第28話 遺物を狙う者
(驚くほどに平和だ)
ミステルの町のリュヒトの構える店の倉庫内で、ツェイトは胡坐をかきながらぼんやりと天井につるされている照明器具を見上げて呟いた。
人々を害するモンスターが外で跋扈している今の現状でそんな感想を抱くのは不謹慎かもしれないが、ツェイトは想定していた事態――セイラムを狙う組織の襲撃を警戒していたのだが、拍子抜けするほどに何も起きてこなかった。
かれこれこの町に滞在してから四日目になるが、ツェイトはセイラムのモンスター狩りに立ち会う形で日々を過ごしていた。
セイラムのモンスター狩りの成果は概ね良好だった。
セイラム本来の身体能力の高さや幼い頃から養父に教え込まれた戦闘技術が相まって、ここら辺のモンスターに後れを取る事など無いままに仕留めていき、思いの外あるスタミナによって場所を変え続けながら狩り続けるなんて事もしていった。それを三日間もだ。
その結果、採集した部位を換金して入手した金額が結構な額となり、それだけで数日間はこの町の宿で食事込みで滞在が出来る位にはなっていた。その日稼ぎにしては上等だ。
狩りについては一日の長があると何度か聞いていたし、セイラムが過去に経験してきた狩りの方法から逸脱した相手ではなかった事も相まって、好調ぶりが結果に出たのだろう。
おかげでここ数日ツェイト達の昼食の食事は中々に豪勢な献立になった。店内には入れないので屋台の様な外で買い食いの出来る軽食屋に限られてしまうが、この世界にもジャンクフード的なものは結構多く、いつぞやのワムズの夕食の様に屋台を食べ歩きしていた。
10歳年下の――16歳の少女が汗水かきながら働いた賃金で食べた食事と表現すると、ツェイトがとんでもなく駄目な大人のような響きがするが、その前にツェイトも大物を狩って大金を入手したし、その半額を投入して彼女の為に武器を用意しようとしているからまぁ問題はあるまい。
それと今回の狩りはセイラムの鬱憤晴らしも兼ねているというのもある。最近碌に体を動かす機会に恵まれなかったセイラムは、実際狩りを始めた時はとても活き活きしていた。そうでなければツェイトもここまで連日もやらせるつもりは無い。
そして今日。三日連続でモンスター狩りを続けていたので休日を挟む事にしたのだが、その際ツェイト達、というかツェイトは双子の相手を任されてしまった。
昔――NFOの時の冒険をゲームの設定をぼかしてお話してみたり。
体をべたべた触られたり。
体をよじ登られたり(角は危険なのでお触り禁止)
双子達を抱きかかえながらほんの少し飛んでみたり。
泥団子を如何に美しく、そして丸く作り上げる事が出来るのか追及してみたり。
微弱の電流を流して豆電球ごっこしてみたり。
双子達が花畑で摘んで来た大量の花を仰向けになった自分の体にびっしり盛られて謎の儀式につき合わされたり。
その他etc……。
子供のパワフルさと言うものは侮れないとよく世間で耳にした事のあるツェイトだったが、成程、確かにこれは大変だとその身で思い知った。
そしてその遊びに一緒に付き合ってくれたセイラムだが、殆ど遊びの標的にされていたツェイトを見て爆笑していた。此方に関してはあの娘の気晴らしになるのならばまぁ良いかとツェイトは納得している。
時刻は既に夜を回り、皆は床に就いて就寝済みである。最近妙に鋭敏になってきた気配の察知を研ぎ澄ませて建物内を調べてみると、皆ベッドに横になっているのが分かってしまう。
双子達の面倒で疲れたわけでもないツェイトは、妙に目が冴えてしまった為こうしてリュヒトに用意してもらった倉庫の一室でぼんやりと夜闇の中を過ごしていた。
暗い部屋の中、ツェイトの青白い二つの眼光だけがぼんやりと部屋に奇妙な明かりを生み出している。
振り返ってみて、少しずつ自分達の定まらなかった足元が固まってきている事をツェイトは実感している。
クエスターになり、思わぬ獲物に恵まれたおかげで三本線に昇格して大金も手に入り、接触出来たプレイヤーとの縁故で便利な武器と道具が手に入る目途も立った。
順調だ。しかし順調すぎるからこそツェイトは浮かれては不味いのではないかと自分を戒めるきらいがあった。
何分ゲームの頃とは勝手が違い、プログラムでは無く意思を持つ生命が行き交うこの世界で、相棒の娘を狙う輩に注意しなければならないこの状況。多少は神経質にもなる。
相手が何もしかけてこないのならばそれはそれで構わない。その間に準備出来る事はしておけばいい。
極めて贅沢な願いを言ってしまえば、セイラムがプロムナード位強ければなぁという内容だったので、これは早々に頭の中から除外した。あの娘に求めるにはあまりにも酷すぎる内容だった。
だが、これでもしこの場にいるのがセイラムではなくて、その父親のプロムナードであったら、「狙ってくるのなら狙い返してやろうじゃないの」と本拠地を目指して道行く組織の拠点を叩き潰しに回る旅になっていたかもしれない。
(そういえばフィンテルさん達、王都に用があるって言ってたけど、何だったんだろう?)
この間再会した少女のように若いエルフの女性クエスターの事を思い出した。何の事は無い、夜眠れなくて手持無沙汰になったが故に思考を働かせて暇を潰していたら思い浮かんだだけだ。
この町に来て高名なクエスターである事を初めて知って驚いたツェイトだが、彼女達は王都へ急ぎの用があると言う。
この世界で四本線の位を実力で勝ち取ったクエスター達が、国の中心に用があると言うのは、何か大きな仕事でも頼まれたのかもしれない。
案外、王様から直々にお呼びがかかっているのかもしれないな、と真実に当たらずとも遠からず内容に予想の翼を羽ばたかせる。
その日の夜、結局ツェイトは眠る事なく過ごしてしまった。その不思議な目の冴えの意味するところを理解出来ずに。
依頼を受諾して数日後、ヨルゥイン達は依頼主である王政府直属の王立調査団と合流し、顔合わせと段取りを済ませて件の生命体の移送任務を開始した。
任務の道中、ヨルゥインは移送任務に参加する調査団の面々をちらりと観察した。皆緊張感に顔を引き締め、瞳には使命感を帯びた静かな炎に燃えている事が伺えた。
調査団の規模は30名。ある数名を除き、それ以外の各々が剣、弓、魔法を等しく扱える万能な人材が揃っている。
移動中も隊列が乱れる事は無く、各方位への警戒、索敵を肉体と魔法を駆使して行う作業を維持し続けている事から彼らの練度は高い。
皆の装備の充実ぶりもかなりのものだ。
出発する前にエルフであり魔法技術の造詣に詳しいフィンテルにそれとなく確認を取ってみたら、どれもが極めて高性能であり高価な装備で揃えられており、フィンテルがこの調査団にかかった装備の合計金額を想像して羨ましそうな顔をしていた。やはり国家の持つ経済力とは個人のそれとは比ぶべくもなかった。
しかしこれで分かって事がある。依頼主(王政府)は、少なくともこの任務に参加した者達を捨て石するつもりはないらしい。
一同は目的地の研究所を目指して王都を発ち、森の中に設けられた街道を外れ、徐々に山間を抜けるような形で山林地帯を進む。
行先の研究所が危険物を取り扱うと言う性質上、周囲に町村が全くない場所に建てられている事もあって、その道程は大分長距離だった。
何度か小休止をはさみながら進み、やがて人の往来が無くなってきた道を進んでいく内に移送任務中の皆の上空から太陽が姿を隠し、空は夜闇に包まれ始めた。
急いでいるとはいえ無理に夜間行軍を敢行するつもりのない面々は、ある程度開けた場所まで移動した後にそこで野営をする事にした。
今宵は星明かりが開けた森の空から鮮明に見える。
雨期になるにはまだ早く、暫くはこの穏やかな天気が続くであろう事が予想されていた。
調査団の好意で男女別に天幕を用意してもらったクエスター達は天幕を設営して貰っているのを眺めながら待っていると、彼らに近づいてくる者達がいた。
「失礼、ヨルゥイン殿。他の方々も時間を貰いたいのだが、宜しいか?」
今回の移送任務を行う調査団の隊長と副隊長だ。
精強なエルフの男達だ。引き締めた顔つきは彼らが仕事に忠実で誠実ある事の現れだろうが、今回はそれだけではない事はこの場にいるクエスター達にも分かった。
クエスター達は顔を見合わせる。どうやら大事な話があるようだ。代表してリーダーのヨルゥインが大丈夫ですよと了承の返事をする。
「では私達に付いて来てくれ、向こうで話がある」
そう言って連れてこられたのは、他の団員とは別に設営された指揮官用の天幕だ。造詣や材質、大きさが他の団員と違うため一目で区別がつく。
天幕の中に入る時、クエスター達が武装したままの状態だが、調査団の団員達も緊急事態に備えて装備したままでいるため、ヨルゥイン達の身なりを咎める者はいない。
天幕の中に入ると、簡素だがしっかりとした作りの家具が最低限配置されていた。それぞれ折り畳み式の様で、調査団が長距離移動する際の運搬も簡略化出来るようになっている。
その中央に置かれた簡易的な打ち合わせスペースへと座らせられると、隊長、副隊長の二人も腰かけた。
「この移送任務、貴方がたの協力もあって恙なく旅順を進めている。このままなら予定よりも早く目的地へ辿り着ける。……だが」
「……順調過ぎるような気はしますね。モンスターが全く姿を見せていないというのが、何と言いますか」
ヨルゥインがそう答えると、隊長は重々しく頷いた。
「そう、不気味なくらいにだ。この道をモンスターが一向に襲い掛かって来る事も、発見する事すら確認できていないのは流石におかし過ぎる」
隊長の言った通り、この移送任務の最中一団がモンスターに遭遇した事は一度たりともなかったのだ。
進んだ道が別段モンスターと遭遇しにくい道と言うわけではなく、人気が少ないが故にモンスター達の活動範囲に入る領域がいくつもあるというのに、道中姿すら確認されていないという事に調査団の隊長達は異常を感じたのだ。
「我々も過去に危険な遺物を発掘して、それらをこれから向かう研究所へ移送する任務は何度も経験があるのだが、その時はいつもモンスターとの遭遇や襲来があった。今までの任務と今回の任務、違いがあるとすれば……」
「……例の遺物、というか生物が原因の可能性がある。という事でしょうか?」
ヨルゥインは件の生物の現状を思い出す。
遺跡から発見された仮死状態の生命体は、野営地の中で最も人員が割かれた厳重な警戒態勢の中で監視されている。
魔術文字が刻印された金属製の箱に納められ、更にその周りには魔法によ何重もの封印処置が施され、その周囲には魔法専門の団員が取り囲んでいると言う念の入りようだ。四方を特殊な合金で固めた箱形の輸送車で運搬されているが、今の所動き出す様子は確認されていない。
今もこの野営地にモンスターが近付く気配はない。団員が念の為にモンスター除けの魔法を施しているのだが、その効果範囲を上回る領域でモンスターの存在が感知魔法でも確認されていないのだ。まるで、モンスター達がこの生物に怯えているかのようにも感じられる。
それらを隊長は知っているからこそ断言する。
「そうとしか考えられないな。こうなるともう、何かが起きる事を想定しておくべきだと思う」
「と、なると目下我々が警戒すべき相手は……」
そう話していると、急に外がやにわに騒がしくなってきた事に天幕内の面々は気づいた。騒音は、団員達の怒声だ。
皆の反応は素早かった。
武器を手に取り立ち上がり、飛び出すようにして入り口から出て来ると、叫び声を上げている集団が5人、団員達に取り押さえられている。
更にその周りを他の団員達が囲むようにして配置され、いつでも対処が可能なように待機していた。
隊長が近くの団員に声をかけた。
「どうした」
「それが、突然この者達が野営地に何もない空間から現れたのです」
「……何もない所からだと?」
俄かには信じられないと己の目を疑っている団員の返答に、隊長や副隊長、クエスター達は群がる団員たちの中心にいる招かれざる者達を見た。
数は5人。皆エルフの男達だった。
まるで病人が着用するような簡素な衣服で統一されており、照明に照らされた男達の様子は異様の一言に尽きた。
異常に汗を垂れ流す体は激しく震えており、目一杯に見開かれた眼は血走って焦点が合っていない。明らかに常人の精神状態を逸している。
「お、お、おおおお願いだ! 助けてくれぇっ!」
団員達に取り押さえられている男たちの内の一人が叫ぶ。
焦燥にかられたように助けを乞うが、抑えている団員が組み伏せる力を増して黙らせる。
顔を地面に擦りつけられる様に押し付けられた状態でも、なお男の言葉は止まらない。まるで恐ろしい何かから逃げる様に、絶望の淵で救い主に出会ったかのように。
「お、お、俺達は何もししし知らない!? 何もやってないんだあ!」
言葉が意味を為していない事を男は自覚しているのだろうか。
口の端から泡を吹き出し始めても尚懸命に助けを乞いだし始める男に、団員達も不気味さを感じ始めて来た。
そんな中、一人だけその異常の先に指をかけていた者がいた。
「リーダー、あいつらやばい。エルフの出す匂いじゃない」
クエスターの若き拳士アルマーだ。
獣人種族の狼種であり、更にアルマー自身の研ぎ澄まされた嗅覚と第六感が警鐘を鳴らしていたのだ。
「隊長さん!」
「それから距離を取れぇッ!」
隊長はアルマーの声を横で耳にしていたのだろう、ヨルゥインが慌てて声をかけるとすぐさま号令をかけた。
即座に攻撃するのを躊躇い、隊長は団員達に間合いを取る様に命令をすると各自が武器を構え、いつでも魔法を行使できるようにと詠唱の準備に入る。
「どうして……なんでだれもしんじちゃくれないんだ……」
拘束を解かれた男達はゆらりと立ち上がると、未だに虚ろな眼差しから涙が流れ始めた。
「おれたちができそこないだからか……やくたたずのらくだいせいだからか……?」
声に乗せられた感情に陰りが見え始めて来る。
異様な空気と緊張が辺りを支配し始めて来た。
徐々に、何かが臨界に達しようとしている気配をこの場の者達は肌で感じている。
「おれたちは……おちこぼれじゃアガアアアァァ!?」
そしてそれは“弾けた”。
絶叫と共に男達の全身から、嫌悪感を伴った有機的な触手が皮膚を突き破って無数に飛び出した。
「魔導士班、攻撃ぃッ!!」
隊長の指示により、包囲していた杖を構えていた団員が即座に詠唱を終えると、皆一斉に構えていた杖を媒介にして増幅された魔法が発動される。
団員達が放ったのは、槍のように地面から飛び出した胴体ほどの太さもある岩の槍、それが四方から一斉に男達へと伸びていったのだ。
鍛え上げられた戦士の裂ぱくの一撃もかくやと言うほどの鋭い速度で繰り出される岩の槍は、当たれば致命傷は必須だろう。
団員達の繰り出した魔法は、避ける素振りの無い男達の肉体を的確に命中した。
岩の槍は触手が飛び出したエルフの男達の肉体を一斉に刺し貫き、血が吹き出し骨肉を無残に破壊した。
幾数も岩の槍で突き上げられた男達の姿は、まるで残酷な処刑法を受けた受刑者の如き有様である。誰から見ても即死だ。
だがそんな男達の肉体の状況を無視して、その内部から飛び出していた触手がうねり出した。
触手が唸るように振るわれ、突き刺さっていた岩の槍を砕くとともに、男達の肉体を包み始めたのだ。
魔導士の団員達は再び岩の槍で攻撃を仕掛ける。
だが、今度は肉体を包む触手がそれらをはじき返してしまう。
「火炎魔法の使用を許可する。焼き払え!」
森の中故に延焼する危険性があるため控えていた火炎魔法の行使に隊長は踏み切った。目の前で繰り広げられている異様と、事前に入手した襲撃者達の情報から尋常な方法での対処は困難と即座に判断したのだ。
触手に巻かれていく男達が、四方から炎に包まれていく。十数秒に渡る放射によって視界が遮られる程の火炎を浴びせ掛けた事によって、団員達は一度魔法を止める。
敵手の同行を探るように、そしていつでも魔法の行使が可能な態勢で解かずに団員達は炎と煙が立ち上る中を鋭く見つめる。
少しずつ炎の勢いが衰えていくと、対象の姿が顕わになり、団員達の顔が引き攣っていく。
姿を現したのは、大量の触手に巻かれた形で構成された繭の様な塊が五つ。大きさは、丁度男達が収まる程度。
炎に巻かれたはずなのに燃えた形跡が一切感じられない表面は、先程まで不気味に蠢いていた触手のそれとは思えないほどに硬質化されており、動きは見られない。
しかし対象に動きがあった。
炎で損傷を与えられなかった塊に亀裂が少しずつ広がり、“中にいるであろう者”が活発的になっているのか、それが大きくなっていく度に激しく揺れ動き始めた。
「属性は問わん! 可能な限り攻撃魔法を浴びせ続けろ!」
調査団達はその隙を見逃しはしなかった。炎が、風が、氷が、衝撃波が、あらゆる攻撃魔法を連続して放ち続け、対象物達の撃滅を試みる。
だが、有効打を与える事が出来ていない。まるでそれらを徒労だとでも嘲笑うかのようだ。
「……皆、いつでも動けるように」
ヨルゥイン達クエスターもこの間に戦闘準備に入った。
今は調査団達の一斉攻撃で事の次第を任せているが、最悪の事態に対処出来る様に。
数々の魔法に晒され続けている中、塊は弾け飛んだ。
調査団達の攻撃が通じたのとは違う。まるで内側から繰り出される有り余る力に耐え切れず、新たな生命の誕生からくるものである。
蒸気をもうもうと上げながら姿を現すそれらの姿。
身に着けていた簡素な衣類は触手の塊の中で肉体が変容する経緯で失われたのか。曝け出した全身の皮膚は虫や甲殻類の外骨格を思わせるほどに形状が変化と硬質化を引き起こし、毛髪の類は一切ない。
顔に至ってはエルフの面影は何処にもない。まるで、虫や甲殻類と人類種を混ぜ合わせた頭の口部は左右に開閉する顎の奥に人の名残を思わせる歯並びが見え、眼に該当する眼窩は硬質物で覆われていた。
『目下の目標は“兵士”。邪魔するものは殲滅で構わぬ』
エルフ達を差し向けた者――ジェネマはこの場ではない遠方から異形に命令を下す。
『現地調達した“材料”も程度は低いがエルフならば、まぁ次第点であるか。……やはり負の感情は良い起爆剤になる。“擬虫石”は人類に使ってこそ意味があるのかもしれんな』
その声に悪意も憎悪も無く。
『あれが回収出来るのならばそれでよし。しかし仮に目覚めようものならば……その時は“兵士”の戦闘力を見極めさせてもらうのも一興』
ただ探究者として、主を頭上に掲げる従僕として、冷徹に異形を彼方より操り。
『此処で“ひと手間”加えてみるとしよう……性能が向上する事は確認出来ている』
そして彼の者達の外法は、調査団達の脅威として立ちはだかろうとしていた。
「ガアアアァァァァ!?」
エルフだった異形達は突如顎を左右に開いて雄叫びを上げると、額にあたる個所から何かが頭蓋を突き破って伸び出した。
黒色の槍の様に鋭く長い、角のような形状をした硬質物だ。異形達は、びくりと体を震わせると、がくりと体を俯かせる。
そして破れた額から流れる体液を拭う事も無く、ゆらりと視線を調査団達へと向けた。
「…………任務……開始」
先程の、錯乱していたエルフの男の声が無感動に異形の口から漏れて来た。全く声質の変わらない、エルフの声だ。
だからこそ相対する者達は怖気と怒りを覚えた。
初めて遭遇した時のエルフとは、似ても似つかぬ悍ましき異形の姿。命を冒涜した果てに怪物へと変貌を遂げてしまった同族の有様は、恐れ以上に彼らの闘争心を狩り立てるに十分たり得るものだった。
「攻撃ッ!」
怒声にも似た号令と共に隊長達も武器を構えて異形達との戦いに繰り出した。
調査団の動きに呼応するかのように、異形達もゆっくりと、そして徐々に歩みを早めながら自分達を包囲する調査団達へと突撃を開始した。
距離が近付いてきたところで、先頭を駆けている異形が踏み込んだ。
先陣を切っている団員達が打ち込んでくる魔法を物ともせずに、大地を踏み砕きながら駆け出せば、恐るべき速さでその団員の眼前まで肉薄してきた。
「な、ぐがぁっ!?」
予想外の速度の接近に、間合いを詰められたエルフの団員は対処する暇も無く異形の攻撃を受ける事になってしまう。
異形が外骨格で覆われた歪な腕を無造作に突き出すと、身に着けていた武具も、身を守るために咄嗟に交差していた腕の骨肉がまるでないものかのように異形の腕はそれらを団員の胸ごと貫き、その背中から血肉に染まらせながら飛び出させた。
驚愕と共に血反吐を溢し、やがて絶命した団員の亡骸を貫いた腕を乱雑に振るえば、人体を抉り取るようにして腕を離した。抉られた亡骸は、欠損した部位から夥しい血を流しながらその場に崩れ落ちる。
この場の団員達の装備は、安いものではない。常に危険地帯へと足を踏み込む為に国内でも最上級の性能の装備で揃えられている。しかし、それらの性能が意味を為さない程に異形の繰り出す膂力が計り知れなかった。
足元に斃した屍の有様を無視して、異形はそのまま前進、後続の異形達がそれに追随していく。
まるで進行先の障害物を取り除く様な、生い茂る草を刈り取る様な光景だった。
あまりにもあっさりと同僚を殺された事に団員達は怯むが、そのままでいれば次は自分達が餌食になると理解していた。
エルフの人体を防具諸共破壊出来る力を警戒してすぐさま距離を取った、その時。
「シャアアアアッ!!」
裂ぱくの気合と共に、姿がぶれる程の速度で異形の頭部目がけて跳び蹴りを放つ者がいた。
動きを察知できなかったのか、それとも察知する必要性が無かったのか。しかして放たれた蹴りは異形の側頭部を見事に打ち据え、その体を吹き飛ばすに至った。
近くの木に激突し、木をへし折りながら倒れる異形を見据えながら下手人は地面に着地をしてから残心の構えをとっている。
「く、くっそかってえ……脚が痺れやがる」
クエスター達の先駆けとして異形へ一撃を見舞った若きビーストの拳士アルマーは、今しがた感じた異形への手応えに顔を顰めた。
そんなアルマーを脅威と見做した他の異形達が襲い掛かる。
だが、それを見越したかのように、アルマーの背後から別々の弾道を描きながら飛来する矢の数々が、異形達の肉体へと突き刺さる。
矢を受けた異形達は肉体に刺さるだけで損傷に至ってはいない矢を無視して進んでいたが、突如矢が膨張をはじめ、根の様な植物を伸ばして異形達の体にまとわりつき始めた。
矢の根は地面に根をはり出し、肉体の高速と同時に大地へと異形達を縫い付ける。
「リーダー、フィンテル、長くはもたない」
厳めしい弓を片手に構え、一度に複数の矢を束にしながらつがえる植物種族の女狩人リーウは、視線を異形達に固定しながら淡々と喋ると彼女の視界に二人が躍り出た。
厚みのある剣を片手に下段から徐々に顔の横へ上段へと構えを変えながら駆け出すレプセクターの戦士ヨルゥイン。
前進に風を纏い、長杖を槍のように構えながら低空を魔法で飛翔するエルフの女魔導士フィンテル。
二人が目指すのは拘束している異形達の内の一体に絞られている。
先に踏み込んだヨルゥインが上段に構えていた剣を振るう。
袈裟がけに振り下ろしたその瞬間、“振り下ろした時の倍の速度で同じ個所をより深く斬り上げた”。
異形の胴体から血飛沫が上がる。ヨルゥインの斬撃は異形の外殻を断ち切り、その内部の肉に刃を届かせたのだ。
そこへ更に追い打ちが入る。
ヨルゥインが剣を振り上げたタイミングにフィンテルが飛び込み、異形の切り裂かれた胸へ長杖の先端を突き込んだ。
「はぁっ!!」
叫びと共にフィンテルの肉体に潜在する魔力が媒介となる長杖を伝わり、異形の肉体へと食い込んだ先端へと一気に流し込まれた。
長杖が胸に突き刺さった異形は胸部の外殻を吹き飛ばし、全身に鋭い裂傷を幾つも作りながら、まるで竜巻に飲まれたかのように回転をおこしながら肉体を拘束していた根を千切りながら後方へと大きく吹き飛んで行く。
一撃を見舞ったフィンテルだが、すぐさまその場から魔法による低空飛行で後方へ飛び退いた。
フィンテルが飛んだ後には風の刃が大地を削りながら通り過ぎ、射線先のいくつもの木々を切断しながら飛んでいく。
出所は五体の異形の内の一体。片手を前に突き出した姿勢はそのままに、避けたフィンテルへと向きを修正していた。リーウの束縛を力づくで引き千切ったのだ。
「……元がエルフだから魔法も使えるって?」
「冗談じゃないわよ!」
ヨルゥインとフィンテルの会話の最中にも異形は魔法による鎌鼬を連続で浴びせて来た。
しかし、迫りくる風の刃はフィンテルが長杖を乱暴に横薙ぎにすると霧散してしまった。そんなフィンテルの、年若い少女の瞳は静かに燃える怒りで鋭く吊り上がっていた。
怒りに呼応するように、フィンテルが身に纏う風の勢いが増し始める。
「巻き込まれた同族達には悪いけど……潰させてもらうわ」
彼女の怒りは異形達に向けられたものではない。彼らをこの様な姿に作り変えた者達に向けているのだ。
かつて、この襲撃者達――霊長医学機関と目されている者達が世界に猛威を振るった時、優秀な潜在能力が災いして、多くのエルフ達が捕まり研究対象として無残な末路を遂げたという。
その中には、フィンテルの血縁者も被害者となって帰らぬ人となったらしい事をヨルゥインは聞かされた事があった。故に彼女は命を弄ぶ者を憎む気持ちが人一倍強い所があった。
そして今、彼らの前に立ちはだかるのは命を嘲笑う術で他者を害する者達。フィンテルの怒りに火が付かないワケが無かった。
猛るフィンテルを横に、ヨルゥインは盾で半身を守るような姿勢のまま剣を構えながら相対する“五体”の異形達を見やる。
アルマーの一撃で吹き飛ばされた者、そして先程ヨルゥインとフィンテルの連撃を浴びせ掛けた者。
それらは皆“健在”だ。鋼鉄をもひしゃげさせるアルマーの蹴りを受けた者は何もなかったかのように体を起こし、人体の心臓目がけて致命傷を受けていたと思われた者は体の傷を瞬く間に塞いで戻って来た。
薄ら寒くなるような頑丈さと治癒力だ。それに加えて重装備と装備の効果で肉体が強化されているはずのエルフの肉体を容易く絶命できる膂力に距離を瞬時に詰められる機動力。それにまだ何かがある気がすると、経験が訴えかけてくる。
選択を誤れば殺られる。ヨルゥインは調査団の隊長に向かって叫んだ。
「隊長さん! 支援頼めますか!?」
その要請に応え、隊長が団員達にクエスター達の支援を命じてくれた。
直接的な戦闘はクエスター達の方が効果があると即座に判断して、団員達はヨルゥイン達の後方から援護する態勢に移った。
「……聞いての通りだ、僕達が中心になって奴らを仕留める。四人での連携を密にして、ばらけて動いたら畳み返されるよ」
戦況の均衡が極めて不安定な中において、ヨルゥインは平坦な声で仲間達に指示を出す。
自分達より格上との戦いなぞ、今に始まった事ではない。焦った所で状況が好転する訳がないのも経験済みだ。
「それじゃあ、気負わずいこうか」
仲間達と共に異形達と相対しながら、ヨルゥインは手に持つ剣を握り直した。
評価を入れていただきありがとうございます。
おっと背中がむず痒く(背中のジッパーに手をかけながら