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紺碧の大甲虫  作者: そよ風ミキサー
第四章 【異界から来た者達】
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第55話 亡国の君主の蠢動

「いささか、面倒な事になって来たか」


 ほのかな灯りだけが部屋をかすかに照らす薄暗い研究施設らしき場所。

 そこで一人の男が先日の出来事を思い返して不機嫌な低い声を漏らしている。


 その出で立ちは、顔全体を仮面で、首から下を外套で隠して片手に杖を持った怪しげな姿だった。

 仮面はかつてこの世界で最も強い生物と言われていた竜を模した厳めしい意匠をしており、外套は漆黒に白で何かの模様が全体を使って描かれている。

 片手に持つ杖は男の胸の高さまである金属製、先端の部分は竜が翼を広げて空へ咆哮する造形の彫刻が施されていた。

 衣装から覗く素肌は手しか見えないが、男の手は黒く厳つい鱗に覆われていている。


 この男こそ、先日オーガの国のバニオ村付近の遺跡で鉄の竜人――アガルファイドや異形達を繰り出した者だった。

 研究所内は男以外が皆人型の爬虫類を思わせる異形達だけで構成されており、異形達は声を一言も発する事無く、黙々と各々に振り分けられた作業を静かに行っている。

 代わりに施設内を構成する機械群が発する静かな機械音や作業音だけが研究所内に響いていた。


 男が杖を軽く掲げると、先端の竜の眼が光り、空中に映像がいくつも映し出される。

 そこには、アガルファイドの視界を介して、先日行われた青い昆虫の巨人との戦闘映像が映し出されていたり、立体的にアガルファイドが映し出され、体の各所の状況が表示されていた。


(よもや、アガルファイドに損傷を与えられる者が現れるとは)


 しかも、アガルファイドの装備で有効打を与える事すら出来ずに真っ向から殴り返して外部装甲を破壊する程の威力を有している。

 アガルファイドが纏う金属製の装甲は、アガルファイドの本体の頑丈な生体部分を解析して人工的に再現したものだ。

 再現度が低いので幾分か性能は落ちるが、それでも今の国家の有する軍事力であれを破壊するのは現段階では不可能である。

 で、あるにもかかわらず、あの甲虫の巨人は肉弾戦で以て、一撃で破壊して見せた。


 男はそれをアガルファイドと共有していた視界で見て、直感的に危険と判断してアガルファイドを転移で緊急離脱を行ったのだ。


(アガルファイドに本来の力を発揮させれば、あれを葬れるだろう。しかし、それで制御下から外れて暴走されるわけにはいかん)


 アガルファイドは数百年前、男が霊長医学機関の所長と呼ばれ、世界と戦争を始めた後の末期頃に手に入れた素体を元に改造したものだ。

 初めてその姿を見て、その力を目のあたりにした時、男は魅せられた。

 これぞ竜。これこそ私が目指した竜の在り方――――ただし、素体が“外来種”だという一点がただただ男を不愉快にさせてもいた。

 男はあらゆる手段を講じてアガルファイドの素体を手に入れる事が出来た。例えそれで“自分が治めていた国”や肉親は失われようとも、男にとってはさしたる損失とは思ってはいない。

 そして、その代償は大きかった。


「……身体が疼く、未だ奴に受けた傷が、この身を苛むとは忌々しい」


 男は体に走るかつての感覚に苛立たしく吐き捨てた。

 それは幻痛だ。アガルファイドの素体を手に入れようと画策した結果、男はある異形によってかつての肉体を失ってしまった。

 今こうしていられるのは、やぶれかぶれの試みが功を奏した結果に過ぎない。それを自覚しているから、気位の高い男は己の矜持を傷つけられたと感じて、苛立ちは一層強くなる。


 男を害した者は、紫色の外殻のムカデの異形。

 男の策略で暴走させたアガルファイドの素体を辛くも殺すと、ムカデの異形は男を無惨な形で死へと至らしめた。

 この世界で破格の実力を有していた男だが、ムカデの異形はそれをはるかに上回り、まるで虫けらのように男を嬲り殺しにした。

 断末魔の最期を迎える中、男は最後の賭けに出て、何とか生き延びる事が出来た。体の大半を失い、殆ど脳だけの状態から今の肉体へと再構築が行われ、アガルファイドの素体の残骸も見つかった事で、今のアガルファイドが生まれたのだ。

 しかし、それでも男の体に刻み込まれた傷の痛みが、例え新たに生まれ変わった肉体であったとしても蝕んでくる。


(おのれぇ……数百年の時を経ても未だ私を脅かすと言うのか)


 男は今日まで、ムカデの男によって死に追いやられた時の苦痛が蘇る事が何度もあった。もう、傷は無い筈だと言うのに。

 まるで呪いだ。あの時、ムカデの男は激怒していた。その憤怒の臨界が、男の体に悍ましい程の力で今も尚強く残り続けている。


(問題は、制限下にあるアガルファイドと互角以上に戦える青い甲虫のような奴だ。よもや、あのムカデの男並か、それ以上の力を持つ輩が現れるとは……) 


 少なくとも、力は奴の方が上だ。アガルファイドと組み合って競り勝っているのだから。

 防御力も相当なものだろう。アガルファイドの全身に装備した火器や兵装全て直撃して有効打を与えられなかったのだ。

 奴の体から放たれる雷撃は相当なものだった。アガルファイドの体内の機械部分の大半が焼き切られてしまっているなど、初めての経験だ。

 先の戦闘をアガルファイドの視界を共有して視ていた男は、青い甲虫の巨人の能力が今のアガルファイドの大半を上回っている事に気が付いていた。


(可能ならば捕獲したいが……今は難しいか。今の戦力で真っ向から制圧するのは、こちらも相当な被害を覚悟する必要がある。情報が足りなすぎる)


 こちらの最高戦力はアガルファイドだが、今後も働いてもらわねばならない。使い捨てなど出来ようはずもない。

 相手が強力で尚且つ未知数であるが故、男は一旦状況観察に徹して相手の情報を手に入れながら、裏で活動する事に判断を下した。


(……小賢しい裏切者の残骸め。私の邪魔をした報いは必ず受けさせてくれる)


 元々男が連合の大陸で活動させていたのは、ある人物の動向を探るためだった。

 その最中、まさか実験体に改造して戦場へと送り込んだ裏切者が、自我を持って数百年も生き長らえていたのは予想外だった。

 だが、見つけたからには逃しはしない。あの女も他の裏切者と同じ末路を辿らせてやる。男は自分の邪魔をした者達は全て消し去るつもりでいた。


(だが、許すまじきは奴を嗾けた“あの女”だ。貴様も生きている事は分かっているのだ。必ず葬り去ってくれるぞ――――トリアージェ……ッ!!)


 男が探していたのは、かつて自分の同士だった女。自分を越える頭脳と技術力を有し、ある目的の為に手を取り合い、その基盤となる霊長医学機関を作り上げ、最後には袂を分けて己の全てを失わせた元凶、トリアージェ・ラレイン。

 あの騒動の最中に行方知らずとなっていたが、あの女がそう簡単に死ぬなど男には考えられず、自分も生き延びたのだからどこかに息を潜めているのだろうと考えていた。

 20年前に活動を確認されていたが、その後再び消息が掴めなかった。だがここ最近、昆虫人の国やエルフの国であの女の痕跡が見つかったのだ。


(ワムズの首都、アルヴウィズの山中……あれは間違いなく“擬虫石”が使われた生命体。あれを扱えるのは私を除いてあの女しかいない)


 元々、あの石はトリアージェが生み出したものだ。あの石は、機能を解放させると近くにいる生物を捕食し、その生物を虫に近い性質を持った全く別の生命体へと作り変える能力がある。

 その戦闘能力は捕食した対象に左右されるが、少なくとも一つの街を滅ぼし得る程の力を有している。

 以前から密かに偵察用の目を連合の大陸へと忍ばせた時に発見した昆虫人の国とエルフの国で確認された異形の者達は、その外見的特徴や性能から間違いなく擬虫石の力で生まれた存在だと男は断言出来た。

 特にエルフの国で確認された個体は、素体のエルフ達が擬虫石に捕食された際の現象が確認出来たのも大きい。


(しかし……あの女は何故この時期に動いた?)


 気になるのは、トリアージェが動いた時期。20年前に何らかの活動が確認されてから全く動きを見せなかったのが、今になって活動を再開した理由だ。

 もっと言えば、何故大衆の面前に擬虫石で変異させた生命体を投入したかだ。あんな事をすれば、霊長医学機関の残党の気配を悟る者達だっているはずだろうに。

 男の知るトリアージェは慎重な女だった。霊長医学機関が崩壊した後もその足取りを追っていだが、20年前に動き出すまでついぞ見つける事が出来なかった程に己の痕跡の隠滅が徹底していた。

 そんな女が、あれほどまでに目立つような活動をするその目的を男は推察する。


(秘密裏に動く事が出来なくなる程の消耗を強いられた? だがそれなら態々戦力を投入せず地下に潜れば良かったはず……せざるを得ない事態が起きた? なりふり構っていられなくない程の目的があった? しかしなぜ……)


 男が知り得る限りのトリアージェと言う女の性格や性質、行動指針や目的などを頭に浮かべながら、昨今のあの女の所業と思しき事件を起こした理由を考える。

 そうしている内に、ある一組の男女が脳裏に浮かび上がった。


(もしや……あの二人、いや娘の方か?)


 ワムズの首都大門前で起きた騒動の場所、アルヴウィズでトリアージェの手の者が狙っていた過去の文明を破壊した異形が飛来した街。

 その両方の場所には先日エルゴの遺跡で男の邪魔をした甲虫の巨人と少し風変わりな姿の昆虫人の娘がいた。

 男が放った偵察が見た範囲では、ワムズでの一戦でトリアージェの配下の者が昆虫人の娘を狙っているかのような仕草を見せていた。


 昆虫人の娘は、体の造詣が普通の昆虫人とは違う位しか外見では判断がつかないか、もしかしたら体にトリアージェが求める何かがあるのかもしれない。

 そして甲虫の巨人は、そんな昆虫人の娘の護衛の為に付いている。そう考えれば男は色々と納得が出来た。


(調べてみる必要があるな)


 もしも男の推測が正しければ、上手くいけばトリアージェを出し抜いて亡き者にする事が出来るかもしれない。

 しかし最大の問題は、男が有する最大戦力のアガルファイドと互角に渡り合える底知れない戦闘力を持つ甲虫の巨人の存在だった。

 奴をどうにかしなければ、迂闊に近寄る事すら出来まい。最適解を見つけるために、男は二人の情報入手を優先事項とする事にした。


「その為には……ふむ」


 男が振り向くと、通路の奥から2体の爬虫類の異形に拘束されたオーガの男が連れてこられた。先日エルゴで活動していた際に手頃な素体を見繕ってきたのだ。

 オーガは全身から夥しい血が流れる程に傷だらけで、手足も折れ曲がり、とても身動きが出来る状態では無い程の重傷を負わされている。

 2体の異形が運ぶような形で男のいる場所へと運送されて来たオーガは、辿り着いた場所に佇んでいた男を射殺さんばかりに睨みつけた。


「き、貴様が……こいつらの飼い主かぁ……ッ!!」


「ふん、しぶとさと頑丈さだけはそれなりに優秀だな。オーガという種は」


 オーガの怒気と殺意が籠った声など耳にも入っていないかのように男はすたすたと捕まえられたオーガの元へと近付いて行く。

 それに合わせて2体の異形がオーガを持ち上げた。


「ぐ、何を゛……を゛おごぉっ!?」


 そして、黒い鱗に覆われた手を事もなげにオーガの分厚い筋肉で覆われた腹部へと突き刺した。

 手は指の根元まで深々と突き刺さり、皮膚や肉を貫かれたオーガの腹部は血が流れ出す。


「光栄に思いたまえ、仮初にもお前は我が臣下となれるのだからな」


 男が指を抜くと、2体の異形がオーガの男の拘束を解き、その場に落とした。

 くぐもった声をオーガの男が発するが、何故かその刺し跡が残った腹部からは血がそれ以上流れ出してこない。


 そんなオーガの男に変化が訪れる。


「あが、あぎが、が、ご、がが、があっ」


 目をいっぱいに見開いたオーガの男は声にならない奇声を発しながら体が震え出し、ぼこぼこと、或はバキバキと音を立てて形が変わりだした。

 皮膚は硬化して鱗へ、発達した背骨が背中から鋭い背びれとなって飛び出し、口は更に割けて歯が剣山の様に鋭く伸び出す。

 肉体の急激な変化によって血が吹き出し、内蔵が潰れても再び新たな形となって形成される。


「……そろそろ床が汚れるのは改善せねばな」


「ゴアアアアアッ!!」


 そうして血だまりを作りながら産声を上げたのは、人型をした爬虫類の異形。大きさこそ一回り大きいが、オーガの男を拘束あるい男の周囲にいる異形達とどことなく似ていた。


 男が片手をかざすと、異形はピタリと静まり返って男の前へ王にひれ伏す臣下のように片膝をつく。

 

「お前には後で手を加える。それまで調整室で待機していろ」


 男が告げると、オーガから変じた異形はすっと立ち上がってその場を辞した。行先は、男が示した調整室と言う場所だ。


「あれから800年…………誰にも、誰にも私の計画の邪魔はさせないっ」


 異形を見送った男は、怨嗟と怒りを秘めながら野心を燃やす。

 

「最後に勝つのは、“竜”であるこの私だ……ッ!!」


 かつての栄光は既に無く、巨大な大国を治めていたかつての君主は、己の悲願の為に闇の中で悍ましく蠢いた。

 男の名は――オルメイガ。かつて種族間連合の大陸で最大勢力を誇った連合最強の種族、“竜”達の国の王だった者。

次の話で第四章は完結となります。


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