がないか確認しに行こうとしていたらしい。そこでツェイトを見つけたと言う訳だ。一目見て相手がツェイトだと分かったとヒグルマは付け加えると、ツェイトは案の定自分の体が目立ちやすい事を改めて思い知った。
ちなみに、ツェイトはプロムナードの事をヒグルマに訊ねてみたが、彼にも行方は分からないのだそうだ。3年と20年では大分時間に差が出来ている為、しょうがない事だろう。しかも、プロムナードはもうこの国にはいない可能性だってある。
ヒグルマとダンの他にも来ている奴はいるのかツェイトはヒグルマに訊いてみた所、案の定と言うべきか、この世界に来ている者はいるらしい事が分かった。しかし、その人数はかなり限定されたものだった。
「どうもこの世界に来ちまっているのは最古参組だけらしいな。しかも、話を聞くとこっちに来ちまった連中は皆あの10周年記念の時にログインしていたって話だ」
最古参組、それはNFOがサービスを開始した当時からプレイしていた者達の事を指す名称だ。ツェイトとヒグルマ、ダンも最古参組に入る。そして、この場にはいないプロムナードも。
総じて最古参組達のプレイ歴はサービス開始から現在に至るまでの10年、年齢も皆20代半ばを過ぎている。ちなみにヒグルマはツェイトより若干年上で、ダンは同い年くらいだ。
というのも、NFOに限った事ではないのだが、VRMMOというジャンルのゲームには年齢制限があり、最低でも15歳にならなければプレイできない様に法律で定められているのだ。これには、リアリティの追求されたゲーム内容も含まれたゲームもある為、子供の教育に良くない影響を与えると言うのが理由とされているが、もう一つある。
それは、専用の装置であるニューロバイザーから発せられる波長だ。
幼い頃から脳に微弱ではあるもののその波長を浴びせ続けていけば、それが原因で若者の発育に影響を及ぼすのではないのかという専門の学者達の発表があった為に、国がプレイできる年齢の制限を設けたのだ。
それ故に、どんなに若くても15からでしか始められないし、其処から最古参組の10年という経歴を加算すれば、25歳が最低限界なのだ。
仮に既定の年齢に達していない者が年齢を偽証してプレイしようとしても、ニューロバイザーがその際プレイヤーの生体情報を読み取り、其処から年齢を計算する為すぐにばれてしまうのだ。
だからと言って、ニューロバイザーそのものに手を加えれば大丈夫なのではないのかと言われれば、そうはいかなかった。
過去に何度か同じ事を試みようとした者がいたのだが、ニューロバイザーの中には不可解な部品が多く、解析不可能なブラックボックスと化している物まであったのだ。
それに変な対抗意識を燃やし、その手に精通したプロに頼んで調べてもらった者もいたらしい。しかし、終ぞそれの仕組みが分からずお手上げ状態となり、結局NFOのプログラム改ざんを出来た者は誰もおらず、ニューロバイザーにはオーパーツが組み込まれているんじゃないのかという冗談交じりの皮肉がネット内で広がり有名となった。
「その情報は、何処で?」
意外にも限定された者だけしか、この現象に見舞われていないのかもしれない事に驚いたツェイトは、ヒグルマが何処からその情報を手に入れたのか訊ねた。
「シチブだ、あいつが地方を転々としながら情報を仕入れているらしくてな。以前出くわしたときに本人がそう言ってやがった」
「あの人も来ているのか……」
ツェイトの口元から乾いた笑い声が漏れた。もし今のツェイトに人間の様な顔があったら、口元を引き攣らせながら苦笑をしていただろう。
シチブとは、ツェイト達と同じNFOプレイヤーの名だ。別にツェイトはシチブという人物が嫌いなわけではない。アクが強いというか、キャラが強烈と言うべきなのか、とにかく個性的な性格をしているのだが、そこさえ気にしなければそれなりに良い友人になり得る。その個性を容認出来れば、なのだが。
「まぁ、気持ちは分からんでもない。あいつはたまにこっちで露天商に混じって店開いてるぞ。もっと詳しく聞きたいのなら探してみな」
何か分かるかもしれないぞっと言うヒグルマもツェイトと同じ気持ちだったらしく、仏頂面の口元をちょっと引き攣らせていた。
それに対してツェイトはそうしてみるよ、と返してプレイヤー達の事について話を戻した。
「案外、こっちに来た連中は少ないのかもしれないな」
「かもしれねぇな、俺も全部把握してるわけじゃねえから正確な事は言えねえが」
ヒグルマ達の情報が正しいのならば、この世界に来た人間は大分限られてくるのではないのだろうか、とツェイトは思った。
最古参で、更に10周年の日にログインをしていた者。
最古参組は皆社会人だ。大抵の者達は職に就き、各々の生活を形成している筈だ。その中には仕事や生活の為にNFOへのログインが疎遠になって行く者達も出てくるだろう。実際、それで止めてしまった者達は数多い、実質現役でプレイをしているNFOプレイヤーは、プレイ開始の頃から数えるとかなり少なくなっているのではないだろうか。そこで先の条件が付加されれば、更に人は絞られていく。
「帰ろうとは、思わなかったのか?」
ふと、ツェイトは今まで気になっていた事を言い淀みながらもヒグルマに問いかけた。元の世界は恋しくは無いのか、と。
言い淀んでしまったのは、彼らが帰りたくても帰れず今の今まで時間が経ってしまったのならば、この質問はとても残酷なものなのでは無いのかと思ったからだ。
問い掛けられたヒグルマは、じっと視線の先にある川の流れを見つめ、一時の間を開けてから静かに答えた。
「…………まぁ、帰ろうとは思ったな。元の世界での俺の体が気になるし、俺も人の子だ。親父とお袋が心配では、ある」
だがな、とヒグルマは吸っていたキセルをひとしきり堪能した後、上に向けていた火皿の部分を下に向け、手の甲に管の部分で軽く叩く事で中に詰めていた刻み煙草の吸殻をはたき落とした。
「……今はちと迷っている」
「迷っている?」
「まぁ、別に元の生活が嫌だって訳じゃあねえんだがな。そもそも帰り方すら分かっとらん」
顔を俯かせて、手ぬぐいが覆われていない後頭部をカリカリとかきながら、ヒグルマが何となく言い辛そうにしていた為、ツェイトは敢えて追及しなかった。自分も今はあまり他者に深く問い質されたくない立ち場なので、調子に乗って墓穴を掘りたくないのもあったからだ。
少しばかり二人の間に沈黙が降りた所で、ヒグルマが思い出したように顔を上げ、ツェイトに近付いて軽く肩を肘で突いた。
「そういや、あの娘は誰だ?」
ヒグルマが、自分達から離れた所で驚きながらツェイトを見ているセイラムに視線を向ける。現在セイラムは何やらダンと話をしている様だ。
ツェイトが聴覚を集中させて耳を傾けて盗み聞きしてみると、自分の事をダンから聞いている事が分かった。ダンには軽く説明をしているが、何処かでボロが出なければ良いが、と少しだけ心配になる。
まさか、これか? っとヒグルマが小指を立ててツェイトに見せるが、そんな訳ないだろうがと少し困惑した声でツェイトは返した。
正直ツェイトはセイラムの事をヒグルマに全て話す事を躊躇った。下手に話せばセイラムの立場が危ぶまれるのではないのだろうかという危惧もあったが、ヒグルマ達を巻き込んだら申し訳が立たないとも思ったのだ。
そんな雰囲気を察したのか、ヒグルマはツェイトが追求しなかったように、何も訊かなかった。
「訳ありなら深くは訊かねぇよ」
「ありがとう。助かる」
「ま、駆け落ち中って事にしといてやる」
「馬鹿言うな。16と26じゃ歳が離れすぎだ」
「此処じゃ許容範囲内だぜ。良かったな、ガキが生まれたら顔出せよ」
「そんな事になったら、あいつの親父に殺されるかもしれん」
それから適当な会話を何度かやり取りをした所で、二人はセイラムとダンのいる所へと向かった。
二人の元へと行くと、セイラムが驚きと困惑、そして少し含み笑いが混ざった微妙な顔でツェイトを見ていた。その後ろでは、ダンが何やら面白そうに口元を歪ませている。
どうかしたのかと首を傾げたツェイトは、事の真相を知っているであろうダンに問い質した。
「おい、セイラムに何を吹き込んだ」
「吹き込んだとは人聞き、いや虫聞きの悪い事を言う。アンタの昔の事をちょっと教えてやっただけだ」
お前さんの事が気になるらしいぜ、と口元に人相の悪い笑みを浮かべながらダンは言う。対して話を聞かされたセイラム表情は、心なしか聞いてはいけない事を聞いてしまった様な、そんな顔をしていた。
「……例えば?」
「昔隠し芸でアンタがプロムナードと髭付けてダンスを踊りながら、放り投げられたスイカを角で刺した事とか。あと火山地帯で温泉掘るとか抜かして、穴掘ったら山が噴火した事とかも話しといたぜ」
「お、お前、そんな事教えたのか」
何を言ったのかと気になって聞いてみれば、実に下らない事だった。まぁ、そんな下らない事をしてしまったのは自分なのだが。
当時の事を思い出して何故あんな事をしたのだろうかと、ツェイトは今頃になって恥ずかしくなり、片手で顔を覆った。
「良いじゃねえかよ、アンタはそれ位の茶目っ気がある方が可愛げがあって受けも良くなるぜ」
只でさえおっかねぇ面してるんだからもうちょいフレンドリーに行こうぜと、あまり人の事を言えない姿のダンがおどけた仕草でツェイトを茶化すが、ツェイトは気を悪くした素振りもなく、苦笑交じりに溜息をつくだけに留まった。
「お前ほどひょうきんにはなれないよ、俺は」
「宴会の場でスイカを角に刺したり、トチ狂って山から溶岩と一緒に流されて来た奴に言われたかないね」
「く、ふふ……あははは!」
そう返されてツェイトは言葉に詰まり、そんな姿を見たセイラムがとうとう笑い出した。
セイラムの頭の中では、ツェイトがさぞかし愉快な事をしている光景が浮かんでいるのだろう。口を抑え、可笑しそうに笑う姿を見て、ツェイトは咎めるに咎められず、ダンを恨めしそうにその青白く光る眼で睨むだけだった。
「ひいさーん」
賑やかに世間話をしていたツェイト達の耳に、誰かの名を呼ぶ声が聞こえた。場所は、ヒグルマ達が住んでいる長屋のある方向からだ。
声をかけた人物は、中世日本に見られる下町長屋に住むおばちゃんと言った感じの身なりをした昆虫人の女性だった。
最近ではおなじみになりつつあるが、この女性も御多分に漏れずツェイトの姿に驚いていた。チラチラとツェイト見ながらもツェイト達の方へ顔を向けているので、4人の内の誰かを呼んでいるのだろう。長屋の住人という事はダンかヒグルマの2人だろうか。そこでヒグルマが女性に向けて声を返した。
「あん? どうしたい!」
「何時もの綺麗なお侍さまが、ひいさん達の事探してるよー」
「……わかった! 今からそっちに行くって伝えておいてくれ!」
「あいよー」
伝言を伝えると、用が済んだのか女性は長屋の方へと戻って行った。
「ひいさん?」
「近所じゃそう呼ばれてんだよ。しかしあいつか、何の用だ?」
どうやらひいさんとはヒグルマの愛称らしい。この世界に来てから3年間の間に愛称で呼ばれる位にはこの場所に馴染んでいる様だ。
ひいさんこと、ヒグルマがキセルをペン回しの要領でくるくると指で回しながら首を傾げて長屋へと戻ろうとした時、先程女性がいた方角から別の人物が現れた。
その者は、長い黒髪をポニーテールにして纏め、黒袴と深緑の着物を身に付けた侍姿の若い昆虫人の麗人だった。
中性的な顔立ちをしてはいるものの、服越しから見える女性特有の体型がその侍が女性だと言う事を強調している。切れ長の黒一色の目と、キュッと眉を寄せた端正な顔立ちは、一見すると生真面目な印象を見る者に与える。
腰には立派な黒塗りの脇差と刀を一本ずつ差しており、身なりの小奇麗さからしてそれなりに身分の高い位にいるのか、はたまたその者に仕えているのではないのだろうかという事が考えられた。
先程の女性の言葉の内容からすると、彼女がヒグルマ達を探していたのだろう。此方から行くと伝えた筈なのに来ていると言う事は、何か切羽詰まった用でもあるのだろうか。
「知り合いか?」
「まぁ、そうなるわな」
ツェイトがボソリとヒグルマに訊くと、少し煮え切らない様子で答えた。
そうこうしているうちに、件の女侍は焦った表情でこちらへと駆けよって来る。
「花火屋、聞きたい事ガッ!?」
花火屋、というのはヒグルマの事を言っているのだろう。というのも、ヒグルマは花火師と言う昆虫人独自の職に就いているのだ。
そんなヒグルマに声をかけようとした女侍は、ツェイトの巨体を見上げてビタッと硬直した。フリーズする事数秒後、女侍はおほんっと咳払いをして気を取り直し、さっとヒグルマの方へと向きを変える。
「若様が此方へ来られなかったか?」
「うん? いや、来ちゃいねぇが」
「ぬぅ、此処にもおられないとは……」
女侍の顔に焦りの色が濃くなり、顎に手を当てて気難しげに唸った。
何やら只ならぬ事態と思ったヒグルマは、何があった、と神妙な顔で女侍に訊いた。
すると女侍はチラッと困った顔でツェイトとセイラムを見る。それに何かを察したヒグルマは、ツェイト達二人に席を外す様伝えた。
「何だろう、何かあったのかな」
「少なくとも、他の人に聞かれたら都合の悪い事が起きたんだろうな」
「どうしてそう思うんだ?」
「あの場で、俺達をのけものにする理由が他に思い付かない」
「あ、そうか」
声の聞こえない場所にまで移動したツェイトとセイラムは、先程の女侍の話が少し気になっていた。
恐らくは最初に口にしていた若様という人物に関わる事なのだろう。その者の居場所を探していると言う事は、若様とやらが誰にも告げずに出かけたのか、それとも……。
そこでツェイトは考える事を止めた。これはヒグルマ達の問題だ、同郷の仲とはいえ、其処に無理に顔を突っ込んでそのとばっちりでも受けたら不味い。特に今の自分達の様な状況では。
セイラムもその事は分かっているのだろうが、如何せん煮え切らない顔をしてヒグルマ達の方向を見ていた。ツェイトは念の為にセイラムに釘を刺す事にする。
「頼むから、ヒグルマ達に手を貸そうとか言わないでくれよ」
「……分かってるよ。でも、ツェイトは良いのか? 知り合いなんだろ」
「知り合い同士でも、踏み込んじゃいけない事だってある。何より、内容次第ではヒグルマが俺達が手を出す事を許さないかもしれない」
「え、どうして?」
「そう言う奴なんだよ、あいつは」
そうなのか? とセイラムはまだ少しだけ納得出来ていないと言いたげな顔で、ヒグルマ達が今いる方向へと再び視線を向ける。
すると思いのほか早く話は済んだのか、ヒグルマ達がこっちにやって来た。その中には先程の女侍も一緒だ。何やら自分の事をジッと見ているのがツェイトは少しだけ気にかかる。
「待たせたな」
「いや。何かあったのか?」
「ああ、ちと仕事だ。今すぐにでも出かける心算だが、お前達はどうする?」
「俺達は、クエスターの登録をしに行こうと思う。結構利用する機会があるだろうからな」
「あー……そういやお前さん達それであそこにいたんだっけな」
和やかな雰囲気で二人が話していると、女侍が焦って急かしてきた。どうやらあまりのんびりしていられない状況なのだろう。
「花火屋、あまり時間はかけられないぞ」
「おぉ、そうだな。じゃ、此処にいる間に何かあったら俺達の住んでる長屋に来な。ある程度なら話は聞いてやる」
そう言うと、じゃあなっとヒグルマは片手を上げ、女侍は軽い会釈をして行く。その際、ダンがセイラムに向けて手を振っていたのでセイラムがそれに槍を軽く振って返していた。
「随分仲が良くなったみたいだな」
「え? あぁ、色々とツェイトの事を教えてくれてさ。く、ふくく……」
セイラムはツェイトの顔を見て何かを思い出したのか、無理やり口を閉じて笑うのを堪えていた。
どうやらダンは他にもツェイトの過去の逸話を教えたらしい。
ツェイトは相方のプロムナードと共に名前や姿は有名な所為か、彼ら二人が起こした事は割と知られやすい。その内容がどうであれ。
――まぁ、良いか。
セイラムが笑っているのならば良い。仏頂面や悲しい顔をされるよりは大分マシだ、とツェイトは一応ダンには感謝をする事にした。己の過去の苦い思い出をべらべらと話されたのは少しばかり頂けなかったが。
3人を見送ったツェイト達は、早速クエスター組合の支店のあった所まで戻ろうとした所でふと思った。
組合の支店って、どっちに行けばいいんだっけ?
二人のいる場所は城下町の中でも外れの方にある住宅地帯、通りは迷路の様に入り組んでいており、此処に来るまでそれなりに時間が掛かったため、戻るのにも大分時間を要する事は確実だろう。
セイラムは憶えていないのかとツェイトが問えば、セイラムはツェイトが憶えているのかと思って憶えなかった……と申し訳なさそうにしていた。ツェイト本人もヒグルマ達と出会った事の嬉しさと今後の事について思考を回していた為、あまりその点については考えていなかった。
つまりは二人ともほとんど先程の道を憶えていないのだ。
「……全く憶えていないわけじゃないから、それを頼りに戻ってみようか。近くに川もあるんだ、それを辿れば何処か大きな通りに着くだろう」
「本当に大丈夫なのか?」
「駄目だったら地元の人に訊いてみれば良いさ」
やっぱりそうなるかぁとセイラムが溜息で返した。
「ツェイトが飛んでくれれば楽なんだけどなぁ」
「冗談言うな、俺が飛ぶ所見ただろ。周りの家が吹き飛ぶぞ」
「分かってる。冗談だよ」
でも面倒だなぁ、というセイラムのぼやきをBGMに、ツェイト達は大通りを目指して住宅区の中を歩きだした。
「あれ? 町の外れに出たぞ!」
「……おかしいな。さっきのおばちゃん達の言葉通りなら、大通りへ行ける道に繋がる筈だったんだが」
現在ツェイト達は大いに迷っていた。思いの外道が入り組んでており、中にはツェイトが通れない様な場所や、歩けば底が抜けるような場所まである為そこを通らずに歩いているのだが、如何せん上手く進む事が出来ないでいた。
ツェイトの身長の高さを活かして上から道を覗けるのではないのかとも考えられたのだが、住宅の中には数階建ての木造建物も多くあり、思う様にいかなかったのだ。
二人の視界の先に広がるのは、手入れがされていないぼうぼうに生えた雑草地帯と、首都を囲う城壁だった。
先程井戸で洗濯をしていた主婦の方々に道を訊ねて教えてもらったのだが、どうもツェイトが間違えたらしく見当違いの方向に着いてしまったらしい。
「……城壁を伝って行けば、入り口に着く筈だ。其処から大通りに行けば今度は大丈夫、行けるぞ」
「……大丈夫かなぁ」
セイラムが疑わしげにジト眼で睨むが、睨まれたツェイトには自信があった。まぁ、壁沿いに進めば入り口か出口に着くと言う、迷路の法則で思い付いた事なのだが。
二人が城壁に近づこうとした時、ツェイトが何かを見つけ、セイラムを引っ掴んで建物の影に隠れた。その際、突然だった為かセイラムの口から蛙が潰れた様な声がした。
いきなり何をするんだとセイラムが声を荒げようとしたが、ツェイトはセイラムの口を手でそっと塞ぎ、くいっと顎で建物の向こうを示した。
セイラムがそっと建物の隅から顔を出すと、その向こうでは数人の昆虫人の男達が辺りを警戒しながら何か作業をしているのが見えた。いずれも見てくれはお世辞にも綺麗とは言えず、顔つきも脛に傷を持つゴロツキという言葉が似合う者ばかりだ。
この様な町はずれでこっそりと、しかも人目を憚る様にすると言う事は、後ろ暗い事をしているのだろう。
ツェイトもセイラムの上からそっと顔を出し、彼らが何をしているのか観察していると、ある物を見つけて眼を鋭くさせた。
彼らゴロツキは、一人の昆虫人の子供を運んでいたのだ。手足を縄でしばり、口には声が出せない様に布が巻かれているが、意識が無いのか、その子供は動く気配が無い。
誘拐か、と顔を顰めてツェイトはどうするかセイラムに視線を向けると、そこにはセイラムの姿は無かった。もう既に、ゴロツキ達へと疾風の様な勢いで走りだしている所だった。
――確かに、あんなの見せられたら放ってはおけないか。
普段のセイラムの人柄からして、あの男達のやる事を見逃す事が出来なかったのだろうが、もしかしたらあの子供に兵士達に狙われている自分の姿を重ねたのかもしれない。
セイラムの心境が何となくわかったツェイトは、何も語らずにセイラムの後を追うべくその巨躯に似合わぬ軽やな足取りで駆け出した。
ツェイトよりも一足先にゴロツキ達へと突っ込んで行ったセイラムは、己の心に燃え上がる感情を隠す事無く剥き出しのままに槍を構えて走る。
セイラムの心は、憎悪に彩られていた。その暗い感情をぶつける相手は、子供を連れ去ろうとしている無法者達。
(お前達も、お前達もそうやって……っ)
自分も狙われている立ち場にあり、そのせいで自分を含め多くの人達を辛い目に遭わされたため、今のセイラムはそれらの事柄に対して非常に神経質になっていたのだ。
そして今目の前で、自分よりも幼い子供が攫われている。それがセイラムのトラウマに触れ、怒りの引き金になったのだ。
ゴロツキ達が気が付いた頃には、既にセイラムがゴロツキ達目がけて飛びかかってる所だった。槍を両手に構え、姿勢を低くして飛びかかるその姿は、獲物へと襲いかかる獣の様である。
セイラムは、呆気にとられているゴロツキ一人の側頭部目がけて槍の柄を叩き込んだ。
直撃を受けたゴロツキの男は、声を上げる事無く真横に転がり、叩き込まれた方の耳から血を流して気を失った。
「な、何だこいつぁ!?」
「構うものか、やっちまえ!」
襲撃者と判断したゴロツキ達は、子供を連れ去るのをいったん止めて、懐に潜ませていた小太刀を抜き、セイラムを囲むようにして構えた。
それに対するセイラムは、臆することなく槍を構え、憤怒の表情でゴロツキ達を睨みつけた。
そして、其処から更に乱入者が一人現れる。セイラムの後を追って来たツェイトだ。
「げぇ! 何だこいっばぁぁぁ!?」
飛び込んできたツェイトに驚くゴロツキに有無を言わせず軽く掌底を振り上げる様にして打ち込み、蹴り飛ばされたボールの様にそのゴロツキを遠くまで叩き飛ばして、ツェイトはセイラムの横に立った。
後から聞こえる重い物体が地面に落ちる音と共に、ゴロツキ達は一様に突然現れたツェイトの姿とその巨体に眼を剥く。
ツェイトが構え、ゴロツキ達を睨みつける様に一瞥すると、ツェイトの姿と先程吹き飛ばされた仲間の姿を思い出したのか、ゴロツキ達は顔を青くして気を失っている仲間を抱え、その場からさっさと逃げだしてしまった。幸いにも、子供は置き去りにしたらしい。
ゴロツキ達がいなくなった事を確認すると、ツェイトは構えを解いて溜息をつき、セイラムを咎めた。
咎められたセイラムは何時もの表情に戻り、叱られた子供の様に顔を俯かせる。
「おい、無茶をしないでくれ」
「ごめん。でも私、あいつらが許せなくて……」
そこまで言われてツェイトは怒気を鎮めた。かく言う自分も、あの子供を助けようかと考えていたのだから、セイラムをとやかく言える身では無いのだ。
「この子、どうしようか」
セイラムに言われてツェイトは今も気を失っている子供を見る。先程セイラムが縄と口に巻いていた布を取っておいたため、苦しくは無い筈だ。
歳は10歳前後と言った所か。まだ幼い顔つきと長髪故に少女に見えなくはないが、服装からして男のなのだろう。
服装は子供ながらに小奇麗な袴と着物を身に付けており、髪は背中まで綺麗に伸ばしている。いっちょ前に腰には子供の背丈に合わせられた長さの刀が差してある。帯刀させたまま拘束していたのは、ゴロツキがこの子供を甘く見ていたに違いない。
その身なりから察するに、良い所でのお坊ちゃんなのではないだろうか。何となく雰囲気的にも女侍に似ているので、あながち間違ってはいないのではないかもしれないとツェイトは予想した。
「こんな状態だ、起きるまでは面倒を見ておいた方が良いだろう。一端、安全な場所に行こう」
「安全な場所って?」
「ヒグルマの住んでいる長屋の方へ行ってみようか。あいつらが戻って来ているか分からないけど」
それに、ツェイトは少々気になっている事があった。それは女侍が出会いがしらに口にした若様という言葉。それが、先程誘拐されかけていたこの少年侍の存在と合致している様に思えたのだ。
もしかして、何やらとんでもない事に巻き込まれかけているんじゃなかろうかという考えが浮かんだが、しかしこの子供をこのままにしておく訳にもいかなかった。
「それは良いけど場所、憶えてるのか?」
あの入り組んだ道の中から長屋へ行けるのか? とセイラムは暗に問う。
そこでツェイトは自身にとっては通りづらいあの道を思い出し、頭を抱えた。
という訳で友をたずねて3千里。首都編でございます。
悪役サイドの描写は、何処まで書けばいいのか未だ判断が難しいので結構ぼかして表現しました。
出来れば無理やり説明口調で捻じ込むのではなく、話の流れに違和感なくネタをばらして行きたいです。
※追記
感想受付の制限をすべて外してみました。
ご感想、ご指摘などお待ちしております。