表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紺碧の大甲虫  作者: そよ風ミキサー
第四章 【異界から来た者達】
55/65

第46話 オーガの国の待ち人

 有角種族オーガ、種族間連合内で最も大柄な体格と、それに見合った強靭な筋力を持つ者達。

 他の種族達よりも抜きん出て大きな褐色の巨躯に口からのぞく牙、そして額から伸びた角が特的な種族である。


 オーガ達の国エルゴは連合内の大陸東側、そこは険しい山々が並び立つ連山地帯となっていて、エヴェストリア大境界溝寄りの場所を領土としている。


 ツェイト達がいたワムズとは間に国があり、距離も遠いがしかし、その気になればマグ・ショットのいる所在地不明の拠点からエルゴの国境付近まで一瞬で向かう事も出来たが、ツェイト達は通常の方法で彼の国へと向かう事にした。

 関所を通らずに国境を越えてしまうと不法出国および入国扱いになってしまうのを避ける為であるのと、変に移動時間の短さから変な勘繰りを受けない為である。


 拠点を出て一旦ワムズの領土内へと戻り、擬態を解いてハイゼクターの姿へ戻ったツェイトがセイラムを抱えてオーガの国へと翅を広げて飛翔する。


「ツェイトが空飛べて本当に良かったな! 歩いてたら何日かかるか分かったもんじゃないし!」


 空高く上昇し、ツェイトの翅から発する轟音の羽音に負けないようツェイトの腕の中に納まっているセイラムが声を張り上げる。通常の巨大な腕と脇腹の副腕を使って体を固定されているので落ちる危険が無いからか、ツェイトの飛行に慣れたセイラムは空の旅を楽しむくらいには余裕があった。

 そんな彼女の言葉にツェイトもそうだなと同意する。飛べるアバターで本当に良かったと。

 実際陸路を足で進むのならば、セイラムが口にしていた何日どころか月をまたいでいたことだろう。休憩と宿をとる事も想定すれば、更にかかる。


 ツェイトが来たこの大陸、連合や“溝向こう”の大地を含めた全ての面積は、およそオーストラリア大陸程度はある。というのも、かつてマグ・ショットが密かに様々な伝手と手段によって大まかな測量を行っていた。

 種族間連合の領域である陸地だけでも日本の10倍程の広さがあるのだ。その大地を徒歩で歩こうものなら相当の距離となる。国が離れているとなるとなれば尚の事。



 ツェイト達の越境の手続きは済んだ。一応、という前置きが付く事になるが。

 というのも、前回のアルヴウィズの時もそうだったが、ハイゼクターのツェイトの姿を見た兵士達が驚いて武器をとって駆け寄って来たのだ。

 前の様にクエスターの証明証である腕輪を見せながら素性を明かして納得してもらい、関所を通してもらう。

 それで済めば良かったのだが、中にはそれだけでは受け入れてもらえ無かった関所もあった。ツェイトの姿があまりにも逸脱した外見だったため、登録したワムズのクエスター組合へと照会するハメになり、確認が取れるまでその場で足止めをくらうなどのひと悶着もあった。


 結果、素性が保証されたので通る事が出来たが、兵士達の対応にセイラムが始終不満を漏らしていた。こっちは何も悪い事をしていないのに無駄に捕まったというのに、何も悪びれもしないのはどうなんだと。

 ツェイト的には最悪を想定して通してもらえないか、どこぞの牢屋にでも放り込まれるくらいは一応考えていたので誤差の範囲という事でとりあえず飲み込んでいる。三日とかからずにワムズからエルゴの領土へ足を踏み入れる事が出来たので、この世界の通常の移動手段でかかる日数を考えれば誤差の範囲である。



 そして現在。








「つ、着いたぁ~」


 ツェイトの腕の中から降りて、疲労を滲ませながたセイラムは目的地の村を目の前にして溜息をついた。

 “運ばれ疲れた”セイラムが凝り固まった体をほぐしている様子を視界に入れながら、ツェイトは今しがた到着した村の外観を眺めている。


 “バニオ村”。元々は国境近くに作られた開拓村だったのだが、他国や国内の流通と接触する事が多くなり、今後の利便性を考えて村から町への開発が検討されている場所である。

 モンスターの侵入防止の為の壁もしっかりと作られてあるが、よくよく見てみると拡張の為なのか一部取り壊しと立て直しを繰り返した跡が見受けられる。

 壁の広さから村の広さを推し量る事も出来るが、なるほど、ここまで大きな規模になると村と言うよりは街に近く、近々公的に街へと変更されるというのも頷ける広さだ。実際にその村に立ち寄ろうと中へ入っていく商人や旅人の姿が良く見受けられた。



(モンスター除けの壁は何処の国の村町でも建てられてるんだな)


 もっとも、小さい集落は柵などで囲う形にしている様だが。とはいえそうでもしないと凶暴なモンスターが入ったら一大事なので防止の為に設置は必要なのだろうなあと一人感心しながらセイラムと一緒に村の入り口を目指して歩いて行くツェイト。

 重く低い足音を鳴らしながら進むツェイトの前方にはこの村の入り口の一つ。


「……なぁ、ツェイト」


「ん?」


 隣で歩くセイラムがちらりとツェイトを見上げる。


「あれ、私達入れるのか?」


 怪訝そうに前を向くセイラムの視線の先には、この村の警備担当なのだろうオーガの集団が武装して入り口に集まっていた。

 各々がオーガの標準的な2m半ばで筋骨たくましい体格をしている。口からのぞく牙や厳つい顔立ちはツェイトの故郷たる日本の伝承に登場する鬼と共通する所が多い。そんな者達が身に着けている防具や武器は統一されていた。

 そんなオーガの警備員達は皆警戒した様子でツェイトを凝視していた。

 そもそも本来入り口で門番をするのは二人だったのだが、ツェイトが飛んでくる姿を見てから門番達がギョッとして村の中へ応援を呼んだのだ。


「悪さをしに来たわけじゃないと証明するしかないだろう。これで入れなかったら俺達何のために来たのか分からなくなるぞ」


「それだったら、昆虫人に化けていた方が良かったんじゃないか?」


「……背丈が割と近いから平気かと思ったんだが、甘く考えすぎたかな」


 二人の回りの通行人も、距離をとって恐る恐る様子を伺いながら歩いている。昆虫人の通行人だけは驚きつつも感嘆とした様子で眺めている程度だが。

 ツェイトの姿形は人型とは言え異形の姿、それも好戦的な強面の造形をしている。やはり他国では中々すんなりと受け入れにくいのだろう、むしろワムズの昆虫人達が特殊だったのだ。

 とは言え、空から着陸する様を見られる場合もあるだろうから、此方から説明をするしかないだろう。


「待て! そこで止まれ!」


 村へ近付くツェイト達へ鋭い声がかけられる。入り口に集まったオーガ達の先頭に立つ男が声の主だ。


 言われたその場で脚を止め、ツェイトはクエスターの証明証である腕輪を付けた副腕を掲げて素性を明かした。

 隣のセイラムもそれに合わせて首に紐で吊るしていた腕輪を掲げる。


「私はクエスターのツェイト、階級は三本線。隣の者も同じクエスターのセイラム、階級は二本線」


 距離があっても聞こえるように張り上げたツェイトの言葉に、先頭のオーガの男性が眉を潜めた。


「……クエスター?」


 「言葉は通じるらしい」と先頭のオーガが近くのオーガにぼそりと話す声をツェイトの聴覚が捉える。

 ツェイトの存在を侮辱しているのではなく、警戒心から相手の情報を手に入れようとしているのだという感情をツェイトは感じ取った。


「……なるほど、それで? 此処(村)に用があるらしいが要件は何だ?」


「依頼でこの村に依頼人と待ち合わせの約束しています。依頼人は“オービタル商会”、こちらの村にその商会の方が滞在している筈なのですが、御存じありませんか?」


「何、“オービタル商会”? ……それは――」


 ツェイトの口にした商会の名前に先頭のオーガが驚き、言いよどむ彼の言葉を遮るように声を上げる者が現れた。



「いやーどうもどうも! 皆様ちょっと失礼いたしますよ!」


 はきはきとした子供のような声がオーガ達の背後から聞こえてくる。

 そして声の主がその集団の横を通って姿を露わした。


「あーやっぱり! もしやとは思いましたが間違いないようですね!」


 オーガ達が困惑しながら割り込みを許した者は、オーガ達の半分ほどの背丈しかない小さな少年だった。

 額に小ぶりの角を二本生やし、少しばかり長い耳。

 体格は人間で言う所の10歳前後といった所、オーガよりも赤みの強い褐色の幼い顔は黒髪を程々に短く切りそろえ、三白眼の瞳を笑みで緩めている。

 身に着けている衣服は仕立てのいい現代の地球でも見受けられるデザインのビジネススーツでびっしりと着込み、綺麗な姿勢を保ったまますたすたとツェイトの前に立ってオーガ達に面と向かった。


「皆様お待ちください、このお二人は我々の商会で依頼したクエスターの方々です。村長にもその旨は事前に通達しておりますのでどうかご安心を」


 特徴はスーツの胸元に付けられた金属製の徽章(きしょう)だ。

 薔薇と思われる花を中心にムカデが円を描く絵が簡易的に形作られたそれは日の光で鈍く光沢を見せる金属色、目に付きやすいヶ所へ身に着けている者の所属先を明確に示してくれるだろう。



 彼は見た目小さな子供に見えるが、その実体は正しく成人なのだ。体格が小柄なのには訳がある。彼の種族全体がそういう体つきなのだ。

 種族間連合で国家を形成している種族の一つ、ソラボックだというこの場にいる誰もが知っていた。


 オーガ達がこの自分の身長の半分ほどしかない小さなソラボックの話を侮る事なく聞いているのは、この小柄な男がそれを許さぬ立場にある事を示している。

 戦闘のオーガはソラボックの男性の言葉にツェイトをちらりと横目で見やりながら声量を抑えて返す。


「“アレ”の為に呼んだのか?」


「左様です。その為に選んだ人材ですので、通させていただいても宜しいですかね?」


「……分かった。そう言う事なら任せる。手間を取らせた」


「いえいえお気になさらず、状況が状況ですので皆様が警戒するのは無理もありません」


 「お前達も済まなかったな。通って良いぞ」と先頭のオーガがツェイト達に謝罪すると、他のオーガ達へ解散するよう伝えると散り散りになり、各々の持ち場へと戻って行った。

 ソラボックの男性が現れてから事の成り行きを静観していたツェイトとセイラムが村へと戻っていくオーガ達を見ていると、そこへソラボックの男性が話しかけて来た。


「いやはや、災難でございましたねお二人とも。もしやと思って来てみたら案の上でした」


 人が散った所で、ソラボックの男が苦笑しながらツェイト達に話しかけて来た。

 その苦笑いはまるで社会に出た大人が長年経験して身に付いた様な、幼い子供の姿には似つかわしくない笑みだった。

 実際ソラボックと言う種族は老年に差し掛かっても幼いままでいるので、見た目は幼い様に見えても中年男性という可能性もある。


「貴方が私達を読んだ方という事で良いのですか?」


「ええそうです。“会長”からお話は伺っております。そこら辺の諸々の状況を説明したいので、私の仮拠点へ来ていただけませんかね? お互い、“色々”とありますでしょうから」


 意味ありげな言い方をするソラボックだが、言わんとしている事は察する事が出来たので、ツェイトは彼がこの村での尋ね人である事を確信する。

 何よりマグ・ショットから渡された書類に書かれていた相手の特徴と一致していたのが大きかった。





 ソラボックの男の後をついて行きながら、ツェイトとセイラムは村の中を興味深く眺めている。

 建築物は切り加工した石を建材にしたものが標準的な建築様式なようで、そこに鉄骨を内外に組み込む事で強度を上げ、巨体のオーガ達が住んでも耐えられるように仕上げてあるらしい。

 

 と、そんな風にオーガ達の文化を目にしていると、先頭を歩くソラボックの男がツェイトに話しかけて来た。


「この国に来たのは初めてで?」


「えぇ、まあ。ちゃんと景観を見るのは初めてです」


 ツェイト達は先方をあまり待たせないようにとこの国の関所を抜けてからはずっと空を飛び続けていたので、こうして直にオーガ達の暮らしを見るのは初めてだった。


「ははぁ、でしたら色々と驚いたでしょう? 何せ、何もかもが大きい」


 この国は建物や家具に始まるあらゆる日用品、暮らしに関わるもの全てが大きかった。

 オーガの平均的な身長は大凡2m50cm前後。これは種族間連合内でも群を抜いて巨体である。

 そんなオーガの体格に合わせたものとなると、全ての規格が他の種族より一回りも二回りも大きくなっていくのは当然であろう。昆虫人やエルフ、その他多くの種族達にとっては身に余る寸法だ。


「あ、でも貴方なら逆に丁度いいかもしれませんね」


 男の言う通り、それはある意味ツェイトの体格に建物が近付いているという事でもある。

 ツェイトがちらりと村の中で見られる家具を見た限りでは、ツェイトでも使えそうなサイズのものがちらほらとあったので、機会があれば試してみるのも良いかもしれないなと当人は密かに思っていたりする。







 ツェイト達が連れてこられたのは、村の空き地の一角にぽつんと建てられた一階建ての小屋。

 大きさはこのエルゴの国内の標準的な一階建ての小屋よりも一回り小さく、その外観は石の様な材質をした正方形のパネルを幾つも組み合わせて長方形に形作ったコンテナ型の住居といった形状をしている。


 ツェイトが擬態出来る事は前もって知らされていた様で、昆虫人への擬態を勧めながらソラボックの男は中へと案内する。

 中は小奇麗な住居兼事務所と称するのが似合う部屋構えだった。

 6人席の応接家具に収納家具や一人用の事務用机、他にも住居機能として部屋の奥には水道設備も備わっているらしく台所や手洗い部屋が見受けられた。おそらく奥の一角には寝室もあると思われる。

 材質などは木製で現代でもそこそこ高そうなつくりをしているように見える。


「まずは改めまして。私は“オービタル商会”の開拓部門所属のキッブロスと申します。あ、これ名刺です、見終わったら返してくださいね」


「あぁ、これはどうも。ご存知かと思いますがクエスターのツェイトです。彼女は同じクエスターのセイラム」


 ツェイト達が中へと入り、入り口の扉を閉じたソラボックの男がツェイト達に自己紹介をしながら懐から小型の紙――名刺を渡してきた。 

 条件反射的に両手で受け取りながら挨拶を交わしつつ、ツェイトは手にした名刺を目にする。

 しっかりと硬く加工された厚紙の肌触りは思いの外きめ細かく、そこには商会のロゴマークに社名、所属先と当人の名前などが印字されている。ツェイト達が元いた世界でも通用しそうな手の込んだ上質な名刺だった。

 受け取った名刺をセイラムにも渡して見せたが、名刺の用途を知らないセイラムはちんぷんかんぷんな様子で首を傾げている姿に苦笑しつつ、ツェイトは内心で舌を巻いていた。


(妙な気分だ、知り合いの立ち上げた会社の一端を見るというのは)


 オービタル商会。

 種族間連合内の全国へと多くの店舗を構える、連合内最大の巨大商業組織だ。

 かつてNFOプレイヤーのマグ・ショットがこの地へとやって来た約800年前、身を偽ってマグ・ショットが働いていた小さな酒造店を起源としている。

 それがマグ・ショットの手腕により店の規模を拡大、他の事業への進出、それらを文字通り長い年月をかけて繰り返し、“赤子の産着から死後の墓まで”、この世界に暮らす人々の必要なあらゆる商品、サービスの提供まで幅広く手を広げて今や各国で知らぬ者のいない大商会にまでのし上がった。

 創始者のマグ・ショット自身は表向き既に没した事になっているらしいが、今も姿を擬態して商会のトップを務めているらしく、ツェイト達が拠点にいた時も頻繁に出かけていたのはその関係もあった。


 そしてその商会の中に、一部のプレイヤー達を紛れ込ませて主にNFO関連の案件に報酬付きで動いてもらっている。

 そう、今ツェイトの前に立つソラボックの男性のように。この小さな子供の用な外見の男はツェイトと同じNFOプレイヤーである事をツェイトは事前に通達されていた。


(キッブロス……か、俺とは面識のないプレイヤーなのだろうか)


 ツェイトはキッブロスと言う名前のプレイヤーにはとんと覚えがなかった。

 とはいえ、ツェイトは最古参組全員と交流を持っているわけではないので初対面がいるのは当然である。


「会長よりお二人の事はお話は伺っております。ささ、こちらでお話しようじゃありませんか」


 キッブロスは幼い顔に朗らかな笑みを浮かべながらツェイト達を応接間へ案内して座らせると、自分も腰かけて説明を始めると、その表情を真剣なものへと変えた。


「事前に話があったかと思いますが、今回お二人にご依頼したいのはこの村の近くで最近発見された遺跡の探索、および内部にいるモンスターの討伐とさる者の保護です。そこまでは宜しいですか?」


「はい、しかし遺跡は以前からあったのですよね? どうしてここ最近になって見つかるようになったのですか?」


「恐らく今までは見つからなかったのでしょう。遺跡そのものに見えなくなるような迷彩機能が施されている事は過去の事例にもありますからね。大昔の重要施設だったりなにかの倉庫だったりした場所を、魔術だったり何らかのからくりで巧妙に隠してるんですよ」


 今回見つかったのは、そういった機能が何かが原因で壊れて解除した事でバニオの村の住人が偶然見つける事になったのだどいう。

 「まぁ、それだけなら良かったんですけどね」と言いながら、キッブロスが説明を続ける。


「発見された当初は特に何もなかったそうです。村人の若いオーガ達が様子を見に近くまで寄って来ても何かが出て来るような素振りは無かったと」


「しかし、そうではなくなったと?」


「えぇ、村と馴染みのあるクエスター達に調査を依頼して向かわせたところ、未知のモンスター達に襲われたらしく、全く歯が立たなかったので村まで逃げ延びて来たそうです。幸いな事に遺跡で遭遇したモンスターは追いかけてこなかったそうですよ」


「……そのクエスター達の階級はいくつだったのですか?」


「二本線だそうです。どうもこの村出身の若いオーガ達だったようで、村長が箔を付けさせてあげようと善意で依頼したらしいのですが、それが裏目に出てしまったようです。それが1週間ほど前に起こった出来事です」


 二本線、クエスターの五段階級で下から二番目はごくごく一般的な力量のクエスターと言う証明だ。

 それでかつ全員が連合内で一番の頑強さと力を持つ種族のオーガである。そんなクエスター達が相手にならなかったという事は危険度の高いモンスターなのだろう。

 というよりも、ツェイトはそこに懸念を抱いた。


「キッブロスさん、もしかして襲ってきたモンスターと言うのは……」


「どうも“彼”のようです。追い返す事に徹しているだけで、それほど相手を害する気はないようですが」


「あ、あの、待ってください」


 ふいに、二人の会話に今まで聞き手に徹していたセイラムが割り込んで来た。

 セイラムの顔は二人の会話に着いていけないとでも言いたげに困惑気味だった。


「はい、どうかしましたかセイラムさん?」


「私達が探している人ってその……モンスターなんですか?」


 その問いにキッブロスは幼い顔で眼をぱちぱちと瞬きした後、ツェイトへ顔を向けて問いかける。


「あれ? 会長は何も話していらっしゃらない?」


「あー……キッブロスさんから事の詳細を聞く様にと言われています」


「……あぁ、そういう。成程、まぁ普通はそうですよねぇ」


 思い至ったように、今まで言わずとも分かる暗黙の了解を知らない相手から訊かれたような顔をしながら気まずげな声でつぶやくキッブロスの様子に、ツェイトも理解した。


(セイラムは俺達プレイヤーの事情なんて知らないからなぁ。普通は対象人物がモンスターだなんて考えつかないか)


 ここら辺はプレイヤーとそうでない者の認識の違いもあったりするし、意図的にセイラムには伏せているから彼女がそれを知る訳もないのだ。


「これは気が付きませんでした。そこ重要ですものね。いやはや失礼しました」


 ちょっと待ってくださいねと言って席を立ち、キッブロスは執務机へと向かった。

 机の横に置かれている角ばった茶色い革製の書類用鞄。金の目玉が描かれたステッカーが全体にいくつも張られて不気味な雰囲気を出している。

 キッブロスは鞄を取り、中身を取り出しながらツェイト達の元へと戻ると取り出した物を二人の前に置いた。


「まず、接触対象の外見は連合内の種族とは毛色が違います。戻って来たクエスター達の証言と証言も一致してますから間違いはないでしょう」


 件の人物の詳細が書かれた書類資料だ。

 クエスター達の証言から書き出された手書きの人相書きがあるのだが、他にも写真まである事にツェイトは関心を抱く。画像技術があるくらいなのだから 写真があっても不思議ではない。


「こちらは私の方で偶然遺跡から姿を出している所を発見して撮ったものです。その後すぐに気取られて遺跡の内部に引っ込んでしまいましたけどね」


 写真に写る対象の姿は、一見するとみすぼらしいボロボロの囚人服を身に着け、頭部は穴が一つ開いたズタ袋を被っている。両脚は鎖が千切れた枷が、両手首にも同様の者がはめられているが、右手の枷だけは鉄球がぶら下がっていた。

 まるで脱獄囚の如き姿だが、その衣服から僅かに覗く素肌は生皮を剥がして放置された様に赤黒く、その背中からは背骨の様な形状の長い触手めいた器官が4本飛び出している事から尋常ならざる存在である事を証明している。


(……職業が“深淵の囚人”で種族が“ヴァリアント”って所か)


 ツェイトにとってその所々の特徴はNFOに存在したものと同じだったため、相手が何者であるかが粗方特定できた。

 

 NFOの世界における人間――ヒューマンから変異する事で誕生する種族、“ヴァリアント”。

 突然変異を意味するその名の通り、人から人ならざる者へと姿形を変えたモンスターに部類される種族だ。

 そしてあの身につけている恰好からして、特殊職業の“深淵の囚人”と思われる。

 癖のある職業だが、アバターの育て方次第で十分強力に仕上げられる事が可能だ。その為に種族をヴァリアントにしていたのかも知れない。


「この方の保護に関しまして実行は私がやらさせていただきますので、そこへ行くまでの護衛をお願いしたいと言うのが実態ですね」


「え、一緒に来るんですか?」


 予想だにしていなかったと言わんばかりに意外そうな顔で思わずセイラムが訊きかえす。

 セイラムにとってキッブロスは依頼者側であり危険とは無縁そうな商人という印象なのだろう。そんなソラボックの男が平然と自分達に付いて行こうとする事に驚いたようだ。


 キッブロスは特に気を害した様子も無く、代わりにセイラムの反応に得心がいった様子で頷きながら彼女へ問いかける。


「成程、セイラムさんは私が貴方方に同行する事に対して不安を感じていらっしゃるわけですね?」


「い、いえそういうわけでは……」


「はっはっは、別に怒っているわけではありません。争い事とは無縁そうな小柄のソラボックの依頼者が、危険に満ちた遺跡への調査へ同行したいと言ってくる。確かに不安要素だ。事情を知らなければ私だって考えさせられますね」


 「ですから、その不安を少しでも解消するお話をしましょう」と言ってキッブロスが幼い顔に笑みを深くする。


「所でセイラムさん、貴女はツェイトさんと既に会長達とはお会いになられているのですよね? であればあの姿もご存知という事だ」


「え? えぇ……まぁ」


 突然話題を変えて来たキッブロスに目を白黒しつつも、セイラムはちょっと引き攣りつつ肯定した。マグ・ショットの異形の姿を思い出したらしい。そう簡単にあの姿は慣れない様だ。

 そんなセイラムの返事にキッブロスは一際にっこりする。


「そうですかそうですか、それならあまり心配はなさそうだ――――」









「――――“こっちの姿”を見てもあまり驚かないでくださいね?」



 キッブロスの声を、別の何かが引き継いだ。

 先程のキッブロスの様な幼い少年の声ではなく、恐らくは成人男性のそれ。


「ははは、こっちですよこっち」


 声はキッブロスのすぐ傍から聞こえた。


 そこには、キッブロスが書類を取り出していた“書類用鞄”しかない。だが、確かにその“鞄”から声がしたのだ。

 セイラムがあり得ないものを見たように凝視し、ツェイトは納得したようにそれを見つめている。


 二人の視線を受けている“鞄”が動き出す。

 突如“鞄”が独りでに跳び上がり、部屋の中で開けた場所へ綺麗に着地。


 すると、“鞄”全体に貼りたくられた金色の目玉模様のステッカーが、一斉にツェイト達へギョロリと向いたのだ。


「何せ本来の姿が姿なので、普段は“こちら”の姿で仕事をしているんですよ。それっ」


 気軽な掛け声とともに、ツェイト達の前にいたキッブロスが全身みるみるうちに空気が抜けたかのようにしぼみ始めていく。

 驚愕するセイラムが声を出すより先に、しぼみ切って細長い物体へと変わってしまったキッブロスは“鞄”が開くとその中へ凄まじい速度で関節の無い人形の様に、ぐにゃぐにゃと折り曲がりながら中へと吸い込まれていってしまった。

 

 キッブロスだったものを飲み込んだ“鞄”に変化が起こる。


 ギチギチと内側から何かが膨張するかの如く“鞄”全体が肥大化し、色が、形状が、当初のそれから一気に原型を逸脱する。


 瞬きよりも早い変化だった。 

 小柄なソラボックの体で持てる大きさだった“鞄”は、人一人程度なら容易く入れる事が可能な大きさの重厚な“箱”へと変化を遂げた。

 本体と蓋が分かれた四脚の付いた形状で、部屋の灯りでぬらりと光沢を放つ金属とも陶器の類とも分からぬ材質の“箱”全体は、骨の意匠と無数の眼球の造形があしらわれている。

 無機物でありながら生物的でかつ禍々しいその形状は、近付く者に悍ましい何かを与えて来るような、名状しがたい不安と恐怖を喚起させるだろう。

 


(“疑餌”を操って商会の商人に扮させているのか。便利だな)


 最初にいたソラボック、あれはこの“箱”が自らの力で生み出した物だとツェイトは見抜いている。

 本来、“箱”の“種族”が獲物を懐へ誘う擬餌(ぎじ)として用いられる能力なのだが、このように変装目的で自身共に擬態すると言う方法は、この種族のアバターを獲得したプレイヤーが本来モンスターが入れない街の中へ入るための手法として用いられる事が多い。

 実際このように自ら正体を明かさなければ、ソラボックの男性としか認識される事は無かっただろう。現に村ではそれで通じているのだから。



 “箱”全体の目玉がギチリと異音を鳴らしながら一斉に動いてツェイト達を向くと、“箱”の開口部分が閉じられているにもかかわらず、そこから外見とは裏腹に気安げな声が聞こえてくる。


「ご覧の通り、私は連合内の主な種族の方々とは全く別物の種族……まぁ、身も蓋もない言い方をしますとモンスターという類の者なんですよねこれが」


 話を続けている“箱”に、セイラムは唖然とした表情のまま“箱”見つめているだけで、“箱”の言葉に反応した様子は無い。

 そんなセイラムの反応を見ながらツェイトはまぁ無理もないかと同情しつつ、改めて目の前の“箱”を見た。



 NFOのモンスターの中には擬態系と部類された種族が存在する。

 それは武具であったり、道具であったり、人が手に取りやすい何かに姿形を似せて獲物が近付いた所を襲い掛かる異形の者達。


 “箱”はその擬態系モンスターの中でも最上位の一種にあたる。

 冒険の先々で発見する宝箱に擬態して襲い掛かるモンスター“ミミック”、それらの頂点に立つ存在の名は“パンドラの箱”。それがこのNFOプレイヤーの正体なのだ。


「普段名乗っているキッブロスという名は、あのソラボックの時の名前です。私の本当の名は“シプレー”と申します。改めてよろしくお願いします」


 「あ、でもこの姿の事はくれぐれも良い触れさないでくださいね。お互い、色々と面倒な事になりますので」と、言いながらシプレーと名乗ったNFOプレイヤーは、その全身にあしらわれた目玉模様の一つを器用にウィンクをして見せた。

評価とご感想をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] あああああミミック好き!!!!! しっかり異形異形しい描写がされていて最高です。最後のウインクで性癖にぶっ刺さりました。 [一言] 新キャラが出る度に性癖に刺さって好きです。 細かい異形の…
[一言] 更新お疲れ様です キブロックって名前には聞き覚えがなくても、シプレ―って名前なら案外ツェイトは聞き覚えがあったりして? そして、彼がこうして自分で赴くと言ってるって事は対象の保護予定プレイ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ