第47話 遺跡に潜むもの
キッブロスことシプレーが自分の正体を明かした後、ツェイト達は早々にバニオ村の村長の屋敷へと向かっていた。
急ぎの事態らしく、今の内に済ませられる事は済ませてしまおうという考えらしい。
(シプレー、シプレー……はて)
擬態を解いてハイゼクターの姿で歩くツェイトは、シプレーというプレイヤーの事について思い出そうとしてみたが、どうにも記憶に該当する人物が思い当たらなかった。
(何か引っかかるな……何だったか)
しかし、名前は思い当たらずとも擬態系モンスターの最古参組、という点についてツェイトは何かが引っ掛かった。
どこかで冒険していた時にでも出会ったか、それとも大規模戦闘イベントで敵対でもしたか。後者なら大多数のプレイヤーが入り乱れる混戦状態なので、はっきり覚えていない場合もあり得た。
こうしてプレイヤー同士がすぐ近くにいて、険悪な仲と言うわけでもないのに未だにNFOに関わる話が出来ないでいるこの状況がツェイトにはもどかしかった。
当のシプレー――今は疑餌を操ってキッブロスを演じている男はというと。
「――“フィブロス”? 何ですかそれは?」
「おやセイラムさん、ご存知でない? この国伝統の格闘技ですよ。主に殴る、組み合う、投げるの三つの要素を駆使して力自慢のオーガ達が決められた場所で激しくぶつかり合うんです。国内のいろんな場所で大会が開かれましてね、実はこの村の村長さんも多くの大会に参加して優勝した事もあるんですよ」
「凄い人なんですね。でもそんなに強いなら国に召し抱えられたりしないんですか?」
「実際そういう方もいらっしゃいますね。ですが村長さんは元々村長の家系の方だったのでそちらを優先されたそうです。それとこの国の町村や都市を治めている方々は皆フィブロス経験者が多いんですよ。国民の気質的な所もあるようでして、力がある方がよく見られますから自分の評価を上げるために大会に出て優勝を目指す名家の方なんてのもいらっしゃるくらいですからね」
「へぇ~、長者の人達も大変なんですね」
セイラム相手に世間話に興じていた。どうやらこの国の文化についてガイドの様に説明しているようだ。
国内の、それこそ故郷の山村近辺くらいしかあまり知らない田舎育ちのセイラムにはそれが面白かったようで、興味深く聞いている。
(早いな、もう仲良くなったのか)
異形の存在である事を説明した当初はぎくしゃくしていたのだが、キッブロスが親しげにあれやこれやと話題を振っていたのが功を奏したようで、セイラムも徐々に気にする事無く会話ができるくらいの仲になっていた。
キッブロスの話術が巧みなのか、セイラムの順応が早いのか。
いずれにせよ馴染んできているのは良い事だ。これからもプレイヤーとの交流が増えるであろうから、こうやって異形への免疫を高めてくれるのならば今後もやりやすくなるので、ツェイトにとって良い事なのは間違いない。
そうして到着したのは一際大きな一階建ての屋敷だ。
見るからに頑強そうな石材と金属でがっちりと造り込まれた屋敷はオーガの規格からしても広く、極めて無骨な外観をしている。オーガの文化に疎い者がそれを見たら、何か軍事に関わる施設と勘違いするかもしれない。
入り口の扉はハイゼクター姿のツェイトでも余裕を持って入れるほどの大きさだ。建物自体はあまり飾り気がないものの、手入れが行き届いているのか周りに汚れやゴミと言ったものは見当たらない小奇麗さがあった。屋敷の関係者らしき壮年のオーガの男性が入り口の近くでゴミ掃き掃除をしているのだが、ツェイトに気が付くと目を丸くして見てくる。
屋敷の中へと通じる扉の高さがツェイトの角よりも高く、ツェイトが軽々と中へ入れそうなその建物をセイラムと一緒にぼんやりと眺めていると、キッブロスが掃除をしているオーガの男性に声をかけた。
「こんにちわ。村長さんいらっしゃいますか?」
壮年のオーガは声をかけられた相手に気付いてその巨体で見下ろすと、相手が何者か気が付いてオーガ特有の厳つい顔で気安げに笑いかけて来た。
「んお? おぉあんたかい。ビッゼイさんなら中にいるぞ。声かけて来るからちょいと待ってくれ」
掃除道具を隅に置いて壮年のオーガが扉を開けて屋敷の中へのしのしと入って行き、少し経つと壮年のオーガが戻って来た。
「客間にいるからそのまま入ってくれとさ」
「どうもです。ではお二人とも、行きましょうか」
掃除に戻る壮年のオーガと入れ替わるようにツェイト達が扉をくぐる。
その際、角が引っ掛からないかと心配していたが、触れる様子も無くすんなりと入れた事に感心しつつ、ハイゼクターの姿のまま屋敷の中へと入って行く。
中は無骨な外観とは裏腹に、毛織物で出来た敷き物や壁飾り等、この国の文化特有と思しき装飾品で飾られていて思いの外洒落っ気があった。
家具類などはオーガが使う事を前提にしている故か、金属だったり石材だったり、または両方を組み合わせた頑丈なものが見受けられる。
屋敷の玄関を入った先には広い居間があり、そこを数人のオーガの女性達が世間話をしながら掃除をしていた。
女性のオーガも2mを越え、体つきも他の種族よりしっかりとしている者が多い。居間にいる女性のオーガ達の外見は人間でいう30代後半から40代前半位に見えるがその動きや聞こえてくる声は力強い。
ツェイト達が中に入った途端会話が止んで視線が一気に向けられてくるが、そこへキッブロスが愛想良く挨拶をしながら軽くツェイト達を紹介、来訪理由を伝えるとその中にいた村長の妻が客間へと案内してくれた。
他のオーガの女性達は家事の手伝いに来ていた村の主婦達らしい。
「なるほど、その二人が商会の呼んだクエスターか」
客間へ通されたツェイト達は今、応接椅子に座りながら向かい側にいる壮年のオーガと対面していた。
応接椅子は来客が他種族の場合にも対応している仕様で、椅子の脚にオーガよりも小さな種族が登って座れるように階段状の足場が目立たないように設けられている。
それを難なく座ったキッブロスとセイラムだが、ツェイトは腰かけた途端「ミシッ」と嫌な音が聞こえたのでキッブロス達の後ろに立たせてもらう事にした。
壮年のオーガがギョロリと大きな目でツェイトとセイラムを値踏みするように見比べながら、彼らの向かい側で頑強な石材の椅子に座っている。
短く切りそろえた硬い頭髪と額から伸びる太い一本の角、豊かな髭をたくわえたオーガだ。僅かに加齢によって褐色の顔には皺が刻まれ、頭髪にも一部白髪が混ざり始めてはいるが、その巨体を覆う筋肉はぶ厚く身に着けている衣服を押し上げて、衰えと言う言葉を知らない筋肉の小山を形作っていた。
そして際立つのは、その巌の様な顔の右のこめかみから左の顎下まで走る大きな縫い跡。オーガは強靭な身体能力と共にその生命力も高い、他の種族にとって深い怪我もオーガにかかれば数日で塞がって完治するなんて事もあるくらいだ。
そのオーガを以てして完全に癒える事の無かった傷跡とは、如何なるものなのだろうか。
この顔に深い傷跡を残す重厚なオーガが村長、ビッゼイである。
「実力は保証致します」
「そうでなければ村の者も、ワシも納得出来んだろう。いくらオービタル商会が店を構えるからとはいえ、見つけた遺跡を商会側のクエスターが先行させて調査するから手出しするなと村の者達やクエスター達に言い含めさせたのだからな」
「その件につきましては、ご協力していただき本当に感謝致します」
体格故に、椅子に腰かけながらも面白くなさそうな表情で見下ろすビッゼイへ小さな体躯のキッブロスが真剣な表情で礼を述べていた。
遺跡を一個人ないしは一つの組織が占有する事例は無いわけではないが、基本的には歓迎はされない事の方が多い。特に外様の者による干渉ともなれば猶の事である。
それが公的に許されているのはその領土を統治する各国の統治機構だけ、それも一部だけだという条件付きだ。
今回バニオ村近辺で遺跡が発見され、地元のクエスター達がそこから現れたモンスターに追い返されたという事を耳にしたオービタル商会が、今後の街への発展の不安要素を解消するためにモンスター討伐という題目を掲げて調査を行おうとしているのだが、そういった認識もあって村長は難色を示した。
遺跡とは、莫大な富が手に入る宝の山になり得る存在だ。その地に眠る過去の高度な技術で作られた発掘品は、程度によっては一個人に留まらず国全体への大きな利益へと繋がる可能性だってあるのだ。
そのような一攫千金の地を近辺の集落の者達ではなく他所者と言っても良い商会が先に調査をしようと言う話は現地の村人達は面白く思う筈もなく、当初キッブロスが話を持ち掛けた時は反発が起こった。
とはいえ、この案件はオービタル商会の思惑とは別のキッブロス達プレイヤー側の思惑による所が大きく、彼らの目的は遺跡内にいるプレイヤーだ。遺跡そのものに特に関心は無い。
なのでキッブロスはこの調査を行うにあたっていくつか村長へ条件を付けていた。
「先日お伝えいたしましたが、我々はあくまでモンスター討伐の為にのみ遺跡内部へと潜入いたしますので遺跡内に眠る物品には一切手を付けません。それと今回の調査が終わりましたら一年間通常価格の○割引で商品を販売する事をお約束いたします。また、万が一この地域の領主か王政府直属の調査隊が来られるようであれば調査権は相手方にお譲りいたします。……ここまで宜しいでしょうか?」
「……何度聞いてもそちらにはあまり旨味の無い話ように聞こえるが、そこまでして何の得が商会にあると言うんだ?」
提示された条件に得心が行かないと言った様子のビッゼイがキッブロスへ向ける眼差しから疑いの色は抜けない。
そんな自分より倍以上の背丈を持つオーガから迫力のある眼力を向けられながらもキッブロスは臆する事無く苦笑した。
「単純な話、商店を構える場所を安全に整えて商売したいだけです。その為に商会本部から私が派遣されましたので」
開拓部門、この小さなソラボックの男が商会内で属している部署は出店先の現地との交渉や調整は勿論、時には店舗の脅威になり得る不安要素の排除も仕事とする。
初体面の時にキッブロスから説明を受けていたビッゼイはふぅんと曖昧な相槌を返しながら、視線をツェイトとセイラムへと移した。
再びツェイトとセイラムを値踏みするように行き交わせていたが、次第にツェイトへと固定される。
「そこの青いの、ちょっとそこに立ってみい」
ビッゼイに呼ばれたツェイトは、青白い眼光を瞬かせると言われた場所に移動する。
「……こうでしょうか?」
「うむ、それでいい。そのままでいろよ」
客間の中でも家具が置かれていない開けた場所。そこへツェイトは一人で立つ。
するとビッゼイが椅子から立ち上がってツェイトへ気軽な足取りで近づいて来た。
ツェイトとビッゼイが間近に接近。
身長差は角の長さを除外しても頭二つ三つほどツェイトの方が大きい。
「ふむ…………ぬぅおあッ!!」
すると突然ビッゼイが裂ぱくの気迫を纏い、まさしく鬼の形相でツェイトへ突っ込んで来た。
「な、ちょ……ッ!」
突然のビッゼイの暴挙にセイラムが慌てて声を上げるが、二人の衝突に口を閉じざるを得なかった。
巨大な重量物同士がぶつかり合う轟音が屋敷の外へと漏れ出す勢いで鳴り響き、その衝撃が部屋を強く揺らして室内の装飾が一部崩れて落ちる。
ツェイトの青い巨体にビッゼイの剛腕が掴みかかっている。この大陸でオーガの全力は他の種族にとっては人体を破壊する必殺の威力に等しい。その膂力は岩をも破壊し得るのだ。
がっつりと掴みにかかったビッゼイだが、その手応えに目を見開いた。
「ぬッ!? ぬぐ、ぐぐうぅぅぅぅ……!!」
ビッゼイの強襲に対し、ツェイトの体は小動もしなかった事にビッゼイが動揺する。
足の三本の爪も使っていない。部屋の床を傷つけないようにと上に浮かせている状態なので、完全に足の底だけで衝撃を受け止めているのだ。
「おおおおあああああ!!」
ビクともしないツェイトの様子に組みついたままのビッゼイが雄叫びを上げながら、全身の筋肉を盛り上がらせて更に力を込めて来た。
露出した肌から血管が浮き出し、血走る眼を一杯に開いて力を込めたビッゼイの馬力で二人の足元が石の床を砕きながらめり込みはじめていく。
しかし、それでもツェイトは地に根を降ろした巨木の様に後ろへ動く事は無かった。
事の一部始終を、当事者でありながら静かに見ていたツェイトがここで動き出す。
自分に組みかかるビッゼイの太い腕を事もなげに引き剥がした。
「うぉッ!?」
驚愕と狼狽に声を上げたビッゼイに生じた隙を突いてツェイトは彼の胴体に両手を伸ばして掴むと、その巨体をひょいと軽々と持ち上げてみせた。
まるで子供をあやす様に高く持ち上げ、呆気にとられた顔をするビッゼイを一瞥した後にすぐさま地面へと下す。
「お住いが壊れてしまいます。これ以上は止しましょう」
ツェイトが青白い眼光を静かに向けながらビッゼイへ告げたのは窘めの言葉。
その声には屋敷が揺れる程の体当たり、床が砕ける程の掴み掛かりによる影響は全く見受けられなかった。
「……は」
壮年のオーガの呆けた口からは吐息の様な声が漏れる。
次第にビッゼイは何が琴線に触れたのか、破顔して大笑いを始めた。
「はは……ハーッハッハッハ!! いやはや参ったわ! ワシが小さな子ども扱いとは!」
ひとしきり笑い終わると笑みを携えたビッゼイがツェイトを見上げる。その顔には最初に会った時の様な不機嫌さはもう感じられなかった。
「最初はぶつかって吹き飛ぶようなら断ってやろうかと思ったが、ここまで全く歯が立たんというのは生まれて初めての経験だわい。いやはや驚いたわ」
「村長、それでは?」
事の成り行きを静観していたキッブロス声をかけてきた。
巨漢二人のやり取りに気をもんでいたセイラムと違い、まるでこうなる事が分かっていたかのような落ち着きぶりだ。
「ああ、これなら文句はない。何せ強い、ワシらオーガにとって強さは美徳だ。だから気に入った。あとはそちらが提示した条件通りにやってくれれば良い」
「必ず遵守いたします。こちらでその内容について契約書を用意しておりますのでご確認ください」
ビッゼイの軽やかな返事にキッブロスが頷くと、手提げ鞄から大き目の丸筒を取り出して中身を渡した。
恐らくオーガの規格に合わせたのだろう。取り出したキッブロスが持てば大きすぎて不格好だが、オーガのビッゼイが手に取ると丁度いいくらいだった。
契約書に書かれている内容に眼を通し、問題が無い事を確認したビッゼイが用意された筆記用具ですらすらと署名する。
「ま、今後長い付き合いになりそうだからな。上手くやると良い」
そう言ってビッゼイが署名した契約書を見せた事で、この契約は成立。ツェイト達は遺跡への調査を行う事が可能になった。
その後、退室するツェイト達と入れ替わるようにしてビッゼイの妻が中へと入り、先の轟音にも負けない怒号を響かせていた。
どうやら部屋の中を破壊した件について村長が怒られているらしく、長居していると此方にまで飛び火しそうだといち早く察知したキッブロスに連れられてツェイトとセイラムはそそくさと屋敷を後にする。
「来てくれたのがツェイトさんで助かりました。村長がもう少し渋るかと思ってたんですけど、早く話が進んでくれました」
村長屋敷からキッブロスの仮説住居へ戻る道すがら、キッブロスはわざとらしいくらいに安堵した様子でツェイト達の前を歩いている。
ツェイトの隣を歩くセイラムがその理由に首を傾げた。
「ツェイトの姿なら甘く見られずに済むと?」
「ええまぁ。この国の方々は純粋な腕っぷしの強さを美徳としている所が大きいですから、外見がひ弱そうだと人によっては下に見る人がいたりするんですよ。此処の村長さんがそう言う訳ではないのですけど、説得力を持たせるならやっぱりツェイトさんなんですよ、条件が全て揃ってますから」
なんでも数百年も昔へ遡るとそれがより顕著で、強い者が全て正しいというほどだったのだとか。
今は文明の復興と環境の改善に伴い大分考え方が柔らかくなったようだが、それでも種族柄力の強い者が尊ばれるのは今でも同様だ。とはいえ、かくいう昆虫人達の国のワムズとて連合内では武術の盛んな武闘派に部類されているのである点において言えばこの国と同類だったりするので、聞いていたセイラムは納得したような様子だった。
「そうなると、キッブロスさんは大丈夫だったのですか? 言い難いのですが、キッブロスさんって小柄ですからこの国ではあまり良く見られない様に思えるのですが」
「あぁそこはご心配なく、当商会の経済力と私の営業力の見せ所ですよ」
ツェイトの気になる疑問もキッブロスはなんてこと無い様に返してきた。その後小声で「と、言う事にしておいてくださいね?」と愛嬌よく笑って付け足す事も忘れない。
今の姿は小柄なソラボックであるが、その本性は彼の左手の手提げ鞄に擬態している巨大な箱のモンスターなのだ。恐らく戦闘力もそこいらのオーガなぞ物の数ではない程に隔絶しているだろうから怖くもないのだろう。
「さて、通常ならこの後時間を作って準備をしたい所ですが、あまり悠長にしていられません。このまま遺跡へと向かいたいのですが宜しいですか?」
時間をかけられない理由はツェイトにも理解できた。
今回遺跡に最も近い村の村長へ約束を取り付ける事が出来たが、それで遺跡に入れる者が自分達に限定されると言うわけにはいかない。
村の外の者達にはバニルの村で交わされた約束なぞ適応されるはずもなく、何処かから聞きつけた近隣の領主やこの国が調査団を派遣しようものなら確実に彼らへと主導権は優先される。いくら規模の大きな商会が関わっている話といえども国の機関を押し退けて事を進めるわけにはいかないのだ。
そういった事情により、この仕事は時間との勝負だ。
ツェイト達はいち早く遺跡へと潜り、その中に潜んでいるプレイヤーと接触しなければならない。
もしツェイト達よりも先に調査団と出くわしでもしたら、色々と面倒な事になってしまう。故の迅速対応だった。
「本当なら事前に組合を介しての依頼と言う形でしておきたかったのですけど」
「喫緊の案件ですし、クエスターの実績積みには困っていませんから気にしないでください」
時刻は昼を過ぎはじめ、太陽が僅かに沈む角度へと傾きつつある。
ツェイトもセイラムも別段消耗していないのでキッブロスの話を承諾。一同はキッブロスの案内に従って遺跡へと向かう事となった。
「ツェイトさん、遺跡へ着く前に昆虫人に擬態しておいていただけませんか?」
一行が村を出て少したった頃、やや整えられた田舎道を進んでいるとキッブロスがツェイトにそう提案してきた。
「それはまたどうして?」
「相手が貴方の本来の姿を見て警戒されたらやりづらいですからね。刺激しないように最初は昆虫人の姿でいて欲しいんです」
ツェイトはキッブロスが言外に言いたかった事を察した。
ツェイトはプロムナード共々向こうでは色々と有名だ。二人組でも、個々人でも。
その名は各フィールドマップ上でしでかしてきた珍妙な行動もそうだが、こと戦闘が勃発した際に奮われる威力も多くのプレイヤー達に知られる要因となっている。
特にNFO内で定期的に開催されているとある大会の戦闘映像やPVP等の動画が公式WEBサイトの方に載せられており、その中にはツェイト達のものも含まれていてそれでツェイト達の事を知ったと言う人もいるくらいだ。
ただしその載せられていた映像が過激な戦闘だったため、ツェイト達とフィールド上で初遭遇して悲鳴を上げながら逃げる人もいた。攻撃をものともせずに猛撃して相手を粉砕したり、相手の顔面を槍で串刺しにして高く持ち上げ、雄叫びを上げれば怖がられもするか。ちなみに後者はプロムナードである。蛮族ロール甚だしい。
今回のプレイヤーがツェイトの姿を見て真っ先に逃るような性格であれば、確かに昆虫人に擬態して相手の警戒心を薄れさせながら接触した方が良いだろう。
他にも、ツェイトの巨体だと遺跡内部での移動に支障が出そうという懸念もあった。むしろ昆虫人の姿の方が閉所では小回りが利くので利点は多そうだ。
ツェイトは普段左腕に非物質化させて見えなくさせている腕輪に意識して念じる。
すると歩きながらツェイトの巨体がたちまち縮み、瞬く間にしかめっ面をした黒装束の昆虫人の姿へと擬態が完了した。
昆虫人の体格に合わせて小さくなった腕輪が再び不可視化して正常に機能しているのを確認していると、キッブロスやセイラムが興味深くツェイトを見ていた。
「姿が様変わりしても雰囲気は大して変わらないもんですねぇ、大きさが倍くらい違うのに」
「やっぱりそう思いますか? 最初は驚くんですけど、よく見てみると同じなんですよね」
セイラムとキッブロスがあれやこれやとツェイトを話題にし出す。
ツェイトとしては、どちらの姿でも自然体でいるだけなのだが、あれこれ言われるとこそばゆかった。かつてNFOで名が広まった時からそうだが、どうにも馴染まない。
ツェイトは二人を急がせて早く遺跡へ向かう事にした。
件の遺跡はバニオの村からツェイト達が急ぎ足で向かった所、およそ1時間で到着した。
通常なら徒歩で2時間以上はかかるらしいのだが、幸いと言うべきか身軽な面子ばかりが揃っており、その中で一番体力のないセイラムの調子に合わせても先の時間で辿り着く事が出来た。
もっと言えば、ツェイトが飛んでいけば更に早く行けたのだが、件の遺跡にいるプレイヤーがそれを見て警戒されてしまえば元も子もないため、この行き方となった。
田舎道を抜けて、道なき山林の中を越えた人の手が入っていないように見える山の奥に目的地はあった。
遺跡の入り口は、一見すると樹木が密集した山の斜面に隠れるようにして見える大き目の洞穴だ。
洞窟には千切られた藪が引っかかるようにしてぶら下がり、周囲には何かで砕かれたような破砕跡が残されていた。
到着して早々、キッブロスが周辺を見回しながら藪の端や破砕跡を調べてすぐにその理由を知る。
「なるほど、彼がクエスター達と戦闘したと言うのは本当のようですね」
元々最初に発見された時、第一発見者の村人は薬草採集の一環でこの山に立ち寄った所で偶然見つかったのだという。その後に依頼を受けたクエスター達が中に入ろうとした時、件のモンスター――プレイヤーと遭遇して追い返されたのだ。
「ここに来るまで“彼”が姿を現す様子はありませんでした。遺跡内部に潜んでいるのでしょうか」
ツェイト達がこの遺跡へ来る道中、もしかしたら件のプレイヤーが遺跡へ近づいた時点で追い払いに来るのではと警戒してみたが、結局襲撃される事は無かった。
道中トラブルがあったとしても現地のモンスターと遭遇する程度で、それも物の数ではなく適当に散らせる程度。
ツェイトが周囲の気配を探ってみてもそれらしいものは感知出来なかった事から、迎撃に対しては消極的な姿勢を取っているようだ。
「恐らく遺跡の中に潜んだままなのでしょう。中に入った時に仕掛けて来る可能性が高いです。ツェイトさん、手筈通り先頭をお願いします」
攻守ともに秀で前衛型のツェイトならば矢面に立っても問題はない。
そこから少し離れた所でセイラム、その後ろにキッブロスが付くというのが今回の遺跡侵入の陣形だ。
槍を構えたセイラムと、手提げ鞄(本体)を片手に持ったキッブロスを背後に連れて行きながらツェイトが先頭を進んで洞窟を観察する。
洞窟の入り口は本来の姿のツェイトでぎりぎり通れるくらいの高さで、奥行きは10m近くはありそうだ。中は長い時間太陽の光を浴びない環境にあった為か、周辺は苔がびっしりと生えていて湿り気を肌で感じる。
元々位置的に山と木々が日光を遮る様な位置にあるため奥へいくほど暗さは増していくが、ツェイトの視力はその暗闇を意に介さずその先にあるものを発見する。
(……金属? の扉?)
金属製の扉と思しき物体が、洞窟最奥の岩壁に埋もれるようにして納まっているのが見えた。こちらも周りの岩と同じように所々が苔むしていて、事前に話を聞かずにここを訪れても暗さと相まって、一目見ただけでは扉があるようには見えなかっただろう。
恐らくは左右開閉式と思われる重厚な鉄扉は大きく、人の出入り口と言うよりかは、大型貨物の搬入口の様にも思える。
苔や草で隠れてしまっている為か、取っ手やスイッチが見当たらない。センサー感知による開閉システムかと辺りを見回すが、それらしい機器があるようには見えなかった。
キッブロス経由で村から得た情報では、クエスター達が初めてここに来た時は“向こうから勝手に開いた”らしい。そして中から現れた謎の怪物――プレイヤーに襲われたとも言っていた。
そこから何らかの動力による自動式である事が考えられるが、ツェイトが近付いても開く様子が無い。
ツェイトは拳で軽く扉を小突き、ノック代わりにごんごんと重い金属音を鳴り響かせてみた。
それから少し様子を見る。やはり扉に変化はない。ツェイトが気配を探ってみても、接近してくる存在を確認できない。
(……しょうがないな)
遺跡と言う歴史的建造物にこんな事をするのは少々気がひけるが、ツェイトは振り返って左手で扉を指差し、右手を握り拳にして掲げながらキッブロス達を見た。
(殴り込むけど良いですか?)
(うーん…………どうぞ)
言葉を介さぬ身振り手振りによる意思確認の後、キッブロスはそれを見て少しだけ考えるしぐさを見せるが渋々頷いて、セイラムと共にツェイトから更に距離をとった。
それを見届けたツェイトは二人が十分距離を取った事を確認すると、掲げた握り拳をそのまま勢いよく重厚な鉄扉目がけて叩き込んだ。
凄まじい打撃音と共に鉄の扉は拉げて遺跡内部へと吹き飛び、同時に衝撃で中から埃が舞い上がって来る。
長い年月蓄積されてきたのだろうカビ臭さや埃っぽさに眉を顰めつつ、ツェイトは埃を手で振り払いながら内部へ覗き込んだ。
何かの施設を思わせる近代的な内装は至る所が砕けたり劣化が見られ、外の苔が内部にまで一部侵食していたりと長い間使われていなかったかのように見える。
灯りは無く、内部に光源にあたるものは確認できないので淀みの様な暗さが辺り一帯に広がっているが、ツェイトの視力は暗闇を意に介さずその全容を見渡せた。
(中でハイゼクターに戻っても問題は無……っ)
有事に備えて擬態を解いても動けるか通路の幅を確認していた時だった。多くの方から何かの気配をツェイトは察知したのだ。
お出でなすったな、といつでも対応できるよう少し体を身構えさせながら、ツェイトは通路の奥へ眼を細めて凝視する。
すると気配の主は明らかに此方へと近づいてくる。
近付くにつれて徐々に足音らしき物音と共に、何か重いものを引き摺る様な音もツェイトの聴覚は捉えた。
「……どうかした――」
様子が変わったツェイトへセイラムが声を潜めて訊ねたその時だった。
「ちょっと失礼」
「えっ――!?」
最初に動いたのは、キッブロスだった。セイラムの腰に手を回すと驚くセイラムをそのままに横へ跳ぶ。
次の瞬間、ツェイトの視界の向こう側、光無き遺跡の奥から人の頭部よりも大きな鉄球が“音もなく壁や床を破壊せずに跳ねながら”ツェイトを目指して猛然と“跳んできたのだ”。
まるで生き物が室内を跳ね回るが如き軌道を描く鉄球はツェイトの胴体へと直撃。質量のある物体がぶつかる轟音を立てながらそのまま鉄球はツェイトを巻き込んで遺跡の外へと木々をへし折りながら飛んで行き、岩か何かに衝突したのか粉砕音と共に遠くで土煙が舞い上がった。
「な、ツェイト!?」
「彼なら大丈夫でしょう、それより……来ますよ」
洞窟の外へと吹き飛ばされたツェイトをセイラムが案じるが、キッブロスがそれを制して遺跡の入り口へと目を向ける。
鎖が地面を擦る音が聞こえてくる。
音が大きくなってゆき、遺跡の入り口から姿を露わにした。
本来のツェイト程ではないにしても、セイラムやキッブロスよりずっと上背のある大柄な体格。
朽ちた囚人服にズタ袋を頭に被り、破れた個所からのぞく生皮を這い高の様な痛々しい赤黒い肌。先程から鳴り続ける音は、右手の枷から伸びる太い鎖が地面を擦っているからだ。
背中からは背骨に似た形状の触手の如き4本の器官が囚人服を突き破り、本人の感情を代弁しているかのように荒々しくうねっている。
事前に伝えられた情報と全く同じ姿をした異形――ツェイト達が探していた人物が現れたのだ。
ツェイトが吹き飛び鎖が伸びる木々の向こうの土煙を一瞥すると、セイラムとキッブロス両名へズタ袋を被った顔を向ける。
「……出ていけ、二度は言わない」
ズタ袋越しだからかややくぐもってはいるが、成人男性の声だとはっきりとわかるそれで聞こえてくるのは拒絶の声だった。
頭に被ったズタ袋に空いた穴からは、異形の眼と思しきものが洞窟内のかすかな明かりで僅かに見えるがそこに宿る眼光は、決して来訪者を歓迎していない。
「……やっぱり扉を破るのは失敗でしたね。開くまで待つべきでした」
「何を悠長な事言ってるんですか!?」
呑気なキッブロスにセイラムが声を荒げる。
そのどこか緊張感のない雰囲気に苛立ったのか、ズタ袋を被った異形の背面の触手上の器官が一本、セイラムの眼で捉えられない速さで伸びてはキッブロス達の前を薙ぎ払う。
触手状の器官による一撃で、キッブロス達の前の地面が弾け飛び、洞窟内に小規模の土煙が舞う。
「ぐぇッ!?」
突如、キッブロスの体が宙に吊り上げられる。
土煙の中から異形の男の腕が伸び、キッブロスの首を掴み上げたのだ。キッブロスの手から今まで持っていた手提げ鞄が落ちる。
小柄なキッブロスの体を軽々と片手で掴む大柄な異形の男は、眼光鋭く睨みつけてくる。
「隙を作るつもりか? それともただの時間稼ぎか?」
「――が……ま、待ってくださ……い。我々は」
気道を締めら、苦しげにか細く呻くキッブロスの返事は異形の男の態度を更に悪くさせるだけだった。
何も言わずにキッブロスを掴んでいた腕を振り上げ、叩き落とすのか、投げ飛ばそうとしていたのか、その時だった。
「むっ!?」
掴んでいたキッブロスが、突如しぼんでしまったのだ。まるで空気が抜けたかのようにしぼみ、ねじれて人の形から
一気に細く小さくなったキッブロスだったそれは異形の男の手からすり抜けてしまい、予想外の事態に異形の男は思わず動揺して動きが止まった。
「――――しょうがないですねぇ」
先程キッブロスが取り落としたはずの鞄から呆れた声が聞こえた。
しぼんだキッブロスだった細長い物体が鞄の周りを空気に乗った羽毛のように漂わせている。
「鞄が喋る……まさかミミックか?」
「出来れば避けたかったのですが、止むを得ません」
異形の男が鞄の様子からその正体を探るように言葉を漏らすが、当の鞄――キッブロスの正体たるシプレーはそれに対する返事ではなく、異形の男へ告げるともひとりごちたともとれる言葉を呟いた。
異形の男は鞄から聞こえるセリフから何かが起きると察し、動こうとしたが、鞄――シプレー“達”の方が一手早かった。
「ツェイトさん、お願いします」
その言葉が響いた途端、異形の男は引っ張られるように体が洞窟の外へと飛んでいった。
「うおおおおおおおッ!?」
いや、実際に異形の男は右腕から伸びる鎖を自分の膂力でも耐えられない力に勢いよく引っ張られているのだ。方向は、先ほど異形の男が吹き飛ばした昆虫人がいる方角。
鎖の先からくる凄まじい牽引力で洞窟の外へ、更に木々を通り抜けた先まで放り出された異形の男は、途中で態勢を整えて山の斜面を削りながら着地する。
「何だ……ッ!?」
訳が分からずに戸惑う異形の男だが、自分のすぐ傍に何者かがいる事に気付いて大柄な体からは想像の付かない軽やかな跳躍で飛び退いた。
距離をとって睨むその先、そこに待ちかまえていた相手を見て異形の男はズタ袋の穴からのぞく眼光を見開いた。
「お前は……!」
「失礼、少し話をしませんか?」
自分の鉄球の一撃で吹き飛ばされていた筈の、昆虫人の男が無傷のまま片手に鉄球の鎖を掴んだまま立っていた。
前書きで色々と書くのもあれなので、後ほど活動報告にて書かせていただきます。
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