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紺碧の大甲虫  作者: そよ風ミキサー
第三章 【エルフの国と厄災の兵士】
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第33話 謁見

 気高い歴史が積み重なって形になった、そう表現する事に躊躇いのない荘厳な佇まいが其処にはあった。

 

 全長が4mを少し超えるツェイトの巨体が中にいても尚余裕のある高さと広さを誇るその場所は、常人ではとても縁遠い場所だった。

 精巧に彫り込まれた石柱や外壁の内装、白を基調とした清楚な色合いと全体的に植物の意匠がふんだんに採り入れられた空間は、華美でありながら嫌味な派手さを感じさせない幻想的な、それでいてその空間を内包する建造物の主の高潔さを現わしているようである。

 多種族間連合最長の歴史を持つ妖精種族の一角、エルフの国家アルヴウィズが誇る王城内謁見の間。その部屋の奥、数段の段差が設けられた檀上に設えた玉座にこの国の頂点が腰かけている。


 人間の美的感覚で美しい顔立ちが多いエルフの住まうこのアルヴウィズの中でも、群を抜いた美貌の持ち主だった。そこに静かに座するだけで一つの芸術品に値すると見る者に思わせる美しさが彼の王にはあった。エルフの国において王族のみしか存在しないエルフの上位種であるハイエルフにして、この国の統治者であるアルメディオその人だ。

 その王が座する玉座の脇を固めるようにして4人の男のエルフ達が立っていた。各々の格調高い身なりや王の左右に控えている事と、この室内で待機しているエルフの兵達が特に彼らの周りにいる事から、国内での位の高さが容易に想像出来る。

 王とその脇に控える者達は皆壇上の下に立つツェイトへ視線が固定されている。見定めるように、油断なくこちらを見つめる視線の種類は決して友好的ではあるまい。ならば敵意かと言われればそういうものでも無い様に感じる。

 

 視線の理由に思い当たる節が、ある。

 ツェイトは一旦視線を外してちらりと横にいる集団を一瞥する。普段は虹彩等の視線が悟られるような器官が無いのでこういう場面では役に立つ。


 見覚えのないエルフの男が二人いるが、その他の面々には見覚えがある。四本線のクエスターであるフィンテルと、彼女が所属しているパーティ達だ。いずれも表情を硬くしながら王達の前に立っているが、時折ちらちらとツェイトの方を見ている。







 はて、どうしてこうなったのだろうか。ツェイトはこの室内とその空間内で異彩を放っている己を鑑みつつ、数日前に起こった出来事を思い返した。


 異形を倒し、リュヒトから彼らの過去に付いて話を聞いてから数日経った日の昼前後、街の外へ行くのが憚られるので所定位置になった倉庫の一角でのんびりと待ちながら過ごしていたら、リュヒトの店に身綺麗な服装のエルフ達が来店して来た。

 身分の高いやんごとなき御方がリュヒトの店の評判を耳にして武具を所望しに来たのかと最初に応対したグリースも目が点になったが、この店に滞在しているツェイトに用があると告げたのだ。

 呼ばれたツェイトはセイラムに店から出ないように言い含め、倉庫を出て表に繋がる横道を経由して店の入り口で待たせている者達に姿を現すと、来訪者達はツェイトの姿に仰天して後ずさるも、持ってきた革状の筒から丸めた用紙を取り出して用向きを伝えた。


 『昨日起きた怪物との戦闘について、事の詳細を王の御前で説明を求めるため登城(とじょう)を命ずる』


 ツェイトが憲兵に提出した情報は確かに上層部へ届いた。ただし上層部は上層部でも、国の最上位だった。店に来たエルフ達の正体は、王城から王の言葉を伝える為の使者として派遣された城勤めの官僚達だった。

 既に死体になったとはいえ、流石にあの破壊力をもたらす存在を知って国の最高権力者も肝を冷やしたのだろうか。それなりに王都から離れていた筈なのにそう間が空かない内に返答が返って来るのは余程急いだのか、それともエルフの情報伝達ないしは運送技術が優れているのか。

 ともかく、国のトップ直々の呼び出しを受けたとなればこの間の憲兵の時よりもますます無碍には出来ないわけだから、ツェイトは使者が伝えて来た勅令を静々と受諾した。

 王城へ向かう日取りを訊ねてみた所、可能ならばなるべく早急にという曖昧な返事が返って来ておや、と引っ掛かりを覚えたが、素直に了承して使者達の持ってきた用紙――令状を筒ごとを受け取った。王の印章が押された格式高い厚みのある用紙だ、それさえあれば道中通行証としても立派に機能する筈。生憎クエスターの証明証は再発行中の為、王都へ向かう際に身分を問い質された時はこれが要になるだろう。

 渡された用紙の文面を拝見して自分の名前と要件が書かれているのを確認して、急ぎの様らしいので使者達へは明日中にでも伺いますがと一応伝えてみれば、使者達は目を見開いて困惑しつつも元々飛べる事は報告で受けていた様で、すぐに納得して王城へ通達しておくとツェイトの提案を了承した。







 そうして翌日、日が昇る前の早朝から早速ミステルの街を飛び立って王都を目指し、午前中に到着して道中門番や憲兵達に令状を見せながら王城へ辿り着き、その日の夕方に謁見を許されて今現在。

 自分以外にも呼ばれている人がいる事をその時想定していなかったのもあるが、まさかフィンテル達がこの場にいるのは予想外だったが、向こうもツェイトがこの場に呼ばれた事に驚愕して凝視していたのでお互いさまの様だ。

 とは言え再会を喜ぶ様な状況ではなかった。場所と言うのもあるが、彼女達の様相が最大の原因だ。

 服装が所々ボロボロで、体中に包帯や湿布による治療が施されており、特にリーダーであるレプセクターの男性に至って一番酷く、顔半分や半身がギブスや包帯でガチガチに固定されている。傍から見ても重傷だ。

 それに、ワムズで見たビーストの少年がこの場にいない。何かあったのだろうか、と心配をするくらいにはツェイトも彼らへ情が芽生えていた。フィンテル達クエスターの向こう隣のエルフ達もクエスター達ほどではなくとも治療跡が見える。


 この奇妙な空気と王達から注がれる視線を受けながら、此方から先に口を開くのは儀礼的に失礼にあたるだろうとフィンテル達に倣ってツェイトも沈黙を保っていると、王のそばに控えていた四人の内の一人が口を開いた。

 王のほぼ真横に立つエルフの男は立ち位置的に王に近しい存在なのかもしれない。黒色を基調として緑色の縁取り意匠のローブを羽織り、アルメディオ程ではなくとも十分美形に部類される顔立ちの男が平坦に、しかしこの場にいる誰もがはっきりと聞こえる声で召喚した者達へ話し始めた。


「今日此処へそなた達を呼び出した理由は事前に通達した通りだが、恐らくそちらの者は事情を把握していないであろう、どうか?」


 そう言ってエルフの男がツェイトただ一人に顔を向けて問いかける。つまりこの場で一番情報が共有されていないのは自分だけなのだと理解したツェイトが頷くと、男は宜しい、と頷き返した。


「では此度起こった事件の再確認も兼ねてこの私、ノイルウッド・オーステンが大まかな内容を説明をしよう」


 エルフの男――ノイルウッドが淡々と感情の無い無機質な声で事務的に概要を話し始めた。





 話を聞いていく内にツェイトは自分がとんでもない事態に巻き込まれ、危険な存在と戦った事に気が付いて、外骨格で覆われた顔の内部が緊張で強張った。


 先のツェイトが仕留めた四脚の異形、王政府達が遺物と称する例の生命体は、今から千年以上前に勃発した世界規模の大戦を終わらせて、一度世界を破壊し尽くした存在の生き残りなのだそうだ。

 それが何の因果かこの国の首都に存在する湖の底にある遺跡の下層から発見され、調査して無力化させるために僻地の研究所に輸送している最中に武装組織――霊長医学機関と思しき勢力の襲撃に遭い、それらとの戦闘の最中に遺物が覚醒。凄まじい戦闘力で周囲全てを焼き払った後、ミステルの街の方角へと飛んで行ったのが王政府が知る遺物の最後の情報だった


 何よりツェイトが戦慄したのは、大戦争期の末期にはあのような存在が群れを成してこの大陸の文明をを破壊して回ったという点だ。あのような、驚異的な戦略兵器まがいの攻撃を放つ輩が大量に現れたのなら、流石にツェイトも生きていられる自信が無かった。下手をすればあれが集中砲火で撃ち込まれる可能性もあり、最悪塵も残らないかもしれない。

 事ここに及んで、ツェイトは早急にあれを殺して正解だった事を再確認して安堵すると同時に、この世界の未知の領域に未だ何かが潜んでいるのではあるまいかと脅威を抱いた。


 此処までで間違いはないか? とノイルウッドがフィンテルらクエスター達と二人のエルフ――調査団の隊長達に確認を行うと、それぞれのリーダー格が間違いありませんと肯定すると、いよいよ本題に入った。ノイルウッドがツェイトに向き直ると、この場にいる者達からの視線が集中した。


「さて、其処から先は我々もミステルの街に駐留している憲兵を経由してそなたの話を聞いてはいるが、改めてそなたの口から何があったのか、陛下とこの場にいる我々に説明を求めたい。そなたの話を聞いた後、我々でいくつか質問をする」


 無用な雑音を許さぬ厳粛な様子はまるで査問会の様な雰囲気だった。その場にいる権力者達全員がツェイトを注視し、一挙手一投足を見逃すまいとしているかのような気迫を感じさせる。

 しかし、冷静になって考えてみれば世界を崩壊させた元凶を退治した相手と向き合い、そこから入手した情報を基にこの事件の事後処理があるだろうから、国政を担う立場からしたら悪者を退治しましたので良かったね、めでたしめでたしで済ませられないのが現実なのだろう。本来ならば凄まじいプレッシャーに晒されて胃の一つでも痛みそうな筈のこの状況で、こうして冷静に俯瞰した物の考え方が出来るのも、自分が慣れ親しんだ強力なツェイトのアバターでいられた事によって其処から精神的な余裕が生まれたからだ。恐らく人間のままでいたら取り乱していた可能性が高い。

 とは言え、だからツェイトは彼らに憲兵達へ伝えた内容と違わずつっかえる事なく落ち着いて説明する事が出来たのだから、結果オーライである。自分に無理のない範囲で有利になるのなら、それに越した事はないのだから。


 ツェイトが話をしていくにつれて、王やこの場にいる者達の反応は様々だった。

 表情を変えずに静かに思索する者、件の遺物を打ち倒したツェイトの肉体を興味深く観察する者、理解の出来ない生物を見たかのように顔を強張らせる者。その中で胡乱気に見られなかったのは、証拠品として渡していた異形の首が実際に保存加工を施された状態で王達とツェイト達の中間位置に運ばれて来たので、それを見た者達はそれが遺物の成れの果てだと確認し、件の異形に勝るとも劣らぬツェイトの体格がその説得力に厚みを与えていた。


 その後の質問も憲兵達に訊ねられた内容と似ているが、特に遺物との戦闘とどうやって仕留めたのかの二点については執拗に事細かく訊ねて来た。

 遺物の正体を知るからこそ、遺物の戦闘力や対策法について少しで情報を入手したい腹積もりなのだろうか。施政者としては当然の疑問点であるが、あれだけの戦闘能力をどうにかできる対抗手段はあるのだろうか。

 直接戦った身としてそんな疑念を浮かべてしまうツェイトだが、ツェイトはこの国の、ひいてはこの世界の詳しい情勢を熟知しているわけではない。何らかの対策が出来るのならばそれに越した事はないので、情報の提供はなるべく惜しまないつもりだった。

 そのやり取りの流れでツェイトの種族や戦闘力にまで質問の手が伸びて来たのは、本人も想定していた。

 とは言っても、やり取りが極めてシンプルだったので訊ねた側も流石に当惑していた。



 Q1.そなたはあの遺物を……徒手空拳で殺したそうだが、何か特別な技術や魔法、ないしは道具を用いたのか?


 A1.特別、という程ではないのですが、純粋な身体能力を駆使した格闘技で仕留めました。一応、電気を放つ事も出来ますが、此方は大した事はありません。



 Q2.事前に送られてきた報告では、ミステルの街へ戻った時はその体に傷は一切見当たらなかったそうだな。聞けば相当激しい戦闘があったにもかかわらず、何故かそなたは無傷だ。これについては?


 A2.確かに戦闘中に負傷しましたが、その場で完治しました。重傷程度ならすぐに治ります。



 Q3.……そなたはどうやってその力を手に入れた?


 A3.信じていただけるか分かりませんが、朝から晩まで鍛錬とモンスターの狩りを続けてましたら、この様な姿に。



 他にもいくつかあったが、大体が始終一貫してこの様な問答が続いた。ツェイトは嘘をついてはいないのだ、嘘は。

 訊ねたノイルウッドは、皺の寄った眉間を親指と人差し指で摘みながら天を仰いでいた。ツェイトの回答の真意を測りかねて困惑しているようにも見える。今まで表情を変えずに静観しているアルメディオ王はともかく、王の側にいたエルフ達はこれについて大なり小なり困惑気味の様だ。

 何か特殊な、もしくは強力な武器などが決め手ならば理解の範疇だったのだろう。しかし肉弾戦のみであれを仕留めたと言う報告が俄かには信じがたい。そんな彼らの心の声が聞こえてくる様である。

 しかしツェイトが提出し、今この場に状況証拠として運ばれてきた異形の首の損傷は、物理的な凄まじい力で歪められそして破壊された痕跡しか確認が出来ておらず、結果ツェイトの発言が認めざるを得ない真実であるという事になるのだから、皆それまでの自分達の常識との乖離に悩まされている様だ。


 ツェイトの出自についても問われたが、此方については事前にツェイトが用意しておいた“ワムズの辺境の森で両親と自給自足をしながら暮らしていた”という架空の経歴を話した。

 その際両親は昆虫人という事にしたのだが、そうなるとツェイト自身の今の姿の辻褄を合わせる必要があるのでツェイトも自分も生まれて十数年間は昆虫人だったという事にする。尚、架空の両親はツェイトが昆虫人だった頃にモンスターに襲われてお亡くなりになった事にしている。

 今の人型の甲虫姿になったのはそれ以降で、何が原因でこの姿になったのか親に訊こうにも既に墓の下にいるので確認の仕様がない。それから仕方が無く一人で暮らしている内に同族らしき同年代の男と知り合い、自分達がハイゼクターと言う種族らしい事を知った。

 今こうして故郷の森から出てクエスターの活動をしているのは、その同族で友人となった男を探すために国々を渡るための手段として利用している。


 探せば幾つも穴は見つかるだろう。しかし今回はあくまでもツェイトが打ち倒した遺物に焦点を置いており、それを倒したツェイトの素性は二の次……の筈、だと思いたいというのがツェイトの願望なので、其処はもう賭けであった。

 ツェイトがそういう考えに至った理由は、大戦争期から文明が崩壊して1000年経った今でも戸籍管理や国土内の完全把握が万全ではない様に感じたからだ。

 一度この大陸全体の文明が破壊し尽くされ、文字通り殆ど何もない状態から人々が生きる為に奔走した歴史があるからだろうか、極稀に大戦争期の影響で絶滅したかと思われていた種族が現代でも生き残っているのを確認する事があるのだ。そして、そのまま再興する事も無く時代と共に絶えてしまったり、他の種族との血の交わりで取り込まれて消えてしまう事も。そう言ったケースが存在するからツェイトの事も認められる余地がこの世界にはあった。

 それと、最初にノイルウッドから受けた説明からすると、遺物の素性の問題から秘密裏に軍を動かしている事から他国に悟られるような行動は控えるだろうから、自ずとツェイト個人の戸籍情報などを詳しく調べようとする事はしないのではあるまいかという政治的な背景からくる理由も考えられた。


(頼むから細かく突っ込まないでくれよ。答えるのが大変なんだから)


 微動だにしないツェイトの脳内では結構冷や冷やしていた。

 そんなツェイトの心境などつゆ知らずに、その場の誰もがツェイトから語られた出自に驚愕していた。あの昆虫人からどうやってこの姿になるんだ、とあまりの変貌ぶりが驚きに拍車をかけているらしい。


 「突然変異……? それとも失伝されていた昆虫人の能力か?」と学者の様な服装をしたエルフの男が口元に手を当てながらぼそりと、それこそ近付いて耳を澄ましてようやく聞き取れそうなほどに小さく呟いたのを発達した聴覚で耳聡く聞き取ったツェイトは、その調子だとそのエルフの男の推論立てを内心応援した。

 王の側に立つ4人の内の一人、学者の様な身なりにモノクルを身に着けた姿と先の呟きから、ツェイトはもしかしたら何某かの研究ないしは学術関係に携わる権力者ではなかろうかと目星をつけていた。実際、その男の呟きに反応してノイルウッドや他のエルフ達が何らかの反応をみせていた。





「オーステン卿、此処からは余が話そう」


 ツェイトの回答に困惑する者達によって妙な沈黙が生まれたその場で、口を開いた者がいた。他でもない、今まで沈黙を貫いて聞き手に回っていたアルメディオ王だった。ノイルウッドに一言断りを入れると、招集した者達へ顔を向けて顔に違わぬ美声で以て発言した。


「些か噛み砕けぬ点が幾つかあったが、それは今必要な事ではない。重要なのは、件の遺物の脅威がこのアルヴウィズ国内や国外で振り撒かれる事態が避けられた、それが真実であると再確認が出来た事だ」


 玉座からアルメディオ王が立ち上がり、壇上を下りながらツェイト達の元へと近づいてくる。

 側にいたエルフ達が驚いて王に声をかけようとするが、アルメディオはそれを手で制しながらツェイト達の前に立つ。


「まかり間違えば取り返しのつかない事態を引き起こしていた此度の一件、そなた達の活躍があって被害が拡大せずに事を収められた。この場を借り、国を代表してそなた達に礼を申す」


 どよめく声が謁見の間であがる。ノイルウッド王がわざわざ目下の者達の位置まで降りて、頭を下げて礼を述べてきたのだ。

 王とはそんなに気安い立場なのか? いやそんな事はあるまい。アルヴウィズ建国と共に、1000年の時を生きたとされるエルフの最古参格にして頂点に立つ男だ。易いわけがないのだ。この場にいる多くの者達がそれを知るからこそ動揺は大きかった。

 

 そんな中、ツェイトは一人だけ少し違った形で表面に出さずに驚いていた。感心していたと言っても良い。

 ツェイトの知る王と言う君主国家における最大の権力者は、もっと居丈高か、冷淡な印象があった。権力が高くなるほど人(厳密には妖精種族だが)は気位が高くなり、(こうべ)を下げたがらなくなる傾向がある様に思われたのだが、ここまで下々へ接して礼を告げられるのは偏にこの王の人となりだからだろうか。それとも何らかの政治的なパフォーマンスか、1000年も生きる男の心情は流石に推し量れるものではなかった。


 感謝の言葉を贈り、褒賞を渡すと告げる王の姿にフィンテル達クエスターと調査団の隊長達は何とも言えない表情で顔を曇らせていたのをツェイトはちらりと見て、ノイルウッドの説明を思い返した。

 彼ら彼女らは、遺物の輸送任務の最中に何ものかの武装勢力が繰り出した生命体――霊長医学機関と推測されている組織の尖兵に襲撃を受け、止め切れずに仮死状態だった遺物の覚醒を許してしまったそうだ。

 言ってしまえば、護衛任務を行っていた者達が起こした不始末を偶然居合わせたツェイトが尻拭いした事になる。


 今回の任務で多くの負傷者と死者が出たと聞く。それもあるので素直に称賛を受け取る事が出来ず、暗い表情を浮かべているのかもしれない。それと、態々頭を下げた王の好意を無碍にする事を避けたからか。

 佇まいを戻した王が言葉を紡いでいく。


「任務は見事完遂された。よって此度任務に参加した者、協力した者には余の方から褒賞を送ろう。事を公にするわけにもいかぬ為あまり目立つような物を与える事は出来ぬが、かといって命を懸けて国の尽力した者達に何も報わないのはあまりに不誠実。国家としての信用にもかかわる故、相応のものをとらす」


 極秘の任務、しかも国内外にまで及びうる極めて危険なそれを曲がりなりにもそれを達成した者達を報いる気持ちがこの王にはある様だ。

 ここでもし国が横着をして褒美をケチるようならば、任務に参加した者達が誰かしらその不満を何処かで漏らすかもしれない。そして漏えいした情報が密かに広がって国の不信に繋がり、陰性の病巣の様に潜伏し続ける可能性を秘めている。何処かの未来に国内で不満が爆発した時、連鎖反応を起こす起爆剤の役割として。この国の上位権力者達はそう言った心情を熟知しているのだろう。

 ツェイトはこの世界の住人ほどこの王の存在の重さを未だ感じていないからこそ、心は一人だけ蚊帳の外でこの様な利害調整の思惑を静かに考えながら王の言葉を聞く事が出来た。


「だが間違ってもこの事は口外せぬように、まかり間違ってその様な事が起きれば、余もそなた達を罰せざるを得なくなる」


 そして、警告する様に緘口令が王の口から直々に言い渡される。

 先の褒賞の話しからの流れで、王達の思惑を悟った者達は顔を強張らせながらも是認の意を返した。

 アルメディオ王は各々の返事を確認する様に皆を見渡すと、深く頷く。


「報酬の内容は近日追って伝えよう。まだ傷が癒えぬ身で今日は良くぞ参ってくれた。帰ってゆっくりとその身を癒すと良い」







「ツェイトよ、そなたはまだ残るように」


 話が終わり、皆がその場を辞去する中で自分もミステルの街に帰るべくと(きびす)を返そうとした時、ノイルウッドから声がかかった。

 まだ何かあるのか、些か勘ぐった気持ちでツェイトは声の主を見る。


「陛下がそなたに御用があると仰っておられる」


 陛下、宜しいでしょうか? そういってノイルウッドが伺いを立てると、アルメディオ王が頷いて言葉を引き継いだ。

 黙して様子を伺うツェイトの心情が悟られたらしく、アルメディオ王が口の端を緩めた。


「案ずるな、そなたに不利益を被らせる心算は無い。ただ、会ってもらいたい人がいるのだ」


 それは一体誰の事だろうか。

 訝しむツェイトに王は答えた。

 

「我が国アルヴウィズの国母にして余の叔母上であらせられるホルディナ様だ。どうしてもそなたに会いたいと仰っている」

当初自分のカバーストーリーを説明している所の主人公の脳内で、大麻(おおぬさ)を振り回して嘘が通りますようにと必死に祈祷する3頭身の主人公がわちゃわちゃする描写とか書いておこうかなと思いましたが、自重しました。


当作品をご覧になってお楽しみいただけましたら、評価、感想いただけると嬉しいです。

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