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紺碧の大甲虫  作者: そよ風ミキサー
第三章 【エルフの国と厄災の兵士】
35/65

第26話 湖底遺跡から見つかったもの

 時は遡り、ツェイト達がアルヴウィズへ到着するより前のアルブウィズの王都ヨグドル。

 その中心部に築かれた王城は建国時から伸びる巨大なる大樹“アルヴの樹”に城の背中が飲み込まれるような様相を呈しており、まるで巨大な樹木から白亜の城がはめ込まれたかのようであった。


 その城の一角に、不自然に本城から離れた所にぽつんと塔がそびえ立っており、城との行き来は中空で繋げられている空中回廊の一か所のみと限られている。


 そのように、まるで来る者を制限された塔の最上部は広めの個室になっていた。

 窓と呼ぶほどに外部へ繋がる目立った開口部は無く、あくまで換気の為に天井近くに通風口が多めに空けられているだけと、閉塞感を感じさせる間取りである。

 この部屋は罪人を収監する為に作られたものではない。部屋内の家具や調度品、内装などの材質はおよそ一般の国民では揃える事の叶わない上質なものばかり。貴人が住まう為に設えられた部屋住まいである事が一目見て理解できる佇まいであった。



 その部屋の、天蓋付のベッドの中に部屋の主がいた。それ以外に部屋の中には誰もいない。

 薄いカーテンで仕切られた奥で、ベッドから上体だけお越している者は、頭から全身を隠すように清楚な衣を纏い、まるで己と言う存在をこの世界から隠しているかのように息を潜めていた。

 裾から延びる薄い肌色の手は傷の見当たらない綺麗なもので、フードの中から垂れた黄金の髪は最上級の生糸すら霞むほどに美しい。

 そして頭から被っているフードは側頭部から後ろへと不自然に何かが伸びているかのように布を伸ばしている。これはエルフの耳の長さからくるものではない、また別の要素によるものである。


 だが、そのフードの人物の美しい手指も、上質な衣で包まれた体も小さく振るえていた。何かに怯えるかのように、心に蝕むものを押し殺しているかのように。



 体が悲鳴を上げる様に痛みを走らせてくる。そんな予兆を知らせるかのように体がじくじくと痛みを訴えてくる。

 今の女性の体には何処にも傷らしいものは無い、肌の白さも病的ではなく瑞々しさを保った至って健康そのものである。


 より正確に言えば、過去に負った傷は既に癒えて、それらの傷跡は残っていないと言うべきか。



 痛みに耐える女性の脳裏に過去の記憶が鮮明に蘇る。


 幼い頃、それこそ物心がようやくつき始めたような時に、彼女の世界は一変した。


 燃える世界、死に絶える人々。

 自分達の暮らしていた国は容赦なく破壊され、親しかった人達の多くが破壊に巻き込まれ、瓦礫に潰され、全てが無へと帰していく。


 体中を汚し、爆発の衝撃でボロボロになりながらも赤ん坊を抱きかかえて必死に逃げた幼い彼女は、炎に飲まれる母国を振り返りつつ、そこで破壊の限りを尽くしていく“やつら”を見た。



 過去の記憶が鮮明になるごとに女性の息が荒れはじめ、ローブの胸倉部分を苦しげに握り締める。



 記憶の中の映像が切り替わる。

 


 

 場所は幼い自分が国から逃げる前、燃え上がる炎と崩落し始めた建造物の中で、一人のハイエルフの女性が自分の前に立っている。


 顔は今でも鮮明に覚えている。

 忘れようがない、彼女は自分の姉だ。

 誰よりも賢く、強く、美しい、当時のエルフ達の国の次期女王になるはずであった自慢の姉だ。

 だが、姉の身に纏う美しかった王衣はボロボロで、姉の顔にも幾つもの傷が出来ており、表情にも精彩を欠いていた。





『――私が時間を稼ぐわ、その隙に貴女はその子を連れて逃げなさい』


 妹が抱いている赤ん坊は姉の子供だ。この状況下でも眠り続けている。非常時なので、眠りの魔法をかけてしばらくは目覚めないようにさせている。

 本来ならば王族故に護衛も兼ねて同行していた臣下達もいない。この状況で幼い少女に赤ん坊を託して逃がすなど、本来ならば姉とてさせはしなかっただろう。

 しかし、もはやこの場には歳の離れた姉妹の二人しかいない。いなくなってしまったのだ。


 姉には夫がいた。しかし、彼女達が此処に来るまでに“やつら”との戦いよって既に亡き者となってしまっていた。

 夫の死を悲しむ暇すら与えられず、それでも姉は気丈に小さな妹へと語りかける。

 一緒に逃げようと妹が泣きながら引き留めようとするが、姉は首を横に振った。


『一緒に逃げれば、“あれ”はすぐに私達に追い付いて来るわ。そうなってしまったら、私達は助からない。幸い狙いは私だけみたい、だからそれを利用して私が囮になるの』


 爆発音が近くなってくる。姉妹のいる場所にも激しい揺れが起こった。

 それはすなわち“やつら”の接近を意味している。元々今いる建物も損傷が酷かったのだろう、天井や壁などが少しずつ崩壊し始める。


 もはや問答の時間すら惜しいと判断した姉は、揺れに怯んで尻餅をつきかけた妹に何かを唱えながら手をかざす。

 すると妹の足元の床から光る円陣が浮かび上がり、妹の体がふわりと宙に浮いた。


『……ごめんなさい、小さな貴女にこんな事を任せてしまうなんて、とても酷い事だわ……でも、私よりも母様の血を強く受け継いでいる貴女なら、きっと……』


 円陣の光が強くなっていく中で妹は必死に姉へ手を伸ばそうとするが、それは叶わなかった。




『……貴女達だけでも生き延びて』


 光に包まれた妹が最後に見た姉の顔は、優しい笑みを携えていた。





 光が収まり、赤ん坊を抱いていた妹は浮遊していた足が地に付き、自分達のいた都市から離れた岩山の中腹に立たされていた。

 

 気が付いた妹は駆け出し、都市が見える場所まで急いだ。

 息を切らし、途中で転びつつも赤ん坊を庇い、土で汚れながら視界にようやく映った自分達の過ごした故郷を視界に納める。


 いつか姉と共に離れた所から見た事のある美しかった都市は、全域が爆炎に晒され燃え上がっていた。

 

 其処へ更に、死に体の都市内部から追い打ちをかけるかのように幾数もの光が都市の外壁をも貫きながら内部を光が蹂躙し、次の瞬間には巨大な爆風と共に瓦礫をもうもうと炎で赤く染まった空へと舞い上げながら、その都市が外縁を巻き込んで諸共に吹き飛んだ。


 その光は遠く離れた山にいた妹達の入る場所へも余波が及んだ。

 不運に近くの山肌に光が奔り、そこから生じた爆風に妹は耐える事が出来ずに吹き飛ばされてしまう。

 

 辛うじて赤ん坊を手放す事こそのなかった妹は、腕の中にいる赤ん坊の安否を確認しつつよろよろと脚を動かして爆発の起こった都市を見て、絶望に口を震わせながらその場で崩れ落ちる様に膝をついた。



 都市の面影もはや無く、轟々と炎と煙を立ち昇らせながら赤々と熱に包まれた大地が残るだけの焦土と化していた。


 嗚咽を漏らす妹の見るあの不毛の大地には、命の気配など一切感じられない。あの時放たれた幾つもの光が、全ての命を奪っていったのだ。

 そして、否が応でも理解せざるを得なかった。

 自分の敬愛した姉は、あの光と共に消えたのだと。

 

 滅びる故郷と愛した姉の死を悟り、生き残った亡国の王女は遺児を抱きしめながら声を殺して泣いた。








 もうその女性にとっては古い記憶だ。

 しかし、その過去の記憶が今でも幾年月を重ねてきた彼女の心に深く汚泥の様にこびり付いていた。


 夜の眠りは悪夢を(いざな)い、昼間の目覚めは過去に刻まれた絶望に心が蝕まれ、昼夜と負わずに女性の精神がすり減っていき、それに耐え忍ぶ日々が続く。


 過去に追いやった筈の悪夢は、欠けた心の隙間から這いずるようにして目の前にやって来るのだ。





「あああああぁぁぁっ!!」


 女性は頭を抱えて絶叫する。それはまるで、過去の記憶を振り払おうとするかのように。

 すると女性を中心に突如風が吹き荒れ、ベッドカバーが吹き飛び、天幕が大きくはためき、部屋中の家具が風に乗って舞い上がる。

 いくつもの家具が激しく壁にぶつかり、上品な佇まいをしていた部屋の中は嵐の只中にいるかの如き有様に変貌を遂げていた。



「ホルディナ様!」



 外へと通じるドアから室内の異変に気が付いて三人の女性のエルフ達が慌てて飛び込んで来た。

 皆部屋の外で待機していた警衛達である。警衛達は部屋の様子に一瞬眼を見開くが、すぐに顔を見合わせると一人が詠唱しはじめる。

 すると三人の警衛達の周りを光る球状の膜が包み込み、それを確認すると三人は部屋の中で苦しむ女性の元へと駆け出した。

 吹きすさぶ風と飛来する家具類は光の膜が弾き、女性元へ辿り着くと残りの二人の警衛達が女性の体を抑え込み、懐から取り出した厚めのチョーカーをその首に取り付ける。



「……どうか、御容赦を」


 取り付けられた途端、チョーカーにあしらわれていた水晶が光り出す。

 それに呼応して、女性のあちらこちらからも光が灯りだした。両手・両足首、両耳、そして額。そこには先ほど首に取り付けられたチョーカーと同じ意匠の装飾品が付けられている。


「あ……が……か…ッ」


 女性の体が大きく仰け反り、痙攣を始めた。

 そうなると女性の体から吹き荒れる風が徐々に弱まり、とうとう完全に止んで部屋に静けさが戻って来た。


 部屋の中は、嵐が通ったかのような惨憺たる有様だった。

 風で振り回された家具類は砕け、調度品は飛散してボロボロで、当初あった静謐な滅茶苦茶になっていた。


 三人の警衛達は女性の鎮静化を確認すると安どの溜息をつき、リーダー格の女性のエルフが二人に指示を出した。


「私はここでホルディナ様を見ている。イリンは王へこの事を報告、テルアは部屋の修復の手配を頼む」


 二人が部屋から出ると、残った警衛のエルフは腕の中で糸が切れた様に動かなくなって眠りにつきつつある女性を、遣る瀬無い感情を滲ませながら見下ろしていた。

 







「……ホルディナ様が御乱心なさったとか」


 王都ヨグドル。王城内の一室にて五人のエルフが設えてあった席に腰かけながら、いずれも深刻な様子で顔を突き合わせていた。

 人間の年齢に換算すれば20歳台半ば成人男性であるが、彼らは種族間連合内に置いて最長寿種族に部類されるエルフ、ある一定の年齢まで肉体が成長すると、寿命による死の間際までは老いる事のない種族である。この場にいる者達はいずれもエルフの年齢としても既に壮年期から中年期に達している者達なのだ。


 その内の一人、アルヴウィズの王政において宰相を務める男ノイルウッドは、眉間に皺を作りながら先の台詞を真向いに座る人物へと送った。


「ああ、分かっている」


 癖一つない美しい金髪を背中まで伸ばし、白と緑を基調とした厳粛な王衣に身を包む若き美貌をたずさえ、植物を編み込んで創り上げたかのような繊細な造形の王冠を被るその男の名はアルメディオ。

 この国アルヴウィズを治め、この国の建国から現在に至るまでの千年以上の間を在位し続けている国家の頂点に立つ王であり、この国のエルフと言う種を代表し続けている人物であった。

 先ほど警衛からもたらされた報告と、今ここで話し合っている議題も内容も合わさってアルメディオの心を悩ましていた。

 


 今この場いる王以外の4人は、このアルヴウィズ内の政治における重臣達である。


 王の片腕として補佐たる宰相の位置を務めるノイルウッド・オーステン


 魔法技術および過去に失われた文明技術の研究を任されているギアルホン・ヴェスター


 軍事と防衛組織を統括するエドロイ・ゼェード


 国内の経済・産業、そして外交の取りまとめ役リンベル・ノルティン



 皆このアルヴウィズが建国された時に王と共に中心人物として活躍した血筋の者達である。

 アルメディオは建国時から在位中であるが、他の者達は既に2代~3代の世代交代が行われ、その職務は現在にまで引き継がれている。



 彼らが目下議題にしているもの、それは王家で管理をしていた国内のある遺跡で見つかった存在に対する取扱いであった。

 

 それが見つかったのはつい先日、場所はこの王城の近くに広がる巨大な湖の底に存在する遺跡、通称湖底遺跡。


 アルヴウィズ建国時から存在するその巨大湖は、元々大戦争期の最中に何らかの兵器によって大地が大きく抉り取られ、その際偶然地下水脈とぶつかって発生したものではないかと推察されている。

 建国してから暫くして、その湖の底から僅かに一部が露出していた事によって判明した遺跡は、大戦争期の頃の人類が建設した避難用の巨大な地下施設の様であり、この湖が出来てしまうほどの巨大な破壊跡は、この施設への攻撃が目的だったと思われる。

 推測されている遺跡の用途的に大勢の人数を収容する事を目的としていた為か、その内部は縦にも横にも面積が広く、複数の階層で構成されているので一種の地下都市とでもいうべき様相を呈していた。

 王国政府は王都内にその様な巨大遺跡を発見して以降は定期的に探索を行い、そこに残された大戦争期以前の技術で作られた遺物の回収と、遺跡内部の攻略範囲を少しずつ開拓しつづけて行った。


 実際に湖底遺跡を調査した結果、内部で発見された遺物の技術はアルヴウィズ、ひいては多種族間連合に大きな利益をもたらしてくれた。

 この世界に存在する超自然エネルギーであるマナを利用した生活・産業等における基盤技術。失われていた魔法体系。大戦争期の最中に使用されていたとされる軍事関連の技術。そして、大戦争期前の人類がどのような暮らしをしていたのかも一部記録として残されていた事によって、遺跡の歴史的価値も高かった。

 遺跡内は対侵入者用の防衛機構が現在も生きており、湖底に存在する事もあって一部施設内の浸水が見受けられ、調査の進行速度は遅々としたものだったが、確実な成果は得られた事により王国政府は慎重を期して遺跡の探索を長期的なスケジュールで断続的に行う方針に決定した。


 そうして遺跡内部を攻略し続けておよそ500年。現在の遺跡内部の攻略具合は七割程度といった所である。内部の防衛機構の戦闘能力が此方を上回っており、更には戦闘で遺跡内部に激しい損傷が生じると湖の水が入り込んで二次災害が発生する恐れが懸念されたため、強引な進入が出来なかった事が進行速度を遅くさせている一番の理由であった。


 そんな最中、王国政府がいつも通り軍組織内の遺跡線攻略を専門とする部門から湖底遺跡探索の為に調査団を派遣して内部を進んでいく内に、遺跡内の道中で“それ”を発見する。


 調査団はそれを調べていく内にある事が分かり、現場で判断するのを止めて遺跡を一時撤退、王国政府へ事の次第を伝えて指示を仰ぐことにした。



 その調査団の報告書を見て形相を変えたのは、国王のアルメディオだった。

 すぐさま四人の重臣達を召集して緊急会議を行い、今に至る。



 各重臣、そしてアルメディオは手元で“宙に浮かぶ報告書”に目を通しながら険しい表情を浮かべていた。

 報告書は紙媒体の物では無く長方形の淡い光で構築されており、そこに姿形を精密に模写した絵図や“それ”の状態などが事細かに文章で書き記されており、中には現地で見た物をそのまま映したかのような絵も幾つか描かれている。

 これらは全て、大戦争期の技術を復元して生まれた産物であり、湖底遺跡からもたらされた技術を近年ようやくこのアルヴウィズ国内のこういった極一部で使える様になった代物である。


 その様な技術で作られた報告書に載せられている画像には、金属質で出来た薄暗い施設内の一角に糸状の有機的な繊維で構成されている白い繭の様なものに包まれている物体が描写されていた。

 別の画像もあり、繭状の物体に近づいて撮ったのであろう、隙間の奥に人の形をした“何か”が蹲る様な態勢のまま包まれている様子が描かれていた。



「それでヴェスター卿、調査団が現地で調べた限りでは“あれ”は生きているそうだが……まことか?」


 既に調査書から目を離していたアルメディオは、事前に調査書の内容を熟知しているのでそれを一瞥すらせず、身に着けていたやや厳めしい作りのモノクルを外して疲れた目をほぐしている男を見た。


 物静かな佇まいと鋭い眼差しは攻撃的なものではなく、知性を重んずるが故に理性的な気配を放っている。

 その男はギアルホン・ヴェスター。このアルヴウィズの魔法技術と失われた技術の研究・解明を行う国内の組織の頂点に立つ者である。

 学者然とした衣服の上からローブを羽織り、本来頭に被っていたのであろうゆったりとした作りの帽子は王の御前という事もあってテーブルの上に置かれてある。

 右目にかけていたモノクルは視力構成の為の物では無く、視認する対象物の拡大・望遠、マナの濃度計測等の多機能が備わった特殊な道具で、自身も研究開発に従事している事もあって常備しているのだ。


 ギアルホンはモノクルを右目にかけ直すとアルメディオへ姿勢を正した。


「……そのようです。“あれ”からは微弱ですが、生命反応が感知されていると帰還した調査員からも報告を受けております。ですが、それ以上の生命反応の活発化は確認できず、動く様子は無いとの事です」


 最初は近付いても動く気配が無い事から調査団達はそれを死骸だと思っていた。

 しかし、死骸にしては欠損などは見当たらず、どうにも新鮮味のようなものが感じられたので警戒しながら調査してみた結果、この繭に包まれている物体が今も尚生きている事が確認された。

 当初調査団はこれを殺処分しようかという選択肢も現地で挙がっていた様だが、容易ならざる戦闘力を誇る防衛機構が蔓延るこの湖底遺跡内の奥で無事な状態でいる事に不気味さを覚えたので、簡易的な観測装置を現地に設置して一旦引き上げることにしたのだ。


 アルメディオの今の様子からして、調査団の選択は正解だったようだ。憂いを込めた溜息を洩らしつつギアルホンへと再び問いかける。


「“あれ”がいつ息を吹き返すかは見当がついているのか?」


「……いいえ、一体何が切っ掛けで目覚めるかすら、今の我々でも明確な事は分かっておりません。ですが、大凡分かっている事があります」


 ギアルホンは目の前に浮かぶ報告書の映像に手を伸ばして操作すると、自身や他の重臣達や王の前の報告書の横へ、幾つもの計測結果が記載された繭の映像を映した。


「陛下以下この場にいる我ら四家はご存知でしょうが、湖底遺跡内に多数現存する防衛機構は侵入者を容赦なく攻撃してきます。しかし、そんな遺跡内において“あれ”は損傷した様子も無く遺跡内の深層に存在しておりました。……ここから先は憶測になってしまうのですが、恐らくあの繭も御多分に漏れず防衛機構から攻撃を受けた筈です。実際あの繭の周りには防衛機構から受けたと思われる破壊跡が幾つも見つかっております。報告では、調査団が繭のある区画まで来た時、防衛機構があの繭の近くで多数発見されて調査団も戦闘する事になったとも受けております。これもまた推測になってしまい申し訳ないのですが、あの防衛機構は繭をいくら攻撃しても全く効果を与える事が出来ず、監視をする事に行動方針を変えていた可能性があります。つまり――」


「――仮に我々が何か“あれ”に多少の干渉をしたとしても、“あれ”が動き出す可能性は今の所は低い、と言いたいのだな?」


 今までの説明から大凡を察したアルメディオがギアルホンの結論を先に答えると、ギアルホンは神妙に頷いた。


「その通りです陛下。あくまで現状入手した情報から全て推察しただけに過ぎませんが、もしそれが本当であればあの繭は凄まじい防御力を誇るのでしょう。我が国の戦力でも直撃すれば即死の恐れが高い防衛機構の攻撃をいくつも受けている痕跡があったのですが、どこにも傷らしい物は確認されていないのですから」


「……湖底遺跡から引き揚げ、まずは首都から……民のいない場所へ移送して一時隔離させたい。そこはゼェード卿、可能か?」


 アルメディオに話を振られたのはアルヴウィズ国内の軍政を主宰するエドロイ・ゼェード。

 青漆(せいしつ)色の暗い軍服を身に纏い、この場で最も気難しげに眉間に皺を寄せて、報告書に目を通しながら事の次第を静聴していた男は低い声で回答する。


「対象のいる区画の防衛機構は未だ健在の様です。これを撃破できしだい引き揚げ作業へ移行は可能でしょう。防衛機構への対処も対策を立てれば対処可能です。再潜入の調査団の編成につきましては、この後ヴェスター卿と協議いたします」


 アルヴウィズの国立遺跡調査団は、軍と研究機関の二つの行政機関が協力して調査任務が遂行される特殊な形態を持つ組織だ。

 主に戦闘と探索を軍が、遺跡内の調査と回収した遺物の研究開発を研究機関が、と役割が分担されている。

 そういった構造をしているので、二つの行政機関は一部の組織内の者達、ないしはその両機関の最高権力者にあたる二人が顔を合わせる機会は多かった。


「地上への引き揚げの見通しがついてきたわけだが、問題はその後だな……」


 ある程度の目途が立ち始めた所で、アルメディオはそこから更に先の話へと進める。

 テーブルに両肘をつき、組んだ両手て口元を隠しながら、エルフの王は(まなじり)を鋭くさせた。


「“あれ”が動き出すような事態は何としてでも避ける。可能であれば殺処分、そうでなくてもあれを無力化する方法を考え出さねばならん。この方針に対する異論は一切受け付けぬぞ」


 主張を翻す余地も無い程の断定。そこにはアルメディオの断固たる意志が秘められていた。

 この一室に集められた臣下達から異議を唱える者はいなかった。アルメディオの普段見せない気迫に圧されて言葉を差し挟めなかった事もあるが、一番の理由は事前にアルメディオから此度遺跡から発見されたあの繭の中にいる存在について説明を受けていたからだ。


 一人の男のによって生み出された沈黙の中で、緊張で表情を硬くしながら自国の王に話しかける臣下がいた。


「……陛下、恐れ多くも本音を申し上げますが、未だに信じられませぬ。勿論陛下の御言葉を否定する気など毛頭ございませぬが、改めてお訊ね申し上げます……この繭の中にいるものはその……本当に?」


 人の良さそうな顔つきと仕立ての良い派手さを抑えたスーツ姿の男だ。

 リンベル・ノルティン、国内の経済産業と外交を担うこの男は、王の話した内容の重大さと、今王都ヨグドルの巨大湖の底で発見された存在の正体に顔が引き攣っていた。

 しかし、そんな様子のリンベルを責める者はこの場には誰もいない。他の三家も当初はリンベル同様王の話に動揺していたのだから。

 

 アルメディオはリンベルの問いに気を害した様子も無く、姿勢はそのままに憂いを携えた声で答えた。




「間違いない、“あれ”は大戦争期の終わり間際に出現して、この世界のあらゆる文明に一度終止符を打った元凶の生き残りだ」


 口元を組んだ手で隠した状態のアルメディオは、過去に体験した出来事を思い出すように眼を閉じながら言葉を紡ぐ。


 今より千年以上、灰の時代よりはるか昔。世界中のあらゆる種族の文明が栄えていた黄金の時代。今では想像もつかない技術が普及され、その卓抜した技術は生命や、時間を意のままに操る領域にも指をかけていたと言う。

 かくの如き栄華の極みを謳歌していたとされる物質と魔法文明の絶頂期の最中、何をきっかけとしたのかは定かではないが、二か国間で戦争が勃発し、そこから連鎖反応を起こすかのごとく戦渦は世界中に蔓延し、この大陸全てを巻き込んだ大規模な戦争へと発展してしまった。それが世間で広く知られている大戦争期の幕開けとされている。

 長期にわたる戦争の混乱が当時の人々の心を狂気で侵したのか、戦いは殲滅戦へと発展し、戦火は無秩序に広まり取り返しのつかない事態にまで陥り始めた時、それらは現れたと言う。

 


 人の形をした、名も知らぬ破壊の化身。 

 国同士の戦いの最中に突如姿を現すと、それらは有無を言わさず全ての国々へと攻撃を始めた。

 各国はそれに応戦したようだが、あらゆる兵器も強力な個人の戦闘力も意味を為さず、短い期間で世界の全てが灰燼と化した。


 真に恐るべきはそれは単体で活動しているのでは無く、“群れを成している”事であった。圧倒的な力を持つそれが集団となって、数ですら圧倒して地上の全てをその恐るべき威力で薙ぎ払ったと言う。


 文明と、更には動植物などの生態系の殆どが破壊しつくされた後、“あれ”らはいずこかへと姿を消した。

 死んだのか、それとも何処かへと戻っていったのか。それすら分からないままに世界の歴史は理不尽な形で幕を閉じる事となり、其処から僅かに生き残ったあらゆる種族の人類は極限状態の環境に身を投じざるを得なくなった――後の灰の時代の始まりだった。




「もっとも、“あれ”がはっきりと動いている所を見た事があるのは、当時幼少の身であった我が叔母であるホルディナ様しか今の時代生きてはおるまい。私ですらその時は赤子だったからな」


 国母ホルディナ。

 大戦争期後の文明と自然環境の荒廃した世界――灰の時代にエルフや他の妖精種族達と共に生き抜き、後に今のアルヴウィズ建国の礎を作り上げたこの国の象徴であり、千年以上前の大戦争期の生き証人でもある。その御年は約千五百歳と世界的に見ても破格の年齢だ。多種族間連合内で彼女ほど生きた者もいないだろう。

 それほどまでの長寿で在り続けられたのには、彼女の体に流れる血と種族による。

 彼女はエルフではない。しかしハイエルフでもない。ただ分かっているのは、ホルディナの母親はハイエルフで、父親はエルフに似た全く別種の妖精種族だったとかつてアルメディオはホルディナから教えてもらった事があった。ホルディナは、そんな父親の種族を完全に受け継いでいるのだ。アルメディオも血筋的にはその血を少なからず受け継いでいるのだが、ハイエルフとしての側面が強く、ホルディナには遠く及ばない。

 ホルディナの種族はエルフやハイエルフとは別次元の、それこそ上位種族と称して呼ぶべき絶大な強さを持つ高次元の存在だ。あの全てが破壊しつくされ、荒廃した大地しか残っていない灰の時代において、赤ん坊のアルメディオを守りながら生き抜く事が出来たのはその力があったというのも大きな要因の一つだろう。



 しかし、そのホルディナは今精神の均衡が極めて不安定だ。

 その理由は分かっている。例の湖底遺跡から発見された彼の生物について確認を取るために、アルメディオ本人が直接報告書を持って訊ねたからだ。

 最初はアルメディオもその話を今のホルディナに持ち掛ける事を躊躇った。しかし今の時代が誕生したきっかけとなった過去の出来事――大戦争期末期に起きた顛末(てんまつ)と、その時出現した件の生命体を知る者はもはやホルディナしかいないのも事実だった。

 アルメディオは、かつて自身が若かりし頃に叔母が当時の事を話してくれた時の顔を今でも忘れない。ようやく回復の兆しが見え始めた地上の遥か彼方の地平線を見ながら、怒りや悲しみ、恐怖と絶望、あらゆる感情にどろついた暗い闇がない混ぜとなった名状しがたい表情を浮かべた己の叔母の横顔を。

 心に刻まれた傷の痛みが辛くても、彼女は話す事を選択してくれたのだ。世界が燃える断末魔の光景と真実の一端を、王となる甥へと伝えるために。


 あの頃のホルディナは、エルフの再興と大戦争期前に繁栄していた王家の正当な王位継承者にして実姉の遺児であるアルメディオを守る事に邁進していたので、過去の事を一時的にでも忘れる事が出来た。

 だが国の情勢が安定し、成長したアルメディオが正式に王となり、ホルディナに与えられた責務が無くなっていくにつれて徐々にその精神に陰りが生じ始めた。

 そしてついさっき、葛藤の末にアルメディオからもたらされた情報によってホルディナは酷い錯乱状態に陥ってしまった。


 幼い頃に眼のあたりにした世界の終焉の一端は彼女の心に深い傷を作り、幾千幾万の夜を越えた今でもその傷は癒える事なく、むしろ痛々しく切り開かれ続けている。


 警衛の報告では、室内は酷い有様だったと言う。

 感情の暴走によって肉体に秘められた強大なマナが放出され、いくつもの拘束具で抑えつけられていた筈だと言うのに部屋の中を掻き回せる程の威力を発揮した。

 並のエルフでは、ハイエルフであるアルメディオあろうとも今のホルディナの体に取り付けられている拘束具を一部でも身に付ければ身体機能に致命的な支障をきたしてしまう。それ程までに強力なホルディナの潜在能力はこのアルヴウィズ、ひいては多種族関連合内では群を抜いているのだ。本人もそれを分かっているから他者の被害を最小限に抑えるために今の幽閉まがいの境遇を進んで受け入れてしまっている。


(叔母上……貴女は未だ過去の悪夢に囚われておられるのか)


 やはり、話すべきではなかったのではあるまいか。国と個人を天秤にかけて王としての選択を取ったが、一人の甥としての感情は彼女の心を乱させた事を後悔した。

 幼い頃から建国に至るまで奔走し続けた彼女に、アルメディオはこれ以上の重荷を背負わせるつもりは無い。

 彼女の導きがあったから今の自分がいると言っても過言ではない。なので、大恩ある叔母には穏やかに過ごして欲しい。

 叶う事ならばあの方の心に真の安らぎを与えて差し上げればと思うが、未だにそれは実現できていない事に対する歯痒さと無力感がアルメディオの心に重石の様にのしかかっていた。



 

 内心を悟られないように王としての体面を保ちながらアルメディオは室内の臣下達の様子を一瞥した。

 ある者は眉間に皺を寄せながら、ある者は顎に手を添えながら遠くを見る様に思案にふけっている。問いかけてきたリンベンは地下にいる存在を再確認して、嘆く様な声を漏らしながら頭を抱えていた。

 そんな大なり小なり怯んでいる臣下達に、千年以上の年月を生きた王が鼓舞する様に語気を強めて皆へ喋った。


「ようやっと栄えだしてきた今の時代に過去の災禍を持ち込むわけにはいかぬのだ。すまぬが、そなた達の知恵を借りたい」


 程なくしてアルメディオが場を取りまとめ、今後の対応について検討が行われた。

 迂闊な選択をすれば、自国はもとより周辺の国々にどれ程の被害が及ぶのか予測が付かない一大事。

 慎重を重ねた末、件の生命体に対する国家の方針が決定された。

 











「ぬあー! やっと着いたーっ!」


 王城内で行われた緊急会議から数日後、王都ヨグドルへ一組のクエスターの集団が到着した。


 四人組のクエスター達は皆別々の種族で構成されている。

 

 爬虫種族レプテクターの青年。

 獣人種族ビーストの少年。

 植物種族プラスティードの女性。 

 妖精種族エルフの少女。


 そんな多国籍のクエスター達が街道から王都の大門を抜けた所で、ビーストの少年が体に溜まった疲労を吐き出すように声を出して背伸びをすると、プラスティードの女性が涼しげ――と見せかけてそこはかとなく疲労感漂う表情で窘めてきた。


「人の多い所でみっともない事をするんじゃない」


「いやぁでもよ、今回のは強行軍過ぎだっつの。ワムズの王都から此処まで文字通り野を越え山越えだぜ? 流石に俺も体に来くるぞ」


 窘められたことが心外だと言うかのようにビーストの少年は背負っていた荷物を一旦降ろして首や肩をゴキゴキと鳴らしていた。

 それに対してプラスティードの女性はそれ以上少年に言葉をかける事はせずに、仕方がないと肩を竦めている。


 そんな二人の様子をちらりと視線だけで見た後、レプテクターの青年が隣にいるエルフの少女へ話しかけた。


「体の調子はどう? 向こうからこっちまで魔法使いっぱなしだったけど」


「この程度でへばる程軟な体じゃないわよ」


 そう言って返してくるエルフの少女は、疲れた様子も無く長杖を方でぽんぽんと叩きながら自身の健在ぶりを示している。

 エルフの少女の表情が少しだけ曇った。


「……無理に付き合わせて悪かったわね」


「いやあ気にしなくていいよ、僕らも了承した上で来ているんだ。それに、僕も今回の依頼には興味がある」


 とぼけた態度で言うレプテクターの青年へエルフの少女は咎めるように顔を顰め、声色を抑えて訊ねる。まるで周りに聞かれたくはないかの様に。


「ちょっと、ここでその話は――」


「分かってるよ、とにかく組合に行って話を聞かなくちゃはじまらんでしょ。まぁ、その前に宿を見つけなきゃいかんけどね」


 レプテクターの青年はエルフの少女の言葉に被せる様に小さな声で答えると、ビーストの少年とプラスティードの女性に声をかけ、宿探しに向かう事となった。


 そんな仲間たちの背中を見ながらエルフの少女、もとい、“少女のように若々しい”姿の女性――フィンテルは、自分達に来た依頼を思い出し、溜息をつきながら仲間達を追いかけていった。



 彼女達が受けた依頼は、国立調査団の遺物移送任務の護衛である。

所感などにつきましては後ほど活動報告の方に書かせていただきます。

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