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紺碧の大甲虫  作者: そよ風ミキサー
第三章 【エルフの国と厄災の兵士】
30/65

第21話 その双子の親は誰だ

文字数:約10000文字

 ご指名を受けてツェイトと別れたセイラムは、シチブに連れられるままに生まれて初めて来た外国の――エルフの街並みと言うものを所在なさげに眺めていた。

 生まれてこの方ワムズ国内から出た事がなかったセイラムからすれば、此処は未知の世界も同様だ。建物は見た事のない作りだし、道行く人々の大半がエルフというのは初めてお目にかかる光景だ。

 エルフの姿は昔から故郷近くの都で何度か見た事がある。皆どこか気位が高そうというか、上品そうな雰囲気の者達ばかり。勿論そんな彼ら彼女らでもクエスターとして活動している者達が居る事は分かっているのだが、その第一印象を一言でいうのならば「ちょっと取っつきづらそう」であった。


 隣で一緒に歩いているシチブを横目で見やる。

 複数の緑系統の色が不思議に絡み合った様な模様の外套で体は膝まで殆ど隠れ、顔も帽子と色付き眼鏡で隠れているので緑色の肌と小さな花弁が連なったような奇妙な赤い長髪が見える位だった。

 それに驚くのは自分よりも頭二つ位は高いその長身。服越しになってしまうが、見た所細身らしい。背中に大きな背嚢(はいのう)を背負っているその様と服装の色合いが相まって、背丈の高い奇妙な植物にも見えなくはない。

 身長が大きい女であればオーガで見慣れているのだが、この女はセイラムから見ていささか異様な雰囲気を醸し出していた。肌の露出が殆どない事も後押ししているのだろう。

 セイラムも見た事がある植物種族プラスティードのようにも見えるが、髪の毛の形状から果たしてそうなのだろうかと疑問が残る。あの種族は薄緑色の肌を持ち、髪の色は深緑だ。肌はともかくとして、髪の質が全く別物だ。もっとも、相手はツェイトの知り合いという事もあるので、言い方は悪いが普通ではないのかもしれない。


「私のなりが珍しいか?」


 悟られない様に見ていたつもりだったが、相手にはしっかりと悟られていたようだ。シチブが顔を向けずにセイラムへ声をかけてきた。


「え゛、あーいや、その」


 セイラムは何か言い繕おうとあたふたしていると、その姿が可笑しく見えたようで、シチブは笑みを浮かべながら肩を竦めて見せた。


「女同士なんだ、仲良くしようじゃないか。別にお前さんを取って食おうなんて腹積もりはこっちにはないんだからよ。もうちょい肩の力を抜いたらどうだ?」

 

「す、すみません。不躾に見過ぎました」


「肩肘張った言い方なんざしなくてもいいぞ、お前さん敬語が駄目そうな顔をしているからな」


 その言い方が何だか馬鹿にされたような気がして、ちょっと癪に障った。それと敬語は不要だと遠まわしに言われたセイラムは拗ねる様に顔をしかめた。ツェイトの知り合いとはいえ相手は此方に指名依頼をした依頼主なので、苦手な礼節を気にしていたと言うのにこの言いぐさはあんまりである。何だかセイラムは馬鹿馬鹿しくなってきた。


「……そりゃあ、私は敬語は苦手だけど、なんか言い方が嫌な感じだ」


 ついでに言うと顔も馬鹿にされたような感じがした、と言うと長身の植物女が笑う。


「取っつきやすいと言っているんだ。もう少し前向きに解釈してみろよ。――――お、此処だ」


 シチブが指差した場所はこの国の茶屋のようだ。大通沿いに構えてあるのですぐに分かった。

 店の前には木製の椅子と丸机がいくつか均等に置かれ、其処で客が思い思いに茶や甘味を楽しんでいる。硝子窓から少し見える店の奥にも飲食できる空間があるようだ。


「……茶屋?」


「ワムズじゃそう言うんだったな。こっちじゃカフェっつうんだ」


「へぇー、“かふぇ”か」


 外国に行った事のないセイラムのイメージでの茶屋と言えば、店先に縁台と野点傘(のだてがさ)が置かれて其処で客が茶や甘味を楽しむと言うものであったが、どうやら他の国も似たような物らしい。家具や茶器が違うのはやはり異国だという事を感じさせた。


「ここの店は菓子が美味くてな、此処に来るときはよく食いに寄るしこれから行くリュヒトたちの店にも土産で持ってく」


 店の前まで着くと、シチブは適当な外の席を見つけて背中に背負っているバックパックを降ろし、テーブルに立てかけるとセイラムにその席へ座るように指示した。


「ちょっとその荷物番しながら寛いでな」


 言うが早いか、シチブはそのまま店の中へと入って行ってしまった。

 

「……ま、いいか」


 依頼を受けている側なのに寛げと言われるのもなんだかおかしな気分だと思いつつも、セイラムは袈裟がけにしていた風呂敷包みをテーブルの上に置き、槍を立てかけて大人しく椅子に腰かけながら彼女を待つ事にした。

 ついでに周りの客を見て見ると、エルフ以外にも他の種族が利用しているのが見えるのだが、店の雰囲気もあるのか皆小奇麗に見える。

 なんか場違いな気がするなぁと少し居心地の悪さを感じてしまう。

 

 セイラムは視線を下げて自分の身なりを確認した。

 巫女装束と本来呼ばれるらしいその衣装は上着の白衣と下の袴は肘、膝まで短く調整され、本来は白衣は文字通り白、袴は赤かったのだが狩りの際に生じた獣の返り血や転んだ時に汚れた土の色などがしみ込んだことによってやや黒ずんでいた。

 元は村長のキイトが若い頃に着ていた物をおさがりとして貰いうけ、本人から承諾を貰ってそれを今のセイラムが着やすい様に丈を短くしたりと手を加えて今の状態にしたのだ。

 本来は綺麗な色をしていたのだが、セイラムが普段着として狩りの時もこの姿のままに森や山を駆けまわっていたので獲物の返り血や道中の汚れが蓄積されて今では見る影もない。村の女たちからは「なんてもったいない!」とガッカリされてしまったが、薄いように見えて生地は何らかの術が組み込まれているらしく思いの外頑丈だし、着心地も良いので狩りで使うのには丁度良かったのだ。


 そんな経緯で今の状態になってしまったわけだがそれでも流石に汚れっぱなしはセイラム本人も嫌なので洗濯はしている。

 が、今のなりはこの場において小奇麗か? と問われると、正直自信がない。セイラムはそこそこ都会に行く機会こそあったが、都会のおしゃれとかにはとんと疎い山奥の田舎娘に過ぎなかった。

 白衣の裾を鼻に近づけスンスンと臭いを嗅いでみる。


「……ちょっと獣臭いかな?」


「なーにやっとんだお前?」


 意識外からの声にセイラムはビクリと体をはね上げ、声の主を見た。

 声をかけてきたのは店から出てきたシチブだった。片手に木製のトレーを持ち、そこには厚めの茶器が二人分乗せられていた。


「此処のケーキ……あぁ、茶菓子な。美味いんだが、作るのに時間がかかるんでそれまで茶でもしばこうじゃないか。あとこれ、お前さんのな」

 

 慌ててセイラムがテーブルの上に乗せていた風呂敷包みを足元に移動させて、シチブが手元に置いてきたものを見て見ると、此方の国の茶だった。茶器は凹凸の無い白い湯呑のような形の横に丸い輪っかが付いており、中に注がれている茶は赤みがかっていてほんのり茶葉らしき物の匂いがした。


「代金は気にしなくていい。一々こんな事で取り立てるなんざせんよ。どうせ後で釣りが返ってくるだろうし」


 最後に少しだけ不穏な言葉が出たような気がした。

 今回の依頼はシチブ曰く慣らしらしいので大した事はないどころか、自分の武器の調達も関わっている為親切な計らいと言っても良い。……それと、ツェイトから聞かされてた彼女の人となりの一遍と照らし合わせると、何だか言い知れぬ不安を掻き立てられるのは気のせいだろうか。


「……何で私を連れて来たんだ?」


「ん? と言うと?」


 既に椅子に深く座り込みながら脚を組み、片手にカップを持って大きく寛いでいたシチブは言葉の意図が分からず訊ね返してきた。


「荷物持ちって事でツェイトと別れて付いてきたけど、本当にそうなのかなって思った」


「つまり他の理由があるって言いたいわけだな?」


 うんと頷くセイラムを見て、シチブは茶を一口飲むと口を開いた。


「まぁ、仰る通りだ。ぶっちゃけるとお前さんと話をしてみたかった」


「私と? どうして?」


「あのカブトムシとは知らん仲じゃないが、お前さんとは碌に話した事が無かったからな。昨日の宿じゃ私が真っ先に寝ちまったし」


 言われてみてセイラムはそう言えばそうだったかと、昨晩の泊まった旅籠(はたご)の事を思い返していた。

 夕方頃に道中見つけた宿場町で一晩泊まる事になったわけだが、その際ツェイトは中に入れない為旅籠屋の裏手の平地で寝る事にし、セイラムとシチブは同じ女同士という事もあって同じ部屋にしてもらいツェイトがいる場所に近い1階にしてもらった。

 そこで女二人の部屋の中だが、シチブが真っ先に布団に飛び込んで爆睡してしまったのだ。なので結局窓越しで外にいるツェイトと話をするだけで、シチブと会話をする事なぞ今の今まで殆ど無かったのだ。


「でまぁ、今後それなりに長い付き合いになるだろうからよ、ここいらで一発女同士のお喋りと洒落こもうって寸法よ」


「そう言う事なら……でも、私なんかそんな大して話せることなんてないぞ?」


「それで言いのさ、お喋りなんざそんなもんだ。ほれ、熱い内に飲みな」


 促されるままにセイラムは未だ手を付けていなかった茶器――マグと言うらしいそれの取っ手を持って少し口に含み、飲んでみた。


「……不思議な味だな」


 ワムズで飲んでいた茶も苦味はあったが、此方はまた別の方向性の苦さだ。

 使っている葉っぱが違うのだろうか? とは言え、嫌いな味では無かった。 


 口が程よく潤った所で、セイラムは自分が今まで何をしていたのか、そして此処に至るまでの経緯を話し出した。流石に自分を狙っている組織についてまでは伏せた内容になってしまうのが少し心苦しい。

 





 話の途中からシチブも自分の事とツェイトの事を話してくれた。

 シチブは自分が物売りをしている事もあるので、過去にツェイトと取引をする仲であったり、時には対立したというのにはセイラムも驚いた。

 しかも直接戦った事があるとまで言ってきた時は流石に疑ってしまった。

 どうやって戦ったのかまでは企業秘密という事でぼかされてしまい、果たして本当なのか疑惑が残る。

 

 それとは別に、ツェイトの友人のプロムナードと呼ばれている人物の事も聞く事が出来た。ツェイトと一緒に旅をする最大の目的は、行方が分からなくなったプロムナードを探す事である。ある程度人となりはツェイトから聞いた事があるが、別の人からの話も何らかの参考になるだろうから積極的に聞いてみる事にしたのだ。

 

 ツェイトとは対になる様な深い赤い色の外骨格のクワガタムシの異形姿。ツェイト程の背丈ではないが、それでもシチブより頭2~3つ分は大きいとのこと。

 槍使いらしく、一番最新の槍は大きさがツェイトの全長にも匹敵するほどの長さで厳つい形状のものだったと言う。


 シチブ曰くアホの一言で纏められてしまった。

 昔、海に沈没した船にあると噂されていた財宝を手に入れる為にツェイトを巻き込んで大海原へ挑んだそうなのだが、碌に泳げないくせに無理した所為で途中馬鹿でかい海のモンスターの群れに襲われて危うく溺死しかけた事があるらしい。

 結局沈没船に辿り着くどころかのっけから躓き、挙句の果てには溺れ死にかけるわでとうとう頭に来たプロムナードはそのモンスターの群れを八つ当たり気味に狩り倒し、山の様な量のモンスター達の屍に囲まれたまま黄昏ていたそうだ。しかも、その間に財宝は別の人物にかすめ取られていたという酷いおまけつきだ。

 その現場にシチブが立ち会っていたらしく、そこから使い道のある部位を買い取る事になったわけだなのだが、涙声で取引を持ち掛けてきたプロムナードと呆れたように遠くを見ていたツェイトの様子は今でも憶えていると思い出し笑いをしながら話してくれた。


「あっははは! その人本当に間抜けだな」


 話を聞いていたセイラムはシチブの当時を再現した演技が可笑しく、いつの間にか声を出して笑っていた。

 いつぞやも温泉を掘ろうとして山を噴火させてしまった話を聞いた事があるが、何だかやることなす事がそそっかしいと言うか、セイラムが評する通り間抜けであった。




 そんな中、シチブが爆弾発言を投下した。


「おう、おかげさんでこっちは苦労せずに沈没船に潜り込めたし、財宝もかっぱらえたから実に楽な仕事だった」


「えっ!?」


「いやね、沈没船近海はデカいモンスターの巣窟になっていたのは知っていたからよ、ちょいと細工した後囮にさせてこっそりお邪魔したわけよ」


 思わぬ結末を、まさかその黒幕だった本人から暴露されたセイラムは目を見開いた。個人的に色々と恩もあるし、好感も持てるツェイトへその様な仕打ちをされれば良い印象を持つわけがない。

 険しい表情を作ったセイラムが恐る恐る訊ねる。

 

「……その事、ツェイトは知っているのか?」


「ああ、残念な事にあの後バレてな、別件で戦り合った時にその仕返しも合わせて矢鱈滅多にボコられてな。それで手打ちになった」


 肩を竦めながらマグをグイッとあおり、中身が空になったのを確認すると苦笑しながら溜息をついた。セイラムも色々とホッとしたようで、つられて溜息をつく。もしこの話をツェイトが知らないのであれば、シチブと今後上手く付き合えるか自信が無かったのだ。


「それは自業自得だと思う」


「ああ、悟られない様にもっと入念に準備しときゃ良かったと今でも思うわ」


「え、いや、そうじゃなくて」


 反省して態度を改めるとかいうのではなく、より狡猾な方法を模索していくあたりその様子を見たセイラムは、ツェイトがシチブの事を油断ならない相手の様に話すのが分かった気がした。


 それから話題を変えながら話に花を咲かせていた二人の耳に、物々しい会話が聞こえてきた。


 セイラムが声の聞こえる方へと体を回そうとしたとき、待てとシチブに止められた。


「下手に気付かれると絡まれて面倒だ。そっと視線を、無理なら首だけ動かせ」


 いいか、そっとだぞと寛いだ姿勢のままのシチブの言葉に従ってセイラムはそっと首を回しながら視線で追いかけていると、見つけた。



 その声の主は、5人の男達だった。早足で大通りを横切って裏道へ行こうとしているらしい。

 悟られない様に見ていたセイラムは、その男たちの種族に驚いた。皆、エルフなのだ。

 構成は戦士の様な出で立ちが4人、1人だけ魔導士らしく杖を持ち怪しげな外套に身を包んでいた。

 どれも皆お世辞にも善人と言う言葉とは縁遠そうな雰囲気と人相である。身に着けている武装などはみた所みすぼらしい感じには見えなかったが、歩く所作が乱暴だ。そこから男たちの人となりが見て取られる。


 クエスターの証明書らしき物が見当たらない為、同僚では無い様だ。それだけでも分かってセイラムは少し安堵した。

 

 一人の戦士のエルフが肩を摩りながら痛そうに顔をしかめていた。

 

「ぐ、く、くそ、あの女、人の腕を捩じり上げやがって!」


「腕の良い武具屋だと聞いて来てやったと言うのに、客に対しての礼儀が全くなっていない!」


「そうだとも、気にするな。どうせ少し有名になって付け上がっているんだ。そんな店の品なぞ程度が知れると言うものだ」


「違いない、どうせいずれ化けの皮がはがれて廃れるさ」


 男達からは口々に憎まれ口が叩かれる。

 よく見れば、戦士風のエルフ達は皆汚れていたり、衣服などがボロッちくなっていた。

 そんな様を魔導士風のエルフだけが何も口にせず一歩距離を離れて他人事のようにしていた。


 結局、エルフの男たちは裏通りへ行くまで延々と悪口をこぼしたままであり、そんな様を呆れたように見送るセイラムにくつくつと喉を鳴らしながら笑うシチブの声が耳に入る。


「なぁセイラムよ、客にも相応の礼儀が必要だとは思わんかね?」


「え? そりゃあ、当然だろ。なんでまた」


「なら良いのさ。フフフフ」


 まるで愉快そうに笑うシチブの心境が、セイラムには理解が出来なかった。







 時間は遡り、所変わって女二人と別れて別行動を取っていたツェイトは現在困惑の只中にいた。


 花畑で出会った双子のエルフの少女達は、ツェイトを見たらてっきり逃げ出すのかと思いきや、むしろ突っ込んで来たのだ。

 草花をかき分け、転んで花畑に沈んだ銀髪のエルフ少女を置き去りに、金髪のエルフ少女は果敢に突き進む。……足音で言うならばとてててと軽い音が聞こえそうだが。

 

 子供相手にこんな反応をされた事が無かったので、どうすればいいのか分からず仰け反るツェイトの心境などお構いなしだ。


「かくほー!」


「お、おいちょっと」


 そんな事をしている間にも金髪の少女はツェイトの呼び止めを無視して肉薄し、ぺちっと右脚に飛びかかって張り付いた。両手のみならず両脚までつかってのガッチリホールドだ。ツェイトの脚の太さと少女の手足の長さの関係上、全く回り切っていないのが何とも言えない。まるで、抱き着く相手を間違えたコアラの子供の様だった。


「ヴィンー! はやく! はやく手伝うのよー!」 


 金髪のエルフ少女がツェイトの脚にしがみついたまま、おそらく銀髪のエルフ少女の名前であろうそれを叫ぶ。が、一向に銀髪のエルフ少女から反応が返ってこない。


 何度か叫んでも反応がない事におかしさを感じたのだろう。金髪のエルフ少女は首だけ動かして銀髪のエルフ少女を探す。そして発見する。


「……」


 未だに花畑にこけて転んだままその場に同じ態勢で倒れている銀髪のエルフ少女の姿が見えた。先程の声は届いて無い様だ。


「……ちょーっとはなれるけど、良い子にしてるのよ?」


「いや、良い子にって」


 どうどうと、馬を鎮めるかの如き仕草でツェイトに話しかけたかと思いきや、そのまま金髪のエルフ少女は銀髪のエルフ少女の元まで駆けて行ってしまった。




 辿り着いた金髪のエルフ少女が呼びかけながら何度も銀髪のエルフ少女の体をゆすってみる。しかし、一向に目覚める気配がない。

 それが何度も続き、遂に業を煮やしたようでぺちんと頭を引っ叩き――――ようやく起きた。


 顔に土や花びらを張り付けたまま銀髪のエルフ少女がむくりと体を起こすと、金髪のエルフ少女が金髪のエルフ少女がツェイトの方を指差して何やら色々と話しかけている。

 

 どうやら話はついたらしい。顔に張り付いたものはそのままに銀髪のエルフ少女はすっくと立ち上がると金髪のエルフ少女が片手を繋ぎ、掛け声とともにまたツェイト目がけて走り始めた。



 しかし、手を繋いで走った事が悪かったのだろう。

 走り始めて数メートルもしない内に金髪のエルフ少女の足取りがもつれ出し、そのまま勢いよく転んでしまったのだ。

 更に手を繋いでいた事が災いして銀髪のエルフ少女もまた転んでしまった。転倒した金髪のエルフ少女の脚に躓き、勢いよく頭から彼女の頭に突っ込むような形で。

 変則的なフライングヘッドバットとでも言うべきか。「ぐにっ!?」という可愛らしくもなんか不安になる悲鳴が花畑に沈んだ二人のエルフ少女から漏れた。

 双子達はその場で仲良く揃って頭を抱え、ごろごろと悶絶しだす。そりゃあ痛かろう、なんせ自分と同じ体格が宙を舞い、その勢いで頭突きをかましてきたのだからその痛みたるや当人達しか分かるまい。


「もー! いったいじゃないのよー! ヴィンのばか!」


「フュランが転んだのがいけないの!」


「ヴィンが転ばなきゃよかったのよー!」


「あー! 人のせいにするのは駄目っておかあさんいってたの!」


「ほんとの事じゃないのよー!」


 先ほどの痛みが怒りに変換し、その矛先が互いへと向き合った双子は互いに罵り合いだした。





 何なんだこの状況。

 一人ぽつねんと取り残されたツェイトは眼前で喧嘩をしている双子を目にしてどうしたものかと後頭部をごりごりかいた。

 とはいえ、双子達は言い合いから今度は取っ組み合いに発展してしまっているし、このまま放って去ると言うのも何だか年長者としての在り方としては情けないものがある。


(自分の言葉が届くかどうか分からないが、とりあえずやってみるか)


 見るに堪えかねたツェイトがとうとう双子の仲裁に乗り出した。



「こらこら君達、やめなさい」


 ツェイトはのっそりと近づいて掴み合っている二人の服の背中部分をつまんで優しく持ち上げ、少し距離を取らせた。

 突然浮かび上がり、移動させられた二人は手を止めてぽかんと持ち上げたツェイトを見上げる。


「とりあえず二人とも顔を拭いておこうか」


 脇腹から展開した副腕と一緒に中から出てきたのは紺色の手拭が1枚。この間セイラムが買って来てくれたものを、収納スペース内に一緒に携帯していたのだ。

 副腕が出てきた事にギョッとする双子達だが逃げるようなそぶりは見せない。

 それを良い事にツェイトは跪いて本来の大きな腕で双子達を抑え、顔についた花びらや土汚れを手拭で拭い落していく。


「……それで君達は俺の所に来ようとしていたみたいだけど、俺に何か御用でもあったのかな?」


 我ながらなんとも気味の悪い口調だとツェイトは背筋に悪寒が走った。この場にプロムナードがいたらどんな顔をしていたのか分かったものではない。


 ツェイトの言葉に汚れが落ちた二人は顔を見合わせ、あっ! と思い出したかのように声を出して、二人はその幼い顔に目を輝かせてツェイトを見た。

 金髪のエルフ少女――フュランと呼ばれていた娘はツェイトの大きな手を小さな両手で


「あのね、あのね! あなたおとうさんが話してくれたおとぎ話に出てきたカブトムシにそっくりなのよ!」


 ツェイトはとりあえず二人の関心を喧嘩から此方に誘導で来た事に内心胸をなでおろす。

 仮にどちらかの責任問題にした所で後々遺恨が残るし、頭ごなしに叱り付けての喧嘩両成敗とするような真似はツェイト自身が好きではない。

 しかし、まぁ。


「……おとぎばなしぃ?」


 いつから自分は子供に語り聞かせるようなメルヘンの住人になったのだ。

 驚き呆気にとられているツェイトを他所に、フィランは嬉々とその話の一部を聞かせてくれた。



「お友達の真っ赤なクワタガムシといろんな所を冒険して、悪い怪物をやっつけたり変なことしてるって聞いたのよ!?」


 こら、最後の変な事って何だ変な事って。

 その件について、詳しく聞いてみたくなるが、ツェイトはこの少女の話を聞いて確信を抱いた。

 この話をした双子達の父親はほぼ間違いなくNFOプレイヤー、ないしはそれに縁のある者だ。己の特徴だけでなく、コンビを組んでいた親友のプロムナードの事まで知っている風なのだ。自分達の姿と全く同じ姿は、NFOにもいない。というよりも、NFOのキャラクターのデザインは必ず個人差と言うものが発生する。初期に登録したユーザーの生体情報等が起因しているらしいが、真相は不明である。

 さておき、ツェイトは半ば確信を持って双子達の父親の名を口にした。


「君たちのお父さんは、もしかしてリュヒトと言う名前じゃないかな?」


 反応は顕著であった。

 双子達は目を見開いて驚き、おぉ~! と歓声を上げてはしゃぎ出す。

 

「おとうさんの事知ってるのよ!」


「じゃあ、じゃあ、おかあさん知ってるの?」


「…………えー、もしかしてグリース?」


 リュヒトの相手といえばこの人物しかツェイトは思いつかなかった。

 その答えにわあっと双子達が手をばたつかせながら喜ぶ反応からして、正解なのだろう。

 対するツェイトは外骨格で覆われた鎧兜のような顔は傍から見れば内心を悟る事は出来ないだろうが、内心では形容しがたい衝撃を受けて愕然としていた。

 言葉を失うと言うのはこういう事である。

 学生の頃からゲーム上での付き合いだったとはいえ、知り合いが子供を設けていると言う事実はツェイトにとって実感しきれていなかった。元の世界でならともかく、こんなゲームの世界と酷似している様な環境がそれに滑車をかけている。

 何時までも固まっているわけにもいかないので、ツェイトは二人との関係を伝えた。


「二人には昔とてもお世話になったんだよ。そうか、君達はその後に生まれたんだね」

 

「あなたはどうしてここにいるのよ?」


「お話に聞いていたお友達はどうしたの?」


「君たちのお父さんとお母さんに御用があってね、この町にいるって聞いて来たんだよ」


「本当!? じゃあ今すぐ行くのよ!」


「おうちでおはなしするの!」


「ありがとう。でも俺は―――」


 その時、ツェイトの脇腹からピンポーンと音が鳴る。副腕を収納している箇所からだ。

 腕を展開し、音の発生源を確認すると、シチブから渡されていた呼び出し用の種子だった。音が鳴ったという事は、彼女の用が済んだのだろう。


「――俺はこの後他の人達と待ち合わせをする約束をしているんだ。その後すぐに君たちの家に行くよ」


「本当? うそつかないのよ?」


「わたしたちと約束なの!」


「いいとも。俺と君達との約束だ」


 そう言って双子達と握手をした。


「すっごく大きいのよ!」


「手の上に座れそうなの!」


 きゃいきゃいと喜ぶ双子達の手は、ツェイトの小指の第一関節分くらいしかない。ツェイトの腕は通常の人体のバランス的に一回り程大きい。実際幼い子供位なら掌に簡単に座れるだろう。




「じゃあねー! また後でなのよー!」


「きっとなのー!」


 手を振る二人に見送られ、ツェイトも手を振りながら花畑を後にした。

 花畑が視界から消え、光が差しづらくなった森の中を歩いていく内に、妙な事になったなと改めて思い返した。


 突然だったので流していたが、よくよく考えてみるとあの双子は何故自分の姿を見て怖がらなかったのだろうかとツェイトは不思議になって来た。

 いくら事前に父親から話を聞いていたとはいえ、このエルフの国内での一般の人たちの反応的に怖がる者達の方が多いのだ。あの年頃なら素振りの一つくらいあってもおかしくないと言うのに。

 まぁ、あの二人の様子から見るに、怖いもの知らずなのかもしれない。

 

(リュヒト達と会ったら素直に祝福しておいてやろう。これは目出度い事なんだ)


 驚く事を目のあたりにしてしまったが、元気な子供のようだし、あの子供の様子からするに親となったあの二人も上手くやっているのだろう。

 シチブが心配ないと言っていたのは、この事だったのだ。

 ツェイトは足取りを軽くしながらシチブたちの元へと向かっていった。

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