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紺碧の大甲虫  作者: そよ風ミキサー
第四章 【異界から来た者達】
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第49話 過去の亡霊

前回投稿したのが2月……?

主人公の戦闘回ありです。

 カメレオンの異形の口を借りて声を送る何者かは、トリナイダが動揺している姿すらその異形の眼を借りて視ているのかのように言葉を紡いでみせた。


『何を動揺しているのかね? まさかたかが700年経てば忘れらているとでも? それとも時効だとでも思っていたのかね?』


「で、デも! あナタはあノ時……ッ!」


『私は』


 声の主は、今までよりも強い語気でトリナイダの声に被せてくる。


『私は忘れない。“あの女”に唆されて貴様達が密告し、世界各国と戦わざるをえなくなったのをな』


 淡々と、しかし確かに感じる怨嗟の念が込められた声はトリナイダに対する暗い情念を隠そうともしない。


『あの戦時中に殺されていれば多少は溜飲も下がっていたが……こうしてのうのうと生きているのならば別だ』




(おかしい、増援の反応が無い……?)


 そこで今まで静観していたクグイは、この状況に嫌な違和感を感じて背筋に冷たいものが走る。

 このアバターを新たな肉体としてから何度も感じた、強烈な危険察知。おそらくはアバターの生物として備わっていたそれが、クグイに強く警告していた。


 おかしいのだ、声の主はトリナイダに恨みを募らせているのに、会話に徹するだけで次の行動を起こしていないのだ。

 敵の更なる増援も無い、斃した異形達が復活する気配もない。

 すなわち。


『死にたまえ、今度こそ、確実に』


(クソったれ!)


 直感に従い、クグイはトリナイダに体当たりを敢行。トリナイダは驚きながら、その外殻に覆われた巨体を離れた場所の壁面へと叩きつけられる。


 次の瞬間。



 赤い閃光が天井を突き破ってクグイへと降り注いだ。



「ごあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?!?」



 クグイの体を耐えがたい熱が蹂躙する。

 否、熱と言う表現すら通り越した神経を破壊する程の衝撃だ。


 暗がりの通路内を一瞬で赤く染め上げた光が数秒後に止むと、通路は設備が吹き飛んで瓦礫が転がり、高熱が一帯を蝕むように広がる灼熱の空間が出来上がっていた。

 光が降りた天井は遥か上、山の地下に造られていた筈の遺跡を、その遺跡を内包していた山すら貫いてぽっかりと空の明かりが見えるようになってしまった。



「う゛、が、あ゛、あ゛」


 トリナイダを突き飛ばして光の中心地にいたクグイの姿は、先の光の熱を余す事無く浴びて全身が焼け、至る所が炭化しながらその場に蹲っている。

 ズタ袋を被っていた頭部は先の光で焼けて消え、その素顔が露わになった。


 露出した筋肉の上から白い骨格が仮面のように頭部を覆い、口元は歯が剥き出しになっている異形の相貌。

 骨格の仮面の奥に見える濁った眼が、痛みに耐えるように歪んでいる。


(な、何だこの威力……このアバターの体を焼き貫いたのかっ!?)


 クグイは己の体の重症度合を確認して、痛みに苦しみながら驚愕する。

 山中地下にある施設の下層部へ、恐らく山の上からと思しき位置から、NFO内でも上位水準のステータスと装備で固めていたこの身を狙い撃って見せるなど、今のクグイには予想だにしなかった事態だった。

 クグイが身に着けていた衣装はみすぼらしくも、その性能は並大抵ではない。

 元々高性能だった装備に可能な限りの効果と耐性を付与して同格以下のプレイヤーやモンスターの攻撃ではびくともしない防御力を獲得している、筈だった。



『アレを庇って、尚且つまだ生きている。存外に頑丈だな』


 煙が立ち込める中であの声がまだ響く。

 音声の媒体に使われている異形は未だ生きているらしい。


 クグイは焼き焦がされた体に無理をして立ち上がる。

 だが、その動きは精彩を欠いていた。痛みはもとより、全身を焼かれたダメージが身体機能を著しく損壊させているのだ。

 クグイはちらりとトリナイダのいる場所へ白い骨格で覆われた異貌を向ける。

 庇うためとはいえ体当たりで壁に叩き付けてしまったが、全身の分厚い外殻が彼女を守ったようで、瓦礫を取り払いながら姿を露わした。


(どうする! このままじゃトリナイダさんとまとめて狙い撃ちにされる!?)


 せめて彼女だけでも逃がせれば。そう思うクグイに相手は待ってはくれなかった。


『ならばもう一撃は耐えられるかな? この遺跡ごと消し飛ぶがいい』


(まだ威力が上がるのか!?)


 無慈悲な再殺宣言にクグイの脳裏に死がよぎる。


「トリナイダさん! 逃げてくれ!!」


『今度こそ、さらばだ』


 回避の手立てがなく叫ぶクグイに絶望が空から赤い光とともに落ちてくる。

 死の間際に生じた極限状態が、周囲の動きを遅く感じさせる。


 クグイが炭化した手をトリナイダへ伸ばすが、血の色にも似た光が無情に染め上げていった。









 遺跡の遥か上空、そこに一体の異形が轟音を上げて宙に浮いたまま、今しがた己が放った光の着弾地点を見下ろしていた。


 その姿は、人の形をした5m近いの鉄の竜といった風体だ。

 金属のような重厚な外殻はどこか重鎧のように無機質じみているが、その外殻の隙間から覗く脈動する赤い筋繊維はこの存在を生物ではないかと思わせる。

 両の肩は肥大化しており、四本の指を備えた腕には追加で取り付けた様な黒い装甲があり、槍の穂先のような器官と赤い水晶体が備わって何かの機能を備えた装備に見える。

 背面から伸びる二つの翼のような金属製の器官は羽ばたいているわけでもなく、その器官と背面や肩、脚部にまで取り付けられた黒い装甲が放出する炎よって推力を生み出し、鉄の竜人を浮かせているようだ。

 頭部もまた金属製の外殻で覆われ、眼球があったであろう箇所には赤く丸い水晶体が二つ収まり、感情が全く読み取れない無機質さを醸し出していた。



 鉄の竜人から見下ろす遺跡のあった山は、その山体に赤黒く焼けた大きな穴が出来上がっていた。

 標準先はクグイとトリナイダがいた地下の遺跡内部。鉄の竜人は寸分たがわずそこへ撃ち込み、この赤黒い熱が立ち込める穴の一部へと変えて見せた。


 しかし鉄の竜人は微動だにせず、もうもうと黒い煙を立ち昇らせる山体の穴をその感情の見えない丸い水晶体の眼部で見つめている。

 それはまるで、注視しているようにも見えた。



《アガルファイド、迎撃態勢をとれ》


 鉄の竜人――アガルファイドの頭の中に声が届く。

 遺跡内部でクグイ達に声を送っていた男のものだ。

 声の主は、上空に待機していたアガルファイドへと指示を下してこのような惨状を生み出したのだ。


 しかし、何故かその声の主は苛立たしげだった。


《邪魔が入った。目標を回収した後一人だけしんがりに残った奴がお前の方へ向かった。叩き潰した後奴らを追いかけろ、この一帯を焼き払っても構わん》


《――了解》


 声の主へ返事をして鉄の竜人が身構えると――――それは山を突き破って現れた。

 飛び散る岩や瓦礫、土砂とともに空へと跳びあがったのは青い外殻を身に纏ったカブトムシの巨人、ツェイトだった。







 ツェイトは山を突き破って空高くまで跳び上がると翅を広げて飛翔、アガルファイドへ拳を握って接近する。

 アガルファイドが腕を前に構えると腕部の黒い装甲に備わった赤い水晶体が発光。赤色の熱線をツェイト目がけて放った。


「またこれか!」


 既視感のある攻撃にツェイトは横へ転がるような軌道をえがいてその熱線を回避。

 次々と連射される熱線をツェイトは同じような要領で回避しながら上空へと昇る。


(この間の奴より弾速が遅い?)


 以前エルフの国で戦った遺物の放つ熱線はこれよりも早く、空へ飛んだツェイトを捉えて翅を焼き切ったほどだが、鉄の竜人が放つ熱線はツェイトでも回避できる程度の速度だ。

 加速したツェイトはアガルファイドへとついに肉薄、振り上げるような勢いでアッパーカットを相手の胴体へと振り上げた。


 だが、アガルファイドはその一撃に合わせるように片腕で防御を行い、凄まじい激突音を生じながらも防いでみせたのだ。

 防いだ際の衝撃でアガルファイドはツェイトから大きく距離をとると、両肩の黒い装甲が展開、中から筒状の物体が大量にせり出してきた。


「対空防御」


 アガルファイドの冷淡な声とともに筒状の物体が一斉に射出。曲がる軌道を描きながらツェイトへと殺到した。


(今度はミサイル? だが!)


 ツェイトはそれを躱さずにそのまま直進。筒状の物体がツェイトの体に直撃すると爆発を起こし、ツェイトは爆炎の中に飲まれていく。

 しかし、ツェイトは爆発の中をものともせずに突っ切り、翅を最大速度に加速させてアガルファイドへ肉薄する。


 それに合わせるように、アガルファイドも全身の推進器官から炎を噴射して加速、腕を構えてツェイト目がけて突っ込んだ。


 ツェイトとアガルファイドの拳が交差し、互いの顔面に叩き込まれ、その衝撃波が大気を震わせた。


「ぬっ!?」


 その直後、アガルファイドの腕から煙が鋭く吹くと同時にツェイトの頭がドガンと音を立てて仰け反った。その分厚い兜のような頭の側頭部には、何かがめり込んだような凹みが出来ている。

 よく見ると、ツェイトの顔面を殴ったアガルファイドの腕の黒い装甲に備え付いた槍の穂先のような器官が、まさに槍のように伸びていたのだ。


(パイルバンカー(釘打ち機)か!?)


 先の一撃の際、アガルファイドの拳がツェイトの顔をなぐった瞬間に追撃で先の槍状の器官がその顔面を貫かんと射出されたのだ。

 ツェイトは外骨格の頑強さと厚さで難を逃れたが、武器の殺意の高さにヒヤリとする。


「この…!」


 ツェイトの頭部外骨格は即座に再生し、腕を振るってアガルファイドの腕を跳ね上げると、鋭い突きのように腕を伸ばしてアガルファイドの首を掴み上げた。


「……!?」


「こいつはどうだ……!」


 ツェイトの角が青白い稲妻を迸らせると全身が激しく発光、瞬く間に周囲一帯を覆い尽くすほどに広がった。

 今のツェイトが放てる最大出力の電撃だ。雲を吹き飛ばし、大気を焼かんとする程に暴れ狂い、その衝撃波が大地にまで到達して木々や岩が吹き飛ばされて飛んでいく。


「ギっ!? ¢△Σ&●×!?!?!?」


 大出力の電撃を直に流し込まれたアガルファイドは内部神経を蹂躙されているのか、全身を激しく痙攣させながら暴れだした。


 十秒以上繰り出した大放電が止むと、ツェイトが掴み上げたアガルファイドは全身から煙をあげ、至る所からバチバチと火花が散っている。

 

 倒したのか? とツェイトが注意深く観察していると――――仰け反っていたアガルファイドの首が勢いよくツェイトへ向き、その口部が展開する。中は金属で形成された牙が並び、その奥に砲口のようなものが一瞬見えた。


(まずい)


 嫌な予感がしたツェイトは全身に稲妻を纏わせて力をみなぎらせ、その剛力で以てアガルファイドの顔を無理やり上に向かせた。


 ほぼ同じタイミングで、空が赤く染め上げられた。

 アガルファイドの開いた口部から、眼が痛くなるほどに赤く眩しい巨大な熱線が空へと放射されたのだ。


「こいつ、まだこんな力が……っ」


 口から放たれた熱線の光景にツェイトが眼光を鋭くさせると、熱線を吐き続けるアガルファイドの顔面を雷撃を伴った腕で殴りつけた。

 その一撃でアガルファイドの顔半分の金属の外殻が砕け、吐き出していた熱線が止んでいく。


 このまま首を握りつぶしてやろうか、とツェイトの手に力が入りかけたが、それが出来なかった。


「!?」


 改めてアガルファイドを見たツェイトは、驚愕して青白い眼光を見開いた。

 今のアガルファイドの頭部は金属質の外殻が砕けて中が顔半分露出した状態だった。

 眼は赤い水晶体のままで、幾分か様変わりしていたが中から露出した顔はツェイトにとって見覚えのある顔だった。



「……“オロン”、さん?」 


「緊急離脱」


 ツェイトの呼びかけに答えず、アガルファイドは拘束が緩んだ隙をついて振りほどいて距離をとる。

 そして足元から光る円陣を浮かび上がらせると、その光の中へと消えていった。


 光とともに消えていく鉄の竜人へツェイトは伸ばしかけた手をそのまま中空に彷徨わせたが、のろのろとおろす。

 ツェイトは今、先程の鉄の竜人の存在に混乱していた。


(似ていた、オロンさんに。他人の空似か? いやしかしあれは、まさか……そう言う事なのか、マグ・ショット)


 以前この世界に流れ着いたプレイヤー達の集団を纏めているプレイヤーから聞かされた「プレイヤーを材料にして自分達の戦力を増やしている」と言う事。

 この世界では自分達プレイヤーは一際強い力を有しているようだが、それが仇となって格好の材料扱いなど冗談ではない。


(マグ・ショットに、訊かなければ)


 ツェイトは翅を羽ばたかせて地上へと向かい、現在避難しているキッブロス達の元へと山林の中へ向かって行った。







(確かここらへんにいるとか言っていた様な……)


「あ、ツェイトさんこっちですよー!」


 地上に降り立ち事前に決めていた集合場所の山林地帯を歩いていたツェイトに、ソラボックの男性に擬態したキッブロスが手を振って呼んでいるのをツェイトが見つけて歩み寄る。

 彼の足元には大きな穴が開いており、そこから這い出てきた事が分かる。地中の中にいた割にはキッブロスの身なりは小奇麗なままだが、“本体”が直接地面から出て来てから擬態を出したのだろう。


「キッブロスさん、御無事でしたか」


「一目散に逃げましたからね。ツェイトさんこそ、大丈夫でしたか? 空で大分戦りあったようですが」


「あぁ、それは……」


 ツェイトはオロンの事を話すべきか躊躇してしまった。

 キッブロスもまたプレイヤーだ。プレイヤーと敵対している件の組織、セイラムを狙う者達については話は皆通っているようだし決して他人事ではない。


「キッブロスさん、この案件が終わったら会長の元へ向かいますか?」


「えぇ、“保護したお二人”を会長の元へ連れて行くのも私の役目ですので」


「でしたら、そこで話しましょう。マグ・ショットにも話しておきたいので」


「成程、“そういった”案件ですか。でしたらこの場で喋るのは止しておきましょう」


 ツェイトとの会話の流れからキッブロスはすぐさま理解して話題を切り上げた。

 こういった場の空気を読む能力なども交渉や営業として抜擢された理由なのだろう。

 その気配りに甘んじて、ツェイトはもう一つの、というより今回の本題について切り出した。


「皆は無事ですか?」


「ご安心を、皆さんは此方です」


 そう言って指差すのは、キッブロスの本体が擬態している鞄。

 キッブロスの言葉の意味を理解しているツェイトは、とりあえず安堵のため息をついた。


「彼の方はどうでしたか? かなり重傷だったように見えましたが」


「それなら“収納”する際に回復薬をしこたま飲ませましたので完治してますよ。今はお連れの方と身を寄せ合っています。あっと、セイラムさんもご無事ですよ? 気まずそうにしてましたけど」


「……初対面の異形種と同じ部屋にさせられたらそうなりますか」


 ツェイトはセイラムの現状を想像してちょっと憐れんだ。

 見ず知らずのモンスターみたいな存在2体と同じ空間に放り込まれれば、普通は気まずいなんてものではないだろう。下手したらパニックものだ。それでも気まずいだけで済んでいるのは、セイラムに異形種族への耐性がついてきている事を証明していた。

 後で何か慰めておこう。キッブロスの話を聞いてセイラムへのフォローをおいおい考えておこうと決意したツェイトは、保護した二人の対応を訊ねた。


「このままマグ・ショットの所へ連れていくのですか?」


「いえいえ、幸い時間はありますので、ここは誠意を見せましょう」


 そう言ったキッブロスの本体――鞄がひとりでに開くと、明らかに鞄の面積を超過するほどに大きな物体を三つ吐き出した。


「んが!?」


「うおっ」


「っ!?」


 プレイヤーとその連れの異形は問題なく着地できたが、セイラムだけ顔面から着地して素っ頓狂な声を上げていた。

 顔を押さえて悶絶するセイラムに慌ててツェイトが駆け寄ると、副腕の収納部にしまっていた手拭を副腕ごと出してセイラムに渡した。


 プレイヤーと連れの異形は呆然と辺りを見回している。


 事の経緯はこうだ。

 遺跡の外からツェイトが高速で掘り進みながら進んでいる最中、キッブロスが遺跡内部に異変を察知、対象のプレイヤーが別の集団と戦闘に入ったのに気付いたのだ。

 悠長にしていられない状況だと悟ったキッブロスが「これは横合いから掻っ攫ったほうが良さそうですね」と提案し、ペースを速めるためセイラムをキッブロスの手で“収納”してもらい、そこから更にペースを速めて掘り進むツェイト。

 掘り進んでいく内にプレイヤーの方へ遥か上空から高熱が照射されるのをキッブロスが察知、まだ生きている事も察知したがいよいよ不味くなってきたとツェイト達が急ぎ、プレイヤー達の足元からツェイト達は到着。

 驚くプレイヤーを他所に、プレイヤーと彼が庇っていた異形を問答無用でキッブロスが収納するとキッブロスは単体でその場から魔法による転移で離脱。ツェイトだけが残り空から降り注いだ熱線を防御で凌ぎ、山を突き破って上空の敵へと戦いに挑んで今に至ると言うわけだ。


「どうもお二人とも、調子はいかがですか? もし気分がすぐれなかったりしたら仰ってくださいね?」


 プレイヤーと連れの異形が呆然としている所へ、キッブロスが二人の前へと近づいて来た。

 それに一瞬身構える二人だが、他のツェイトやセイラムの様子やこれまでの事から敵意が無いと分かったのか構えを解くが、それでも向けてくる眼差しが懐疑的なのが異形の男の心境を現わしていた。


「……どうして俺達を助けたんだ?」


「ツェイトさんから聞いておりませんか? 貴方がたを保護しに来たのです」


 キッブロスの言葉にプレイヤーの男は異形の顔を顰めながら、自分よりも小さなソラボックに擬態したプレイヤーを見た。


「プレイヤーの俺を、か? お前達プレイヤーが利用するためではなくか?」


「……プレイヤー?」


(……まぁ、言うか。口止めしてたわけでもないからな)


 ツェイトは額から伸びる触角をピクリと動かすセイラムの反応を見ながら、このプレイヤー発言に半ば諦めた様子でいた。

 出会って間もないプレイヤーの男は此方の事情を知っているわけでもないし、友好的な間柄でもないから気持ちを汲むわけもない。キッブロスがあの場で収納した状況で事前に口止めをするなんて事も出来まい。

 そうやって色々と考えていくと、セイラムにプレイヤーの事を隠し通すのは無理があるのだ。

 今後もそんな事をまわりのプレイヤー達に頼んでしてもらうのは流石に迷惑がかかるし、無理にごまかして不和の原因となるのも馬鹿馬鹿しい。

 ツェイトはちらりと横にいるセイラムを見ると、男が口にしたプレイヤーと言う言葉に怪訝そうな顔をしていた。


(潮時だなこれは)


 そう結論付けて、ツェイトはキッブロスとプレイヤーの男のやり取りを静観した。


「可能な範囲で協力していただきたいとは思っています。ですが無理強いは出来ません。あくまで双方に理があるからこそ協力し合う形をとっていきたいのです。そうでなければ、こちらのツェイトさんのような最古参組の突出した力を持つプレイヤーを迎え入れても、その先にあるのはプレイヤー同士が争う地獄絵図になってしまいます」


 キッブロスも異形種プレイヤーの発言からプレイヤーと言うワードを隠す事を諦めた様だ。

 そしてそれとなく話題をこちらに振るようにキッブロスが視線を向けてくる。その眼には器用にも謝意が込められていたのをツェイトは見た。


 話題を振られたツェイトは、自分なりに彼らへの説得を試みる。


「私はまだこのコミュニティと関係を持つようになって日が浅いですが、信じて良いと思います」


「それを証明できるものは……あるのか?」


 ここで気を付けなければならないのは、今この場で立場が優位なのはツェイト達だと言う事だ。

 それをひけらかす様に自分達の優位性を主張して高圧的に話すような言い方は、相手と信頼関係を築いていく際絶対にやってはいけない事だ。少なくとも、自分がそんな事をされたら友好関係を築くどころか敵対関係を視野に入れてしまいたくなるとツェイトは思う。

 いま必要なのは、彼らの事を理解し、本心で彼らを保護したいと言う気持ちを伝え、自分達の所へ来た際のメリットやデメリットを提示し、それでいて強制しない、と言った所だろうか。


(言うのは簡単だが実行するのが難しいんだよな……)


 こと口達者とは縁遠い男であるツェイトはこういう交渉ごとの話になると、足がすくむような錯覚を覚える。

 しかし、やらねばならない故にツェイトは思考を巡らせ、ある事を思い立って言葉を紡いだ。


「……霊長医学機関という組織はご存知ですか?」


 ツェイトはあの鉄の竜人の存在から、自分達と因縁浅からぬ関係となった霊長医学機関の存在を感じた為口にしたのだが、プレイヤーの男、というよりも、その連れである異形の女性の方が動揺を見せたのだ。

 貝類と甲殻類が混ざり合った様な大きな異形はその大きな体を震わせると、シャコガイのような胴体の奥から女性の声が漏れ出て来た。


「ドうシて……そレを?」


 疑念と言うより困惑が大きい声が、何故その組織の名を口にしたのかと問うていた。


「……私はこちらの連れのセイラムと一緒に、その組織の残党と思しき者達に狙われています」


 鉄の竜人やプレイヤーの連れの異形の女性、そして霊長医学機関の名前を出してからの反応を見るに、何か関係があるのではと見て話を切り出した。

 不安そうに見上げてくるセイラムをツェイトが「大丈夫」と一言いうと、プレイヤーと連れの異形へ話を続けた。


「私達二人だけに限らず、あのコミュニティはその組織と敵対しています。今まであの組織に襲われて、その餌食となったプレイヤーもいると聞いています。そういったプレイヤー達が出ない為保護と、我々がこの世界で生きる為に助け合う相互扶助を兼ねた集団が、私達の属しているコミュニティなのです」


 ツェイトの説明に、二人の異形は口を閉ざして思案しだした。

 次に男のプレイヤーがツェイトへ質問する。


「そこに俺達が保護されて、入ったとしてだ。俺達に何か不利益は? 無いわけではないだろ?」


「集団である以上約束事はあるでしょう。あと、コミュニティ全体で活動する事もあるのでそれに対して協力を頼まれる事もあると思います。私がこうしてこの場にいるのも、そのコミュニティの代表からの依頼でこちらのキッブロスさんの護衛として来たのです。ただ、私が行ったことのある拠点内の住人達を見る限りでは、誰かを陥れたり、和を乱すような変な性格の人種はいないように思えます」


 ツェイトはプレイヤーの男とのやり取りで何となく察した事があった。


(この人、多分この世界に来てプレイヤーに騙されて酷い目に遭ったんだろうな)


 NFOの頃にもそう言ったプレイヤーはいた。

 何も知らないプレイヤーを騙して陰惨な仕打ちをする悪質なプレイヤーが存在し、そういった輩に散々な目に遭わされた結果誰も信じられなくなり、最終的にはNFOを早期に引退してしまうのだ。

 このプレイヤーの男も、そうやってこの世界で同じようにやってきたプレイヤーに陥れられたのだろう。

 プレイヤーと言う存在へ過敏に反応し、警戒し、懐疑的になる。その態度の裏側にはそう言う事情が推察された。


(一度マグ・ショットと話をさせれば……いや、そうなると拠点まで連れていかなきゃならなくなるから警戒されるのか。どうしたものかな)


 一旦言葉を切って、ツェイトは二人から返事が来るのを待った。

 延々と説明するだけでは相手に伝わらない。相手から返って来る言葉も理解し、それに適切な返答をして、それを繰り返しの果てに交渉は成り立つとツェイトは考えている。一方通行な言葉の押し付けなど押し売り商売みたいなもので、嫌われるだけなのだ。


 プレイヤーの男は顔を俯かせ、白い骨格で形成された仮面のような顔の濁った眼を細めて思案し続けたままだ。

 背中から伸びる四つの背骨のような形の触手が、本人は無意識なのかうねうねと動いている。


 キッブロスも言葉を加えるのではなく、様子見に徹したようで何も言わずに二人を見守っている。




「……貴方達ノ代表ニ、会う事ハ出来マすカ?」


 プレイヤーの男がどんな返答を告げるのか固唾をのんで 巨大な2枚貝に本体を覆った異形の女性が口を開いた。

 予想外の行動だったのだろう、プレイヤーの男は濁った眼を見開いて異形の女性を見た。


「トリナイダさん?」


「クグイ、ゴメんナさい。でモ、こノマまではいケないワ」


 所々音程が飛んだ発音で異形の女性――トリナイダが困惑するプレイヤーの男――クグイへと謝罪する。


 トリナイダの問いに答えたのはキッブロスだ。


「それは、保護の件について直接代表へお聞きしたいと言う事ですか? それとも、例の組織の件についてですか?」


「組織ノ事にツイて。でモ、最終的ニは貴方達ノ所でオ世話にナル事も考エてイます」


「トリナイダさんそれは……っ」


「クグイ、多分こノ人達は大丈夫ヨ。モし本当ニ私達ヲどうにカするのナラ、私達をこウシて解放シナイし、そコの蒼い人にやラれていると思うワ」


 違イまスカ? と巨大な二枚貝が向いたのはキッブロスの方だ。

 キッブロスは真剣な表情でその問いに頷いた。


「お察しの通りです。我々はそちらのクグイさんのような方へ保護の提案をしますが、場合によっては意見が合わずに敵対関係になる事もあります。今回の場合、もしあなた方が交渉の余地も無く敵対してくるのならば、ツェイトさんに制圧していただく予定でした」


 そうキッブロスの説明を聞いたクグイが顔を強張らせながらツェイトを見る。

 クグイはNFOの頃のツェイトを知っているらしい。ならばNFOの能力が十二分に使えるこの世界でツェイトと敵対したらどうなるのかを想像したのだろう。


「ですが勘違いしていただきたくないのは、もし我々の提案が受け入れられず交渉が決裂したからと言って、貴方がたに危害を加えたり束縛するような事は望みません。力を振るうのは、あくまで自衛のためです。まぁ今回はそれが功を奏したみたいで、あの遺跡を空から攻撃してきた者はツェイトさんが撃退しました」


 そう説明するとプレイヤーの男は濁った眼を見開いてツェイトを凝視した。異形の女性も分かりづらいが、二枚貝状の外殻の口部分が同じくツェイトに向けられている。


「どうか、我々に保護されてはいただけませんか? これ以上あの組織に我々プレイヤーが捕まって、研究材料にされてしまうのは御免こうむりたいのです」


 キッブロスの言葉を最後に、再び沈黙が広がった。

 そして、大きなため息がクグイの口から吐き出された。


「……本当に、信じていいんだな?」


「決して、悪いようには致しません。見た所、貴方は自ら進んで悪事に手を染めるような方ではなさそうだ。」


「……そちらの代表の名は?」


「サークルコネクションのコネクションヘッド、マグ・ショットとお伝えすればご存知ですか?」


「…………そうか、あそこのギルド長か。ひとつ約束してくれ、トリナイダさんの安全は必ず守ってくれ」


「承知しました。でしたら、この後お二人には拠点で代表とお話していただく事になるでしょうから、そこで私も同席しますからそうお伝えします」


「……お願い、します」


 キッブロスの返答を聞いたクグイの口から大きなため息が吐き出され、重い荷物を下ろしたような表情を異形の顔に浮かべた。


 「こちらこそ提案に乗っていただきありがとうございます」とキッブロスが二人に礼を言うと、申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「さて、ではお二人には……大変お手数なのですが、また私の“中”に入っていただけませんでしょうか?」


「それは、俺達を表に出すと危険だって事か?」


「そうなんです。実は我々が貴方がたへ接触したのは、この遺跡の近くの村でこの遺跡に危険なモンスターが現れたという報告がクエスターからもたらされたのが発端なんですよ」


 思い当たる節はありませんか? と問うとクグイは思案し、思い出したように顔を上げた。


「……そういえば、最近オーガだけで組まれたクエスターのチームが来たから威嚇で追い払った事があるが……それか?」


「えぇ、まぁ。それでその村が近いうち町へ開発が行われる予定なのですよ。その際我々が表社会で活動するための隠れ蓑にしている商会がそこへ支店を構える予定でして、それ経由で入手した目撃情報からプレイヤーの可能性を察知して我々が向かったというわけです」


「なるほど、そういう……いやまてよ、店? 会社でも起ち上げてるのか?」


「はい、弊社オービタル商会と申します。そこの会長は我々の代表が姿を偽って務めておりまして、これが私の名刺です」


 見終わったら返してくださいね。と言ってクグイに渡すと、何だか素っ頓狂な表情でその名刺を見ている。

 そして名刺をトリナイダに見せると二枚貝状の外殻が少し開いて中から桜色の触手が2本伸び、それを摘まむ様に取って外殻の入り口へと持っていき、どうやらそこから本体が見ているらしい。見終わるとそのまま触手を伸ばしてキッブロスへと返した。


「ですので今回の件につきまして一度村へと戻って報告を済ませてから我々の拠点へとご案内する形となります。私の中へ一旦お預かりする際、食料や家具類などをご用意しますのでご自由にお寛ぎください。あ、ちなみにお二人は先の戦いの余波で消し飛んだことにして誤魔化しますので、ご了承いただけると助かるのですが」


「あぁ、うん。それは別に、よしなに取り計らってくれればいいと思う」


「承知しました。ではさっそく取り掛かりましょう」


 そう言うと、ツェイト達の側にあったキッブロスの鞄(本体)が擬態を解いて本来の四脚付の大きな禍々しい箱の異形――パンドラの箱へと姿を変えた。

 キッブロスもとい、シプレーの姿にトリナイダは驚いたのか、節足を動かしてクグイへと身を寄せた。クグイの方は、納得した様子でシプレーの姿を見ている。


「では“収納”しますので、そのまま動かないでくださいね」


 本来の成人男性の声でそう告げると、シプレーの上蓋がひとりでに横へとずれた。

 そこから覗くシプレーの中は黒い靄のようなものが満載して何も見えない。

 セイラムがおっかなびっくりとその中を遠目に覗こうとつま先立ちで見ていた時、それは起こった。


 シプレーの箱状の中から黒い靄が溢れ出し、意志を持つかのようにクグイとトリナイダを包み込むと、それを一気に箱の中へと吸い込んでしまったのだ。


「私、ああやって吸い込まれたのか……」


「すまなかったな、急に入れられて驚いただろ?」


「……実はさ、ツェイトと初めて会った時よりかはマシかなとは思ってた」


「…………そうか」



 ツェイトは何だか気まずくなりながら、二人を吸い込んだシプレーを見た。


 シプレーのアバターである擬態系モンスターの中には「収納」という能力を身に付ける種族がいる。主に袋や収納系の家具などに擬態する者達だ。

 それはアイテムだったり、成長すればモンスターやプレイヤーまでも自身の体内へとしまい込む事が出来る能力だ。

 最初は自分の中にアイテムを他よりも多くしまい込める収納ボックス的な扱いなのだが、この能力が成長すると収納したモンスターを別の場所へ解き放ったり、収納した仲間プレイヤーを運搬して奇襲させたり、大量の攻撃系アイテムを満載にして戦闘の際に一気にぶちまけて周囲に大破壊を巻き起こしたりと色んな用途に使える能力なのだ。

 勿論収容量には限界があるが、嘘か本当か、極めれば野球スタジアムくらいの容量があるのだとか。なので商人職のプレイヤーと組んで商売に関わる擬態系モンスターがいたりするのだ。


(なるほど、確かにこの能力があればプレイヤーを穏便に連れていけるな。シプレーさんは適任だ)


 今回の様に色んな理由で世間に出られないプレイヤーの場合、一旦シプレーの中に収納すれば周りの目を誤魔化して連れ歩く事が出来るのだ。

 他にもシプレーは擬態系最上位種のパンドラにまで上り詰めた最古参プレイヤーだ。並の戦闘能力ではあるまい。


「なぁ、ツェイト」


「うん?」


 想像以上に頼もしかったシプレーに感心していたツェイトだが、セイラムに呼ばれて振り返る。

 そこには、何か思いつめた表情のセイラムがツェイトを見上げては俯き、そしてまた見上げるという挙動を繰り返していた。

 しかしツェイトと眼が合うと。




「プレイヤーって、何だ?」


 意を決した顔となって例の言葉について意味を訊ねて来た。

 来るであろうと想定していた質問が来た事に少し緊張したツェイトが身を屈め、青白い眼光でセイラムを見た。


「セイラム、この仕事が終わった後にその件で話したい事がある。いや、打ち明けたい事があるんだ。それまで少し待ってくれないか?」


「……分かった」


 ツェイトの真剣な様子に何かを悟ったのか、神妙な表情でセイラムが頷いた。

 マグ・ショットからの依頼はひとまずの終わりを見たが、ツェイトにとってはこれからが問題だった。


 今まで有耶無耶に誤魔化してきた己の素性。

 異なる世界から流れ着いた漂流者であると打ち明けて、果たしてセイラムはどう受け取るのだろうか。

 ツェイトは戦闘の時とはまた違う緊張感を持ってバニオ村へと戻っていった。

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[一言] 更新お待ちしておりました 焦らずにマイペースで投稿してください
[良い点] トリナイダさんの触手かわいい。 人外の細やかな所作が自然に描写されるので癒されます。 [一言] 敵、魅力的な人外を殻で覆って運用するなんて許せない……良い具合に極悪非道で、この先に何が待ち…
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