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紺碧の大甲虫  作者: そよ風ミキサー
第四章 【異界から来た者達】
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第40話 擬態から見る風景 後編

 ミキリはヒグルマの視線を辿ってツェイトを見るが、誰だかわからず眉をひそめる。しかしセイラムの顔には見覚えがあったのだろう、思い出した様な顔でセイラムを見ていた。

 ヒグルマはと言うと、ツェイトの顔を知っている事と側にセイラムがいる事から確信を持ってツェイト達のいる席へと近づいていき、その後をミキリが怪訝な様子で付いて来る。


「……ツェイト、だよな。どうしたんだそれ」


 目の前まで近づいて、一服中のツェイトの姿を怪訝そうに見ながら声をかけるヒグルマの表情は何とも言えない。

 恐らく事情は何となく察しているが、側に連れや人が多いので言葉を選ばざるをえないこの状況が窮屈なのだろうか。

 一緒にいるミキリも、同席しているセイラムの姿とヒグルマの言葉に最初は首を傾げていたが、合点がいったのだろう。まさか、と言いたげな顔でその向かい側に座っている気難しげな顔をしている男を凝視してきた。


 二人の視線が集まるツェイトは、こういう問いが来る事は想定済みだったので、事前に用意した答えを返した。


「依頼で遠出した時にな、がけ崩れで立ち往生していた行商人の人からお礼の代わりに貰ったこれのおかげだ」


 そう言って、ツェイトが事前に物質化しておいた擬態用の腕輪をはめた左腕を二人の前に掲げて見せる。

 腕輪はリュヒトに依頼した通り、経年劣化による汚れが目立つ古寂びた外見をしている。


「随分古めかしい物みたいだから何処かの掘り出し物かなと思って調べてみたらな、こんな事が出来るようになったんだ」


 そう言って自分を指差すツェイトに、ミキリが神妙に訊ねて来た。


「……お主、ツェイトなのか?」


「はい、いつぞやはお世話になりましたミキリさん」


「むむ……いや……だが、その姿……しかしその声は確かに、うぅむ」


 目の前の昆虫人の正体を知らされてもミキリは信じられない様子。

 腕を組み、眉間に皺を寄せながらツェイトを見る目は、どうしてもあの人型のカブトムシの巨人と目の前の昆虫人が同一人物だと頭で合致しきれていないらしい。頭の上にはてなマークが浮かんで見えるようだ。


「もし宜しければ、この後どこかでお話しませんか? 此処で立ち話もなんでしょうから」


 そう話を持ち掛けたのはツェイト。

 ヒグルマから良いのか? という言いたげな眼差しを向けられてくるが、ツェイトにとってはかえってこちらの方が好都合だったので、ちらりとヒグルマと眼を合わせただけで何も言わなかった。




 そうしてヒグルマ達にはそのまま昼食に入ってもらい、食事を済ませたツェイト達は会計を終えて近くの川岸で二人が来るまで暇を潰す事にした。シチブとの待ち合わせまで十分時間があるので、いい暇つぶしになる。


 体感時間で20分くらいしただろうか。ヒグルマと一緒に来たミキリがツェイトの昆虫人姿について説明を求めてきたのでそれに答える事にする。


 ツェイトは擬態について説明をするが、その際自分が以前昆虫人だった事は一旦伏せる事にした。ミキリのこの反応から見るに、ヒグルマと今は亡きハイゼクターのダンは話していないのだろう。

 自分一人の場合はアルヴウィズの時の様に言ってしまっても良かったのだが、この場にはヒグルマがいる。ツェイトと同じハイゼクターのダンと一緒にクエスターとして活動していた彼が拠点としている此処で話してもいない事を軽々しく言ってしまえば、彼に追及が来てしまう。

 何の事前連絡や相談もなしにそんな状況に陥れば、ヒグルマもアドリブで上手い言い訳が出来ずに揚げ足を取る様に彼是(あれこれ)と隠していた事まで暴かれてしまいやしないか。それこそ最悪プレイヤーという事もだ。

 そんな可能性が頭にチラついたからこその説明だったが、特に言及される様子は無かった。先程の気まずい雰囲気からの話題転換でそこへ意識が向かわなかったからか。


 実際に擬態を解いてハイゼクターの姿を見せ、再び昆虫人の姿へと変じて見せると、ヒグルマはともかく気を取り直したミキリは驚きつつも納得した。


 ツェイトがこの様に敢えて自身の擬態の件についてある程度明かしてみせたのは、既にハイゼクターの姿でツェイト個人の存在が世に知られ始めている事と、ハイゼクター姿だったら取り回し辛い場面の解消を目的とする所が大きかった。

 それとクエスターには今のツェイト(ハイゼクターの状態)で登録しているので今更と言うのもある。昆虫人への擬態については身を隠すと言うのではなく、体を小さくすることで行ける範囲や手段を増やす意味合いが多いのだ。

 なのでこの擬態の姿については訊ねられたら先の様な理由を返してゆき、ツェイトの別の姿として、言い換えれば着替えの様な認識を持ってくれればそれで良かった。

 もし変装の必要がある場合は……改めて別の手段を考えなければならないだろう。例えば、リュヒトに別の擬態用のアイテムを依頼で作成してもらうとか。そこは要相談という事になるが。


「……まやかしの類では無く、完全に姿形を変える道具か……。随分ボロボロだが、相当な年代物なのか?」

 

 やはりあの巨大なハイゼクターの姿から背丈が半分近く小さくなった昆虫人の姿のギャップが大きいのだろう。ミキリも以前のセイラムの様にしげしげと身長差が殆ど無くなったツェイトを見た後に、その視線を腕輪へと移した。

 ちなみに、腕輪は偶然持ち主の登録がされてしまった為ツェイトにしか機能しない、という事になっている。


「それが、これをくれた行商の人も詳しい事は分かっていなかったみたいです。どうやら色んな人の手を渡って流れて来たらしくて」

 

 ツェイトはこの間の事の様にカバーストーリーを話していく。

 その話をしている中、落ち着きのないセイラムの様子にヒグルマが気付くが、素知らぬ顔でツェイトの話を聞く姿勢を取ってくれた。

 

「この様な貴重品が世に知られずに埋もれているとは勿体ない……いや、それがお主の手に渡ったのは結果的には良かったのか」


「ええ、そのおかげで人並みの暮らしがまた出来るようになりました」


「……あの様な図体だ、街中で過ごすには不便だろうな」


 演技では無く、本当にツェイトはそう思ったが為にその顔から浮かんだ苦笑いには説得力があったからだろう。ミキリも思わず同情したような、曖昧な眼差しが返ってきた。


「それで、お前さん達がこっちに戻って来たのはあれか? 依頼が終わった報告がてらの一服か?」


 シチブの依頼を受けて他所の国まで行っていた事は知っていたヒグルマがそれとなく訊いて来る。深く追求しようというよりは、先の擬態の件から話題を変えようと言う思惑が何となく察せられる。その為か、切り出した話題も随分とうっすらとぼかされていた。

 ツェイトはアルヴウィズで起きた事件の事は伏せ、事の経緯を軽く説明した。内容は精々が徒歩での道のりをツェイトが飛べる事による空の旅と、行き先の商売相手のいる街での簡単な出来事等。概ねエルフの国に言った事による感想が殆どである。


「それでその商人がこの後遠くの国に向かうらしくてな、俺達の目的にも都合が良いから依頼とは別で同伴する事にしたんだ」


 今はその商人がこの首都での用事を済ませるまで時間を潰していると告げると、ミキリが訊ねて来る。


「友人の手掛かりは見つかったのか?」


 彼女はツェイト達の活動する目的を大凡知っている。

 以前この首都の大門前で起きた事件の後に事情聴取が行われた際、自分の素性も訊ねられたので昆虫人云々は抜きにしてのカバーストーリーを伝えており、そこで同族の親友――プロムナードを探す旅をする為にクエスターになった事も話している。


 ツェイトはそれに否と答える。手掛かりに繋がりそうな情報は手に入ったが、プレイヤーに関わる事なのでそれを彼女に話すわけにはいかないのだ。

 相手は此方に対して特に裏を感じない友好的な態度でいるが、ミキリは政府に属している。悪い人でない事は分かっているのだが、こうして会話に一線を引かざるを得なかった。





「話は変わるのですが、ミキリさんはヒグルマとどういった関係なのでしょうか?」


 自分達の事について話していたツェイトだが、色々と訊ねられてばかりと言うのもあれだったので、この際だから少し気になっていた事を訊ね返してみた。

 ミキリの事を知っているのは精々ヒグルマ達と一緒に行動する事もあるこの世界の住人で、この国の政府に関わる何らかの重要な役職についている人物なのでは、という憶測交じりの認識である。

 大門前の騒動の後にも憲兵達に何か指示を出していたり、彼女が声をかけると憲兵達が佇まいを正して対応し、事情聴取の際に現れたこの国の重要な官職の人物とも知らない仲ではない様子だった所から先の様な推測が浮かんだのだ。


 そんな人物とヒグルマは懇意にしているようだが、果たしてどういった経緯で知り合ったのだろうか。

 言い辛いのならば無理に聞くつもりはありませんと付け加えておいたが、ミキリは普通に答えてくれた。

 記憶を思い返すように遠くを見ながら話す様子に、何処か呆れが含まれているのは気のせいか。


「元を辿ればこいつが役所を破壊したのが始まりだったな」


 お前そんな事したのか? とツェイトが片眉を上げながらヒグルマを見ると、当人は苦虫をかみつぶしたような顔で反論した。


「……ありゃあ事故だ。まさかあんなとこに飛んで行っちまうなんて思わなかったんだ」


「死者が出なかったのは幸いだったがな」



 口論を混ぜつつ事の経緯について二人から話してくれた。


 今から三年ほど前、此処では無い別の都へミキリが仕事の都合でそこの役所へと赴いていた時、都の外から何らかの砲撃と思しき炎を纏った飛来物が役所へと落ちて来たのだ。

 落ちた場所は役所の中庭。着弾してからの爆発で役所の建物が一部破壊され、その余波で何人か役所内の職員にも軽傷者が出る事態になった。

 真昼のど真ん中に起きたこの事態に、すわ賊の襲撃かと役人達は飛んできた方角を割出し、急遽賊の捜索へと乗り出した。

 位置的に街道から外れた遠方の山林から撃ち込まれた為、今から出ても賊は既に逃亡している可能性が高いかに思われていたが、その位置から狼煙が遠目から見ても分かるように立ち昇っているのが発見された。


 賊の罠かと警戒しながらその場所へミキリと武装した役人達が向かうと、そこにいたのは花火職人の様な身なりの昆虫人の男が適当な岩に腰かけていた。

 だがそこにいたのは男一人だけではなく、打撲傷と火傷で襤褸雑巾になった堅気の者とは思えない集団が、縄でがんじがらめに縛り上げられた状態で一まとめにして転がされているおまけつきだ。周辺は木々がへし折れたり燃えて炭化していたりと惨憺たる有様でだったと言う。縛られた男達はその威力に晒されたのだろう。

 そんな異様な風景の中で、地面に突き刺した大筒の砲口から立ち昇る煙を一人見上げている無傷の男が、その時のミキリ達には近寄りがたい存在に思えてしまい、近付いたには良いが声をかけるのを躊躇ってしまった。


 既にミキリの存在を感知していた男は気まずそうに立ち上がり、ミキリ達役人へ話しかけて来た。

 その会話の中で男は役所の破壊は自分が原因だと打ち明けた時は役人一同騒然となり、そのまま男を捕まえるべきかと身構える。しかし男の先の異様さに二の足を踏んでしまい、そこで一旦頭が冷えたのでまずは事の経緯を訊いてから判断しようという事になった。


 男は旅の最中で道に迷い、街道を目指していたら山賊に襲われたため応戦に入ったそうだ。それがこの縛られていた者達の正体だった。

 だがその時大筒が暴発してあらぬ方向へと飛んで行ってしまい、山賊達を鎮圧した後に着弾先が近くの都のど真ん中だと気づいて頭を抱えたらしい。

 その場で逃げて後々自分の首が締まりかねないし死者が出ていたら寝覚めが悪いで選択肢から除外。

 様子見も兼ねて都へ出頭も考えたが、山賊を放置してまかり間違って逃亡でもされたら弁明材料が無くなってしまい後々で不味いのでこれも却下。

 やむを得ず狼煙を上げてその場で山賊達を監視しつつ都の方から誰か調査隊でも来ないかと様子を見る事にしたそうだ。


 そうして山賊とともに男は一部破壊された役所へと連行され、一時拘置所へと収容されて今後の処遇について検討していたら、ある事が発覚した。


 男と一緒に拘置所に入れられた山賊達だが、怪我と火傷で分からなかったがよく調べてみれば、最近その都近辺で問題になっていた山賊だった事が判明する。

 集団戦に富んだ者達で、討伐にやって来た役人達やクエスター達の追跡を巧妙にかわし続けていたためこの都では悩みの種であり、元々ミキリがこの都へと赴いたのはその賊の討伐に助力する様にと上からの指令を受けたからだった。

 どういうわけか男は山賊達が待機している場所に近付いてしまった様で、一人だけだから容易いとでも思われたのか、数の力で襲った結果山賊達は返り討ちにあったというわけである。


 偶然とはいえ都で解決するべき犯罪者の捕縛に貢献した男にはそれなりに酌量の余地があった。しかし、役所の損壊と怪我人が出たのでお咎めなしと言うのは甘すぎる。

 それに男は並の兵士やクエスターを遥かに超えた常人ならざる力を持っていた。

 試しにこの場で一番力量のあるミキリと試合形式で立ち会ってみた所、男は気を遣って手加減すらしてくる程に差があり過ぎて、ミキリは手も足も出ないまま敗北してしまいそれを見た役人達は仰天した。


 結果、それ程の力を持つ人物を放置するわけにはいかなくなり、治療費や修繕費の賠償措置も兼ねた監視付きの奉仕活動と言う形で政府から沙汰がおりた。

 その監視に就いたのがミキリである。万が一男が暴れた時、少しでも時間を稼げる者が彼女くらいしかいなかったが故だが、その時の任命された当人は大敗を喫した事もあって複雑な心境だったらしい。


 聞けば男は今無職らしく先立つものもない着の身着のままの状態だった様なので、奉仕活動が終わった後の働き先としてクエスターを紹介した。

 政府側に直接属させた場合の取り回し辛さを懸念して、自由の利くクエスターとして男には協力してもらいたいと言う思惑がそこにはあり、男も世話になった手前と利があったのでその提案に乗った。

 余程高位でなければと言う前置きが付くが、クエスターという組織や個人に対して政府が依頼する事は珍しくはない。

 そしてクエスター個人での活動や政府から来る独自の依頼を時にはミキリと協力しながら着々とこなし、賠償を済ませた男は住まいを首都ディスティナへと移して今もその暮らしを続けていた。


 それがミキリと男の――ヒグルマの今日に至るまでの関係である。







「借金の取り立て人紛いの真似事をする羽目になった時は複雑な気持ちになったものだ。何が悲しくて素性の分からぬ男を監視せねばならんのだと、あの時だけは命令を下した上司を恨んだな」


「それはまぁ、お互い災難だったと言いますか」


「シャナオウが暴発して弾ぶっ放した時は冷や汗が垂れたぜ。役場のど真ん中に命中しちまったんで牢屋暮らしを覚悟しちまった」


 ツェイトは二人の話を聞きながら当時のヒグルマの状況について考えてみる。

 三年前の話という事は、以前ヒグルマ自身から聞かされていた彼がこの世界に来た年と同じ年数だ。

 もしかしたらミキリの話した一件は、ヒグルマがこの世界に来て間もない頃に起きたのではないだろうか。

 そうであれば、最悪訳の分からない状態で彷徨っている間に山賊に遭遇してしまい、先の一件が引き起こしてしまったのではあるまいかと思い至れば、ツェイトは密かにヒグルマへ同情してしまう。

 ツェイトもまかり間違っていれば、意図しない内にヒグルマと同じ様に政府の役人に睨まれかける事があったかもしれないのだ。決して他人事ではない。


 それに、ヒグルマが主武装にしている閃甲シャナオウが属している生体兵甲(バイオ・アームド)は、武装であるとともに生命体でもあると言う設定があのゲームの世界にはあった。

 個体差にもよるのだろうが、あの世界でもあれらには独自のAIが組み込まれているようで、持ち主は各生体兵甲を手懐ける必要があり、中には扱いを間違えてしまえば例え持ち主であろうと攻撃する気性の荒い個体もいるくらいだ。

 なのでヒグルマが山賊へ応戦している最中に、シャナオウの扱いを誤ったかでもして暴発させてしまったんじゃなかろうかと過去の経験からそのような可能性に思い当たる。生体兵甲は強力な個体が多いが、同時にそのような特性を持っている事から決して便利なだけの装備ではなかった。

 ツェイトは生体兵甲の特性については持ち主程ではないがよく知っていた。何分近くで恐ろしい程の“暴れん坊”を振り回している奴がいたので骨身に沁みているのである。


 とはいえ、結果的にだがヒグルマにとってはこれで良かったのかもしれない。

 最初こそ不幸な出会いだっただろうが、幸いな事にヒグルマはその後政府の関係者と上手い関係を築けた事で、この世界での立ち位置が確立出来たのだ。

 政府に目を付けられてしまったが、見方を変えれば多少なりとも政府の後ろ盾が得られたという解釈もあながち間違いではあるまい。ミキリや、彼女の上司にあたるであろう彼の大臣の言動等を見るに悪い扱いを受けていないように見える。

 その結果、政府と近しくなってしまった事で一部のプレイヤーから少し距離を取られてしまっているようだが、万事上手くいくほど簡単に出来てはいないのが世の中だとツェイトは思っているから、これはもう仕方がないのかもしれない。


 

 今のヒグルマは特にクエスター組合からも政府からも大きな依頼が来ていないので適当にぶらぶらとしている様で、それと何だかんだで付き合いがそこそこ続いているミキリが偶に様子見も兼ねてヒグルマの顔を覗きに来るのが最近の二人の流れらしい。

 資金は以前から組合だけでなく政府からの依頼の報酬も貰っていたので、組合の金融機関に貯金している分が今も大分溜まっているから別段困った事は無いそうだ。それでも以前ツェイトも行った事があるあのボロぎみの長屋で暮らしているのは、住めば都と言う言葉があるように慣れたあの長屋の住み心地が良いのだとか。

 そうして組合の依頼を同業者達からやっかみを受けない程度で程々にこなし、現住所の御近所達も含めて此処では上手く付き合っているみたいだ。


「だがな、副業やっているから全くの暇って訳じゃねえんだ」


「ああ、お前の作る花火は好評だからな」


「……花火?」


 思わずツェイトはヒグルマを見返してしまう。

 副業をしていた事も初耳だが、それが花火だと言うのはヒグルマの職業的に予想できる様でいてある意味予想外だった。


「ああ。一個人だから作れる量はたかが知れているのだがな、首都や近隣の都の祭りで行われる打ち上げ花火なんかでこいつの作った花火玉が使われているのだ」


 この花火師プレイヤー、どうやら手が空いているときに花火の作成に駆り出されているらしい。

 説明してくれるミキリの話にツェイトが要領を得ないとでもいうかのような反応を示したからだろう、彼女が怪訝そうに首を傾げてきた。


「何だ、もしかして知らなかったのか? てっきり知り合い同士だから知っているものかと思ったのだが」


「あぁいや、どうも火薬の扱いに長けているって印象の方が強かったので、本職の方をすっかり忘れてました。……そういえばこいつ花火職人でしたね」


「お前な」


 ツェイトとヒグルマの付き合いは、ヒグルマが今の花火師以前の職業であった砲術士からの頃である。

 本来この男のアバターの前職は火縄銃などの主にローテク風の銃器を用いた銃撃主体の職業だったのだが、それらを殆ど使わず火薬による爆破や火炎放射による焦土戦術ばかり使っていたものだからそのイメージがツェイトは強く、後に花火師へ転職しても根強く残っていた。まぁ、そんな使い方をしていたから花火師という変わり種の職業へ転職するきっかけが発生したのだろうけれど。


 ツェイトが動揺したのは、職人達の中に混じってヒグルマの作ったと言われる花火が使われている事実に対してである。

 確かにNFOの花火師は火薬類のアイテムを調合して花火玉を作る事が出来る。しかし、それらは電脳空間と言う仮想世界の中でプレイヤーが操作一つの自動で作成できてしまうものであって、元の世界の様に鉢ですりつぶし、乾燥させるなどと言った工程を得て作っている訳ではない。

 それともまさかこの世界でもゲームの様な仕様がまかり通っているのか? だが、少なくともツェイトは未だカーソルやウィンドウと言ったものが現れたりするような様な現象には一度もお目にかかった事は無い。

 そうなると普通に職人の様に手作業で作っている事になるのだろうが、いちプレイヤーに出来るものなのかと言われると怪しい様に思える。まさかゲームの時の様に特殊効果付の花火玉をこさえて使っているわけではあるまいし。

 元々持ち得ていた技能だったのか、この世界に来てから身に着けたのか。だが先程のミキリがツェイトを訝しんだ様子からして、ヒグルマがこの世界に来た時点で出来ているみたいなのでやはり前者になるのか。


「ヒグルマの花火って、そんなに綺麗なのですか?」


「うむ、しかめっ面のこの男からは想像もつかない華やかさだ。もし祭りの時期に立ち寄ったら見てみると良い」


「作り手の面と出来は関係ねえだろうが」


「もう少し愛想良くしろと言っているのだよ私は」


 不貞腐れるヒグルマへふっと浮かべたミキリの笑みに嫌味の様な陰湿さは無く、武士姿の麗人という事と本人の気質もあるのだろう、爽やかさがそこにはあった。

 なお、ミキリの発した先の言葉にはツェイトも思い当たる節があったので気まずくなり、何となく頬を掻きながら顔を反らしてしまった。




 昼休みをしていた一同だが、ヒグルマ達は二人ともこの後仕事や予定があるという事なのでこの場はお開きとなった。

 ミキリは公務に、ヒグルマは副業の花火作りの為世話になっている花火職人達の作業場へ。


「色々と面倒かも知れねえが、まぁ上手くやんな」


 別れ際、ヒグルマがツェイトの肩を叩きながら耳元へ呟きながらそのままミキリと共に去っていった。

 並んで歩く二人の背中を見送っていると、今まで殆ど聞き手に徹していたセイラムが口を開いた。


「……あの二人って仲良いのかな」


「悪くはないんじゃないか。大分気さくな付き合いの仕事仲間って感じがする」


 二人の様子を見るに軽口を叩きあえるくらいには気を許している様なので、その言葉にツェイトは同意する。

 最初の出会いこそ気まずかっただろうが、それからの3年間であの雰囲気なら上出来だろう。現地に上手く溶け込めているのは良い事だ。


 ……と、ここまで先程のヒグルマ達の話からそう感じていたツェイトだったが、どうやらセイラムが求めていた答えとは違ったいた様だ。


「あー……うん、それもあるな。それもある、んだけど……」


 何故か言いよどんでいるセイラムが頭を掻いているのを見て不思議に思ったツェイトだが、ははぁとある事へ思い至る。


「何だ、あの二人に男女の付き合いでもあると思っているのか?」


「いやまぁ、見ているとそう思っちゃって」


 自分への好意に関しては鈍いのに、他人の恋愛沙汰には興味が湧いてくるのは年頃の娘らしいのだろうか。そこら辺の感覚がツェイトにはよく分からない。男と女の一組がその場にいれば、そういう話題が挙がるのは何処の世界も同じらしい。


 とはいえ、言われてみるとあの二人、実際どうなんだろうかという疑問がツェイトの中で湧いてきてしまう。

 以前ツェイトが元の世界への帰還について訊ねた時、悩んでいるとヒグルマが答えていた事を思い出した。

 もしかして、それはつまり? そう言う可能性もあったりする?

 あり得ない話ではないが、あまりにゴシップめいていて事実確認も出来ていない無責任な予想の領域である。そもそもこれについて答えを求める事自体ツェイトは気が引けた。


「どうなんだろうな。男と女の仲は何も恋や愛しかないって訳じゃないとは思うけど」


 安易に肯定をするのも彼らに悪かろうと思ってやんわり否定する形で答えると、期待していた返しではなかったからかふぅんと曖昧な相槌が返って来た。


「友達みたいな感じとか?」


「もしくは俺がさっき言った仕事仲間としての付き合いとかな」


 実際元の世界での社会でもそう言う事はざらにあるが、セイラムは江戸時代的な文化を持つ国の山村育ちだ。娯楽が少ないらしい山村での娯楽的な話題としては、恋愛関係は話題に出しやすいのかもしれない。

 まぁ二人の事については今後ワムズに来るときにでもどこかではっきりする機会があるのかもしれない。ツェイト個人としては、現地に上手く溶け込んで暮らしているのだからそれで十分なんじゃないかなあと思うのだけれど。



 しかしそれよりも、ツェイトは先ほど感じた疑問の方に意識が傾いていた。

 この世界に来たプレイヤーの、このアバターの体に備わっている技能についてである。

 先程ヒグルマが話していた副業の花火製作で感じた事だが、自分達プレイヤーが各自ゲームで習得した技能がこの世界ではどのような形で影響を及ぼしているのかツェイトは把握し切れていなかったのだ。

 ツェイトの勘違いであればそれで良いのだが、どうも先程の疑念が引っかかって仕方が無い。如何せん、ヒグルマの事に限らず自分自身の事でもいくつか思い当たる節があったから、あまり先送りにしたくはなかった。


 これから会う予定のプレイヤーがどれくらい知り得ているのかは分からないが、少なくとも自分よりはこの世界に長くいて組織だった活動が出来るくらいには地盤固めも済んでいる事だから、そこから手に入れているであろう情報へ密かに期待する事にした。






 さて、ヒグルマ達と別れて再び二人だけになったツェイトとセイラムだが、未だ時間が余ってしまっている。

 シチブと合流して出発するのは日が沈みはじめてからだ。暗くなりだした頃合いに首都を出て、人気のない街道に出たらそこから転移系のアイテムを使って一気に跳ぶのだ。


 そう言った都合で出発は夕方以降になるわけで、流石にこのまま川辺で時間を潰し続けると言うのはもったいないし、付き合っているセイラムにも悪い。


「セイラム、どこか行きたい所とかあるか?」


 散々ヒグルマ達との世間話に殆ど混ざらず聞いているだけという、する側からしてみれば酷く面倒な事をさせてしまった為、お詫びもかねての提案だ。

 セイラムはピクリと額の触覚を揺らすと、んーと黒い外殻で覆われた指を顎に添えながら軽く空を見上げ、思いついたようだが言い辛そうに要望を答えてくれた。

 そして気のせいか、緑色の肌を持つセイラムの頬が赤みを帯びているように見える。


「えーっと……無理ならそれで良いんだけど」


「貯金の事ならこの間沢山稼いだから遠慮しなくていいだろう。セイラムだって稼いでいるじゃないか」


 余程の無茶な願いでなければ、今のツェイトなら一般大衆向けの娯楽への出費に全て応える事が出来る。

 アルヴウィズで遺物を倒した褒賞金を王政府から頂戴したのだが、その額が以前の賞金首のモンスターの比ではなかったのだ。謁見して後日、下宿先のリュヒトの店へ来た使者から明細書を受けとり、そこに記載されている0の数を見て流石にツェイトも絶句した。流石に億単位規模は個人の持つ資産としては破格の金額である。

 しかしよくよく考えてみれば、あの遺物を放置して生じる被害総額とほぼ無被害で当事者達に金銭を支払うのを比べてしまえば後者の方が遥かに安上がりなのだろう。

 あの異変に参加していたクエスター達や調査団達にもどれくらいの額が贈られているのかは不明だが、この額をくれるという事は余程国の財源が潤沢なのだろうか。

 とにかくそんな背景があるため、ツェイト達の懐はちょっとやそっとでは資金難に陥る事が無くなったので、多少の娯楽費位は出しても問題ないのである。それにセイラムならそこまで非常識な事を頼みはしないだろうという信頼もあった。

 しかし何となくだが、金額と言うよりは内容の方で遠慮がちになっているようにツェイトは見えた。


「そういうことなら。あのさ、甘味処(かんみどころ)があったから行ってみたいと思うんだけど」


「甘味処か」


 実に慎ましやかで可愛いものである。

 これでもしゲテモノが食べたいと言われたらちょっと狼狽えたかもしれないが。


「良いじゃないか、俺も興味がある」


 ついでに茶も飲めるだろうからそこで少しは時間を潰せるだろうし、こうして折角昆虫人の体になったのだから、ハイゼクターの体では出来ない事を此処で楽めるのはツェイトとしても嬉しい。

 意外とツェイトが乗り気だったことが予想外だったのか、不思議そうな顔でツェイトを見ていた。


「ツェイトも甘いもの好きなのか?」


「そりゃあ俺だって甘いものくらい食べたくなるさ」


 元の世界ではブラックのコーヒーでも仏頂面で啜っていそうとか言われているツェイトだが、基本的にジュースや茶菓子だろうが何でも飲み食いする男なので、甘味処も対象範囲内である。


「もしかしてあれか? カブトムシになったからとか、関係があったりするのか?」


「いや、特にそう言うのは無い筈なんだが……」


 この世界に来て何度も食事はとってきたが、別に味覚や食べ物の好みに変化は無かったように思うが、自分の生態を把握し切れていないためセイラムの何気ない問いに少し自信が持てないツェイトであった。


「一緒に俺も食べるから言うのも何だけどな、昼食べてそんなに経っていないのに腹に入れて大丈夫か?」


 歩を進めていた二人だが、言われてピタリとセイラムが足を止めた。

 どうしたのかと顔を覗いてみると、覗いて来たツェイトから顔を少し背けながら頭を掻きはじめる。

 しかしすぐに観念したように溜息をついてツェイトへ顔を向けた時、ほんの少しだけ頬に朱が差していた。


「前、スティックラビとか二匹丸ごと焼いて食べてもお腹は壊さなかったし、お腹が減った時は結構そんな感じで食べてるから平気だ」


「二匹も」


「……村にいた時も言われた事があったけど、やっぱり食べ過ぎなのか?」


 恥じらう理由はこれかとツェイトは理解したが、言わなきゃいいのに言ってしまうのはセイラムが気を許してくれている証拠なのかな、と解釈しておくことにする。


 しかしながら、以前よりセイラムが健啖家というか大喰らいの気がある事は薄々気づいていたが、あの大型犬並みの大きさのウサギみたいなモンスターを二匹平らげても平気な胃袋だったのは予想以上だった。もしかしたら今まで多少遠慮していたのかもしれない。

 かれこれセイラムと共に旅をしておよそ一か月、その間にツェイトは彼女の体格を知る機会がそこそこあったため、およそ食べ過ぎとは無縁な体をしている事を知っている。ざっくり言うとスプリンター向きな体なのだ。年がら年中山を駆けまわって狩りをしたりしていた賜物か。


「暮らすのに困ったり周りに迷惑がかかったりしたわけじゃないのなら別に良いとは思うんだが……ただ、よく太らないなと思ってな」


 果たして適切なのか悩みながら送った言葉だが、当人は特に気にしてはいなかった。首を傾げて視線を地に落とし、過去を思い返している。


「言われてみると、太った事ないな。強いて言えば、筋肉が付くとか?」


 運動選手垂涎の体質だった。

 昆虫人は皆そうなのかと思ったが、中にはふくよかな体格の人もいるのでセイラム個人の体質の様だ。


 ……そして昆虫人だけに、成虫になる前の幼虫のようなとも思ったツェイトだが、それは心の中だけにのみ留めておく事にした。



 再び歩き出した二人は街路に入り、徐々に人の往来が多い道を進んでいく。

 行き交う人々の雑踏に混ざって歩くツェイトの姿を稀に歩行者が眼で追う事もあったが、ハイゼクターの時ほど振り返る人はいなかった。

所感などにつきましては後ほど活動報告にて書かせていただきます。


それと誤字報告機能なのですが、凄く便利ですね。報告していただいて助かります。

なので誤字脱字などが見つかりましたら気兼ねなく機能を使っていただければと思います。

そうして当作品はより洗練され、美しさに磨きがかかるのです(変な顔でスイカを撫でまわしながら


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