第52話 マグ・ショットの胸中
ちょっと文字数少なめですが、キリが良かったのでここで投稿です。
「ツェイト……あら、セイラムもいたのね。丁度よかったわ」
翌日の昼、ツェイトとセイラムがツェイトの部屋で昼食をとっていたらイッキがやってきた。
拠点内にも食糧事と食堂、そしてキッチンがあるのだが、今まではセイラムをプレイヤー関係に触れさせないように気遣われた結果、フィーゴが製作した箱型の小型作業ロボットのミニトマに食事を用意して運んでもらう形をとっていた。驚いた事に、あの作業機械は料理も出来た。フィーゴの拘りを感じざるを得ない。
しかし、今後はもう隠す秘匿する必要は無くなったので、徐々にセイラムには慣れて貰うようこれからは積極的に拠点内の設備も利用する事になるだろう。今回はまだミニトマ運搬の食事だが。
本日の献立は焼きそばであった。初めて見た料理に不思議そうな顔をしたセイラムだが、食べてみて味を気に入ったようで、今は美味い美味いと言いながら食べている。
セイラムの件はツェイトが相談に乗ってくれたイッキへ朝の内に伝えておいた。
イッキはそれを聞くと「それなら、私達から伝えても大丈夫そうね」と安心したように溜息をつき、詳しい話はマグ・ショットが戻ってきた時一緒に伝えると言ってその場は終いとなった。
そのイッキがこうして顔を出したとなると、要件はほぼほぼ絞られてくる。
「会長が戻って来たわ。シプレーさんは夕方頃に来るみたいよ。食事が終わったら来なさいって」
それにツェイト達が了承の意を伝えると、イッキは退出していった。
その背を見送ったセイラムがぽつりとつぶやいた。
「マグ・ショットさん、か。私の事、色々と知ってるみたいだけど」
「そうだな、俺よりは知っていると思うぞ」
「ツェイトはもう聞いたんだっけ?」
「まぁ、な。これは直接聞いた方が良いだろう。本人の方が鮮明に覚えてるみたいだからな」
「……私が知らないのに、周りの人達が知っているのって、何か落ち着かないなぁ」
「気持ちはわかる」
顰めっ面で愚痴るセイラムにツェイトが同意すると、ジト目が返って来た。
「気持ちが分かるんなら教えてくれよ」
「そう言われてもな、俺も詳しい事は聞かされてないし」
「じゃあ分かる範囲で良いからさ」
そう言われて、断言できる内容を想い出し、「それなら」と前置きをしてからツェイトは告げる。
「セイラムが生まれた時、同じ場所にいたらしい」
「えっ?」
どうやらセイラムの想定した以上の情報だった様で、食事中だったので手に持っていた箸を取り落としそうになり、慌てて持ち直してホッと一息。その後再び驚き直すという地味に器用な事をしていた。
しかし、何か合点が行った表情へと変わっていく。
「……そうか、私の両親に会ってるんだ。私の事を知っていてもおかしくはないのか」
「付け加えると、イッキと一緒に二人を匿った事もあるそうだ。セイラムが生まれたのは、多分そんな時期だと思う」
眼を見開いて愕然とするセイラムだが、溜息をつくと更に残った焼きそばをのろのろと再び食べ始めた。
「……あの人達にもお世話になってたんだな、私って」
「特にイッキはこの拠点で会った時、セイラムが大きくなっていたのを見て安心してたらしいぞ」
「…………お礼、言わなくっちゃな」
目を伏せたセイラムは、そう言って残った焼きそばをかっ喰らって片づけ、ツェイトもそれの続いてマグ・ショットに会う準備を始めた。
「来たか」
マグ・ショットの部屋へと入れば、中には部屋の主が中央にある10人掛けの円形ソファーに座って二人を待っていた。
前と同じようにペルビアンジャイアントオオムカデ型ハイゼクターの姿で優雅に脚を組み、膝の上に組んだ手を乗せていたが、ツェイト達の姿を見ると立ち上がり、「こっちへ」と手で六人テーブルの方を指しながら其方へと移動する。
相も変わらず禍々しいムカデの異形姿だが、いつも立ち振る舞いには品の良さが感じられ、今も二股の蛇腹状の尻尾を揺らしながら歩く姿の姿勢の良さからまるで育ちの良い人物に見える。
ツェイト達を六人テーブルへと誘い、自分も専用の椅子へ尻尾を通しながら腰かけると隣にイッキも並んで座った。
テーブルへは、いつの間にか全員分の飲み物が注がれたグラスが用意されていた。イッキが魔法で用意したのだろう。
テーブルの上で手を組んで、ゆったりと座ったマグ・ショットは、遅れた事への謝罪と依頼完遂の労をねぎらった。。
「待たせてしまって済まなかったな。二人とも、シプレーから報告は聞いている。無事に彼らの保護が出来て何よりだ」
「いえ、私は別に……ツェイトとキッブロ――シプレーさんが頑張っていただけで、私は何も役に立てませんでした」
それに対して気まずそうに肩を落として答えたのはセイラムだ。
マグ・ショットはそんな彼女に笑いながら優しく語り掛ける。頭部のガラス状の外骨格の奥から覗く髑髏のような顔に備わった、四つの亀裂のような赤い眼光が緩く細まった。
「それは仕方がないだろう。我々はこの世界では異質な存在だ。――“プレイヤー”には同じ“プレイヤー”で相手をするのが色んな意味で安全なのだ。君には今後活かすための経験を積むためと思ってくれて構わない」
マグ・ショットの口から明確にプレイヤーという言葉が出て来た。
イッキから話は伝わっているのだろう。もう隠す必要はないと判断したようだ。
「セイラム、君は我々プレイヤーの事をツェイトから聞いたそうだな?」
「……はい。正直、まだよく分かってませんけど」
「今はそれで構わない。君にとっては、今までの暮らしで聞いた事のない言葉や知識が多く出てくるから混乱するだろう。少しずつでいい、私達の事を理解してくれればありがたい」
「……頑張ります。あの、お願いがあるのですけど」
セイラムの相談にムカデの異形は「何かな」と聞けば、少し緊張した様子でセイラムは言う。
「良ければで、私の両親について……教えてくれませんか? ツェイトは、貴方のほうが母の事は詳しいと言ってたので……」
マグ・ショットがツェイトへ顔を向けると、ツェイトが頷いて返す。
事実確認の取れたマグ・ショットは額から伸びる触覚をしならせると、セイラムに語り始めた。
「良いとも。いつか君がここに来る事があれば、話そうとは思っていたんだ。あの二人の子供ならば、知る資格が君にはある」
マグ・ショットは、セイラムへ彼女の両親、プロムナードとイヴの事を話した。
初めてプロムナードとこの世界で再開した時から始まり、そこからプロムナードがイヴを拾い、イヴについて調査し、プロムナードとイヴが旅に出た事。
そしてイヴが短命である事が発覚し、セイラムを身籠り、命を賭してセイラムを産み、イヴはそれから間もなくこの世を去った事。
それから間もなく組織の襲撃を受け、その際セイラムを死んだと偽装させ、最後はプロムナードが赤ん坊のセイラムを連れて姿を消した事。
セイラムは物憂げにマグ・ショットの話を静かに聴いていたが、強く握り締められた手が彼女の心境を現わしていた。
そしてマグ・ショットはひと通り話を終えると、以前ツェイトへ見せた様に機械の端末にプロムナードとイヴの写真を映してセイラムへと見せた。
「この人達が、私の……?」
端末に映るのは、大柄で赤い外骨格で覆われた頭にのこぎり状の巨大なクワガタの顎を模した角を持ったハイゼクターの男と、肌も髪も真っ白で、瞳だけが深い蒼を湛えた20歳前後に見える女性の二人。
一人は盛大にコケてややブレて、もう一人はそんな相手にお構いなしで無表情でポーズをとっているという気の抜ける構図だが、これしか残っている映像が存在していなかった。
それでも、セイラムにとっては両親の姿を知る事の出来る唯一の情報だ。セイラムはその画像に一瞬困惑するが、しかしじっと目に焼き付けるようにそれを見続けていた。
「セイラム、私達は君に対して何かをしてやれた立場ではない。だからこんな言葉を送ること自体おこがましいのかもしれない」
「それでも、一言だけ言わせてほしい」とマグ・ショットがセイラムを見る、普段ならば禍々しい血の様に赤い鋭く亀裂のような四つの眼光が、はっきりと優しい眼差しを浮かべていた。その隣にいる、イッキも。
「……大きくなったな」
「あ……」
セイラムは何かを言いかけ、しかし自分の頬を伝う涙に気付いて外骨格で覆われた腕で拭うも、とめどなく流れ落ちるそれを止められず、次第にしゃくりあげてしまった。
「あ……ありがっ……ヒック……ござい……うぅ……」
もはや会話どころではなくなったセイラムに、ツェイトは懐に忍ばせていた手拭を取り出して、何も言わずに差し出した。
そして気持ちが落ち着くのを待つと、セイラムはマグ・ショット達へ「ありがとう、ございます」とたどたどしくも感謝の言葉を告げた。
自分の出生を見守っていた人物達から贈られたその一言が、今のセイラムにはどうしようもないくらい嬉しかったのだ。
組織に狙われた事が原因で育った村を追放され、自分の産まれを知り始めて未だ不安に駆られていた、今の彼女にとっては。
「それでツェイト、私に直接話したい事があると聞いたのだが」
それまで優しい雰囲気を放っていたマグ・ショットだったが、再び普段の冷静な様子に戻ってツェイトへもう一つの要件を訊ねて来た。
セイラムもその場に同席させている。
もはや会話を隠し立てする必要が無くなった事と、今回の全貌をセイラムにも伝えておく必要があったからだ。
マグ・ショットが赤く鋭い四つの眼光をツェイトへ向けた。
「あの遺跡で何があった?」
ツェイトは問いかけてくるマグ・ショットから一瞬だけ顔を反らす様に俯くが、覚悟した表情で答えた。
「……保護したプレイヤーに襲い掛かって来た奴が、オロンさんによく似ていた」
そうツェイトが答えた直後、マグ・ショットから放たれる空気が一変した。
普段が物静かであまり動じない性質なのだが、今のマグ・ショットはその場にいるだけで冷たさすら錯覚してしまいそうな程の負の感情を放っていたのだ。
NFOでは見た事が無かった様子にツェイトが困惑し、セイラムは思わず身を竦ませてしまった。隣で座るイッキは気づかわしげにマグ・ショットを見やっていた。
マグ・ショットが重々しく問いかけてきた。
「…………どんな様子だった」
「……全身を金属の鎧で着込んで、所々に機械の部品が組み込まれていた。顔を殴って破壊した時に出て来た素顔が……オロンさんにそっくりだった」
「……そうか」
「マグ・ショット、あれは一体何なんだ。オロンさんは、こっちに来ているのか」
マグ・ショットと彼のプレイヤーの仲を考えると酷く訊きづらかったツェイト。今のマグ・ショットの様子からして、決して良い話ではない事は明白だ。
しかし、あの高空から山を地下まで撃ち抜いて吹き飛ばす火力を有する存在を放置していい訳もなく、故に訊かざるをえなかった。
「オロンは死んだ。お前が見たアレは、オロンの死体を利用した、操り人形だ」
「……やはり、オロンさんは……しかし、どうやってあの人が……」
「私が殺した」
はっきりと、ムカデの異形がそう言った。
ツェイトは一瞬、自分の耳を疑ってしまった。
しかし続くマグ・ショットの言葉が、それがどんなに残酷でも真実だと告げてしまう。
「暴走したオロンと私が戦い、そしてとどめを刺した」
出来なくはない。このプレイヤーの男もまた、強力な力を持つ最古参組内でもトップレベルの一人なのだから。
純粋なポテンシャルでは間違いなく最強の一角であるオロンが相手でも、NFOに絶対は無い。ある程度実力が近ければ戦術やプレイヤー同士の相性、そして時と運等によって優劣の差はひっくり返るるのだ。
……否、今必要なのはそれではない。
プレイヤー同士の性能の差だとか、どうやって戦ったのだとか、なぜオロンが暴走してしまったのだとか、そんな事よりも、ツェイトはマグ・ショットの心境を心配した。
今の発言が、信じられない事に、本当であるとしたら、マグ・ショットは自らの手で殺してしまったのだ。親友と呼んでも差し支えなかった、同郷のプレイヤーを。
もし自分が同じ立場でいたらどうだったか、そんな事を考えてしまうと、ツェイトはそれ以上の追及をする事が出来なかったのだ。
「……話はシプレー達が来てからにした方が良さそうだな。恐らく今回の件、無関係ではないだろう」
マグ・ショットはそれで話を切り上げ、ツェイト達二人にシプレー達が来るまで部屋で待っていてくれと告げると、その場で遠くを見るように思案顔に入ってしまった。
「二人とも、悪いのだけど、一旦戻ってもらえるかしら?」
イッキがマグ・ショットの代わりにそう告げると、ツェイトとセイラムもそれ以上何かを言えず、その指示に従って部屋へと戻るしか出来なかった。
部屋から出る前に一度ツェイトが振り向くと、イッキが座ったまま動かなくなったマグ・ショットの肩へ気遣う様に手を添えていたのが見えた。
「……なぁ、ツェイト」
「ん?」
「さっき話してたオロンって人だけど……本当に、その人だったのか?」
「……NFO――前にいた場所だな。あそこで何度も会った事があるから見間違いは無かった。……随分と、変わり果てていたが」
「……友達と殺し合いになるなんて……悲しいな」
「そうだな。……あぁ、本当に……本当に、そう、思うよ」
部屋へ向かう道すがら、ぽつりぽつりと交わされる会話。
あの時部屋を出る際に見たマグ・ショットの姿、その気持ちを思えば痛ましさに同情を禁じ得ないし、ツェイトはあれが他人事とは思えなかった。
もし、自分もプロムナードとそんな関係になっていたらと想像すると、言い知れない程の恐怖が込み上げてくるのだ。
これからシプレーが保護したプレイヤーのクグイとその連れ添いの女性の異形トリナイダがやって来る。
二人から色々と話を聞く場が儲けられ、その場にツェイト達も当事者なので参加する。
トリナイダは何かを知っている様子から、変わり果てたオロンについて何か分かるかもしれない。
ツェイトはこの後齎されるであろう真実に、不安を抱きながら一旦セイラムとともに自室へと戻って行った。
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