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紺碧の大甲虫  作者: そよ風ミキサー
第二章 【虫の国の砂塵と花火】
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第6話 前編 再会

ようやっと更新出来ました。


前話ほどではないにせよ、文字数が多いので前編後編に分けさせていただきます。

 そこは、ネオフロンティア大陸の何処とも知れぬ場所。

 窓の無い壁に、所々設置されている非常灯の様な灯りが、薄暗い通路に僅かな明りをともしていた。

 その通路を、金属特有の甲高い音が通路に響き渡る。


 足音の主は、槍を背負い、黒いフルプレートの鎧を見に付け、虎の頭部を模した鉄仮面を頭にかぶった男。先のカジミルの村の襲撃事件の首謀者であり、セイラムを狙う兵士達のリーダー、指揮官の男だ。彼の足音以外は何一つ音が聞こえない為、金属で出来た脚甲が地面を荒々しく蹴る音がやけにうるさく感じる。


 指揮官の男の体は、襲撃の際にツェイトによって手痛い傷を負わされた筈だが、今はその痕跡が何処にも見当たらない。

 ツェイトによって肩からごっそりと斬り飛ばされた腕の部分は、最初から何事も無かったかのようにくっ付いており、その姿と歩みも電撃で重度の火傷を負った重症人のそれとは程遠い、精力に満ち溢れた力強い戦士のものだった。


 速足で通路を通る彼の後ろからは、数人の兵士達が彼を引き止めるよう様に近付いてきた。


「御戻り下さい、サバタリー様」


「博士は只今ご多忙の身、誰ともお会いにはなられないかと……」




「えぇい邪魔だ木偶どもが!」


 怒鳴り声と共に一線。人間業とは呼べない程の速度で背中の槍を抜刀し、そこから繰り出されるその斬撃が、止めようとしていた兵士達の首を飛ばす。

 それだけに留まらず、指揮官の男……サバタリーの放った斬撃は周囲の壁にまで届き、周囲には横一文字の亀裂が入り、その際の衝撃で建物が僅かに揺れた。


 後に残るのは血の海に沈んでいる、頭と胴体が泣き別れになった数人の兵士達の亡骸。それもあまり時間をかけずして溶け出し、最期には血も何も残らず消えてしまっていた。

 兵士達の最期を見届け、フンっと腹立たし気に鼻息を鳴らした。


「……役立たずの肉人形風情が」


「何事ですか」


 突如、女性の声がサバタリーの後ろから聞こえた。濁りの無い、清らかな音色の様にも聞こえるそれは、聞く者の耳に不快感を与えることなくさらりと耳に流れ込んで来る。


 サバタリーは背後から聞こえる声に気付き、睨みつける様にして振り返る。

 薄暗がりの中から滲み出る様に現れたのは、白い髪を背中まで伸ばした一人の女性だった。修道服と看護服を掛け合わせたような白衣の衣装を身に付け、顔には青い十字が描かれた布で出来た白い仮面を付けたその女性は、最初からその場にいた様に静かに立っていた。見る者によっては生気の感じられないその仮面の女性が、とても良く出来た人形に見えるかもしれない。それほど白衣の女性から生気が感じられないのだ。


 女性の方から声がしたが、正確にはその女性が話しているのではない。女性が両腕で抱えている水晶から声が発せられているのだ。その声の主こそがサバタリーの探していた博士と呼ばれる者だ。声の主である水晶はその中心部から光を放ち、怪しく点滅を繰り返している。

 この水晶が本人と言う訳ではない。水晶を介して、別の場所から声の主は話しかけているのだ。


「……トリアージェ博士」


「随分と荒れている様ですが、館内では静かになさい。それで、何用ですか?」


 トリアージェは挨拶する時間も惜しいと言わんばかりに、手短にサバタリーが自分に会いに来た要件を淡々と訊ねた。


「私のこの縛めを解いてもらいたい」


 その言葉に、水晶の光が点滅を止める。まるで聞き捨てならない言葉を聞いたかのように。

 サバタリーの全身を覆う黒いフルプレート。それは装着した者の身を守ると同時に、力をある一定以上出せない様に抑え込む為の機能が備わっている。尤も、身に付けているサバタリーも好き好んでその様な面倒な代物を装備している訳では無い。


「それは今回の負傷に関係している事で?」


「そうだ、現状のままでは任務遂行に支障が出ると判断する」


 そう言ってサバタリーは、脳裏に刻まれた忌々しい甲虫の巨人の姿と、その時の苦い記憶を思い出す。

 巨体に似合わない加速で一瞬のうちに自身の懐に潜り込まれ、あまつさえ己の腕を切り落す所業にまで至った。そして己自身は、相手に一撃を加える事も出来ないままに手傷を負い、おめおめと逃げ帰って来たのだから屈辱以外の何ものでもない。


 腹の立つ事であるが、あの巨人は強い。それがあの僅かな時間ではあるが、虫の巨人と対峙したサバタリ―の感想だった。

 サバタリーは、自分が手傷を負った事を偶然などと決めつけて、甲虫の巨人を過小評価する気は無かった。故に、水晶の向こうにいる声の主に頼み込んだのだ。あの巨人と戦える程の力を得る為に。

 サバタリーの態度に尋常ならざるものを感じたトリアージェは、成程、貴方がそう言うのならばそうなのでしょうね。とサバタリーの言葉に納得の意を示した。


「帰還した偵察兵から報告は来ています、手酷くやられた様ですね。回収出来た兵達も、偵察に残した者以外は皆処分せざるを得なかった様ですし」


 カジミルの村を襲撃した兵士達の全てが溶けて消されたかと思われたが、偵察に専念していた兵たちも中にはいたのだ。彼らは一切戦わず、その場で見聞きした事をひたすら記録し、サバタリーの戦線離脱に呼応して彼らもその場から離れていたのだ。


「兵達はまだ調整が必要だ。昆虫人相手とはいえ、戦を知らない村人相手に後れを取っているようでは、今後の我らの計画遂行にはとてもではないが役に立たん」


「分かっています、そこは何とかしましょう。……ところで、擬虫石の性能はどうですか? ワイルドマックの死体に使ったとの事ですが」


 あれか、とサバタリーは一刻間をおいて答える。

 兵士達が襲撃を駆ける前に、村の入り口方面に現れた虫の異形は、サバタリー達が差し向けたものだったのだ。


「中々の力だったが、あのデカブツにはあまり効果が無かった」


「確か、青い甲虫の姿をした巨人……でしたか」


「そうだ。しかもよりによって、例の小娘を連れて村を出たと追加報告が来ている……!」


 余程件の巨人の事が頭に来ているのか、サバタリーは身に付けているガントレットがメキメキと悲鳴を上げる程に、強く拳を握りしめてその腕を震わせていた。

 その様子を水晶越しに眺めていたのであろうトリアージェは、小さく溜息を突いた後サバタリーの頼みを承諾する事にした。


「……拘束具解除の件は承知しました。すぐに解除しておきましょう」


「助かる」


 短く礼を告げ、サバタリーは白衣の女性に背を向ける。もうこの場には用が無いとでも言う様に。


「これからどちらへ」


「知れた事を、任務を再開する」


 それだけいうとサバタリ―は先程取って来た道を速足で歩いて行き、その場から去って行った。


「青い、虫の巨人……」


 ぽつり、とトリアージェが噛み砕く様にその名を口にする。

 そして白衣の女性の体が歪み始め、気が付けばその場から音もなく消えていた。


 薄暗い通路はサバタリーが暴れた際に出来た傷跡だけを残し、再び静寂な空間へと戻って行った。








 ネオフロンティア西部地方一帯を領域に持つ種族間連合、その一加盟国である昆虫種族の国ワムズ。

 連合の領域の中でも南西に位置し、優れた身体能力をもつ種族である事が起因して、連合の中でも優秀な戦士が輩出される国の一つとして数えられている。

 虫を象徴に持ち、他の諸国とは一味違った文化を持つが、それもこの国ならではの特徴として他の種族諸国から来た者達からは認識されている。


 そのワムズの首都ディスティナ。

 中央に置かれた王家の住む城を中心にして広がるワムズ最大の都市にしてワムズの中心、いわば心臓部である。

 碁盤の目の様に区画整理された町の通路は、上空から見ればその精度を窺い知る事が出来、飛行可能な種族達の間では一種の観光名所として有名であった。


 その様な都市の入り口から中へと少し通った場所、人の往来が激しい中央の大通りから離れて辺りを見渡す二人組がいた。ツェイトとセイラムだ。二人はカジミルの村を早朝に発ち、昼に入る前にこの都市に着く事が出来たのだ。


 互いに右から左へと首だけ回して眼の前の光景を一瞥。そして人の多さと街並みにはぁーっと感嘆の声を上げた。その様は、田舎から上京してきたおのぼりさんみたいである。


 セイラムは木造の高い建物が並ぶ街並みを嘆息と共に見回し、ツェイトは別の意味ではぁっと驚きの溜息をついていた。


――これは凄いな。


 NFOでは、ここまで大きな昆虫人の町は見た事が無かった。ゲームでは亜人の集落程度の規模でしか無かったそれが、ここではどうだろう、町に入る前に上空から見た此処の広さは、それとは比べ物にならない。中に入る前に上空から見た所、碁盤の様な作りをしているので京都などのそれに近いが、首都全体を囲う外壁があるので少しばかり大昔の中国の都の様な形を成していた。


 そして何より、この街を行く人々の姿だ。


 街を行き交う人の中には、昆虫人以外の種族達も見受けられた。

 2m後半程の身長で、額から一本の角を生やしたオーガの女性。全身が良く分からない鉱物で出来ている鉱石族ミネラリアンと呼ばれる種族の男性。背中に鳥類の翼を生やし、鳥の足の様な形状をした手足を持つ鳥人族エイウェス。どれもこれもツェイトがNFOで見た事のある種族だ。

 中には、モンスターにしか見えない大きな一つ眼を付けた黒いタコの様な異形が、頭の上にちょこんと乗せた全長15センチほどの妖精の少女に、多数ある触手を器用に使って、本を見せては親しげに会話をしている所まで見られる。


 何も知らない人間から見れば、この光景はさぞかし人外魔境なものに見えるだろう。

 ファンタジー世界でのグローバル化と言うものはこういうものなのか。ツェイトは、かつてNFOの事を「サラダボウル」とネットの掲示板で揶揄されていた理由が良く分かったような気がした。


 そして、それと同時に以前セイラムが言っていた言葉に納得した。

 セイラムと初めて出会い、そこで村に誘われた時、自身の体で村に入れるのかと懸念していたツェイトに大丈夫だとセイラムが答えたのには、この様に異種族同士が交流できる場が形成されている事を知っていたからなのだろう。しかし。


「ごめん、考えてみれば予想出来たんだけど……」


「まぁ、今に始まった事でもない」


 もう慣れたと、微妙な表情のセイラムをツェイトは宥めた。

 現在ツェイト達が行く道では通行者達がツェイト達、正確にはツェイトの姿を足を止めては凝視して来るのだ。

 その中には、ツェイトの事をまるで仏像を拝むように手を合わせている者までいるのが、ツェイトは少し気になった。


 ツェイトの体は良く目立つ。姿形や大きさもそうだが、このような場合では特にその体色だ。

 日の光を浴びて輝くその暗く蒼い外骨格は、例え市井に紛れても一発で見つける事が出来てしまいそうな程に注目を浴びてしまうのだ。

 夜の森の中といった限定的な場所であったならば、その色合いは一種の迷彩色としてツェイトの身を隠す事が出来る。だが、現在晴天真っ盛りのこの明るい場所でそれは逆効果。一面雪景色の世界のど真ん中に黒塗りのダンプカーがドンと置いてある位に見つけやすく、目立ちやすかった。これから度々件の兵士達から追われるであろうツェイト達にとって、それは大きなリスクになり得るだろう。


 だがしかし、それは考えようによってはプラスの側面もあるといえばある。

 ツェイトの姿はNFOの世界では有名だ。NFOでも片手でしか数えられない程の巨体を誇るプレイヤーキャラクター。更に、絶対数が極めて少ないハイゼクタ―の中でもとりわけインパクトの強い姿をしているツェイトは、一目見ればそう簡単には忘れる事は出来ない。


 もしもNFOプレイヤーがこの世界に来ているのならば、ツェイトの姿を知って何らかの行動を起こして来るかもしれない。

 中には、何らかの理由で敵対感情を持つプレイヤーも出てくる可能性が十分にあり得るが、選り好みが出来ないのがツェイトの今の状況だ。

 一か所に留まり続けられるのならば身を隠し、もっと賢い方法が出来たのかもしれないが、ツェイトはプロムナードを探し回らなければならないし、兵士達の追跡からも逃れなければならない。先の様な選択はツェイト達には無いのだった。 

 プレイヤー達に自身の存在を知らせる為に目立つのは必要かもしれない。だが、兵士達や問題ごとに巻き込みそうな輩とは関わり合いたくない。相反する願望によって生じるジレンマに、ツェイトは歯痒いものを感じざるを得なかった。


「でも、町に入れた事はありがたいな」


 町を行く人々を眺めながらツェイトは呟く。

 ツェイト程の体格の者は流石にいなかったが、怪物扱いをして追い出す様な素振りは全くない。強い視線を感じはするが、それでもツェイトは道行く人々の一人として見なされている。それを知り、少なくとも連合の領域内では、此方が悪事を働かない限りは悪い様にはされそうにない事が分かっただけでも、ツェイトにとっては大きな収穫だった。 


「取りあえず、ここを離れよう。このままじゃ他の人の迷惑になる」


 大通り、ひいては他の道路の横幅も、体の大きな種族が通る事も考えられているのかかなり広い。とはいえ、それでもツェイトの様なガタイの者は流石におらず、出来るだけ隅にいるとはいえ、ツェイトがこのままつっ立っていたら道行く人達の邪魔になりかねない。いや、間違いなく邪魔になるだろう。


「んー? 分かったけど、何処へ行くんだ?」


「これだけ大きな街だ、プロムナードを知っている奴が一人や二人位はいるかもしれない。とりあえず町の中を回ってみよう」


 今のツェイトの目的は、プロムナードを探す事。NFOプレイヤーが此方の世界へ来ているのならば、相手によっては彼らと接触をしたいとも考えている。なので、町の中を動き回っている間にこの世界に飛ばされ、この街に滞在しているプレイヤー達の方から接触して来ないものかと少し期待していた。

 まだ物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回しているセイラムに声をかけ、ツェイトはその場を後にする事にした。


「それにしても流石は国の主要都市だけあって、凄い人だかりだな」


「ツェイトは森に住んでたみたいだから、やっぱりこう言う所は初めてなのか?」


「確かに、初めてだな」


 この姿になってからは、と口に出さずにツェイトは心中でそう付け足す。

 NFOの頃は街中には入れななかったので、買い物をする場合は街の外で露店をしている商人のPCかNPCを利用しなければならなかった。なので、この様に平然と街の中に入る事に少なからず違和感を覚えてしまうのは仕方が無いのかもしれない。

 

「セイラムはどうなんだ。最初に会った時、町に行った事がある様な言い方をしていたけど」


「あぁ、狩りで獲れた獲物や薬草を売りに近くの都に行った事はある。でも、この城下町程大きくは無かったな」


「成程、な」


「でも気をつけろよ。こう人の多い所って言うのは変な奴も集まりやすい、あまり裏通りの奥とかに行くと絡まれたりする。まぁ、ツェイトならそんな事無いと思うけど……」


「随分と詳しいけど、それは経験談なのか? それともウィーヴィルさんから聞かされたのか?」


「……両方だ」


 そう返したセイラムの顔に、若干苦虫を噛んだ様な表情が浮かび、地雷を踏んでしまったかとツェイトは少し慌てた。


「……何か、嫌な事を思い出させたか?」


「いや、別に何も無いよ。前にちょっかい出されそうになった事があるけど、逆に殴り返してやったしな」


 そう言って、セイラムは槍を担いでいない手ぶらな方の手でパンチをする素振りを見せた。ツェイトは虫の異形との戦いの時でしかセイラムの戦い方を見てはいないが、あれならそこいらのゴロツキ程度ならのす事も出来るだろうと、ある程度はセイラムの腕を信じていた。


「そいつは頼もしいな」


「……何かお前が言うと変な感じだなぁ」


 ツェイトはホッと胸を撫で下ろすとともに、セイラムとの会話の中である事に気付いた。

 何となくではあるが、セイラムが自分に対して余所余所しさというか、遠慮気味だった態度が無くなり、まるで同年代と接する様な親しげな態度で接して来ているのだ。

 町の中を移動している際にも他愛の無い事で話しかけてくるので、それが一番眼に見える変化であろうか。

 ツェイトはセイラムの態度が良い意味で変わった事を嬉しく思い、振られてきた話をボロが出ない程度に、あれこれと返しては逆に質問を投げかけていった。


 というのも、その原因は以前ツェイトがセイラムに告げた、自身の年齢に依る所が大きかったりする。

 ツェイトの歳は26歳、対してセイラムは16歳。人間として見れば、女子高生とおじさんに片足を突っ込んだ男位の差があるのだが、昆虫人の世界ではたかが10年程度の差なぞ、彼らの年齢概念からすれば人間で言う所の1歳程度の違い位にしか思ってはいないのだ。コレが他種族ならセイラムの態度も変わっていたかもしれないが、同じ昆虫種族という事実がその感覚を助長させたのだろう。ツェイトの本来の肉体年齢が如何程のものかという事は抜きにして。




 ツェイトの体格状の問題と、先程のセイラムの言葉に従い、小さな通りは極力避けて大通りだけを通って行く内に、ある場所が二人の目にとまった。


「ツェイト、あれって」


「ん? あれが組合の支店って奴か」


 最初に気付いたセイラムがツェイトに声をかけ、その場所を指差す。


 そこは、クエスター組合ワムズ地域ディスティナ支店。このネオフロンティア大陸全土で活動しているクエスターと呼ばれる者達が利用する施設だった。

 

 クエスターとは、簡単に言えば何でも屋に近い。言い方を変えれば冒険者と言った所か。

 その大本は、ネオフロンティアの世界に散らばる大戦争期前の文明の名残……遺跡の発掘やまだ見ぬ未開の土地を発見、開拓する者達の事を指していた。だが現在では、町の外を徘徊するモンスター退治から町の住民から頼まれた小さなお使いまで、何でも請け負う便利屋へとその在り方を変えていた。とは言え、仕事内容は組合の方が選別しており、あまりに後ろ暗いものに関してはお断りしているらしい。

 所属するのに種族は問わず、そして組合に所属する者達の職業も剣を振るう者、魔導を嗜む者、何かを生産する者と千差万別だ。


 本来は洋風の建物らしいのだが、此処の支店はワムズの文化に合わせて和風寄りに作られており、町屋と呼ばれる昔の日本の都市住宅に似ている。

 ただ現実のそれとは違い、大人数が入れる位に建物の面積はかなり広く、高さもあって大きな屋敷に見えなくもない。一国の主都にあるだけあって、その大きさは地方の支店とは比べ物にならないだろう。

 それなりに年季が入っているのであろう、若干老朽化が見られる壁面がその建物に貫禄とノスタルジックさを醸し出していた。


 支店の前では、クエスターと思しき者達一行がクエストの打ち合わせを行っていたり、仕留めた獲物が入っているのであろう袋を担いで支店内に入って行く光景が見られた。


 そこへ重い足音を立てながら此方へと向かってくる虫の巨人と、その横をちょこちょこと歩くボーイッシュで手足が外骨格で覆われている昆虫人少女の二人組がやって来るとなると、その異様な組み合わせ……特に少女と一緒にいる青い甲虫の巨人、ツェイトの姿に誰もが視線を釘付けになる。

 オーガをも凌駕する巨躯を持ち、堅牢な鎧の如き外骨格で全身を覆われたツェイトは注目の的だ。

 他種族のクエスター達は、仲間の昆虫人のクエスターに何だあいつはと訊ねるも、聞かれた本人も分からない、あんな奴初めて見た、と驚きながらツェイトを見ていた。他にも、見た事の無い種族に興味の視線を向ける者がいたりと、その眼差しは様々だ。まるで値踏みされている様な視線に、少しばかり居心地の悪さを感じながらも、ツェイトとセイラムは組合支店の入り口まで到着した。


 入口をジッと見つめ、ツェイトは残念そうに溜息をつく。


「参ったな、やっぱり入れないか」


「ツェイトが大きすぎるんだ。何を食べればそんなに大きくなるんだよ」


「……樹液と発酵食品ってとこだな」


 ちょっとやけくそ気味に答えたツェイトは、忌々しそうに入り口の天井付近を睨みつけた。天上の高さはツェイトよりちょっぴり高かった。角が無ければ無理をすれば入れたかもしれないが、ツェイトの額から伸びる巨大な角がそれを許さない。


 大通りにあった建物を見てある程度は予測が付いていたが、ツェイトの身長ではこの都市の建物、ひいては眼の前にあるクエスターの支店に入る事が出来なかった。


 オーガの様に、2m後半の身長の種族までに対してはある程度は対応している建物は多いが、ツェイトの様な4m級の者が入れる所は、本当に大きな建物や施設じゃないと入れない。元々、NFOのプレイヤーの中でもツェイトの様な巨体を持つPCは本当に少ない。何らかのスキルやアイテムを使用して体の大きさを変えると言う手もあるが、それとて一時的なものだし、ツェイトはそんなスキルもアイテムも持ち合わせてはいない。

 元々住居に入れない様な仕様だったので気にしなかったツェイトだが、大勢の種族が利用するであろう施設ならば、自分でも入れるのではないのかと期待を膨らませていた。しかし、その結果がこれだ。風船のように膨れ上がった期待は一気に萎み、ツェイトも萎んだ様にガックリと肩を落としてしまった。

 

 そもそもこの場へ立ち寄ったのは、ツェイトはセイラムと一緒にクエスターの登録をしようと考えていたからだ。村にいた頃にウィーヴィルから話を聞くに、登録の際の手数料さえ払い、指定の手続きを行えば後は支払う必要は無いらしい。かく言うウィーヴィルも、昔クエスターだったらしい。クエスターの恩恵で旅が出来たとはウィーヴィルの弁だ。

 クエスターに登録すれば、道中倒したモンスターを売って路銀に出来るし、登録証を持っていればそれだけで証明書になる。他国へ移動する際、関所でそれを見せれば済むのでツェイトは是非とも取っておきたかったのだ。 


「うーん……なんなら、私が行って話をしてこようか?」


 ツェイトの姿を見かねたセイラムが、そう提案する。一応セイラムもクエスターの支店については近場の都へと足を運ぶ際に何度も目にしているし、ウィーヴィルに連れられて中を見に行った事もあるそうだ。なら、それが妥当な所なのだろうかと考えた所で、ふとツェイトの頭にある懸念がよぎった。

 セイラムを中に行かせて、もし何か問題が起きたらどうしようかと。

 何分セイラムは狙われている身だ。故に彼女を一人にさせてしまう事に対してツェイトは少々過敏になってしまっていた。


 最悪の場合は、建物を破壊してでもセイラムを助ければ良いだけの話だが、ハッキリ言って非常識極まりないので、それは本当にどうしようもなくなった時の最後の手段だ。この様な王家の天下の御膝元で問題なぞ起こしたくない。そもそもそんな事が起こるかすら分からないのに、そこまで考えるのも少し早計過ぎる感が否めないが。

 過保護な親の心境ってもしかしてこう言うものなのだろうかと今考えていた事を客観的に振り返って、ツェイトは俺にもその気があるのだろうかと溜息をついた。


 さてどうしたものかとツェイトとセイラムは頭を悩ませていると、二人へと近づく者がいた。

 その者は、ツェイトの姿を見て半信半疑で声をかけて来た。



「おい、お前さん……ツェイトか?」



 自分の名を呼ぶ者が、セイラム以外にこの場にいる。ツェイトは驚いて声の主の方を見た。


 その者は、頭を黒い手ぬぐいで眼深に巻いた昆虫人の男だった。御丁重に手ぬぐいには触覚が通る様に目立たない程度に小さな穴が二つ空いてある。

 下は足首の締まったズボンに似た物を穿き、さらしを巻いた上半身の上から墨染のはっぴを羽織ったその姿はどこか職人を彷彿させ、足には所々に金属が使われている足袋状の履物を履いている。


 特に目を引くのは、彼の背中に背負った巨大な筒状の物体だ。男の背丈は180㎝前後だが、背中に背負っている筒もそれに迫る程の大きさだ。

 金属製の六角柱の物体の表面を、太めの荒縄が隙間無く巻き付けられており、筒の芯の部分は円柱状の穴が空いてる。そしてその筒の横から、取っ手の様な物が突き出ており、引き金と思しき部分も見受けられた。


 男は手ぬぐいで影の掛かった眼でツェイトを見て、面喰った表情をしている。


 対するツェイトもその男を見て硬直する。

 何せその顔は、ツェイトがNFOの頃に見知った者だったからだ。





「ヒグルマ!?」


「……やっぱりお前さんだったか」


 ヒグルマと呼ばれた男は、ツェイトだと知ると安堵のため息をついた。


 ツェイトは、ここに来てようやく自分以外のNFOプレイヤーと出会う事が出来たのだった。

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