第50話 事後処理
ジャンルのキーワードで「近未来」を外して「異能力バトル」を加えました。
今書いている物語の中で近未来感のある表現がVRMMOでの話しか出てませんので、何か違うなと思いまして。
代わりに入れた異能力バトルなら主人公やプレイヤー達が固有能力めいた力を持っているので合っているかなと。
村へはツェイトが飛んでセイラムとキッブロスを運んでの帰還となった。
元々クグイ達が警戒して逃げる事を危惧して慎重に徒歩で向かっただけだったので、その必要がなくなれば帰路は早い。
セイラムはもう手慣れた様子でツェイトの腕の中に納まって運ばれていくが、キッブロスが思いの外はしゃいでいた。
曰く、「普段陸路でしか移動しないので空からの移動が新鮮」との事。
時間は既に夕刻に入り、太陽が地平にみかけて橙色に染まった空をツェイト達は飛んでいく。
バニオ村に戻って来たツェイト達だが、村の住人達は大騒ぎだった。
以前村の入り口でひと悶着あった警備員のオーガ達はツェイト達が姿を現すと慌てて駆け付け、何があったと問い詰めて来るが、キッブロスが代表して「まずはビッゼイ氏に報告させていただきます」と毅然と伝えると渋々と引き下がり、一行は村長の屋敷へと向かった。
「うーむ、遺跡が消し飛んだ、か……」
「えぇ、目標のモンスターを討伐する最中に想定外の事態に見舞われてしまいまして」
村長の屋敷内客間。報告を受けた村長のビッゼイは腕を組みながら岩の様な顔に眉間の皺を寄せ、豊かに蓄えた顎髭を撫でている。
屋敷にキッブロス達が来た時は笑顔で出迎えてくれたのだが、遺跡が跡形もなく吹っ飛んだと報告を受けた時は「はあっ!?」と目を丸くして仰天していた。
「……やはりあれか? 此処からでも遺跡の方で大きな爆発音が聞こえたし、空へと立ち昇る炎の柱が見えた。ただ事ではないと村の周囲の警備を強化していたのだが……まさか山ごと遺跡が吹っ飛んでいたとは」
多少破壊されるくらいで見ていたんだがなぁと嘆くビッゼイにキッブロスが注意を促した。
「直接ご覧いただけると分かるのですが、派手に大爆発を起こしました。何せ吹き飛ぶ前は起爆性の高い燃料が奥に満載していましたので」
「何? 燃料? 起爆? おい、まさか……」
話を聞いていたビッゼイは先の展開が読めたらしく、顔が引き攣っていた。
「いえね、どうやら大昔に建てられた何かの実験施設だったようなのですけど、目標のモンスターと戦った際に相手が奥に貯蔵した燃料庫を破壊しちゃいまして……」
「衝撃で盛大に大爆発を起こしたってわけか……」
口元をひきつらせながらビッゼイがツェイト達三人の姿を見た。
ツェイト達三人は現在土やら何やらで全身が汚れていた。
出来るだけ綺麗にした痕跡があるが、それでも頭や顔、衣服や外骨格についた汚れは完全には落ちていない。
ツェイトも外骨格の表面に湿った土がこびり付いていたり、隙間にも詰まっていたりする。後で掃除が大変そうだ。
ツェイト達はバニオ村へ戻る前に、今回の件については遺跡内の燃料が爆発した事にして誤魔化す事にした。
何分、プレイヤー関係の案件だったためツェイト達3人だけしか現地に行かないようにしていたのでそれ以外に事情を知る者はおらず、証拠品も無い。
唯一の情報は片道2時間もかかる離れた山の方から爆発音と炎の柱(鉄の竜人の熱線)が確認されただけだったので、十分誤魔化せる範疇だ。
なので、ツェイト達は信憑性を持たせるために全身を土で汚しておいたのだ。
それで思いの外セイラムが嫌がらなかったのが意外だとツェイトは思ったが、聞いてみれば 獣を狩る際必要とあらば自分の体を汚す事もして来たので抵抗はそこまでないそうだ。
鉄の竜人や組織の事を伝えるべきかという話もあったのだが、明確な証拠がないのに伝えても変に混乱させてしまうかもしれず、最悪の場合遺跡内を盗掘した後の証拠隠滅のための嘘では? と疑われる事を危惧したのだ。
そこで、組織や鉄の竜人が介在しない要素、鉄の竜人が放った熱線を利用して、先の遺跡内の燃料引火からの大爆発ですべて吹き飛んだと言うストーリーをでっち上げる事にしたのだ。こっちの方が説得力がまだあると考えての選択である。
正直、今も疑われるのではとツェイトは表面上遺跡の爆発から生還して戻ってきましたと言う体で話しつつも内心はヒヤッとしている。よく見るとセイラムも顔が緊張して強張っている。嘘をつくのが苦手な二人なのだ。
この中で唯一平然としているのはキッブロスだけ。遺跡の爆発から生き延びたけど散々な目に遭って参ってますという様子を自然に出してビッゼイへと説明している。
こういう強かな所もまた、キッブロスを今の仕事に就かせた理由なのだろう。ツェイトが一人感心していると、話が進んだ。ビッゼイが睨みつけるようにキッブロスを見ている。
「……それで、肝心のモンスターの方はどうした?」
「引火した燃料庫の爆発に巻き込まれて吹っ飛んでいるのは見ました。あの様子ですと、遺跡の後を追ったとみて間違いないかと。あそこまできれいさっぱりなくなってますと、死体も残っているかどうか……」
「……お前達はどうやって逃げたのだ?」
「ツェイトさんが高速で穴を掘れますからね、それでまっしぐらに逃げました」
そうなのか? とビッゼイがツェイトを見て来たのでツェイトは「はい」と答えた。
実際に穴を掘ったのは間違いないので全くの嘘ではない。行先は逆だが、確かに最深部のほうから地上へと繋がっている。
その掘った穴もキッブロスが鉄の竜人と戦闘を終えたツェイトと合流する前に周囲を探知した時に残っていたのを見つけたと言うので、仮に村の者達が現地を確認に来ても十分証拠になるだろう。
「まさか、其方の商店の一年間値引きを条件に出したのは、こうなる事を見越してたんじゃあないだろうな?」
「それこそまさかですよ。確かにご迷惑をかけるだろうと思っての心づけとして提示させていただきましたが、流石に遺跡が消し飛ぶなんて想定外でした」
「……ふぅん?」
ビッゼイはじとりと半目で困り顔のキッブロスを見るが、「食えん奴」とぼやきながら大きなため息をついた。
「…………はぁ。まぁ、良いわい。元々遺跡は降ってわいた話だ、儲けが未知数な遺跡発掘より本題の村から街へ開発されるのに支障が出ないのと、住民に被害が出てないのなら文句は言わん。遺跡の事は元から無かったものと見做す……勿体なかったがな」
最後に遺憾の意が籠った恨み節を吐き出したビッゼイだが、最終的には遺跡の件についてはチャラにしてくれた。
その後いくらかオービタル商会に関わるやり取りがキッブロスとビッゼイの間で繰り広げられたが、ツェイトとセイラムにとってはそこから先は仕事の範疇外だったのでキッブロスの護衛と言う体を保つ事にのみ注力して、村長と商人のやり取りを落ち着いて見聞きしていた。
「いやあ助かりました。お陰様で恙なくお二人を保護する事が出来ました」
村長のビッゼイへ報告が終わり、夜になったバニオ村に仮設されたキッブロスの仮拠点内、ツェイトとセイラムはキッブロスから労いの言葉を受け取った。
全身土で汚れているので入って良いのか躊躇われたが、キッブロスが「後でどうとでも掃除できますから気にせず入ってください」と進めて来たので恐る恐ると中へ入る。勿論、ツェイトは昆虫人へと擬態してだ。擬態しても元の姿が汚れているので、それが反映して昆虫人の姿も汚れていた。
体の汚れを気にしながら応接椅子に二人が座ると キッブロスは頭を下げて礼を告げてくる。
「ツェイトさんが来てくれて本当に正解でした。でなければ最悪今頃お二人はあの遺跡と運命を共にしていたのかもしれません」
遠まわしに殺されていたと告げるキッブロスに、ツェイトは鉄の竜人の戦闘能力を思い返した。
あの時放たれた熱線、エルフの国で戦った遺物程ではなかったが、防御がそれほど難くないプレイヤーであれば十分殺傷できる威力だった。
幸いだったのは、ツェイトの防御力がNFO内でもトップクラスの性能を有していた事だろう。おかげで相手の火力に臆さず真正面から殴り込んで迎撃する事が出来た。
「……あれは、結構焦りましたけどね。今回みたいに……プレイヤーと霊長医学機関がらみの案件って珍しいのですか?」
遺跡でクグイにプレイヤー発言をされてからは、ツェイトもセイラムが隣にいてもプレイヤーと口にするようにした。さすがに大衆の前で言うには憚られるので、こういった限られた人物だけが集まった場所に限られるが。
隣でセイラムがプレイヤーと言う言葉の意味が分からず歯痒そうにしているが、もうじきその意味を知る事になる。
そんな二人の様子を見てか、キッブロスが苦笑を浮かべていた。
「無かったわけではありません。私もここに来てから300年近くこの仕事をしていますが、プレイヤーと遭遇したのは7回、その内組織に関連したであろう案件は今回を含めて3回くらいですかね。と言いましても、他の2回はここまでの威力を有する輩は出て来ませんでしたけど」
「300年も……そう、ですか」
(あれがオロンさんだったとしたら、一対一で相手出来る奴なんてNFO内でもそうそういないぞ。……未だに信じられないが)
ツェイトはあの鉄の竜人の正体をオロンというプレイヤーに仮定した場合の戦闘能力を考えて頭を悩ませた。
NFO時代のオロンと言うプレイヤーは、ドラゴン系の最高位種族にして最古参組のプレイヤーだった。
その実力はNFO内でも最強の一角。ツェイトやプロムナードが一対一で戦っても勝敗の行方が見えない程に強かったライバルの一人だ。
だからこそ、ツェイトは信じられないのだ。あれ程の強さを誇ったプレイヤーが捕まり、材料に使われてしまうなど。
(マグ・ショットなら何か知っているかも知れない。拠点に戻ってみないと分からないか)
しかし、マグ・ショットが知っていたとしたら、それはそれで残酷な事になる。
マグ・ショットとオロンはNFO内で友人同士だった。
そう、改造された友人の成れの果てを知っているかも知れないのだ。
知っていたとして、その心中は如何ばかりか。
ツェイトは一旦思考を切り替え、キッブロスへ今後の事について訊ねた。
「キッブロスさんはこれからどうされるんですか?」
「じきに弊社の者達が店舗建設の為に来る手筈ですから、その者達と交代して私も一度拠点へ戻ります。保護したお二人もお連れしないといけませんからね」
キッブロスはそばに置いた手提げ鞄(本体)をみてそう言う。
禍々しい箱の異形から擬態して小さくなった鞄の中には、件の人物達が収納という形で匿われている。
「二人は大丈夫なのですか?」
「こんな事もあろうかと、御不便にならないよう収納した空間を短期滞在できるようリフォームしてますので住み心地は保証しますよ。お二人の様子もさっき見た感じですと、問題なく過ごしてらっしゃいます」
キッブロスは本体が内部に収納したものの状態を、本体の視覚とリンクして見る事が出来るからこその発言だ。
「凄く便利なんですね、その能力」
「いやぁ、セイラムさんには申し訳ない事をしました。急ぎだったのでもの凄く簡素な部屋の中に入れてしまいましたので」
次収納される場合は素敵な空間をご提供しますね。とキッブロスがにっこりと言ってくるをセイラムは「その時は、お願いします」と苦笑しながら返していた。
「もしご予定が無ければ、お二人は先に帰られてはどうです? その後は私一人で問題ありませんので。もう遅いので、何でしたら寝場所作りますんでここで一泊されます?」
マグ・ショットからの依頼は「遺跡内部に潜伏しているプレイヤーへの接触、および保護」である。
言葉だけならばツェイト達の仕事は終了している。しかしそれを提案されたツェイトは難色を示した。
「しかし、拠点まで二人を護送していないのに仕事の完了と言うのも片手落ちな気が……」
ツェイトの認識では、今回保護した二人を拠点まで連れていく所までが依頼だと考えているので、何だか中途半端に仕事を投げ出している様で気が引けるのだ。
「ふふ、貴方は真面目な方の様だ。そう言う方は好感が持てます」
「それは、どうも」
「ですが、そこはご心配無用です。今日はツェイトさんには大いに助けられましたからね。今度は私が頑張らなくては、護衛がいないと仕事のできないお預かり係なの? って感じでちょっと肩身が狭くってですね?」
おどけながら話すキッブロスは「それに」と付け加えるとツェイトとセイラムの二人をわざとらしく見た。
「今回の仕事の件でお二人にも“積る話”があるでしょうから、ね?」
(……気遣われてしまったか)
キッブロスはこう言いたいのだろう。
クグイのプレイヤー発言で色々と誤魔化していたプレイヤーの存在がセイラムに露見したからそれのフォローに時間を充ててはどうだと。
あの短い間に自分達の様子を察してこうして配慮してくるこのプレイヤーに申し訳なさを覚えつつも感謝した。
「どうするセイラム? 何だったら村の宿で別部屋を用意するが」
まずは仮拠点での一泊について大丈夫かとツェイトはセイラムに確認を取った。そこそこ広めの小屋とはいえ、男2人に娘1人のこの状況で一拍と言うのは気が休まるか怪しい、と思っての相談だ。
「え? いや折角だからここで泊めさせてもらえばいいんじゃないか?」
……と、思っての相談はセイラムが間をおかずに了承の返事を返してきた。
良いのか? と聞こうとする前にセイラムがツェイトへやれやれと言いたげな表情を浮かべた。
「前々から思ってたけど、ツェイトは私に気を遣いすぎだ。そんな事してたら面倒だから気にしなくていいぞ。キッブロスさんの言葉じゃないけど、私なんて今回なんもしてないから一番気まずいんだぞ。……それに二人……二人? とも、私に変な事するわけじゃないんだろ?」
「誓って絶対にしない」
「勿論、そういう不逞は好みませんので。あと万が一そんな事したらツェイトさんに殺されてしまいます」
ツェイトが強く即答し、それに追随する様にキッブロスも真顔で答えるとセイラムは苦笑した。
「じゃあ、それでいいじゃないか。キッブロスさん、それでお願いします」
「はい承知しました。では準備しますのでお二人とも部屋の隅にいてください」
気が付けばセイラムがキッブロスへ宿泊する事を伝え、それにキッブロスが応じてぱっぱと準備に入ってしまった。
ツェイトは擬態している昆虫人姿の仏頂面をポカンと面食らった顔にして、一拍遅れながらセイラムの後に続いてのろのろと立ち上がって一緒に隅っこで準備が整うのを待った。
キッブロスの準備は驚くほどに速かった。
仮拠点内の中央に設置されていた応接家具類を本体の鞄が素早く収納すると、今度は鞄が二人分の寝具類一式を吐き出してひとりでに敷かれ始めた。
用意されたのはワムズの宿でも見られる敷布団一式。更にはちゃぶ台までついて、上には食事と飲み物まで乗っかっている。パンに肉と野菜を挟んだものに、コップと水の入ったガラス瓶。腹を満たすのには十分な量だろう。
「あーっと、これも忘れてはいけない」
鞄が再び開くと靄が飛び出して、ツェイト達二人の体に纏わりついた。
驚く間もなく纏わりついた靄は再び鞄の中へと吸い込まれていき、鞄は口を閉じて沈黙した……かと思いきや、目玉模様のステッカーが一枚だけツェイト達にウィンクしていた。
ツェイトがふとセイラムの方を見て気が付く、服や体、頭に付着していた土汚れが全て無くなっていたのだ。セイラムだけでなく、ツェイト自身の体も同様に綺麗になっている事に瞠目した。
「まさか……汚れを“収納”したんですか?」
「応用で出来るようになったんですよ。最初は出来なかったんですけどね。気になって練習してたらいつの間にか出来るようになりまして。吐き出しも自由自在です」
(……NFOで決まった設定以外の使い方も、この世界では出来るのか)
NFOに存在する収納と言う能力には、ここまで細かく選別する効果は無かったはずだ。しかし、この世界ではそれが出来るようになっている。
それはつまり、NFOで成長しきったアバターでもこの世界で成長の余地がある可能性を意味する。それこそ能力だけに限らず、肉体のスペックそのものだってもしかしたら成長するかもしれない。そんな可能性がツェイトの脳裏をよぎる。
(俺にもあるのだろうか)
既に成長の余地もなくなったこの体。後はアイテムの有無や今の能力を要所要所で使いこなす事でNFOの世界を過ごす事が常となっていたが、もし更に力が手に入るのならば、あるに越した事はないだろう。
最古参組のプレイヤーでも、この世界では必ずしも絶対の強さを持ってはいない。
純粋な力か、はたまた知恵による謀略か。何らかの方法で自分達は命を落とす事がある可能性を、ツェイトはこの世界に来て三度見て来た。
昆虫人の国で霊長医学機関と思しき者に操られ、暴走したアリジゴク型ハイゼクタープレイヤーのダン。
エルフの国で突如目覚めた、ツェイトも死を覚悟する程の破壊力を有する過去の文明を滅ぼした謎の遺物。
そして、このオーガの国で今回現れたNFOプレイヤー最強各のオロンと思しき鉄の竜人。
それらの脅威をうち払う為に更なる力を求める時が、いつか来るかもしれないとツェイトは予感した。
「ツェイト、これ美味しいぞ。こっち来て食べてみなよ」
「ん、ああ」
「お口に合うようで良かった。私の中に収納したものってその時点で時間が停まりますので、作り立てを入れればこの通り、作り立てをお出し出来るんですよ」
「……いや本当に便利ですねキッブロスさん」
ツェイトは夕食にありつきながらキッブロスの有能性に何度目になるか分からない感心を抱きつつ、先程考えていたプレイヤーが成長する可能性を頭の片隅に入れてその日の夜を過ごした。
翌日、キッブロスと一時の別れを済ませたツェイト達はバニオ村を後にした。
村から出てある程度距離が離れたらツェイトはセイラムを抱えて飛び立ち、村から遠く離れた街道の、そこから少し離れた山林を目指す。
目指す場所は事前に指定された場所である。ツェイト達は、マグ・ショット達がいる拠点への案内役を今回担当するプレイヤーとそこで合流するのだ。
「ツェイト、ここで良いんだっけ?」
「キッブロスさんから貰った地図だとここら辺だった筈。間違っていないよな?」
「んー……うん、ここで間違っていない、と思う」
指定された山林地帯へ到着したツェイト達。しかしそこにはまだ誰もいなかった。
脇腹の副椀を展開してその手に地図を持って見直しているツェイトが、その地図を腕から降ろしたセイラムへと見せ、セイラムも間違いないと確認した。
バニオ村を出る際キッブロスから渡された地図なので、ミスは無いと思うのだが。
「……来ないなぁ」
(時間を間違えた? いや、着けば向こうが感知して対応してくれると言っていたから、大丈夫だと思いたい、思いたいんだが……)
今回ツェイト達を拠点へ連れていくプレイヤーは、ちょうどのその近辺が行商の巡回路で、そこを通り過ぎる予定だったことから抜擢された者だ。
行商、巡回路、はてどこかで聞いた様なキーワードにツェイトは少し嫌な予感がしたが、ここにきてその気持ちが増していく。
早朝に出立してから太陽の傾き加減的に、もうそこそこの時間が経過していた。
「どうしようかツェイト、このままここに留まった方が良いのかな?」
「……最悪、バニオ村に戻ってキッブロスさんの所へ行くという手もあり――」
かも、と言おうとしたその時、ツェイトは自分達の足元近くの地面内部に突然気配を感知した。そして――
「ヨイシャホォォォォォォォイ!!」
「ぎゃあああっ!?」
なんと、地面から植物種族プレイヤーのシチブが大地を突き破って飛び出してきたではないか。
叫びながら飛び出すシチブにびっくりしたセイラムが叫びながらあらん限りの跳躍力で後ろへ跳ね飛ぶと、そのままツェイトの腕にコアラのようにしがみ付いた。昆虫人の身体的ポテンシャルがどうでも良い所で発揮された瞬間である。
「いっけなーい! 遅刻遅刻! おっす二人とも! 私だよ、おめーらの大親友のシチブだぜ!?」
「何が大親友だ、何が」
地面から飛び出して両手でサムズアップして決めポーズをとったシチブに対し、腕にしがみついたまま毛を逆立てた猫のようなセイラムの背をさすりながら、ツェイトが青白い眼光を鋭くさせて辛辣に言う。
嗚呼、やっぱりこいつか、とツェイトは半ば予想が出来た目の前のプレイヤーに少しげんなりした。
シチブは以前会った時と同じ装いの深緑のコートに同色のテンガロンハット姿だった。商人をやっている事もあって、大き目の古めかしいバックパックを背負っている事も忘れない。しかし、眼にはいつもの木製の縁で出来たサングラスの代わりにアイマスクが装着されたままである。
テンガロンハットを頭から外して、体に付いた土をそれで払いながらシチブがいつの間にかサングラスへと付け替えて笑顔で謝罪する。
その際、頭部が露わになって一本一本が花びらの様な独特な形状をしている鮮やかな赤い毛髪が目に映った。服や肌が緑色なので一層その赤色が目立つ。
「いや悪い悪い、先に着いたもんで驚かそうと思って地面に埋まってたら寝ちゃってよ。ほら、私って植物だべ? 土に包まれるのって、母の腕に包まれてるのと同じ感じがするわけよ? だからまぁ思わず寝落ちしちゃってたわけよ」
(こいつ迷彩コートで隠れながらずっと埋まってたのか……)
シチブのアバターは植物系の上位種族で、植物なだけあって地中へ干渉する能力が多い。
そのいずれかの能力で地面に潜っていたのだろうが、その後シチブの身に着けているコートの隠密能力で完全に隠れていたのだろう。ツェイトも途中まで全く気が付かなかった。
「箱のとっつぁんから連絡受けてよ、またまた私がお二人さんをまろやかに回収しに来たのさ」
「どこにまろやかさがあるのか全く分からんがな」
相変わらず訳の分からないテンションだなと、この世界でもそれを維持し続ける精神力に感心するべきか、心臓の毛の生え具合に呆れるべきか判断がつかないツェイト。
あと、箱のとっつぁんとは話しの流れ的にキッブロスもといシプレーの事だと思われる。言い得て妙な言い回しだ。
「変な事せずに待ってくれれば良かったんだ。待ち合わせ場所に誰もいないからシプレーさんの所に行くか迷ったぞ」
「寂しいことするなよ。そんな事された日にゃ土の中掘り進んでお前達を追いかけちゃうぞ」
「そういうの良いから拠点に連れてってくれ、頼むから。ほら、セイラムもそろそろ降りて」
「う、うん……」
また関所を越えるとき変なのが付属したのが露見したら、今度こそ出入国が拒否されるかもしれない。
そんな嫌な展開を想像したツェイトは、腕にしがみ付くセイラムを地面に下しながらシチブを急かした。
「まったくしょーがないなーツェイト君は―」とだみ声でシチブがコートのポケットに手を突っ込むと、前と同じように跳躍石を二人に手渡した。
二人が跳躍席を受け取るのを確認したシチブはポータルストーンを手に取って「帰還」と発動ワードを口にする。
するとツェイト達の視界が一転して、以前来た時のようにコミュニティの拠点へと転移が完了した。
「ところでお前さん達、喧嘩でもしたの?」
転移が終わった途端にシチブからのそんな質問。
「え?」と二人がシチブを見返した。
「いやよ、傍から見てっと何か二人ともぎくしゃくしてっからよ。目敏いお姉さんは思ったわけさ「ははーんこいつら風呂場で裸のまま出くわしちゃったかな!?」ってね」
「してません!」
セイラムが反射的に声を大にして否定し、ツェイトも頷いて同意した。
そんな事になっていたらもっと気まずくなっているだろう。
シチブはそんな二人を見ると肩をすくめた。
「ほ~ん、まぁ良いけどよ。喧嘩してても良い事ないから程々にな~」
「此処から先は場所分かるだろ? あばよー」と言ってシチブが拠点の中へと入ってった。
前来た時は早々に拠点から出て行ったが、今回は拠点内に用があるらしい。
賑やかと言うか喧しいと言うか、そんな人物がいなくなると今度は一気に場が静まり返った。
場の沈黙はシチブがいなくなったからだけではない。ツェイトとセイラムの二人が醸し出す空気を指摘された事への気まずさがそうさせているのだ。
(シプレーさんといい、シチブといい、そんなに分かりやすいのか俺達って)
確かにツェイトはプレイヤーの存在がセイラムに露見してからプレイヤーの事について打ち明けると約束した時から、彼女に対して気まずい気持ちがあったのは否めない。
セイラムもいつも通りにしようとしていたみたいだが、ツェイトと眼が合うと眼をそらしたり、妙な沈黙が生まれたりと普段とは違う様子だった。
「……ひとまず、マグ・ショットの所へ行こうか」
「……うん」
セイラムも、改めて指摘を受けて余計緊張しだした。表情も声が強張ってしまっている。
これはちゃんと話さないと御見ながらツェイトは腕輪を起動させて昆虫人へと擬態し、セイラムを連れて前の記憶を辿りながら拠点内の通路を通り、エレベーターを昇ってマグ・ショットの部屋へと向かった。
当作品を面白いと思っていただけましたら、評価とご感想をいただけると嬉しいです。