第51話 告白
「あら、お帰りなさい二人とも。今会長は留守よ」
受付のインターホンを押してマグ・ショットの部屋へ入ってみると、そこにいたのは彼の秘書を務めている黒薔薇を思わせる植物系種族の女性プレイヤー、イッキだけだった。
ファンタジックなデザインの黒いパンツスーツ姿で決めたイッキがヒールを鳴らして歩み寄り、中に入ったツェイト達を迎えてくれた。
「もしかして商会の仕事か?」
「そうよ、私も一緒にいたんだけど貴方達が返って来るって報告を受けたから、別件を装って私だけ戻って来たの」
(大会社の社長なんだから忙しいのは当然か)
マグ・ショットは表向き姿を擬態して種族関連合内最大手の巨大商業組織のトップを務めている。
そのような大きな組織の代表ならば仕事の量も膨大だろう。マグ・ショットの事だから上手い事会社を回していると思うが、詳しい事まではツェイトも把握はしていない。
ともかく、わざわざ自分達の応対の為に表でもマグ・ショットの秘書を務めているイッキを向かわせてくれた事は確かなので、ツェイトはイッキへ礼を告げた。
「ありがとう。悪かったな、わざわざ来てくれて」
「気にしなくていいわよ。あまり勝手が分からない場所へそのままに居させるわけにもいかないでしょ?」
そう言いながら、イッキがセイラムを見る。
薔薇の花弁で覆われていない右の赤い宝石のような眼がセイラムへ向ける眼差しは、どこか気づかわしげだったのをツェイトは見た。
「……そう言われればそうだが、マグ・ショットはいつこっちに来る?」
「明日には来る予定よ。悪いのだけど休みながらここで待ってもらえるかしら? 二人の部屋は前使っていた場所と同じだから」
「なら報告は戻ってきた時にする。マグ・ショットに直接伝えないといけない話があるんだ。それまでは此処でまた世話になる」
イッキが一瞬だけセイラムを見た後、何かを察した様子でツェイトを見る。プレイヤー関係なのだろうと理解したのだろう。
「分かったわ。会長が戻ってきたら声をかけるから」
「……セイラム、ちょっとイッキと話す事があるから部屋の外で待っていてくれないか? すぐに済む」
「……ん、分かった」
素直に従ってくれるセイラムだが、ツェイトとイッキを交互に見る目は「とても気になります」と言いたげだった。
セイラムが部屋から退室してドアが自動で閉まると、イッキが用件を訊ねた。
「それで、どうかしたの?」
「セイラムに、プレイヤーの事を話そうと思う。マグ・ショットにもそう伝えてくれないか」
「まさか、ばれたの?」
神妙な様子で訊くイッキへツェイトが仏頂面のまま溜息をついた。
「依頼で保護したプレイヤーの口からな。元々無理があったんだ。どこかでばれるとは思っていたから、これは良い機会なのかもしれない」
「そう……でも、私達が元は人間――フュミニアンみたいな種族で、ゲームから来たって事も伝えるの?」
「そこが問題だ……。俺達が人間だっていう事もそうだが、セイラムにゲームの概念が通じるか分からないから、説明が無理そうならぼかして話すかもしれない」
まさか、電脳ゲームで遊んでいたら突然似たような雰囲気の別世界へアバターの体のままやってきてしまうなど、誰が想像できようか。
体験したプレイヤー達だからこそ通じる話だが、それ以外の者達からすれば正気を疑われるかもしれない。
事は一大事だ。慎重に言葉を選んでセイラムが理解できる範囲に留めて説明する必要がある。
場合によっては「遊びの延長でこの世界に来たのか!? ふざけるな!」と怒りを向けられる事も想定しなければならないと思うとツェイトは気が重い。
ツェイトはこの世界をゲームや遊びの延長などとは一度たりとも思った事はないが、話を聞いた側からすればそう解釈される可能性は十分にある。
「私からアドバイスって程でもないけど……まずは、貴方があの子に対して誠実でいるべきよ。後は貴方がどれだけあの子に信頼されているのかにもよると思うけど」
そう言われてしまうと、自分はあの娘に信頼されているのだろうか? と一抹の不安がツェイトの心に顔を出す。
セイラムは組織に狙われており、それが原因で故郷の村を追放された身だ。
そこでツェイトはプロムナードを探す旅に出る際、一緒に連れて行ってほしいと彼女の育ての親に頼まれ、ツェイトもそんな彼女が放っておけなくて旅の同行を提案した。
それからワムズの首都でひと騒動あったが共にクエスターとなり、懸賞金のかかったモンスター討伐の折にセイラムから足を引っ張っていないかという苦悩を聞かされ、ツェイトの説得により蟠りは解けた様に思える。
以降はセイラムも遠慮が無くなったので、最初に比べれば信頼されている、とツェイトは思いたかった。
こればかりは、腹を割って話してみるしか分からなかった。
悩み込むツェイトに、イッキが肩をポンと叩いて退室を促した。
「ほら、いつまでここにいるつもり? あの子が待ってるわよ、もう行きなさい。これ以上待たせては駄目よ」
「……そうだな。俺も腹を括るか」
急かされてツェイトも覚悟を決めた。軽く深呼吸をすると、部屋の外で待つセイラムの元へと向かう。
「まぁ、頑張りなさい」
去り際に、ツェイトの背中へイッキの応援の言葉が贈られた。
「あ、わっ」
ドアが開いて廊下を見ると、セイラムが慌てているのがツェイトの視界に入った。
マグ・ショットの部屋沿いの壁に背中を預けて、ドアに顔を寄せていたので盗み聞きを試みていたのだろうか。残念な事に、部屋は完全防音仕様でツェイトがドアの前まで来る音まで遮断している。
ツェイトと眼が合うとそそくさと顔を反らし、額の触覚が忙しなく動いていた。
「ごめん、遅くなった」
「あ、うん」
「……あの時約束した話、俺の部屋で話そうと思うんだが、良いかな?」
ツェイトの提案に、セイラムは無言で頷いた。
承諾を得てツェイトが与えられた部屋へ向かうと、セイラムもその後をついて行く。その間、二人の間に会話は無く、時折廊下を走るこの拠点の住人のフィーゴが造った箱型ロボット――ミニトマが通り過ぎる駆動音だけが響いて行った。
ツェイトの部屋は前と同じセイラムの部屋の隣。
スライド式の自動扉を開けてセイラムを案内すると、中に設えてあった椅子を勧めてツェイトも余っているもう一つの椅子を用意し、向かい合うように座った。
セイラムが背中の槍を適当に立てかけてから椅子に座るのを確認すると、真剣な表情でツェイトは重い口を開いた。
「…………セイラム、セイラムは、俺やこの拠点にいる人達をみて何か変に感じた事は無いか?」
「変……? そりゃあ見た事が無い種族だし、不思議な力やツェイトみたいに凄い力を持っていたりするなとは思ってるけど……それがプレイヤーっていうのと関係するのか?」
問われてセイラムは思い返しながら気が付いた事を羅列して、逆に問い返すとツェイトは頷いた。
「そうだな。まぁ中にはそうでもない人達もいるが、概ねそんな認識で合っている」
「ツェイト……プレイヤーって、いったい何なんだ?」
ツェイトは、少しだけセイラムから視線を切って俯いて、目を細めて遠い目をするが、再び顔を上げるとその表情に覚悟を決めて告げた。
「プレイヤーって言うのは、俺達はな……ここではない、全く別の世界からやって来たんだ」
「別の、世界……?」
セイラムの顔に困惑の色が浮かぶ。ツェイトを疑っているというのではなく、理解の範疇を越えて混乱し始めている様子だ。
「連合の大陸や、溝向こうの大陸でもない、遠い場所から来たんだ。何て言ったらいいのか、言葉にするのが難しいくらいに、遠い場所から」
ツェイトは、自分がどうやってこの世界へ来たのかを思い返しながらセイラムへ話した。
あれから数か月、気持ちを切り替えた今でもなぜこんな事になったのか分からない、摩訶不思議な現象だった。
「俺達の元いた世界の故郷ではな、とある遊びが流行っていたんだ。“ネオフロンティアオンライン”、という遊びがな」
「遊び?」
「そう、遊びだよ。好きな種族を選び、姿形を変え、自分で作った登場人物に名前を付けたそれの体に意識を移し替えて、用意された世界で色んな冒険をしたり、戦ったり、商売をしたり、他にも色々と出来る。そんな遊びさ。その遊びをする人達をプレイヤーと言うんだ」
「……演劇みたいな感じ、なのか?」
(劇と来たか、言い得て妙な解釈をする)
セイラムが今持てる知識を総動員して口にした言葉にツェイトは似ているな、と今更ながら思った。
電脳空間で作られた世界で、作成したアバターの体を得て自分だけの物語を作る。その様子はある意味劇的と言えなくもない。
だが、決定的に違う要素がVRMMOには存在する。
「あれは劇じゃないから台本は無いんだ。決まった規則はあるけど、言い換えればそれさえ守れば何をしても良い。与えられた広い世界にプレイヤー達が思い思いに過ごすんだ」
「????……?????」
必死に理解をしようとしているのだろう。腕を組み、眉間にしわを寄せるセイラムだが、頭から煙が出て来そうな様子だ。
(まずい、セイラムの脳が許容限界に来てる)
やはりVRMMOの概念から話すのは失敗だったか、そう思ったツェイトが慌てて話の舵を切った。
「まぁ、いったんその部分は置いておこう。問題は、そうやって自分で作った登場人物の体で過ごしていた時、俺達は突然別の場所に飛ばされたんだ」
「別の、場所?」
ようやく、何となく理解できる話の流れにセイラムの頭が再び回り始めた。
「あぁ、セイラムに分かる様な感覚で言えば、俺達がこの拠点へ行くとき急に周りの風景が変わるだろ? あんな感じだ。俺の場合はワムズの山の中だった。丁度セイラムを山で助けた時だよ」
その言葉に、ツェイトはハッと思い出した顔をする。
「私が襲われて川に落ちた時か!?」
「初めは何が何だかわからなくてな、ワイルドマックに襲われて返り討ちにしたら死体になって転がるもんだから、情けない事に驚いてその場から逃げたんだ。そうしたら川を見つけて、ワイルドマックの返り血を流すために洗っていたらセイラム、君が流れて来たんだ」
「…………そう、だったのか」
所々の意味は分からずとも、セイラムはようやく理解が追い付いてきたようだ。
過去にツェイトと出会った時のことを思い返し、セイラムは呆然とツェイトを見る。
少しして、セイラムが話を聞ける状態だと判断するとツェイトは再び話をつづけた。
「今生きているプレイヤーの中で一番古株のマグ・ショットが言うには、この不思議な現象はプレイヤーでもごく一部の奴しか起こっていないらしい。飛ばされる場所や、時間もプレイヤーごとにばらばらなんだ。数年前から数百年前、中にはこれから先やって来るプレイヤーもいるかもしれない。どこに現れるかは本人にも全く分からない」
何故そのような事になっているのか、一体何の力が働いてそうなったのか。それは現在プレイヤーの誰もが分かっていないという。
「俺の最終的な目標は、元の世界へ、故郷へ帰る方法を見つける事。そして同じようにこの世界に来た友達、プロムナードを探す事だ。マグ・ショット達は元の世界への帰り方を探し、この世界に暮らすプレイヤー同士で助け合う為に今の集団を作り上げた。だから俺はあいつと協力する事にしたんだ」
セイラムから返事が返ってこない。話は聞いているのは確かだが、驚きと、困惑と、理解が追い付かなくて混乱しているのが表情にありありと現れているのが見えた。
「……プレイヤーと、俺の事についてはそんな所だな」
これ以上細かい事を話しても頭に入らないだろうと判断したツェイトはそこで話を区切った。
そこから先は、セイラムの反応を待つ。
「…………まだ、ツェイトの言っている事が半分も分かってないから、驚いたのと、正直困ってる」
たどたどしく話すセイラムに、そうだろうとツェイトは頷いた。
そもそもネットワーク技術やゲームといった、ツェイト達プレイヤーが元いた世界ではごく日常にありふれていた知識がこの世界では存在しないのだ。話を聞いてすぐに理解しろと言う方が無理な話である。
「ただ、ツェイトやプレイヤーっていう人達が、私達の知らない遠い場所からやって来たって言うのは、何となく分かった」
「ああ、それで合っている」
「あと、元々は別の種族らしいってこと、かな」
「……それも、合っている」
再びの沈黙。しかしすぐにセイラムは深く息を吐くと、今まで強張る程に真剣な様子を解いて、肩の力を抜いて話し始めた。
「この数か月、ツェイトと一緒に旅をしてたけど、実はさ、ツェイトの事見てたんだ」
ツェイトにも思い当たる節がある。セイラムが自分をちらほら見ていたのは気付いていた。
ハイゼクターと言う種族への物珍しさや、異性と旅をする事への好奇心からくる視線かは判断しかねたので好きにさせていたが、その真意までは察する事が出来なかった。
「旅を一緒にするようになって、何か妙だなって感じて、ツェイトは何か隠しているなっていうのは、何となく分かってたんだ」
「でも」とセイラムが付け加えてからツェイトを見る昆虫人特有の黒一色の眼が、口元が、表情が優しく和らいだ。
「ツェイト、ずっと私の事護ってくれてたじゃないか」
昆虫人に擬態しているツェイトの黒一色の眼が、思わずと言った様子でゆっくりと見開かれた。
「確かに何か秘密はあるんだろうさ、でもそれは誰かを傷つけたり、騙そうとかそういうのじゃ無いっていうのは、これまでのツェイトを見てて分かったんだ」
ツェイトの眼が揺れている中、セイラムは話をつづける。
「ワムズの時とか、アルヴウィズの時もツェイトは駆け付けてきてくれた。それだけじゃない、旅でもずっと気遣ってくれてたじゃないか。それが、申し訳ないと思った事もあるけど」
セイラムは見ていたのだ。ツェイトのこれまでの、そして自分に対してどう接してきたのかを。
「だから、大丈夫。どこから来たのかとか、本当は姿が違うとかそういうのは関係ない。私はツェイトを信じるよ」
「――……」
嗚呼、とツェイトは胸にこみ上げてくるものを感じ、静かに胸にたまった熱を吐き出すように息を吐いた。
これまでずっと胸の内にしまい込み続けたものがセイラムに受け入れられて、今、ツェイトはどうしようもなく救われた気持ちになった。
「ありがとうセイラム。……ありがとう、信じて、受け入れてくれて」
ツェイトは頭を下げて、感謝の言葉を述べる事しか出来なかった。今は、それしか思いつかない。
「良いんだ。それよりこっちこそ、ありがとう。言い辛い事を打ち明けてくれて」
セイラムまでもがツェイトに感謝をするので、それが何だかおかしくなってしまい、二人は揃って思わず笑ってしまった。
部屋の中でツェイトとセイラムの笑い声が木霊する。
ツェイトがこの世界に来て声を出して笑ったのは、これが初めての事だった。
「ところでさ、ツェイト」
「ん?」
ツェイトが自分の素性やプレイヤーについて打ち明け、受け入れられてから、二人の雰囲気は明るかった。
言うに言えない事が多くて言葉を選ばざるを得なかったツェイトと、それを何となく察して訊くに訊けなかったセイラム。
ようやくわだかまりが解けて気が楽になった所で、セイラムが何か訊きたそうとしていた。
その表情はさっきの時にも劣らない真剣な表情だ。
「もうひとつ、どうしても聞きたかったことがあるんだ」
「何だ? 今なら色々と答えられるぞ」
プレイヤーの事をセイラムなりに受け入れてもらえたので、話せる事は沢山ある。
ツェイトはセイラムの質問に快く答えるつもりでいた。
だから、この問いが来るのは必然だったのだろう。
「ツェイトは、私の本当の両親の事、知らないか?」
先ほどとは違った緊張感が、ツェイトの背筋をピリッと走る。
姿勢を崩していたツェイトは真剣な表情で佇まいを正した。
「私は故郷のカジミルの村で、ウィーヴィルに育てられたけど、血は繋がっていないって言うのは知っているか?」
「……ああ、ウィーヴィルさんが教えてくれたよ。村が襲われたその日の夜に」
セイラムは「そっか」と一言つぶやくと、自分の手を見た。普通の昆虫人とは違い、肘から先が黒い外骨格で覆われて手甲の様になったその手を。
「私はこんな体だからさ、本当の両親のどっちかが昆虫人じゃない、別の種族なんじゃないかと思ってるんだ」
「それか、ただ変な形で生まれたから捨てられたからウィーヴィルに拾われたのか」とこぼしたのをツェイトが「違う」と語気を強くして否定した。
そんなツェイトの様子に、セイラムが何かを確信した表情を浮かべた。
「……やっぱり、ツェイトは知っているんだな?」
「……知っている。よく知っているよ」
知らない訳がない。ウィーヴィルから聞かされ、そして父親が霊長医学機関に狙われている事を危惧して親子関係を秘匿した事も知っている。
そしてセイラムの母親だって、最近になってようやく知る事が出来たのだ。既に故人となってしまっている事も。
「教えてくれ。あいつらに狙われてから、ずっと気になっていたんだ。どうして私が狙われるのか、もしかしたら両親に関係しているんじゃないかって」
懇願するセイラムに、ツェイトが横に振る首を持ち合わせてはいなかった。
事ここに至って、ツェイトに教えないという選択肢はない。
「セイラム、よく聞いてくれ」
明かす時が来たのだ。赤ん坊や、幼少の頃ならいざ知らず、今は退けられる手段がある。逆に、知らないでいる事の方が危険になって来たのだ。
「君の父親の名前は、プロムナード。俺が今探している友人なんだ」
「ツェイトの友達が、私の……?」
呆けた顔になるセイラムだが、しかしそこに拒絶感は無いのが幸いか。
「今から20年前にプロムナードはこの世界に来たと聞いている。……ウィーヴィルさんもこの事は知っている」
「そうか……だからあんなに言い辛そうにしていたのか」
酷く合点が行った顔のセイラムを、ツェイトが意外そうに見る。
「……あまり驚かないんだな?」
「驚いてるさ。ただ、ツェイトの事を知ってから、私の親はハイゼクターって種族なのかもなって考えてはいたんだ。私の体がこんな感じだからさ。ただ、ツェイトの探していた友達が私の父親だってのは驚いたけど……でも、ウィーヴィルはやっぱり知っていたのか」
育ての親が知っていた事に溜息をついたセイラムへ、ツェイトがフォローした。
「ウィーヴィルさんを悪く思わないでやってくれないか、元々はプロムナードが口止めさせていたんだ」
「……やっぱり、私が狙われている事が関係しているのか?」
「あぁ、プロムナードが奴らと敵対して、それから狙われ続けたらしいんだ。それで子供がいる事が知られて自分のように狙われる事を危惧したあいつは、知り合いだったウィーヴィルさんに口止めを頼みながら預けたらしい。俺もこの間、マグ・ショットと会って知る事が出来たんだ」
思わぬ人物の名前が出て来て、セイラムが目を瞬かせる。
「マグ・ショットさん? 何であの人が?」
前に拠点でかのムカデの異形プレイヤーから話を聞いた時、そこにセイラムもいたのだが、マグ・ショットに眠らされていた事を思い出したツェイトが改めて話した。
「セイラムが生まれる前に会っていたんだ。それと、セイラムの母親にも会っていると言っていた」
そう言われて、セイラムがハッと気づいた。
「知っているのか? 私の母親の事を。……一体、誰なんだ?」
ツェイトは一瞬、彼女の母について言ってしまっていいのだろうかと躊躇した。
セイラムの母の出自の特殊性、そしてその最期。それを今のセイラムに伝える事が、かえって負担になりはしないかと。
逡巡するツェイトの雰囲気を察したセイラムが懇願する。
「この際だから教えてくれ。大丈夫、嫌な話でもちゃんと聞くから」
そこまで言うのなら、とツェイトも慎重に母の事を告げた。
「名前はイヴ。髪も肌も真っ白で、眼だけがとても青いフュミニアンの女性だった。ただ……」
一拍置いて、ツェイトが続ける。
「……奴らの研究所で生まれたらしいんだ。プロムナードが研究所を襲撃した時に偶然見つけて、その時は被害者だと勘違いして連れて来たらしい」
「……」
告げられた内容に言葉も出ないセイラムを。だが、肝心な事をまだ話していない。
「その後はプロムナードの旅に付いて行って、セイラムを身籠ったんだ。だが、生まれつき長生き出来ない体だったから、セイラムを生んで……亡くなってしまった」
「…………死んじゃった……のか」
「……墓は奴らに暴かれて利用されないために用意されなかった。プロムナードがその遺体を跡形もなく消滅させたそうだ。……俺が知っているのは、それくらいしかない」
今にも泣きそうなくらいに顔を歪めたセイラムが、顔を俯いてしまった。
セイラムは今、両親を知る事で初めて自分の産まれを知った。
同時に、残酷な真実も知ってしまったのだ。
「母さん、か」
ぽつりと絞り出すようにつぶやかれた少女の声は、濡れていた。
セイラムは母と言うものを知らずに育ってきた。そして同時に、村の同年代の子供達とその母親とのやり取りを見て、自分には無い母子の情への羨望を無意識の内に募らせて育ってきてもいた。
「一度でいいから、会ってみたかった……な」
セイラムは、寂しげに笑っていた。
それは、諦観の笑みだった。もう二度と母には会えないのだと知ってしまったが故の失望の発露であった。
寂しさと悲しさがない交ぜになった少女の眼尻に涙が溜まる。
やがてそれは頬を伝っていき、とめどなく流れ続け、母の死を知った一人の少女は静かに泣いたのだ。
その痛ましい姿に、ツェイトは何かしてやれないかと思うが、力なく首を横に振って止めた。
ツェイトが今のセイラムにしてやれる事は殆ど無い。ただ、泣かせてやる事しか出来なかった。
ひとしきり泣いて落ち着いたセイラムが、腫れぼったくなった目を擦って涙を拭う。
「な゛ぁ、ツェイト」
「どうした」
鼻声だったので、ツェイト室内に備え付けてあった鼻紙をセイラムに渡すとヂーンと勢いよく鼻をかみ、すかさずゴミ箱を前に出して捨てさせると、幾分かすっきりした顔になっていた。
「その、さ。私の父さんの事、また話してくれない、かな。私、自分の親の事、何も知らないから」
「……ああ、俺で良ければいくらでも。話題には困らない男だったからな」
その日、ツェイトはセイラムにプロムナードの事を改めて話した。
自分が初めて出会った時の事、それからNFOで多くの旅と冒険をしてきた事を。プレイヤーである事を打ち明けたから、話せる事が沢山増えた。
ツェイトはかつての思い出を話しながら、密かに決意した。
この娘を、必ずプロムナード(父)に会わせようと。
そしてその再会が、彼女達にとって幸あるものであれと切に願う。
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