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紺碧の大甲虫  作者: そよ風ミキサー
第三章 【エルフの国と厄災の兵士】
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第36話 生き延びた者達

遅くなってしまい申し訳ございません。

今回は二話投稿いたしますので、残りは明日の同時刻にさせていただきます。

 アルヴウィズ王都ヨグドル内でも立地の良い場所に建てられた病院の一つ。

 その院内に設けられた病室の一つに、ヨルゥイン達が集まっていた。


「全く、一時はどうなる事かと思った」


 衛生環境が清潔に維持された室内で、椅子に腰かけながらヨルゥインは安堵の溜息とともにそうこぼす。

 今のヨルゥインは武装一式を外して軽装のままで、先の遺物移送の際に負傷した歯が露出する程に千切れた頬や、砕けた肩や腕も元に戻り、こうして生活に支障がない程度には回復していた。

 

 先の安堵はこういった自分の傷が治ったと言うのもあるが、目の前のベッドで横になっている人物の常態こそがヨルゥインを安心させているのだ。


「……面目ねえ。真っ先にやられちまってよ」


 病衣に着替えさせられたビーストの少年アルマーが、横になっているベッドの上で上体を起こした姿勢のまま、申し訳なさそうに頭を掻いている。彼の頭の狼種の獣耳もアルマーの気持ちを表している様に垂れていた。


「考えようによっては、被害を被ったのが頑丈なアルマーだったから良かったのかもしれないぞ。私やフィンテルがまかり間違って受けていたら体がバラバラになっていたのかもしれないからな」


 部屋の一角で椅子に腰かけながらテーブルの上に並べてあった果物を、ナイフで器用に皮を剥いていたリーウがアルマーをちらりと見やってそう言うと、再び剥き作業に入っていった。

 そして果物の皮を剥き、切り分けが済むと小皿に並べては近くにいるフィンテルに手渡される。


「そうね、とてもじゃないけどあんなもの後衛の私達が体で受けたくはないわ」


 受け取ったフィンテルは皿の上に盛られた実をつまむと近くにいるヨルゥインに手渡した。


「近くにいたのが僕とアルマーだったから狙いがこっちに優先されたのかもしれないね。ま、前衛の仕事を全う出来てこうして五体満足に戻ったんだから幸運だろうさ」


 ヨルゥインが皿の上から更に一つまみ。そうして仲間達の手を回り、届いた頃には半分近く皿の上から数が減っている実を微妙な表情で見ながらも、残ったそれらを勢いよく口に放り込み、むしゃむしゃと咀嚼音を立てながらすぐに食べ終わってしまった。

 平らげたアルマーは、腹をさすりながら不満気な顔だ。


「……そろそろ病院食と果物を食い続けるのも飽きてちまったよ。早く肉が食いたい、魚でもいいや、こう、腹にガツンと来るような食い物とかよ」


「……この間まで胃袋が弾け飛んで死にかけだったのに、元気ねえ貴方」


 旺盛な食欲を見せつけてくる年下のビーストの少年の様子にフィンテルが呆れた様な、感心したような溜息をついた。


 あの戦闘の最中、甲殻類の如き怪物が撃ち込んで来たあの一撃は、アルマーの腹を突き破り背骨までも破壊して貫通し、風穴を空けられていたのだった。

 その際内臓は胃を中心としていくつかが破壊され、現地でフィンテルが魔法で救急措置を行いはしたものの、この病院に搬送された時には筋肉で辛うじて繋がっているかのような、極めて危険な状態だったのだ。

 直ちに治療を開始し、生命維持に支障が無くなる程度に体力が持ち直り次第今度は破損した背骨や内臓の再生に着手し、数日がかりの大施術の末にアルマーは無事な肉体を取り戻す事が出来た。


 アルマーだけではない、ヨルゥイン達クエスターや、あの任務に参加して負傷した王立調査団の隊員達もこの病院で治療を受けている。

 ヨルゥインの顔や腕に負っていた怪我もその技術の恩恵で治してもらったのだ。


「王政府から報奨金が貰えたのは助かったなぁ。あとこの国の医療技術にもね」


「でなければ今頃アルマーはクエスター生命も武術家としての生命も断たれていたか」


「おい、仮にも重症患者だった本人の前で何て事言いやがるんだ」


 ヨルゥイン達が今いる病院は、アルヴウィズ国内で最も優れた医療技術を有しており、連合国内の常識的に助かる、もしくは健常者として復帰できる見込みがない重症者でも治る可能性が最も高い。今回は医師達の努力の甲斐あって、アルマーは無事快方へと向かっていた。


 そして、それに伴って医療費も他の医療施設に比べて必然的に高くなる。

 重傷患者を治すための薬や設備、技術を有する医師、その他諸々の要素はアルヴウィズ、ひいては連合国内全体で見ても極めて数が少なく、希少だ。

 それらを現段階では普及させる事も困難故に、希少性と価値が高くなり、その治療を受ける患者にもそれ相応の費用を求める事になってしまうのだ。


 あの戦いの後、ヨルゥイン達はアルマーをすぐさまこの病院へと搬送するよう手配を頼んだ。

 高額な医療費がかかる事は分かっていたが、貯蓄の損失とアルマーの体をこのクエスター達は天秤にかけたりはしなかった。

 金は後でも稼げるが、失った命を戻す事は出来ない。そうして彼らは選択したのだ。


 幸いな事に、あの移送任務に参加した者達には漏れなく王政府から褒賞が約束され、翌日にはヨルゥイン達の元へ依頼完遂の報酬金に幾分か上乗せがされた金額が贈られた。

 おかげで懐を痛める事なくアルマーを、そしてヨルゥインの傷の治療を受けさせる事が出来た。

 それに今回の治療費、他にも一部損傷した装備品の補填等の諸経費を差し引いても各々が20年は楽に暮らせる金額が未だ手元に残されているのだから、結果的には大きな利益が四人に齎された。そういった理由があるからこそこの場にいる皆は楽に構えていられたのだ。



「……あれは一体何だったのだろうな」


 未だ面会時間に余裕があるので駄弁っていると、不意にリーウが腕を組みながらぼやく様に先の言葉を静かに口にした。

 四人のいる病室は特別な理由のある人物が入院する際に使用される個室で、壁面は防音仕様で施工されているため音が外に漏れるような事は無い。仮に盗み聞きするような輩がいればこの場にいる皆が気配で気付く。故にこの間の移送任務の件が話題に出せるのだ。


 リーウのぼやきは部屋にいる他の三人の耳にもしっかり入り、皆がリーウを見て一番近くにいるフィンテルが訊ねた。


「あれって、何の事よ?」


「……遺物の事だ」


 部屋が防音仕様である事は知りつつも、声を抑えて返したリーウの言葉に皆の表情が苦くなった。アルマーだけは遺物が動き出す前に重傷を負って失神したため、手術後に意識が回復した後に仲間達から軽く経緯を聞かされただけだが、自分に重傷を負わせた襲撃者の怪物を一瞬で消し飛ばしたと聞いていたのでその危険さを認識している。

 あの場で遺物の覚醒から空へと飛び立つまでを立ち会う事になった者達は、短い時間でしかなかったがその有様は当時の光景も含めて鮮烈に記憶に残っていた。

 生物である筈なのに生物に非ざる無機物的な異形の姿形、頭部から放った光の大地を抉り、遥か向こうまでを焼き払ってしまう程の破壊力、そしてあの巨体からは想像もつかない様な飛行能力と速度。

 全てが何か異質だった。少なくとも、この場にいる四人のクエスター達が今まで見て来たどのモンスターなどとも何かが違うと思わせる程に遺物の存在は生物として何かが隔絶していた。


「大昔に何をしたのかは知らされていたが、それ以前のあの遺物の正体……あれが何処からやって来たのだろうかと思ってな」


 遺物は大戦争期末期に突然群れを成してその姿を現したらしいが、あれらがどこからやって来たのか、そして何処へと消えていったのかまでについては当時を生きていた国母も知らないそうだ。

 生物故に寿命を迎えて死に絶えたのか? ならば湖底遺跡で仮死状態のまま発見された個体がいる理由は何だ?

 何らかの理由であの個体は戻りそこね、やむを得ずあの場所で眠りについたのではあるまいか?

 そうであれば、遺物達にも帰る場所が、出入りする拠点のような場所があるのではあるまいか、という嫌な予想へとリーウの思考が行き着いたのだ。


「……って事は何、あれがもしかしたらどこかで仲良く身を寄せ合って寝てるかもしれないって、リーウはそう言いたいの?」


 フィンテルが座っていた椅子の上で姿勢を崩しながらうへぇ、と声が漏れそうなげんなりした様子で天井を見上げた。遺物が群れを作って越冬をする生物の様に大量にひしめき合う遺物達の光景を想像したのだろう。もはや悪夢の絵図だ。世界の文明が消え去って大地が真っ(まっさら)になるのも無理はないかもしれない。

 リーウがフィンテルの様子に同意する様に肩を竦めた。


「もっとも、あれに同種の仲間がいてそれが今も生きているかもしれない事を前提にした場合の、あくまでそんな可能性もあるのではないかと言う私の勝手な考えだ」


 憶測を口にするのは簡単だが、そこに論拠や確実性が無ければ世間話の域を出ない。

 さりとて早々に記憶の底へと追いやるには危険なような気がして、そんな危機感がリーウに遺物の存在への追及をさせていた。


「なぁ、分からねえんだけどよ、その遺物ってのは動き出してからすぐに山向こうの街へかっ飛んで行っちまったらしいじゃねえか。何でだ?」


 リーウとフィンテル二人の会話に、今まで腕を組みながら難しい顔をして考えていたアルマーが参加した。

 天井を見上げたままのフィンテルが、視線を天井に向けたままアルマーに答える。


「そこよね……何であいつまっしぐらに向かったのかしら」


 それについてはこの場にいるクエスターだけに限らず、あの場にいた調査団や王政府も疑問を抱いていた。

 聞く所によれば、あれは太古の時代に多くの国々やそこに住まう人々を無差別に破壊と殺戮を繰り返していたと言う。

 なのに何故、遺物はあの場にいた自分達に攻撃しないで遠く離れたミステルの街へと向かっていったのだろうか。

 自分達を抹殺するよりも優先しないといけないなにかがあったのだろうか。生物なので何らかの思考が働いているはずなのだろうが、あの遺物の体を突き動かす何かを知る者は誰もいなかった。


 言われてその理由について皆が頭を捻っている中、一足先に一人首を傾げて何事か思考に耽っていたヨルゥインが静かに口を開いた。


「……何かを探してた、とか?」


 爬虫種族の縦に割れた瞳孔を備えた眼を細めながら、ヨルゥインは己の向かい側の壁を見つめているがその実もっと別のものを見ていたのだろう。


「探してたって、何をだよ?」


「んー……大昔に落っことした忘れ物でも取りに行った、なんて?」


「あ、貴方ねぇ」


 もうちょっと真面目な答えは無いのかと言外に睨みつけるフィンテルにヨルゥインは頭を掻きながら困り顔だ。


「いやね、こう情報が足りないと確かな事なんて言えないじゃない。肝心の遺物は首だけになっちゃったし、あと知っていそうな連中って言ったらあの時の襲撃者の大元くらいじゃない?」


「……あいつらね」


 フィンテルが不機嫌な表情を浮かべているのは、移送任務の際に襲い掛かって来た者達だ。ヨルゥインとアルマーが負傷し、遺物が動き出す元凶にもなった事もあって当事者達にとっては忌々しい存在だった。

 突如何もない場所から5人のエルフの男が現れ、錯乱しながら肉体が異形へと変じ、混ざり合って巨大な怪物へと成り果てたそれの威力はこうして病院送りにされたアルマーや医師の世話になったヨルゥイン、そして多くの死者を出してしまった調査団達を見れば明らかだ。

 恐らくあのエルフ達は利用されただけなのだろう。クエスターや政府が保管している記録を鑑みれば、あの集団によって彼らは“材料”として作り変えられて送り込まれただけに過ぎない可能性が高い。あれらも被害者という事になるだろうか、死傷者を出された側からすれば腹立たしい事だが。

 あらゆる命を研究と言う名の冒涜で辱しめ続けた彼の集団だからこそ、遺物について何か知っているのではあるまいかと考えられなくもない。もしかしたら単純にその戦闘能力に目を付けただけなのかもしれないが。


「あいつら、一体何を考えているのかしら。見つけ次第根絶やしにしたいくらいだけど、……本当に、全く気に入らないけど、あいつらの強さは冗談抜きで危険だわ」


「記録だと、強い生命体を作ろうとしてるらしいけど」


 その目的が原因であらゆる人種を問わずに過去多くの人々が秘密裏に行方不明と言う形で攫われ、彼らの研究の餌食になったという。

 例の組織が数百年前に世界と敵対した時、その研究成果の一端が戦力として投入され各国は多くの被害を被り、物理的にも精神的にも深い傷跡を残した事は記録にも記されている。

 凄惨を極めたその戦い、場合によっては同族同士の殺し合いもあった筈だ。片やあらゆるものを作り変えられ、原型も残されていない状態だったのかもしれないが。きっと、悪夢のような光景だったに違いない。


「だったらこの間襲ってきたあれで満足して欲しいものだわ。あれ以上強くしてどうするのよ」


 思い出されるのは襲撃者である異形の戦闘力。

 あの場にいた皆は、4人のクエスター達が分かる限りでも間違いなく精鋭だった。そしてクエスター達も現在確認されている同業の中では上位に位置する実力を有しているという自覚があった。

 驕るつもりは無かった。自分達が無敵などと寝ぼけた事を言うつもりも無かった。代わりに多くの実績を積み上げて来た事による矜持と自信だけは見誤らないように認識していたつもりだった。しかし、それがまるで紙屑の様に引き千切られ、蹂躙された。

 正直、遺物でなくともあの異形を差し向けるだけで甚大な被害が生じるのは間違いない。あれが数体でも送り込まれれば国にとって大きな脅威となるだろう。

 だが、彼の組織はそれでも物足りないらしい。それ程までの力を求めようとしている理由とは、いったい何なのだろうか。


「さぁ、ねえ。この連合や“溝向こう”への侵略とか……は流石に笑えないなぁ」


「全然笑えないわね。大人しくただの医療組織で留まってればよかったのに……」


 そうであれば、今の多種族連合内の、ひいてはこの大陸全土の医療技術が劇的に進歩していたかもしれない。それ程までにあの組織が有していた技術は抜きんでていた。

 そしてその技術は、大なり小なりこの大陸全土で今も利用されていたりする。かつて彼の組織――霊長医学機関が誕生してまだ友好的な組織の体を成していた頃に世間に表し、提供していた技術の一部は騒乱の後、組織が保管していた医療技術の類と共に各国で接収されていたのだ。

 一度文明が滅び、そこから生き延びた人々がかつての文明の利器を発掘しては再利用して今の国々が成立しているという背景があるからか、余程人道に反した様な後ろ暗い代物でない限りはしっかり利用させてもらうと言う逞しさがこの世界の住人達にはあった。

 アルヴウィズも御多分に漏れず、今4人のいる病院の医療技術はその技術を独自に研究開発、調整を行って一種の再利用と言う形で使われているのである。

 つまり ヨルゥインやアルマーに重傷を与えたのが霊長医学機関の技術ならば、その肉体を治したのもまた霊長医学機関の技術という事にもなる。そう言った事情をこの場の4人は大なり小なり知っているので、何とも皮肉な因果を感じてしまうが、使えるものを使わないで体を治さないのも癪に障るのでそこはしっかり利用させてもらった。

 それに結果的にではあるが、今回の依頼で各々に十二分な報酬が与えられている。傷も完治し、当分経済的にもクエスターの活動にも支障がない程の大金をいただいてしまっているので多少の溜飲は下がっているのだ。いささか今後の世の中の動向に一抹の不安こそ残るとはいえ、だ。



「僕としては、遺物よりもどちらかといえばあのカブトムシ君の方が興味がわくけどねぇ」


 些か悪くなった場の空気を変えるように、ヨルゥインが間延びした口調で件の遺物を討ち取った男を話題に挙げた。

 言われて、あぁと同意する様な相槌が皆から返ってくる。


 仲間の反応の後、話題の発言者であるヨルゥインが付け加えた。


「この間ちらりと聞いたクエスターの二階級昇進については言う事は無いよ。あの遺物を首だけにしちゃうような男だ、もう駆け出しだとかそんな範疇で括れるようなものじゃないだろうさ」


 そもそもの話、初めて会った時から色々と遺物とは別の方向性で強烈な印象を与えられた。

 およそ初心者特有の青々しさと言うものが全くない、まるで戦う為だけに生まれ生きてきたような歴戦の風格が漂う威容には駆け出しはもとより、熟練のクエスターでも腰が引けていたのだ。

 実際大門前で不慮の出来事が生じた時、あのカブトムシの男が走って近づいて来た時にヨルゥイン達は脊髄反射的に思わず戦闘態勢に入ってしまった。謝罪に来たと分かった時は何の冗談だと内心で誰もが思った。


 そして謁見の間で再び再会し、提示された遺物の首の状態を見た時、その場の誰もが唖然とした。

 恐るべき力で拉げ、破壊されて引き千切られたその有様に、どの様な戦闘があったのかと想像すると背筋がぶるりと寒くなる。あの一瞬で周辺の山林を焼き払い、自分達が成す術も無く蹂躙された怪物を瞬殺した存在とは思えない最期だった。

 それをああまで破壊してみせたカブトムシの男――ツェイトの戦闘力は如何程のものなのだろうか。その底を見通せる者はその場に誰一人としていなかった。


「カブトムシ君の証言が正しければ、俄かには信じがたいけど昆虫人からあの姿になったらしいね。そうなると他の昆虫人もなれる可能性があるって話になるんだけど、出来るものかね?」


「昆虫人からなったのかは分からないけど、一人思い当たるのがワムズにいたわね」


「あのアリジゴクの男か」


 ワムズにも、ヨルゥイン達と同じ4本線のクエスター達がいる。

 その中でも抜きんでた実力者という噂の男が二人いて、その内の一人が人型のアリジゴクと評してもいい姿をしているのだ。

 こうしてツェイトと会ったから分かったが、あれはほぼ間違いなくツェイトの同族だったのだろう。ならば4本線である事もすぐに納得出来る。

 

 だが、その男も既に過去の人物となってしまっている。

 ついこの間ワムズの首都で、霊長医学機関の残党と思しき勢力の襲撃と共にアリジゴクの男は暴走。騒動の後に無力化されて牢獄に送られたのだが、その日の夜に謎の獄中死を遂げてしまっていたのだ。


 ツェイトの言葉からするに、他にも同族がいるような可能性が仄めかされているので、ワムズか、もしくはこの大地のどこかにいるのだろう。ツェイトがクエスターになった動機も、行方不明になった友人を探すためという事なのだから。


「……彼、今後も協力してくれると助かるんだけど、そこん所どうかな? 反応的には好感触だったんでしょ?」


 まだこの場にいる誰もが直接目にした事はないが、ツェイトの戦闘力は間違いなく自分達を凌駕している。

 そんな人物が今回の様な常識の域を超えた災害の様な存在が現れた時、ツェイトの力は確実に必要だ。

 故に友好関係を築く事が出来るのならばそれが望ましい。


 訊ねられたのはフィンテル。

 ついこの間、ミステルの街に休憩中の際フィンテルが一人街へ繰り出した時にあの男と再会して少しだけ話す機会があった彼女がこの中で一番人となりを把握出来ている筈なのだ。

 フィンテルはその時の事を思い出しながら、ヨルゥイン達に所感を述べていく。 


「んー……悪い感じでは無かったと思うわよ。外見とは違って人当たりは初対面の時から丁寧だし、此方の階級が分からなかった時からクエスターの先輩として敬っていて見下すような感じは無かったし。多分無茶な頼み事じゃない限りは話位は聞いてくれる、と思う」


 ワムズの時も向こうから謝罪しに来るところからして悪い人物ではないし、むしろ好ましい人種ではないだろうかというのがフィンテルの見解だった。


 フィンテルの話を聞いていたヨルゥインは腕を組みながら相槌をうつように何度も頷き、首をカリカリと掻いた。時折鱗の揃った場所に爪が当たり、独特の硬質音が聞こえてくる。


「成程ねぇ、なら仲良くして今後も良い関係を築いていくっていう線も良さそうかな?」


 だけどまぁ、と付け加えるヨルゥインは首を左右に傾けながらゴキゴキと鳴らすと、大きな溜息をついて脱力しながら皆に笑いかけた。その笑みがとてもくたびれていた様に見えるのは仲間達の錯覚ではあるまい。


「その前に丁度いいからちょっと休まない? 流石に色々と疲れたよ」


「……そうね、考えてみたらワムズからこっちまで強行軍だったものね」


 それに異論を差し挟む者はいなかった。

 一日だけ休みを設けたとはいえ、ワムズから此処まで寝ずに魔法で加速させながら走り詰めて、そこからあの遺物の一件で皆心身ともに消耗している。休息が必要なのだ。


「私も同感だ。些か思う所もあるからな」


「俺はとりあえずさっさと退院してちゃんとした飯が食いてぇ」


「貴方さっきからそればっかりね」


「此処の飯は俺にはちょっとした拷問なんだよ」


「あ、じゃあさ、後日僕とアルマーの快気祝いって事にして食べに行かない? 幸い貯金は政府のおかげでしこたま稼げたからね。フィンテル何か美味しいお店知ってる?」


「えぇー……? アルマーが好きそうな店とか私知らないわよ?」


「私は果実酒があれば構わん」


「リーウ、君は頼むから無茶な飲み方はもうやめてね? この間それで結構アレだったんだから――」


 次第に話題がこれからの休暇の計画へと移り、明るい雰囲気になった所で面会時間の終了が告げられてクエスター達はそこで一旦解散した。

 極めてどうでも良い話なのでしょうけど、果物をカットした物を切り“身”ではなく、切り“実”と表現して良いものなのでしょうかね。

 切り“身”ですと魚でよく見かける表現なのですが、そこら辺果物関係はよく分かりませんでしたもので。大体はカットフルーツと呼ぶのでしょうか。

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