第29話 覚醒、古代生命体
ジェネマはアルヴウィズ国内に作り上げた拠点から、自分が送り込んだ実験体の視覚を通して事の成り行きを観察していた。
拠点内ではジェネマの配下達がこの地で得られた情報の解析、そして本部への通信など各々が割り振られた役割を全うするべく“機能”していた
「意外と粘る」
自分用に誂えた無機質な金属製の椅子に腰かけ、肘かけに頬杖を突きながらぽつりと掠れた耳障りな声が、皮で作られた鳥の様なマスクから漏れる。
拠点内において自らの意思で肉声を発するのはジェネマしかいない為、作業音に紛れていてもその声がいやに響く。
ジェネマは目下実験体達の状況を確認するかのように口に出しながら現状を呟いていく。
「多種族間連合内の四本線クエスターどもか。“奴ら”ではなくともそれ相応に戦えるとは、存外に捨てたものではないな」
実験体と共有しているジェネマの視界に映るのは、実験体達に対して善戦している四人のクエスター達。
エルフの調査団達の援護があったとはいえ、此方が“兵士”を奪取する為に送り出した実験体相手に今の所は一進一退の攻防をジェネマの視界内で繰り広げていた。
「だが、その程度。それだけで擬虫石に捕食された生命を殺しきる事は出来んよ」
あれは対象の生物をただ戦闘力の高い存在に作り変えるだけの物質ではない。
自分達の造物主が長い間研究と開発を続け、今も尚潜在能力の全貌を造物主自身も掴みかねている所がある。
制御できる範囲で抑えている状態の現在は、取り込む“素体”の能力に左右されがちだが、それでも戦力として運用する分には大きな支障はない。
最近その実験体を完全に殺しきって見せた彼の青い甲虫の巨人の様な存在がこの世界では異常なのだ。もっとも、異常は彼の巨人だけではないのだが。
急遽方針を変更して“兵士”の奪取に乗り出す事を決断したが、甲虫の巨人も無視できない存在だ。この作戦が終わり次第、彼方の調査にも本腰を入れねばならない。
このまま戦わせ続けてもいずれは実験体の耐久力と戦闘力で徐々に押し返せるだろうが、増援を呼ばれて増えるのも面倒なので、早々に“兵士”を奪う事に決めた。
ジェネマは元々研究者気質の強い指揮官級の個体だ。この作戦中でも擬虫石に喰わせた実験体の状況をつぶさに観測して、少しでも情報の足しにでもならないかと行っていたのだが、優先順位をはき違えるわけにはいかない。
任務達成の確実性を高めるために、今回の作戦には擬虫石で変異させた実験体へ更にジェネマが独自に開発した外付けの生体部品を組み込んだのだ。
過去に実験でワイルドマックの成体に取り付けて素材の能力を飛躍的に向上出来た事は記録されている。
「我々の前に立ちはだかるのならば諸共に始末してくれる」
ジェネマは埒を明けるべく実験体達に指示を飛ばした。
「あぁもう、しぶとすぎる!」
膠着状態に陥った戦況が一向に好転しないこの状態に、異形達と戦いを繰り広げている中でフィンテルがたまらず声を荒げた。
声を荒げつつもフィンテルは異形達の猛攻を捌き、自身の相手へ攻撃、味方へのフォローと忙しなく動き回っている。
異形達はあれから何度もクエスター達の攻撃に傷つき、倒れていった。
しかしその次の瞬間にはむくりと体を起こし、全身に生じた傷を瞬く間に完治させては再び戦いに復帰してクエスター達の前に脅威として襲い掛かって来るのだ。
それだけならまだいい。しかし此方がまともに受ければ致命傷は免れない怪力と素早い身体能力は未だに衰えを見せる事なく健在なのだ。対するこちらはフィンテルの魔法や調査団達の支援魔法によって身体能力の強化や疲労の回復を行ってきているが、魔力は有限だ。この状況が続けばいずれ此方が耐え切れなくなる悪循環に陥っている事は誰もが感じていた。
(いくらなんでも不死性が高すぎるわ、まさかこいつらアンデッド化したわけじゃないわよね?)
フィンテルの脳裏には、かつてこの大陸の北部全域で猛威を振るった不死の種族――アンデッドの存在が一瞬だけよぎった。
しかしあの種族は現在過去の事件によって絶滅したと言われている。公にはそう言う事になっているが、生き残りの可能性は密かに一部の者達の間で危惧されていた。
故に生き残りを材料にした、もしくは人工的にアンデッドにさせる類なのか、という邪推をするくらいにはこの異形達の不死身さに危機感を覚えた。
恐らく心臓か頭部でも破壊すれば止まる可能性が高いのだが、異常に頑丈でフィンテル達が強力な魔法なり攻撃なりを当てても、表面の硬質な外皮とその中の筋肉を浅く破壊するだけに終わって内臓へは完璧に届いていないのだ。
より強力な攻撃もあるのだが、繰り出そうにも向こうの動きが早く、隙を見逃さずに距離を詰めてはあの驚異的な筋力で此方を潰しにかかってくるので迂闊に仕掛けられないでいた。
(こっちの連携に合わせてきてる……学習したとでもいうの?)
更に厄介な事に、この異形達は最初こそ単調な動きだったのだが、戦い続けていく内にフィンテル達の攻撃や連携のパターンに合わせて回避や防御そして攻撃を仕掛けて来て、先ほども動きを読まれてヨルゥインと共に前衛で戦っていたアルマーが危うく直撃しかけた。調査団の弓や魔法による援護にも対応してしまい、調査団達は事実上攻撃が無力化されてしまってクエスター達への支援魔法に徹せざるをえなくなっていた。
皆既に無傷と言うわけにはいかない状態だ。前衛のヨルゥイン、アルマーは致命傷を避けているものの軽傷であり、中衛で魔法を駆使するフィンテルと後衛で射撃に徹しているリーウも異形達の放つ魔法と、一度だけ連携の合間を縫うようにして前衛を抜けて強襲して来た際の攻撃に晒されて軽い打撲や擦り傷を作っている。
可能な事ならば回復魔法で前衛の二人を治癒してやりたいのだが、連携に対応してきた異形達の動きが速くて出来ずにいた。
「フィンテルごめんそっち行った!」
口早に自分に警告を促すヨルゥインの声をフィンテルは耳にした。
前衛で戦っている二人と、そして調査団達の援護攻撃を抜けて異形が一体フィンテルへと接近してきたのだ。
フィンテルの眼にも既に事の流れは見えている。なので動揺する事無く迫りくる異形へ応戦した。
「いい加減……倒れなさいってのぉー!」
異形が肉薄しようとするよりもを先んじて、フィンテルが身に宿る魔力を練り上げて今可能な渾身の一撃を長杖にて振るった。
フィンテルを中心にして風が巻き上がり、風は無数の何かとなって異形目がけて飛び出した。
異形も学習をして来たようで、フィンテルが何か魔法を仕掛けてきた事を察して回避しようとしたが、その異形の足元から6本の鋭く硬い岩の槍が異形の手足、胴体、首目がけて伸び出す。
異形の肉体を貫通しきる事こそ出来なかったが、その魔法は外皮に突き刺さりながら空を目指して高く伸び、異形を上空へと誘う。
空へと舞い上げられた異形が岩の槍を四肢を振るって破壊したがその瞬間、気が付けば異形の周囲には風の刃が間近に迫っている事に気が付くが、異形が反応するには些か遅かった。
魔法によって放たれた風の刃は時間差に異形へと直撃、空へと押し上げられた異形の体を空中で交互に跳ね飛ばす様にその肉体を切り裂いていく。
フィンテルの魔法はそこへ更に追撃を行う。空中にて異形へ風魔法の猛攻を浴びせるのに並行して、長杖を異形のいる上空向けて構え長杖の先に己の体を覆う程の巨大な火炎の塊を生み出した。
「駄目押しの一発ーーッ!!」
この一撃で異形が倒れて欲しいと言う願いも込められて撃ち出された炎の塊は、直線状に異形目がけて空を飛び、空中にて確かに異形を飲み込んだ。
異形を包み込んだその瞬間、炎はその面積を圧縮したかと思いきや爆炎を伴う爆発を発生させ、真夜中の森の中を明るく照らした。
その余波で飛び火した火炎が飛散して森の木々が燃え始める、もはやフィンテルに地形や自然を考慮する余裕も無く、それは彼女が破壊に特化した魔法の行使を躊躇えない状況に陥っている事を意味している。
爆炎の中から異形が体に炎に包ませたまま前衛で戦うヨルゥイン達よりも後方の森の中へと落ちていった。
その様子を見送りながら、フィンテルは自分の配置を整えつつ仲間達が相手をしている異形達との戦闘に復帰する。
フィンテルの背後を十数本の矢が飛び越え、意思を持ったかの如き軌道を描いてヨルゥインとアルマーが相手をしている異形達の急所に次々と突き立っていくのが見えた。
「魔力はまだ保ちそうか?」
そう言ってフィンテルの後ろから声をかけてくるのは、厳めしい木製の矢を構えながら援護射撃に徹しているリーウだった。
足元の地面からは矢羽の形に似た頭を持つ細長い木がリーウの周りに生えており、リーウが引き抜くと、その根にあたる個所は鏃になっている。
それはまさしく全てが植物で出来た矢であった。リーウの種族的な能力を応用して、そうやって今まで矢の補給を行っていたのだ。であればこそ矢の弾幕めいた射撃を一人で行う事が出来るのだ。
フィンテルが別の異形との戦闘に集中している間、リーウがフィンテルの魔法の代わりに援護射撃の量を増やして代役を務めてくれていたのだ。
問われたフィンテルは視線を前衛達に向けたまま威勢よく答えた。
「この程度でへばってたまるもんですか! でも――」
フィンテルの言葉が続く前に、それ以上に大声で叫ぶ者が前方にいた。
「だあああこんちくしょー!」
2体の異形の攻撃を手甲で覆った腕で反らし、すかさずカウンターで拳と蹴りの連撃を叩き込んで大地に叩き伏せたアルマーが、苛立ったように声を荒げていた。
「ぶっ叩いてもぶっ叩いても起きてきやがる! キリがねえぞ!?」
「確かに、これはジリ貧だねぇ……!」
同じく前衛で2体の異形達を相手取りながら剣で斬り伏せてヨルゥインがアルマーに答えるが、彼もまたこの膠着状態、否、少しずつ自分達が不利に追い込まれてきている戦況に危機感を覚えていた。
言葉を交わすしながらも相手と間合いを取って警戒する二人の前で、異形達は再び立ち上がって来る。
アルマーが叩き込んだ打撃による肉体の破壊跡も、ヨルゥインが幾度となく叩き斬って見せた斬撃跡も彼らの目の前で瞬く間に再生してしまった。
「こ、こう簡単に立ち上がって来られると自信がなくなってくるぜ」
「同感、あのタフさを半分くらい分けて欲しいよ」
軽口を言い合う二人だが、その口元は目の前に光景に引き攣っていた。
異形達へ繰り出した攻撃はどれもが必殺の一撃だった。
同族相手ならば即死は確実。危険度の高い強力なモンスター相手であっても重傷は免れない攻めを立て続けに見舞った筈なのに、その奮闘を嘲笑うかのような反応だ。未だ体力的に余力が残っていても、これは流石に精神的に堪えるものがある。
「……ん?」
ところが、立ち上がってきた異形達はクエスター達に襲い掛かってて来るのではなく、何故かゆっくりと後ずさりをし始めた。
今までと違う挙動に前衛で戦っていたヨルゥインとアルマーの二人は怪しむ。
「もしかしてバテてきた?」
「どうだか。それにしちゃ動きのキレが良いし、体の軸も崩れてねえ。ピンシャンしてやがるぞ」
「だよねぇ」
何か思いもよらぬ行動を起こしてくるのではなかろうかと警戒しているクエスター達を他所に、異形達は各々が互いに近づきそして――――身体が形を変え始めた。
一同が驚愕する中、異形達の体は膨張し、折れ曲がり、筋組織が解け、人型から逸脱し、そして結合し、“四つ”の生命は一つに混ざり合う。
肉が捩じ切れ、外殻が擦れる不快な音を掻き鳴らしながらそれらの現象が完了した時間は実際五秒もかかっていない。
見る者の心に恐怖を刻み付ける様な生命の冒涜を体現した現象の果てに現れたのは、一体の悍ましい生命体だった。
全身の外殻は変容し、後ろへ流すように斜面を作った剣山の如き鋭い棘を幾つも伸ばし、その肉体は六本の節足で支えられている。
背面からは蛇腹状の外殻で形成された太く長い尾が上向きに弧を描くようにして伸び、先端は不自然な筒状になっていた。
前面部はその生物の口にあたる器官が存在し、その周りには四本の刃の様な顎が上下二対の並びで備わっていて、更にその奥はすり鉢状に並んだ歯を覗かせていた。
まだ怪物の変化は止まっていなかった。
今度は怪物の背後から遅れて残りの一体が、フィンテルが撃ち落とした異形が肉体を再生させて追い付き、怪物を飛び越すようにして跳躍しながらその肉体も他の異形同様に変化する。
四肢が折り畳まれ、頭部が肉体内部へと埋没しながら全身の外殻を変形させていく異形は、怪物のちょうど顎のの左右へと、二つに分けたその身を結合させてその変化を終えた。
五体目の異形が変化したのは、鋭い鎌が備え付けられた腕の様な器官だった。それが人の腕の様な関節をもって怪物と結合したのだ。
感覚器官らしいものが口以外見当たらず、どうやって外界を認識しているのか見当がつかない。
五体の異形が一つになって生まれた怪物はこの場にいる者達よりも二回り以上大きく、明らかに元となった異形達の体積を大きく超えている。
元々エルフの原形を残していなかった異形達だが、それが更に生態が全く別種の存在へと作り変えられてしまった。
誕生した怪物は声を上げる事なく、既に次の行動に移っていた。
怪物の尾の先端がクエスター達に向いていたのだ。
それに皆気付いていたが、しかし遅かった。
ドシュッという音が鈍く響く。
「ごぶ!?」
いつの間にか、うめき声と共にアルマーが後方へと吹き飛ばされた。
アルマーが出したのであろう血が先ほどまで立っていた場所に少しばかり地面に散らばり、その本人は体をくの字に折り曲げて木々をへし折りながら後方へと飛ばされてしまったのだ。
眼球だけ横に動かしてそれを見たヨルゥインの全身が一気に寒気立った。
「フィンテル! アルマー……をがっ!?」
刹那の行動だった。
間違いなく負傷したであろう仲間を助けるべく声を出した時、ヨルゥインは第六感の鳴らす警鐘の赴くままに首を大きく横に傾けた。
その警鐘は確かにヨルゥインを命を助けた。しかしその代償として、片頬が鱗と内側の筋肉を引き裂き、肩を砕いて血が噴き出した。
それに反応出来たのは、クエスターとして培ってきた戦闘経験と、ヨルゥイン自身の幸運が重なったからであろう。
ヨルゥインは頬肉と肩を欠損したまま血を垂れ流しながらも今の攻撃を見破った。怪物は、あの尾の先端の筒状の器官から何かを撃ち出しているのだ。それも、自分達が認識する事すら極めて困難な恐るべき速度で。
痛みからか、それとも怪物の戦闘力に戦慄したからか、ヨルゥインはぶわりと全身から汗を吹き出した。
幸い、怪物の発射角度的に上から下へ撃ち出す形だったので、ヨルゥインを掠めた先の射撃はヨルゥインの背後の地面を射抜いただけで終わっている。後方のヨルゥインの後ろにいるフィンテル達への被害は無かった。
怪物の行動はまだ終わっていなかった。
尾の先端をヨルゥインへ向けている事でヨルゥインも先の威力と弾速を警戒して動けないでいたのだが、怪物はそれを見越したのか、六本の節足をバネのようにしならせ空高く跳躍を行ったのだ。
「……やふぁい(やばい)」
ヨルゥインが血相を変えて見上げた怪物は自分達よりも高く、森の木々すら超えて高く跳び上がり、その着地点が何処だか分かってしまったのだ。――遺物が積まれている輸送車である。
フィンテルとリーウが必死に空へ舞い上がった怪物目がけて魔法と矢で狙い撃つが、怪物の肉体はそれらを跳ね除けてしまった。五体の人型にばらけていた時は少なくとも損傷したはずの外皮の強度が、著しく強化されている。
後方で援護に回っていた調査団は隊長が慌てて遺物の守りを固める様に指示を出すが、その頃には跳躍していた怪物が重力に任せて貨物目がけて落下していた。
遺物の周りで護衛していた調査団達が弓や魔法などで迎撃を試みるが、上空から飛来する怪物は落下しながら尾を動かして射撃の連射を敢行。弾速に対応できない団員達は肉体を撃ち砕かれて次々と死体に作り変えられる。
屍となった調査団達を踏み潰しながら怪物は轟音をあげて着地。遺物はもう目と鼻の先にまで接近している。
怪物は節足を脚早に動かして遺物へ接近。後方から調査団達やクエスター達が追いかけて来るが、それらを尾の先端から放つ射撃を連射して幾人も殺傷しながら牽制。
遂に輸送車へと辿り着いた怪物。それまでにも調査団員達が怪物の良く手を阻むがそれらを両腕に相当する鎌を振るって斬殺、あるいは顎で噛み付いて挽肉にされて、怪物の進んだ後には団員達の変わり果てた姿が血肉の足跡となって続いていた。
もはや己の邪魔をする者はいないと言わんばかりに怪物は輸送車を横から鎌で斬り付け、切断か所を押し広げながら進み、目的物を発見する。
エルフ達が魔法と道具を駆使して封印措置を行った金属製の箱だ。
怪物と同じくらいの大きさのそれに怪物が触れようとすると、バリッと稲妻が奔る。
この箱に施された外部からの接触防止だ。しかし怪物にはそれが効かず、鎌を振るって箱を大きく斬りつけると稲妻が止んでしまった。それは箱の機能が停止した事を意味する。
切り口から覗かせるのは、白い糸状の繊維。その微かな隙間の奥には、“何か”が確かにいる事が確認できた。
怪物は輸送車の残骸から箱を引き摺り出し、両腕の鎌を突き刺して持ち上げながら振り向けば、其処には多くの調査団達の死体が無残に転がる惨たらしい光景が広がっていた。
生き残りが10数人確認できるが、尾の射撃に巻き込まれた者もいて継戦能力は無く、恐怖と悔しさに歪めた顔を怪物に向ける事しか出来ないでいる。
もうこれ以上の戦闘は無意味と判断したのか、怪物はそのまま遺物の入った箱を抱えたままこの場を離脱しようとしたが、異変が起きた。
「……何?」
最初にそれに気が付いたのは、弓を扱う関係故か視力が仲間の中で一番良いリーウだった。
フィンテルが負傷したアルマーに治癒魔法をかけて救命措置を行っている隣で、力及ぶか分からずとも弓を構えて迎撃できる態勢を取っていた時、怪物の周囲の地に転がる小石が少しずつ、しかし徐々に大きく震え出したのだ。
怪物が歩く震動で生じたものかと思われたのだが、異形が動きを静止したにもかかわらず周囲の小石達が震えはじめた事で何か別の力が働き始めている事にリーウは思い至った。
この様な現象が発生しているのは怪物の周りだけ、かに思われたが、注視してみるとその中心地は――――遺物の収納されている箱にあった。
緑色の肌に嫌な脂汗が滲み出て来るのを自覚しつつ、リーウは慎重に口を開いた。
「皆、急いで身を守れる態勢をとるんだ……遺物の様子がおかしい」
負傷して意識のないアルマーを中心にして集まっていた仲間達にしか聞こえない程度の声量に何事かと仲間達が反応するが、箱とその周囲の様子を見て理解するや否や、フィンテルが粗方済んだアルマーの治療を切り上げて魔法の準備に入った。
調査団側でもその異常事態を察して距離を取り始めて防御態勢をとりはじめている。
遺物の封印措置を行っていた箱は破壊され、何度も衝撃が加えられている事に加えて更にこの現象。もう、何が起きてもおかしくは無いのだ。
遺物とそれをかかえる怪物の周囲で震える石が、徐々に宙に浮きはじめる。
怪物はどういうわけか、その場から脚を止めて動く気配が無い。まるで、その現象を見届けているかのようであった。
戦場となった野営地から人の声が消える。声を殺し、神経を研ぎ澄まし、皆が極限の緊張状態の中で出方を窺っているのだ。
みしり、と音が聞こえる。
それが、訪れてはいけない存在の足音であるかのような錯覚を一同は感じた。
音の出所――怪物の抱える箱が動いた。
箱の内側から何かが箱の内側にぶつかる音がし始める。
眼に見えて揺れが大きくなる箱を怪物が地面に落として、節足を鳴らしながら後ずさろうとしたが――
チュイン、と不思議な音が箱から鳴ると一面を白く塗りつぶすような強い光が迸った。
視界を焼き、夜が昼に塗り替えられたかのような激しい閃光が森を照らしたと同時に、凄まじい衝撃波がその場のあらゆるものに襲い掛かる。
木々は根を下ろしていた土ごとめくれ飛び、設営していた天幕や設備類は一式が衝撃波で吹き飛ばされる。調査団員・クエスター達は咄嗟に防御魔法を展開したが、衝撃波の強さに耐え切れずに瓦礫と共に飲み込まれていった。
光と衝撃波がおさまったのはそれから数秒間と言う思いの外短い時間だった。
しかし、その短時間で開けていた場所が先の光により草木が消え失せ、代わりに石と土が目立つ荒れ地の如き地形に変化を遂げていた。
調査団達が野営で灯りを設けていたが、衝撃波によって光源が吹き飛び、月と星の灯りだけがこの地に僅かな明かりを与えている。
周囲に立ち込める土煙の中で、動く物体が一つあった。
体に引っかかっていた“箱の残骸”が、“それ”が動くたびに崩れ落ちていく。
蹲っていた態勢からゆっくりと立ち上がるその体は、二足歩行の巨大な人型。全長はエルフ達の倍はあるだろう。
全身至る所が鉛色の分厚い外骨格で覆われ、一見すると生物と言うよりは重装甲の鎧を身に纏った巨人の様だ。
外骨格の隙間から有機的な筋繊維が見える事で、ようやく生物のそれである事が認識できる有様だ。
やや大きめな両肩部の外骨格から延びる腕は、肘から指先までが人体のバランス的に一回り程大きくなっていて、指は外骨格で覆われた太い三本指で構成されている。
脚部も膝からつま先へ行くにつれて肥大化していき、果たして歩行に適しているのだろうかと見る者は疑問を抱くだろう。
胴体は背面が角ばった形で出っ張っており、その凸部分の下部から球状の青白い水晶体が姿を半分ほど覗かせていた。
四角柱の先端が前に折れた様な形の頭部は、その先端に水晶状の器官が埋め込まれてあり、顔にあたる部分は幾学模様の溝があるだけで人らしい器官はどこにも見当たらなかった。
それを遺跡で発見したエルフ達は、彼の存在を生命体と認識した。
確かにそれは生物なのだろう。しかし、生物と言うにはこの連合、ひいてはこの大陸内においてあまりにも異質な存在だった。
今、古代の地下遺跡で眠り続けていた生命体が、今代の世界にて仮死状態から完全に覚醒する。
生命体の前方で何かが蠢いている。
それは、調査団とクエスター達に猛威を振るっていた怪物、その成れの果てだった。
怪物の肉体は左半分が大きく失われ、怪物のいる場所から小さな放物線状に後方遥か彼方の森林が赤熱化して抉れた大地を作っている。先の閃光が怪物の肉体を破壊するだけにとどまらず、背後に広がる森をも貫いたのだ。
怪物は消滅した肉体の欠損部分から骨肉が生えだして再生を始めている。
しかし、それを生命体は見逃さなかった。
生命体が怪物へ顔を向けると、頭部の水晶器官からチュインと音を立てて閃光が放たれる。
放たれた閃光は怪物を飲み込み、浴びせられたその場の大地が赤く膨れ上がって爆発を生み出した。
立ち昇る火柱の如き爆炎を他所に、生命体はその場に何をする事も無く、まるで立ち尽くしたかのように動きを止めた。
一体どれくらいの時間をその場で佇んでいたのだろうか。
数秒か、それとも数分だったのか。炎で赤々と照らされながら沈黙を続けていた生命体はしかし、不意に頭部を別の方角へと向ける。
異形の面貌が向かれたその先は夜闇に閉ざされた森と山しか存在しない、しかし生命体はそれよりも遥か彼方を見ている様であった。
胴体の背後に備わった水晶が青白く光り出す。すると、生命体の体が突如ふわりとその場から少し浮き上がった。その際、生命体の周囲に転がる小石なども呼応するように少し浮き上がっている。先の石達の浮遊現象は、やはりこの生命体が原因だった。
更に腿の部分から脚部が前後に分かれ、腿部が大きく曲がり、分かれた脚部の内側から鋭いつま先の様に鋭い突起物が展開され、生命体の下半身はさながら生物の節足の様な様相へと様変わりしてしまった。
脚部の変形が完了すると、生命体は背面の水晶体から光を迸らせながら高度を上げていき、形状からは想像もつかない速度で一直線に夜の空を駆け抜けていった。
「……みんふぁ生ひふぇる?(皆生きてる?)」
生命体が飛び立った野営地跡、そこで土砂に埋もれていた身体を必死に起こしてヨルゥインは声を殺しながら仲間達の安否を確認した。
「何とかね……」
「私達よりもアルマーが問題だ」
弱々しくも二人の声が返って来た。
フィンテルが張った防御魔法が意味を為さずに吹き飛ばされたクエスター達。
飛んで来た瓦礫がぶつかり、大地に打ち付けられたりしたため身体の彼方此方に傷を負っていたが、幸いな事に女性陣2人は大事には至ってはいない様だった。
一応の無事を確認したヨルゥインは、リーウに庇われるような形で支えられている未だ意識が戻らないアルマーを見た。
「あひゅまーはまひゃおひひゃいか(アルマーはまだ起きないか)」
「一応傷も出血も塞げたけど、ちゃんとした場所で診てもらわないと……ていうか貴方も、顔が凄い事になってるわよ。碌に声出せてないじゃない」
「……いふぁかふぁみを見ふぁくないふぁぁ……(今鏡を見たくないなぁ)」
フィンテルに指摘されたヨルゥインは、今まで敢えて意識しないようにしていた痛みに顔を顰めた。
今のヨルゥインは、怪物の攻撃が掠って片頬がごっそりと無くなり、歯が露出している状態故にまともな発声が出来ていないのだ。
他にも頬と同じ側の肩も砕けてしまっている為腕が動かないので、手に持っていた盾がもはやただの重りにしかなっていなかった。両の脚は動くし胴体も剣を持つ腕も健在なので、戦おうと思えば戦えるが万全の状態よりも動きの精度は確実に落ちている。
もっとも、もうこの場での戦闘は無いだろう。それも悪い意味でだ。
ヨルゥイン達は立ち上がると生き残りがいないか辺りを見回して、すぐに見つかった。
離れた場所だったが、調査団達はクエスター達の存在を確認すると、隊長と副隊長が幾人か団員を引き連れて駆け寄って来た。
その数は当初は30人だったが、怪物によって半数以下にまで減らされている。
中には動かす事も出来ない程の重傷者もおり、その様な者達は他の団員達が治療魔法をかけていた。
近付いて来た隊長も頭部を負傷したのか血が流れているが、動きにふらついていない所から皮膚を切っただけの様だ。副隊長も大丈夫らしい。
隊長がヨルゥインの顔を見ると、痛々しい有様に顔を顰めた。
「お互い、無事と言うわけにはいかないか」
「ひにひふぁいれふらはい。ひょれより、まひゅいこひょになりまひた(気にしないでください。それより、不味い事になりました)」
「……すまん、我々は何一つとして役に立つ事が出来なかった」
無念の表情を浮かべながら隊長が頭を下げる。副隊長も同伴してきた団員達も、皆が沈痛な面持ちだった。
ヨルゥインは首を横に振った。
「ふぁえふぁえもひゃひゅらをひひょめひれまふぇんふぇした(我々も奴らを仕留めきれませんでした)」
他にやり様はあったのかもしれないが、最大の要因は敵の能力が此方を上回っていた。そうとしか言いようがない程に最後はこの場の誰もが殆ど無力であった。
隊長が軽く顔を左右に振って意識を切り替えると、今後の対応について話し出した。
「既に王都へは事の経緯は連絡済みだ。緊急用の通信機が無事だったからな」
調査団は万が一の場合を考慮して王都の本部へ直通で連絡が可能な専用の通信機を用意していたと団長は説明する。
ならば現場の者達以外が現状を知らないと言う事態は避けられたわけだが、未だ予断を許さない状態な事には変わらない。
自分達では山を越えて空を飛んで行った遺物を追いかける事は不可能。
まずは負傷した生き残りの仲間達を纏めなければならない為、事実上の戦線離脱に等しかった。
「た、隊長!」
遣る瀬無い空気を蔓延させながら、各々が負傷した仲間の治療と態勢を整える為に一旦戻ろうとした時、団員の一人が血相を変えて隊長の元へ駆け込んで来た。
団員の様子にその場の面々の顔が緊張に固まった。
何事かと隊長が問うと、その団員が青ざめた顔で答える。手には、数枚の地図が握りしめられていた。
「遺物の行き先が判明しました!」
「なに!?」
隊長だけではない、その場にいた者達や、声を耳にした者達も驚愕してその団員を見た。
隊長は眼を見開いて問い質す。
「確かなのか? 何処なんだ!?」
「は、はい。此処の現在地と、現在時の星の位置や遺物の進行方向から……大凡の割り出しを行ってみたのですが……」
地図を手に持つ団員の手が明らかに震えている。
それは、先の遺物――生命体がもたらす破壊に晒されるであろう場所を想像しての事か。
「対象の行き先は……恐らく……ミステルの街です」
戦慄する彼らを見下ろしている空に、未だ夜明けは来ていない。
思えば七年ぶりに月2回以上の更新をしました。
やったぜ明日はホームラry
当作品をお気に召していただけましたら評価していただけると嬉しいです。