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紺碧の大甲虫  作者: そよ風ミキサー
第四章 【異界から来た者達】
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第44話 脳髄と人形

よよよ……よし、投稿準備完ッ! あとは投稿ボタンをクリックすれば(極寒の地でライフル弾の雷管をブッ叩いて火を起こすような勢いで 

文字数何とざっくり20000文字。最初は分割しようかと思ったのですが、何だかバランスが悪くなってしまうのでこのまま投稿させていただきます。

 頭脳生命体“ブレインズボーン”。

 脳が極度に発達し、脳髄とそこから伸びる神経組織だけで肉体が構成されている種族だ。

 脳は人間の頭部とそん色のない大きさにまで肥大化し、首から下の全てが神経であり、それらが筋肉と同様の働きを持つことによって脳髄だけで活動する事を可能としている。

 そしてその発達した脳は高度な知性を獲得し、特殊な異能を発現するまでに至ったのだ。


 ……と、言うのが電脳ゲームであるNFOの世界内の設定で語られる、この脳の男ことリンクルのアバターの正体だ。


 ツェイトとリンクルは知らない仲ではない。まだ普通のゲームのプレイヤーだった頃、マグ・ショットのギルドがある程度大きくなったのを機に約束通りツェイトとプロムナードが脱退した時、それと入れ替わるように入団し、サブリーダーの一人として活動していたのだ。

 以降もツェイト達がマグ・ショットと交流を持っていた関係でリンクルとも行動を共にした事もある。なのだが、此方に対して全く反応が無い事にツェイトが内心首を傾げていたら、不意に頭の中にリンクルの声が聞こえてくる。


『ツェイト、今この思念は君にだけ送っている。隣のお嬢さんがいるから色々と話せない事もあるだろうから、とりあえず初対面の体でいった方が良いだろう? それで良いなら合わせてくれ』


 どうやら側にプレイヤーの事を知らないセイラムがいるので気を遣ってくれていたようだ。手早い説明ですぐに理解できた。

 此方の事情は既に知らされているのだろう。確かにマグ・ショットとそれに付き添うシチブはともかく、リンクルについてまで説明すると何だかややこしそうだと思ったツェイトは、その気遣いに甘んじた。

 ちらりと横にいるセイラムへ視線を向けたが、此方に反応を示していないので大丈夫のようだ。こういう時、結膜と虹彩が両方黒で統一された昆虫人の眼は便利だ。はた目から見て視線を悟られる事が無いというのは助かる。


「こちらこそ“初めまして”、マグ・ショットから紹介を受けたツェイトです。この娘は連れのセイラム」


 知古の間柄でありながら初対面を装うというのも変な話であるが、今は仕方がないとツェイトは割り切る事にした。


『マグ・ショットの知り合いなら畏まる必要はない。楽に話してくれて構わないよ』


「……そう言う事なら、そうさせてもらう」


『これで少しは気楽に喋れるだろう?』


 ツェイトにのみ送られているのであろう思念がこそばゆくなり、若干口の端が歪む。

 そんな様子を脳波で認識したのか、リンクルは顔の構造上感情が全く読み取れないが、軽く肩を竦ませる仕草をしていた。




 

 互いに挨拶を簡単に済ませると、さっきまで座っていたデスクに設えた鍵盤状の入力機器――キーボードを片手で器用に入力する。


『要件を済ませるとしようか。此処に来たのは“これ”の件だろう?』


 脳内に聞こえて来るのは、リンクルの言語による精神感応。

 リンクルの種族は通常の生物の器官を持たない代わりに、それらすべてを脳髄が異常に発達した事で獲得した特殊な力――いわゆる超能力の類で補っている。


 突如、二人の目の前に画像が浮かび上がった。仕組みは分からないが、昨日マグ・ショットと話した際に見た空間投影型のディスプレイの類だろう。

 その技術に瞠目するが、今重要なのはその映像の内容だ。ツェイトはそれを見て眼を鋭く細めた。

 セイラムも最初こそ投影された画像に驚いていたが、そこに映し出されているものに気付いて声がこぼれた。



「これは……あの時の?」


 映し出されたそれは、以前ツェイトがエルフの国で倒した謎の怪物。遺物と称される生命体の一部だった。セイラムが少し自信なさげだったのは、映し出されたそれの状態だ。

 首は現地の王政府へ差し出した為、そこにあるのは残った胴体だけ。しかも胸にはツェイトによって心臓を抉り取られた名残で風穴が空き、原型も留めていない損傷の酷い残骸と言う表現が正しい。

 恐らく残骸の映像情報を機械に読み取らせたのだろう。投影されたディスプレイの中でゆっくりと回って残骸の状況を見回せるようになっている。


『送ってくれたこの生物だが、見ての通り胴体しかないもんでね。調べられる事が限られているが、まぁそれでも多少分かった事がある』


「それで、何が分かった?」


 何かの糸口になれればと期待を込めてツェイトは訊ねると、リンクルは顎にあたる部分を覆う金属のプレートに指を沿わせながら答えた。


『幸い此処の設備で生物の遺伝子――あぁ……分かりやすく言うとだ、生物の細かい作りとかを詳しく調べる事が出来るんだが、それで調べてみた所、この生物がある種族と似通っている事が分かった。それが――』




 リンクルは手袋で覆われた指を差した。


 その先にいるのは、ツェイトだった。


『ハイゼクター、つまりツェイトやマグ・ショット達の種族だ。今繁栄しているどの国家の種族とも共通性が殆ど認められず、代わりに何故か君達とよく似た構造をしていた』


「俺達と?……こいつが?」


『マグ・ショットや他のハイゼクターから採取させてもらった血液も参考にしている。まず間違いはないだろう』


 隣のセイラムが、驚いてツェイトを凝視した。

 俄かには信じられなかったツェイトは、改めて遺物の画像をまじまじと見る。


「つまり、まさかこいつは、ハイゼクターだっていうのか?」


『さて、な。近い存在なのかもしれないってだけの話さ。これ以上の事を知るには、これ(胴体)を調べるだけじゃ分からないかもしれない。今はこのくらいだな』


 リンクルはそう言うが、あまり看過できない情報が手に入った事にツェイトの表情は険しさを増した。 


 NFOには存在せず、この世界で全ての文明を破壊し尽くした生命体。

 それが単体では無く、複数で群れを成して大昔に活動していたと言う。

 そしてその体はハイゼクターと遺伝子構造が近い。この世界にはおらず、NFOのプレイヤーだけがなれるハイゼクターにだ。


 これはどういう関係なのだろうか。偶然では済ますには無理があるだろう。

 そうなると、ますますこの世界と自分達NFOプレイヤーの関係が謎だ。




 ……いや、何も分からないという訳ではない。

 昨日、ツェイトはマグ・ショットとの会話で、彼らが独自に調べて判明した事を幾つか話してもらっている。

 

(この世界は、間違いなく地球とは違う法則が働いている)


 知らされてから色々と考えさせられた。それが原因で頭が冴えすぎて碌に寝れていない。アバターのおかげで体調に問題は無いが、後に引くくらいには衝撃的だった。

 マグ・ショットの証言から“それ”を、この世界の現地人達でも知っている者達はごく限られていると言う。

 もしかしたら、アルヴウィズにいた国母ホルディナやアルメディオ王の両名は知っているのかもしれない。特にホルディナは別れ際に口にした言葉を思い返せば、可能性はある。


『それと、話で聞いていたそちらのお嬢さんを連れて行こうとした件、聞けばこれは頭部から何か光をお嬢さんに照射してから捕獲行動に入った奴なんだが、あれについては分からずじまいだ』


「そう、か」


『頭部に探知器官があっただろうから、出来ればそっちも欲しかったが……まぁこれ(胴体)だけでも調べられたのは幸いだったかな』


 しかし、そのおかげでツェイトは大きな収穫を得る事が出来た。

 ほんの少しだが、この世界の事が分かってきた気がする。


『もっとも、此処の設備と私達の力を使えば復元させる事は可能だろう』


「何? 出来るのか?」


 驚いたが、よく考えてみれば可能性に思い至ることは出来ただろう。

 セイラムの実母、イヴにプレイヤーの力で短命だった体質を克服させようと試みたのだ。そういった能力を持つプレイヤーがいる事には自ずと思い至る。

 だが、リンクル達はそれをしなかった。問われた本人が理由を答えてくれた。


『危険だから満場一致でその案は却下されたがな。考えてみろ、お前を殺しかけるような力を持った奴だぞ。そんな危険物をおいそれと元には戻せない。私達でも無力化できなくはないだろうが、その後に生じる被害を考えたら割に合わない』


「それが正解だろう。正直、俺も二度と戦いたくない」


 以前アルヴウィズでホルディナとアルメディオ王には再び遺物が現れたら戦うと言ったが、可能ならば二度と戦いたくないのがツェイトの本音である。

 それだけあの山々を消し飛ばした攻撃には恐怖を覚えた。まかり間違えていれば、最悪ツェイトは今この場にいなかった可能性もあるのだ。


「実物は今どこに?」


『別室で凍結処理を施して保管している。死体の筈だから動くことはないと思うんだが、まあ念には念をって奴さ。後は時間を止めたり、盗難対策で色々と術を仕掛けてもらった』


「厳重だな。いや、ありがたい話だが」


 入念に封印を施してくれるのならばそれに越した事はない。遺物を軽視しないでいるのはツェイトにとってもありがたい事だ。

 遺物の残骸を渡して僅かではあるが分かった事があるだけでも着実な進歩である。


『こっちでも引き続き調べていくが、そちらでもクエスターの活動中にでも何か分かったら教えてくれ。あぁそれと』


 遺物の情報が分かり次第送る事については昨晩マグ・ショットともそう話がついているので、ツェイトに異論は無かったが、リンクルが二人に頼み事して来た。


『君達、この後血を提供してもらいたいのだが』








 


「大丈夫か? 腕が痛むのか?」


「いや、何かむずむずしてさ」


「気持ちはわかるけど、あまり触らない方が良いぞ。仮にも血を吸い取った場所なんだ、かぶれるかもしれない」

 

 セイラムが微妙な表情で腕をさすっているのを見ながらツェイト達は通路を歩いている。

 あの後リンクルとはツェイト達の血を採取したいと言ってきた。理由は察せる。遺物との関連性について調査資料が欲しいのだろう。ツェイトは同じハイゼクターとして、セイラムは遺物が反応したから。

 セイラムに確認をとってツェイト達は採血を受けたが、その採取方法はとても簡単で、作業はすぐに終わった。

 無針採血。針を使わずに採血管を対象の腕に押し当てると自動で血を取り込む手法で、刃物で切る事も、針で刺す事も必要無い。採血跡も残らない。聞けば、大昔の大戦争期前に存在していたものだそうだ。

 採血の際に痛みは無いようで、最初は緊張していたセイラムもあっという間に作業が終わって拍子抜けした様子だった。ただ、傷付かずに血を抜かれた事が不気味だったため無意識に腕をさすってしまうようだ。


「私よりもツェイトの方が大丈夫なのか? また自分で傷付ける羽目になってたけど」


 なお、ツェイトはその技術の恩恵にあずかれなかった。

 擬態した状態のツェイトの腕に無針の採血管を押し当てて採取を試みたのだが、一向に血が出てこなかったのだ。

 その様子を観察していたリンクル曰く『肉体が細胞単位で頑強すぎて血がまともに抜けない』とのこと。

 仕方がないので一旦擬態を解き、ハイゼクターの姿になってから以前リュヒトのもとで行った時と同じ様に自身の鋭い角を使って今度は掌を切り、そこから血を採る事になった。


「傷の治りが早い体で本当に良かった」


 そうでなければあんなことを何度もしたくはない。いや出来てもやりたくないのだが、やらざるを得ないのが現実なわけでして。

 肉体が欠損しても瞬く間に再生するとは言え、痛い事には変わりは無いのでツェイトは何とも言えない気持ちになった。

 ちなみに採血の後ツェイトがリンクルに訊ねてみた所、同族のマグ・ショットも採血を行った際は自分で腕に指を突き刺してそこから血を抜いたそうだ。同じく採血管が使えなかったと言う。どいつもこいつも頑丈な奴ほどそれが仇になっていたというわけだ。

 高度な技術があったとして、あくまでその対象はもっと肉体の強度が抑えめの種族達を標準としているものだから、ツェイト達の様な輩は想定外だったらしい。


 採血の後、リンクルは早速ツェイト達の血を解析したいという事でそのままツェイト達を退出させて作業に入ってしまった。

 マグ・ショット曰く、彼の一派で抱えている頭脳労働班の一人らしく、色々と作業を任せているらしい。


 リンクルの種族であるブレインズボーンは卓抜した知性を武器とする者達だ。

 その所為か、そのアバターでこの世界へと流れ着いたリンクルは、その種族の特性が発揮されているらしく元いた世界では考えられない位頭の回転が早くなっていたそうだ。難解な学術書も機械の高速読み取りの様に瞬時に読解し、未知の技術で作られた代物もすぐにその構造を理解できてしまう。

 この能力を生かしてこの世界に埋没している大昔の遺物の技術を解析をしてもらい、自分達の暮らしに利用できるように他の技術担当のプレイヤー達と一緒に復元作業に勤しんでもらっている。

 その結果の一つがこのマグ・ショット達が拠点にしている建物だ。

 場所はマグ・ショットからまだ教わっていないが、とある場所で朽ち果てていた大戦争期前の施設――今は遺跡と呼称されている廃墟と化した建造物を発見し、リンクル達らの協力によって活動拠点として利用可能な状態にまで再建したものだとツェイトは聞かされている。

 今ツェイト達が足を踏みしめるその場所は、かつて遺跡と呼ばれたような人の営みが痕跡となった過去の存在ではなく、しっかりと使用可能な施設として機能できるに至っている。


 とはいえ、これらを主導していたマグ・ショットも当初は相当に苦労したらしい。

 聞けばこの世界に来た時は一人だけで、今の様に他のプレイヤー達と合流する事が出来たのはそれから相当の年数が経ってからの事だそうだ。すなわち、このコミュニティにいるプレイヤーの中でマグショットは最も古い時期にこの世界にやって来たのだ。


(……まさか昆虫人の倍以上も生きていたとは)


 驚いた事に、マグ・ショットはかれこれ800年程この世界で生きていた。

 それを聞かされたその時のツェイトは俄かには信じられず、マグ・ショットの姿を改めて見てみるが、肉体への老化は見受けられなかった。ツェイトが記憶にある姿と何も変わっていなかったのだ。

 当人もそれについては気になってたので、いくら年をとっても体に不調は感じられなかったそうだ。むしろ調子が良い位だとか。

 ハイゼクター全体がそうなのか、マグ・ショット個人の身体構造や職業などの影響がそうさせているのか。


 この世界に来た当初は自身の生活基盤を確立させるために能力を利用して上手い事この世界の社会に馴染んでいったらしい。

 しかもそれ程昔となると、その時期は大戦争期最後の大破壊が終わってから始まった混沌の時代、“灰の時代”末期、世界が夜明けを迎えたはじめた時代である。

 当時のはどこもかしこも復興とそれによって生じる混乱の真っただ中。だからこそ、そのどさくさに紛れてどこか適当な国に潜り込む事は苦ではなかったのだろうが、ようやく国家としての体を成し始めた国の社会秩序は贔屓目に見ても乱れていた。

 しかし、マグ・ショットにとってそんな世界が居づらかったとわけではなかった。むしろそちらの方が色々と“やりやすかった”と本人は言っている。アバターの能力のおかげで人間の頃よりも上手く立ち回ることが出来たらしい。

 自分単身で生きる分には全く問題は無い。丁度遺跡発掘最盛期の頃だったので姿や名を偽ってクエスターになり、程々に名声と富を得てからは商売にも手を伸ばして軌道に乗せて行った。

 問題は、後に他のプレイヤー達の捜索と、プレイヤー達でコミュニティを作ろうと決意した時だった。

 事を公にするわけにいかず、かつプレイヤー達の身を隠しやすい場所といった条件のもとで行われた探索にはかなり骨が折れたとぼやいていた。

 今住居として利用しているこの遺跡もかつては密かに発見しても、リンクルや他の卓抜した頭脳を持つアバターのプレイヤーと合流するまでは修復のめどが殆ど立たず、遺跡を他者に発見されないよう隠蔽に徹する事しか出来なかった。実際それが形になり始めたのは、この世界に来てから数百年以上はかかってしまっていたらしいので、その苦労は並大抵のものではないだろう。





 そんな苦労の賜物たる拠点内を歩くツェイト達。リンクルに追い出されて次に向かう場所は、このコミュニティ内でリンクルと並ぶもう一人の技術分野を任されているプレイヤーのいる場所だ。リンクルがいるフロアの一つ下の階に部屋があるらしい。

 1か所に集まっ顔合わせをすれば一番効率が良いのだが、生憎今この拠点にいるマグ・ショット、シチブ以外のプレイヤーはリンクルとそのプレイヤーしかいない。

 マグ・ショットのもとにいるプレイヤーは決して多くはない。そのプレイヤー達に頼んで色々と“お使い”をしてもらっており、拠点から出張っているのだ。

 なので基本的に拠点にい続けている両プレイヤー位しか今挨拶できる者はおらず、その上と重要度の高い仕事を請け負っている人物達でもあるので、先に会っておきたかった。

 他のプレイヤーについてはマグ・ショットの方で通達がされるらしいので、何かの切っ掛けで会う事があれば、その時改めて挨拶しておけば良いだろう。


 廊下を通り、いくつかある階段の一つを降りたツェイト達の前をある“もの”が通り過ぎて行った。


「……何だあれ? 箱、か?」


 害意が無い事はツェイトの態度を見て理解しているセイラムが、通り過ぎていった“もの”の後姿を不思議そうに見ながら呟いた。

 実際、それの形状はセイラムが口にしたままの姿をしていた。

 大きさはバレーボール位の四角い箱。

 収納式なのだろうか、箱の一部と思しき意匠を遺した虫の脚に似た六つ脚部分が箱から展開し、脚部の先に何か車輪でもついているのだろう、僅かな稼働音を出しながら廊下を滑るように移動していたのだ。


「どうやらあれだけじゃないらしいぞ」


「え、おゎっ!?」


 セイラムが“箱”を見送っている時、ツェイトはその脚付きの箱が来た方角を見ていた。

 ツェイトの声につられてそちらを向いて、セイラムはその先にある光景に驚いて体が少しだけ跳ねた。


 先ほど通り過ぎた脚付きの箱、それと同じ形状をした物体がわらわらと夥しい数で以てやって来たのだ。

 更には廊下だけでなく、中には壁を走っているものまでいるので形状も相まってさながら虫の群れが殺到してくる様相にも似ている。人によっては恐怖を感じる光景かもしれない。



 その箱の群れが、どうしたものかとその様子を眺めていた二人の前で急にピタリと止まった。

 箱の前面には丸いレンズが一つ取り付けられている。それを一斉にツェイト達に向けると、焦点を調節しているのだろう、レンズの奥の部品が忙しなく動きだす。


 まさか無いとは思うが、念のためにセイラムの前に立ってツェイトが様子を伺っていると、一番手前の個体から声が発せられた。


『おい、何ボケっとつっ立ってやがる』


 マイク越しに発せられたような、機械処理的な雑音が混じりの乱暴な言葉だった。

 二人してキョトンとした顔でその箱を見ていると、箱から小さな舌打ちが聞こえて来た。


『俺の所にツラを出しに来たんだろ。こいつらが来た方向に俺の作業部屋がある、来るんだったらさっさと来い』


 そう言うや否や、箱は何も言わなくなり、周囲にいた箱たちと共に通路の向こうやツェイト達の通って来た階段を器用に通って行ってしまった。

 言葉を返す暇もなかった二人は顔を見合わせると、とりあえず先の言葉が指定した場所へと向かった。

 


(……あの声は誰のだ? 全く分からない)


 通路を歩きながらツェイトは一人考える。どのプレイヤーだったのだろうかと。

 マグ・ショットはツェイトが知っているプレイヤーだと聞かされていたが、名前までは伏せられた。直接自分の眼で見ろと言ってきたのだ。

 何せ“小さい女の子”のような声だったのだ。ツェイトの知るプレイヤーの中で、あんな幼い声を出すプレイヤーに該当する人物はいなかった。


 このフロア……というか、あの箱については何となく見当がついている。

 NFOにも存在しており、あの世界において特異な存在の一つ、“機械”に関わるプレイヤーのものだと思われる。

 機械を操るプレイヤーがあの箱形の機械達を操作、場合によっては製作したのだろう事は容易に想像がつく。


 しかしそれでも腑に落ちない点がある。ツェイトが交流のあるプレイヤーの中にあのような人物はいないのだ。いたとしたら印象的なので間違いなく覚えているはずだ。

 ……まさか変声機か何かで声を変えている何て事をしているのかもしれが、そこまで行くともうきりがないので、手っ取り早く直接会った方が早い。


 声に従い、箱型機械がやって来た方向へ向かっていく。此処の階もリンクルがいた階と似た様子で、機能性を重視した構造になっている。

 壁や扉は無骨で頑丈そうな作りになっているのは、この階で行われていることが関係しているのだろう。


 そうして二人は目的地へと辿り着く。周りのの壁には“安全第一”、“関係者立ち入り禁止”、“開発品の無断持ち出し不可”とでかでかとこの世界の文字で注意書きが書かれた看板が張り付けられていた。

 他にも個人を差した恨み言みたいなものまで貼り付けられてあり、そこにシチブの名前が入っていたのを目にしてしまったが、ツェイトは気にしないでおく事にした。

 よほどここの部屋の住人は神経質なのか、もしくは苦労性なのかもしれない。

 さて中に入ろうかとツェイトが扉に近づくと、何の予兆も無く扉が軽快にスライドして開いた。


 ツェイトはふと扉の上部を見る。見れば扉の部品の様に紛れて監視カメラと思しきものが設置されていた。そこからツェイト達の事は御見通しなのだろう。

 リンクルの時と言い、自分達の行動が見透かされているので少し気が落ち着かないが、場所が場所だけに機密性が高いが故の処置なのだろうと解釈してツェイトはセイラムを連れて中へと入っていく。



 部屋の中はいわゆる作業場の形態をとっていた。機械を操作しているであろう音が扉を開けた途端鳴り響いて来る。

 広い空間にいくつも均等に置かれた作業机や壁面に設置された棚、奥の方には幾つものディスプレイの置かれた机が設けられている。だが、その机の上や挙げ句の果てには床などには何に使うのか見当もつかない中途半端に中身が露出した機械や、それらの部品などが幾つも置かれ、場合によっては散乱している。作りかけなのか、失敗して放置したものなのか、それはツェイト達には判断が付かない。


 作業机の内の一つで、作業している何者かの後姿が見えた。

 体格は小さい。小学生低学年と言われてもおかしくない体格の所為でか、座高の高い椅子に座る様は子供みたいだ。

 だが、その体に纏う機械がその人物を本来よりも遥かに大きく見せていた。機械式の服を着込んでいるらしく、背中から蛇腹状の長い腕が6本伸びて、その先に4本の指が備わっている。ある手は部品を主の手元へと運び、ある手は主の作業の補助に入っていたりと、各々の手がまるで独立して生き物の様に忙しなく動いていた。

 光を発しながら鳴る溶接の音、部品をはめ込み接合する音など、この部屋の作業音は全てそこの作業から発せられている。

 黙々と作業を進めているその人物こそが目当ての人なのだが、箱の機械越しの言葉からして神経質な性質(たち)かもしれないため、今この作業中下手に声をかける事が躊躇われた。

 作業がひと段落するまで待った方が良いのか? そう思っていると、作業する手が止まった。


「……此方を待つくらいの気配りが出来るのは感心だな。どこぞのクソ花とはえらい違いだ」


 通路で機械越しに聞いた声だ。くぐもった調子だが、可愛らしい少女の声だった。が、口調の所為かどすが効いている。

 椅子の座面を半回転させて此方へ体を向けてきた。

 正面から見た体格は後ろから見た時の予測通り、年若い少女並の小柄な体格だった。大体10歳かもう少し上くらいだろうか? 声も通路で聞いた通りの幼さだ。

 その小さな体に似つかわしくない全身は何らかの繊維と機械部品で構成された暗い色の服を纏っている。上下一体型の隙間の無い気密性が高そうな作りをしており、装甲と機械だらけの気密服みたいだ。

 頭もいかつい溶接マスクを被って素顔は全く見えない。背中に背負った背嚢式の機械から伸びる金属の手が、手持無沙汰のようにうねっている。


 溶接マスクがツェイトへ向けられている。少なからずとも意識をされているのであろう事はツェイトも分かった。 

 はて、一体誰だろうか。ツェイトは過去の記憶を手繰り寄せてはみるものの、その中で目の前のプレイヤーに該当する人物が見当たらなかった。

 マグ・ショットは知っているプレイヤーだと言っていたが、人違いと言う事もある。ツェイトは初対面の可能性が出て来たので、ツェイトは本気で初めて会った気持ちで接触を試みた。


「あの、初めまして、マグ・ショットの紹介で伺ったツェイトと言います。……どこかでお会いしましたか?」


 相手の小柄な体がピクリと動いた。注視しないと分からない程度の僅かな動作だ。同時に、雰囲気が変わった。当人の精神状況に呼応しているのか、背面の機械から伸びる金属の腕もピタリと止まっている。


(言い方を間違えたか?)


 失態の可能性にヒヤリとするツェイト。

 そこで最初に沈黙を破ったのは、件のプレイヤーの溜息だった。


 溜息と共に、頭に被っているマスクに変化が起こる。

 まるでパズルの様だった。機械音と共にマスクが少しずつ折り畳まれてゆき、うなじの方へと収納されていくではないか。


 中から現れたのは、愛くるしい顔立ちの人間、この世界で言うフュミニアンの少女の顔だった。

 白い肌に艶やかな黒いショートヘア、深い深緑を(たた)えた瞳、小ぶりで柔らかそうな唇。それはまるで美しく精巧なビスクドール。それが命を宿したらこうなるだろうと言う一例を形にしたような容貌をしている。

 

 だが、その表情は不機嫌そのものだった。

 細く整った眉は顰められ、眉間に皺が寄っている。

 ツェイトもしかめっ面が常に顔に張り付いているが、こちらは明らかに機嫌の悪さが感情と共に乗せられていた。

 本来ならくりっとした瞳は鋭くツェイトを睨みつけたままだ。


 素顔を露わにしたそのプレイヤーを見て、ツェイトはますます困惑する。


(誰だ、この人。いや、そもそも俺は嫌われているのか? もしかしてNFOの時にでも恨みを買ったか?)


 ないとは言い切れない。

 かつてNFOでプロムナードとあの世界を冒険した時、目的の為に他のプレイヤー達と敵対する事もあった。 

 程度にもよるが、そういった手合いまではさすがに顔を憶えていない事が多いので、もしかしたらそのクチかも知れない。


 まさかマグ・ショットが言っていた知っているプレイヤーと言うのは、恨みつらみを持った者というオチなのか。


 だが、あのムカデの男が身内内の空気を悪くするような事はしないだろう。

 むしろ注意を促して接触に気を付けるよう言ってくる筈だ。この様な状況下なので、把握している人間関係やそれらの機微(きび)を軽視をするとは思えない。


 目の前の少女姿のプレイヤーへの対応に苦慮していると、そのプレイヤーがツェイトの疑問へ挨拶と言う形で答えた。


 名乗るのが余程嫌なのだろうか。顔の表情筋をすべて使って苦虫を噛んだ表情を作って渋々、本当に渋々と言った様子で彼女はようやく名乗った。




「……………………“フィーゴ”だ」


(……ん゛ん゛っ!?)


 名前を聞いた直後、ツェイトは顔面及び全身の筋肉を総動員してリアクションをとらないように心血を注ぐ。ひとえに、隣のセイラムへ目の前のプレイヤーとの関係を悟られないために。


 二人の間にまた沈黙の帳が降り、セイラムがどうしたんだと心配げに二人を交互に見る。

 ツェイトは少女――フィーゴを動揺の眼差しで凝視し、その眼力に晒されているフィーゴはイラついているのは変わらないが、どこか気まずい様子で顔をそらしていた。

 

 何時までもこのままではらちが明かないと思ったのだろう。フィーゴがため息をつきながら顔を上げた。


「……おいそこの娘っ子、ちょっとこいつ借りるぞ」


「え? あ、はい、どうぞ?」


「おう、ちょっとここで座って待ってろ。そう時間は取らねえ。あ、周りの物を触るのは止めておけ、怪我するぞ」


「は、はぁ」


 突然声をかけられた事と眼力に気圧されたのもあるのか、セイラムが反射的に答えるとフィーゴが背中の機械腕で近くにあった椅子を取り寄せてセイラムの側に置いた。そして別の機械腕でツェイトの肩を掴んでくる。


「お前はこっち来い」


 ツェイトはフィーゴの意思とその機械腕の力に従い、今いる部屋から隣部屋へと続く機械式の扉を抜けていった。





 隣の部屋も作業部屋ではあるらしいが、どちらかと言えば物置としての側面が強い様相だった。感知式なのか二人が入った途端、勝手に天井の灯りが点いて部屋の中の様子が明らかになる。

 扉側の近くに作業空間が設けられ、そこから億へ行くにつれて様々な機械がシートを敷いた床の上に並べられている。

 さっきの部屋と違い、此方の機械達は土がこびり付いていたり、古ぼけて朽ちたようなものばかりだ。フィーゴが手掛けた発明品ではなくて、どこかの遺跡から発掘された品々のように感じられた。


 通った扉が音を立てて閉まりロックがかかるのを確認すると、フィーゴがツェイトへ機械腕を解いて向き直る。

 その顔は凄く嫌そうだ。嫌そうなのだが、やらないと話が始まらないので仕方がなく、本当に仕方がないというネガティブな諦観を伴っていた。


「この部屋は防音性だ……俺に言いたい事があるんじゃねえのか?」


「……お前、“あの”フィーゴなのか?」 


「…………お前の知っているプレイヤーに同じ名前の奴が二人いなけりゃな」


 ツェイトは瞠目しつつも、先ほどから胸の中で渦巻いていた疑問を恐る恐る訊ねてみた。


「……何でそんな姿になってるんだ?」


 ツェイトはフィーゴというプレイヤーを確かに知っている。

 だからこそ、今目の前で同名を名乗るこの小さな少女が同一人物であるという事がにわかには信じられなかったが故の質問だった。


「……った」


「え、今何と?」


 そもそもツェイトの知るフィーゴとは、幼い少女の姿をしていなかった。

 様々な形状を持つ人型の機械種族“自律機甲(オートメカニクス)”、それも戦闘に特化した男性プレイヤーだった。

 その容貌は全身これ重機の塊。両肩にクレーンアーム、左腕にパワーショベル、右腕に釘打ち機、両脚はブルドーザー、その他色々と建設機械をモチーフにしたパーツがボディの至る所に満載した姿はツェイトを幾分か上回る程の巨体を持ち、その戦闘力も機械系プレイヤーの中でも抜きん出て強力だった。

 そして多くの機械系と生産職プレイヤーを(よう)するギルド「アマツマラ重工」の双璧を成すサブギルドリーダー、それがツェイトの知るフィーゴだった。


 ……それがこの世界で会ってみれば、重厚な鉄の巨体の面影なぞ露程にも感じられない愛くるしい少女になっているのだ。何があったと聞きたくもなる。


 ぼそぼそとツェイトでも聞き取れないほどの小さい声にツェイトが眉を顰めながら訊きかえすと、やけくそ交じりの叫びが返って来た。


「だから……事故ったっつってんだよッ!」


「う、事故だって?」


 驚いて仰け反りつつ、ツェイトはフィーゴの言葉に眼を瞬かせて先の言葉の真意について思考する。

 このプレイヤーは機械系種族のプレイヤー、そして自分が知るアバターとは違う外見。

 ツェイトはフィーゴの外見をこの世界へ来た際に起きた異常事態によるものと疑ったが、よくよく考えてみて、手繰り寄せたNFOの知識からある可能性に思い至った。



「なぁフィーゴ、もしかしてその姿はお前の“予備躯体”か?」


 本来、NFOでプレイヤーが作れるアバターは一つのみに限られている。仮に複数のアカウントを作ろうとしても、生体情報を一度登録してしまえばそれ以上のアカウントの作成は出来ないようになっているので、アバターを増やす方法はない。本来は。

 だが、そのルールを変則的にだが当てはまらない種族がいる。それが機械系種族である。

 機械系種族はボディの骨子となる“躯体”を中心に各所がパーツとして存在し、それらを組み込む事でアバターの体を構成するという特殊な仕様となっている。中には複数パーツではなく、全身丸ごとで一つのパーツとなっているものもあるが。

 そこに、高難易度の特殊な工程をクリアしていく事で機械系種族プレイヤーのアバターにある要素が付け加えられる。それが“予備躯体”だ。

 それによって従来使用している躯体がパーツの構成上、これ以上手を加えられる余地が無くなってしまった場合は予備躯体に替えてそちらで新たにパーツの組み換えでボディを構築する事が可能となる。

 ただし、機械系種族のそういったパーツ類はかなりの金食い虫だ。必要な素材がモンスターからドロップする確率の低さもそれに滑車をかけている。

 更に機械系種族は他の種族とは違って自身をメンテナンスをしたり武装によっては消費する物もあるので、それらの維持の為の出費は必須だ。ある程度まで育てばそれらの問題を解消する装備があるのでぐっと楽になるが、それでもプレイヤー内でも金のかかる種族である事には変わらない。余程潤沢な資産を持っていない限りは一つの躯体を維持するので十分と言うプレイヤーが多いのだ。

 

 フィーゴが何も言わずに顔を反らしている。ツェイトの予想は正解だったようだ。

 ツェイトは顎に手を添えながら改めてフィーゴの顔を見ていると、フィーゴが鬼の形相で背中の機械腕を駆使して掴みかかって来た。


「止めろー! そんな目で見るんじゃねー! 俺を少女趣味のロリコン野郎だとでも言いてえのかおー!?」


「あ、おいちょっと待て止せっ、隣にセイラムがいるんだぞ」


 美少女が小さな体で跳びかかり、機械腕がぎりぎりと締めつけてくるという異様な光景。傍から見れば機械仕掛けのタコが絡み付いてきているように見えなくもない。

 ギリギリと音を立てる程の締め付けがツェイトに襲い掛かるが、幸いな事に肉体強度の関係でビクともしなかった。


(この怒り様、余程苦労したと見たが……)


 あと、これが本来の姿でやられていたら締め落されていたかもしれない。そんな事を考えていられる位にはツェイトは冷静だった。

 ツェイトが何度か呼びかけを続けてフィーゴはようやく落ち着きを取り戻したが、今度はよろよろと離れながら崩れ落ちた。機械腕も力を無くしたようにしな垂れている。


「ちくしょう……どいつもこいつも人の事クソみたいな目で見やがって……」


「……まぁまぁ、俺は別に馬鹿にしちゃいないから、良ければ俺に話してみてくれないか?」


 まさかあの重機の化け物みたいなプレイヤーにこんな一面があるとは思いもしなかったが、別に害悪な内容でもないのでツェイトから言う事はない。

 平時ならからかう位はしたかもしれないが、下手に今の精神が不安定なフィーゴに言っても逆効果だろうからツェイトはフィーゴの話を静かに拝聴する事にした。







 今からおよそ200年以上前、フィーゴはこの世界へとやって来た。

 他のプレイヤー達と同様に、アバターの姿とそのボディに装備されている着の身着のままの状態でだ。


 だが、そこで大問題が発生した。今のフィーゴの少女姿がそれである。

 プレイを始めてから数年経ち、フィーゴは予備躯体を手に入れてそれの活用法について考えた時、似た様な物を作っても面白くないので、今使っているアバターとは全く違ったコンセプトで組み立てる事を思いついた。

 今使っているアバターは超大型の拡張部品と組み込んで作り上げた完全なる機械種族――自律機甲(オートメカニクス)だ。

 その真逆で、戦闘能力はおまけ程度に、美しさを求めるような……そういった方向性でイメージを固めてゆき、思考錯誤で外見のデザインを幾つも作り――そして完成した。


 ギルドメンバーや知り合いに隠れてこっそりと誕生したのはまるで西洋人形の様な可愛らしい外見の、人間と全く遜色のない姿をした機械種族――自律人形(オートホミニム)だった。

 中核となる躯体へ少女型自律人形の骨格を取り付け、人工筋肉や皮膚、動きをより円滑にするための動力機関や電子頭脳。どれも最高位品質の品を取り揃えての組み立てて出来上がった自律人形の姿は、いつも厳つい部品しか取り扱っていなかったフィーゴには不思議なものに見えた。

 身に纏うコスチュームもそれに合わせて少女に見合う美麗な物を用意してみた。フリル・レース・リボンがあしらわれた黒いドレス、いわゆるゴシックアンドロリータのスタイルを中心に、少しばかりの機械要素をアクセントに加えたフィーゴが自身のセンスで可能な限りにめかし込ませた渾身の一品だ。


 完成した当初はその外見を眺めているだけで十分楽しめたのだが、それだけでは宝の持ち腐れだし実際に動かしてみたいと、とうとうフィーゴはその躯体へ体を移し替える事を決意する。

 本来性別は生体情報の読み取りの関係で変更は出来ないのだが、一時的な性転換が可能なアイテムや、今回の様な予備躯体を女性型に組み立てるなど手段はいくつかある。あとはNFO内の規則事項に抵触するような行いをしなければその姿でプレイが可能となるのだ。


 自律人形の躯体へと体を移し終えたフィーゴは姿見で自分の姿を見て呆然とする。「これが俺……?」と。

 しかし、その時はあまりの雰囲気違いと自分が女装をしているような感じからくる羞恥心で1分も断たずに元の躯体へと戻り、暫く単独でダンジョンなどへ潜ってモンスター相手に暴れ倒しているフィーゴの姿があったとか。


 それから最初は誰にも見せないよう一人でこっそり観賞したり躯体を変えたりして楽しむ程度に抑えようとしていたものの、一部のプレイヤーに敢え無く露見するなどアクシデントもあったが、おおむねその躯体を作ってまぁ良かったかなと思う程度には楽しめた。




 そしてNFOが10年目を迎えたあの日。

 ひとしきりいつもの躯体(自律機甲)でプレイしてから自律人形の躯体へ移し替え、その頃に自律人形関係で知り合ったプレイヤー達の所へちょっと顔を出しておこうかと準備をしていた。

 一旦現実の所要を済ませておこうとログアウトした、その直後だった。自分の視界が全く知らない景色に変わっていたのだ。そこがゲームでは無く、全く未知の現実世界である事を知るのには、そう時間はかからなかった。


 フィーゴが現れた場所は多種族間連合の領土ではなかった。エヴェストリア大境界溝を隔てた向こう側の大地、通称“溝向こう”と呼ばれるこの世界で言う所の人間――フェミニアン達の国々がある場所だった。

 ログアウト不可能、ウィンドウ内に収納していたアイテムも消失。挙句の果てにはよりによって観賞目的の意味合いが強い自律人形の姿のまま、未知の大地に放り出されてしまった事に絶望した。

 

 幸いと言っていいのか、自律人形のフィーゴの姿は一見すればフェミニアンと全く遜色のない外見だったので、種族的にその領域に溶け込む事は何とか出来た。普通の機械の様に、修理や補給を行う“手間”も必要が無い特別性の躯体だったので、それが良かった。

 着の身着のままの状態だったフィーゴは現地の通貨など持っているはずもなく、先立つもののために手っ取り早くクエスターになった。不思議な風体の、しかしその上等な材質である事が見て取れるドレスのような衣装を纏い、美しい造詣の容貌は多くの人々の注目を集めた。


 その美貌は災いも呼び寄せた。フィーゴを攫おうとする者、中には権力にものを言わせて我が物にしようとその身を狙う輩に何度も襲われる羽目になった。

 酷い者では国政に深く関わる権力者と結託し、常人ならば否が応でも従わざるを得なくなるような状況へと追い込むような事態まで引き起こしてきた。

 最初はフィーゴも適当にあしらっていた。しかし、徐々ににっちもさっちもいかず、それでも手を緩めてこず過激になって来る相手に、とうとう我慢の限界を迎える。

 襲い掛かる者達を今まで以上に容赦なく、死にはせずとも再起不能にまで肉体を破壊して回り、張本人たちのいる屋敷へと乗り込んで、他の者達と同様に、そして“屋敷もろとも破壊した”。


 これで身に降りかかる火の粉が払われた、かに思われたがそうは行かなかった。

 フィーゴはやり過ぎたのだ。正当防衛だったとはいえ、国家に関わる権力者を、怒りに任せてその屋敷ごと破壊して壊滅させたため、国はフィーゴを指名手配にかけてしまったのだ。

 権力者側の薄暗い所業の証拠を提示して訴えれば、身の潔白を証明できただろう。しかし、その時のフィーゴは現実で男の持つ欲望と言う生の感情に晒され続けていたせいで人間不信に陥っていた。

 もはやクエスターや、この地で手に入れた信頼やしがらみなどくそくらえ。国を離れ、人気を嫌いながら自然が豊かな場所へとフィーゴは失意と共に逃げていく。

 特別性の機械の体に生き物のような飲食と言った行為は不要。住む場所だけ適当に用意して、十年近くの月日を世捨て人の様に過ごしていった。

 そうして無気力な日々を繰り返している内に、マグ・ショット一派のプレイヤーと出会い彼らのもとに身を置くことにした。







 一連の話を少々拙いながらも聞く事の出来たツェイトは、内心気の毒な思いでフィーゴの様子を改めて伺ってみる。

 元々少しガラの悪い所のあった彼(?)だが、今は社会の負の側面に晒された影響か、何らかの歪みが残っている雰囲気は拭えていない。


「……それはまた、何とも」


 上手い言葉が思いつかず、心に思った言葉を素直に吐露するツェイトに、今しがたこの世界での経緯を語り終わったフィーゴが顔を反らしたまま不機嫌そうに鼻を鳴らした。唾を吐き捨てそうな勢いだ。


「おかげで暫く男のフェミニアンを見たらぶっ殺したくなって手が出そうになる事もあったがな。今はまぁ、ツラを見るとイラッと来る程度か」


 もはや男性恐怖症の領域ではあるまいか。フィーゴからざっくりとした程度しか語られなかったが、この様子では相当嫌な目に遭ったのだろう。

 本来男なのに、機械とは言え女の体となって同性から情欲の眼に晒されてしまえば、そうもなるのかもしれない。最悪の事態は免れた事が不幸中の幸いか。


「……ま、今はここに引き籠って機械いじりしてりゃいいから気は楽なんだがな」


「機械操作とか出来たのか?」 


「ああ、何か知らんがこっちに来てからやたら特に機械へ理解が凄えはやい。この拠点の機械類の補修とか新設は殆ど俺が手掛けた。資材はマグ・ショットが集めて来やがるからそれでやりくりだ」


 俺、リアルだと機械技術とか全く無縁なのにな。肩を竦めながらそうフィーゴが言う。


(この世界に来たプレイヤーはアバターの技能に合わせて地の能力が変わっているのか) 


 先のリンクルしかり、この間のリュヒトしかり。

 かくいうツェイト自身も体を動かす事、アバターの能力を使う際も難なく使いこなす事が出来ていた。

 確かフィーゴは職業として機械工士(マシーナリー)をとっていた筈とツェイトは記憶している。なのでその技能が実際の能力として反映されたのだと思われる。

 そうなると、ウィンドウ内のアイテムが消失したという大きなデメリットが発生しても、程度は違うだろうが現地の材料で上手くやりくり出来るという利点が生まれる。現にこうしてフィーゴが復旧させているのだから。


 とりあえず、目の前の美少女が自分の知るフィーゴで、彼(?)の現状を確認する事が出来たツェイトだが、少女を見てもうあの姿(重機の巨人)に会えないのかと思って少し寂しくなった。


「言っておくがな、俺はこのままでいるつもりは無えぞ」


「と、いうと何だ?」


 自分を見るツェイトの目に哀愁を感じたのか、フィーゴがギロッと音が聞こえてきそうな勢いでツェイトを睨みつけてくる。


「俺は今、元の姿を作っている」


「作っているって……え、“あれ”をか?」


 ツェイトが思い返すフィーゴの本来の自律機甲の姿は、全身複数の建設機械が混ざり合った人型の機械巨人。

 ツェイトの体格を上回る巨体は脚部の履帯で予想以上の機動力で動き回り、全身に装備した重機型の武装から繰り出される破壊力は圧巻の一言に尽きる。

 実際にツェイトも戦った事があるが、工事現場の破壊作業を凶悪にした様な怒涛の攻撃には肝を冷やした事がある。他のプレイヤーからも接近戦に持ち込まれる事を大層恐れられていたプレイヤーの一人でもある。あの巨体の圧倒的な馬力で組みつかれ、チェーンソーで切断されたり、圧砕機で砕かれたり、釘打ち機で勢いよく脳天を撃ち抜かれるなど誰だってされたくはない。

 相当強力な性能だった筈だが、それをこの世界の資材と技術で再現など出来るものだろうか。そんな疑問がよぎってツェイトは思わず言い返したのだが、フィーゴはあくまで前向きだった。


「ま、性能の再現まではまだ出来ねえからそこら辺は一旦考えないでおく。今は動作の再現が出来るのか試作でいくつか作ってテストしてるって感じだ」


「お、おお」


「くくく……まあ見てろ、オリジナルと同じかそれ以上の奴を作ってやる。それが出来りゃ俺は真の姿になるんだ……」


 低いうなり声のような笑いをもらすフィーゴの美しい少女の顔は、獣の威嚇にも似た獰猛な笑みを浮かべていた。

 このプレイヤーはこんな人だっただろうかとツェイトはちょっと引きつつ思うが、この世界に来て経験した事が彼(?)を歪ませてしまったのかもしれない。

 ともあれ、その歪んだ感情のぶつけ方がこれ(元の躯体開発)ならなまだまともな範疇だろうとも思う。集団に属しながら自分の役割をこなしているのだから、社会性や協調性が欠落した訳でもないわけでもないのだし。

 NFOでは仲の良かったプレイヤーなので、機会があれば協力してあげる事は吝かではなかった。



 正気に戻ったフィーゴがある事を思い出して顔を上げた。


「……おっと、長話が過ぎたな」


 元々フィーゴの確認の為に隣部屋へ移ったが、思ったよりも時間がかかってしまった事に気付いた。

 セイラムを待たせすぎたかな、と彼女が待っている部屋がある方へ心配げに顔を向けていると、その心情をフィーゴは察したようだ。


「向こうは多分大丈夫なんじゃねえかな。うちの“ちび共”が相手してやってるだろうから」


「……あの箱みたいなロボットか」


 フィーゴと結びつく存在があの箱型の機械くらいしか思いつかないが、正解だった。


「おう、俺がここに来てから考えて作った作業用のロボットどもだ。正式名称はミニトマ」


「“ミニトマ”? ……ミニトマトみたいな響きだな」


「バカ野郎違えよ。ミニ・オートマトンの略だっつの」


「……お前、もしかして感性変わったか? 何だか名前の付け方が可愛――」


「それ以上言ったら標本にすっぞテメエ!」


 フィーゴが脛目がけて蹴りをいれるが微動だにしない。

 代わりに、フィーゴが「あ」と何かに気付いて、蹴った脚を見て涙目になっていた。


「あ、脚の装甲がぁ……」


 フィーゴの着込んでいる衣服に取り付けられていた脚部の装甲が、先の蹴りで見事に凹んでいた。


「その服作業用だろ? それで俺なんか蹴ったらそうなるだろうに」


 NFO内でも指折りの頑強さを持つプレイヤーの体に痛みを与えるならば、生半可な威力では意味を為さないらしい。

 「この腐れ脳筋がぁっ」と荒れるフィーゴの様子にやっぱりちょっと変わったんじゃないかなぁと内心ツェイトは思う。

 流石に数百年間機械とは言え少女の体だったら影響されてしまうものなのだろうか。





 作業着が少し傷物になって凹んだフィーゴと一緒に元の部屋に戻ってみると、ツェイトはセイラムの前に例のミニマトなる箱型機械が何体か集まっているのが見えた。

 何をしているのかとよく見てみれば、一番手前で横に並んでいるミニマト達が自機の機械腕にお茶菓子入りの皿や……あとよく分からない小型の機械らしき物体を掲げている個体までいる。

 セイラムも悪い気はしていなかったようで、勧められるそれらを珍しそうに眺めながら素直に飲み食いしている。――さすがに機械を渡された時は訳が分からなかったようでそのまま返していたが。

 絶賛接待中のなかで、ツェイト達がドアから出て来ると、セイラムはドアの開閉音で気付いて振り向いた。


「……お前の所の発明品は客の応対も出来るのか」


「建物の保守が主な仕事なんだがな」


 初めて遭遇した時、この階から忙しなく移動していたのは各階への移動と定期メンテナンスが目的だったようだ。


 その後、作業台の一つをテーブル代わりにしてツェイトもお茶と菓子を貰う事にした。といっても、フィーゴは機械故に飲食不要なのでその場では適当にごまかしていた。フィーゴの体が全身機械だという事は伝えてしまってもいいのだが、あまりにもフュミニアンと同じ外見をしていて口頭だけで伝えても今一つ理解できないだろうと考えての事だった。手っ取り早く証拠を見せる手段はあるが、それは食事中にやる事ではない事は彼(?)も知っているのだ。

プレイヤー二人の登場となりました。顔面脳みそマンとTS機械少女の頭脳&技術担当コンビです。

次回から本格的にお話を進めていきます。


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