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紺碧の大甲虫  作者: そよ風ミキサー
第三章 【エルフの国と厄災の兵士】
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第35話 此処ではない何処かから来た者達

「その様子ですと、特に問題は無かったようですな」


 アルメディオは王城からツェイトが王都を出たのをそれとなく確認すると、重臣達が席に着きながら待機している一室へと向かい、皆が出迎える中でその場にいる者達を代表するかのようにノイルウッドから第一声が送られてきた。

 ツェイトと国母を引き合わせたあの最中、重臣達は兵士達とは他の部屋で王が無事にやって来るのを心配しながら待っていたのだ。

 なにぶん、計り知れない戦闘力を持つ甲虫の如き異形の男と精神が不安定な状態の国母を会わせるという、本来引き合わせるには危険な内容だったのだ。別室で待つ重臣達の心中は穏やかではなかっただろうが、自分達の王の姿を確認して安堵していた。

 アルメディオは自分用に設けられた席に着くと、今まで溜め込んでいた緊張を解すように溜息をついた。


「あぁ、“風が逆巻いた”程度だ。幸い向こうもそれで腹を立てる人柄ではなかったし、あの男のおかげで叔母上もだいぶ落ち着かれた」


 アルメディオがあの場で起こった事を話していくと、上手く行った事が分かって先程よりも露骨に安堵の顔が浮かんだ。

 理由は二つ、その内の一つが国母の事に関してである。アルヴウィズに住むエルフ達は自国の歴史を作り上げた象徴とも言うべき国母に対して大なり小なり敬愛の念を――ある種の崇拝ともいうべき感情を持っている。滅びた世界を切り拓き、多くの偉業を成し遂げた存在は多種族間連合内の、特にクエスター達の間では生ける伝説の一人として語り継がれている。

 この場にいる重臣達とてそうだ。幼い頃より王や彼女の事は御伽噺として聞かされ、国の要職を先代から継ぐにあたって自分達が伝説に最も近い位置に立つという誇りがあったからこそその地位に恥じない務めを果たそうという熱意が生まれたのだ。

 そんな彼女が長年心を病み続けているというのは重臣達も長く憂慮してきた問題だったが、それが少しでも解消されたのは一堂にとって朗報であった。


 そしてもう一つは、拝謁していた甲虫の男ツェイトが国母の錯乱に怒って暴れ回る様な事態が引き起らなかった事である。

 そんな中で、他の重臣達と同様に安堵していたエドロイ・ゼェードが周りの雰囲気から発言の機会をうかがいながら王へと訊ねた。


「陛下、あの男ですが、有事の際に協力を取り次ぐ事は可能でしょうか?」

 

「遺物が再び現れた場合という限定的な条件付きでならば向こうから持ち出してくれたが、それ以外では現状期待せぬ方が良い」


「無碍に断られなかっただけまし、という事ですか」


 エドロイが苦い表情を浮かべる。

 エドロイだけでなく他の面々も、あのような存在が再び出て来る可能性について懐疑的ではあるが、最悪の可能性として頭の片隅に置いている。

 もしあの甲虫の男の協力が無い状態で遺物と戦う事になれば、確実に甚大な損害を被るか、最悪戦場になった国家が壊滅の危機に晒される事も考慮しなければならないのだ。

 ミステルの街に駐在している憲兵を介して遺物撃破の報が届いた時、王と重臣達は即座にその情報を基に偵察員を派遣して戦地を調べさせた。

 その結果、緑豊かな大地が極めて広い範囲で焦土と化し、山も消し飛ぶほどのおぞましい傷跡が大地に刻まれていた事が判明し、彼の存在が大戦争期の文明に終止符を打った存在である事が改めて思い知らされ戦慄を禁じ得なかった。


 アルメディオはエドロイを、そして他の重臣達の表情を見回して彼らの心境を察した。


「不安か? あの男が此方の制御下にいない事が」


 そうして彼らの王が口にすれば、自分達の気持ちを悟られて重臣達が恥じ入るように顔を俯かせ、ノイルウッドが述懐した。


「お恥ずかしながら、陛下の仰る通りです。一個人が戦略規模の戦闘力を持ち、それを一個人の心持次第で好きに振るわれるという事に恐怖すら覚えます。本音を言ってしまえば、我が国で抱え込みたい所ですが……」


 エドロイが言いよどむ。如何に国家の上位権力者と言えどそうたやすくいかないわけがある。それをノイルウッドが説明した。


「聞けばあの男はワムズ出身。あれ程の力を持っているのならば彼方側の王政府が既に接触している可能性が考えられます。そこへ我らが無理に干渉すればかの国との間に軋轢が生じかねませんし、もしくは……」


 ノイルウッドが口述した通り、国家間のやり取りが生じる事が懸念されたのだ。だがノイルウッドはまた別の可能性を危惧していた。

 ノイルウッドは何度か口を開こうとし、その都度口を閉じる挙動が続いた。まるで口にするのを(はばか)るように。

 そして口の中で転がしていた言葉を意を決して吐き出した。






「あの特異な姿に異常な戦闘能力……陛下、恐れ多くもお尋ね申し上げますが、あの男が……“異邦人”という可能性は考えられませんか?」


 慎重にノイルウッドの口から出て来た“異邦人”という言葉に、王が片眉をピクリと跳ね上げた。

 アルメディオの表情は間違っても上機嫌の類ではない。人が解消していない問題と面と向き合った時に見せる様な、そんな嫌そうな顔をするので他の面々の表情が強張る。

 

「……私もオーステン卿と同じ考えだ。あの男は謁見の間で自分の出自を説明したが、恐らく虚偽であろう。あの男も“此処ではない何処かから”流れ着いて来た存在だと考えた方が良さそうだ」


 ツェイトと言うクエスターについては名前が分かった時にアルメディオが命じてすぐさま調べさせてある。クエスターになってひと月も経っていないにも関わらず、既に三本線に昇格している。数十年連合内で問題視されていた賞金首のモンスターを討ち取った功績からその二階級の昇格が認められたのだそうだ。

 華々しい功績だが、クエスターになったばかりの者がすぐに功績を上げる例は過去にいくつもある。決して珍しいわけではない。


 問題は、あれ程の戦闘力を持つ異様な姿の存在が、誰にも知られる事なく突然現れるものなのだろうかという点にある。

 かつて大破壊によってこの大陸全土の文明社会が終焉を迎えた時、多くの種族が絶滅していったが、国家や集団の体を成さずにかろうじて生き残りが単独で確認される事はあった。

 

 しかし、あの様な力の持ち主を今の今まで完全に隠しきれるものだろうか。

 ワムズの辺境の森で自給自足の暮らしを行ってきたと説明を受けたが、あの言動は文明圏の教養から来るものがあった。余程巧妙に、もしくは粛々と外界との交流を遮断して暮らしてきたと考えても、妙に対人慣れしているように見えるのだ。

 そうやってあの時聞いたツェイトの出自に受けた話の中から粗を探していくと疑問を抱く点はいくつもあり、アルメディオ王は大凡確信を抱いていた。あれは純粋なこの世界の存在ではないと。


 その様な考えに至ったのは、アルメディオがかつてある事件の折に奇しくもその内のひとつの集団と接触し、彼らの存在を知ったからに他ならなかった。


 姿形に統一は無く、この世界ではおよそ真似する事の出来ない常軌を逸した超常の力を持ち、未知の場所からやって来た者達。


 そして彼らの存在を知るからこそアルメディオは思うのだ。叔母でもある国母ホルディナの親御のどちらかもその様な存在であり、自分と叔母はその血が流れているのではあるまいかと。

 国母もまたエルフとは言い難い姿をしており、当時は比類なきと言われる程の強大な力を以て幼いアルメディオを守りながら大地を切り拓いていった実績があった。

 当時のアルメディオは国母の姿を少し不思議にこそ思ったが、片方の親の血を強く受け継いでいるからだと言う事でそれ以上の疑問が思いつかなかったが、彼らとの邂逅が国母と、そして自身の系譜に彼の異邦人達の影を見たのだ。


 アルメディオは彼らの存在を纏めて“異邦人”と呼称して自分と、そして重臣達の極一部の者にのみ他言無用と厳しく言い含めておきながら伝えてきた。

 彼らの存在は極秘事項であり、決して不用意にその存在を流布してはならないのだ。もしそれが短慮な者達の耳に入り、己の利益の為にと軽率な行動をとって近づこうものならば、向こう側の怒りに触れるだろう。

 その被害が当事者だけに留まるのならばその当人の責任故に構いはしない。ただ問題は、その被害がこちらや無関係の人々にまで及ぶ恐れがあり、アルメディオはそれを危惧していた。

 ツェイトと会談をするあの場でその事を打ち明けなかったのは、初対面の、それも何の信頼関係も築けていない間柄の状態で無用な刺激を与える事を避けた為であり、あの男の背後にもしかしたらいるやもしれない集団が、それによってどのような行動に移るのか予測がつかなかった事もあってアルメディオも慎重にならざるを得なかった。

 

「今はこちらが相手に誠意を見せて信頼を得ていくしかあるまい。強引に探りを入れたり干渉するような行動は禁ずる。我らの常識外の距離でこちらの存在を悟ってくるやもしれんからな」 


 過去にアルメディオが見た事のある“異邦人”は、遥か遠く離れた場所の存在を知覚出来るような特殊な能力ないしは器官を備えていた。

 ツェイトの容貌と本人の言葉から推測するに純粋な肉弾戦能力に重きを置く類とアルメディオは見ており、優れた武芸者は常人では感知出来ない距離の気配を認識する事が出来るとも聞いた事があるので、あの男の気配察知能力を過小評価するような事はしなかった。


 向こうがそれなりに協力的な姿勢を取っているのに此方が圧力を与えるような行動は悪手である。特に、今回の様な者達には。


「相手が我が国の法や倫理に反するような事をするようならばその場限りではないが、無理に権力であれの動きを縛ろうとして怒りに触れようものならば、さもなくば――」


「……国が、亡びるとでも?」


 訊ねてくるノイルウッドの表情は硬い。遺物と言う存在が姿を現した以上、先の存在が齎す影響の規模を荒唐無稽と断じる事が出来なかった故に。

 問われたアルメディオは酷く冷静な、一切の表情が消えた顔をしていた。いっそ、虚無的とすら表現しても良いだろう。それは、かつて垣間見た彼の存在達の力の一端を思い返しているからか。


「今回のあの男に関していえば、十分あり得る。そして余の知る異邦人達も同様だが……あちらは必要とあらば躊躇いなくやりかねん」


 断言して見せた王の様子から、尋常ではない気配を感じ取って重臣一同が息を呑む。

 アルメディオは脅しで言っているのではない。訪れるやもしれない最悪の可能性を述べているにすぎないのだ。


「だが、過去に余が会った異邦人達は此方が刺激しなければ危害を加えてくるわけではないらしい。国営を担う身からすれば厄介な事に変わりはないがな」


 国家でも合法組織でもない集団の顔色を窺いながら国を動かすなど、本来国家にあるまじき対応である事は口にしているアルメディオ本人も痛い程理解している。

 しかし、そうせざるを得ない力を向こうが有しているという事がアルメディオを慎重にさせていた。


 甲虫の男は、ツェイトは国の危機を救った恩人であり、国母を元気づけてくれた恩人でもある。

 アルメディオ個人としては国と家族を救ってくれたので無碍な扱いをしたくはないが、統治者としてのアルメディオがそれを許さない。数百年前の、あのような惨状を目のあたりにしてしまえば。



 間違えてはならないのだ。権力の使い方を。


 忘れてはならない。かつてそれを間違え、一つの大国が終焉を迎えた事を。それにより、彼らは国家と一線を引いてしまい交渉の糸口を見出す事すら出来なくなってしまった。


 この世界には、思いもよらぬ常識外の存在が潜んでいる。


 その存在を知ったうえで国の存続を画策し続けていかなくてはならないのが長い時を生きて来たエルフの王としての難題であった。


 それに対する明瞭な答えは、未だ見つからない。

前話に比べて文字数が半分(ざっくり5000文字)ほどになってしまいましたが、あのまま一纏めで投稿しても読み辛そうと思いましたので分けさせていただきました。内容的にも分割して問題なさそうでしたので。

所感などにつきましては後ほど活動報告にて書き連ねておきます。


当作品をご覧になってお楽しみいただけましたら、評価、感想いただけると嬉しいです。

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