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紺碧の大甲虫  作者: そよ風ミキサー
第三章 【エルフの国と厄災の兵士】
33/65

第24話 思わぬ再会

 エヴェストリア大境界溝を中心に二つに分かれたこの大陸には、未だ国家やクエスターが踏破しきれていない地が幾つも存在する。

 ある場所は大戦争期から残存している遺跡と言う名の過去の施設が未だに機能を停止せずに動き続け、恐るべき技術で創り上げられた防衛機能によって侵入した者達を尽く殲滅し続けている。

 またある場所は、あらゆる道義を捨てた者達が生命の神秘を暴き続け、暴走と言う名の探究の果てに生み出した悍ましい生体が野に放たれた事により生態系規模で侵し尽くされた地域一帯は、諸国連合の判断のもと危険区域に指定されて人類が足を踏み入れる事を許さない。

 そして……。




「トリアージェ博士、ジェネマ只今参上致しました」


 薄暗く無機質な様相の部屋の中で、トリアージェとの通信機能を備えた水晶を携えた白衣姿の仮面の女が佇んでいる。その向かい側にいる存在が恭しく女に……否、彼女の持つ水晶の向こう側の存在に対して跪いていた。


 頭部全面には何らかの生物の皮で作られたと思しきメット、顔には漆黒で塗り潰された石細工に似た質感を持った歪な鳥の頭を模した仮面――奇しくも此処とは別の世界、地球の西洋に存在していたペスト医師が被るマスクに趣が似ていた。

 全身もまた黒一色のフード付きのローブで足元まで包まれており、纏う雰囲気は存在感が虚ろな影法師の様だった。

 仮面の奥から漏れだす声はしわがれており、老いによるものか、それとも発声器官に異常をきたしているのか判然としない不協和音の様な耳障りなものだった。


「大仰な礼は不要です。お立ちなさい」 

 

 水晶の奥から聞こえてくる美声に従い、跪いていた影法師は立ち上がる。仮面に備え付けられている赤いレンズ状の眼を白衣の女へと向けた。

 トリアージェはジェネマに問う。


「内容は事前に伝えていますが、確認を」


「は、サバタリーとミグミネットが現状任務続行不可能ゆえ、私がしばしその任の代理を任されたと認識しております」


「そうです、ただし一部指示に変更があります」


「ほぉ? して、変更内容は?」


「標的の昆虫人の娘では無く、娘の側にいる甲虫の巨人を重点的に狙いなさい」



 影法師――ジェネマは悍ましい鳥のような仮面をフクロウの様に首ごと真横に傾げた。通常の人体の構造的には曲がり得ない角度だ。


「失礼ですが博士、あの娘は貴女にとって重要な存在と認識していたのですが?」


 その為に死にぞこないと未調整体という面々ではあるが、自身と同等の指揮官(コマンダー)級がやられて戻って来たのだ。片方に至っては肉体は一切残らず、主が事前に仕込んでおいた記憶媒体のみの状態で。ジェネマは己の造物主に疑問を投げかけた。

 水晶から返される主の声は相も変わらず美しくも平坦だった。感情の類が一切読み取れない。


「勿論あの娘は最終的に手に入れなければなりません。ですが、その前に娘の側にいるあの巨人の情報を入手してください。どうやら今度の新しく発見された個体は強力なようです」


「その様ですな。私も記録を拝見しましたが、サバタリーを完封する戦闘能力は手に入れば十分な研究材料にも戦力にもなりましょう」


 ジェネマは回収されたサバタリーの記録媒体を読み取り、件の甲虫の巨人の戦闘をサバタリーの視線で観たのだが、一切の疲労や消耗が見受けられない為、あの巨人は未だに力を抑えていると睨んでいた。

 成程確かに優秀な肉体を持っている様だ。上手く我らの手元に来れば極めて上等な素材となるだろう。 


「ええ、短時間で完遂しろなどとは言いません。方法や現地の判断は貴方に任せます」


「……それは我々の存在を完全に晒す事も視野に入れて構わないと言う事で?」


「その通りです。そろそろ“呼び水”の一つでも差して良い頃合いでしょうから」


「……ふむ、成程。それで私を態々研究室から呼び寄せたと言うわけですな」


 ジェネマは戦闘能力以外にも研究者としての能力も持ち合わせた指揮官(コマンダー)級として作られた個体であり、普段は他の研究班と研究作業に従事している。


「任務の件、委細承知致しました。早速準備に入ります」


「今回より慎重に行動をする事にしましたので、すぐに成果を求めるつもりはありません。貴方の思う様にしてみせなさい」


 造物主の言葉を聞き終えると、ジェネマは深々と頭を下げてその場を辞去した。




 足音やローブの擦れる音も立てずに施設内の通路をジェネマが進んでいると、途中でジェネマを待っていた兵士がジェネマに気付くと近づき、ジェネマの隣を歩き出した。

 ジェネマの隣を歩いて来た兵士は通常の戦闘兵とは違って指揮官と同じような黒いローブに身を包み、無機質な人形のようにジェネマに追随している。ジェネマが所属している研究室で作業に従事させている特殊な兵士の一人だ。

 ジェネマが不気味な声で隣の兵士へ指示を出した。


「これより我々は現在の作戦地域を離れる。移動先はアルヴウィズ、詳しい内容は追って伝える。擬虫石を幾つか用意してくるのだ」


「はっ」


 指揮官の指示を確認したローブの兵士はその場から離れた。


 それを気にするでもなくジェネマは歩を進め、ある部屋へと到着する。

 ドアに取っ手は無く、代わりにジェネマが前に立つと空気を吐き出す音と共に横へスライドして開いた。

 中へと進むジェネマの前に広がるのは、巨大な円筒状の水槽が幾つも立ち並び、周囲には金属製の配管や常人では理解の出来ない機器が所狭しと設置されていた。

 水槽の中には様々なモンスターや時には人種、中には外的な施術によって姿形を変えられた生物まで、多様な生命が収められておりその水槽の前を複数の兵士達が機材を使って観測や調整を行っていた。


 ジェネマが部屋の中に入ると、近くにいた兵士がジェネマに近づいて来た。


「サバタリーの状態はどうなっている」


「移植手術は既に終わっております。肉体の方に異常はありませんが、意識が未だに覚醒には至っておりません」


「記憶媒体に問題でもあったのか?」


「いえ、そちらは機能しております。拒絶反応の兆候も確認できません」


「ふむ……トリアージェ博士が別途用意された“あれ”はどうなっている」


「肉体の復元までは成功していますが、こちらも覚醒しておりません。下手に頭脳に手を加えれば暴走する恐れがありますので、経過観察に留めております」


「……強力な素体も考え物だな」


 兵士からの説明を聞きながらジェネマは部屋の中を進み、一際開けた場所に着いた。


 他の培養槽から離されて設置された一つの培養槽の周りでは他よりも多くの兵士達が作業の真っ最中だった。

 それらを素通りし、培養槽の前に立ってジェネマは中で調整されているものを見上げる。


 液体に全身を浸からせたその体は幾つもの管や天井から伸びる機材と繋げられ固定されている。


「試作品とは言え、貴重な素材を幾つも使っているのだ、起きてもらわねば困るのだがね」


 培養槽の中で今も意識なきまま浮かぶそれは、甲虫の巨人に敗れ肉体が消滅したサバタリーだった。

 元々の獣然としていた姿は跡形も無く、全身を外骨格で固めた全く別種の存在へと姿形を変えられていた。

 眼部にあたる箇所には何も映すことなく漆黒に塗り潰されたままだ。

 目覚めは、まだ遠い。







 エルフの国に来て初めての朝を迎えたセイラムが最初に感じたのは、体を預けていた寝具の違和感だった。


 上体を起こして未だに開ききらない目を擦って辺りを見回すと、次第に頭の血の巡りが覚醒していき自分の今の状況を思い出した。


「……そっか、ここエルフの国か」


 どおりで起きた時に視線が高いわけだ。

 エルフの国アルヴウィズの寝具はワムズの様な敷布団ではなく、四足で地面から寝床を浮かせたベッドなるものを使う。

 寝心地については村にいた時から狩りのついでに野宿をしていた経験上、今回はちゃんとした寝具という事もあってぐっすり寝る事が出来た。

 掛け布団を退かして木製のベッドから降り、暗い部屋の中を微かな灯りを頼りにして窓を開ける。

 両開きの窓が開くと朝日が差し込んでセイラムが寝ていた部屋の中を明るくしてくれた。

 窓の外から見える街並みは今いる場所が2階という事もあり少しだけ良く見える。

 日の昇り具合からして早朝だからなのだろう。人の気配は未だなく、人々が完全に目を覚ますのはもう少し先になりそうだ。


 此処はツェイトの知り合いが経営している武具店の住居区画に設けられた客室の一つ。

 セイラムの新しい槍が出来るまでの間、此処で世話になる事になったのだ。


 軽く身支度を整えて2階から降り、手押しポンプが設置された水道場で顔を洗っていると、美味しそうな匂いがセイラムの鼻腔をくすぐった。

 匂いは台所から流れてきている。手拭で顔を拭きながら台所へ行くと、この武具屋の主人の妻であるグリースが調理に取り掛かっていた。他にはまだ誰もいない。どうやらセイラムが一番乗りだったようだ。

 金属製の底の薄い鍋の様な調理器具に具材を入れて、火を起こした腰高の囲炉裏? に備えた金属台の上に乗せながら炒めている。隣の台には蓋付の鍋に火がつけられて時折鍋蓋がことこと音を立てて動き、その際隙間から汁物らしき匂いが出てきている。廊下で匂ったものの正体はこれだった。


 セイラムは自分の国の様式と違う台所の様相を不思議そうに眺めていると、セイラムが来た事に気付いたグリースが振り返ってきた。


「おはよう、よく眠れた?」


「おはようございます。初めての寝心地でしたけど、大丈夫でした」


 頭をかきながら笑うセイラムの様子に嘘ではない事を知ると、グリースも笑い返した。


「あの、何か手伝いましょうか?」


「料理は出来るの?」


「はい。まぁ、ワムズの山田舎のですけど」


 子供の頃から育ての親のウィーヴィルと二人で一日交代で食事を作っていたので、凝った物でなければ手慣れたものである。

 とはいえ、セイラム自身が言う様にワムズの片田舎の料理だ。外国の料理となると勝手が違って来ると思われるのでちょっと心配ではある。


「ありがとう、でも料理はもう大体出来ているから、そこの食器を昨晩倉庫で食べた所のテーブルに並べてきてくれないかしら?」


 グリースは指差した先には、既にテーブルの上に必要な物が置かれている。

 ここまで用意してくれればわけないのでセイラムは快諾した。


「あぁそれと、ツェイト君が向こうで寝ていたら起こしてくれない? 出来る?」


「それなら大丈夫です。一緒に寝る事もありますので」


「ん゛?」


 そのセイラムの返事に、今まで手際よく台所で作業をしていたグリースの動きが止まった。

 そして訝しむようにセイラムに確認をしてくる。


「一緒に?」


「え? はい、割と野宿とかする事がありましたので、そういう時は隣で寝てます。それで大体ツェイトの方が早く起きてますね」


「ああ、まぁ、そうよね……」


 何故か安堵したような、野暮な事を訊いたと自戒している様な複雑な苦笑いをグリースが浮かべた事にセイラムが首を傾げていたが、あっと気が付いて慌てて反論する。


「い、いや、種族が違いすぎますって!?」


「そ、そうよね。ごめんなさい、変な事訊いちゃって」


 ツェイトの様子から察するに、自分を女だと認識してこそいるが“そういう”対象としては全く見ていないらしい。まぁ姿形が別次元の存在なので興味の対象ではないのだろう。

 それについてはセイラムは何も思わないし、そもそも自分達はそんな事を考えられる様な状況では無いのだから自ずと思考の端に追いやられていくのは当然だった。


 しかし、そもそもツェイト的にそういった女性の興味の対象はやはり同族なのではないだろうか。元々同じ昆虫人だったとはいえ、ダンと言うツェイトの同族がいる事から女性がいたとしても不思議ではない。そう考えると、妙な疑問がむくむくと湧いてくる。



 朝っぱらから話す内容ではないなと互いが認識しているのだろう。一瞬の間沈黙が流れた後、互いに笑ってごまかしながらそそくさと作業に取り掛かった。







「――っていう話が台所であったんだ」


「ほーお?」


 倉庫の一角に用意してくれたスペースで早めに目覚めたツェイトが軽く柔軟体操をしていると、食器を持ったセイラムが入って来たのだが、挨拶ついでに交わした会話の話題に変な相槌をうってしまった。

 まぁ、16歳の年頃の娘と26歳の男が同じ場所で寝泊まりをしているのだ。グリースの感覚的に一瞬疑ってしまってもおかしくはあるまい。

 

「それでさ、実際はどうなんだ? ツェイトはやっぱり同族の人の方が好きなのか?」


 昨晩の食事からそのまま用意されていたテーブルに朝食用の食器を並べながら訊ねてくるセイラムに、図体の関係で手伝わず胡坐をかいてその様子を見ていたツェイトは言葉を詰まらせた。


「まぁ、そういう事になる……のか?」


「何だよはっきりしないなあ」


 積極的に追及してくるセイラムに少し困惑したがこれも良い傾向なのだろうと前向きに捉えながら、ツェイトはそのまま素直にセイラムから訊ねられた事に付き合って思い返してみる。昨晩の和やかな食事の空気を引き摺っていた事がツェイトの思考を呑気にさせていた。


 この世界に来てからと言うものの、環境の変化や巻き込まれた事態に対処している間は性に対して意識するような事は無かった。

 興味が無いわけではない。お盛んだった年頃を既に卒業して落ち着きはしたが、人並みに女性に対して興味は持っているつもりだ。


 さて、セイラムから質問の来た同族の女性に対して興味があるかであるが、正直この目で見てみないと分からないと言うのが素直な気持ちである。

 ゲームで慣れ親しんだこの体で過ごして未だひと月も経ってはいないが、今に至るまで種族問わず女性達を見た際の美醜の感覚は人間の頃と変わってはいないと思う。体つきや顔立ちについての認識は、人間の頃の基準と同じはずだ。


 さておきツェイトの同族である女性版のハイゼクターだが、こちらも男性版宜しく虫の造詣が色濃い個所が多く見受けられるが、男性よりも外骨格は薄い箇所が多く、所々の肉体の部位が人間の女性に極めて近い。

 その絶妙なバランスのデザインに色気を感じるユーザーが意外と多く、ハイゼクタープレイヤーの少なさも相まって希少性が高く、確認されていない個体の予想イラストを独自に描いてネットに載せるファンが出る位だ。はっきりと言えば男が好みそうなデザイン寄りなのは確かである。

 なので極めて貴重なアイテムを調合して一時的に性転換が可能になる薬がアップデートで登場した時は、プロムナードと一緒に知り合いから報酬まで付けて薬を飲んで欲しいと頼み込まれた事がある。プロムナードが面白そうだと快諾したのでそれに付き合う事になってしまったのだが。女体化した時のツェイトの姿を見たプレイヤー曰く「何で女アバターで始めなかった」との事。そんなもんしるか、である。


 閑話休題、あれこれと考えてみはしたが、そもそもの話として問題があった。

 

「俺の体格に合う人なんていないと思うんだけどな。同族の知り合いでも背丈の近い奴なんて見た事がない」


「……いないのか?」


「俺の知る限りではな」


 現在確認されているハイゼクター中でも大きい個体はいるにはいるが、中でもツェイトの体格は別格だ。それに見合う相手と言うのも考えるだけ絶望的であろう。

 

 だんだん質問をされるだけと言うのも少し面白くなくなって来たので、ツェイトも訊き返してみた。


「そういうセイラムはどうなんだ?」


「え゛、私?」


 セイラムが呆けた顔をしていた。思いもよらぬ質問を受けたと言わんばかりに額の触覚がピクリと動いた。


「ああ、セイラム位の年頃なら少しくらいは意識してもおかしくはなさそうだなと思ったんだが――」


 言っている間に、自分の発言がセクハラに抵触している気がして反射的にツェイトは口を噤んだ。自然な会話の流れだと思われるが、個人的で小さな嫌悪感が勝ったのだ。


 当のセイラムはそんなツェイトの心境を知る由も無く、言われて気を悪くしたわけでは無い様だが、どうしたものかと頭をかいていた。


「そう言われると、男について考えた事って無かったけど……」


 自身の手を握ったり開いたりさせているのを見ながらセイラムは呟く。その手は普通の昆虫人の娘とは違って厳つい外骨格で覆われ、肘まで達して具足の様になっている。

 手だけに留まらず、全身至る所は一般の昆虫人よりも外骨格の比率が多く、顔の一部にもそれは及んでいる。


「そもそも私とくっつく奴なんているかも怪しいしな」


「果たしてそれはどうだろう」


 胡坐をかいた態勢からいつの間にか涅槃仏の様な形で横になっているツェイトが異議を唱えた。

 

「妙に自信ありげだな、どうして?」


「んー……セイラムはあれだ、良い女って奴になれるんじゃないかなと」


「はあ? いい女ぁ?」


 お前何言ってるんだと懐疑的な眼差しを向けてくるセイラムに肩を竦めながら、ツェイトは今まで見てきたセイラムを振り返ってみる。

 私生活についてそれなりに目にする事が出来たのは彼女が住んでいたカジミルの村でのほんの僅かな数日間だけだったが、男の様ながさつさがある様に見えて子供の世話は出来るし料理も出来るし、一人で仕事(狩り)にだって行ける。こうして旅に同行して所作を見てみても、まぁ状況が状況だけに緊張感が抜けきる事は無かったのだろうが、真面目ではあった。

 総評、というのもおこがましいが、良い娘だとツェイトは思っている。実際に村では村長の孫が彼女の事を女性として好いていたという事実があったのだから、世の中に目を向けていけば素敵な出会いの一つや二つは転がっているはずだ。


 問題は彼女を追いかけてくる組織の存在だ。もしセイラムが新しい生活を送るとしたら、あの組織の件を解決させなければならない。そう言う所もセイラムが自身の将来を怪しむ要因になっているのは間違いではないだろう。



 ……前から薄らとではあったが、昨晩シチブから帰る手立てについて手掛かりらしき物が仄めかされて気になったツェイトは、その晩眠りにつくまで考えていた。


 元の世界へ帰る方法が見つかったとしよう、しかしそうなった時、今のセイラムをどうするつもりか?

 もちろんプロムナードの事もある。仮にプロムナードと合流し、帰り方も見つかった場合、自分はそれらを見捨ててまで帰ろうとするのだろうか?


 ……無理だろう。セイラムの今後に何の憂いも無い状態だったらある程度真実を打ち明けて別れを告げると言う選択肢もあったが、この状況ではとてもではないが全てを放棄して見捨てるも同然だ。

 プロムナードについても、彼は此方の世界に留まる可能性が高い。娘を拵えたのにのうのうと元の世界へ帰ろうとする男とは思えないのだ。恐らくセイラムを授かった時にはこの世界に住む事を決意している可能性が高い。


 いずれにせよ、この娘をこのままにするわけにはいかないだろう。



「……全部終わったら、セイラムの旦那探しをしてみるのもいいかもな」


「余計な御世話だ! 自分のことを心配しろよな!」



 そんなやり取りをしている内に、家の中が賑やかになってくる。皆が起床してきたのだ。


 セイラムは手伝いの続きをしに台所へ戻り、リュヒトやシチブが入れ替わるように現れ、程なくして双子達も元気にやって来る。

 すると、タイミングを見計らったかのように食事が運ばれてきた。料理をしているグリースは夫と子供達、ついでにシチブの起きるタイミングを把握しているのだろう。何と言うか、すごくお母さんをやっていた。


 セイラム達が運んできてくれた朝食をとりながらツェイトは双子達にじゃれ付かれるのを相手し、子供達へグリースが注意してくる。

 夕食の時もそうだったが、ここまで賑やかな家庭染みた食卓を囲むのはこの世界に来て初めてだった。

 ワムズの時もヒグルマ達と食事を共にしたが、あれは家庭っ気のない男の食事といった側面が強い。やはり大きな違いは子供のいる世帯がいるからだろうか。



「下宿先でお世話になっているみたいだ」


 スープを浸したパンを口に運びながらツェイトはこの状況についてそんな感想を漏らした。

 悪い事では無い。久しく忘れていた空気に触れられて懐かしかったのだ。






 朝食を済ませたツェイトとセイラムは、一日中リュヒトの家に居続けるつもりはないので早速出かける事にした。

 二週間も滞在するわけなので無為に過ごせない二人の行先は、この街にあるクエスター組合の支店である。


 エルフの国に建てられているだけあって、着いた先の組合を出入りするクエスター達のエルフの比率は多かった。

 近付くとクエスター達が一瞬モンスターの類を見るような眼差しを向けて来るのだが、隣のセイラムと同伴している事と、ツェイトの立ち振る舞いなどで視線の質が警戒から好奇の視線へと変わっていく。


 組合内に掲示されている依頼やモンスターの討伐内容についての確認をセイラムに任せ、ツェイトは入り口の側で待機する。

 体格の問題上中に入れない為この様な流れが出来上がっているが、よくない状態だ。やはり昨晩リュヒトが紹介してくれた擬態する為のアイテムを買った方がよさそうである。何時までもセイラム頼りと言うわけには行くまい、いつか必ず支障を来すだろう。


 腕を組みながらその場に佇み、ふと浴びせられている視線を目で追いかけていくと、視線の主達はそそくさと顔を逸らし逃げる様にその場から去っていってしまった。

 別に睨みつけているわけではないのだが、厳つい外骨格で出来た兜の様な造形的に、自ずと相手を強く威嚇している様に見えるのだろう。

 ただ、どんな相手が注目しているのだろうかと気になってちらと見たわけだが、ツェイトの事を知らない相手側からすれば不快になって睨み返された様にしか見えないのだ。


 セイラムが戻って来るにはまだ時間がかかる。自分達に手頃な依頼内容の確認や受付での問い合わせなどもするだろうし、場合によっては列待ちと言う状況もあり得る。

 手持無沙汰にツェイトが空を見上げて流れる雲を目で追いかけていると、声をかけてくる者がいた。


「ああっ、貴方……!」


 セイラムが戻って来たのではない、別人の声だ。それも若い娘のものである。

 間違いなく自分の事を指しているので、視線を下ろして声の主を探すと、すぐに見つかった。


「やっぱり、あの時ワムズで会ったわよね。憶えてる?」


 外見的には10代前半くらいの若さを感じさせるが、種族がエルフである為人間的な換算は意味が無いだろう。活発的な印象を与える大きな目はツェイトを意外そうな眼差しで見上げている。

 足首まで隠す外套の中は動きやすさを重視しているのか軽装で、手には地面に付くほどに長いシンプルな造形の杖を持っている。魔法の杖、というよりは杖術などに使えそうな杖である。


 本当に短いやり取りしか行わなかった間柄だが、ツェイトは憶えていた。

 以前ワムズでクエスターの試験中に応援してくれたパーティにいたエルフの娘であった。

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