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紺碧の大甲虫  作者: そよ風ミキサー
第四章 【異界から来た者達】
48/65

第39話 擬態から見る風景 前編

新年明けましておめでとうございます(超遅い


そして新章突入です。

今回は文字数と区切りの都合で前編、後編に分けさせていただきました。

後編は明日の同時刻辺りに投稿いたします。

「……意外と組合の中は広い、と言うのも変な話かな」


「そりゃあ、その姿ならな」


 此処は昆虫国家ワムズの首都ディスティナに構えたクエスター組合の支店内。


 セイラムの横で辺りを観察しているのはツェイトである。

 本来ならばツェイトの体格では支店の中に入る事が出来ないでいるわけなのだが、今回は前回とは色々と状況が違う。

 黒装束に身を包み、鋼の様な筋骨の肉体を持つ仏頂面な中背の昆虫人男性、それが今のツェイトであった。

 先日アルヴィズにいるプレイヤーのリュヒトに作ってもらった擬態の腕輪を左腕に非物質化状態で嵌め、右腕には遺物との戦闘で消し飛んだものを再発行して新調した三本線が刻まれたクエスターの証明証が嵌められている。


 昆虫人へ擬態したのはディスティナに入る前。街中で堂々と擬態するのが憚られたので人気のない森へ降りてからこっそりと姿を変え、さりげなく街道に入ってから大門をくぐったのだが特に問題は無かった。

 服装が黒装束風の変わった風体だったので検問の時に軽く問い質されはしたが、ツェイトがクエスターの証明証である腕輪を見せると納得した様子で通してくれた。

 やはり持つべきは全国(?)共通で身分証明にも使える資格である。それにツェイトが三本線のクエスターであったというのも要因も少なくはない。階級が高ければ無意識的に信頼が得られるあたり、クエスターと言う存在の重さと世間への浸透具合が良く分かる。


 誰もが見上げる程のカブトムシの異形の姿だった男の姿は現在セイラムと頭半分しか背丈が違わず、セイラムと横に並んで歩いても、そして支店に来るまでに通った首都内の雑踏の中でも違和感なく溶け込めていた。

 ただし身に纏う雰囲気と言うのか、それとも今のツェイトの筋肉の付き方などからか、一部の目敏いクエスター達などからは非凡なものを感じて奇異の眼を向ける。あるいは隣のセイラムがハイゼクターの時のツェイトと常に同行していた娘だと思い出した者達が、件のカブトムシの大男がいない代わりに昆虫人の男がいる事に何らかの関連性を疑っている者もいるようだ。


 無事に大門を通り、最初に向かった先はこの首都にあるクエスター組合。ほぼあって無いようなものだったが、ツェイトはシチブの行商の護衛と言う形でアルヴウィズへと向かい、無事にその依頼を完遂させたので依頼主から組合への完了報告も兼ねて足を運ぶ必要があった。

 入った支店の中はツェイトが想像していたよりも広く感じられた。

 各依頼関係の窓口とその背後に広がる職員達の事務スペース、依頼内容のはりだされる掲示板、クエスター達の交流の場として設けられた談話の間。恐らくクエスター、職員に限らず最も人の行き交い、利用頻度の多い設備が集約されている場所であろう大広間だ。

 クエスター達が行き交う空間から職員達の主な仕事場所まで一階は床が平たい石を敷き詰めた土間状になっており、上の階へのぼる階段近辺に履き物を脱ぐ段差がや下駄箱の類が無い事から、クエスターが館内を移動する箇所は大体が土足可能な場所になっている様だ。以前クエスターの試験で筆記試験の会場に使われていた別館は、履物を脱いでから中に入る形式の建築だったが、本館は違うらしい。

 依頼によってはすぐに館外へ出たり館の内外を忙しなく行き来する場合もある様な業種故に、履き物の脱ぎ履きを行う必要のある建築構造は不向きなのかもしれない。他の文化風習を持つ種族の人達も利用する事も加味した上での構造なのだろうか。


 目に付くのは室内の家具や内装であろうか。

 談話の間にいくつか置かれた間仕切り用の衝立(ついたて)や、ドアの代わりに通路の奥を目隠しするための暖簾(のれん)、壁や天井につるされた行燈に似た形状の照明灯など、目に映る限りワムズ――和風の意匠が全体に余す事無く取り入られてあった。

 その建物内を昆虫人を主に、近隣の国々の種族のクエスター達が行き来して利用している光景は元の世界の日本では絶対にお目にかかれない。江戸時代の世界にファンタジーの住人がさも平然といる不思議な空間とでも言うか、人種文化問わず和洋折衷此処にありだ。ゲームの面影を残しつつ、しかし確かに現実として存在しているこの世界に来て何度目になるか分からないカルチャーショックめいた感情は未だに覚める事は無かった。


 今の倍以上、3m以上あったハイゼクターの時に入り口から覗き込む事こそした事はあったが、こうして中に入ったのはこれが初めてだった。

 昆虫人に擬態して背が縮んだ事によって、ツェイトの見る世界が少し広くなったような気がした。



「まるでおのぼりさんみたいだなお前さん。そういやまともに建物ん中入ったのなんて久しぶりなんだっけか?」


 そんな二人のやり取りを後ろからついて来ながら聞いていたシチブが、深緑のコートの両ポケットに手を突っ込みながら茶化して来る。

 それは暗にかつてのツェイトの状況を指摘していた。

 

 NFOの頃のハイゼクターはモンスター扱いになっていた種族で、それに分類される存在は町や村のエリアに入れないペナルティがかかってしまう。今のツェイトの様に擬態をすれば中に入る事は可能だが、NPCの衛兵が目敏く看破してタコ殴りにされて摘み出される事が大半である。

 しかし、ツェイトは別段それで苦労した事は無かった。街中に限らず、外のあらゆるフィールドでモンスターが湧きずらい、ないしは自発的に攻撃してこないノンアクティブモンスターしかいない様な安全地帯で、其処を利用して近くで稼いでいるプレイヤーを対象に行商を来なう生産職プレイヤーが多くいるので、彼らと売買取引を行っていたのだ。

 そもそもあのゲームにはモンスター種族でかつ商人技能を持つ生産職系プレイヤーが結構いて、彼方此方(あちこち)のフィールド上で独自の市場を構築している。なのでモンスター種族のプレイヤーはその界隈を上手く活用すれば街に入らずとも大抵は事足りるから、上手い具合に棲み分けが成されていたのだ。アバターを介した人が主体となって世界が回るジャンルのゲームだからこそ出来上がった社会と言えるだろうか。

 ツェイトや親友のプロムナードもハイゼクターになってからはそう言った諸々の事情からフィールド上で活動する商人プレイヤー達と取引を行っていたのだ。例えば、今目の前にいるシチブとか。この女プレイヤーも一見するとエルフやビースト等の人型に見えるが、その実態はモンスターに部類される種族なのでフィールドが主な活動範囲だった。


 三人が大広間を通り、向かう先は複数設けられた受け付けの窓口。

 幾つもの窓口ではクエスター達が受付担当の職員と依頼の申請や依頼完了の報告手続きを行っており、空いている窓口を見つけてセイラムとシチブが向かう。

 職員は女性の昆虫人だ。肩まで伸ばした黒髪を後ろに紐で纏め、着物に前掛けをした姿で手が空いていたからだろう、書類作業を行っていたが二人が近付いてくる気配にピクリと額の触覚が動き、顔を上げると佇まいを整えた。


「すみません、二本線のセイラムですけど、この前受けた依頼が終わったので報告に来ました」


 窓口の職員へ話しかけたのはセイラムだ。

 セイラムが首に紐でかけていた証明証を懐から取り出して職員へ提示すると、職員は依頼書を受け取って目を通し、次にセイラムの証明証を見ると職員側の机下の脇――恐らく棚になっているのであろう箇所へと手を伸ばした。

 取り出したのは紐で通して冊子状にした書類の束。それ指でパラパラと器用にめくり、該当する項目を見つけて指を止めると、内容を確認してセイラムに告げる。


「二本線のセイラムさんですね。内容は行商の護衛と登録をしておりますが……」


 そこでちらりとセイラムの横にいるシチブへと職人は顔を向けた。

 登録している依頼の内容に依頼人の情報も記載されているのだろうか。


「ん、問題なく完了しましたんでこれ。依頼金は前払いしてるんでそれを渡してやってください」


 シチブがポケットに突っ込んでいた手を抜いて、中から取り出したのは折り畳まれていた紙の書類と、やや厚みのある手の平に収まる程度の大きさの木板だ。書類の方は広げたものをツェイトがちらりとみた所、今回の依頼書の控えの様だ。木板は劣化防止の処理でも施されているのか、その木板の表面は不思議とつるりとしていて痛んでいる様子があまり見受けられない。

 側面を見るとうっすらと繋ぎ目が見えるので、複数の木板を組み合わせて作り上げた物のようだ。何故その構造になっているのかまでは分からない。

 職員はそれらを受け取ると、依頼書の控えと職員が手元にある冊子内に保管してある書類――依頼書の本書だろうそれとを見比べながら、机の端に直付で設置されている金属製と思しき箱へと木板を持つ手を伸ばした。

 箱の大きさは木板よりも僅かに大きい程度の大きさで、箱の横側面が一辺だけ無く、そこからのぞく箱の中身は箱の形に沿って隙間が空いている。丁度先の木板が入りそうだ。

 更にその箱に特徴を挙げると、上の表面中央に無色透明の水晶とも硝子とも取れる四角い小さな材質が、箱の表面に凹凸を作らない様に平たく埋め込まれている。


 職員が木板を金属の箱へと差し込むと、程なくしてその透明な材質が淡い白色に発光した。

 それを見た職員は、木板を箱から抜いて机の下へとしまう。


「はい、依頼人の証明を確認しました。ではこれで依頼が完了した事を認めさせていただきます」


 不愛想ではないが、親身になり過ぎるという事もない。事務的な範囲での職員の応対によって今回の依頼の完了がこの場で伝えられた。


 そうしたやり取りを二人の背後から覗いていたツェイトは先程の窓口でのやり取りについて考えていた。

 初めてクエスター組合の窓口でのやり取りを拝見させてもらったツェイトだが、窓口処理の一部が地味に機械的だった所が不思議に感じたのだ。あの木板の事である

 仕組みまでは分からないが、恐らくあの木板は元いた世界で言う所の認証用のカードキーの類なのだろうと想像出来る。あれも発掘した大昔の技術を復元した物なのだろうか。

 全体的にアナログに見えながらもデジタルめいた物が散見するその有様は、一度栄えた今よりも遥かに発達した文明が滅び、そこから残存している人類や設備の残骸を利用して復興しているからならではのちぐはぐさなのだろう。


 その後、今回の依頼分の報酬金の処理などについてセイラムが問われていたが、ツェイトの口座に纏めて振り込んでもらう形にしてもらった。こういう場合金融機関が存在するのは楽である。嵩張る原因になるジェネ硬貨が詰められた袋が渡される代わりに、金額が記載された伝票が渡されるだけで済むのだ。





 体格が小さくなり、昆虫人になって変わった風景はツェイトの環境に大きな変化を齎した。

 歩く道、人の目、足を踏み入れる場所、そして……


 今、ツェイトの左手には炊いた白い米の盛られた茶碗があり、右手には箸が正しく持たれ、そんな彼の前には汁物や食べやすく切られた獣の肉の塩焼き、小皿に盛った野菜の漬物が並べられている。


「……うまい」


 茶碗の白米を口に運んで頬張り、目を瞑りながら返す言葉は喉から絞り出されているかのようである。

 砂漠の中で見つけたオアシスの清水で喉を潤せばこんな声が出るのではあるまいかと言うようなそれがツェイトの口から零れ落ちた。


 ツェイトは現在、セイラムと首都ディスティナの街角に構えているどこにでもありふれた食堂にいる。

 そんな場所に二人席が空いていたので、そこで少し早めの昼食を取っている最中であった。

 時間にして朝を過ぎて昼に差し掛かる頃合いだからか、店内ではツェイト達と同じように昼食を取りに足を運んで来た客がちらほらと見え始めている。

 ガヤつきだした店内の喧騒を背景音楽にしながら一緒に食事をしているセイラムの顔は少し呆れ顔だ。そんな彼女は山菜のかき揚を乗せたどんぶりごはんと焼き魚を食べている。


「……そんなにか? そりゃあ、確かに美味いけど」


「昆虫人の時とハイゼクターの時とじゃ食べる感覚が違くってな……」


 こればかりは男のハイゼクターになった身でしか分からない感覚であろう。

 何せハイゼクターの頃は唇が無いかわりに左右開閉式のマスク状の外骨格が備わっており、その奥は剣山の様な鋭い歯がならんでいるような構造なのだ。おかげでハイゼクターの時は人並みの食事を楽しむ事が難しく、ツェイトはこの世界に来てから食事の際少し不便さを感じていた。

 しかしこの世界で巡り合った知己の縁のもと、昆虫人に化ける(すべ)を手に入れたおかげで人並みの食の楽しみ方を再び味わう事が出来た。特に唇の存在は偉大である。あれのおかげで口に含んだものを溢さずに咀嚼する事が出来るし、汁物や飲み物を啜る事も出来る。


 それにつけてもこれは美味いとツェイトはセイラムとの会話の最中も手を止めずにもりもりと食事を続けた。

 安く、美味しく、沢山食べられる。サラリーマンもとい働く人々のお財布に優しい定食屋とシチブに紹介されて来てみたが、これは正解だった。

 主菜の肉を口に放り込んで咀嚼し、少しすると主食の米も頬張って味と歯応えと食べ合わせを楽しみ、汁物を啜って腹へと流し込む。この一連の流れが今は甘露であった。


 向かい合ってその様子を見ていたセイラムはツェイトに声をかける事を遠慮したのか、白目の無い黒一色の瞳を何度かぱしぱしと瞬かせると、一緒になって黙々と食事を続けた。



 粗方食べ終えて、ツェイトが口元を隠しながら爪楊枝で歯の詰まりを掃除していると、従業員から貰った茶を飲んでいたセイラムが口を開いた。


「これから私達ってシチブさんを雇っている人に会うんだよな?」


「ん、そうだな。そういう事になっている」


 護衛依頼が完了した後、ツェイト達はシチブの雇い主と会う事になっている。

 前々からその件については仄めかされていた事だが、本格的な話を聞かされたのはアルヴウィズからワムズのディスティナへと向かう時だった。

 どうやら雇い主本人が会いたいとシチブに言って来たらしい。ツェイトとしても情報が欲しいので、恐らく色々と情報を仕入れていると予想されるプレイヤーには会いたかったところなので丁度良かった。


 尚、その雇い主の元まで案内してくれる事になっているシチブ本人は、ツェイト達にこの店の紹介をした後一旦別行動をとっている。露店か雇い主への定時連絡か、何をしているのかまでは分からない。

 日が落ち始めた頃に落ち合って向かう事になっており、さしずめ今も含めたそれまでの時間は自由時間である。


「その雇い主って人、どんな人なんだ? ツェイトは知り合いみたいだけど」


「まぁ、会った事はある」


 実際はそれどころの付き合いではないのだが、この場ではあえて明言せずツェイトは言葉を濁させてもらった。


 思えばあのプレイヤーとも付き合いは長い。気が付けばプロムナードと一緒に上手い事誘導されて、掌の上で転がされていた事などもあった。しかも結果的にはそれが仲間内にとって良い結果に繋げてみせるところがそのプレイヤーの憎めない所だった。

 そうでなければ、NFO内でも有数の一大ギルドの長など務められないのだろうけれども。


 その人物とツェイトの接点は極めて単純で、かつてツェイトとプロムナードはそのギルドに所属していた事があったのだ。

 といってもその人物が起ち上げたばかりギルドメンバーの数合わせ的な所もあり、期限付きという条件のもとツェイト達は勧誘を受ける事にした。そしてギルドが大きくなり始めた頃には、しがらみのない自由な冒険が恋しくなって、当初の約束通りプロムナードと共に脱退していた。

 その後も紆余曲折あって直接本人から依頼を受けて共闘したり、時には対立したりと気が付けばお互い最古参組と言う古株になってまで妙な腐れ縁が続くとはツェイトも思わなかったが、こちらの世界に来て彼是あれこれと動いているらしいので、そんな人物がこの世界にツェイトよりも先に来ているのは幸運なのかもしれない。

 問題はこの世界について何処まで把握しているのかだが、それについては直接会って確かめるしかあるまい。


 とりあえず今はシチブと落ち合うまでに空いたこの時間をどうやって使って行こうかと湯呑片手にぼんやりしていると、見覚えのある人物が店の中へと入ってくるのに気が付いて思わず顔を向けた。


「あん?」


「む……うん?」


 新たな来客は空いている席を探していたのだろう。その過程でツェイト達の席を見て、視線が止まった。

 以前ワムズに来た時にツェイト達が世話になったプレイヤーのヒグルマと、昆虫人の女武士ミキリだった。

誤字報告機能がありましたので、もし誤字脱字などがありましたらご指摘ください。


新しい年を迎えた当作品に評価、ご感想いただけますと幸いです。

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