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紺碧の大甲虫  作者: そよ風ミキサー
第三章 【エルフの国と厄災の兵士】
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第25話 セイラムの狩り

 同じクエスター同士の為、どこかで会う事があっても不思議ではないが、向こうから話しかけてくる事が意外だったツェイトは佇まいを正した。


「こんにちは。どうもその節はご迷惑をかけました」


 初めての出会いが出会いだったため、ツェイトは悟られない程度に内心で後ろめたさを感じながら挨拶する。

 何せ、ワムズの首都近辺でツェイトが四股を踏んで生まれた大地の亀裂に、彼女達が護衛していた商人の馬車が巻き込まれたのが切っ掛けなのだ。

 そのあとツェイトが慌てて馬車を持ち上げて事なきを得たので大した問題も無くその場では笑って済ませられたが、もし馬車がそれで破損でもしたら賠償問題に発展していた可能性がある。


 そんな小市民的な感性でヒヤリとさせられているツェイトとは裏腹に、エルフの少女はからからと快活に笑っていた。


「いいのよ大した事なかったんだから。それよりも此処にいるって事はクエスターになれたって訳よね?」


 あの時は試験の採集作業中に分かれたきりだったので、彼女達が今のツェイト達の状況を知る由もない。

 ツェイトはおもむろに脇腹の外骨格を展開し、副腕に付けている証明証である腕輪を見せた。


 エルフの少女はツェイトの脇腹から現れた腕に驚いたが、その手首に巻かれている証明証の状態を見て更に仰天した。


「……え、早っ!? 何で!?」


 驚かれるのも無理からぬ事である。

 試験で合格してから2週間も経たない内に黒い三本線が刻まれた黄色い腕輪になっているのだ。一人前をすっ飛ばしてベテランの仲間入りである。


 うっかり大声を上げてしまったエルフの少女ははっと口を閉じ、声を抑えながら訝しむようにツェイトへ訊ねてきた。あまり大声で話してはならない話題だと彼女なりに配慮してくれたのだろう。


「ちょ、ちょっと、何がどうして短期間で三本線になっちゃってるのよっ」


「話すと少し長くなるのですが……」


 ツェイトも音量を控えめにしながら事のあらましをざっくりと説明した。

 詳しい事や都合の悪い箇所は省き、賞金首のモンスターを狩り、それ以前に大門前で起きた騒動の解決に貢献した腕を評価されて、ワムズのクエスター組合代表から二階級の昇格を受けた事を概略として彼女に伝えた。


 エルフの少女は話を聞き終えると、ツェイトに頼んで証明証をじっくり見させてもらい、確認し終えると感嘆の籠った溜息をついた。


「……本物の証明証ね。私達はあの後すぐにこっちに向かっていたから知らなかったけど、ディスティナの大門前で大変な事が起きてたらしいわね。……でもそう言う事ってあるのねぇ、まるで嘘みたいな本当の話。あのヒシバさんがこんなの判断をするなんて初めて聞いたわ」


「そうなのですか?」


「ええ、私も仕事の関係であの人とは多少面識があるけど、変な依怙贔屓をするような人ではなかった筈よ。そうなると、貴方の実力があの人も認める位本物だったってわけね。見た目からしてそんな気はしていたけど。元々実力がある人が突然ポッと出て来る事は割とあるとはいえ、この短期間で2階級昇進は初耳ね」


 思わぬ所であのワムズのクエスター組合代表と関係のある人物と出会う事になったが、はて、こうしてエルフの少女の話を聞いてみると、ツェイトはどうもこの少女と所属しているパーティが手練れのクエスター達の様に聞こえてきた。


「失礼ですが、えーっと」


 名を言おうとして、そう言えば全くお互い名乗っていない状態だった事に気付き、向こうもそれに気が付いた。


「あ、ごめんなさいね。私フィンテルって言うの」


 気を利かせてくれたらしく、先に名乗ってくれたエルフの少女――フィンテルにツェイトも名乗り返した。


「こちらこそ、ツェイトと言います。あの、フィンテルさんは経験豊富なクエスターとお見受けしたのですが」


 ツェイトの言葉にフィンテルが何故かキョトンとした顔になり、次第に苦笑いを浮かべた。しょうがないと、そんな言葉が表情から見て取れる。


「まぁ、なったばかりだものねぇ……ほら、これよ」


 フィンテルがローブの長い裾から手を出して、身に着けている証明証を見せてくれる。ツェイトはそれを見て目を見開いた。


 そこにはツェイトよりも多い黒い四本のラインが刻まれた赤い腕輪がはめられていたのだ。

 五段階位中の二位、上から二番目、つまり彼女は、クエスターの中でもベテラン組の更に選りすぐりの猛者という事になる。

 ツェイトはここでようやく彼女が大物の存在だという事に気が付いた。どうもあの大門前の出来事での印象からか、勝手に中堅位のクエスターなのかなと決めつけてしまっていた。

 ツェイトに対して物怖じしないのは、今までの経験からくる肝の太さがそうさせているのだろう。


「……御高名な方でしたか。すみません、そういうのがまだ不勉強でして」


 そういえば、先ほどから組合の周りにいたクエスターや人々の視線がツェイトからフィンテルに移っているものがあったのに気が付いた。

 四本線ともなれば相当な知名度があるだろう。聞くところによれば、四本線の上位に位置する五本線に至っては国に一人いるかいないかと言う程に絶対数が少ない。もはやこの世界において生ける伝説的な存在だ。

 そうなると現実味を帯びた高名なクエスターの最高位と言う意味では、実質上四本線のクエスター達がその位置に据えられるわけだ。彼女はまさにそんな個人として注目される人物の一角なのだ。

 

 社会で生きるにあたっての無知とは、時としてその知識を持たぬ者に致命的な不利益を降りかからせる事がある。

 正直彼女、ないしは彼女達がどれくらいクエスターやそれらを取り巻く社会の一部に影響力を持っているのかまでは知らないが、彼女達に対する無知を晒して悪感情を持たれたらこの先のクエスターとしての活動に差し障る事が無いとも言い切れないのだ。いつの世も、社会の先達に睨まれた若輩者は生き辛いものである。

 なのでツェイトは腰を低くしながら彼女に謝ったのだが。


「あ、あー……それについては本当に気にしないで。私もちょっと意識した自分に自己嫌悪しちゃったし」


 しかし、どうやら彼女は虚栄心というか、名声の類に過剰な関心を持たない人種のようだ。乾いた笑いと共に忘れろとツェイトにフィンテルはパタパタと手を振っている。

 


 彼女がツェイトに声をかけてきたのは、以前ワムズの首都で出会った時の印象が強く、そんな相手がエルフの国の組合にいたものだからつい声をかけてみたくなったそうだ。

 ツェイトの人柄については出会った時のやり取りでそれなりに把握して大丈夫そうだと判断したから、こうして一人組合の入り口近くで腕を組みながら佇むツェイトに声をかけてみようと思ったらしい。


「でも貴方確かこの間までワムズの首都にいたわよね? よく短期間でこの街まで来れたわよね。まぁそれ言ったら何で私が此処にいるのかって話もあるけどね」


 確かにタイミングや距離的にもフィンテルにも言える事なのだが、とりあえずツェイトはそれは置いておく事にして素直に自分の事を話した。

 クエスターの階級的に有名そうな彼女に友好的な態度を示せば良縁に巡り合えるかも、という俗的な思惑もあるが、何となく彼女は腹に一物抱えられるような人柄じゃないのではないか、という直感的なものも働いたからでもあったし、大門で出会った際に僅かなりとも人となりを知れたからというのがあった。


「仕事の依頼で此処まで飛んできました」


「へぇ……え、飛ぶ?」


「言葉の通りです。私、飛べますので」


「え、えぇぇっ?」


「普段は背中に収まってます」


 嘘ぉと言いながらツェイトの背後に回り込んで背中をしげしげと見て来るので、背中の一部と化している鞘翅状の外骨格だけを試しに開いて見せた。

 流石に中の翅は大きすぎるので広げはしないが、フィンテルはツェイトの背中――人体で言う所の僧帽筋近くの外骨格が開く姿を興味深く見ていた。


「……世界って本当に広いわねぇ……私もそこそこ色んな種族を見てきたつもりだけど、それでも貴方みたいな人はそうはいないわ」


 恐らく普通はいないだろうが、それでも排他する傾向が無いのはツェイトにとってはありがたい話である。

 こうして街中でエルフの少女(?)と世間話に花を咲かせる事が出来ると言うだけでもこのツェイトのアバターでは考えられなかった。悪い方向へと予想を広げれば、国に入れず追い出され、下手したら問答無用で攻撃を受ける何て事も考えていたのだから。それに比べれば好奇の目線などものの数には入るまい。

 ツェイトがこの状況をしみじみと感慨深く感じていると、フィンテルが訊ねてきた。


「そういえば貴方一緒にいた娘がいたわよね? どうしたの?」


「……私が中に入れませんので、彼女に依頼を探してもらっています。此処まで来た時の依頼は終わってますので」


 今、戻って来るのを待ってるんです。

 ツェイトのどこか気まずそうな説明にフィンテルはツェイトの体と組合の入り口を見比べ、ああ、と合点が言った顔をした。


「……大変そうね。寝る場所とかどうしているの?」


「野宿の時もありますが、なるべくは連れの娘には宿屋に泊ってもらってます。全部を私に合わせる必要は無いですから。……そういうフィンテルさんは何時からこちらに? もしかして里帰りですか?」


「私達は今朝こっちに着いたの、他のみんなはまだ宿で爆睡してたわ。国に来たのは里帰り……ていうのも無くは無いけど、ちょっと王都の方に用があってね、こっちへは駆け出しの頃によく出入りしていたから暇つぶしに見に来ただけよ」


 どんな人物にも下積み時代というものはあるもので、フィンテルも昔はこの街を中心にクエスターとして活動していた時期があった。

 そうしてクエスターとして成長して国外へ活動範囲を広げている内に今の仲間達と出会い、いつしかパーティが結成された。

 各メンバーもやはりと言うか四本線との事。確かパーティの人数も4人だった筈なので、豪勢な構成だろう。

 大分飛ばして此処まで来たらしく、スタミナが切れだしたので今日は一日丸ごと休憩に使うらしい。

 その割にはフィンテルの様子は溌剌としているが、華奢な少女姿とは裏腹にタフなようで、勝手知ったる母国の街中を歩くのは気が楽のようだ。

 

「――で、此処で貴方にまた会う事になるのにも驚いたけど、まさかひと月もしない内に三本線まで駆け上って来たのはやっぱり驚きだわ」


「これについては巡り合わせが良かったとしか言いようがありませんね」


 実は四本線になる可能性もあった事については早々に頭から除外する。

 とはいえ、三本線まで昇格出来たのはヒシバの目に留まり、彼が後押ししてくれたからこそのものである。これについてはあの男に感謝しなければならないだろう。人の縁に助けられたのだ。



 フィンテルもツェイトも互いに急いでいるわけでは無かったので、いくつかクエスターとしてのアドバイスを貰いつつ他愛のないお喋りに興じていると、組合の入り口からセイラムが戻って来た。

 フィンテルの事は憶えていたので気付くと会釈して互いに挨拶を交わした。


 ここらがキリが良いと感じたのだろう、フィンテルは話を切り上げ二人と別れを告げる。


「貴女も最初は大変だと思うけど、頑張ってね」


「フィンテルさんもお元気で」


「元気が私の取り柄みたいなものよ。貴方も、このままいけば私達に並ぶなんて事もあるかもね。その時は競争相手になるのかしら?」


「そうなったらお互い協力し合える関係になれればと思います」


「私も同感よ、じゃあね」



 そうして手を振りながら組合の中へと入っていくフィンテルを見送ると、セイラムがツェイトを見た。


「……一体何だったんだ?」


「先達として助言を幾つか、な。あの人達、俺達の大先輩だったんだ。四本線だったよ」


 挨拶を交わした時は名前だけだったため、改めてフィンテルのクエスターとしての位を聞いたセイラムは驚いた。そして彼女が入っていった組合の入り口をまじまじと見る。


「人は見かけによらないんだな……年下に見えるのに」


「それ、あの人の前では言うなよ。結構気にしているみたいだったからな」


「分かってる、流石にそこら辺は気を付けるよ」


 出会った当初、ツェイトの年齢を知るや否や打ちひしがれるようにその場で膝をついていた事から、自身の体系に多少なりともコンプレックスを抱いているらしい。

 実際先程までツェイトと話していた時、会話の中でそこはかとなく自分が年上である事を暗に含めるかのような言い回しが随所で見受けられている事から、恐らく二人が想像しているよりも年上なのだろう事は容易に考え付いた。

 態々人が傷つくような言葉を投げ付ける様な趣味は二人には無いし、嫌いなタチなので、この件は彼女に対してはなるべく避ける様にと言う結論で終わった。



「ところでセイラム、何か良い仕事は見つかったのか?」


「それなんだけどさ……」


 セイラムの表情が若干曇っている所からして、収穫は芳しくない模様である。

 話を聞いてみると、依頼は確かにあったし文字もワムズとは同じなので内容も読めるのだが、モンスターの討伐の類については目敏い他のクエスターが既に申し込んでしまっていた。

 残っていたのは旅の護衛だったり遠方の既に攻略済みの遺跡内へ長期間の再調査だったりと、長期的な日数を拘束される依頼が多かった。

 程度を気にしなければ雑用の様な依頼もあったが、今のツェイトの階級的に無暗に飛びついて果たして良い物だろうかと首を傾げる。予算も逼迫しているわけでもないわけだし、自身の価値を下げている様な感じがしてしまって気が引けたのだ。

 幸い、ツェイト達には選ぶために熟考する時間が許されている。



「薬草採集とか手軽そうだけど」


「薬草……薬草かぁ……」


 ツェイトはセイラムからの提案に乗り気ではなかった。


「碌な知識が無いままやると痛い目を見そうだから遠慮した方が良い気がする。セイラムはここら辺の植物とか知っているのか?」


「む、そう言われると自信ないな」


「図鑑片手に探すのならまだ畑仕事の方が良さそうだな」


 薬草などの植物採集については二人とも少し敬遠気味だった。

 というのもセイラムもツェイトも、認識に差異こそあれど薬草などの採集作業という仕事が低階級の依頼あったとしても、それが楽なものだとはあまり思っていなかったのだ。


 依頼を受理するために必要な階級こそ低いが、指定された薬草の群生地から酷似している植物等を見分け、更に質の良悪の選別まで行う必要がある場合もあるなど、思いの外手間がかかると言う。

 セイラムは故郷ワムズの地、特に生まれ育った村やその近くの都近辺で薬草採集を行った経験があるが、過去に村で使う薬草などの採集を憶えて間もない頃に目当ての薬草と間違えて、村に帰ったら育て親のウィーヴィルや薬師の老婆などに怒られた事が度々あった。そういう経験をしているので、薬草採集と言う仕事の難しさは骨身に沁みていたし、ましてや外国でそれを行うとなると勝手が全く違うので安易に仕事を受ける気も起きなかったのだ。

 ツェイトはと言えば、食べられるきのこと毒キノコを判別できずに食べて死亡事故に発展している事例を元いた世界のニュースで耳にした事は昔からちらほらあるので、薬に使うような植物の採集について何も知らずに取り掛かる事を躊躇った。どちらにせよ人に使用する薬品などにも使うような素材を採集するのだ、やるのであればもっと知識を事前に取り入れておきたかった。

 極めて暴論な要約をすれば、雑草毟りとはわけが違うという事である。



「……モンスターを狩っていた方が良さそうかな?」


「それが妥当だろうよ」


 何事も経験と言う言葉はあるけれど、人には適した仕事があると言うものもある。 

 二人は街の近辺のモンスターを狩って路銀稼ぎをする事にした。

 セイラムを追いかけてくる組織の存在が不安要素だが、そこはツェイトが全力でフォローしていくしかあるまい。


 ツェイトはセイラムに頼んでこの地域の討伐対象モンスターの情報を組合に聞いて来てもらうように頼み、再び戻ってきた後、組合の金融機関から貯金を引き出して一旦リュヒトの店へと戻って行った。







「この狩りなんだけど、私にやらせてくれないか?」


 リュヒトへ依頼の前金を渡し、ツェイト達が今いる場所はミステルの街から離れた森の中。

 鬱蒼と茂った木々から延びる枝葉の隙間から差し込む陽光が微かに照らす森林地帯で、セイラムがツェイトにそのような提案を持ちかけてきた。

 討伐対象のモンスターが生息すると言うこの地で、ツェイトが組合から貰ったモンスター一覧の簡単な書類に目を通していると、セイラムが強い眼差しで見上げて来ていた。


 思えばツェイトはセイラムの本格的な狩りを見た事が無かった。

 以前セイラムの故郷に現れたワイルドマックが変異した昆虫の異形との戦いで相手の攻撃を避けきる程の軽やかな身のこなしを拝見し、ディスティナでもその一端を見る機会はあった。

 しかしそれ以降二人で旅をして間もない現在、大体出くわした相手が悪かった事もありツェイトが率先して前に立ち、セイラムにはなるべく危害が及ばないように戦っていたのだ。


 ツェイトは今回セイラムがそう頼んで来た事について、彼女の気持ちを自分なりに察した。

 先日ワムズで依頼をこなしていた時にも話はあったが、セイラムはツェイトに頼りっぱなしでい続ける事を嫌い、自分で出来る所はしっかりやりたいのだ。


 ツェイトはその気骨を良い物だと解釈している。

 ワムズの首都に着いて間もない頃にある誘拐未遂事件に遭遇した際、セイラムが頭に血を昇らせて飛び出す姿を見てツェイトは本音を言うと少し不安を覚えていた。

 ところが、それ以降の大門での組織の兵士達との戦いで思う所があったようで、自分の置かれた状況をより深く認識し、彼女なりに考えて自分で出来る事を模索しようとしている。それくらいに頭を働かせられる人となりと知ったから、ツェイトも彼女の提案をより好意的に受ける事が出来たのだ。



「分かった。なら危なくなったら助ける」


「ありがとう、その時は頼むよ」


 セイラムはツェイトの承諾を貰ってどこかほっとしたように笑った。反対される可能性も考えていたのだろう。


 かくして今回はセイラム自身によるモンスター討伐が行われる事になるが、事前にこの近辺に生息しているモンスターの情報は入手済みだ。そこに記載されているモンスターの情報や危険度合いとセイラムの能力を鑑みたところで、セイラムでも大丈夫そうだと判断しているのもある。


 セイラムが背負っていた槍を取り出し、ツェイトから数歩前を歩きながら森の中を進んでいく。

 今セイラムが手にしている槍は今まで所持していた手製の槍では無く、出かける際にリュヒトが貸してくれたものだ。

 店の販売品ではなく、試作品を倉庫に死蔵させていた物なので遠慮無く使っていいと許可も貰っている。

 柄はセイラムが持っていた物に近い木材が使われ、槍の形状は刃渡りのやや短めの剣の様な形状をしている。薙いでも突いても柄の部分を鈍器の様に扱っても耐えられるというセイラムの要望に近い仕様だ。


 

 さて、ツェイト達が足を踏み入れたこの森で狙う獲物は、ウォルドーという木や動植物で構成された骨肉をもつ狼といった容貌を持つモンスターだ。分布範囲はこのアルブウィズだけに留まらず、近隣の森林地帯の広い国々にも生息する植物種の区分に分類されているモンスターだ。

 木で出来ている事から脆いのではと誤解をする経験の浅いクエスターが出るようだが、そう口にする者は他のクエスター達から情報の収集不足と言われるであろう。

 肉体を形成(かたちな)す木は中途半端な刃物や鈍器の一撃で致命打を与え辛い程の強度を持ち、負傷した個体は脚から根を地中へと伸ばして養分を補給して数日後には回復するという生命力を持ち合わせている。

 更に機動力は以前ツェイト達がワムズで狩ったスティックラビよりも上だ。加えて群れを成して襲い掛かってくる習性を持つ事も相まって、その脅威の度合いは無視出来ない。現に薬草を採集しに街の外へ出かける事のある一般人や狩人などが毎年負傷、ないしは死亡する案件が確認されている。そういった要素や事例を踏まえてのウォルドーの危険度はスティックラビよりも上である。



 そのウォルドーを探して二人が森の中を歩き続けて行くと、先頭を歩くセイラムの脚が止まった。

 それに合わせてツェイトもその場で止まり前にいるセイラムの様子を見ると、体を軽く屈ませ、槍を握る手が強く締まりだした。どうやら前方に獲物を発見したらしい。

 

 ツェイトもセイラムの背後から覗き込むようにしてその視線の先を追いかけてみた。

 今のツェイトの視力ならば暗闇の中であろうと遥か遠くの先にある木の皮の模様まで鮮明に見る事が出来る。


 その様な視覚の持ち主故か、セイラムより先に対象を見つけてしまった。

 セイラムの腰ほどの体高の、木の骨格に所々に草薮が生えた狼のような存在が3匹で森の中をうろついていた。

 狼ならば本来眼のある眼孔部分は(うろ)になっており、生物としての視力を持ち得ていない様に見えるのだが、自然と動いているので別の器官で代用しているのだろうか。

 口内の牙と足の爪もまた鋭く尖った木が備わっている。事前情報で手に入れたウォルドーの全身の木の硬度を考えれば他者を害してあまりある威力を持つのだろう。


 ツェイトが分析をしている内にセイラムもウォルドー達を完全に補足した。

 周囲を確認、仲間がいないか警戒しているのだろう。そしていない事を確認すると近くにある石を拾い上げ、ウォルドーの群れ目がけて投げたのだ。

 

 投げた石はセイラムの投擲力により一匹のウォルドーの頭に命中。

 コンっという軽い音を立てて石が弾かれるが、その衝撃と音にすぐさまウォルドー達が反応して石をぶつけてきた相手を探し出し、すぐにセイラムを見つけた。

 獣のように唸る事は無く、ゆっくりとセイラムの方へ体を向けて間合いを詰める様に歩き出し、次第に駆け出して行く。


 走って距離を詰めてくるウォルドー達を前にセイラムが焦る様子は無い。

 槍を片手に前かがみの態勢のまま、なるべく自然体であるように維持しながら敵の襲来に構えていた。


 そして駆けてくるウォルドーの内先頭にいたウォルドーがセイラムに飛びかかる。

 爪と牙を以て八つ裂きにせんとするその突撃をセイラムは半身を反らして避け、ウォルドーが横切るその寸前に振り上げていた槍を胴体目がけて突き込んだ。

 槍を突き立てられたウォルドーは地面に叩きつけられるが、すぐさま他の個体が襲い掛かって来た。

 セイラムは突き刺していた槍を引き抜く勢いを乗せて、円を描くような動きによる遠心力を加えた勢いで後続のウォルドーの顔面を殴打して吹き飛ばし、更に後続の飛びかかりを後ろへ軽く跳んでやり過ごし、相手の動きが止まった瞬間に跳躍して体重を乗せた槍の刺突を胴体にお見舞いした。

 襲い掛かって来た三匹の内二匹は、先の槍の一突きを受けたからかピクリとも動かなくなっていた。

 残る一匹は痛覚が無いのか顔面を陥没させたまま立ち上がり、仲間を殺された事に動揺せずにセイラム目がけて再び襲い掛かるが、動きを読まれて掠りもしないままに生じた隅をつかれ、胴体に槍を突き込まれて動きを止めた。


 


 動きを止めた三匹のウォルドー達から少し距離を置き、完全に沈黙したのを確認するとセイラムも構えを解いて小さく息を吐いた。

 

 果たしてこの一連の戦いに要した時間は如何程なのだろうか。

 少なくとも、五分とかかってはいない。余裕を持たせたとして三分以内だろう。


 ウォルドーの弱点は胸の中にある胚珠(はいしゅ)の様な球体上の物体だ。そこが生物でいう心臓にあたる器官であり、大きく傷付けられたり破壊されたウォルドーは生命活動を停止する。

 セイラムがとった戦法は、相手の動きを躱しながら弱点であるその心臓器官への一撃必殺だ。

 言葉で言うのは容易いが、それを実践するとなればそれ相応の練度が求められるはずだ。

 それら全ての条件を可能にしたうえで攻撃してくるウォルドー相手に行うのだ、簡単な話ではないだろう。それを危なげも無く実行して見せた所にセイラムの技量が如実に表れているという事である。



(猟で生計を立ててただけあって手際が良いな。しかも動きに無駄が無い)


 いつでも援護に回れるように背後で控えていたツェイトだがそれも無用となり、恙なく狩り終えたセイラムの姿に感心しきっていた。

 今までのセイラムから聞いた話を思い返してみれば、幼い頃から武芸に心得のある育ての親の元でそういった鍛錬を行ってきており、この世界では脅威に部類されるワイルドマックの狩りに参加した経験もある。

 聞くところによれば、ウォルドーはセイラムの住んでいたカジミルの村の近辺にも出現する事がよくあるので、それを狩って生計の足しにしていたとも言っていた。だからウォルドーへの対処が場慣れしていたのだ。



 槍を地面に突き刺し、早速腰に差していた短刀を抜いてウォルドーから値打ちのある部位を頂戴しようと解体作業に取り掛かっていたセイラムにツェイトが近付く。

 セイラムはツェイトに気が付くと振り返って苦笑した。


「どうだ? 少しは私も出来るだろ?」


 ツェイトはああ、と頷きながらセイラムに作業の続きを促し、自分も手伝いに入った。


「セイラムと同い年だった頃の俺に見せてやりたいな」


 きっとたまげていた事だろう。

 もし彼女がこの技量を持ったままNFOのプレイヤーをしていたら、さぞかし有名なプレイヤーになっていたのかもしれないな、とありもしない可能性を頭の中に冗談で思い描いてみた。


 それからもその日はセイラムが率先して近辺のモンスターの狩りを続け、ツェイトは殆ど手助けをする事は無かった。あったとして、投石などでモンスターに牽制射撃を行う程度である。

 代わりに、荷物持ちとしてセイラムが狩ったモンスターの部位を事前に用意した袋に詰め込む作業がもっぱらの仕事になり、その日は特に目立った騒動などは起こらずに平穏な狩りが終始続いた。








 アルヴウィズ国内某所。

 街村や都市から大きく離れ、人が足を踏み入れた気配が“それ”まで無かった山奥の一角に、天然で生み出された洞窟が存在する。


 恐らくはなにがしかの動物かモンスターが住処にしていたのであろうが、その居住権は既に別の者達に取って代わられていた。


 洞窟内部の奥深くは人工的に大きく広げられ、黒いローブと仮面を身に着けた一団が設営した機材の調整作業に取り掛かっている。

 洞窟内にこだまするのはそこにいる者達の作業音のみ、人らしさの感じられない不気味な静けさがそこにはあった。



「ジェネマ様、娘と巨人は現在ミステルの街に滞在している模様です」


「引き続き観測を続行。不用意に対象を補足する事は避け、間接的な情報の入手に従事するのだ。暫くはその状態を維持するように」


 そこにようやく人らしい声が発せられた。片や極めて平坦なもので、もう片方はしわがれて耳障りであるが。


 トリアージェ博士からの指令により任務を引き継いだ黒いローブに皮と石細工で出来た怪鳥の様なマスクを身に着けた男――ジェネマは娘と巨人の行方を前回の戦闘と密かに送り込んだ諜報員による活動によってその足取りを捉えていた。

 そして今、彼の目の前で報告を行っている者達がその諜報員である。


 黒ずくめのローブと仮面を常備している他の兵士達とは違い、そこにいるのは二人のエルフの男性だ。

 旅人の姿をしており、森山で見かけても、そして街中にいたとしても違和感の感じない装いをしている。

 しかしその表情には感情が無く、どこか作り物めいた無機質な雰囲気を放っていた。


 このエルフ達は、ジェネマが研究施設で“保管”していた“材料”を利用して拵えた者達である。

 彼らを近隣の都市や街に潜入させてひっそりと諜報作業を行わせているのだ。この二人もその内の一組である。




「……わざわざ帰還したのはそれを報告するだけではあるまい。何があった?」


 だが、普段は遠く離れた地から通信出来る術があるのでそれを用いて定期報告を行う筈なのに、こうして直接口頭で報告しようとする場合は入手した情報に何かしらの重要性が加味されている事が多い。

 それこそ、現在自分達の最優先任務とされている昆虫人の娘と巨人の追跡よりも優先度が勝る可能性を秘めているかも知れない程に。



「断片的な情報しか入手しておりませんが、ジェネマ様にお伝えする必要性のある案件と判断いたしました」


 前置きは不要、ジェネマは無言で兵士に報告を促した。

 そして諜報員の口が再度開かれる。




「王都ヨグドルの王家が管理している遺跡で、国の調査団が何かを発見した模様。現在入手している情報から推察するに、トリアージェ博士が探し求めておられる内の一つ、識別名称“兵士”の可能性があります」




 それは、ジェネマにとって現状予想だにしていなかったものであった。

 もたらされた情報に条件反射の如く諜報員へ再度確認を行う。 


「“兵士”、だと? ……何処の遺跡で見つかったか確認は出来ているのか?」


 もたらされた情報を耳にしたジェネマが返す言葉は一際慎重だった。何せ扱う情報が情報だ。

 諜報員は淡々と己の上位者からの問い掛けに入手した情報を開示していく。


「王都の湖底遺跡です」


「……下層部の地層ならば十分あり得る、か」



 嘴のように突き出たマスクで隠された顔を俯かせながら、ジェネマは事前に入手している知識や情報と照らし合わせながら思案する。


 もしも今回の情報が本物であるのならば、行動中の任務の方針を大きく転換させなければならなくなるかもしれない。



 最悪、このアルヴウィズがこの大陸から消え去り、近隣の国々が火の海となる、もしくはそれ以上の破壊が引き起こされる事も視野に入れる必要がある程の危険性を孕んでいるのだから。

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