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紺碧の大甲虫  作者: そよ風ミキサー
第三章 【エルフの国と厄災の兵士】
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第17話 討ち取ったモンスターの価値

文字数約:13000文字

 その日、ワムズの首都ディスティナの人々はある話題で持ち切りになった。

 この数十年間、種族間連合内で討伐される事の無かった高額懸賞金付きの凶暴な賞金首モンスターがついに打ち取られたのだ。


――あまりに獲物がデカすぎるからってことでよ、今大門前の草原で解体をやるらしいぜ! あんなすげえの今しか見られねえよ!


 大門からやって来た商人や旅人、クエスター達が興奮しながら口々に話すそれを聞いた都の一部の住人達が半信半疑で大門前まで様子を見に行き、そして仰天する。


 街道から少し離れた草原地帯には噂の賞金首モンスターをこの目で見ようと多くの野次馬が集まっているのだが、皆視線の先に仰向けで横たわるモンスターの巨体を目にしては驚愕していた。

 小山ほどもある遥かに巨大な体を誇るワイルドマックの分厚い胸には巨木が1本丸ごと串刺し状に突き刺さっており、その凶暴な顔は首が1周ほど回してねじ折られ、牙を覗かせた口から舌をだらしなく垂らしている。

 おそらく死因はその2つなのだろうが、目敏いものは別の事に気付いては冷や汗を流していた。

 それ以外の外傷が一切見当たらないのだ。 

 つまりこれを仕留めた者は、殆ど戦う事も無く、2撃だけでこの巨体を討ち取ったという事になるのだから。

 一方的に攻撃を受けた末の2撃という可能性もあるにはあったが、その討ち取ってきた者の姿を見てその可能性はすぐに消え失せた。


 横たわるモンスターの骸の隣に立つその姿は、モンスターの巨体があっても尚見劣りする事のない、それどころか逆にその威容が際立っていた。

 

 討ち取られた巨大なワイルドマック程ではないにしても、見上げてしまうほどの巨体は人型のカブトムシと言う表現が相応しい姿をしている。

 頭には野太刀ほどの長さもある分厚く巨大な片刃状の角を持っている事から、男(雄)なのは確実だろう。その目にあたる個所から不思議と青白い眼光が灯っている。

 その体は人体の構造からしても均整の取れた体格に発達した筋肉が備わり、その身を紺碧の色をした厚い外骨格で固めている事により、まるで巨大な鎧武者か騎士の様な様相を呈していた。

 背筋を凛と伸ばした佇まいで腰に手を当てながら、そのカブトムシの男は隣にいる外骨格の面積が異様に多い昆虫人の娘と何か話している。

 昆虫人の娘は首にクエスターの認定証を紐でさげている事から、クエスターなのだろう。


 野次馬の人達は、誰もその二人に声をかけていない。かけられなかったと言った方が正しいか。

 カブトムシの男の眼光とその物々しい威容が、第三者からの声掛けを押しとどめているのだ。

 

 そうしている内に、大門の方からクエスター組合が保有する解体・輸送を担当とする者達がやって来た。

 じきにこの巨大なモンスターも解体され、その巨体は細かい骨と肉に分けられるのだろう。そろそろ見納めである。



「クエスター組合の者だ! これから解体を行う! 道を開けな!」


 組合の解体・輸送班達が野次馬に声をかけ、野次馬たちはその声に従って道を開けていく。

 次第に潮時と思ったのだろう、暇な者達を除いた他の商人やクエスター達がその場から離れて行った。 



 その怪物を打ち取った渦中の人物、ツェイトはやって来たクエスター組合から派遣された解体と輸送担当の者達が来たのに気付いてそちらへ青白い眼光を向けた。

 

 やって来た人達はワムズの地域だからだろう。作業班達は全員昆虫人で構成されていた。

 皆、厚めの生地で作られた胸当て付きの前掛けと手袋にブーツのような履物を身に着け、首にはマスクがぶら下げられている。

 そして後方にいる数台の荷車の中には、解体するための包丁や鋸、中には手動式のドリル等の解体器具から部位を入れるための麻袋といった道具類が積み込まれていた。


「……ちょいと失礼。クエスターのツェイトっていうのは……そちらで間違いないですかね? あっしは組合から派遣された解体班のアズブミと言いやす」


 集団の中から一人の昆虫人の男が姿を出してツェイトに話しかけてきた。

 人間の年齢で言えば、30~40歳台の中肉中背の昆虫人の男だった。

 短く刈り上げた頭髪にもみあげから顎下まで繋がる程の髭面の男は、職人気質を窺わせるような気難しげな表情がデフォルトで顔面に張り付いている。

 ……のだが、それとはまた別の要因で顔を多少強張らせもいた。

 その理由はツェイトも長年の経験で察しがついているので内心で苦笑した。

 元々ツェイトもNFOでの知り合いは最古参組と言う枠組み内に限定すれば結構多いのだが、それでもどちらかと言えば社交的ではない方の人種に部類されている。

 元の世界での暮らしでも素の状態は一見すると取っ付きづらい印象があると色んな人から言われているのだ。それにこのハイゼクターのツェイトの姿になれば、尚の事だろう。

 感情の読めない外骨格で覆われた鉄仮面の如き顔と、静かに佇む様は客観的に見ても話しかけずらいと思う。

 そう言う事もあって、人とコミュニケーションをとるときはなるべく穏やかな口調で話す事を心掛けているし、身振り手振りも必要とあらばやる様にしている。

 そう言う訳なので、常に第一印象の払拭がツェイトが最初にやる事であった。

 

「はい、そうです。先ほど兵士の方を介して組合に頼んだツェイトです。本日はよろしくお願いします」


「……それがあっし達の仕事ですからね」


 外見に似つかわしくない口調に面食らったのか、アシブは黒一色の目を数回瞬かせると少し返事が言いよどんだ。


「それで、頼まれた奴ってのはこいつですかい……」


 そう言って、アズブミが解体対象の眼潰れの骸を見た。

 頭の先からつま先まで見終わると、感嘆の溜息が口から漏れた。


「こいつの手配書が組合に貼られているのを前から見ていたんですがね、まさかあっしがその解体を担当する日がくるとは思いやしませんでしたなぁ。おたくらには感謝しなくちゃいけやせんね」


 高額賞金首のモンスターや強いモンスターを解体するのは俺達の業界じゃ名誉な事なんだと説明しながら、アズブミはニヤリと口元に笑みを作りってツェイトを見上げた。

 やや凄みのある笑みだったが、純粋に喜んでいる様子なのはツェイトにも分かった。

 

「作業時間はどれくらいかかりますか?」


「2時間もかけるつもりはありやせん。あんまり長丁場になっちまいますと肉の鮮度が落ちやすからね。かなり獲物がデカいと聞いていやしたから手の空いている奴らを集めて来やした」


 小山ほどもある眼潰れの解体となれば、人員は必要になるだろう。その為か、作業班も20人くらいの大所帯で来ていた。

 

「それでは早速ですが、お願いします。基本的にここら辺にずっといますので、何かありましたら言ってください。」


「承知しやした。それでは……おうお前らー! バラすから準備しなー!」


 アズブミが他の作業班のもとへと叫びながら歩いて行くと、短い返事と共に他の班員達が首に下げていたマスクを口に付け、テキパキと準備を始めた。

 

 後は彼らに任せれば大丈夫だろう。

 そう判断したツェイトは、後ろに待たせていたセイラムの元へと向かった。


「後はあの人達に任せれば大丈夫だろう。俺は此処で解体作業を見て待っているけれど、セイラムはどうする?」


 2時間近くも暇が出来た事で、ツェイトはセイラムに自由時間を提案してみる。


「私も此処にいるよ。……ツェイトに訊いてみたい事があるしな」


「うん? 俺に?」


「とりあえずここを離れよう。私の予想が間違いなければ、此処にずっといると危ない」


「……ふうん? まぁ、そう言うのなら」


 嫌そうな顔を見せたセイラムの様子に何かを感じたのか、ツェイトはアズブミに一言告げると言われるがままにその場を離れる事にした。




 そうして500m以上は離れたのだろうか。

 あの場にいた解体作業班達が豆粒位に小さくなった所で、ツェイト達は適当な所に腰かけて寛ぎ始めた。

 場所は解体作業場と化したあの草原からやや離れ、森と草原の境目に当たる所。

 視界の遠くで解体作業班達が巨大な眼潰れの骸に集まって解体を行い始めているわけなのだが、この距離で見ていると、まるで獲物に群がる蟻の群れにも見えた。



 その様子を一瞥したツェイトは、目の前で胡坐をかくセイラムに目を向けた。

 話を持ち掛けてきたセイラムは、胡坐をかいた脚の隙間に手を置き眉間に皺を寄せていた。地面に生えた雑草を睨むようにして何事か考えている様だ。


「それで、俺から何が聞きたいんだ?」


 同じく雑草の絨毯の上で胡坐をかき、両腕を組みながら首を傾げてツェイトは訊ねてみる。

 

 すると声をかけられたセイラムは、頭をかきながら上目遣いでちらっとツェイトを見上げてきた。


「……あの、さ。ツェイトはどうやってそんなに強くなれたんだ?」


「強くなった……? うーん……」

 

「生まれた時からその姿だったんなら、どうしようもないんだけど」


「いや、流石にそれは無い」


 ツェイトは一瞬、言われた言葉の真意を頭の中で考えてしまったが、そのままの意味なのだろう。

 足を引っ張りたくないという、セイラムなりに考えた末に行き着いたのが強くなる事なのだろうか。ここ最近の様子からそんな感じは薄々感じていた。

 

 しかし、それはそれで言葉に窮する質問である。

 何せこちらは元いた世界の電脳ゲームからやって来たプレイヤーなわけで、馬鹿正直にNFOの話をするのは基本的に御法度である。どうしようもない時は話すかもしれないが。

 ツェイトはゲーム的要素を抜きつつ、さて何を話すべきかと過去のNFOの経験を思い返して、ふと思い出した。


(……“コレ”は別に話しても問題は無いかな?)


 今までセイラムに話していなかった事がある。

 意図していたわけではないのだが、気が付いたら機を逸してしまった様なので言わず仕舞いに終わっていた。

 それが今こうして機会が回って来たので、ちょうどいいので話してしまおうかと思った。今後長く付き合う事になるのは予想ができるのだから。

 

 何より、これはセイラムにとっても決して無関係ではないであろうから。


 

「セイラム、その話をする前に……まず言っておく事があるんだが」


「言っておきたい事?」


 不思議そうな顔でオウム返しをしてくる外骨格多めの昆虫人の娘にある真実を告げた。



「俺は元々此処の国の人達と同じ昆虫人なんだ」


「へぇ、……何いぃーー!?」


 最初こそ普通に相槌をうっていたセイラムだったが、ツェイトの言葉を理解すると眼を見開きながら大層仰天していた。



「いや、ちょっと待った! 昆虫人って言ったら! ほら! あれ! あるだろ! 緑色の!?」


「セイラム、自分の種族が何だったか思い返してみなさい」


 手をわたわたと動かしながら口にしてくる言葉に本人の自覚はあるまい。セイラムは混乱していた。

 

 その後すぐにセイラムは落ち着いたが、それでも驚きと興奮は未だ覚めきってはいない様だった。

 信じられないと言った様子でセイラムが問う。


「……何をどうすれば昆虫人からそんな体になるんだよ……?」


「そりゃあまあ、色々と頑張ったんだよ。勿論普通に過ごしているだけなら無理だと思う」


「じゃあどうやって?」


 ツェイトは己の蒼い外骨格に覆われた巨大な手を見つめながら、その質問に答えた。


「昆虫人はある一定以上まで成長すると、ハイゼクターになるための“兆し”が起こるんだ」


「……成長?」


 ハイゼクターになるためのプロセスはややこしいし、今この場ではそこまで必要ではないであろうから端折る事にしてツェイトは話を続ける。 


「そう、成長だ。ただし、子供から大人になるとかそういう成長じゃない。強くなるって意味での成長だよ」


 ツェイトは片腕で力こぶを作るように腕を曲げる。

 すると外骨格で覆われた腕がミキッと軋む音が漏れだした。中に詰まった筋肉が内側から外骨格を押し上げている音だ。

 そんな様子を見てセイラムの口元が思わず引き攣っていた。


「俺も昆虫人の頃、それも大分昔の頃はそこら辺にいるモンスターを倒すのだってひと苦労だったんだ。ワイルドマックなんて挑んだら間違いなく生きちゃいないだろうな」


 事実、NFOのプレイヤーが初めてその世界に脚を踏み出した頃などは、必死に最弱モンスター達を叩きまわしながらそのアバターを成長させていったのだ。

 恐らくこの世界のワムズの村の狩人たちの方が強いであろう。


「つまりだ、今の俺はセイラムの目には強く見えるかもしれないが、俺がセイラムと同じくらいの年の頃は……セイラムより弱かったんじゃないかな。まぁ結論を言わせてもらうと、何事も積み重ねが大事だと思う」


 要するに、セイラムに言いたい事はそれであった。

 あんまりしゃべり過ぎると、謙遜と自慢の混ざった嫌味になりそうなので、ツェイトはこれ以上言わないでおくことにした。


 セイラムはツェイトの話を聞くや腕を組んで首を傾げていた。

 そしてそのまま思った事をツェイトに問いかけてくる。


「……ツェイトが私より弱いっていうのが全然想像できないんだけどさ、じゃあ一体何をしていたんだ? そりゃあ特訓とかはしていたんだろうけれど」


 成程、確かに話が抽象的過ぎた様だ。

 ツェイトはアカウントを取ったばかりの頃を思い返した。



「あまり参考にならないかもしれないが……そうだなぁ。一日の流れを話すとだ……まずは朝起きるだろ」


「うん」


 指折り数えながら話すツェイトにセイラムは相槌をうって頷いた。


「朝食をとったら、まずモンスターの多そうな山に行って、モンスターを探して片っ端から戦いを挑む」


「……うん」


 何やら違和感を覚えつつも再びセイラムは頷く。


「倒したら他のモンスターを探して同じように戦う。それを倒れる寸前まで繰り返す」


「う……うん?」


 頷こうとして、ついツェイトを凝視した。

 そんなセイラムの視線を気にせず、ツェイトはこめかみに指を添えながら過去の記憶を手繰り寄せつつ話し続けた。


「危なくなったら急いで逃げて、安全な場所を見つけたらそこで横になって傷が癒えるのを待つ」


「……えぇ?」


「それを繰り返してだ、周りのモンスター達が相手にならなくなったら強いモンスターの生息している地域へ行って同じことを繰り返して―――」


「いやいやいや、おい待てって! 何だそれは!?」


 ツェイトの話を遮って、思わずと言った様子でセイラムが立ち上がり、声を荒げた。

 その目には困惑の感情が彩られていた。 


「ツェイト、あんまりこう言う事は言いたくないが……自分を虐めすぎだろう? 死ぬって!」


「いや、それがな、確かにこうやって冷静に考えてみるとそうなんだが……実際やっちゃってこうなっているからなぁ」


 そう言って自身を指差すツェイトの体は、荒唐無稽であろうとも説得力は確かにあった。

 今日までツェイトの戦闘力を目のあたりにして来たので、それを否定する事が出来ないのだ。


「ツェイトの事をあんまり疑いたくないんだけれどさ……それ、本当にやったんだよな?」


「本当だよ。今の姿からじゃセイラムは想像できないかもしれないが、俺もまぁ昔は強くなるためにがむしゃらにやっていたんだ」


 やってはいたが、血を流すほどのものでもないし、精々長時間プレイによる体調不良などが起こる程度なので、偉そうな事が言えないのをツェイトは自覚している。


「……」


「だからあまり参考にならないと言ったんだ」


 セイラムが口を半開きにしたまま絶句するが、しかしこれがツェイトが初めてプレイした頃の1日のサイクルであった。

 時期的に言うと、ツェイトが現実の世界で16歳の高校生の頃、NFOが開始された夏休みの頃の話である。


 大抵NFOを初めてやるプレイヤー達は簡素な装備品と僅かな所持金しか持っておらず、とにかく何か行動にを起こさないと始まらない状況である。

 大体のプレイヤーはモンスターとの戦闘に繰り出し、モンスターがドロップしたアイテムを売って回復アイテムを購入するか、フィールド上にランダムで生えている薬草や果物などを採取して使用する事で自給していったのだ。

 

 そこでツェイトが目を付けたのは、初期に選択できる種族の中でも身体能力、自己治癒能力等の優秀な昆虫人であった。

 これに更に身体能力と治癒能力の強化が多い格闘技系の職業を選ぶ事により、比較的単独での活動が楽になるのではと考えての選択である。あとは体を目いっぱい動かす事が楽しかったのもあるだろう。


 結果、夏休みと言う時期もあってその時のツェイトは、リアルでの生活を必要最低限にして残りの時間をNFOに費やすという、言わば廃人プレイ並の活動を敢行していたのだ。

 朝から晩までNFOのフィールドを駆け回り、ひたすら徒手空拳でモンスターと戦い続けていく様は地獄がゴールの一人鉄人レースか、はたまた悟りを開くための苦行の一環に見えたのやもしれない。実際通りすがったプレイヤーからそう言われた事がある。

 時にはゲーム内で死んでしまい、デスペナルティを課せられた事もある。

 しかし、それ程までにあの電脳世界はツェイトを魅了していたのだ。

 戦うほどに上昇していく身体能力に任せて風を切りながら大地を駆け、現代の世界には存在しない幻想の如き世界をその身で体感するのは確かに楽しかった。

 強くなればそれだけ行ける場所が増える。そうすればもっと多くの冒険が出来る。だからその時のツェイトは強くなることを求めていたのだ。


 そのおかげでツェイトはこの世界に来てしまった時もそれほど不便する事は無かったので、娯楽と言う方面での努力ではあったが、何事も続けてみるものだとしみじみ実感した。何がどのような形で自身に幸をもたらすのか分からないのだから。


 さて、そこで当初セイラムが相談してきた強くなると言う件についてだが、先程セイラムに述べた様なNFOのレベリング作業じみた選択肢なんてものはツェイトには無い。

 セイラムにはなるべく危険な目に遭ってほしくは無いと言う思いもあるが、だからと言ってツェイトがセイラムに降りかかるすべての脅威を振り払えるかと訊かれたら確約する事など出来ないのが現状だ。いくら強かろうとも、それが他者を守る事に長けているという答えにつながる訳ではないのだ。

 それに、セイラム自身が強くなるのならばそれだけ自衛も出来る様になる訳だから、安心できるのも確かである。

 手っ取り早いのは、強い武装を持たせる事なのだが、生憎と今のツェイトはアイテムウィンドウが存在しないので、NFOの頃に入手したアイテムは一切存在しない。

 あればセイラムに何か身の丈に合った良い物を渡していたのだが、世の中そう簡単にはいかなかった。


「とりあえず、今度の報酬金でセイラムの槍を新調しようか」


「私の槍を、か?」


「ああ、この都なら良い物が売っていると思ってな。流石にいつまでも手作りの槍を使い続けるのも無理があるだろう?」


 ツェイトが指さす先にあるのは、セイラムの横に置かれた槍だ。槍用の柄の先には、獣の骨か鉱物を加工したものと思しき刃が柄の先端に設けた窪みに取り付けられ、そこから更に細い縄を強く巻きつけて固定している。

 この間聞いてみたのだが、今セイラムが持っているのは自作の槍だという事が判明したのだ。

 何でも育ての親のウィーヴィルの教育の一環の様だ。一人で生きていく事も想定して、色々と教育していたらしい。その所為で子供の頃から山に籠って自給自足をしながら遊んでいたという事もしばしばあったらしいが。


 槍の買い替えを持ち掛けられたセイラムは、横に置いた槍を手に取りながら困ったように眉をハの字にした。心なしか額か伸びている触角も眉に合わせて垂れている。

 最近ツェイトは気が付いたのだが、昆虫人の額から伸びている飛蝗のそれと似た触角は、五感を補佐する役目をあるのだが、持ち主(?)の感情に合わせて動くらしい。犬猫の耳や尻尾みたいである。


「それは嬉しいけど、高いんじゃないのか? 昔都に来た時に店で見た事あるけど、かなり高かったぞ」


「今回仕留めたモンスターは有名な奴らしくてな、かけられていた賞金も高いらしい。俺には武器なんて必要ないから、その分セイラムの身支度に使えばいいさ」


 付け加えると、ツェイトの体には傷薬などのクエスター達の必需品も大体は不要だし、セイラムと2人で移動する分にはツェイトがセイラムを抱えて飛んだり走ったりすればいいだけなので移動費用もかからない。実にサイフに優しい男だった。


「何か、悪いな。私だけ使っちゃうみたいで」


「必要な事だから気にしなくていい。こういう時に金をケチっても、あまり良い事って無いからなぁ……」


 多少のコストには目を瞑って必要な初期投資はしっかりしておくべきだと言うのがツェイトの考え方だが、セイラムは申し訳なさそうに頬をかいた。

 気にし過ぎだとツェイトは思うが、やはり一方的に貰うだけだと不安を覚えてしまうものなのだろうか。

 


 さて置くとして、ツェイトは一点だけ気になる事があった。


 それは、セイラムがハイゼクターになる可能性だ。


 母親の素性が分からないが、顔立ちが父親の昆虫人の頃に似ており、全身に備わった並の昆虫人以上の外骨格の規模を見るに、父親の遺伝でハイゼクターになる可能性が十分ある。

 その場合、どのようなハイゼクターになるのだろうかとツェイトは思いを巡らせた。

 父親がツェイトの親友であるプロムナードの為、タイプは予想が付く。――――ちなみに、とある理由でプロムナードと仲良く女体化してしまった事があり、その時の姿を思い返せば大体イメージも付いた。


(……とんでもない暴れ馬が誕生しそうだな)


 ツェイトの口部外骨格の内側で、顎が若干引き攣ったのをツェイト自身も感じた。

 何せ、プロムナードからして中々にデンジャーな性能だったのだ。

 変異して間もない頃のプロムナードは、その力を碌に制御出来ず、はっきり言って歩く災害と呼ぶべき様相であった。

 幸いプロムナードとの相性は良かったのでツェイトは特段被害を被ったわけではないが、近辺のプレイヤー達には大変ご迷惑をおかけしたものである。

 そんなわけでしばらく影響の少ないフィールドで練習に付き合ってようやくものにしたわけなのだが、何とも物騒なハイゼクターになったもんだと当時は思ったものだった。

 あれだろうか、気性の荒いギラファノコギリクワガタがモチーフなので、凶暴さを“あの様な”形で表したとでもいうのだろうか。

 そんな父が肉親にいるわけだから、将来もしハイゼクターになったセイラムの姿を想像すると、ツェイトは酷くげんなりした気分にさせらた。


(……でも、ならない方がセイラムにとっては幸せなのかもしれない)


 ツェイトは思考の末にその様な結論に至る。


 ハイゼクターになる最中にもし失敗したならば、それすなわちハイゼクターに至らなかった者の死を意味するのだから。 



「……そう言えば一つ気になっていた事があるんだけど」


 一抹の不安に駆られたツェイトの思考を掻き消すように、突然セイラムが話しかけてきた。

 ツェイトはハッと気が付いてセイラムを見る。首を傾げながら何か合点がいかないと言った様子だ。


「気になる事? 何だ?」


「ツェイトってさ、私と初めて会って村に来た時は戦うのが駄目そうな事をウィーヴィルと言っていたけど、あれって何だったんだ? 昔はかなりモンスターと戦っていたらしいけど、何か関係があるのか?」


(あ、しまったそれがあった)


 思わぬキラーパスにツェイトは内心ギクッとした。

 以前セイラムの住んでいたカジミルの村で戦う事に忌避感を抱いていたのは、そう言った流血沙汰に慣れていない事から来たものであったからだが、それはセイラムが知る由もない事だ。

 今は必要な事だと少しは割り切る事が出来るようになったのでそれ程ではないが、さっきセイラムに説明した事を考えると明らかに矛盾していた。


「…………昔、嫌な事があってな。それからしばらくあぁいうのが駄目だったんだ」


 咄嗟に思いついた言葉をツェイトは絞り出すような口調で告げた。一応、間違ってはいないのだ。間違っては。

 これで大丈夫か? 変に疑われないだろうか? そんな不安を抱いたが故に変な口調になってしまったのだが……。 


「……そっか。じゃあ、嫌な事聞いたな……ごめん」


 セイラムは再び申し訳なさそうな顔をして俯いてしまった。

 察するに、何か変な誤解をしているのかもしれない。地雷を踏んでしまったと思っているのだろうか。


「あ、あぁいや、でもそれはもう良いんだ。もう大丈夫だから。おかげでもう吹っ切れたから。気にしなくていいんだ」


 ツェイトはその誤解を否定せずに、とりあえずセイラムを励ました。

 その場凌ぎなってしまうが、変に訂正して話をややこしくするのを避ける事を優先したのだ。


 それから気を取り直したセイラムが「結局、強くなるにはどうしたらいいのだろうか?」という疑問を再び浮かばせたわけだが、「とりあえず装備を整えてから外のモンスターと戦うなりして経験を積んでいくしかないんじゃないのか?」というツェイトの言葉で落着する事となった。

 流石に過程を数段飛ばして強くなると言うのはなかなか簡単に行くものではないので、やるとしたらセイラムには堅実な道を選んでほしかった。

 ちなみに、その戦闘経験を積ませるという過程の中でツェイトがセイラムに戦い方を教えるという話もあったが、それは消極的な保留という事になった。

 肉弾戦ならそれなりにコツなどはもしかしたら教えられるかもしれないが、徒手空拳と槍では勝手が違うので、中途半端な物を教えるのはいかがなものかという不安がツェイトを踏み止まらせていた。


 

 会話が続けば思いの外時間と言う存在の歩みは早く、気が付けば眼潰れの解体作業は全て終了していた。その為、周りの野次馬たちもいつの間にか殆どいなくなっている。

 解体作業班達の手によってばらされた毛皮や骨肉に内臓などは綺麗に仕分けられて麻袋の中へ入れられ、それぞれが荷車に積まれている様子を背景にアブズミがツェイト達の元へやって来た。

 身に着けた前掛けを中心とした衣服には眼潰れの血と思しきもので赤黒く染まり、血肉の臭いと思われる生臭い異臭を漂わせている。


「お二人とも、解体作業は終わりやしたぜ」

 

 血まみれの衣服を着たまま口元に小さな笑みを浮かべてやって来るアブズミの様子に、ツェイトは猟奇的なものを感じてちょっと引いた。誰だってそう簡単に血みどろを好むものではないのだ。

 ツェイトは長い時間あの大きなモンスターを解体してくれたアブズミへ礼と共に労った。


「ご苦労様です。所で、今回狩ったモンスターの分の料金はどうなるのですか?」


「あぁ、その事ですがね。バラしたあれは一旦組合まで持ち帰らせていただきやして、内容を精査させていただきやす。何せ量が量だ、その場で一目見ただけではじき出すのはちと不味い」

 

 未だに喜びの余韻を残したままにアブズミが饒舌に説明してくる。

 そこで、ツェイトは相槌をうとうとしてふと違和感を覚えた。


「……懸賞金は決まっているんじゃないのですか? 確か、一覧に載っていた筈ですが」


 賞金首が掛けられているお尋ね者の人ないしはモンスターは、組合の建物内に掲示されている賞金首の欄に賞金が記載されている筈なのだ。もっとも、あくまで人づてでの話だが。

 なのに先程のアブズミの話はどういう事なのだろうか?


 噛み合わない会話に一瞬二人の間に沈黙が生まれた。

 だが、そこから最初に口を開いたのはアブズミだった。まるで合点が言ったかのような顔をして。


「もしや、知らなかったんですかい? 賞金首のモンスターには懸賞金とは別途で部位の引き取り価格が発生しやすぜ」


「えぇっ!?」


 セイラムが驚いている横でツェイトは感情にこそ出さなかったが、嬉しい誤算に内心では驚喜した。てっきり打ち倒したモンスターの懸賞金だけが来るものだと思っていたからだ。

 とは言え、よくよく考えてみると納得も出来た。通常のモンスターを狩った場合は狩った証拠となる部位と、活用できる部位を組合に届ける事で報酬金になるのだから、今回の眼潰れの件の流れは至って普通だ。そこに対象のモンスターが賞金首だったから報酬金が上乗せされると言うだけの事である。ツェイト達は眼潰れが高額懸賞金と言われていた為、懸賞金の方に眼が行き過ぎていた様だ。

 とにかく、今後発生するであろう備品や旅費などの必要経費に使える資金に余裕が出て来るのでツェイト達にとっては朗報だ。

 お金と言うものは貯めていてもいつかは何らかしらの形で出てしまうものであるから、多いに越した事はない。

 

「計算するのにどれくらい時間がかかりますか?」


「まぁ解体作業時間よりはかかりやしませんよ。相場を基にして数を計算するだけですからね。今日の夕方にでも組合へ来てくれりゃあ確実に終わってやすよ」


 と、なるとまた待たされるわけなのだが、今度は都の中で待たせてもらう事にする。其処まで時間はかからないらしいので。


「あぁ、それとこいつを渡しやすので、事前に目を通しておいてくだせえ」


 そう言ってアブズミが手袋をはずし、前掛けの内側へ手を突っ込んで取り出したのは一枚の和紙だ。四つ折りにされているのだが、急ごしらえの為か綺麗に紙が折れていない。

 それをツェイトが貰い、副腕を展開してそちらの方で開いて見た。その際アブズミが興味深げにツェイトの副腕を見ていた。


「ほぉ、腕が4つあるんですかい。便利そうですねえ」


 それだけあれば作業が楽そうだと感想を述べているアブズミに苦笑しながら和紙を開いて見ると、其処には様々な部位の名前が数や量と一緒に書き込まれていた。

 ご丁重に「眼潰れ解体部位一覧」と書いた横に“クエスター組合ワムズ支店”と赤い判が押されており、更にその横には“解体作業班長 アブズミ”の印まで押されている念の入りようだ。

 書類の内容から見るに、どうやら解体作業の証明書の様だ。ツェイトが解体部位の一覧に目を通しているとアブズミが補足を付け足してきた。


「それを組合まで持って来ていただけりゃあ、係のもんが後はやってくれやすよ」


「普段からこんな風にしているのですか?」


「流石に普通はそこまでやりやせんよ。今回は獲物の内容と物量がありやしたからねえ。ちゃんと記録しておかにゃあ不味いんで」


 何せ今まで狩られていなかった大物ですからねえとアブズミが言う中で、ツェイトは相槌をうちながらセイラムへ証明書を渡して目を通させた。


「じゃあ、あっしらはこれで。また良い獲物が運ばれてくるのをあっしらは心よりお待ちしておりやすぜ」


 それじゃあ失礼しやす。そう言って口元をニヤリと歯が見えるくらいに吊り上げて別れを告げると、アブズミは他の解体作業班達と一緒に都へ戻っていった。

 麻袋が高く積み上げられた数台の荷車が、解体作業班達の手によって音を立てて都へ運ばれていく。



 そんな作業班達が去った後の草原の近くの街道を通る通行者達は、うっと顔を顰めて鼻を摘み出したのをツェイトの視力が偶然捉えた。

 ツェイトはアブズミ達の後姿を見送りながら、ある事を思い出してセイラムに振り向いた。


「ワイルドマックの肉ってもしかして臭いのか?」


「内臓の方がな。それにしても眼潰れの奴はとんでもなく臭いな!」


 返事をするセイラムの声は鼻声だ。

 それもそうだろう。今のセイラムは外殻に覆われた己の指で自身の鼻をつまんでおり、アブズミがやって来た時からずっとこの調子だったのだ。


 その原因は、アブズミが去った後にも強く残る解体作業時の生臭い異臭にあった。

 ツェイトも臭いとは思っていたが、口元を覆うマスク状の外骨格のおかげかそこま悩まされはしない。

 臭いと体の大きさは比例するのだろうか? それとも生きた年数が関係しているとか? そんな益にもならない事を考えてしまうツェイトだが、それよりも心配な事があった。


「……都で苦情が起きないだろうか?」


「防臭作業はやっていたみたいだから大丈夫だろ。解体する場所の臭いまではどうにもならないみたいだがな……それにしても臭すぎる」


「大丈夫か?」


「ワイルドマックの臭いだけは慣れないんだよなぁ……鼻が潰れそうだ」


 ふがふがと鼻声で毒づくセイラムの眼尻にうっすらと涙が溜まっていた。それほどまでにセイラムはこの臭いが駄目らしい。


 とりあえず用が済んだ二人は、この場に留める理由も無いので一旦都へ入る事にした。

 その際、臭いの残滓でセイラムの足元がふらついて何回かこけそうになったのはツェイトのみが知る事であったりする。

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