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紺碧の大甲虫  作者: そよ風ミキサー
第三章 【エルフの国と厄災の兵士】
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第18話 眼潰れの謎

文字数:約16000文字

 時間つぶしも兼ねて首都ディスティナの商業区画へ足を運んだツェイトとセイラムは、物は試しという事で先程話した通りセイラムの武器を見に来ていた。


 奥様方の集う食糧市場を抜け、雑貨市場を通り、辿り着いた先には刀剣を中心とした武器を取り扱う商人達が集う区画が広がっていた。

 取り扱う物が物なだけに、その周辺を行きかう人種はクエスターや武芸者等の荒事に長けた者達が大半だ。

 中には上流階級の武士の思しき人も供の者を連れて店の中へ入っていく姿が見受けられる。


 そんな光景を見ながらツェイト達は通りを進んでいく。

 皆の視線が集まっているのを無視して、セイラムと一緒に一件ずつ店の入り口から中を覗き込んで中の様子を伺ったりしていた。

 たまに店の中から出てきた客が入り口から覗いているツェイトと目が合い、変な声を上げて飛び退いた拍子に商品棚の中に尻から突っ込んで商品を崩してしまう光景などが見受けられた。


 ツェイト自身は外で見ているだけでは何なので店員を呼んで実際に店の商品を実際に手に取れないか尋ねてみては、セイラムに持たせて実際に使い心地などを体感させてみせていた。

 日本の大昔の文化に似ているからか、どこも刀は必ず取り扱っていたが、両手剣などの西洋の武器類も基本的なものがある程度揃っているのは、周辺の近隣諸国と陸続きで盛んに交流をしているからであろう。


 ツェイトも店員に頼んで店の外まで持って来てもらって見てはいた。

 流石に商人系の職業が持つ鑑定技能などを身に付けてはいないので明確な事は言えなかったが、身近に槍使いがいた為武器の程度などは何となく分かった。

 

 しかしこの店、ひいてはこの国では立派な武器なのだろう。値段の方もそれなりに稼いだクエスターでもなければおいそれと手の出せる価格では無かった。

 元々通りの表に並んでいる店自体がしっかりとした店構えの為か、安いものでも食事つきのそれなりに良い宿に数泊は出来る位はかかる。店内の内装が綺麗だし、中にいる客の身なりの良さからもしかしたらブランド店だったのかもしれない。


「ありがとうございます。こちらの槍はお返ししますので」


「はい、確かに。……ちなみに何か良いものは見つかりましたか?」


「ええ、今回は連れの手持ちを買い替える為の下見で伺いましたが、とても参考になりました」


 通りに並ぶとある武器商店の前でセイラムが手に持っていたその店の商品である槍を返すと、ツェイトが店の人へ礼を述べていた。

  

「それはようございました。……本音で言わせていただければこのままお買い上げいただければなんて思っちゃいますが、そこの所どうです?」


「手持ちが揃ったら前向きに検討させていただきます」


「はは、左様ですか……それではお財布に余裕が出来ましたら是非お越しください」


 少し肩を落としながら見送る定員に別れを告げ、ツェイト達はその店を後にした。



「で、色々と回ったわけだけど、実際どうだった? 馴染みそうな物はあったのか?」


「うーん……」


 通りを歩きながらセイラムに今日見てきた店先の槍の感想を訊いてみるツェイトだが、当のセイラムは手を握っては開いてを繰り返して槍の感覚を思い返す素振りを見せている。


「斬ったり突いたり出来れば後は別にかまやしないんだ。あと、頑丈だと嬉しいな。あ、頑丈なのはいいけど重過ぎるのはちょっと……」


「成程、頑丈な奴か」


 確かに武器の頑強さは必要なステータスではある。モンスターであれ人であれ武器を劣化、または破壊して来る者はNFOにいるし、今後此方の世界でもそのような事態が起こらないとも限らない。

 正直なところ、今日回ってみた武器商店のどれもがツェイトの眼から見れば店の人には悪いがいささか心許なく思えた。NFO内で上等な武器を見続けてきた所為で感覚がずれているのかもしれない。

 折角なのだから良い物を選ぼうと思うのでツェイトは己の基準で“それなりに良さそうな”商品を探そうとしたのだが、これでは買うのを少し躊躇ってしまう。

 

 セイラムに訊ねていたが、ツェイトはもう少し探すつもりだ。

 あまり長々と探してそれに時間を取られるわけにはいかないので、最悪の場合、その場しのぎでさっきまで見てきた武器商店のいずれかから買う事になるかもしれない。


「どうする? こうなると裏通りとかの店も見て回った方が良いのか?」


「治安の悪い場所に脚を突っ込みそうだからそれは避けたい」


 思い切って裏通りの小さな店に眠る珍品に賭けてみるのも手かという案が出たが、この商業区画は取り扱う商品の関係か一部治安の悪い所もあるらしいので、却下となった。

 チンピラに絡まれた程度でどうこうされる程軟なツェイトではないが、セイラムが一緒にいるので彼女も巻き込まれるのは面白くないと避けたのだ。


「ここ以外に店なんてあったか?」


「一応、アテがあるにはある。今度はそっちに行ってみよう」

 

 そう言いはしたツェイトだが、確約された事ではない為これもある意味では賭けに近かった。


「何処へ行くんだ?」


 セイラムは昆虫人特有の黒一色の瞳で隣を歩く己の倍近くもある大きな人型のカブトムシを見上げた。

 その問いへ応じる様に、人型のカブトムシもその青白い眼光でセイラムを見下ろす。 


「とりあえず、ヒグルマの所だな」







「何? シチブの来る時期だぁ?」


 やって来たのは住宅区の一角に設けられたやや古ぼけた長屋。

 其処に住む同じNFOプレイヤーである昆虫人の男、ヒグルマの元を訪れたツェイトはこの首都へ定期的に訪れると言われているNFOプレイヤー、シチブの事を訊ねていた。

 長屋から顔を出してきたヒグルマはいつもの職人風の装束を身に着けてツェイト達を出迎えてくれた。


 話すには些か手狭だし人の耳も近かったので、ここ最近ツェイト達が寝床にしていた川岸まで向かう事にした。

 その道中でツェイト達が有名な賞金首のモンスターを仕留めた噂が既にヒグルマの耳にも入っていた様で、「幸先のいい出だしじゃねえか」と称賛を贈っていた。

 ツェイトがモンスターにやられない事を確信した物言いは、NFOでこのカブトムシの男が相棒と一緒に暴れまわった頃を知っているからだろう。


 目的地の川岸まで到着すると、ヒグルマは懐からキセルを取り出して火を起こし始めながら元の話題へ戻した。

 幸いにも、人の気配は3人以外いなかった。いないからこそこの場所を選んだというのもあるが。


「で、シチブの事だが……あいつならもうこの都に来てるぜ」


「何だ、もういるのか」


 ツェイトがセイラムに言っていたアテとは、この都に定期的にやって来ていると言われているNFOプレイヤー“シチブ”の事だった。

 そのプレイヤーは過去に商人職に就いていた時期があり、その時の技能を利用して自作した商品などを露店で販売している古参組の者である。

 基本的にそのプレイヤーの販売商品は薬品関係なのだが、商人プレイヤー同士のパイプを通じて武具を販売している事もあるのをツェイトは憶えていたので、何かセイラムの武器に良さげな物をまだ持っていれば買わせてもらおうと考えていたのだ。性格にちょっと難のあるプレイヤーだが、商品の質は本物なので頼る相手として上等なのは間違いない。

 先日ヒグルマから話を聞くに、この種族間連合内を旅の商人として歩いているらしいので、いつこの都を立ち寄るのかが懸念されたが、もういるのならば話は早かった。

 

「どうせしょうもねえもんを露天開いて適当に売ってんだろうよ。知ってるか? あいつ前に来た時はヒヨコ売りやってやがったぞ」


「……何考えているんだあの人は」


「知るかい」


 不可思議な世界に飛ばされてもブレないと言うか肝が太いと言うか、いつも通りなそのプレイヤーに呆れた顔ながらキセルの煙を吐き出すヒグルマに賛同するように、ツェイトも肩を竦めた。

 セイラムだけは話題についていけてないので、話を聞きながらどんな人なんだろうかと首を傾げつつその人物像を彼女なりに思い描いていた。


「それならとちょっと探しに行った方が――――」


 良さそうだな。そうツェイトが口にしようとしたがすぐに噤む。

 何故ならこの場に異変が起きているのだ。




「だーれだ」


 いつの間にか2mに届きそうな長身を持つ服から肌まで全身緑ずくめのガンマン風の女の人型種族がセイラムの背後に音もなく現れ、ハスキーボイスを携えてセイラムの両目を手で塞いでいたのだ。

 音も気配も、この女が姿を現すまでツェイトとヒグルマは感知出来なかった。


「うわああ!?」


 何の前振りも無く突然視界が塞がったセイラムは驚き、顔に被さった腕を振りほどいてその場から飛び退いた。

 余程焦ったのだろう。5m位まで距離を離した後に背負っていた槍を取り出して構えたのだが、ヒグルマとツェイトが「何やってんだお前」と言いたげな様子で女を見ているので困惑気味だ。


 3人の視線を一身に受け止める女は動じない。

 木製の縁で出来たサングラスで目元は隠され、口元はくすりとも笑わず無表情のままに、ツェイトの方へ首だけグリッと動かした。


「私を探す必要なんてないぞ。何故ならば、既に私がお前を補足しているのだ」


「……元気そうで安心したよシチブ」

 

「この人が……?」


 心なしか微妙な雰囲気のツェイトの言葉に驚いたセイラムの反応に、ツェイトが探していた人物ことシチブが反応する。

 首どころか全身が動画で3倍速にしたような速さでセイラムの方へ向き、口元に半月を描くような笑みを作り、そこから白い歯をきらり覗かせてセイラムへ歩み寄る。

 大股で近付いてくるシチブにどう対応すればいいのかセイラムは分からず、ツェイトの方へ顔を向けようとしていたが、時すでに遅かった。

 互いの距離は拳2つ程度まで狭まり、160cm後半の背丈のセイラムを遥かに上回る2m近い長身は太陽を背にして黒く陰った。

 セイラムの視点と日射角度の関係か、女の体は輪郭を残して影法師の様に黒く染まり、セイラムを見下ろす女の白い歯だけがいやに際立っていた。


「やあ昆虫人のお嬢さん。あの年中殆どが女っ気のないカブトムシに中々可愛らしい娘がご一緒とは驚きだが、お名前は?」


「か、かわいい? ……あの、セイラムって言うんだけど」


「ほほう、何ぞ月の代わりにお仕置きをしてくれそうな響きを感じさせるお名前だね」


「つ、月? 貴女は何を言っているんだ……?」


「まぁそんな事は今はどうでも宜しいのだ」


「えぇっ?」


 まるで理解不能な言語と勢いに付いて行けずに困り顔で固定されたセイラムを置き去りにして、シチブが口元に先程の胡散臭い笑みを張り付けたままツェイトへ振り向いた。


「お久しぶりだなツェイト。痒い所に手が届く貴方の隣人が、はるばる出張でやって来きました」


 グローブで包まれた両手の親指を自分に向けて立てる女の顔は、サングラスとテンガロンハットで隠されて怪しいことこの上ない。得意気な顔と白い歯がまたきらりと光る。

 それに金づると堂々と言ってくるあたり、この女の性根がまるわかりであった。

 NFOでも似たような事をよく目耳にしていたので今更どうこう思いはしないが、こんな世界に飛ばされたというのにこの人はちっともぶれないなとツェイトはある種の関心を覚えた。


「何が隣人だ何が。調子の良い事を口にするのも相変わらずだな」


「まぁそう言いうなよ。それでこうやってお前さんに良さげな提案をしてやれるんだから、中々運がいいだろ?」


「……うん?」


 目当ての人物が向こうから接触してきてくれているのだから好都合であったと話を聞く姿勢を取るツェイトに対し、シチブは姿勢を改めてサングラス越しの眼差しをツェイトへと向けた


「お前さん、クエスターになった様だな? お前さんがでかい獲物を仕留めたとこの都のそこかしこで噂が聞こえてくる。ド突き倒すのがお得意なお前さんには天職ってわけだ……ああまぁ、そんな事を言いに来たわけじゃあない。簡単に言えば依頼だわな」


「依頼? シチブが俺に?」


 ついツェイトの口から訝しむ様な声色が漏れた。

 NFOの頃、この女プレイヤーには割と世話になりもしたし、逆に迷惑を被った経験もあるためどうしても疑念が先走る。

 そんなシチブはツェイトの気持ちを他所に話を続けてきた。

 

「正確には、うちの“会長”からだよ。内容次第だが、中々にコレは結構弾みまっせ? そこら辺、ヒグルマから聞いてないのか?」


「まぁ、大体は」


 シチブがどのような立ち位置にいるのかは、ツェイトもこの間ヒグルマから聞かされている。

 その際この女がさるNFOプレイヤーからの頼まれごとで動いている事も知っていた。

 ただしそのNFOプレイヤーが今何をしているのかまでは知らされてはいない。何でも「会ってからのお楽しみ」だそうだ。


 どいつもこいつも皆NFOを初期からプレイしていた最古参組だ。

 しかも顔馴染みなので初対面よりかは大分ましだとは思うが、世界の狭さを感じずにはいられない。


「ほぉそいつは結構。そこの火薬臭いアホはこっちが接触する前に国のお偉いさんと仲良くなっちまったから動かしにくいったらないが、幸いにもツェイト、お前はまだクエスターだが自由が利く。だから今のうちにツバでも付けておこうって腹積もりもある」


 「誰がアホだ」と睨みつける花火師プレイヤーの視線に晒されながらも、明け透けに話してくるシチブ。

 ツェイトはその裏にいるプレイヤーの思惑を推察した。


 相手はお互い知らない仲でもないし、プロムナードと一緒に世話になった事もある。

 たまに何を考えているのか分からない時もある人物だが、会って損は無いとツェイトは判断した。最も、善人と言うわけではないのだが。


「それについては“あいつ”に会ってから考えさせてもらう。……セイラムはどうする?」


「私じゃそこら辺は判断出来ないから、ツェイトに任せるよ」


「と、まぁそう言う事だ」


 流石に即答するのが躊躇われる内容なので、一旦保留と言う形で答える事にした。

 シチブは特に気にした様子は無かった。ふーんと気の抜けた相槌が返って来るだけである。


「すぐに返事を寄越せとも言われちゃいないから、まぁそれで良いさ」


「それと、俺からもお前に頼みたい事がある」


「あ゛? スリーサイズの追及は当店ではお断りしているのですが」


「誰がそんなもん訊きたいと言ったんだ。武器を買いたいんだよ」


 真顔ですっ呆けられ、呆れ返ったツェイトだが、本題は伝えた。

 「お前が?」と言いたげに口元を歪めてツェイトを不躾に見まわすシチブだが、何かに気付いたように隣のセイラムを見て「もしかしてこっち?」と手で促せば、ツェイトが頷く。

 

「この娘に合う槍が欲しい。暫く買い替えなくても済みそうな、良い奴があれば見繕って欲しいんだ」


「今の私は持っとらんぞ。基本、薬専門だし」


 と、期待外れの返事が返って来てもツェイトは特に落胆する事は無かった。ここら辺までは予想通りなので。


「なら他に心当たりはないか? 生産系の職に就いている奴がいると助かる」 


 実際にそれを求める事はいけないのだけれども、とツェイトは己の要求の不謹慎さを内心で自覚しつつもシチブへ更に問いかける。


「そうさな……最寄りだと此処からお隣さんの国に住んでるリュヒトん所なら確実だわな」


 空を見上げて記憶を漁っていたシチブの口からそんな案が出てきた。

 そこで出てきた人名にツェイトが反応する。


「リュヒトが来ているのか……グリースは一緒じゃないのか?」


「仲良くセットで来てやがる。心配せずともあいつらは一緒に暮らしているよ」


「そうか……いや、それはそれで大丈夫なのだろうか」


 会話の中で出た二人の人物について、ツェイトはこの世界へ来た事への驚きと共に心配になってしまった。

 ツェイトが二人を案じるのには訳がある。


 リュヒトとグリース。この二人もツェイト達と同じようにNFOで最古参組に部類する男女一組のプレイヤーだ。NFOの頃にプロムナードと一緒に武具の作成を依頼した時からの仲だ。

 それぞれリュヒトが男で、グリースが女のプレイヤーなのだが、二人は現実世界でも幼馴染同士の間柄で、社会人になってからは結婚にまで至ったというアニメか漫画の世界のようなゴールインを遂げた珍しい男女でもあった。

 その時はツェイトもプロムナードと一緒に祝福し、NFOに結婚のシステムがあるのでやってしまおうという事で、極一部の知り合いのプレイヤーを集めた電脳世界内での挙式に参加させてもらった。

 ……その時お約束でブーケトスも行われたわけだが、まさかブーケがよそ見をしていたプロムナードの顔面に直撃するなど誰が予想できようか。主に女性陣から大ブーイングの嵐であった。

 とは言え、顔面キャッチした本人は立派に娘を(こしら)えているのだから効果はちゃんとあったのだろう。ますますプロムナードの相手――セイラムの母親が誰なのか知りたくなってくる。

 

 しかし、そんな二人のログイン率が当時はめっきり減っていた。夫婦そろって半年以上は顔を見ていない。

 結婚をして、二人共に共働きなので色々と都合が合わないのだろうという事はツェイトも理解していたが、最後にNFOへログインしていた頃の二人の様子がどうも暗く感じていたので、リアルで何かあったのだろうかと心配はした。

 リアルの事を下手に追求するのが憚られたので触れないようにしていたが、もしこの世界に来ててもあの調子を引き摺っていたらとツェイトは気になっていたのだが……。


「んまぁ、会えばわかる。会えばな」

 

 シチブは今の二人の事を知っている様だ。特に心配している様子も無い。むしろ何か意味深な言い振りが気になる。

 彼女はリアルでもOFFで会った事があるなどツェイトより付き合いがある。なので二人が見せたあの様子についてもツェイトよりは詳しい筈だ。

 そんな彼女がそう言うのだから、ツェイトも信じてみる事にした。ふざけた態度の目立つ奴だが、それなりに分別を持ち合わせている事をツェイトは知っている。であるからこうした付き合いが今も続いているのだ。ちょっと辟易する時もあるが。


「ちょうどいい。私は近い内にあいつらの所に行く予定でな、その際お前さん達二人に指名依頼をかけるから護衛に付いて来て欲しい。そこでリュヒトに話せばいい。知らん仲でもないだろうしな」


 嬉しい申し出だったが、ツェイトはその話に疑問を抱いた。あまりにも都合が良い様に思えたので。


「それはこちらとしても都合の良い話だが、まさかシチブが言っていた依頼って言うのはこの事なんじゃないんだろうな」


「当たり前だ。お前さんにはもっと別の事を頼む予定さ。普通の奴ではちょいと対処しづらい様な案件をね」


 そんな言いようでは、ツェイトの中では大体一つに絞られていく。


「戦闘か」


「無いとは言わないが、どっちかっていうとお前さん自身の能力を見込んだ内容になる。見てくれの割にはお前の脚は速いし、災害に遭ってもお前からすりゃ鼻くそみたいなもんだろ?」


 具体的な内容がシチブの口から出てこない事にツェイトはヤキモキしてくるが、セイラムもいる事だし、この場で言い辛いのかもしれない。

 とにかくシチブから悪意は感じられないので、これを突っ返す理由も無いと判断したツェイトは提案を前向きに受け入れる事にした。


「詳しい事は“あいつ”と話してからにさせてもらうが、今回の依頼については受けるよ」


「そうかい。んじゃ、これ」


 そう言って懐から取り出したそれをシチブはツェイトへ放り投げた。

 危うげなく受け取ったツェイトが掌を広げると、クルミサイズの種子のような物が納まっていた。


「準備が出来たらそいつを潰しな。そうすれば私が迎えに行く」


「ありがとう」


「馬車馬のようにこき使わせるための先行投資だと言ったら、どうするね?」


「お手柔らかにしてくれ」


 ツェイトの困った声が可笑しかったのか、それともその隣のセイラムを見て何か思う事があったのか。

 息を吐く様に笑いながらシチブは口の端を少し釣り上げ、そして身をひるがえしてそのまますたすたとその場を辞してしまった。

 


「……何か、よく分からない人だ」


 ぽつりとシチブへの感想を呟いたセイラムへ訂正を求める者はこの場にはいなかった。

 大体シチブと出会った人の彼女への感想は似たようなものである。



 シチブが現れてから、殆ど喋らずに成り行きを見守っていたヒグルマがキセルを加えたまま煙を吐き出した。まるで溜息をついている様だった。


「まあ、良かったんじゃねえのか? あいつの今の雇い主は“あの男”だ。あいつも何考えてるのか分からねえところがあるが、悪いようにはならねえだろ」


「そうだな。旅費を稼ぐアテが出来そうだから正直ホッとしてはいる」

 

 人の縁とはどこでどのように働くか分からないものである。

 ゲームの世界とは言え、そこで築いた関係がこうして己を助けてくれるのならばゲームも決して馬鹿に出来やしまい。





 とりあえず目先の懸念事項が少しずつ解消された事に安堵したツェイトとセイラムは、一旦ヒグルマと別れてクエスター組合の元へ向かう事にした。

 午前中に解体したモンスターの精査がもう終わっている頃だろう。空を見れば既に太陽は沈みはじめ、茜色に染まりつつあった。じきにそれも暗がりが広がり、夜が顔を出してくるだろう。


 やって来た組合の支店の入り口では今も尚クエスター達が行き交う光景が見えた。

 流石に朝昼の時間帯よりも数は減っているが、夕方から夜頃に依頼を行う者もいる様で、夜の閉店間際までこのディスティナ支店は人の行き来が途切れるという事は無いらしい。


 大地を踏みしめるように足音を鳴らし、多くの人々から注目を受けながらツェイトは組合の入り口までたどり着いた。

 セイラムに頼んで中へ入ってもらい、受付に事の次第を伝えてもらってからツェイトが入り口で待つ事数分、入り口からセイラムがひょっこりと姿を現した。

 どうやら後から係の者が来るらしいので戻って来たようだ。


 程なくして、入り口からツェイト達宛ての人物が姿を現した。

 

「どうも、またお会いしたようで」 


 午前中にツェイトが討ち取ったモンスターを解体する陣頭指揮を執っていた男、アブズミだった。

 解体作業の時に身に着けていた前掛けは無くなり、身軽な服装で書類を片手にやって来た。

 ほんの少し眉間に皺を寄せながら口元に薄らと笑みを浮かべるその様子はいささか不気味さのような物を感じるが、本人に悪気は無い事は分かっているので気にしない事にする。


「すまん、待たせてしまったな」


 此処へ来たのはアブズミだけでは無かった様だ。アブズミの後からもう一人現れたのだ。

 土色系統の羽織と袴姿を身に着けた壮年の昆虫人男性だった。平均的な身長とがたいの持ち主だが、体に一本の芯が通っているかのように姿勢が良く、歩く際に全く“ぶれ”が無い。恐らく何らかの武芸を身に着けているのだろう事が予想できた。

 人間で言う所の40台位の様であろうか。髪を後頭部のやや上に向けて結った総髪で整えられている。

 その男はツェイト達の姿を見るや、笑顔を向けてきた。 


「おぉ二人とも、さっそくの大手柄だな。君達を面接して採用した甲斐があると言うものだ」


 この男の正体は、ワムズ国内のクエスター支店の取りまとめを担う存在、ヒシバだ。

 さしずめ、会社で言う所の支社長という立場だろうか。かなり地位の高い人物である。その証拠に、ツェイト達のまわりにいたクエスター達は、ヒシバの顔を珍しげに見ていた。

 

 ヒシバがツェイト達へ親しげに話しかけてくるのはそれもそのはずで、つい最近ツェイトとセイラムが受けていたクエスター試験の課題を無事終わらせた後、最後の面接を行う事になったのだが、その時自ら担当を買って出たのがこのヒシバなのだ。

 大門前で起きた事件で、特にツェイトの戦闘力が都中の噂となって広まり、それを耳にしたヒシバが直接自分の目で確認する事と相成ったわけである。

 面接の結果はツェイト達がこうしてクエスターとして仕事をしている通り、人格面でも問題なしと判断されて合格通知を受けたのだ。


「さて早速だが場所を変えたい。二人とも私達に付いて来てくれないか」


「賞金の受け取りは此処ではないのですか?」


「本来ならばそれだけの予定だったのだが……ここで話をするには周りの目と耳が多すぎる」


 それだけで済むものだと思っていたツェイトはヒシバへ問うと、真面目な顔つきになったヒシバがツェイト達に動向を再び催促してきた。


 どうする? と言外に訊ねる様にツェイトがセイラムを見やると、頷いたのを確認。ツェイトはヒシバ達の話を受ける事にした。


「すまんな、時間を取らせてしまうようで。だがどうしても確認してもらいたかったものがあるのだ」


「何の事ですか?」


 話が今一つ見えてこないツェイトへ答えてくれたのは、ヒシバの後ろで黙って付いて来ていたアブズミだった。


「そちらさんが仕留めて来たあの眼潰れの事ですぜ」



 眼潰れに何かあったのかと訊きたいところだが、それが今回の問題で、ヒシバたちがそれをあまり周りに知らせたくないらしいので訊くに訊けないツェイトは、セイラムと一緒に二人に連れられるがままに夜の時間帯に差し掛かって来た都の中を歩いていた。


 ここ数日この首都ディスティナで滞在する事になったツェイト達だが、意外な事に夜の都は大通りは勿論の事、人気の少ない通りでも思いの外明るかった。

 それは、主要な通りに一定の距離で設置されている街灯の存在があるからである。

 石造りの常夜灯の形をしたそれらは油類を燃料として火を灯す物では無く、なんと魔力を原動力として一定の時間になると一斉に光が灯りだすのだ。

 これらの技術は過去にクエスターが遺跡から発掘した技術を基に現代の人類が復元した物だそうだ。

 この街灯に限らず、ディスティナの所々で日本の江戸文化とは明らかに違う技術が用いられている。

 衝撃を与えると発火現象を起こす石を内蔵したかまど。つるべと桶を使用するのではなく、手押しポンプ式を導入している井戸等、特にライフライン面では明らかに江戸時代よりも発達している様に思えた。

 考えてみれば、ツェイトが元いた世界の江戸時代とはあらゆる環境面や状況が違うのだから、違いがあっても何らおかしくはないのだろう。

 魔法の技術が存在し、人間とは違う種の人類、他の国とも陸続きと枚挙にいとまがない。いくら文化形式が昔の日本と似ていると言ってもあくまで似ているだけだなのだ。

 最初こそそういったファンタジックな文化の違いにカルチャーショックを覚えたが、そう言う物だろうと言う一種の諦観にも似た要領でツェイトは受け入れる事が出来た。


 そうして文明の利器によって照らされた夜の通りを抜け、辿り着いたのは都の外れで何やら異様な臭いを放つ施設だった。空へ向かって伸びる大きな煙突からは煙が立ち昇っており、木と焼き固めた粘土状の建材を用いて建てられた工場の様な外見をしている。

 恐らくこの施設から漂う臭いを考慮してこの位置に建てられたのだろうが、周りには民家は勿論の事、夜と言う時間帯もあってか歩く人の姿がほとんどいない。いたとしてもこの臭いに顔を顰めながら鼻をふさいで早々に通り過ぎようとしている。

 不思議な臭いだ。動植物を磨り潰した様な臭いや生物の血と臓物から放つ生臭さもあるし、薬品のような人工的な臭さも混ざり合って、中々嗅覚が愉快な事になってしまっている。

 ヒシバとアブズミは慣れている様でほんの少し眉間がひくついている程度だが、セイラムは完全に鼻を塞いで涙目になっていた。


 ツェイトはこの施設にあたりをつけた。つい最近“試験勉強”で学んだ内容に合致しているのだ。


「此処がモンスターの部位を加工処理する施設ですか?」


 そんなツェイトの答えにヒシバは得意げな笑みを浮かべた。


「その通り。この間の試験に出ていたのかね?」


「ええまぁ、学んだ事がこうして活かせているのは嬉しいですね」


「はは、我々が出す試験内容はクエスターが知っておくべき事のみを重点的に出しているからな。今後も時間が空いている時の合間にでも少しずつ学び続けていく事をお勧めするよ。それはきっと君の為になる」


「まぁ、知らぬは恥と言いうそうですからね」


 ツェイトは曖昧に返しつつ、このクエスターと言う職業に対しては少々冷ややかな印象を持っていた。

 ツェイトは忘れない。筆記試験後の課題採集で外へ繰り出す受験者たちを狙って襲い掛かる山賊達の存在と無法を、クエスター組合は試験の一環として黙認し、試験を続行させるほど冷酷な側面を持つ事を。

 気さくにこうして話しかけてくるヒシバだが、彼だってそんな組織でも一定の立場にまで上った男なのだ。ある程度の理解は示していると見て良いだろう。


 気安く接するのはなるべく避けて、仕事上のみでの関係として付き合っていった方が得策なのかもしれない。

 今後色々と利用する事になる組織ではあるが、感情面で多少の拒否反応を示しているツェイトがそんな感想を抱いているのを他所に、ヒシバがツェイトの推察に頷きこの施設の用途について説明してくれた。


「我々クエスター組合は提示したモンスターの部位の買取りを行っているのは知っているな。これには勿論訳があってな、クエスター達から買い取ったモンスターの部位は様々な道具に利用できるんだ。そこで我々は独自の技術で造る薬品らをクエスター達にのみ購入を限らせて販売したり、加工した部位を民間の市場へと売って流す。そうやって我々クエスター組合と国々は上手くやってきたのだ」


 とはいえ、この大陸ではクエスター以外によるモンスターの狩猟が禁じられているわけではない。

 事実クエスターに所属していない一般の猟師といった人達は昔からモンスターを狩ってはその毛皮や爪を民芸品にし、肉類を市場で売って稼いでいる者も多くいる。ここら辺については仕事量の規模や内容に相違がある事もあってか、上手い具合に棲み分けが出来ており結果的に組合の独占を防ぐ状況を構築していた。


 そもそもクエスターの仕事はモンスター退治だけに限らない。

 どうしても手短に稼ぐ場合はモンスターの討伐が危険性は高くとも一番手っ取り早いので、そういった事情もあってクエスターとモンスター退治を結びつける人は多いのであるが、クエスターの存在理由の根幹部分は“人類社会の発展”のためである。


 多くの種族と文明が失われた大戦争期後の荒廃した世界だけが広がっていた“灰の時代”の頃、当時の人々の暮らしは想像を絶する程のに劣悪な環境だったという。

 ライフラインは失われ、衣食住すらままならず、人の倫理観や道徳観念は当時を生きる者達から早々にかなぐり捨てられた事によって世界は生き地獄と化していた。最早そんなものを順守していられるほどの余裕すら無かったのだ。

 そんな時代のある時だった。そんな世界で大戦前の技術が未だに世界各地に多数現存している事を知り、それらを利用して今の環境を改善しようと考え出した人物がいたのだ。

 その人物はこの崩壊した世界を憂い、懸命に生きようとする人達の為に立ち上がった。

 己の私利私欲では無く、他者の救済を目的としたそれは、自分が生きる事だけで精一杯だった当時の人々からすれば極めて奇特な人種であった事だろう。

 だが、それが後にクエスター組合という世界規模の組織を設立させる第一歩であった。

 そして時は流れ、未だに発掘されていない技術はあれども、それらはいずれも現在のクエスターでは手出しの出来ない超危険地帯と認定され、事実上の封鎖区域となっている。

 その代替として、クエスターの在り方はモンスター討伐を中心とした仕事を受け持つ何でも屋へと移り変わっていったのだ。



「そろそろ話してはくれませんか? 私達を此処へ連れてきた理由は一体何なのでしょうか?」


 施設の入り口近くまで近づいて、周囲に人の気配が無い事を確認したツェイトは頃合いと見て本題を切り出した。

 二人も人気が無い事を察したようで、ちらりと互いに顔を見合わせるとアブズミが説明してくれる。


「いやね、あの眼潰れをバラした後に内容を精査していたら、まぁ変な物が見つかっちまったもんでお二人に一回見てもらおうと思いやしたわけでさ」

 

 言われてツェイトが思い返すのは眼潰れの全体像。

 それは大元のワイルドマックの倍もある巨体を持つわけなのだが、通常の個体とは体内の構造が違うのかもしれない。

 それかもしくは、今まで多くの人々を食い殺して来たそうなので、まさか胃袋から何か見つかったのだろうかと嫌な想像をしてしまった。


「あの、被害者の遺品でも見つかったのですか?」


「ん? あぁそういうのも確かにありやしたが――」


 アブズミが話していた最中だった。

 やにわに処理施設の方から騒がしい声と何かが砕けたと思しき音が聞こえてきたのだ。


 徐々に音が近づいてくる。

 それに伴い施設内の声もはっきりとしてきた。


「来たぞ来たぞ! 入り口はこっちだ誘い込め!」


「うわ! 誰か吹っ飛んだぞ!?」


「畜生なんなんだこれ!」





「アブズミ、あれは」


「ええ、多分“アレ”ですぜ。……誰も触るなと言い付けていた筈なんですがね」


 聞こえてくる叫び声にツェイトはヒシバ達を見ると、二人とも心当たりがあるようで短い会話で何かを確信していた。



 そうして“それ”は入り口の木造建材を破壊しながら飛び出してきた。



「カハアァァァァ……ッ!」


 内に溜めた熱気を吐き出すように声を漏らしたその正体は一人の昆虫人の男だった。

 眼潰れの解体作業を依頼した作業員と同じ服装を身に着けているのだが、その様子は普通ではない。

 皮膚の露出した箇所は余すことなく血管が異常に浮き上がり、当人の顔も狂犬病患者にでもなったかのように歯を剥き出しにしながら涎を垂れ流し、飛び出さんばかりに目を見開かせていた。

 その手に持った解体用と思しき鉈には返り血が、当人自身の服や顔にもべったりと張り付いていて、男の表情と相まって狂気に染まっていた。


「ぐ、あぁ……」


 先程の昆虫人よりも先に飛び出して来た者もいる。

 囮役を買って出たのか、偶然巻き込まれたのかは分からないが同じ作業服を着た此処の施設の作業員の男が、吹き飛ばされた建材の残骸と一緒に地面に転がって来た。

 全身至る所に見られる切り傷は、あの狂った昆虫人によって付けられた物であろう事は簡単に想像がつく。

 先ほど吹き飛ばされた衝撃の影響か、体に負った傷の所為か、作業員の男は体を起こそうとするが動作が弱々しく、上手く起き上がれないでいた。


「グ゛ウ゛ア゛ア゛ア゛ーーッ!!」


 それを狂気に駆られた昆虫人は見逃さなかった。

 まるで獲物を追い詰めた獣の様に猛然と鉈を振り上げて止めを刺しにかかった。

 だが、振り下ろされるその寸前で鉈が根元から折れて弾け飛んだ。

 その衝撃と、持ち主が異様に握り締めていた為、狂った昆虫人の持ち手の腕が肘からあらぬ方向へへし折れる。


「ギャア……アゴォッ!?」


 狂った昆虫人の男は悲鳴を上げて仰け反る。

 そして次の瞬間には巨大な何かによって体を捕まえられ、夜空へかざす様に持ち上げられた。

 

 その場の誰もが呆然と眼差しを向けるその正体はツェイトだ。

 昆虫人の男が鉈を振り下ろすよりも早く近くにあった石を投げ付けて鉈を破壊し、そこから巨大からは想像もつかない速さで踏み込んで昆虫人の男へ接近して捕まえたのだ。

 

 ツェイトの巨大な角から音を立てて稲妻が走る。

 その直後、狂った昆虫人を掴み上げていた手から青白い電流が迸った。


「アギャギャギャギャギャギャギャ!?!?」


 掴み上げていた昆虫人の全身にも隅々まで電流が流され、当人は壊れた玩具の様に手足をばたつかせながら悲鳴を上げた。

 

 そんな最中、暴れ狂う昆虫人のうなじで何かが動くのをツェイトは見つけた。

 “それ”は昆虫人のうなじから飛び出したが、それをツェイトは凄まじい速さで空いている腕を繰り出し指で摘み取る。

 

「……何だこれは?」


 電流を止めて動かなくなった昆虫人を片手に持ったまま、ツェイトは先ほど捕まえたソレをまじまじと見つめる。

 それは、大昔の地球に存在していたと言われている直角貝チョッカクガイに何処か似ている。

 ただし、本来あったであろう殻状の硬質物は中からへし折れており、人の親指サイズくらいの大きさだ。

 赤黒い肉で構成されたそれは未だにツェイトがつまんでいる指に挟まれながらも、うねうねと触手を動かしてはツェイトの指目がけて差し込むような動作を何度も試みては失敗している。並の動植物の力ではツェイトの外骨格に覆われた腕を傷つけることは出来ない。

 その動作に危険性を感じたツェイトは、その生物を握りつぶして殺した。飛び散る体液を気にする事無く、確実に死ぬように強く力を込めた。

 

「大丈夫かね!?」


 ヒシバがセイラムを連れて駆けつけて来た。アブズミは倒れている作業員に声をかけて安否を確認している最中だった。

 ツェイトは片手に掴み上げていた昆虫人を地面に降ろしながら己の健在ぶりを示した。 


「私は大丈夫です。ただ、この人は早く治療した方が良いでしょう」


 ヒシバは地面に横たわる先程まで暴れていた昆虫人の男を見下ろしながら、ツェイトに問う。


「……彼は生きているのか?」


「気絶する程度に威力は抑えてますので、多分大丈夫だとは思いますが……」


 ツェイトの電撃は威力さえ調整すればスタンガンの様に相手を気絶させる程度に留める事が出来るのだ。

 自信が無いのは、この世界でまだ試した事が無いからである。

 あまり威力を上げ過ぎると昆虫人の神経を駄目にしてしまいそうだったが、しかしあの異常な様子だと下手に威力を抑えても大人しく気絶してくれるとも思えなかったので、通常よりも威力をやや上げて流してみた次第なのだ。


「お二人とも、先程この人のうなじからこんな物が飛び出したのですが、分かりますか?」


 ツェイトは今さっき潰した直角外もどきの死骸をヒシバと作業員に肩を貸しながら近づいてくるアブズミに見せると、皆眉間に皺を寄せながら頷いていた。


「間違いない。恐らくこれがこの男に取り付いて暴れさせていたんだ」


「で、しょうなぁ。あっしが最初に見た時もこいつは眼潰れの奴の脳みその中に入ってやしたからね」


「何ですって?」


 ツェイトは青白く光る眼部を見開かせて、自分の手の中にある直角外もどきの死骸を改めて見た。

 

「その話はすまないが一旦後回しにしよう。まずは負傷者の治療を優先させてほしい。君達もそれで良いかね?」


 アブズミに肩を借りながら立っている作業員や、此処から見える施設の入り口奥の惨状を見て、ツェイトは了承した。

 それにヒシバがありがとうと礼を告げると、施設の入り口から様子を伺っていた職員達に声をかけていた。その中には施設の代表者もいた様で、その人物と話をしながら救護班の手配や現状の確認などを始めている。


「あれは何だったんだろう?」


 ツェイトは近づいてきた職員達に直角外もどきの死骸を渡し、借りた手拭で体液を拭き取っているとセイラムが話しかけてきた。

 直角外もどきの事を言っているのだろう。疑問形ではあったが、ある懸念を抱いている事をツェイトは感じた。


「分からない。でも碌でもない事なのは確かだろう」


 あんな生物は、NFOに存在しなかった。

 この世界特有の生物の可能性はある。

 しかし、アブズミが口にした眼潰れとの関連性。二人の会話から初めて見た様な口ぶり。並の個体よりも異常に巨大化と凶暴化を果たした眼潰れ。そして、あの昆虫人の異常な狂い振り。

 全ては無関係なのだろうか? いや、そうではないだろう。これらには、きっと何か関係がある筈だ。それがツェイトの中で小さな引っ掛かりを作る。


 ツェイトが何となしに見上げた夜空には、静かに星々が瞬いていた。

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