表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紺碧の大甲虫  作者: そよ風ミキサー
第三章 【エルフの国と厄災の兵士】
28/65

第19話 虫の国との別れ

文字数:約16000

「私達が君達に見せたかったのは、さっきツェイト君が殺したあの生物の事なのだよ」


 作業員が暴れまわった騒動からほんの少し時間が経過した現在、ツェイトは今も尚慌ただしく人が行き来している加工処理施設の作業場でヒシバとアブズミから話を聞いている。

 作業場は大型の資材の搬出入も想定していた設計もあって、ツェイトの体格でも何とか入れる事が出来た。今は其処の一角を借りて、セイラムと一緒に作業台を囲んで本来の用事を済ませている。


「脳の中から見つかったと聞いていますが、知らない間に潜り込まれていたのでしょうか?」

 

「それなんですがね。どうもあいつは眼潰れに刺さっているデカい棘の中から出てきたみてぇなんですわ」


 そう言ってアブズミが作業台に乗せたのは、黒く長い槍にも棘とも見える物体。

 ツェイトがまじまじと見て見るとその物体に見覚えがあった。眼潰れの片目から刺さり、後頭部へと突き抜けていた物だった。

 今までは眼部と後頭部から露出していた箇所しか見る事が出来なかったのだが、取り出された事により、その物体の側面から穴が空いているのに気が付いた。

 アブズミとヒシバから許可を得てそれを手に取り、そっと穴の中を覗き込んで見ると、何か小さなものが入れるくらいの空洞が出来ていた。


「ここからあの生き物が出てきたという事ですか?」


「えぇ、この棘が脳みそに突き刺さっていた箇所の側面にその穴がありやしたから、間違いはないでしょうねぇ。おかげで眼潰れの脳みその中はあの生き物に喰われて穴だらけでしたぜ」


「その中にあの生き物が生きたまま入っていたと……」


「へぇ、宿主の眼潰れが死んじまったからなのか、殆ど動いちゃいなかったんですがねぇ」


 ぞっとする話だとツェイトは眼潰れの状態を聞いて背筋がぞわぞわした。

 よくそんな状態で生きていた物だと思ったが、もしかしたらあの生物が脳内で眼潰れを操っていたのかもしれない。それはそれで余計恐ろしいものである。

 

「……こんな生物、今まで見た事もありません。この棘の正体は何なのでしょうか」


「さてねぇ、中からあの生き物が出てきた様な感じからするに、卵の類やもしれやせんが……あっしも眼潰れの頭を開くまでこんな生き物初めて見やしたよ」


「私もだ。もしかしたら、大戦争期頃に絶滅していた生物の生き残りかも知れんな。あれ一匹だけなら問題ないが、他にもいないとも限らん。私はこの件について組合の会議を通して他の国の支店にも通達しておこうと思う」


 ヒシバは事態の危険性を認識して今後の対応を告げ、ツェイトもお願いしますと頼むと、ある事を思い出して二人へ訊ねた。


「お二人は、“霊長医学機関”という組織はご存知でしょうか?」


 その名を口にすると、二人は強張った様子でツェイトに顔を向けてきた。ヒシバが口を開く。


「……確かに知っている。この間の大門前で暴れていた奴らがその残党らしいな。……まさか?」


「いえ、確証はないのです。私も偶然耳にした程度なのですが、その組織のやって来た事を考えてみますと、あり得そうな気がしましたので」


「考えすぎと切り捨てるのも危険か……つまり君は、これと奴らに関連性があるかもしれないと言いたいのだな?」


「はい。可能ならばそちらの方でも注意された方が良いかもしれません」


「……よし分かった。あの組織の生き残りが関係しているのなら捨て置けまいし、他の支店達も他人事ではないだろうからな。我々は奴らの事を調べて行くように話をしてみる」


 言質、というつもりではないのだが、ツェイトはヒシバからその言葉が出てくれた事に少しだけ安堵した。

 セイラムを追いかけてくる者達に対して、国やクエスター組合が動いてくれる。それだけ自分達への負担が多少なりとも減るだろうと思えば、先は明るい筈だ。そう信じたい。


 しばし重い沈黙が降りていたが、ヒシバが何かを思い出したようにそうだと明るい表情で話題を切り出してきた。場の空気を切り替えようと気を利かせてくれたのだろう。

 

「あ、そうだ。真面目な話もここまでにして、そろそろ明るい話をしようじゃないか」


 そう言われたツェイトは何の事だろうかと首を傾げようとして……思い出した。


「賞金の件ですか?」


「それは勿論だとも。それともう一つ、今回君達は長年討伐される事が無かった懸賞金付きのモンスターを見事討ち取ってくれた。私はこの功績を評価して、君達二人を昇格させようと思っているんだ」


 ツェイトはクエスターには階級があった事を思い返し、呆気なく仕留めはしたが、世間的には凶悪な賞金首のモンスターだった事を再認識した。

 どうも手応え的に格下のモンスターを狩るイメージが強かったので、ツェイト的にはそこらへんの実感が薄い。


「昇格、ですか」


「そう。つい先日君達はクエスターになったばかりなので“1本線”だったが、今回の功績で“3本線”になる予定だ。君の武力ならば“4本線”でも良さそうだという話は挙がったのだが、実績の数が問題になって流石にそこまでは無理だったよ」


「評価していただけるのは嬉しいですが、流石にそれは急すぎでしょう。“3本線”まで引き上げていただけで問題はありません」


 過大な評価をされてもそれに見合う仕事が出来るなどとツェイトは露程にも思っていないので、現状の昇格だけで十分過ぎた。

 階級が上がるたびに組合のサービス内容も向上だけでも悪い事ではないだろう。


 ところが、セイラムはそうではなかった様だ。

 ヒシバから昇格の件を持ち出された時から、僅かに眉間に皺を寄せて何事か考える様に俯いていたのだが、顔を上げてヒシバへこう言った。


「あの、すみません。せっかくですがこのお話、私はお断りしたいと思います」

 

 思わぬ拒否の言葉にツェイトがセイラムの方へ顔を向け、ヒシバが片眉だけ吊り上げて不思議そうにしていた。


「何故かね? 昇格するにはそれなりに大きな功績が必要だが、今回眼潰れを討伐したという内容はそれに見合った物だと誰もが思うものだ」


「でも、私は何もしていません。眼潰れを倒したのはこっちのツェイトの方です。何もしていないのに人の手柄に乗っかって誉められても……何と言うか、その、似合わないと言うか……」


「身の丈に合わないと?」


「……はい」


 困ったように頷いたセイラムを見ながら、ヒシバは両の腕を袖の中に入れる様に組みながら苦笑した。


「若いな。いや、真っ直ぐと言った方が良いのかな。君の様な事を言うクエスターは久しぶりに見たような気がする」

  

 クエスターという輩は何だかんだで欲深い人種が多いからなあと言うヒシバの様子は、機嫌を悪くした感じでは無かった。何か面白いものを見た。そんな様子が表情から見て取れる。


「確か君は山奥の村の出身だったね」


「はい、養父と一緒に暮らしていました」


「その考え方は、その養父の影響かね?」


「……分かりません。私自身にそういった自覚は無いので」


「そうか……ならば気をつけなさい。無欲さや謙虚さは確かに素晴らしくはある。だがね、時としてそれは己に良くない事を引き起こす事もあるのだよ。憶えておくと良い」


 ヒシバがセイラムへ諭すそれは、教師が生徒へ教えるような光景にもツェイトの目からは見えた。

 しかし言いたい事を言った後、のヒシバは態度を変えて頬をかきながら苦笑していた。

 

「とまぁ、こうして君に説教のような事を言ってしまったが、君を昇格させないと私達クエスター組合の体裁が悪いので、私達の為に昇格してほしいという大人の都合があるのだ」


「……えぇ?」


 何だそれはと言いたげな、困惑しつつもどこか釈然としない表情を浮かべるセイラムに非はあるまい。あれだけ真面目な話をしてから落としてくるのは、根が真面目と言うか純情なセイラムにとっては苦手な流れなのであろう。

 とはいえ、こうして自分達の内情を吐露するが出来るのは権力を持つほどにそれ相応のプライドが蓄積され、それが邪魔をする事が多いと思われるのでそうそう言える事ではないだろう。なのでそれをさらりと言えるヒシバは大した人物なのではないかとツェイトの印象に残った。


 とにかく、悪名高いモンスターを討伐して昇格しないと言うのはそれを評価されていないと言う事であり、組合の評価能力、ひいては組織の能力を疑われてしまうし、他のクエスター達のやる気にも影響しかねない。そういった様々な理由があるため組合側からすれば評価しないと言う選択肢を採るわけにはいかないのだとヒシバは説明した。

 何とも微妙な顔を表情を浮かべているセイラムの顔を見て納得がいっていないと思ったのだろう、ヒシバが苦笑した。しかし眼だけは真剣味を帯びている。


「セイラム君、君自身は己の力不足で3本線への昇格を分不相応と思っているようだが、せめて2本線への昇格については必ず贈呈すべきだと私は思っている」


「それは、どうしてですか?」


「聞けば君は、ツェイト君と一緒に討伐に向かったというじゃないか。眼潰れを仕留めたその場にもいたそうだね?」


 確かにセイラムはツェイトが眼潰れを狩る際、一緒に付いて来ていた。

 事実なのでセイラムは特に隠す事も無く、投げかけられた問いの意味を理解できなかったが素直に頷いた。


「はい、そうですけれど。それが一体……?」


「いいかね、考えてみるといい。眼潰れの様な凶悪なモンスターと相対しようなんて、普通の肝の持ち主なら腰をぬかすか下手をすれば気を失っている。ツェイト君、その時のセイラム君の様子はどうだったね?」


 話を投げられたツェイトは一瞬だけ呆けるが、ありのままの事実をヒシバに伝える。


「……眼潰れを見て動揺した様子ではありましたが、取り乱すような事はありませんでした」


「それだよ、私がセイラム君の事を評価したいのは」


「あの、ちょっと大げさでは……私の側にツェイトがいましたし」


 セイラムは此処まで己の行動に対していやに褒めちぎられている様で否定気味だ。しかしヒシバが首を横に振る。


「大げさなものか。実際、眼潰れと遭遇して奴の迫力に肝をやられて失神したクエスターが出たのは他の生存者が遺した記録で確認されている。結果、そういう者はその場で命を落しているか、生き延びたとしても遅かれ早かれクエスターを辞める」


 故にとヒシバは、クエスター組合ワムズのまとめ役の男は、目の前の若きクエスターへ説き聞かせた。


「君は自分より強大な脅威に立ち向かえる最初の下地が出来ている様だな。これはクエスターという職業に就いて今後生きて行く者にとっては必要な心得だ。つまり君は、間違いなく一人前のクエスターたり得るのだ。今回の昇格は、君の将来を期待した上での判断と思ってほしい」


 じっとヒシバの言葉に耳を傾けていたセイラムは、外骨格で覆われた手で頭を軽くかきながら胸元に紐で吊るされたクエスター認定証である腕輪を手に取り目を細めた。

 ツェイトはそんな様子のセイラムを隣で静かに見守る。仮にどのような答えを導いたとしても、それに沿う心算ではいた。

 ヒシバとアブズミも急かすことなく若いクエスターの結論が出るのを待っている。


 そして、しばし考えを巡らせていたのだろうセイラムが深く息を吐いて沈黙を破った。


「……分かりました。2本線への昇格、受けます」



 こうしてツェイトとセイラムの二人は昇格を果たした。

 新しい証明証の手続きは省略され、同時に今回討伐した眼潰れに賭けられていた懸賞金と解体した部位の買い取り金が提示されたのだが、その金額が問題だった。

 何せ結構な量なのだ。この世界の貨幣は全て“ジェネ”と呼ばれる硬貨が共通なのだが、今回受け取る金額の数たるや総計1000万ジェネ。長い間討伐されず、被害だけが年々確認されていた為年を越すごとに賞金額が上がって行き、今の金額になったと言われている。

 ツェイトはNFOでそれ以上の金額を所持していたのでそれ程驚きはしなかったが、セイラムの方は今まで見た事のない金額とジェネ硬貨の量に言葉を失い、果てには眩暈を起こしたのか頭をグラつかせていた。

 

 一気に所持金額が跳ね上がった二人だが、ツェイト達からすればこんな大金をポンと渡されてそれを世間に見せびらかす様に持ち歩こうなんて真似はしたくないので、早速組合のサービスを活用する事にした。

 組合の提供するそのサービスの名は金融業務。

 要は現代社会で言う所の銀行の預貯金を行う事が出来るのである。

 2本線のクエスターから受ける事が可能なそのサービスは、登録と引き落とし貯金の際に手数料を支払う必要があるが利用しているクエスターは多いそうだ。

 とりあえずツェイトの名義で一つ登録し、それを今後は二人で利用する事にした。

 一気に大金が手元に入った事で懐が温かくなった二人は折角だからと記念すべき最初の引き落としをする事にした。

 最初に引き落として使ったのは、すっかり遅くなってしまった夕飯を取るための外食代だった。

 





「随分とあの娘を買っておられやしたなぁ」


 ツェイトとセイラムの二人が組合から出て行ったのを見送った後、アブズミとヒシバは夜勤の職員しかいない組合内の、ヒシバの執務室で先の二人組の事を話題に話に花を咲かせていた。

 夜も遅くなった事で仕事が終わった二人は、軽い服装で畳の敷かれた床に胡坐をかいて楽にしている。


 アブズミはあの昆虫人の娘へのヒシバの対応を思い返して皮肉気に笑った。

 アブズミとヒシバの付き合いはそれなりに長い。お互いもっと若い頃……一介のクエスターとして頑張っていた頃からの腐れ縁である。

 だからアブズミはこのヒシバと言う男の人となりを知っている。

 だから断言も出来る。この男は単に気に入った人物がいるからと言って無駄に贔屓する人物ではないという事を。


 そんなアブズミの心境を察したのか、当のヒシバは心外そうに顔を顰めて言葉を返す。


「組合の対面を保つための説得だったのは間違いないが……彼女の胆力が本当ならば期待したいのも確かだ。それにアブズミ、お前は気が付かなかったか?」


「何がで?」


「あの娘の動きさ。拙い所も多少は見受けられたが、あの若さにしては大分鍛え込んであった様にも私は見えた」


 ヒシバは、かつては武者修行で国々を渡り歩きながら己の剣の腕を磨く事を追い求めた剣士にしてクエスターの一人だった。クエスターになったのも、修行の一環としてモンスターの討伐を行いつつ金稼ぎも出来ると都合が良かったからなっただけに過ぎなかった。

 今でこそ組織に属してワムズ内に点在する各支部の取りまとめをするという大任を任されるまでに至ったが、現役時代のヒシバを知る者は彼が口数の少ない求道的な男である事を知っているので、よくぞこんな社交的な人物になったものだと驚いていたとか。やはり年月は人を変えるであろう。

 そんな経歴を持っているからだろう。肉体は全盛期から衰えてきているが、培ってきた観察眼は今も健在だ。その眼が、セイラムの挙動に対して体の軸が殆どぶれていない事を発見したのだ。

 あれは一朝一夕の鍛錬で身に付くものではない。それこそ長い年月をかけて鍛え込んで体に憶え込ませるものだ。その事実に行き着いたからこそ、ヒシバはセイラムと言う娘にますます興味を抱いたのだ。


「あっしは死んだ生物を解体するのが専門ですぜ。そもそも武芸者様の事はアンタとは違って門外漢でさ」


「良く抜かす。お前とて昔はモンスター討伐では一角ひとかどのクエスターだっただろうに」


 ヒシバにジト目を向けられているアブズミもまた当時活躍していたクエスターであったが、こちらは刃物で生物を斬る事に愉しみを覚えると言う言葉だけなれば紛う事なき危険人物そのものであり、当初クエスターになってモンスター討伐を専門にしていたのも「人を斬ったら咎められるが、モンスターを斬ったら喜ばれるから」という傍からすれば恐ろしい理由であった。もっとも、賞金の掛けられた人であればその場限りでは無い。

 現在はうまい具合に人格更生が成された様で、こうして組織の中で人に指示を与える立場に立てる位にはまともになっている。


 互いに方向性がまったく違う二人であるが、己の我欲を満たすためにクエスターを利用したという点では全く同じであった。なのでヒシバが先ほどセイラムへ口にしたセリフはまさに自分へと返ってくる。


「生憎、その頃のあっしが狩っていたのはモンスターであって、武芸者様じゃあありやせんでしたからねえ」


 そう言うのは興味がありやせんでしたからねぇと低い笑い声を口から漏らすアブズミの姿にヒシバが呆れ顔で見返す。


「……お前、そこそこ歳を食ったくせにその癖は相変わらずだな……まぁ、今更どうこう言いはせんが」


 とにかく、とヒシバは話題を戻して再びあの昆虫人の娘の事を思い返した。


「あの娘の養父の名は、確かウィーヴィルとか言ったかな」


「それがどうかしたんで?」


「…………私はその名をどこかで聞いた事がある気がする」


 そう、ヒシバがずっと頭の片隅で引っ掛かりを覚えている事がある。面接を行った時に訊いたあの娘の育て親の名前だ。

 記憶力にはそれなりに自信のあるヒシバがこうも思い出すのに難儀するという事は、ここ数年の間に耳にした名前ではないのだろう。もっと昔、それこそクエスターとして諸国を旅していた頃なのかもしれない。

 そんな古い記憶であるにもかかわらず、こうして今も尚断片として記憶の片隅に残っているという事は、かなり当時のヒシバにとって印象深い人物だったと思われるのだが、どうにもしっかりと思い出す事が出来なかった。

 これはすぐには思い出せそうにもないと諦めたはヒシバは、一旦記憶の海から意識を引き上げるとあの二人がこれから何をしていくのかについて思いを馳せて行った。


「あの男の存在で隠れがちだが、あの娘もしかすると……ふふ、もしかするかもしれんな」


 クエスターの世界が華やかに見える者もいるであろうが、極めて残酷な側面が必ずしも付きまとうのが現実だ。

 なので、無駄に夢見がちだったり何かを勘違いしたような輩を振り落すために、組合は試験内容が“あのような”状況になっている事をわざと黙認している。仮に国内の権力者たちが何かそれについて文句を言ってきたとしてもそれを跳ね除ける力を組合は持ち得ているのだ。

 クエスターの事業は各種族国家の経済の重要な位置に組み込まれている。仮にクエスターと言う存在が無くなれば、国々は致命的な深手を負う事になるであろう。今の国々の成り立ちに就いて歴史を紐解けば、そこにはクエスター達の助力があったのを国の要人や識者たちは知っている。

 


『ヒトよ、道を切り拓く者で在り続けなさい』

 

 かつて世界で最初のクエスターとなった人物がその様な言葉を遺している。

 停滞と衰退を良しとせず、あの灰の時代の暗黒期を抜け出するべく、ひたすら人類の繁栄を目指してクエスター達の最前を駆け抜け続けていた人物の言葉は、他のクエスター達にとってとても重く響いた。

 攻略できる遺跡や踏破できる領域が減少し、モンスター退治に重きを置いてきている今日こんにちでも、これだけは決して忘れる事のない様にと全ての組合関係組織の訓示として用いられてきた。

 その教えはヒシバ達にも受け継がれている。願わくば、あの将来に見込みのある若者がクエスターとして活躍して欲しい。そういう考えでおせっかいを焼いたが、次からは必要あるまい。彼女の隣には、それよりも頼りになる男がいるのだから。とはいえ。


「あのカブトムシの男、何者なのだろうなぁ……」


 並の昆虫人の倍近くはある背丈と、その巨体に見合った分厚い外骨格の鎧を身に纏う深く青いあの姿。

 戦闘能力もまた驚天動地を体現したかのようであり、この間の大門前の騒動では拳を振るっただけで大地を切り裂き大気が消し飛ぶと言う現象を引き起こしたという報告がきているのだ。

 これで乱暴者だったら目も当てられない事態が引き起っていたかもしれないのだが、幸いにも本人は思いの外穏やかな人柄だった。

 だが純朴と言うほどに純粋では無く、酸いも甘いもそれなりに経験してきた様で、此方に対しては利害関係を認識したうえで上手く付き合っていこうとしている節が見受けられた。

 下手に力任せで単純であったり、斜めに構えたひねくれ者などに比べれば十分に好ましい人物ではある。恐らく彼自身が譲れない領分に抵触さえしなければ今後も上手くやっていけるであろう。

 そう言う意味では今回の試験は大当たりの大豊作だった。それと入れ替わるようにして、今までワムズ近辺で活躍してくれていたアリジゴクの男、ダンが亡くなってしまったとしても。


 ヒシバは眉間の皺を深くしながら歯を噛み締めた。

 思い返すだけで忌々しい。色々と情報を調べてみれば、あのダンの謎の凶行は大門前で暴れていた件の連中と関係しているらしいと言う所までヒシバは突き止めていた。

 しかもその件の連中は、過去の時代に脅威を振りまいていた組織の残党と目されているではないか。

 そんな、大昔の残りカスの様な輩によって今を生きるあの男が失われたと言う事実がヒシバは気に入らなかった。

 

「あの二人には消極的な干渉で留めると言いはしたが……アブズミよ、私はこの件について大人しくするつもりは無い」


「……他の連中のケツに火でも点けるおつもりですかい?」


「ああ、組合の本部と各国の支部の纏め役達に事の詳細を伝えて危機感を煽らせる。あの連中が本物なら、他の国にも必ず残党勢力が潜んでいる可能性が高い。他人事だとふんぞり返っている内に足元から食いつぶされて惨事を引き起こしたなどと、後世の歴史に語られたくは無かろうよ」


 彼の組織、霊長医学機関の存在はヒシバ達も良く知っている。

 クエスター組合が保管している過去の資料の中には、霊長医学機関の残党の討伐記録も厳重に保管されているのだ。その記録を調べてあの組織のやってきた諸行の悍ましさに怖気が走ったのをヒシバは今でも鮮明に覚えている。

 恐るべきはヒトと言う種の業の深さか。ヒトの命をまるで薪へくべる様に消費していく研究内容の数々は、読み終えたヒシバの精神を著しく消耗させるほどに衝撃的だった。しばらく肉類の摂取を控えてしまった程に。


「それにあのような狂気の集団は、存在しているだけで災厄をまき散らすだけだ。見つけ次第何とか叩いておきたいのは、我々だけではない。どちらにせよ、この一件が明るみに出れば、世界が奴らを狩りだしに動くぞ」


 それ程までに恨みと憎しみを買い込んでいる彼の組織に対して同情などある筈もない。


「しかしまぁ、あいつら何であんないかれた実験を延々と繰り返してんですかねぇ?」

 

「さてな。“あんな事”を平然とやるような連中の頭の中など、分かる奴の気が知れんよ」


 もし知る者がいるのならば、それはこの世界の創造主しかいないだろう。

 ヒシバはいるかも分からぬ超常の存在を思い浮かべ、栓無き事だと苦笑した。



 一夜にして小金持ちになってしまったツェイトとセイラムなわけだが、その日の夜は二人で街中に開いていた屋台を食べ歩く事にした。

 貯蓄に余裕が出来たので互いを労う意味を込めてそれなりの予算を用意し、ツェイトの巨体でも一応利用出来る屋台を狙ったわけなのだが、思いの外セイラムが健啖家だった事も手伝い数軒の屋台を渡り歩く事になった。麺類、揚げ物を主とした惣菜など、各屋台ごとに並べられた食品は二人の目と舌を楽しませた。

 その際に屋台ののれんを二人がくぐる(とはいえツェイトは覗き込む態勢だが)わけだが、そのたびに店の人や利用客達がツェイトの姿を見て仰天する。

 いくら街中に街灯が設置されているとはいえ、夜闇の中から青白い眼光を灯らせながら3m以上の巨体がぬっと現れれば、すわモンスターが侵入してきたのかと勘違いして酔いがすこし覚めたのだとか。

 しかし正体を明らかにしてみればお国柄なのか、この種族間連合内だからと言うべきか、ツェイトの存在は意外とすんなり受け入れられた。曰く、この国では御目出度い姿をしているそうだ。あと強いて言えば、皆酒精を摂取しているので酔っぱらってノリが良くなっていた事も起因しているのかもしれない。

 そのおかげで酒を勧められたのだが、そこでセイラムまで混ざって酒を飲んでしまい、大変な目に遭った。

 


 夜が明け、再び朝日が一日の始まりを告げる。

 屋台からそのまま持ってきてしまった水桶を抱きかかえたまま寝転がっているセイラムがようやく目を覚ました。

 

「んはッ!? ……あぇ? 何だこれ?」


 何かに突き動かされたかのようにビクリと体を震わせながら状態をおこして覚醒したセイラムは、辺りを見回した後に自分が抱きしめている水桶の存在に気が付き首を傾げた。


「……おはよう。その水桶に覚えはないのか?」


 ここ最近ではお馴染となった朝の光景。川岸で野宿をしている二人の内、先に起き出す事が多いツェイトが胡坐をかいたまま呆れたように挨拶とすると、セイラムは抱きかかえていた水桶に視線を戻して困惑する。


「……私、昨日の夜なにやってたんだろう?」


 どうやら昨晩の記憶すら思い出せないくらい酒に呑まれていたらしい。

 事の顛末をざっくりと言うのならば、酔っぱらったセイラムが駄々をこねて屋台から水桶を持って帰ろうとしていたので、ツェイトが屋台の店主と相談して買い取ったのだ。


 事の始まりは、数軒食べ歩いていたツェイト達は最後の締めとして選んだ屋台でセイラムが他の客から酒を勧められていた事から始まる。

 最初こそツェイトも未成年の飲酒と見做して止めようとしたのだが、考えてみればこちらで飲酒の年齢制限は大分ゆるいようで、セイラムも飲んだことがあると言っていたから最終的にはそのまま酒を飲ませていた。


 その時ツェイトに過失があるとするのならば、セイラムが許容できる酒精の量を事前に把握するべきだったのだろう。

 最初は問題なかったのだ。徳利と御猪口で提供された日本酒そっくりのそれを一口二口、更に五口六口と飲んでも全然酔う気配のないセイラムの様子に、店の人もその場にいた客も中々酒に強い娘だと感心していた。ツェイトも徳利をそのままぐいと一息で飲みながらその様子を見ていたのでよく覚えている。

 そこから他の客が囃し立て、更には奢ってまで酒を勧められてしまい、セイラムもそれを断らずに飲むものだから、ほいほいと口にしていく内にとうとうセイラムの様子がおかしくなった。


 とんでもなく笑い上戸だったのだ。

 顔を赤くしながら何やらふにゃふにゃと言いながら突然大爆笑し、ツェイトも流石に止めようとしたら、今度はツェイトの腕にしがみ付いてケタケタと笑う始末。

 いよいよ不味くなってくると、今度は視界に入った水桶に飛びかかって「わらひ(私)はひょの桶を飼うんにゃ! らいひょーぬ(大丈夫)! 餌やりゅと面倒はにゃんとにゅるにょら!」と最終的には言語として機能しない程に呂律が回らなくなった舌で訳の分からない事を口走って一向に離さなかったため、埒が明かないと思ったツェイトが店主に頭を下げながら水桶を買い取ったのだ。

 

 思い出したか? とツェイトが昨晩の事を話すとセイラムもようやく思い出してきたらしく、徐々に顔面を真っ赤にさせながら震える両手で顔を覆いながら状態を起こした態勢のまま真横に倒れ込んだ。

 外骨格で覆われた両手の隙間からか細い声が漏れる。


「ご、ごめんなさいいぃぃ……」


「まぁ、俺も止めなかったから強く言うつもりは無いんだけどさ、まさかあそこまでご機嫌になるとはねえ……」


「忘れてくれよ! 頼むから! 私だってあんなになるなんて思わなかったんだ!」



 ……もしかしてストレスが溜まっていたのだろうか? ツェイトは目の前で自己嫌悪に陥って青くなっているセイラムを見てふとそんな事を思いついた。

 カジミルの村を出てからセイラムはこちらに来るまで、基本的にツェイトの意向に沿う形で一緒に行動している。

 元々セイラムは仮面の兵士達に襲われた彼女の故郷であるカジミルの村を追放された身だ。先の仮面の兵士達がセイラムを狙って村を襲ってきたのでその厄介払いとして追い出され、プロムナードを探しに旅に出たツェイトに付いて行く形となっている。


 誰かから強く嫌悪される事も無く、物心つく前から暮らしていた故郷から追い出され、訳も分からず何者かに狙われながら付き合いの短い男の旅に同行しているのだ。

 そうやってセイラムの環境を振り返ってみると、ストレスが溜まるには十分な状況だった。


 疲労やストレスが溜まっている人間がアルコールを摂取すると、通常よりも酔いやすいと言うのをツェイトは聞いた事がある。多少の違いはあれど、昆虫人もおそらくその適用範囲内であろう。

 

「……まぁ桶の代金だって大した金額じゃなかったんだ。とりあえず井戸で水飲んで顔洗ってきたらどうだ? 酷い顔をしているぞ」


 そういってヒグルマ達が暮らしている長屋に設置されているポンプ井戸がある方角へ指差した。

 本来は長屋の住人達が使うために設けられたものだが、迷惑をかけないように使うのならば咎められる事は無いし、何よりツェイト達が長屋の住人であるヒグルマと知り合いという事もあったので、この都に来てからはよく利用させてもらっている。


「……そうする」


 ツェイトにそう言われたセイラムは、井戸へ行くためにそのそと起きあがる。


「あぁそれと」


 そこへツェイトが声をかけて呼び止めた。


「今後も酒を飲む機会が出て来るだろうセイラムの為に、俺から助言を一つ」


「……何だよ?」


「“飲んでも呑まれるな”。自分の酒精への限界を知っておいて損はないぞ」


 それはツェイトの元の世界で古来より酒飲み達に伝わっていたことわざである。

 別の世界の教訓を聞かされたセイラムは肩を落とし、頭をかきながらとぼとぼと井戸へと向かう。昨晩買い取る事になった水桶を片手に。

 朝っぱらからセイラムの背中が妙に煤けて見えた。






「まぁ、順風満帆そうで良かったじゃねえか。それで? シチブとは今日出るのか? 御大尽様よ」


「その予定だ。昼までには出ようと思う。……その御大尽様ってのは何だ」


「懸賞金付きのモンスターを仕留めたんだろ? なら懐が温かくてしょうがねえお前さんは間違いなく御大尽様だな」


「……正直、急に大金が懐に転がり込んで戸惑っている」


「あぶく銭と言いたいのだろうがよ、あって困る事もそうは無いだろうから精々上手く使うんだな」


 例によって例の如く、ツェイトはヒグルマと人気のない川岸でだべりつつ今後について話し合っていた。


 この場にセイラムはいない。

 昨晩金融機関からおろした金がまだ残っているので、それを使って旅に必要な品を買い出しに行かせている最中だ。

 たまには一人で行動させてあげた方が良いだろうと言うツェイトなりの気配りもあったし、ヒグルマとプレイヤー同士の話をしたいが為の人払いも兼ねていた。

 本人自身も腕っぷしはそこいらのゴロツキよりはあるだろうし、危なくなったらさっさと逃げる様に言い聞かせているのでそうそう不味い事にはならない筈だ。


「……面倒くせぇ連中が現れたもんだ。俺にまともな手傷を食らわせてくる奴なんざ、同じプレイヤーに手違いで食らった時以来だ」


 どんな手違いでそんな事になったのか気になるツェイトだったが、ヒグルマがこの間負傷していた脇腹をちらりと見た。


「傷はもう良いのか?」


「あぁ、この体のおかげでかさぶたも残ってねえよ。傷の治りが早すぎるもんだから、世話になった医者が目を丸くしていやがった。内臓の方もばっちりだとよ」


 さらしを巻いた脇腹をなでるヒグルマの顔に苦悶の表情は無い。

 大門前で脇腹を仮面の兵士の指揮官と思しき存在に串刺しにされていたので心配したが、翌日には完治していたらしい。

 元々肉体の治癒力に秀でていた昆虫人が最古参クラスの高ステータスと技能の数々の恩恵により、肉体の生命力も超人のそれと同レベルに至っている。

 どうやら本当に大丈夫なようだ。あの時怪我をしたと聞いていたので心配をしたが、それももう無用だった。

 それよりも、とヒグルマは眉間に皺を寄せる。


「この間デンショウ大臣の前でお前から説明は聞いちゃいたがよ、なんだありゃ。改造されたみてえなハリマオに影を使う餓鬼……ありゃ暗黒物質系の種族か? 俺もこの世界に来てから3年位経つが、こっちじゃ初めて見たぞ」


 ヒグルマが苦々しく口にするのは件の仮面の兵士達の指揮を執っていた者達の存在だ。

 特に影を操っていた指揮官は、ダンを操り罪を被せた挙句の果てに死に至らしめた原因を作ったのだ。憎くないワケが無い。


 問題はその二人の、というよりもツェイトが仕留めたハリマオであろう。

 ハリマオはNFOではプレイヤーのみが変異する事が可能とされていた種族だ。それの意味する所はつまり――。 


「……あれはプレイヤーだったのだろうか?」


 ツェイトはあの時から頭の片隅に残っていた懸念を口にした。

 ツェイトが知るハリマオと言う種族の特性、そしてデンショウ大臣から聞かされた兵士達の正体と目されている組織の特色、それらを踏まえて考えると恐ろしい可能性が浮かび上がってくる。

 

「考えたくねえ話だが、可能性は十分あるだろうな。しかも分からねえのが、俺や特にツェイトの事を見ても反応しなかったつうか、プレイヤーだって認識しちゃいなかったんだよな?」


「ああ、初めて会った時も俺をハイゼクターじゃなくて、確か未確認の種族だとか言っていた」


 ヒグルマからの質問にツェイトが思い返してみても、あのハリマオ――鉄仮面の男からプレイヤーらしい素振りは見られなかった。他人の振りを演じられていたらそれまでなのだが、それ以上について今のツェイトには知る術がない。


「……ま、今ここで俺達が意見を出し合っても情報が足りなすぎるからどうしようもねえな。一番情報を持っていそうな奴がいるとしたらシチブの雇い主だろうよ」


「あいつかぁ……」


「あいつが俺達の中じゃ結構長く居るらしいからまぁ、今度会った時にでも訊いてみちゃどうだ?」

 

「お前は訊かないのか?」


「そうしてえんだがよ……」


 するとヒグルマは後頭部をバリバリとかきながら困り顔でぼやいた。


「……場所がこのワムズ国内じゃねえんだよ」


「え? じゃあ、何処に?」


 “同族”だったので、てっきりワムズ内にいるのかと思ったツェイトは少し予想外だった。


「ああいや、実は俺もまだ行った事ねえんだが、少なくともワムズ国内じゃねえらしいんだ。……俺はどうも国と接点持ったのがまずかったらしくてな、ちと距離を取られちまってるみてえで教えてもらってねえんだよ」


 国家や政治と接点を持つ事が嫌なのだろうか。

 ヒグルマへの対応はあの人物らしいと言えばらしいのだが、ちょっと冷たくも感じるのも相変わらずではある。

 とはいえあくまでこの世界でのあの人物の立場を知らない客観的な感情なので、どうこう言うのは無責任だと思いツェイトは思考を切り替えていると、ヒグルマは苦虫を噛み潰したように顔をしかめて溜息をついていた。


「この世界、俺達古参組がやたら強いものかと考えていたが……油断してると足元を掬ってくる何かがいるみてえだな。……クソったれ、マジで油断しちまった」

 

 吐き捨てながら脇腹をさする所を見るに、あの影を操る指揮官との戦いが余程堪えたらしい。もしくは、ダンの一件の事を言っているのだろうか。

 

 ヒグルマの言葉は尤もである。

 ツェイト本人からすれば大したことの無かった賞金首モンスターの眼潰れでも、倒して戻ってくれば周りの反応は大騒ぎであった。

 貰った賞金が高い事に越した事はないのだが、どうにも此方(こちら)彼方(あちら)の認識の食い違いに違和感が未だ拭えていない。


 どうも空気が悪い、

 そこでツェイトは話題を変える事にした。


「ところで気になったんだがヒグルマ、お前はクエスターの認定証を付けているように見えなかったんだが、どうしてるんだ?」

 

 クエスターの試験以降色々な事が起こっていたので思考の片隅に追いやっていたのだが、此処に来て余裕が出たからツェイトは訊いてみる事にしたのだ。


「あん? あぁそれならほれ、ここだ」


 そう言ってヒグルマは身に着けているはっぴをめくると、腰に巻いている帯に吊るされているのが見えた。

 赤い腕輪に黒い4本線。それは限りなく最高位に近いクエスターである事を表している。


「一々腕に付けてるのが邪魔だったからな。他のクエスター達も腕意外につけている奴は結構いるぞ」


「へぇ……まぁセイラムも紐で首に吊るしているし、俺も普段は“脇腹”の中にしまっているから人の事は言えないか」


 そう言ってツェイトは副腕を展開し、その手首に嵌めている一本線の認定証を改めて見る。

 思えばこれもすぐに見納めとなるのだから ちょっとだけ名残惜しさがあった。


「そういやお前、昇格するんだったっけか? なんだ、四本線になるのか?」

 

「いや、三本線だよ。それで十分だ。セイラムが買い出しから戻ってきたら組合で証明証を交換するから、そのままシチブと合流して此処を出る予定だ」


「そうか……ま、達者でやりな。精々あの娘に迷惑と心配をかけんようにな」


 何気なく言われた言葉にちょっぴり傷ついたツェイトが少しだけムキになって反論した。


「失礼だな。これでも気を配っているつもりだぞ」


「なら良いんだがね。俺も大した事を言える立場じゃねえが、お前さんはそれに輪をかけて女っ気が無いし、野郎どもとつるんで馬鹿やってるイメージが強いからな」


「……お前もその内の一人だという事を忘れるなよ」


 実を言うともしセイラムがもっと女らしい人物だったらもっと苦労していただろうなあとツェイトは思っていたが、其処は胸に留めておく事にした。

 いくつになっても童心を持ち続けたままと言うか、子供のままだと言うべきか。20代後半、ないしは30台に突入している可能性のある男たちが別れの際に語る言葉としては実に軽かった。





 「頑張れよ」と別れ際に激励してくれたヒグルマの元を発ち、二人はクエスター組合に向かって証明証の交換を(つつが)なく済ませ、その際にシチブからの指名依頼があるのを確認して正式に受領し、現在シチブと待ち合わせの為にディスティナの大門前で待ち合わせをしていた。

 シチブに言われた通り貰った呼び出し用の種子を潰したのだが、その際「ピンポーン」と植物にあるまじき音が鳴り、その場に居合わせた周りの人達と一緒に目が点になっていたのは此処だけの話。


「よお待たせたな。準備はばっちりか?」


 大門の内側――ディスティナ側から大きなバックパックを背負ったシチブが片手を上げてツェイト達へ気安げに近づいてきた。2m近くもある長身と風貌も相まって結構目立つため、通行人達がちらちらとツェイトとシチブの二人に視線を向けているが、シチブ本人は全く気にしていない様だ。

 何時でも行ける旨を伝えると、そうかそうかそりゃ結構と言いながら背負っているバックパックをおろし、中から何かを取り出しはじめた。


「折角空飛べる奴と一緒に行くんだからちょっくら楽させてもらわんとね」


 そう言って取り出したるは、―――ハンモック。

 本来の用途とは違うのではあろう。ツェイトはそれの使い道を察した。


「それを持って運べと」


「代案もあるが」


 再びバックパックに手を突っ込むと、今度はブランコの吊り具のみを取り出した。縄と木の板で構成されたクラシックタイプだ。

 いくら見た眼とは裏腹にこのバックパックがとんでもなく大容量とはいえ、何でこんな物を入れていたのだろうか。あれか、青空と白い雲に見下ろされながら小鳥たちと一緒にアルプスの少女でも気取るつもりか。歳考えろとまでは言うつもりは無かったが。


「頼むよー、依頼主からのたっての願いじゃんかよー、ちょっと奉仕の心を見せつけてくれちゃっても良いじゃんかよー」


 なーなーと肘で突いてくるシチブに少し呆れるツェイトだが、元より飛んで移動する予定だったのでその要望に応える事にした。

 陸路を通るよりかは大分ましであろう。ワムズの国土は山が多いので、如何に街道であろうと大変な事に間違いはないので空を飛べるのならそれに越した事はない。幸いな事に飛ぶ事に対する法的な拘束もこの世界では今の所存在していない。



 こうして一時的ではあるが、ツェイトとセイラムの二人に一人奇妙な女が護衛対象と言う形で加わり、新たな目的地を目指してディスティナを後にして午後の空へ飛び立った。

 行き先は昆虫国家ワムズの隣国、エルフ達で構成された国家アルヴウィズ。

 其処にセイラムの武器を用意してくれるかもしれないNFOプレイヤー二人が住んでいるらしい。

誤字などがありましたらご指摘ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ