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紺碧の大甲虫  作者: そよ風ミキサー
第三章 【エルフの国と厄災の兵士】
31/65

第22話 プレイヤーリュヒトとグリース

文字数:約10000文字

 ミステルの街中にならぶ商店街、その一角に一件の武具屋が構えてある。商品を並べる店舗スペースと店の人達が暮らす住居スペース。そして武具を制作するための工房の3つが合わさった複合形式の建物だ。

 外から見た外観は一般的なエルフの国の建築様式に習った作りになっており、店の入り口周りには武具屋であると分かりやすくしているのだろう、剣と盾、そして弓矢が交差するような絵が描かれた看板が軒先に金具で吊るされてある。

 店内はエルフ位の体格ならば10人程度までなら余裕をもって入れるくらいの広さが確保されており、商品である武具は客の通り道の邪魔にならないように棚や壁に綺麗に陳列されていて、それぞれ分かりやすく値札がかけられてあった。

 現在は繁忙時を過ぎて店内に来客者はいない。そんな店内に設けられている会計台に椅子で腰かけながら帳簿に羽ペンで何やら書きこんでいる女性がいた。

 金髪のショートヘアの頭部側面からはエルフ特有の長い耳が伸び、帳簿の紙面にペンを走らせながら見つめるその青い目は猛禽類の様に鋭く、美しく整った顔立ちと合わせるとまるで刃物のような鋭利な印象を感じさせる。

 身なりはその武具屋の店員らしく、作業のしやすさを優先したのか下はデニム状の生地で仕立てられたロングパンツで上は白い長そでのシャツを腕まくり、その上から皮のエプロンをかけていた。

 本日午前中までの売上やらについて客が来ない時間帯を見計らって帳簿に書き込んでいると、エルフの女性は店に近づいてくる人の気配を感じてピクリとペンの動きを止める。しかし、すぐに気配の正体に気付くと鋭かった眼差しが少し柔らかくなった。


「ただいまーなのよ!」


「まーなの!」


 店の入り口のドアを開けて、パタパタと足音騒がしくエルフの双子が入ってくる。金髪白色のヴィンと銀髪褐色のフュランだ。

 そこで今まで帳簿の紙面から目を離さなかったエルフの女は首を動かし双子達を見た。


「お帰り。二人とも楽しそうな顔をしているけど、何か良い事でもあったの?」


 もっとも、この二人は基本的にいつも楽しそうな顔をしている。それがエルフの女性にとってはとても喜ばしい事でもある。彼女は双子達の母親だ。己が子の顔が輝いているのを喜ばぬ親はいるまい。

 エルフの双子達は会計台にいる女性の元まで駆けていくと、目を輝かせながら女性へ今にも小躍りしそうな様子で話し出した。


「おかあさん、おかあさん! おっきなカブトムシ見つけたのよ!」


「へぇ、カブトムシ?」


 この世界にカブトムシがいるので少女の発言は特に珍しくはない。この街にある森の中にも季節とタイミングさえ合えば探してみるとそこそこ見つかる。母親の知る“元の世界”に生息している種類とよく似たものが幾つかいるようだ。

 以前もこの双子達は木の枝に挟まっていたのを偶然見つけて、この母親に自慢げに態々手づかみで持って来た事がある。また見つけたのだろうか? と双子達を見て見るが、喜びようがいつものとは違った。なんか一味違うと言うべきか……。


「おとうさんがお話してくれたカブトムシがいたの!」


「とっても大きいの!」


 双子達が言う父とはすなわちこの女性にとっての夫の事である。

 はて、彼はそんなに昆虫に詳しかっただろうか? でもお隣の国が昆虫種族の国なので何かしらの拍子で知ったのかもしれないわね。などと双子達の言葉に耳を傾けていると、双子達の会話は続いていく。


「おとうさんたちよりもずっと大きいのよ!」


「青くて二本の足で歩けるの!」


「そう、大きくて青くて二本あ……えっ?」


 双子達の言葉に相槌をうつようにオウム返しをして、思い当たるキーワードが出て来た母親は真顔になった。


「おとうさんどこにいるのよ!?」


「お仕事中なの?」


「……たぶん、リビングにいる筈だけど」


 母親の返事を聞くや否や、双子達はそのまま店の奥――住居スペースである自宅へと駆けて行ってしまった。

 二人の背を見送りながら、母親は何度も瞬きを繰り返していた。


「……こっちに来てるんだ」


 母親の名はグリース。かつてのNFOプレイヤーであり、今では武具屋の婦人としてこの地に住む事を決意した者である。



 



(今ではあいつも一国一城の主か)


 シチブ達と合流したツェイトは、リュヒト達が経営している武具店の前に到着していた。

 場所は商店街通りという事もあってそこそこの人数が行き交っている。感慨深い様子で店を見ているツェイトはその中でも特に目立っていた。通りを歩く街の住人達が怖々とツェイトから距離を取りながら歩いている。ツェイトと同じように店の外観を眺めていたセイラムがその様子に気付くと、少しばかり眉をしかめていた。


 外の商店街通りから武具店だと判別する事が出来るのは、軒先に吊るした看板のみ。もしその看板を見逃していたら、商店街の一部に詳細不明の店らしき建物が建っているとようにしか見えないだろう。

 パッと見た感じでは商売っ気が無さそうにも見えるが、道中シチブから聞いた話では上手くやっているらしい。


 店を眺めている二人をを他所に、シチブはそのままずんずんと進んで店のドアを開け、顔を半身ごと中へと突っ込んだ。


「おーい……お、グリース、注文の品持ってきたぞ」


 どうやら店の中にはツェイトの知るNFOプレイヤー、グリースがいるらしい。

 

「それとお前達夫婦に客だ」


 親指で外を指したシチブがそう言うとドアから離れ、代わりに店の中から一人の女性が現れた。

 

 以前NFOの時にような装備とは全く違い、街中で見かけてもおかしくない様な一般的な服装に身を包んでいるが、鋭い眼差しや顔のつくり、成程確かにツェイトの知るグリースだ。しかし……


「グリースで、良いんだよな……?」


 ツェイトの青白い眼光が困惑気味に瞬いた。

 それもそのはず、今の彼女の姿はツェイトが知る当時のグリースとは違い、“ごく普通のエルフ”の姿だったのだ。

 グリースは苦笑しながらツェイトを見た。

 

「私がおばさんにでも見えるの?」


「……いや、そもそもエルフは老けないだろうに」


 実際グリースの姿は20代女性、それも飛び切りの美人の姿だ。それにエルフと言う種族は妖精種族として分類されているが故か、老化と言う概念が存在しない。

 分かったうえでの問答だ。まるで古い友人と旧交を温め合っているかのような。

 困った声色で返してきたツェイトに、グリースは笑う。


「……本当に久しぶりだわ。リュヒト君が知ったら喜ぶわよ」


「あいつは仕事中なのか?」


 姿が変わっていることについては一旦脇に置いて今回ツェイトが用のある人物について訊ねてみれば、まだ休んでいるかも、とグリースが言いかけていた。

 その時だった。


「ツェイトが来ているのか?」


 店の奥から褐色の肌と銀髪を持つ人の良さそうな顔つきの男性が、双子のヴィンとフュランに両手を引かれながらやって来た。

 肩まで伸びている銀髪は後頭部の方へ紐でひとまとめにされ、額に汗止め用のバンダナが巻かれている。厚めのズボンに上は半袖のシャツ、その上からかけている仕事用の前掛けにはポケットの作業用のグローブが押し込まれていた。

 グリースの横に並ぶと彼女より頭一つくらい高い、180cm代前半くらいある。体格は少し細身ながらも露出した腕やシャツ越しに見える肉体にはしっかりと筋肉が割れているのが見える。男は双子達が開けたドアをくぐって外へ出ると、ツェイトの顔を見て笑みを浮かべた。

 この男がグリースの夫であり双子達の父、そしてこの世界で武具店を営んでいるNFOプレイヤーのリュヒトその人である。


「おお! 懐かしなぁ! 元気だったか?」


 声を聞いてツェイトも彼がリュヒトである事を確認できた。しかし、彼がダークエルフになっているのがグリースの姿と併せて謎である。


「お陰様、というのもおかしな話か。そっちも上手くやっている様で安心した」


 NFO時代ではお互い武具の販売相手、そして材料の買取り相手としてプロムナードと一緒に長く世話になった間柄だ。言外にこの世界に来てお互い無事らしい事が確認できたので、二人とも再会できたことを素直に喜び合った。

 その二人の間に双子達が割り込もうとした瞬間、シチブがぬっと割り込んで来た。


「ガキどもよ、この包みが目に入らんかね?」


 双子達はシチブの存在を認識するやぎょっとするが、彼女が笑みを浮かべながら掲げた包装用紙で包まれた箱を見るやハッと眼を見開いた。 

 双子達はその箱の中の正体を知っている。シチブが箱を片手で大きく円を描くように動かしたり左右に揺らせば、双子達は仲良く箱の動きを視線で追いかけ、両の手をあわあわと彷徨わせていた。


「さすがおばちゃん! でぶい!」


 にっこりと笑いながら言ってのけたヴィンの顔には負の感情が見当たらない。恐らくは太っ腹と言いたいんじゃないのだろうか。言うまでも無く逆効果である。


「おうガキども、お前ら口から垂れたものが何かよーく考えてみろよ? さもなくばこの菓子は全て私の腹の中に納まる事になるのだが」


 言われてえ? と呆けた顔をして見合わせた双子達だが、幼いながらに何か不味い事を言ってしまったと悟ったのだろう。年不相応に媚びだした。


「おねえさまさすがですのよ!」


「おうつくしい!」


「すてき! かがやいてる!」


 しなを作り、小さな両手を胸の前で組みながらあからさまに目を輝かせてシチブを黄色い声で称える迫真の演技だ。


 誰がこの純粋無垢な幼子二人にこの様な世俗塗れの芸を教え込んだのだ。

 いや、ツェイトは目星が既についている。セイラム以外のこの場の誰もが分かっている。


「ぐはははは、分かればいいのだよ分かれば。あ、これお土産ね」


 片手を腰に起きながら下種な笑いを上げる植物女。満足したようで双子達へ包み箱を渡すと、二人はそのままきゃあきゃあ言いながら店の奥、どうやら自宅へ行ってしまった様だ。包み箱の中身へ興味が移ったらしい。

 一連の流れを見ていた双子の母親は、シチブを見る目がもの言いたげだ。

 

「ちょっと、変な事教えないでよ」


「いや、反応が面白いんでつい」


 帽子越しに頭をかきながらシチブが笑ってごまかしているが、そこでリュヒトがまぁまぁと話題を切り替えてきた。


「積もる話もあるだろうから中……には入れないかぁ」


 しゃべりながら思い出したかのようにツェイトを見上げた。


「……俺は裏口あたりで寛いでいた方が良いのか」


「いやいやそんな事言わないでくれよ。裏口ならちょうどいい、うちのは裏口は大きな倉庫になっていてね、そこなら君でも楽に入れる」


 リュヒトの話を聞くに、どうやら仕事で作った商品の保管庫や作業場としても使えるようにしていらしいのだが、まだまだスペースには余裕があるようだ。

 

「それならちょっと邪魔しても大丈夫そうだが」


「あぁいいよ。なんかうちの店に客として用があるようだから、丁度いいから其処で依頼の内容を聞くよ。グリース悪いんだけど、店の方を頼める? シチブが資材運んできてるだろうからそれの確認もしてくれると助かるんだけど」


 問われたグリースは大丈夫よと夫の頼みを受けると、リュヒトは早速行こうとツェイトとセイラムを裏口へと連れて行った。






「ははぁ、成程ね。このお嬢さんの新しい槍をうちで新調したいって訳か」


 裏口へ通された二人は、この世界では珍しい金属製のシャッターを開けた倉庫の中に設けられているデスクスペースでリュヒトに要件を話していた。


 店の裏にある倉庫は成程、店の主が言うだけはありツェイトが中に入っても問題ないくらいの高さが確保されていた。結構な面積だ、目測で50㎡位は確実にありそうな広さに見える。

 中は布で包まれた武具が幾つか保管してあり、天井には電球のようなガラス玉が幾つか吊るされていた。ツェイトの知る現代のガレージに似た造りからして、照明か何かなのだろうとあたりをつける。

 デスクとっ所に用意されていた椅子を借りてセイラムが座り、その隣にツェイトが胡坐をかく。相対するような形でリュヒトもまた椅子に腰かけている。少し病院での診察室内における医者と患者の様相に似ていた。


「セイラムちゃん、だったかな? ちょっと君の持っている槍を見せてくれないかな」


「……こんなのですけど」


 背中に背負っていた槍を取り出してセイラムがリュヒトへ手渡すと、しげしげと眺め出した。


「穂は獣の骨を加工していのか……もしかして自作かい?」


「分かるんですか?」


「こういう仕事をやっていると、手作りの代物を見る機会が結構あるからね……さて」


 リュヒトは一通り見るべき箇所を確認し終えたのだろう。改めてセイラムに質問を投げてきた。


「セイラムちゃんはどちらかと言うと薙ぐよりも突く方が得意?」


「……そう、ですね。確かに得意です」


「それに結構柄で叩く事も多いみたいだね。頑丈な方が良いのかな?」


「――」


 すらすらとリュヒトが質問してくる内容はセイラムに図星だったようで、ぽかんと口を開けて呆気にとられていた。

 事の成り行きをセイラムの隣で見守っていたツェイトは感嘆していた。

 リュヒトの一連の様子から察するに、彼はセイラムの槍から特に摩耗している箇所などから持ち主の癖を見抜いたように見えたのだ。

 NFOの頃に観察眼の技能の類はあったが、果たしてあれはそういうものなのだろうか。


 そんな推察をしているツェイトを他所に、大凡必要な事を聞き終えたリュヒトはデスクに用意していた用紙にインクを付けた羽ペンで何か書き込むと、腕を組みながらふむと考え出した。

 天井を見上げ、うーんと唸っていたが、ツェイトが声をかけた。


「リュヒト、ちょっとそっちで話しが」


「え? 何? どうしたの?」


 首を傾げるリュヒトへツェイトは人差し指で倉庫の外を指差し、セイラムに其処で待っててくれと伝えると二人で倉庫を出た。




 倉庫から離れた所でツェイトが立ち止まると、リュヒトが怪訝そうに訊ねて来る。当然だろう、態々セイラムを一人倉庫に残して二人でこそこそと話をしようと言うのだ。


「どうしたんだよ此処まで連れて来て」


「……槍の件なんだが、プレイヤー相手でも耐えられるような仕様のものが欲しいんだ」


 リュヒトは声の音量を低くしながら話すツェイトの要望を聞いて、優しげな眼差しを細くした。

 表沙汰に話せる内容ではないという事を理解したリュヒトも小声で返す。


「穏やかじゃないな、なんだってそんな物を持たせるんだ。ツェイトも此処(この世界)に来たのなら薄々分かっている筈だろ? 僕達(プレイヤー)の力は強力すぎるよ」


 それはこの世界に来て日の浅いツェイトも理解している。

 しかもリュヒトが本気で作った武具はどれもがNFO内でも高性能の品だ。自ずとこの世界でどのような扱いを受けるのかが容易に想像が出来た。


「分かっている。だから過剰な攻撃能力は付けなくていい。派手なのも不味い」


「……君が悪用するとは考えにくいけど訊かせてくれ。……何でそんなものを求めるんだい?」


 ツェイトの真意を推し量るかのようにリュヒトがじっと目を合わせてくる。

 対するツェイトもリュヒトの目を見据えて答えた。


「あの娘を守るために必要なんだ」


 今はセイラムの側になるべくいる様にしているが、いつも側にいれると確約が出来ない。

 そうなったら最後にセイラムを守れるのは彼女自身だ。打てる手は打っておきたい。だからこうしてリュヒトの元へやって来たのだ。


 睨み合いのような視線の交差から先に降りたのはリュヒトだった。


「……予算は?」


「500万ジェネで見ているが、どうだろう」


 NFOでの相場的に安くは無い筈なのだが、どうなのだろうか。費用についてはセイラムに事前に話している。流石に額が額なので本当にそこまで必要なのかと驚かれてしまったが。

 ツェイトがリュヒトの反応を見て見ると、静かに頷いていた。溜息をつくとツェイトの顔を見上げてくる。


「どうやら本気のようだね……分かったよ。ツェイトには昔大分世話になったからね。出来合いの品じゃあ要求には届かないだろうから、あの娘専用で一品作ろうじゃないか」


「やってくれるのか。ありがとう」


 リュヒトが承諾してくれた事を確認して、ツェイトは頭を下げた。

 下げられた方は慌ててツェイトの腕を叩いた。


「おいよしてくれって。まだ品も出来ていないんだから礼は後にしてくれよ」


 そうリュヒトが言ってくれるが、いくら昔からの付き合いがあるといっても、今の生活やこの世界での情勢などからプレイヤー仕様の武器の作成を引き受けてくれるのかツェイトは確信出来なかったのは確かだった。

 実物が出来るのはまだ先にはなるが、目標に一歩進んでツェイトは少し安堵した。


「しかしよくそんな予算額がポンと出せたな、クエスターになってひと稼ぎでもしたのかい?」


「この間賞金首のモンスターでちょっと、な」


 被害者達には悪いが、眼潰れがまだ他のクエスターやプレイヤー達とも遭遇せず今まで生き延びていた事はある意味幸運だった。

 多くの死が積み重なった事で生まれた金に対して忌避感を覚えるのはもう偽善だろう。ツェイトはそういった経緯を頭の中から振り払い、今回の取引が成功した事を素直に喜ぶ事にした。


「へえ、まさに天職じゃん?」


「そうでもない。俺は組合の施設に入った事なんて一度もないんだぞ、全部セイラム頼みなんだ」


「……君も大変だねえ」


 リュヒトのぼやきを端に二人は倉庫へ戻っていった。


 倉庫で待っていたセイラムへ話が済んだ旨を伝えると、リュヒトへありがとうございますとセイラムが礼を述べていた。

 それから仕様についてセイラムから要望を再確認し、作るのに2週間待って欲しいとリュヒトが期間を告げる。

 代金については全額前払い、ツェイトは明日この国のクエスター組合の金融機関から降ろしてくるとリュヒトへ伝えた。



 打ち合わせをしている内に、ツェイトは日が暮れてきた事に気が付いた。

 青空は橙色に染まり、昼夜の時間が入れ替わるサインを出している。

 結構話し込んでしまった様だ。ツェイトの体内時計から察するに、2時間位は経ったような感じがする。

 空模様が変わった事は他の二人も気が付いている。そこでリュヒトがツェイトとセイラムへある提案を持ち掛けてきた。


「二人とも宿は取ってるの? もし予定が無かったら、うちに泊まってきなよ」


「良いのか?」


「来客用の部屋は余分に作ってるからね。セイラムちゃんの槍が出来るまで使えばいいよ」


 手をひらひらと振りながら心配無用と言ってくれるリュヒト。

 とは言え好意受けるだけというのは流石に厚かましいように感じるツェイトは、後で宿泊費分も足して用意しておこうと密かに頭の中でその費用を算出していた。

 ワムズの首都で数日過ごした時も、何だかんだで食事など色々と気を回してくれたヒグルマへはここへ来る前に礼金として多めにジェネ硬貨を渡している。


 好意に甘えようとしたツェイトは、ある事を思い出してリュヒトに待ったをかけた。


「俺達一応シチブの護衛で来ているんだ。あいつに確認取らないと」


 シチブをこの町まで護衛すると言うのがツェイト達が此処まで来た名目なわけなので、依頼主に話をつけておく必要はあるだろう。

 だが、リュヒトはその点については気にしていない様だった。 


「それなら大丈夫さ。大体シチブがうちに仕事で来た時はついでに泊まっていくし」


「そういうことなら……じゃあセイラムの分だけ用意しておいてくれないか。俺は倉庫の一角でも貸してくれれば良い」


「あー……まぁ、そうなるかぁ。流石に掃除くらいはしておくよ」


 最近ここら辺の部屋の取り方がお約束になって来たなとツェイトが思っていると、セイラムが申し訳なさそうな顔で此方を見ている事に気付いた。


「……何か、何時も悪いな」


「俺に布団なんて要らないが、セイラムはそうはいかないだろう」


 基本的に元いた世界で人間の時も寝る場所が変わろうが硬かろうが寝れる性質だったし、この体になってから更に寝方が雑になって来たのはツェイト自身も自覚している。





 

 程よく夕暮れ時になったので、リュヒトは店じまいにしてツェイトとセイラムを夕食に誘ってきてくれた。

 場所はツェイトの体格を考慮して、倉庫の空きスペースを利用する事になった。元々倉庫内の荷物や武具が占める比率は少なく、


 野外のキャンプなどで使いそうな折り畳み式のテーブルと椅子を広げ、グリース達が作ってくれた料理をテーブルに並べてた所で皆が夕飯を囲んだ。

 賑やかな食事だった。この場にいる7人の内、特に良く喋る植物女が一人といつも元気な双子一組の3人がいるのだ。人数もあってかこの食卓から会話が途切れる事が無かった。



「ねえねえ! あなた果物は好きなのよ!? これ良かったら食べて!」


「おぉ、じゃあいただこうかな」


「あのねあのね! 樹液じゃないけど、蜜を一杯つけてみたの!」


「いや別に樹液が好きなわけじゃ……うおぉ、パンに凄い塗りたくられてるなこれ」



 そんな食卓の中で、ツェイトは小さな双子達に絶賛絡まれ中だった。倉庫の地面に胡坐をかいて座るツェイトの両膝に双子達がそれぞれ座り、あれやこれやと料理を勧めて来ていた。

 いや絡まれた、というのは語弊があるか。彼女達はにこにこしながらツェイトを彼女達なりに歓待しようとしてたのだ。

 可愛らしい、おそらく将来は確実に美女になる事が約束されている幼女二人を両膝に載せるその姿はある意味両手ならぬ、両膝に華状態である。


 しかしその全力の歓待を受けたツェイトはちょっと困っていた。さっきから双子達は料理を勧めたかと思えば今度は自分の事について話をおねだりしはじめてくるのだ。

 見上げる子供達の笑顔が眩しくて、退いてくれと言うのが憚られてしまったツェイトは双子達の対応に四苦八苦だ。


 もしかしたら止めてくれるかと期待していた双子達の両親は面白そうに此方を見ているばかりだし、更にいつの間にか御馳走にあずかっていたシチブもにやにやと厭らしい笑みを浮かべるだけで此方を手助けする様子が全く見られない。完全にツェイトの反応を楽しむ態勢に入っている。

 セイラムもツェイトが本気で困っているわけではないと理解したのか興味深そうに見ているばかり。こちらについては仕方があるまい、セイラムにとっては殆ど初対面のような人達ばかりだし、ツェイトの知古という事もあってか何処まで口を差し挟んでいいのか距離感を掴みかねている様な節が見受けられていた。


 そういうわけなので、結局そんな状況に立たされたツェイトは、四苦八苦しながら子供2人の相手をする羽目になってしまった。考えてみれば元々あの花畑で双子達のお話に付き合う約束をしたのはツェイト自身だ。それを違えてしまうのはこの子達に悪いだろうというのもあった。

 貰った食事は有難く頂戴し、振られてきた話にも差支えない範囲で答え、とりあえず副腕で頭を撫でてやったりしてみたら、キャッキャと楽しそうにしてくれていたので、まぁ、いいのかなとこの状況を独り飲み込む事にした。


 尚、ツェイト達の宿泊についてシチブに訊ねたらあっさりと了承を得られた。





 時間は経過し、賑やかな食事はつつがなく終わる。

 時間帯的には、各自家に設けられていた風呂を済ませて寝支度に入る頃合いである。


 その際、セイラムは双子達と一緒に風呂に入ったらしいのだが、「うにゃあ!?」と今まで聞いた事のないおかしな悲鳴を上げていたのをツェイトは借りていた倉庫の一角から耳にしてしまう。

 どうやら双子達に何かされたらしいが、声色的に危険な様子でもない様なので、明日顔を合わせても追求は避けておいてあげる事にした。多分、その方がセイラムの為である。



 そうして皆が寝室で就寝につき、明日の朝までリュヒト宅は静寂に包まれた……かに思えた。



 

「……ツェイト、起きてるかい?」


「……あぁ」


 倉庫内で食事をしていたテーブルは未だしまわれておらず、夜が更けて周りが寝静まったタイミングを見計らって集まった者達が居る。

 ツェイト、シチブ、そしてリュヒト、グリースの夫婦と計4人。彼ら彼女らに共通するのはNFOプレイヤーである事だ。

 

 ツェイトは元々倉庫内で寝泊まりする予定だったため、食事の後片づけをした後は軽く周りを掃除してもらい、其処で片腕を枕にして涅槃仏像のような態勢で横になりながら他の皆が来るのを待っていた。

 幾ばくかの時間が経った頃、リュヒト達3人が酒瓶とグラスを持ちながら再び倉庫へと戻って来た。未だ皆寝間着には着替えていない。


 酒瓶を置く中、リュヒトがテーブルの上にチェーンで繋がった四角柱状の金属の物体をことりと置いた。

 大きさは常人が片手で持てるくらいのサイズだ。それをリュヒトがチェーンで繋がっている上部の出っ張り部分を3回して引っ張ると、金属の4四方が倹貪(けんどん)式に上へスライドし、中からガラスで覆われた中身が顕わとなり、中央部から火明りとは違う不思議な温暖色の光が灯り、テーブルを中心に明るく照らした。

 ツェイトはそれを見て呟いた。


「“密会者のランタン”か、懐かしいものを持ち出してきたな」


 ツェイトが口にしたこのアイテム、NFO産のアイテムだ。その効果は、光を灯した一定範囲内の会話が外部へ漏れない様にする事が出来る代物だ。

 NFOでは口頭での会話からメッセージによる文章でのやり取り等が連絡手段として存在するが、中には周りに聞かれたくない、しかしメッセージで文字入力が苦手というプレイヤーも中にはいる。そんな中登場したのがこの様“密会者のランタン”だ。

 もっとも、ステータス的に聴覚が極めて秀でた者や高位の魔術、技能などで強引に聞く方法があるので必ずしも完璧と言うわけでは無く、その中途半端な利便性から使いどころが見出しにくくなり、いわゆる外れアイテムやジョークグッズ的な立ち位置に落ちてしまった悲しい一品でもある。


「こっちだと僕達(プレイヤー)以外でこれを無効化出来る人はいないみたいだから、中々便利だよ」


 リュヒトは正常に機能したランタンから視線を外し、皆がその席に集まったのを確認して酒を注がれたコップを手に取った。



「さて、ここからは大人達の時間だ。お互い久しぶりの同窓会といこうか」


 日を跨ぎはじめた真夜中時、密かにプレイヤー達による二次会(情報交換会)が開かれた。

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