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紺碧の大甲虫  作者: そよ風ミキサー
第三章 【エルフの国と厄災の兵士】
32/65

第23話 プレイヤー達の晩餐

9月7日:本文を一部追加・修正しました。


文字数:約10000文字

 酒をゆるりと楽しみながら始まった情報交換。アルコールが入ったとは言っても、皆酔う気配が全く見受けられなかった。この場にいる全員ともアバターが状態異常に対して強い耐性を持っているのでアルコールが毒と解釈されたのか利かない様だ。

 ツェイトも用意してもらったグラスを脇腹から副腕を展開してそこで持ちながら飲んでいるのだが、いつもこういった液体を口から摂取する際は人間の時とは違うためちょっとだけ難儀した。

 何せこのカブトムシの異形には唇と言う器官が無い。口部外骨格を展開すれば、剣山のような歯が剥き出しのままずらりと並んだ異形の容貌だ。そしてその口内の奥には人間よりも長い舌が納まっていたりするのだが、これを使う機会は今の所ない。そんな状態なので唇を使うという動作が出来ず、飲む際はやや上を向いたまま口を開きそこに流し込むようにしないと上手く飲み込めないのだ。逆に固形物なら肉だろうが野菜だろうが、そして一度試してみたが木や石も容易く噛み砕ける。なのでツェイトは飲むのもそこそこに一緒に用意してくれたつまみをちびちびと口に放り込んでいた。


 皿に盛られたナッツのような乾物をばりぼりとかじりながらツェイトはリュヒト、グリース、シチブの3人が話してくれた各々の現状を頭の中で軽く纏めた。


 リュヒト、グリースの二人は今から大体15年前位にこの世界にやって来た。同じ場所とほぼ同でタイミングでログアウトした所為か、はぐれる事は無かったが二人ともアイテムウィンドウが使えなくなった事によってそこに保存していたアイテムは消滅し、着の身着のままでの行動を強いられる事になった。

 幸いな事に、二人ともアバターは最古参組の一角であり強力であった事と、リュヒトが生産職だったので生産・商人が使える大容量の収納アイテムを装備していた為そちらに納めていた分は無事だったのでそれを利用して上手くやり過ごす事が出来た。

 紆余曲折ありながらこのミステルの町で武具屋を構えるに至り、現在の経営は暮らしに問題がない程度には繁盛しているが、始めた当初は間違って大金が転がり込んでくるような事態を引き起こしてしまった様だ。

 と言うのも店主のリュヒトの作成する武具は程度の低い品を作成しても、こちらでは優秀な性能を持つ逸品と評価されているのだ。あまり強力な物を作ってしまうと騒ぎに発展しかねないので造らないようにしているそうだが、それでも性能を抑えた商品の数々は好評を受け、近隣のクエスターや武芸者の類が人伝いに求めに来た。

 しかし、経営当初は一時期その売れ過ぎが災いしたようで周りの武具屋からやっかみを受けてひと悶着あったらしいが、今は価格や仕様を調整して折り合いをつけているそうだ。

 そしてこの世界に来てから少し経った時、二人の下にプレイヤーの存在を察知したシチブの雇い主がコンタクトを取って来て、シチブを介して部材の売買をしながら情報の共有を取る様になり今の付き合いが始まった。


 そうやってようやく暮らしが安定してきた二人に新しい家族が増える。ヴィンとフュランの双子達の誕生だ。

 二人の年齢は今年で8歳。あの子達が健やかに大人になるまで育て、見守り続ける事がリュヒト達の目下の目標になった。


 続いてシチブだが、此方もリュヒト、グリース夫妻と同時期に来ていたらしい。

 最初こそゲームの運営会社がミスでもやらかしたのかと疑ったが、仕様がNFOより色々と生々し過ぎる事に違和感を感じ、ゲームの空間と言う認識を早々に捨て去り、身に着けていた装備と収納アイテム、そしてアバターの能力を頼りにぶらぶらと気まぐれな旅をしていた。

 そんなある日、今の雇い主に当たるプレイヤーがシチブの存在を知って彼女に接触。雇い主本人もシチブの性格を知っていたのだろう、あまり拘束力のある仕事は頼まずに今のような流れの商売人を装って連合内を旅しながらこの世界に流れ着いたプレイヤーの捜索を行っていた。グリースやリュヒトと出会ったのも、そんな仕事の一環だった。



 情報共有の最中に和んだ空気が、いつの間にか途中から真剣なものへと変わっていた。

 ツェイトの持ってきた情報が原因である。内容はワムズの首都で起こった仮面の兵士達が起こした事件、そしてその兵士達について知り得た組織的な情報だ。


「……プレイヤーとまともに戦える組織、か」


「しかも憑依系の技能までつかってくるなんて、面倒ね……」


 リュヒトとグリースの顔は深刻だ。ツェイトが聞くところによると、二人とも店を持つまでの間に旅をしていたがそういった相手はプレイヤー以外に見た事がないという。

 それに二人は腰を据えて家庭まで築いている。そして自分達へも害が及ぶ事もそうだが、何より子供達もそれに巻き込まれるのではないのかと不安なのだろう。

 和んだ空気をぶち壊しにしてしまった事についてはツェイトも申し訳なく思っている。しかし早い内に知らせておかなければリュヒト達が後手に回って被害を受ける恐れがあるのだ。それでもしこの家族に拭い難い傷跡が残るような事があったら、もう寝覚めが悪いでは済まなくなってしまう。


 そもそもの話、ツェイトはその組織の標的にセイラムが含まれている事を話していないのだ。話した時、知り合い他人関係なしにプレイヤー達が自分やセイラムに非協力、最悪の場合は敵対した時の事を想像すると素直に口を開く訳にはいかなかった。

 ツェイトは可能な限り組織の情報を二人に伝えたが、それでも全てを伝えられないジレンマや負い目がじくりと胸を締め付けた。


「そんな奴らがいたなんて知らなかったな……今まで出くわさなかっただけ僕達は運が良かったのかもしれないね」


「無理もない、それらしい目撃例も20年前くらいらしいからな。皆がこっちに来る前にはもうなりを潜めていたんだろうな」


 そう言いながらもツェイトはちらりとシチブに視線を向けた。体を動かすような動作はしない。幸いなことに、眼部全面が青白く光るような構造をしているをため傍から見て視線を悟られるような事はない。

 それを良いことに視界に収めたシチブはサングラスと帽子とコートの襟で顔の大半が隠されているので心情を読み取る事が出来なかった。

 シチブを悪い意味で疑っているわけではないのだが、シチブの雇い主ならば何か知っているのではないか、そしてシチブに事前に話が来ているんじゃないのかと怪しんでみたのだが、あの様子では推し量りようもない。


 これは無理そうだな。ツェイトはそう判断してリュヒトとグリースの二人に話を続けた。


「ワムズでは今回の事件とその組織に関係があるかもしれないから国の方で何か動きがあるらしい。クエスターもワムズ支部の偉い人が他の支部に話をして警戒を促す方針で行く様だ」


「天下のお膝元で暴れられたままじゃ国のメンツも立たないもんな、殺気立たない方がおかしいね」


「それより問題は私達ね。ツェイト君の話が本当なら、プレイヤーも狙われる可能性が出てくるんじゃないの?」


 彼の組織、霊長医学機関と目されている者たちは昔からさまざまな人種を攫って人体の研究と実験、そしてそれらを生物兵器に転用するという恐ろしい手段を平然と行う。

 そんな連中からすれば、ツェイト達プレイヤーの体は垂涎ものであろう。想像するだけでうすら寒くなるが、ツェイトはその一端を見たのだ。あの時大門前の戦いで仮面の指揮官の正体を、全身の至る所に金属を埋め込まれボロボロだったハリマオの姿を。


 倉庫の中に沈黙が生まれた。

 沈鬱とまではいかずとも、ツェイトがもたらした情報は笑って捨てられるほど軽い内容ではなかったからだ。

 リュヒトとグリースはヒグルマと面識がないためプレイヤーで通しているが、そのプレイヤーが負傷した事も話している。過小評価をすれば痛い目を見るのはすぐに予想できるからこそ重く捉えるのだ。


 ひとしきり皆が思案顔でいたところで、リュヒトが大きなため息をついた。


「……この話は一旦止めておこう。もっと情報が欲しいし、今は周囲を警戒して守りを固めるくらいしか出来なさそうだ。シチブの方も戻ったら向こうで何か掴んでないか調べてくれないかな」


 頼まれたシチブも片手でOKサインを返していた。

 この二人はそういう意味では便利なアバターである。二人とも大容量のアイテム収納用の装備を持ってきているので、NFOの耐侵入者用だとか緊急回避用のアイテムも持っていそうだ。

 

 3人とも件の組織について警戒心を抱いてくれた事で、とりあえず今回のツェイトのやるべき事は終わった。あとはシチブ側の方で何か対応策を考えてくれる事に期待しよう。もしその件で手伝う事があるのなら、ツェイトも出来る範囲で協力するつもりだ。



「しかしお前さんが女の子連れってのが未だに妙な気分だなぁ」


 話題を変えてきたのはシチブだ。酒瓶を手に取り空っぽになっていた自分のグラスへなみなみと注ぎながらツェイトの現状に苦笑していた。


「色々あったんだよ。こっちに来てまだひと月も経っていないんだが……」


「ツェイト確か元々は私らと同い年だったよな? ……お前さん年下になっちまったのか」


 シチブが感慨深げに歳の話を持ち出した時、リュヒトとグリースもその空気につられて微妙な笑みを浮かべた。


「……この体になると年齢の感覚がどうも可笑しくなる。僕達今年で41だけど、全然老ける気配が無いんだ」


「人間だったら立派なおじさんとおばさんなのにね私達。やっぱりそう言う種族だからかしら?」


「妖精様は年を取らんらしい。まぁ、私もいつ枯れるのか全く見当がつかんがね」


 三者三様の感想を聞いている内に、ツェイトは片隅に置いていた疑問が浮上した。リュヒトとグリースの姿についてだ。


「そうだ二人とも、その姿って擬態なのか?」


 二人ともエルフやダークエルフでは無かった筈だ。NFOでサブキャラはあり得ない。もし作り直すのならば、今あるキャラクターを消さなければならないが、リュヒト達の話からするにその線は無いし、何より彼らの姿は肉体年齢の差こそあるが、ツェイトはNFOで以前見た事がある。まだツェイトがプレイしはじめの昆虫人だった頃は彼もダークエルフだったのだ。

 実際NFOでも姿形を擬態して本来は入れない筈の街の中に潜り込む方法はいくつか存在している。魔法であれ、技能であれ、アイテムであれ。


「その通りさツェイト。僕らのアバターは本来の姿だとちょっと住み辛い可能性があったからね。今はダークエルフとエルフで通してるんだよ」


 それについて訊ねられたリュヒトがおもむろに片腕をツェイトに見えやすい様に掲げて見せると、手首回りに薄らと光が浮かび上がり、徐々に形作られていく。

 現れたのは一本の淡い光を纏ったシルバー色の金属製で作られた腕輪だ。手の甲に位置する側の中央にはひし形にカットされた赤色の水晶体が埋め込まれていた。

 その中央にある水晶体がカチリと音を立てて真ん中から左右にスライドして割れるた途端、リュヒトの体に変化が起こった。


 褐色の肌は青紫色に染まり出し、側頭部から後ろへ向けて青白く光る水晶で出来た角が伸び始め、眼球が黒に、瞳の色が白へと染まっていく。その相貌は悪魔めいていながら本人の穏やかな気質か種族がそうさせているのか、静謐さと神秘を兼ね備えた秋の夜空の様であった。

 数秒も経たない内にリュヒトの姿はダークエルフとは程遠い本来の姿を現した。常闇の妖精“ヴァルトアルファー”、ダークエルフから変異が可能となる上位種族の一つだ。ツェイトがNFOで見慣れていたリュヒトの姿でもある。


 姿が変わったのを確認したリュヒトはこほんと咳払いをすると、掲げた腕輪をツェイトに見やすい様に近付けながら説明してくれた。


「えー、これは身に着けている間は姿だけでなく身体能力等も擬態している種族の仕様に変わるようになってまして、擬態の切り替えは身に着けた人が強く念じるだけで作動します。基本的に非物質化しているので目立たず、更に持ち主の体格に合わせて大きさも調整されますので邪魔にもなりません。デザインも腕輪だけでなくベルトやアミュレットなど豊富なデザインを揃えておりますので是非お求めくださいますよう……」


「まるで通販の売り込みみたいだなおい」


「なんと、今なら期間限定でお求めいただく方には1か月分のハイポーションをセットでお付けしまして○○ジェネにてご奉仕させていただきます」


「何だそのやけくそみたいな抱き合わせ商法は」


 いつの間にか商品のプレゼンの様相を呈してきた。幻想世界の深淵にでもいそうな存在が営業スマイルで話す様もその可笑しさに拍車をかける。

 アルコールが利かないか割に皆その空気に酔ったらしい。もしくは、久方ぶりに出会えた知古と語り合えたことが嬉しかったのかもしれない。


 改めて腕輪の効果を聞かされたツェイトは顎に手を添えながらしげしげとそれを観察した。造形そのものは水晶体以外に派手さはないが、腕輪の金属部分には細かい文字がびっしりと彫り込まれていた。それはこのネオフロンティア内で使われている一般的な文字では無く、魔術的な意味のある特殊な字なのだろうと察する。


「……相変わらず細かい仕事が上手いな。こっちで作ったのか?」


 元の調子に戻ったリュヒトが質問に答える。


「ああそうだよ、材料も現地調達。元々コンセプトはこっちの世界の材料でNFOのアイテムを作れないかっていうもんだからね」


 元々アイテムや装備品に細かい仕掛けを細工するのが職人芸なのは有名だったが、こちらでもそれは健在のようだ。

 リュヒトは再び擬態を作動させると腕輪の水晶体がカチリと音を立てて別れた状態から元のひし形に戻る。するとリュヒトの体もダークエルフの姿へと戻り出し、擬態が完了したらスーッと腕輪が消えていった。


「とまぁこんな感じで僕とグリースは同じ物を付けてるんだ。他にも信頼できるプレイヤーには依頼があれば販売しているよ」


 そこでリュヒトが提案してきた。


「何なら君のも作ろうか? 流石に無料と言うわけには行かないから別料金がかかるけど」


 その申し出にツェイトはちょっと考える。

 元々この姿で活動しているのにはそう言った道具が無かったというのもあったが、一番はプロムナードが探している場合や他のプレイヤーが接触をして来る場合の目印という目的があったからだ。

 それにこの姿でクエスターとして既に登録してしまっているし、先日の賞金首討伐の噂もこのハイゼクターの姿で広がり始めている。


 ……しかし、不要と言うわけにはいくまい。むしろ絶対にどこかで必要な場面が出て来る気がした。

 何せこの巨体だ、重量もかなりある。狭所に赴かなければならない事態が無いとも限らないので、一時的にせよ姿を前の姿に擬態できれば選択肢は広まるだろう。


「……明日相談するって事で良いかな?」


「いいとも、ご依頼お待ちしてるよ」


 酒の場で仕事の話をするのもあれなので、ツェイトは明日まで保留にする事にした。セイラムに相談する必要もある。

 

 擬態の話になったついでに、ツェイトはある事に気付いたのでリュヒトへ訊ねてみた。


「あの双子達もその腕輪付けているのか?」


 この夫婦二人が姿を変えているには分かった。しかしそうなるとその子供である双子達も同じような状態の可能性がある。

 疑問をツェイトが投げかけてみたら、リュヒトとグリースは少し困った顔で互いに顔を見合わせた。


「……やっぱりそう思うよね。実はまぁ、そうなんだ。二人とも上手い具合に僕ら二人の種族が別々に分かれて遺伝しているんだ」


「あの子達、まだ私達の本当の姿も“自分の本当の姿”も教えてないのよ。もう少し大きくなったら打ち明けるつもりなんだけど」


 グリースはテーブルに頬杖をつき、溜息のように零した。


 ツェイトは首をひねる。

 この諸国連合内は種族については結構寛容だという印象が強かった。先日まで滞在していたワムズの首都ディスティナは、その都中に国民の昆虫人以外にも多種多様な人種が街の往来を普通に歩いていた。それに自分もその都の大通りを歩いた時は驚かれたり拝まれたりする事はあったが、別段嫌悪の眼差しを向けられた事は無かったし普通に会話も出来ている。

 もっとも、あの時はお国柄とツェイトの姿が色んな意味で合致したという所もあったようなので、この一家の悩みに対しての比較対象になり得るかどうかは判断しづらい。この国に来てからエルフの一般市民から怯えられている様であるし。

 とりあえずツェイトはそれとなく訊ねてみた。


「そちらの都合が良く分からないから何とも言えないんだが、どうしてそんなに姿を気にしているんだ? さっきもリュヒトが種族に問題があるらしいとか言っていたが……」


 リュヒトは神妙な顔つきでツェイトを見た。


「君、口は堅かったよね?」


「……堅い方だとは思っている」


「……グリース、ツェイトに話しても良いかな?」


「貴方が彼を信じるのなら私も信じるわ」


「おい、そんな無理に話さなくても……」


 二人の精神的な負担になるのならば聞くつもりは無いと横から口を出したツェイトだったが、リュヒトが首を振った。


「いや、むしろ事前に知ってもらっておいた方が良いかもしれないな。後で知らなかったで問題が起きるのは避けたい」


 真剣な話へと発展したようだ。ツェイトは佇まいを改めた。

 同じテーブルを囲んでいるシチブは変わらずに酒を飲んでいるが、様子が静かになったあたり静聴に徹するようだ。彼女はグリースと仲が良いらしいので、そちら経由で知っているのかもしれない。


 妻の了承を得たリュヒトはツェイトに理由を説明する前に確認をした。


「此処のエルフ達の国は一般市民と王族では種族が違うってのは知っているかな?」


「エルフとハイエルフに分かれてるんだったな」


 一応入国する国の情報は事前に調べていたツェイトは頷く。

 この世界におけるエルフという種族は、この世界中に遍く存在し続ける超自然的なエネルギー“マナ”をその身に流し、蓄積させる事が世界的に見ても優秀な肉体を持った種族の一つだ。そしてそのエネルギーを様々な術を用いて操り、あらゆる現象として実現させる遥か古代より存在した技術体系。――――人々はその技術を魔法と呼ぶ、それについて国家規模の知識・技術の質と量は他国の追随を許さない。現在も魔法体系を開発する一環として、過去に栄えていたと言われている大戦争期の遺跡発掘、そして掘り出された遺物の研究には国家的に意欲的らしい。

 そしてエルフ達よりもその特性がより顕著に、強力になった上位種とでもいうべき存在がハイエルフだ。通常のエルフよりも更に長い時を生きる者がこの国が建国された時から統治を続けてきた。


 大まかな認識ではこんな感じだとツェイトが伝えると、まぁそんなところかとリュヒトはぼやきながら頭をかいていた。


「その様子だと、他にも何かありそうだな」


「ああ。その王族のハイエルフの方なんだけどね。……いるらしいんだよ、グリースと同族らしい人が王族の中にさ」


「何だって?」


 ツェイトは眼光を丸くした。


「グリースの種族って言うとあれか、リュヒトと真逆の奴だった筈よな?」


 グリースはその問いに頷く。

 彼女の本来の種族はツェイトが確認した通り、リュヒトとは正反対の光と植物を司る上位妖精だ。


「この世界で自然発生したのか?」


「其処までは分かってはいないんだ。ただ、同じ種族の人物は確認されていないっていうのと、その人自身は政治から離れて王城の中で暮らしてるらしい」


「……随分と王族の話に詳しいな。もしかして知り合いでもあるのか?」


「いや、僕らはその辺完全にノータッチで通しているよ。プレイヤー経由で知ったんだ」

 

「プレイヤーっていうと……あいつか?」


「そ、シチブの雇い主」


 その一言でツェイトは理解した。ああ、あの男そういう人海戦術というか、人を動かすのが得意だったなぁと。

 ついでにちらりと雇われ者のシチブを見てみると、視線を察知した彼女はにっこり口元に笑みを浮かべながら酒を注いだコップを掲げてみせた。


「手回しが良いというかなんというか、こっちで何やってるんだ」


「手広くやっているらしいよ。僕達が聞いた話だと酒造会社を立ち上げて一儲けした事があるらしい。ちなみに君も飲んでいる奴がそこの商品」


 リュヒトに言われてぎょっとしたツェイトは、思わずテーブルに置いてある空瓶の一本をつまみ上げて凝視した。

 黒く不透明な色合いのワインボトル風の瓶の表面に紙性のラベルが貼られてあった。そこにはメーカーのロゴマークなのだろうか、不快にならない程度にディフォルメされたムカデが円を描き、その中央にバラが添えられたデザインが描かれている。彼がNFOで運営していたギルドのマークに面影があった。 



「すまない、話がそれた。そういうわけでもし何かの拍子でばれたらどうなるか分かったもんじゃなくってね、こうしてエルフの国の中に紛れて暮らしてるって訳なんだよ」


「だからこの事は口外しないで欲しいのよ」


「そう言う事なら黙っているよ。俺だって二人に迷惑はかけたくない」


 夫婦そろって念を押されたツェイトだが、勿論漏らすつもりは無いと約束した。

 昔からの付き合いで人柄を知っていたからか、返事を聞いた二人はツェイトにそれ以上言い含めるようなことはしなかった。



「こうやって皆から話を聞いていると、プレイヤーも上手くこの世界に馴染んでいるみたいだな」


 もっとも、ツェイト達が今いる諸国連合内に限っての話だ。大陸中央を横切るように出来たエヴェストリア大境界溝の向こう側にある人間達の国々にいるらしいプレイヤー達の状況まではこの会話の中でははっきりとしなかった。

 諸国連合に関しては様々な異種族が陸続きである事と、過去の大戦争期の影響で絶滅寸前まで追い詰められていた各国が大なり小なり助け合いをしていた為、そういった経緯で異種族交流の土台が既に出来上がっていた事が異種族系のプレイヤー達を隠れ住みやすくさせていた。

 仮に未知の種族がひょっこり姿を現しても、大戦争期を生き残った末裔的な認識をされる事が多いらしい。それだけ大昔は多種多様な種族が連合側の大陸にいたのだろう。


「まぁね、永住する僕らにとっても在りがたい話さ」


 平然とこの地に骨を埋めると言ったリュヒトにツェイトは特に驚かなかった。理由は二人の子供達の存在だ。


「こっちで家庭を築いていたら帰りようも無いだろうが、向こうは大丈夫なのか?」


 向こうと言うのは当然ツェイト達プレイヤーがいた世界の事だ。この場にいる者達はその言葉の意味を理解している。


「ああ、問題ないよ。ま、元々あっちに未練なんか無かったからね」


 酒の場という事もあって気楽に返してきたリュヒトの言葉だったが、後半で口にした際の様子にツェイトは僅かに違和感を感じた。彼の口ぶりは、まるで吐き捨てるかのようだった。

 ちらりとツェイトは隣のグリースを見る。彼女も心なしか影が掛かったような雰囲気を醸し出していた。

 リュヒト個人の問題かと思ったツェイトだったが、グリースの様子からするに二人とも関係がある様な、それも元いた世界を捨てたくなるほどの嫌な事があった様な、そんな感じがした。

 しかしそれを無神経に土足で踏み入る様な真似はツェイトには出来なかった。誰だって聞かれたくはない事情と言うものは存在する。現にツェイトだってセイラムの事を今も話せていないのだ、なのに他人の話を聞こうなどと虫が良すぎるというものである。

 二人は自分を信じて話してくれた事もあるし、少々特殊な仕様で依頼したセイラムの武器についても応じてくれた。今のツェイトにはそれで十分だった。



「そもそも帰れる云々の前によ、その手段がまだ見つかっとらんのよな」


 今まで大半を飲酒に傾けていたシチブが酒瓶を逆さに振りながらツェイトに話しかけた。

 以前ワムズにいるプレイヤーのヒグルマも口にしていたのでツェイトも認識していたが、恐らく多くの情報を持っているであろうシチブやその雇い主でも分かっていない様だ。


「そっちで何か掴めなかったのか?」


「多少の当たりは付き始めちゃいるらしいが、まだ確実じゃあないそうだ」


 意外だとツェイトは思った。

 先日のヒグルマの言い方だと見当もついていない様な感じだったのだが。

 少なくとも元の世界へ帰る事も視野に入れているツェイトは元の世界への手掛かりについて追及した。


「目星の度合いはどうなんだ?」


「そこから先は私も知らされていない」


「……要はあいつに直接会って訊くしかないってか?」


「そうしてくれ。奴さん色々と探りを入れているから、まぁ役に立たん事は無いんじゃないかね」


 ツェイトは胡坐をかいている膝の上に頬杖をついて溜息をついた。シチブの様子からして、もしかしたら口止めされてるのかもしれない事に思い至ったのだ。

 とはいえ、有力そうな情報が手に入った。それが役に立つかどうかはちゃんと聞いてみなければ確認の仕様は無いが。 

 いずれそっちは本人に会う事になるだろうから、それまで今度はプロムナードの行方を捜していった方がよさそうだ。

 明日からリュヒト達の家で2週間世話になるのでその間にする事も考えなければならない。

 まぁ、大体はクエスターの活動で埋まるだろう。今回の出費で先日の報酬金が半分無くなったのだ、補填まではいかずとも多少は稼げる依頼なりモンスター狩りなどをしておこう。そんな感じに明日からのスケジュールを軽く組んでいるツェイトだった。


 それ以降は皆他愛のない世間話に移っていった。

 話題はNFOの頃の話が大半を占めている。彼らの共通する話題と言えばこれだろう。

 各々の出会いの切っ掛けだったり、印象の強かった出来事やゲーム内で起きたプレイヤー間で起きた事件など、当時は笑い事では済まなかった話もあったが時の流れが大人になったプレイヤー達の懐かしい思い出に変えてくれる。

 この世界の住人達には話す事の出来ない、プレイヤー達だけが共有できる話題を気兼ねなく語り合えるこの時間が彼らにとっては掛け替えのない貴重な時間だった。

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