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紺碧の大甲虫  作者: そよ風ミキサー
第三章 【エルフの国と厄災の兵士】
29/65

第20話 エルフの国

文字数:約10000文字

「えーっと、これはワムズの……?」


 薄ら明るくなり始めてきた夜明けの空を飛ぶ者がいる。

 背中に鳥類の羽を生やし、鳥の足の様な硬質物に覆われたかぎ爪付の両手足を持つ、今のネオフロンティア大陸では珍しい空を飛べる種族、鳥人族エイウェスの娘だ。人間で言うならば、十代半ばを越えつつも、未だ成人にまでは達していない年頃であろう。

 上下厚めの長袖を着込み、顔にはゴーグルをかけ、袈裟がけに大きな鞄をさげて真下に広がる山々を飛び越えていく。

 

 この大陸では高価な運送方法が数種ある、その内の一つが鳥人族達による空路からの配達だ。

 飛行ルートが極度の悪天候であったり配達する荷物が重すぎる場合は配達の対象外となってしまうが、急を要する場合は陸路で運ぶよりも遥かに短時間で指定先に届けられるので、比較的富裕層や身分の高い人種がよく利用する。地形に影響されずに陸路を無視して通過する利点は大きいのだ。

 ただし運び手の鳥人族にも長距離飛行が可能な体力や、時として夜間飛行も行うのでそういった環境下でも飛べるように特殊な訓練が求められるため、簡単な仕事でもない。


 なので複数の適性試験を通過してようやく勤務する事が許される仕事なのだ。飛行可能な種族が現在種族単位で国家を形成し、明確に確認されているのは手の平サイズの妖精族フェアリアンを除いて鳥人族しかいない為、世界的に見てその貴重性は極めて高い。しかも現在、その活動範囲は連合内に限られている。故にその重要さは誇り高い仕事であるという付加価値を与える事になるのは想像に難くない。

 この鳥人族の少女も自分の仕事に誇りを見出している一人だ。合格するまでに大変苦労した甲斐もあって給料も良いし、そのおかげで美味しいご飯にありつけるし、故郷の皆に自慢が出来る。何より空を飛ぶ事が好きなこの少女にとってはまさに天職。自分が就くためにある職業なのではなかろうかとちょっと調子に乗ってしまうくらいには今の職を少女は気に入っている。

 もしも不満があるとするならば、配達員が着用するこの無骨気味な飛行服のデザインだろうか。


 この服は耐久・耐寒・耐熱に優れており、特に服装の前面には硬いモンスターの皮を仕込む事によってやや厚めに作られている。両手足も鳥人族に合わせて翼は露出しているが、服に仕込まれた魔術的措置のおかげで僅かながら防護機能が発動する。

 そこまで防護が求められるその理由は、飛行中に地上から稀に飛んでくる何某かの放った矢や魔法から少しでも身を守るためである。国家が運営している事業でもあるので、貴重な人員が減る事を恐れた国の配慮でもある。

 鳥人族は飛んで移動する際に体を横へ平行にして飛ぶ関係上、仮に地上から何らかしらの方法で空を飛ぶ鳥人族を狙うと、体の前部に当たる事が多い為この様な措置を取っている。取り扱う者の中には重要な者も含まれているので、それを狙う輩が現れるのだ。

 実際身近な仕事の先輩で野盗から弓矢で狙撃された者がおり、飛行高度と飛行服の頑丈さのおかげで大事には至らずとも服に突き刺さった事があったのを見せてもらった事があった。

 大抵そういう仕事は専門の担当員に振り分けられるのだが、襲う相手は其処まで把握していない者もいるのでその少女も他人事ではないのだ。いささかごついが、生存率を上げるためである。命を落す可能性のあるこの仕事で、下手なおしゃれなど望むべくもない。やるなら仕事終わりか休日にでもするのが当たり前だ。でなければ真面目にやれとどやされるし、少女も死にたくない。


 そんな感じで今の仕事を満喫している現在、少女は昆虫国家ワムズの国境を越えて宛先へ目指して朝早く配達中だ。

 今日は量が多いので早朝からの出勤という少しハードなスケジュールである。配達物の量と少女の力量を鑑みれば、予定では仕事を終えて夕方頃には自宅に帰れる筈。

 緑で敷き詰められた山林地帯を眺めつつ、配達物の住所を確認しているときに、それは来た。


「なに、この音……」


 最初に少女が気が付いたのは空気の音だった。飛んでいる高度が高いと風が強くなるので、その所為かと最初は思っていたのだが、徐々に音が大きくなってきた。

 大気がうなりを上げるような、強烈な轟音だった。今まで聞いた事のないその異音に少女は困惑する。


 何かの気象現象だろうか。少女は耳を澄ませていると、その音が更に大きく……否、近づいてきている事に気が付いた。思わず空中で止まり、音の発生源を確かめようときょろきょろと首を動かし――――背後だと悟る。

 慌てて振り向いた先にいる物を見て、少女は我が目を疑った。


「う、うえぇっ!?」


 一言でいうのならば、蒼い人型のカブトムシだった。まだ距離はあるが、かなりの大きさの様である。

 背丈はおそらく自身の倍位はあるであろう。そう少女が遠目に判断したのは、そのカブトムシの異形が4本あるうち脇腹側の2本の腕で昆虫人の娘らしき人影を抱いているのだが、どう見てもカブトムシの異形と倍近い身長差だと見える。

 ここ数年内でもぶっちぎりの驚愕。明らかにごつい体格の全身は重鎧(じゅうがい)が可愛く見えるような厳つい外殻で固められ、そんな見て分かる程に重そうな体を背中から伸びる巨大な翅の羽ばたきで飛んでいるのだ。外見とは裏腹に意外と軽いのか、それともあの翅が生み出す揚力(ようりょく)がけた違いなのか。とにかく一目見た時のインパクトについてはとにかく抜群だったため少女の衝撃は大きかった。


 あと、何故か大きな腕の方の片腕から吊るした網――否、ハンモックか。それに蔓のようなもので縛って固定されている人らしき影が見えた。……どういう状況なのだろうか。


 腕に抱かれている昆虫人の少女の事を再度思い出し、まさか掴まって巣にでも運ばれている最中なのだろうかという可能性が一瞬脳裏を過ぎった。カブトムシの異形の姿が大きく、影掛かった凶悪な面構えに両眼は青白い眼光が灯っていると言う物々しさも重なって、そんなネガティブな発想が出てしまったのだ。

 

「……つ、通報した方が良いのかな」


 まさか早朝から誘拐場面を目のあたりにしてしまったのだろうか、何て1日の始まりだ。などと毒づいてはみるものの、よくよく観察してみると昆虫人の娘は抵抗している風には見えず、カブトムシの異形に運んでもらっているかのような印象だった。

 そうして眺めていたら、カブトムシの異形と昆虫人の娘と眼が合った。


「うわわ、こっち来た!?」


 少女が驚いている間にもカブトムシの異形は轟音をあげながら此方に近づいてきた。腕に収まっている昆虫人の娘が少女の方へ手を振っている。


「――――せーん」


 昆虫人の少女が口を大きく開けて何か此方に声をかけている様だ。

 しかし、カブトムシの異形の羽ばたき音がうるさくて鳥人族の少女まで声がちゃんと届かない。

 「え、何て言ったの?」という意味を込めて耳を澄ませる動作を見せると、昆虫人の少女が大きく空気を吸い――。



「み~ち~を~お~し~え~て~く~だ~さ~い~ッ!!!……げっほ!」



 どうやらあの昆虫人の娘は大変肺活量が優秀らしい。

 今度は鳥人族の少女の耳にもはっきりと聞こえた。ついでに(むせ)た様な咳までも。








「――――ですので、今私が指差している方へまっすぐ飛べばアルヴウィズの領土に着きますよ」


「どうもありがとうございます。すいませんお仕事中だったのに」


「あ、い、いえ。そこまで急いでいるわけではありませんでしたので……このくらいは」


 羽音と其処から生じる風で上手く会話が出来なかったので、一同は近くの拓けた川まで降りていた。

 あははと渇いた笑いをする鳥人族の配達員へツェイトはぺこりと頭を下げる。いくら道に迷ったとは言え、早朝勤務の配達員を呼び止めるのはいささか酷に思えたのだ。なのでまだ若いだろうにお勤めご苦労様と労いも込める事を忘れなかった。


 その後配達作業に戻った鳥人族の配達員を見送ったツェイトは、今もハンモックにバックパックと一緒に蔓で巻かれたまま寝こけているシチブ(アイマスク装着)を見下ろした。


「元はと言えばこいつの道案内が間違っていたのが原因なのに、まだ寝てるのか」


「初めて会った時も思ったけど、やっぱり肝っ玉の太い人だなぁ。昔からこんな人だったのか?」


 余程さっきの大声が喉に来たのか、喉をさすりながらセイラムも呆れたようにツェイトへ訊ねてくる。


「ああ、まぁ、こんな感じだったな」


 NFOの頃の記憶を手繰り寄せたツェイトから言わせれば、やはりこの植物女はこれで平常運転だった。現状はまだ大人しい方だ。

 こいつは心臓に剛毛でも生え茂ってるんじゃないのかと周りのプレイヤー達が驚くほどの大胆な行動を仕掛けてくる事と、本人の思考回路的に何を仕出かすのか分からない所があるが、まぁ悪人ではないのは確か、だと思う。


 ツェイト達はディスティナから飛び立った後、シチブ的に急ぎの用事でもないという事だったので暗くなってきたところで道中で見つけた宿場町で一泊してから空の旅を再開したのだが、そこで一行は行き先が別の国へ向かっていた事に気が付いた。

 その事についてシチブに問い質そうにも本人は呑気に夢の世界へ突撃中であり、何度かゆすったり、最後の手段で低出力の電流を流してみても起きやしない。なので事前に買った地図を見て確認をしたのだが、地図自体の精度が高くなく、地形的に別の場所にいる事を知るのが限界だった。

 飛んでしばらく経った時に気が付いた上に周りには町村らしいものも見えない、どうしようかと悩んでいた時に偶然見つけたのが先程の鳥人族の配達員だった。

 

 話の分かる人で本当に良かった。場合によっては仕事優先で話も聞いてもらえないかもと危惧していたが、根の優しそうな鳥人族の娘だったので助かった。

 何はともあれ、行き先がはっきりした事で此処に長居は無用となったツェイトはセイラムを副腕で抱え上げ、シチブが固定されているハンモックの網を掴んで目的地の国目がけて再び飛び上がった。……どうもこのシチブの姿を見ていると、山で遭難した救助者をヘリで持ち上げている光景とダブって見えた。本人は山で遭難しようが全く平気なタチの人種だと言うのに。


 視界が上昇し、山々よりも高度をあげつつツェイトはふとある事を思い出した。

 今回市井で買い揃えた地図なのだが、以前セイラムの育ての親、ウィーヴィルに見せてもらった地図と比べてその精度は大分粗かった。手書きで複写に複写を重ねたような印象がある。

 それを考えると、あの屈強な老人は何故あれ程までに精度の高い地図を持っていたのだろうか? 元いた世界程の地図とは比べられないが、それでも測量がされている様な書き込みがあり町で買った地図よりは大分細かく書き込まれていた。

 昔旅の途中で手に入れたという線が濃厚であるが、可能ならば譲ってもらえないかと村を出る際にでもちょっと相談してみるべきだったかな、と過ぎた事に少し後悔した。




 


 妖精種族の一角、エルフ達が立ち上げた国家アルヴウィズ。連合の南西にあるワムズから北の方角に隣接した国である。

 その国の最大の特徴は、連合内でも特に魔導技術が盛んな所であろう。種族的な特徴としてエルフと言う種族はこの世界に(あまね)く存在する超自然的なエネルギーである“マナ”をその身に多く秘め、それらを操る術に長けている。学術・戦闘的な側面のみならず、その豊かなマナは人々の生活面でも発揮しているという。


 そしてもう一つの特色は、国の地形的な特徴として豊かな大森林の中において極めて巨大な湖が首都にある事であろうか。この国はその湖の湖畔に王城を建て、街を作って首都と成し、国家を形成した背景があった。

 その湖も大元は自然的に生み出されたのではなく、大戦争期の傷跡が偶然地下の水脈に達した事で水が湧き、それが大穴を満たして湖となったと言われているのは、既にこの世界の歴史を研究する識者達の知るところである。

 この連合内で平均寿命約700年、王族に至っては1000年以上と現在では近縁種族のダークエルフと並んで最も長寿の種族であり、連合内でもその長寿によってか過去の大戦争期近くから保有している資料の保存状態が良好な事と、長寿ゆえの識者達が持つ知識量の多さから重要な立ち位置を任されていた。



「いやあ、やっぱ空の旅は早い早い。寝てるだけで着いちゃうんだから最高だわな」


「よくあんな態勢で寝れるもんだな……」 


 いつの間にやらアイマスクからサングラスに付け替えたシチブは、目的地の町に着くなりハンモックからむくりと起き上がって、首を鳴らしながらぬけぬけと空の旅の感想を述べていた。


「お前が教えた道間違ってたぞ、配達員の人が飛んでなかったら無駄足を踏むところだった」 


「うん?…………地図間違えて見たかな? まぁいつも見ないからな」


 ハンモックを片付けながらぼやくシチブの言葉の中から、聞き捨てならないセリフをツェイトは聞いてしまった。


「……待て、そんなんで今までどうやって行商なんてやっていたんだ」


「大凡の方角は分かってるから、まぁあとは気ままにぶらぶらとよ。やっぱり慣れない事はするもんじゃあないな、ちょっと折り目正しくやろうと張り切ってみたんだがやっぱり駄目だった。いやすまんかった」


 欠伸をしながら言ってるのでちっとも悪びれた様子が見当たらないが、大体こんなものであるとツェイトは諦めがついているのでこれ以上とやかく言う事はしなかった。

 

 ツェイトは今到着した町の光景を改めて観た。

 “ミステル”と呼ばれる此処は、アルヴウィズの首都から離れた場所に位置する中規模の町である。

 エルフと言う種族の文化は自然との調和だ。それを連合内でも特に気にしており、国内の建築物は森の中に溶け込むようにして建てられている物が多い。お隣の昆虫国家ワムズのように木を完全に加工した木造建築ではなく、一部木を無加工のまま活かして利用しており、魔術的な加工によって虫除けなどが施されているので生活面での不便さはないとか。

 そういった工法を用いるのと、更に国内の森林を構成している木が10m以上の高木であるため、初めてこの国を訪れる者達は大体が森に飲み込まれているかのように見えるのだそうな。


 大したことでは無かったが入国時とこの町へ入る際にひと悶着があった。

 ワムズの時のような感覚で門をくぐろうとした時、守衛のエルフ達が慌ててツェイト達を呼び止めて来たのだ。

 何事かと訊ねてみれば、逆に守衛達がツェイトの事を訊ね返して来たのでシチブと一緒に訳を話し、身分証明の為にクエスターの証明証を提示した事で向こうも納得してくれた。

 なぜこのような事になったのか守衛に訊いてみた所、要約すれば「見た所モンスターの侵入と言うわけではなさそうだが、凶暴そうな護衛用モンスターの類でも中に入れるつもりかと思って確認させてもらった」との事だ。

 ワムズの時は同じ虫系統の種族と象徴的な関係で驚かれたり拝まれたりする事はあったが、国が違うと対応も変わるのは必然だろう。守衛のエルフ達に限らず、ツェイトを見る人々――主にエルフ達の割と大半は驚きと同時に顔が強張ったり、怖がる素振りをする者達が多かった。

 あまり変に誤解を受けるような事は控えた方が良さそうだなと、この国での身の振り方について確認しているツェイトの横では、セイラムが日除け代わりに手をかざしながら遠くを見ていた。


「すごい大きな樹だな……結構離れたはずなのに、まだ輪郭がしっかり見える」


 そう呟くセイラムの視線の先をツェイトも目で追いかける。その先にあるのは薄らぼやけて見えるが圧倒的な存在感を放つ巨木が空へ目指すかのように伸びていた。

 この国の象徴と言っても差し支えの無い大樹の名は“アルヴの樹”。天にも昇りそうな程の樹高と莫大な力をため込んだその樹を、エルフ達はいつしかそう呼んだという。

 建国時、湖の(ほとり)に建てた王城の側にいつの間にか生えていたとされ、当初は他の木と大差ない大きさだったそうなのだが、月日が経つごとにみるみる成長していき今の大きさにまで至ったそうだ。今では王城よりもはるかに大きくなり、今では王城がアルブの樹にやや飲み込まれたような外観になっている。


 大樹の件は別段用もないので精々が観光スポットの一つとして認識する程度に終わらせるとして、無事にNFOプレイヤーのリュヒトとグリースの二人が住んでいる町に着いたのだ。時間的には太陽がまだ空の真上に達していないので、時刻は大体昼前といった所か。

 どうもあの二人はシチブの話からすると、アバターの職業を活かして現在店を営んでいるらしい。確かにリュヒトならば店を開くくらいは可能だろう。

 

「リュヒト達の店は今から行っても大丈夫なのか?」


 店を経営している関係上、店の書き入れ時にかち合ったら迷惑をかけてしまうかもしれないので、このような事をツェイトはシチブへ言ってみる。案の定と言うか、シチブはあーっとボヤキながら空を仰ぐなり「あ、そうだ」と何かを思い出した。


「ちょっと土産もん買ってくっからここらで一旦解散にするぞ」


「土産運び位なら手伝うが」


 そうツェイトは言うが、シチブが掌をツェイトに向けてその提案を否認した。


「こっから先は男子禁制だからお前さんは適当に散歩でもしてな。代わりにその娘を借りるぞ」


 そう言うなりポンとセイラムの肩に手を置き、置かれた本人は少し驚いている。

 

 一人のけ者にされたツェイトはといえば、シチブのサングラスの奥にある眼をまるで測るようにじっと見た後、セイラムの顔を見る。嫌がっている素振りは無いが、若干の困惑はある様だ。


「分かった。折角だからセイラムにエルフの町を見せてやってくれ」


 了承と受け取ったシチブはいつの間にか取り出した物をツェイトへ放り投げ、受け取ったツェイトはそれを確認する。先日貰った呼び鈴用の種子と同種のものだった。


「こっちの用が済んだら音が鳴るようになっている。それまで持ってな」


 んじゃ行こうか、とセイラムを連れてシチブはそのまま町の中へと消えていく。

 その際セイラムがこっちを振り向いたので、ツェイトは挨拶代りに片手をあげて彼女を見送った。



 不安が無いわけではないが、セイラムが相手なら悪いようにはならんだろうとシチブの性格を思い返してそう判断した。あれでも気に入った相手に対して面倒をよく見る方だ。

 そうしてツェイトも時間つぶしの為に初めて来たエルフの街並みと言うものを観光気分で回る事にした。


 早速ツェイトは手持無沙汰を感じてしまった。

 最初はのしのしと町の中を歩き、観光者気分でのんびりエルフの国の風景を楽しむことにした。

 其処までは良かったのだが、店の入り口はツェイトには小さくて入らないし、入れる様な店は一見したところ建築物の構造的になさそうだった。

 終いには店前で何の店だろうかと観察していたら、中から店員が怖々とツェイトの前にやって来て「と、当店で何か不手際でもありましたか?」と言われてしまい、堪れなくなってきたので店員に軽く謝罪をしてそそくさとその場を去ってしまった。

 別に睨んでいるわけではないのだが、客観的にツェイトが自身の姿を振り返ってみても、感情が全くうかがえない顔つきをしているうえに顔面の造詣が好戦的な印象を与えるので、知らない人からすれば害されるのではないかと言う危機感を与えるのだろうとは自覚しているつもりだった。

 しかしどうもツェイト自身もこの世界に来る前までのNFOでの最近の過ごし方として、大体が難易度の高いエリアでモンスターを狩り続けているか、もしくはふらりと知り合いの所へ顔を出す位しかしていなかった。その知り合い達もツェイトの顔と人となりを知っているので普通に話せてしまうので、ツェイト自身の感覚が未だに麻痺しているのは否めなかった。おまけにワムズでは驚かれはしたが目立って怯えられるような反応を現地民達が示さなかったと言うのがツェイトを楽観的にさせていた要因となっていた。


 大通りを歩きづらくなったツェイトの脚は自ずと人気の少ない場所――森の中へと進んでいった。森の中に作られたような街並みなのでいくらでもそう言った場所はあった。シチブたちから呼ばれるまで適当に町の中の森林区画をぶらつく事にしたのだ。

 案外、シチブはこうなる事が予想できたので単独行動をさせたのかもしれない。






(何だ、どうも落ち着かないな)


 ツェイトは整地されていない森の中を進みながら、身に感じる違和感を覚えた。

 この世界に来てからいつも隣には昆虫人の少女セイラムがいた。ツェイトはプロムナードを探すために、セイラムは自分を狙う者達が原因で村を追い出され、ツェイトの旅に同行すると言う形で二人は今の現状にある。


 それがこうして別行動をとり、ツェイトは何やら胸に違和感を覚えてきた。

 体調不良などと言った肉体的な生理現象ではない。これは、心理的な現象だ。

 自分の感情を静かに、そして客観的に観察しながら思いつく言葉と照らし合わせる。


 胸にひやりと冷たく、僅かながらに重いという錯覚を覚えるこの感覚。

 苛立ちと言うには感情を激しく揺り動かす事はないし、せり立てられるような感覚でもない。

 だが、近いものだ。そして一つの結論に至る。



(焦燥感……焦っているのだろうか、俺は)


 彼女の現状は、決して安全と言うわけではない。以前退かせたあの仮面の兵士達、指揮官を打ち倒したので確実に向こうに手傷を与えているのだが、未だに全貌が見えてこないので果たして組織的な打撃を与えられたのかが分からないままでいる。

 そんな状況下で自分の元から離してしまう事に対して、この様な落ち着かない感情を抱いてしまったのだろう。実際、先日セイラム一人に買い出しに行かせたときも落ち着かない気分に苛まれていた。 


 隣にセイラムがいない事に違和感を感じ始めている。

 簡潔に今の自分の状況をそう表現してみて、ツェイトは一人苦笑いを口部外骨格から漏らした。



 自分は今、友人の娘を害成す者の可能性が頭にまとわりついて焦りを抱いている。

 随分と弱気じゃないか。ゲームとは違って、人一人の存在の重さに今更気が付いたのか? だとしたら――。


 いやに内罰的になってしまった思考を断ち切るように顔を左右に振っていると、ツェイトは森の奥で開けている場所がある事に気が付いた。

 


「おぉ」


 ツェイトは森を抜けた先に広がる光景に思わず声が出た。

 森の中にぽっかりと空いたその地には一面様々な色の花々が咲き広がっていたのだ。

 面積も結構あり、ちょっと大きめの公園位はあるかもしれない。そのおかげで周りが高木に囲まれていたとしても日光は十分花畑を照らす事が出来る。

 

 日の光に暖かく照らされた花々はその色合いを鮮やかに主張し、その周りを超が穏やかに飛んでいる。 

 エルフの町の一角で、そんな風景を見つけてしまうと此処がまるで神秘的でかつ不可侵の領域の様に思えてしまうのだから不思議だ。


 しかしどうやらそこにいるのは花や小さな虫たちだけでは無かった。

 ツェイトはその花畑の中に人影を二つ見つけた。距離的には少し離れているが、ツェイトの視力ならば人影の肌艶をも見分ける事が可能だ。


 片や金を溶かし込んだかのような美しい光沢の金髪と白磁の様に傷やシミの無い色白の少女。

 片や相対するかのように白銀に光る銀髪が眩しく、オリエンタル漂う小麦色の肌の少女。

 二人ともヘアスタイルはセミロングで統一されている。


 外見的な年齢はおそらく10歳以下。

 少女達に共通するのは、顔立ちが二人とも全くそっくりだという事だ。身につけている民族衣装めいたワンピース状の服も形状は似ているが二人に合わせて色違いになっている。

 両耳はとても長く、その顔立ちは人間の極めて美しい部類のものと同じ造形をしており、この国の民族であるエルフだという事が窺い知れる。


 一卵性双生児。すなわち双子だという事なのだが、エルフの、しかもあの髪と肌の色からするにツェイトの想像が正しければ両親はそれぞれ“似て非なる種族”という事になる。

 長命種だからか、エルフ“系統”の出生率は低いと聞いた事がある。それで混血の双子だと言うのだから相当珍しいケースなのかもしれない。


 そんな学術的な思考がツェイトの頭を過るが、少女達を見ていると、そんな考えがとても野暮な気分になってしまう。


 妖精のような愛らしいエルフの少女が二人、花畑の中で戯れている。金髪の妖精が編んだ花冠を銀髪の妖精の頭に載せると、銀髪の妖精は嬉しそうに笑ってくるりとその場で回りだす。

 美しい絵画が現実になったとしたら、きっとこんな光景だったのではないだろうかと思わせるほどに幻想的な一コマだった。


 これでは足を踏み入れるのは邪魔だろう。

 そう思ったツェイトは、双子達が気付かない内にこっそりとこの場を去ろうとした。


 ――のだが、後ずさり際に露出していた木の根を思い切って踏み折ってしまったので、大きな音が鳴ってしまった。


 あっとツェイトが自分の失態に気付くのもつかの間、双子達の方から視線を感じるので見てみると、双子達はツェイトの存在に気付きばっちり見ているではないか。


 

 その場に無言の帳が下りた。

 ツェイトは根を踏み折った態勢のままだ。とても気まずい。



 その沈黙を破ったのは双子達だった。

 銀髪の子がツェイトに手を振って来たのだ。

 小さな手をぱたぱたとこちらに振ってきている。



 無視するのは失礼だし、可哀想かなという事でツェイトもおずおずと手を振り返してみる。



 それを見た銀髪のが目を丸くして金髪の子と何やらごにょごにょと話し出した。



 すると今度は金髪の子が手を振るではないか。



 またか、とツェイトもとりあえず手を振り返した。



 金髪の子も同じように目を丸くして銀髪の子と話し出した。やっぱり声が小さすぎて聞き取れない。




 ……そろそろいいだろうか?

 双子達が話している間にツェイトは後ずさり始めたのだが、双子達が予想外の行動に出た。




「とつげきーっ!」


「わあーっ!」


「な、何っ!?」


 なんと、エルフの双子達がツェイト目がけて突撃を敢行してくるではないか。金髪の子が先陣を切り、銀髪の子が後に続いてきた。

 流石にこれにはツェイトもびっくりである。


 途中、銀髪の子がこけて派手に顔面を花畑に突っ込んでいた。

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