第34話 国母ホルディナ
お待たせいたしました。
今回は文字数と内容的に二つに分けて二話の投稿とさせていただきます。
次話は明日投稿いたします。
国母が自分に会いたがっている。その事にツェイトが眼光を瞬かせながら訝しんでいると、アルメディオ王自ら案内を買って出た。
「場所を案内しよう、ついて参れ」
此処まで来て断るのも憚られ、致し方ないと観念したツェイトは王の招きを受ける事にして歩き出した。
歩を進めるツェイトの姿を同意と見做したアルメディオ王は、他のエルフ達を連れてツェイトを王城の奥へと誘ってゆく。
外は既に日が沈んで夜になっていても、王城の中は至る所に暖色の明かりが灯され暗さを感じない。
以前いたワムズの首都や、このアルブウィズのミステルの街でも見た事がある火を使わない街灯のそれと原理は同じなのだろうか。
それにどこを歩いても天井も通路の横幅も広い。巨体である自身が歩いても、上や左右に余裕があるこの空間がツェイトにはちょっと新鮮であった。
そうやって王達に連れらて王城の内部を観察しながら歩いていると、皆の脚が止まった。どうやら目的地に着いたらしい。
「ホルディナ様は普段離れの別塔でお住いになられているが、そなたの体であそこは通れんだろう。それにこの城の階段の足場もそなたの足には合うまいだろうからこの部屋を使う」
ドアノブに手を駆けながらアルメディオ王は言う。確かにツェイトはこの王城でまだ1階しか歩かされていない。
ツェイトの足は前に2本、後ろのかかとの位置に1本の計3本の太い爪が伸びた指で構成された形状をしている。どこもかしこも芸術的な造形が成されたこの場所で、しかも人間サイズの階段を上ろうものなら、ツェイトの重量と足の形状で破壊しかねない。そうなればツェイトも申し訳ないし、王も自分の居城を傷つけられていい気持ちはすまい。
「御配慮、感謝致します」
「それより、扉の高さに気を付けるがいい。そこまではそなたの様な背丈の者を想定して作っていないのでな」
ツェイト達が入ろうとしている部屋の扉は上枠までが大体3mを少し超えた程度。ツェイトの目線よりやや上位で人間サイズならば結構大きな扉だ。しかしツェイトの角がそれより更に高い為、入る際は慎重にしないといけない。
先に入るように促され、体を屈み、首を下げて恐る恐る少し潜り込むような態勢で扉の奥へ進むと、再び天井の高い部屋が広っていた。
此処もまた壁や天井が力の入った造形をしている。数人が談話する為の仕立ての良いテーブルや椅子が綺麗に並べられている事から、談話室や応接室として使われている部屋なのだろう。
その中で、ツェイトの視界に異彩を放っているものがある。他のものよりも明らかに巨大な椅子がでんと置かれてあったのだ。人間が隣り合わせに座っても2~3人は並んで座れそうな、肘かけ付の美しい造形の大きな四脚仕様の椅子だ。現在多種族間連合内に属している種族からすると、もしかしたらオーガの来賓用で作らせたものなのかもしれない。人間サイズの椅子の中に一つだけ置かれている巨大な椅子という構成は、さながらトリックアート等の美術展示品を彷彿とさせるが、状況的にツェイトの為に用意してくれた代物なのは察せた。
背後ではアルメディオ王が「他の者達は待機しておれ」とついて来たエルフ達に伝え、王だけがツェイトに続いて部屋の中へ入って来た。
ツェイトは部屋の中に入って天井に余裕がある事を確認すると屈めていた体を伸ばし、辺りを見回しても誰もいない事にツェイトは気が付く。目的の人物が見当たらないのだ。
「……国母様はどちらに?」
「今此方へ向かっておられる。お住いの別塔は此処から離れておるからまだかかるだろう」
「それは、何だか申し訳ない事をしました」
急遽呼ばれた形なので自分に非は無いだろうが、高齢(?)の女性を長距離歩かせる事になってツェイトは些か罪悪感が芽生えたが、王が苦笑して返した。
「致し方あるまい、あの方も無理を言ってそなたを呼び止めた事は自覚しておられる。来られるまでまだ時間がある、先に席に着こうではないか」
そう言いながらアルメディオ王は巨大な椅子が置かれてあるテーブルの椅子へ着くと、視線でツェイトにも着席を促した。
視線の意図を悟ったツェイトは自分の為に用意してくれた巨大な椅子に近づくと、肘かけや背もたれに手を乗せて軽く圧したりしてみる。座面の幅はツェイトが腰かけてぎりぎり収まりそうだ。
出来るだけ力を抑えての行為だが、何分ツェイトの腕力だ。椅子から軋む音が聞こえてくる。ツェイトはアルメディオ王に質問した。
「陛下、此方の椅子はどれくらいの重量まで耐えられますか?」
そう訊ねたのには訳がある。単純にツェイトの重量が起因している。
アルメディオ王はあぁ、と質問の意図に気が付き思案しながら答えてくれた。
「……余の記憶が確かならば、組み立ての際に魔法で頑丈になるよう細工をしていたと聞いている。そなたが腰かけても問題は無いだろう」
何せ地割れに挟まれても壊れない強度を目指して職人達が意気込んで作った代物だからな、と肩を竦ませながら苦笑する王の眼差しは、何処か遠くを見ていた。当時の事を思い出しているのだろうか?
何故それほどまでに頑丈さを求めたのかは不明だが、まぁそう言う事なら、とツェイトは好意に甘えて椅子に座った。
するとどうだ、頑丈さを追求しただけでは実現できないであろう座面のクッションの程よい柔らかさ、背もたれに体を預けても折れずにツェイトの体を柔らかく支え、包み込んでくれる。
NFOにもツェイトの体格に合う家具は無い事は無かったが、あれはゲームの世界という前置きがあったから可能であったわけで、この世界で自分の重量に耐えられる豪華で上質な椅子に座れた事に少なくない驚きと快適な座り心地がツェイトを包み込んだ。
何分ツェイトの体重は元の世界の重量単位でおよそ2300kg位という、準中型自動車並の重さだったりするから腰かけるものに対して慎重にならざるを得ないのだ。
NFOのアバターにも重量の概念が存在しており、ゲーム内でも重量に関わるイベントやダンジョンギミックがあったりする事もあってツェイトも自身の体重を計測した事で分かったが、非現実的な数字が実にファンタジーだと当時は思った。ざっくり大の大人33人分の体重なのだ、全くもって文明圏での生活を考慮していない体である。
そういった事情があったので椅子に座れる事に少し動揺していたツェイトだが、自分の置かれている状況までは忘れていない。両手を膝の上に乗せて、姿勢を正したツェイトが王に向いた。
会話の出来る状態に移ったと見たアルメディオ王は、真剣な表情で話しかけて来た。
「そなたは我が国の危機だけでなく、図らずも叔母上の心をも救ってくれた」
「国母様を、ですか? どういう事でしょうか?」
全く繋がりの無い相手を救ったと言われても、身に覚えと実感のないツェイトは王の言葉に眼光を瞬かせた。恐らくこれまでの流れから、遺物関係なのだろうことは推察出来るのだが。
「叔母上は幼少の頃に、あの遺物達によって我が母――叔母上にとっては姉を故郷と共に焼かれていくのを見ている。……そなたが打ち倒した遺物は、叔母上にとっての悪夢であり、呪いそのものだった」
「……ご家族の仇だったのですか」
「そう、なるな。それ故に遺物が遺跡から見つかった時、叔母上は酷く取り乱してしまってな。ついこの間まで酷く精神が不安定だったのだ」
無理もないとツェイトは思った。
幼い頃に刻まれたトラウマの象徴が、今になって完全な姿で再び現れれば封じられていた恐怖が呼び起され、更に長く生きた事による恐怖の蓄積がそれを助長したのならば心を病んでしまっても不思議ではあるまい。
だが、自分の意図しない場所だったとはいえ、いい結果が生じたのは幸いだった。
「こう言ってしまえば身内贔屓かも知れぬが、叔母上は強い。余とて幼い頃に荒廃した時代を生き抜くために力を付け、腕に覚えはあるつもりだ。しかしあの御方は別格だ。もし叔母上がいなければ、余はあの大破壊が起きた後の崩壊した世界では生き抜く事は出来なかったかもしれぬ」
王は組んだ両手をテーブルの上に置きながら、視線を手元に落として語られる国母の存在は、隔絶した位置にいる事が容易に察せられた。そこには、王の国母に対する敬愛が込められているようにも思えた。
だが、と言葉を継ぎながらアルメディオ王の表情に影が差した。謁見の間で会ってからここに来るまで、一人余裕の態度を崩さなかった男がまるで我が身の無力を悔やむような顔をするのだ。
「そんな叔母上にも、どうしようもない存在がいたのを痛感したのは、湖底遺跡から奴を見つけた時だったな。遺物の存在を知った叔母上は酷く錯乱した……否、怯えていたのだ」
王が目を閉じながら語るのは、知りたくは無かった事を知ってしまった現実から少しでも目を背けたいと言う表れなのか。それともそうさせてしまった事に対する後悔の念がさせているのか。
「……心に受けた傷と言うのは、体に受けた傷よりも治すのは難しいと聞いた事があります。幼い頃にそれを受けたのならば、尚更でしょう」
国母は1000年を生きて来たこのアルメディオ王より長く生きていると言う。その長く生きてきた分だけ蓄積されたトラウマから生まれるストレスの程は、常人では計り知れないものがある。
しかし言い換えればこれからそんな状態の人に会う事になる訳なのだが、心が衰弱している人が自分を見ても大丈夫なのだろうか。これから会う国母にどう応対すればいいのかツェイトが不安に思っていると、ドアからノック音が聞こえて来た。
王が返事を返すと、ドアが開かれ中に人が数人入って来た。
恐らく護衛役なのだろう三人の女エルフと、彼女達に囲まれている美しい衣で頭から足元まで隠した人物が一人。構図的に護衛に囲まれている人物こそが国母ホルディナなのであろう。それに気づいてツェイトは極力静かに席から立ち上がった。ビジネスマナー的に目上の人の来室で座ったままでいる事が失礼かなと感じ、つい反射的に立ってしまった。
三人の護衛はツェイトの姿を見た途端ギョッとした様子で凝視するが、王と一緒のテーブルに着いているのを確認すると、気を取り直して国母を連れて近づいて来た。国母の足取りがゆっくりと遅めなので、護衛達はそれに合わせながら室内を進む。
先頭の一人が王へ告げる。
「陛下、ホルディナ様をお連れいたしました」
「御苦労、そなた達も外で待機しておくように」
その時、先頭の護衛のエルフが一瞬だけちらりとツェイトを見てくる。
測る様な眼差しだったがすぐに視線を戻し、「はっ」と返事を返して残りの二人と共に退出していった。
「叔母上、さあこちらへ」
王が立ち上がり、自ら椅子を引いて国母に席を勧めると遅緩な動作で国母が腰かけた。
(部屋に入った時からそうだったが、随分と動作が遅い。歳……じゃないな、話で聞いていた気の病み過ぎが原因で体調を崩しているのか?)
一連の流れから失礼の無い程度にツェイトは国母を観察していた。
体を隠す様に包んでいる衣は白色で気品のがあり、身に着けている国母の顔は口元までしか見えない。
頭を覆っている衣が様な形状をしている。逆三角形を後ろに傾けた様なシルエットは、彼女の“頭部から生えた何か”がそうさせている様だ。
席に着いた国母が話しかけても大丈夫な状態を見計らい、ツェイトが名乗った。
「お初にお目にかかります、クエスターのツェイトと申します」
「……貴方の事は聞いております。……あれを、倒したと」
少し掠れてはいたが、若い女の声が返って来た。
そして国母が頭に被せていた衣を上げて、彼女の顔が露わになる。
血の繋がり故か、アルメディオ王にどことなく似ている。叔母と言う呼び方に違和感を覚えてしまうほどに若々しく、下手をすればアルメディオよりも年下に見えてしまう。
やつれた様子ではあるが、それでも尚人間的に見ても極めて美しい容貌に衰えは見当たらない。癖の無い金糸の如き美髪は長く伸ばされているのだろうが、今の状況では左右のもみあげから流れるように下ろされているのが見えるだけで、他の大半は衣と背中の間に隠されている。
憂いの表情も彼女の美しさを際立たせる要素にしかならない。そして彼女の身に着けている装飾品、耳飾りやヘッドドレスなどのそれらがまた国母の美しさを際立たせている。美人と言うのはそれだけで得をする生き物なのだと誰かが言っていたのを、ツェイトは不謹慎ではあるがふと思い出してしまった。
とはいえ、国母の美しさについては今のツェイトにとっては気になる所ではない。その興味は別にあった。
(シチブが言っていたのはこの人だったのか)
左右の側頭部から後ろの斜め上へと伸びる樹木の角。
文字通りの白磁の様な白い肌。
黄金に輝く異彩の瞳は、邪な物を跳ね除けてしまうような神聖さを感じさせる。
顔立ちこそグリースとは全くの別人だが、その種族特有の器官の造形はほぼ同じだった。
プレイヤーのリュヒト本来の種族である常闇の妖精ヴァルトアルファーと対になる存在、そしてリュヒトの妻である同じプレイヤーグリースの本来の種族。
光樹の妖精“リオスアルファー”。NFOではエルフの最上位種族の一つに数えられていたそれが国母ホルディナの正体だった。
もしもNFOと仕様が同じならば成程、アルメディオ王の言う通り強い筈だ。
自力だけでも元となったエルフでは文字通り比較にならない能力を持っているのだ。
生まれながらにしてその種族だったのか? 親からの遺伝? それならその親はプレイヤーか、それとも……。
「……驚かないのですね。私の姿を見ても」
不思議そうに言われて、ツェイトはハッと気が付き迂闊だったかなと自分の反応の悪さを反省しながら誤魔化した。
「何分私もこの様な格好ですので、自分の体で慣れています」
素地がエルフの原型からある程度変わってこそいるが、ツェイトの様に大元の昆虫人から体積も外見も劇的に変化した姿と比べてしまうと衝撃は少ない。
なので貴女の姿は見ても驚きはしませんよと言外に伝えると、国母は黄金の瞳を数回瞬かせて柔らかな唇を歪めた。
機嫌を悪くしたわけでは無い様だ。目元が柔らかく見える事から、笑っているのだろうか?
色々と気を病んでしまっていると聞かされているツェイトは、もしかしたら上手く笑みが作れなくなっているのかもしれないと推察した。
「……ありがとうございます」
国母が座ったままツェイトに頭を下げてくる。
それを横で見ているアルメディオ王は複雑な表情を浮かべていた。
「貴方のおかげで……今は亡き姉や滅ぼされた故郷の人々の無念が少しは晴れた気がします。……私には、それが出来ませんでしたから」
己を蔑む自嘲の言葉が国母自身の口から吐き出される。
「情けない話です、本来ならば……本来ならば私があれと戦うべきだった筈なのに……私は、戦う事を放棄してしまいました……」
弱々しかった声に、徐々に熱が籠り始めた。膝に置いていた両手が衣を強く握り締め、感情によって顔が歪み始める国母の身に纏う雰囲気が怪しくなってくる。
アルメディオ王も異常な空気を感じて国母を怪訝そうに見ながら、身じろぎしたのをツェイトは見た。
何かあるのか、そう疑問に思う最中にも国母の弁舌が続いて行く。その言葉に、我が身に対する叱責と嫌悪を乗せながら。
(……感情が制御できなくなっている?)
アルメディオ王の挙動の理由をツェイトは何となく理解した時に、それは起きた。
「姉様に、頼まれたのに……戦いもせずに……のうのうと生きて……一体、私は……何の為に……ッ!」
これは、決壊する。
何がとまでは分からずともそう感じた時、国母の体から風が吹き出した。それの拍子に衣の中にしまわれていた長髪が風の流れに誘われて荒々しく乱れる。
反射的にツェイトは片手で顔を庇ったが、体に何が及ぶと言うわけでもなく突風のような衝撃が吹き付けて来るだけでビクともしない。どうやらただの風ではある様だ。
吹き出す突風で壁際に飾っていた調度品のいくつかが倒れ、叩き付けられる。
原因は間違いなく国母なのは明白だ。しかし下手に無理やり気絶でもさせようものなら無礼を働く事にもなりかねないので、迂闊な事が出来ずにツェイトが対処しあぐねていると、アルメディオ王が動いた。
「叔母上っ!」
椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、風で乱れる衣服や長髪を気にする事無く国母に駆け寄って両肩を掴み、強く呼びかける。
その最中、室内の異常を感知したのだろう。外で待機していた国母を護衛していた三人のエルフ達がドアを開けて飛び出してきたが、アルメディオ王がそれを手で制している。
そんな中で錯乱し始めて焦点の合わない虚ろな目をしていた国母は、アルメディオ王の声により少しずつ正気を取り戻し始めたらしく、国母の体から流れる風が弱まってきた。
「す、すみません……私は、また……」
自分が何をしたのか自覚したのだろう。国母は恥じ入った様子で謝りながら、悲痛な表情で顔を俯かせてしまった。
(もしかして、感情の乱れで魔力が暴発したのか……?)
先ほどまでの不安定な情緒からきてこの様子と、リオスアルファーが純粋に魔力が高い種族である事を知っていたので、漠然とその答えに行き着いた。NFOの頃には無い現象だったが、ゲームとしてのシステム的な縛りの無い現実の世界に反映させた場合、こういう事も在り得るのだろうと考えられた。
彼女が幽閉されているともシチブから聞かされていたので、その理由とこの現象がツェイトの頭の中で結びついた。
家族を殺し、故郷を焼いた怪物への恐怖に心が折れ、それを発端として感情が制御できなくなり先の悪癖が生まれたのだろうか。
だが、彼女がこれまで成してきた功績を考えると、ツェイトはその有様が悲しく思えた。あまりに報われないと。
「……国母様、恐れながら申し上げます」
これが彼女にとって悪いお節介にならない事を願いながら、ツェイトは国母が落ち着いた様子を見計らって静かに話しかけた。
王族に対する最高敬語なんて学んだ事が無いので、ビジネス上の言い回しになってしまうが。
「国母様は、全てが荒廃した時代から国作りで誰よりも貢献されていると聞いております。私はその時代を経験してはおりませんので、貴女様がどれほど過酷な環境を生き抜いてきたのかを理解出来るなどと軽々しく申し上げる事など出来ません」
リオスアルファーと言う特異な種族である点を除いてしまえば、この今にも崩れ落ちてしまいそうな女性が現在大陸全土で活躍するクエスターという職業の大元となった人物の一人だとは思いつかないかもしれない。むしろ国母を支えているアルメディオ王の方がそれらしく見える。王も国を起ち上げるまでは国母と一緒に活動していたそうなので、あながち間違いではないのだろうが。
「ですが陛下をお育てになりながら人々の先頭に立って、国の基礎を築く事など並大抵の努力では成し得ない偉業だという事は私でも分かります。そしてその御努力の結果、今この国はとても豊かになっております」
だが、謁見の間で王の口から語られた遺物の情報の中で、断片的に国母の事も知る事が出来て、そして今の彼女を見て大凡理解した。
彼女は、“こんな状態”になるまで奔走したのだ。心をすり減らしても国――否、エルフと言う種と肉親である甥を守るために、幼い頃から己の人生を捧げて生きてきたのだろう。
そして遺物を倒し得る可能性を少しでも持っていた自分が矢面に立つべきだった筈なのに、恐怖に負けてしまった事が許せなかったのか。
「どうかご自分をお責めにならないでください。国母様、貴女様はこれまでずっと頑張って来られたのではありませんか。そして貴女様や陛下がお築きになられた国が今も栄えているからこそ、私はこうしてこの国へ足を運ぶ縁が生まれて、その結果私が奴を打ち倒す事になった。それで良いのではありませんか」
だからこそ、国母の心を蝕んでいる元凶である遺物を倒した自分の言葉が、何か彼女の心に何かを与える事が出来るのかもしれない。そんな希望的観測があってこうしてツェイトは国母に言葉を紡いでいく。
淡く光る青白い眼光が国母を、今も過去を引き摺り過去に苛まれている女性を静かに見た。
「仮に、仮にですが、再び遺物の同種が姿を現す事がありましたら、私も可能な限り討伐のお手伝いをさせていただきます。……私が口にするのは大変もおこがましいと思いますが、これいじょう重責を背負い続ける必要は無い筈です。それだけの事を貴方様は成し遂げられたのですから」
その言葉にを聞いたアルメディオ王が怪訝そうに見てくるが、ツェイトはそれを意識の外に追いやった。
柄にもない言葉を並び立てたなという自覚が多分にあった。
国母に伝えた言葉は本心からのものであるが、正直自分の言葉が人の心に届くなんてツェイトは全く自信がない。
相手や周りの言動を観察し、そこから自分なりに推察して、少しでも彼女の心が軽くなれる様な言葉を慎重に送り、相手がどう解釈するのかを待つしか出来なかった。
ツェイトの言葉を聞いていた国母は最初の方こそ呆けた顔をしていたが、始終口を挟む事無く耳を傾けていた。
次第に視線が下がり、顔を俯かせると美しい金髪が垂れ下がってその顔を隠し、表情を読み取れなくなった。
アルメディオ王が心配げな様子で国母を見ている中で彼女の沈黙が続いたが、暫くすると大きく息を吸い込み、同じ量の息が静かに口から吐き出され、国母はゆっくりとツェイトを見上げてきた。
「……私は、引き摺り過ぎていたのでしょうか」
やつれた表情なのは相変わらずだが、気のせいかツェイトが最初に会った時に比べて幾分か柔らかさがあった。
自分への語り掛けか、それともツェイトへの問い掛けか判然としない言葉を漏らす国母に敢えてツェイトは答えた。
「それだけ貴女様がこの国や……ご家族の事を大事になさっていたのでしょう」
「時代は、変わったのですね……貴方の様な方がこの大陸に現れていたなんて……」
どこか感慨深そうに、しかし明らかに何か疑念を秘めた眼差しを国母が始めてツェイトに向けて口にした言葉に、ツェイトは内心動揺する事になる。
「……貴方は、この大陸の外から来たのですか?」
背筋にひやりとした冷たい衝撃が走った。
唐突な発言だった。これがもし他の人物だったなら、国母の心の弱りがみせたうわ言の類と取れたかもしれない。
しかしその言葉をかけられたツェイトの素上がそれに対してもしかして、と疑わせたのだ。
(この人は、いや、まさか“この二人”はプレイヤーの存在を知っているのか?)
国母の隣にいるアルメディオ王の表情からは何も読み取る事が出来ないでいる。二人の経歴を考えると、あり得ないと断ずる事が出来なかった。
両人ともに1000年かそれ以上を生きてきた人物達だ。その遥かに長い人生の最中で、ツェイトの様な存在と接触した事があったのかもしれない。もしくは、確証がないので突飛な発想になるが、リオスアルファーである国母のどちらかの親がプレイヤーだったという可能性だってある。
プレイヤーについて何かを知っているかも知れない。だが、仮にそうだとしても今それを二人に話したとして、果たして自分に利する事になるだろうか? そんな不確定要素が大きい領域に手を出す程ツェイトには余裕は無い。
加えて、今のツェイトは既にこの世界にやって来たプレイヤー達と渡りが付き始めている。そちらから情報を入手した方が安全であろうから無用な冒険を選択する必要が無かったのもあった。
「国母様、私はこの様な姿をしておりますが、ワムズで生まれた身です」
「そう、ですよね……おかしな事を聞きました」
あまり多くを語り過ぎても焦った言い訳ととられかねないので手短に返した言葉だったが、国母はそれに対して言及するような事はせずに素直に受け取ってくれた。
元々この場には腹の探り合いをしに来たわけではないのだから、こんな意味ありげな会話をツェイトは続けたくは無かった。
「……あれを倒す事が出来る程の力をお持ちならば、もしかしたら成し遂げられるかもしれません」
何を、とツェイトが訊ねようとしたが、すぐに口を噤んでしまった。
国母の眼差しが、今まで憔悴と疲労しか見せなかった彼女の表情が、強い意志を秘めたものへと変わっていたのだ。
もしかしたら、この表情こそがクエスターの荒廃した大地を切り拓いた頃の顔なのかもしれない。
「天と地の彼方を――“私達”が挑む事の出来なかった領域に向かうのならば、気を付けてください。今の私には、それくらいしか言えません……今日は貴方に会えて良かった」
そして最後の時だけ、国母は憑き物が取れた様な笑みをツェイトに向けていた。
「そなたと叔母上を会わせて正解だった」
国母が護衛達に連れられて退室したのを見送った後、ツェイトは部屋の中でアルメディオ王と二人だけになった。国母の暴走によって室内の一部調度品や家具が乱れたままだが、そう時間は取らせないというアルメディオ王の言葉に従ってテーブルを間に挟んで対面していた。
国母を見送る時の王は長年の懸念が解消されたような、安堵した表情を浮かべていたが、ツェイトと二人きりになると再び元の表情に戻してツェイトに礼を述べてきた。
「あの遺物を倒した本人からの言葉だからこそ叔母上に深く届いたのだ。他の者ではこうはならなかっただろうな」
「そう仰っていただけますと、お時間を割いていただいた甲斐がありました」
そこでツェイトは、国母が最後に言った言葉についてアルメディオ王に訊ねようか迷った。
この王も統治者になる前は、国母と共に遺跡の発掘や冒険を行ってきたと言うので、何か知っている可能性は高い。
しかし、彼の王の立場やその背景にある政治的な存在がツェイトにその問いかけを躊躇わせた。深く追求して政治に深く関わってしまう恐れがあるのならば、別口のプレイヤー経由でその事について訊いてみた方が危険が無さそうだという危機感と損得勘定が働いて無難な相槌をうつ事を選択させた。
「しかし、先程遺物が再び現れた際は討伐に参加すると叔母上に申していたが、あれはそう捉えて良いのか?」
薄々予想していたが、アルメディオ王が先ほツェイトが国母に言った言葉に対して言及してきた。
探る様な問い掛けにも聞こえるのは、ツェイトの気のせいではあるまい。
「あれを放置していても私の活動に支障が出ますし、何よりあれの齎す被害が想像できません。その時は正式にクエスターとして参加させていただく事になると思います」
実際は依頼などの手続きを介するような悠長な事をしていたら手遅れになりかねないので、分かり次第直接向かう事になるのだろうが、変に国家組織から協力の要請を直通で請ける事を明言化するのを避ける為、この様な形の返答に留まらせた。
そしてこれまでのツェイトの発言には打算と言うか、ツェイト側の都合もあった。
もしあの遺物の同族が現れた時、再びセイラムを狙ってくる可能性が高いのだ。
謁見の間で聞いた所によれば、遺物が目覚めた場所はミステルの街から大分離れた場所だったらしい。にも関わらず、セイラムのいるミステルの街を一直線に飛んで来たのは間違いでは無いだろう。
あくまで遺物が現れてセイラムを目指してきた場合は、何故かこっちに来たと理由が分からない振りをして白を切りとさなければならないが、国も馬鹿ではないであろうから遺物の行動パターンに勘付くだろう。その時ツェイト達がどのように対応するのはまだ分からない。
「……そうか、であるのならばその時は是非頼らせてもらおう」
アルメディオ王はツェイトの返答に対してそう答えるだでそれ以上追及をする事も無く、ツェイトに労いの言葉をかけて退城を許した。
あっさりと帰宅させてくれた王に安堵しつつも妙な不気味さを感じるツェイトは早々に城から出て、既に夜中なので王都から外部へ繋がる大門が閉じられていたので門番に訳を説明し、跳躍して門を飛び越えながら翅を広げて飛翔。ミステルの街を目指して飛んでいった。
人を説得する言葉って本当に難しいと思います。聞く人の心を動かすものでなければなりませんから。
もっとメタな事を言ってしまいますと、この場合は読み手の方々も含まれているのですけど、如何でしたでしょうか?
格好良さげな耳触りが良い言葉を並べるだけですと、言っている人物の自己満足で完結してしまいそうでしょうから、なんか違いますし。
そんな事を考えていたらえらく難産なお話になってしまいましたが、これが私の自己満足で終わらない事を祈ります。
あと、作中でツェイトの体重が出ましたので、改めてツェイトの身長と体重を下記に記載しておきます。
身長:420cm(内、角の長さが100cmあり、角なしだと320cm)
体重:2250kg
体重は筋肉+内臓+外骨格+内骨格等の重さが合わさってこんな感じで見ております。
数値につきましては別に生物学に基づいたものではありません。色んな作品に登場している2~3mクラスの登場人物のプロフィールを参考に、イメージしていたツェイトの背格好的にこんなものかなとざっくり考えたものです。
評価、感想をいただけますと嬉しいです。




