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紺碧の大甲虫  作者: そよ風ミキサー
第三章 【エルフの国と厄災の兵士】
24/65

第15話 クエスターの活動

新章? 突入です。


そのための出だしといった感じになります。

文字数:約8700文字

 昆虫国家ワムズの首都ディスティナの空は、ここ数日と変わらずの晴天続きに恵まれていた。

 ネオフロンティア大陸の西南に位置するこの国の気候は暖かく、晴れるときはからりと空気が乾いた気持ちの良い空となり、雨季になれば暖かい雨が降り注ぐ。日本の四季に当てはめるとするのなら、春と夏の中間辺りといった所だろうか。


 そんな美しい青い空に、ツェイトは大きな親指と人差し指でつまんだそれを掲げて眺める。

 

 何らかの鉱物を加工して作られたと思われる黒い腕輪だ。

 やや分厚くシンプルな作りがされており、日の光に当てるとまだ未使用の為か艶やかな光が反射している。今ならばかざした空の色すら見えそうだ。

 その腕輪には縦に白い溝が走っており、その色がまた重厚さを持つ黒い腕輪に初々しさを与えている様な印象を与えた。


 クエスター認定証、それがこの腕輪の正体だ。

 現在ネオフロンティア大陸上で活躍しているクエスターはこの腕輪を身に着けて自分達の存在を示し、この世界のそこかしこで活躍している。

 

 そして、この腕輪には種類がある。

 現在ツェイトが手にする黒く一本の白線が彫られた腕輪は、クエスターが最初になった時に組合から支給されるいわば“若葉マーク”の腕輪である。


 クエスターの仕事は多岐にわたる。

 当初は大戦争期の残滓、またはそれ以前にあったとされる施設などが遺跡と化した場所を探検し、そこから今の時代には無い過去の高度な技術で生み出された品々を発掘し、そこからもたらされる利益によって各国は潤ってきた。

 しかし昨今では攻略可能な遺跡は激減し、代わりに街の外に蔓延るモンスターの討伐から家事手伝い紛いの細々とした作業までが大部分を占めている。

 そんな多くの依頼をこなし、積み上げてきた功績によって腕輪は段階を得て、その形や色を変えていく。


 黒い腕輪に1本の白線は駆け出しの証拠。 


 白い腕輪に黒線2本は並のクエスターとして一人前と見做され。


 黄色い腕輪に黒線3本は一丁前を超えたベテランのクエスターに。


 赤い腕輪に黒線4本はベテランの中から更に手練れた猛者へ。


 紫色の腕輪に銀線5本は、歴史に残る大功を成した英雄と呼ばれる。



 変わるのは腕輪だけでなく、周囲の名声、そして組合から与えられるサービス内容も変わっていく。

 ただし、そこへ至るのは生半可な事ではない。多くのクエスターは白から黄色い腕輪で終わり、其処から一握りの者が赤い腕輪を許される。

 そしてそれらの頂に立つ紫色の腕輪を持つクエスターに至っては、現在は各国に一人いるかいないかと言うほどしか存在していないのだ。


 と、まぁそんなクエスターのシステムはとても興味深い話であるが、今のツェイトにとってそんな事は二の次三の次であった。

 正直な話、ランクが上がった時の事の話よりも、目先の問題を一つずつ解決していかなければいけないのが現状である。


 ツェイトはその支給されたクエスターの腕輪の観察に満足すると、おもむろに左脇部分の外骨格を展開し、其処から伸びた副腕の手首にはめて再度腕を収納した。

 とてもではないが、あの腕輪はツェイトの普段の腕に嵌められるサイズではないし、ツェイト自身が格闘戦を得意とする関係上、何かの拍子で壊れる事を危惧した為この様な収まり方になったわけだ。幸い副腕は人間サイズなので、難なく腕輪を取り付けることは出来た。おまけに収納する際多少はスペースを開ける事が出来るので、こうした細やかな物をしまうくらいは訳ないのだ。



「ツェイト、ちょっといいか?」


 腕輪をしまっていたツェイトを呼ぶ声がする。

 視線を下ろしてみれば、そこにはツェイトの同行者にして同じくクエスター認定証の腕輪を“首に吊るした”昆虫人の少女、セイラムが黒一色の瞳でツェイトを見上げていた。


 セイラムの両手足はそれぞれ両肘、両膝から先が黒い外骨格によって少女の手足に似つかわしくない無骨かつ厳つい手甲、具足の様な形状となっている。

 その為、手首にはめるのも難しいので、紐で首に吊るして身に着ける事にしたのだ。


 膝下と肘先がカットされた巫女服に似た衣装を着たボーイッシュなヘアスタイルのセイラムが、眉をハの字にして困った顔をしている。

 はて、どうしたのだろうかとツェイトが疑問を抱いていると、セイラムの背後に複数の人影が現れたのを確認した。


 現れたのは、数人の若い昆虫人の男達だ。

 腕にはめた腕輪の色は白く、黒線が2本ある。どうやらつい最近クエスターになった自分達よりは先輩らしい。

 一見すると特段ガラが悪いわけでもないが、ちょっと軽薄そうでもある。

 

 そんな若い男達は、セイラムについて来たらしい。

 セイラムの背を見て何か声をかけようとしたその時、ツェイトの存在に気が付いてギョッとした顔で見上げた。

 若いクエスター達の様子に、ツェイトは再びセイラムの方へと顔を向けると訳を話してくれた。


「この人達が仲間にならないかって言ってきているんだけど……」


 クエスターは複数人で一つのチームを組んで活動する事が多い。経験豊かなクエスターならば単独行動というケースもあるであろうが、大体のクエスターは、チームを組んで依頼の達成率を上げるのだ。

 恐らく、彼らに悪気はないのだろう。だからセイラムも無碍に出来ず、こうしてツェイトの元へと連れて来たと言う訳か。

 それにまぁ、セイラムの容姿は通常の昆虫人以上に外骨格があったり、手足が外骨格によって武具の様になっている事を差し引いても、顔の作りは綺麗な部類である。可愛いと言うよりは、格好いい方での綺麗さだ。

 そこら辺の要素が相まって、お近づきにでもなりたいという気持ちでもあったのだろう。

 まるで大学のサークル勧誘の様だとその光景をツェイトは内心独り言ちた。

 

 ツェイトは若い昆虫人のクエスター達へと視線を向ける。

 特に思う事なくツェイトの眼差しを向けられた若い男達はビクリと体が跳ね上がり、自ずと背筋がピンと伸びた。


 ツェイトの姿は片刃の様な巨大な角を省いただけでも身長は3mを超え、全身を厳めしく重厚な外骨格で包んだカブトムシの巨人といった風体だ。角まで含めれば4mを行く。

 見上げるほどの巨体と、物々しげな姿形の外骨格、そして外骨格で覆われた頭部から灯る二つの青白い眼光は相対した者を無意識に威圧する。

 ツェイトも勿論それについては理解しているので、今回はこの若者達に悪いが、ツェイトも思う所があるからそれを利用して無言の威圧をかけているのだ。

 

 そんな中、その若者たちの中の一人が「やばい、この前大門で暴れてた奴だ」と口にした所でそのメンバー全員が石のように固まった。どうやら大門前で起きた騒動は知れ渡っているらしい。やはり緘口令を敷いても人の往来の激しい所だ、人の口に戸は立てられないのだから仕方がない。

 若者達の顔の表面から脂汗が吹き出ているのを確認しながら、ツェイトはぴしゃりと言い放つ。

 

「勧誘なら間に合っている」


 そう言うや、若いクエスター達はいそいそとその場から、何故か謝りながら逃げる様に離れて行ってしまった。

 さしずめ、日本人的に言えば不動明王か仁王様にメンチ切られて肝をつぶした悪童達といった所か。


 離れて行く若者たちの背を見送りながらセイラムがツェイトへ苦笑しながら礼を言う。


「ありがとう、助かったよ。私一人だったらその……もっと酷かったと思う」


 ヘッドギアの様に黒い外骨格が張り付く己の頬を指でかくセイラム。

 人を思いやれる優しさを持つセイラムだが、その気性はどちらかと言えば短気である。もしあのままあの若いクエスター達がしつこくセイラムへ勧誘をし続けていたら、セイラムが堪らずに怒鳴ってしまっていたかもしれない。


 そもそもの話、セイラムは追われている身だ。

 生半可な気持ちで付き合おうとしたら、あの兵士達の追手がセットでついてくる。どちらにせよ、お互い良い事は無いだろう。これで良かったのだ。


 そんな現在、ツェイトとセイラムはクエスター組合ディスティナ支店の入り口近くにいた。


 

 あの大門前の騒動の翌日に起きたダンの不可解な死の後、ヒグルマはもう吹っ切れたらしく、いつもの様子を取り戻していた。それでも、キセルを咥えながらぼんやりとしている光景が何度か見受けられたため、完全とは言いづらいだろう。


 そんな姿を見ていると、いつまでもヒグルマの世話になりっぱなしになるのもいい加減止めた方が良いだろうとツェイト達は思い、さっそく手に入れたクエスターという立場を活かし、今後の為の“慣らし”と“旅費”を稼ぐ事を兼ねて、こうして仕事探しに繰り出していたのだ。

 

 そこでさっそくと言うか、前から懸念していた問題がいよいよ表面化した。

 ツェイトの巨体では中に入れないのだ。


 組合の支店内は天井が明らかにツェイトの全高よりも低い。

 なので無理に入る訳にもいかず、セイラムに中へ入ってもらい仕事探しをしてもらっていた。

 一応、セイラムとは事前に話し合ってある程度依頼内容の方向性を決めているため、そこまで漠然としているわけではないので探すのに困る事は無いと踏んでいたが、先程の様にセイラムがちょっかいをかけられると面倒だ。

 そういう時、自分も中に入れるくらいの背丈ならよかったんだがなと、ついツェイトは無い物ねだりをしてしまう。


「それで、何か手頃な仕事は見つかったのか?」


「あるにはあったけれど、畑作業くらいしかないぞ?」


「何? 畑作業だって?」


 外骨格で覆われた頭部の奥に灯る青白い眼光が数回瞬いた。


「ああ、お爺さんとお婆さんの夫婦が栽培している奴なんだけど、お爺さんの方が腰を痛めて困っているんだってさ。“一本線”に出来る仕事は大体そんな作業が多かったな」


 セイラムの説明にツェイトはふうんと相槌をうちながら考える。

 事前にクエスターという職業の事を聞かされていたので特に驚きこそないが、本当に民家の手伝いまでもが依頼内容の内に入っていた事に、ツェイトはこの職業の手広さと言うか、節操のなさと言うべきものにちょっとだけ呆れた。まさに便利屋の様相である。


 そして、先ほどセイラムが口にした“一本線”。それは現在ツェイト達の入るクエスターの階級の通称だ。

 黒い腕輪に白線が一本溝状に彫られたものは、クエスターになりたての初心者が持つものである。

 どの様な仕事にも大なり小なり“実績”と“信頼”と言うものが必要になるが、それが新米には無い。そんな者に重要な仕事を与える事など不安要素が多すぎで普通は頼めないから、比較的簡単な依頼を回されると言う訳だ。

 そして実績を積み、クエスターとしての階級を上げていけば、その階級に見合った仕事を任される。言ってしまえば、一本線はそれらの為の下積み期間の様なものであった。


 まぁ、そんな所だろうなとツェイトはこれらの理屈についてごもっともだと納得した。ここら辺は元の世界のビジネスの世界と似ている。


「なりたてのクエスターに出来る仕事もたかが知れているって事か」


「どうする? 外でモンスターを狩って持っていけばお金に換えられるって言われたけど」


 セイラムが別の提案を持ち掛けてきた。

 クエスターの仕事の中には、組合内に掲示されている依頼内容以外にも外で繁殖しているモンスターを狩る事で組合からその内容に見合った報酬を受け取るシステムが設けられている。

 此方はクエスターならば階級は特に問われず行えるのだが、その際相対するモンスターによっては当人では対処できずに命を落してしまうケースも毎年少なくない数で記録されている。

 安全で堅実に稼ぐのならば組合の依頼を。大きな稼ぎを求めるのなら、危険だが成功すれば見返りの大きなモンスター狩りを。そうやって今日までのクエスター達は自分達の糧食を得て生きてきたのだ。


「じゃあその畑仕事、やってみようか?」


「え?」


 そこでツェイトが選択したのは、およそその身に似つかわしくない仕事だった。

 モンスターを狩りに行く方を選ぶものかと思っていたのだろう、セイラムは驚いた顔でツェイトを見上げた。


「何で? そんなに畑仕事やりたかったのか?」


「いや、別に畑仕事に固執しているわけじゃないんだぞ。人と関わる依頼がとりあえず出来れば良いんだ」


「……うーん?」



 セイラムは要領を得ないと言った様子でツェイトの言葉を聴きながら、首を傾げている。


 人同士の繋がりと言うものは、知る人ならばそれを馬鹿にする事など出来はしまい。ツェイトがいた元の世界では、古今経済社会を回すうえで無くてはならない要因だ。

 それによって手に入れた信頼が、後に自分達に何らかの形で益をもたらしてくれる事があるのだ。

 種族や文化様式などに差異はあれども、そこは似た社会構造を取る知的生命体が創った国なら同じ感じの筈だとツェイトは予想していた。



「まぁ、困っている事を依頼という形で助けてあげれば信じて貰えるようになるし、気を許してくれるついでに色々と話してくれるかもしれないって事だよ。セイラムにもあるだろう? 仲良くしてくれた人から親切にされたりするのって。あれと同じだよ」


「あぁ、そう言う事か。それなら分かる。うん、確かにそうだな」


 この旅の目的は、ツェイトの親友のプロムナードを探す事だ。そして、セイラムには秘密であるが、この世界から戻る方法を調べるというもう一つの目的もある。

 それらを成し遂げるためには、多くの情報が必要になるだろう。前者のプロムナードはこの昆虫国家ワムズどころか、この広大なネオフロンティア大陸中のどこかにいるかもしれないし、後者に至ってはある意味世界の秘密を知る事に近いかもしれないのだ。とてもではないが、単独行動で調べるには情報量が足りなすぎる可能性がある


 そこでツェイトは、旅先やクエスターとしての仕事を通じてこの世界の住人達の情報網に頼ろうとしていた。

 そういう意味では、クエスターに階級がある事はツェイトにとって望ましいものである。

 階級があるという事は、その階級に合わせて依頼の質が違う事は勿論の事、依頼者の質も保有しているだろう情報量も違ってくるはずだ。

 そんな依頼者の信頼を勝ち得て色々と訊いて回っていけば、プロムナードの居場所もいずれは分かるであろう。尤も、元の世界へ帰る方法については、この世界に点在していると聞くプレイヤー達から可能ならば聞いていってみたい。


 まぁ、今回やる依頼はそのお試しと言った所である。

 流石に一本線相当の依頼で重要な情報が来るなどとはツェイトも期待していなかった。


「そう言う訳だから、もう一度行ってきてくれ」


「まぁ、そう言う事なら。ただ、一つだけ聞いていいか?」


「うん?」


 再び組合の支店内へ踵を返そうとしたセイラムが、ツェイトへ問う。


「畑仕事した事あるのか?」


「いや、無い」


 さらりと返すツェイトは、固執していないと答えたが、それ程土作業をした事が無かったため興味はあったのだ。






 かくして、ツェイト達は最初の依頼を畑仕事と言う作業で行う事になったわけだが、その作業が終わったのは依頼を受けた当日の2~3時間後であった。


 作業内容は、一度野菜を収穫した後に寝かせていた畑を再び耕す所から始まり、種まきまでといったシンプルな肉体労働だ。

 場所はディスティナから結構離れた農村。普通に歩けば何日か日をまたぐ必要があるが、ツェイトが翅を広げて飛んで行けば1時間程度で着ける様なその農村の一角に居を構えた老夫婦が今回の依頼人だった。

 

 よくもそんな離れた所からディスティナの組合へと依頼が出来たものだと思ったツェイト達だが、同じ村の住人がディスティナへ物売りに行くついでに代理で依頼をかけたらしい。その農村から一番近いのがディスティナしかなかったのだ。

 報酬内容も大した額ではない上に、場所はディスティナからかなり日数がかかるので、一本線のクエスターの依頼の中でもかなり不人気だったようで、異様に孤立していた。それが偶然セイラムの目に留まったのが今回の経緯である。


 依頼を受けてから用意する物も無かったツェイトとセイラムは直ぐに件の村へと向かう。飛ぶ際は轟音と強風が生じるため、ディスティナの外門を出てやや離れた場所から飛び立った。

 到着して村を訪ねると、当初はツェイトの巨体と容貌に村人達が腰を抜かしたが、ツェイト達がクエスターである事が分かるとまた別の意味で驚いていた。よくもまぁこんな所までこんな依頼を受けに来たものだ、と。

 依頼内容や条件の悪さで、いずれ取り下げられるだろうと諦めもあった矢先に来たのだから、予想外も良い所だったのだろう。


 そうして体調を崩して寝込んでいる老夫からおっかなびっくりの指示を受け、畑仕事を開始したツェイト達。


 ぼうぼうに生えきった雑草を引っこ抜き、土を耕し、種をしかるべき場所へと埋める。

 言葉だけを並べれば大体この三つの作業工程なわけだが、それなりに面積の広い畑であった事と、単純な農作業は体に負担がかかっただろう。通常ならば。


 そこは並の昆虫人とはちょっと作りが違うセイラムと、明らかに昆虫人より作りのおかしいツェイトがいるわけで、体力を持て余した二人の作業は驚くほどに速かった。

 体を動かしている方が落ち着く性質のセイラムと、疲労と言う概念があるのか疑わしいツェイトは黙々と仕事をこなし、特に問題らしい問題も無く畑作業を完了させたのだ。

 ちなみに畑を耕す際のツェイトだが、鍬の代わりに自身の手を使って土を掘り返し、その時だけは己を耕運機に見立てていたとか。




「ありがとうございます。お陰様で助かりました」


「一応私達の方でも確認は行いましたが、何か作業漏れなどがありましたら仰ってください」


「い、いいえ! いいえ! こんなに丁寧にやってくれた上に、早く終わりましたので文句など付けようがありません!」


 老夫婦が住んでいる家の前で恭しく頭を下げてくる老婆。

 黒の混じった白髪に皺の深い顔、昆虫人の緑色の肌は色褪せて染みが見える。300年が大よその寿命と言われている昆虫人でもかなりの高齢だ。セイラムの育て親のウィーヴィルや先日会ったデンショウ大臣も高齢ではあるが、それよりも年老いているように見える。長年の農作業によってか腰は曲がり、積み重なった疲れがその老いに滑車をかけている様であった。

 老夫はこの場にいない。起き上がるのが辛そうだったので家に寝かせたままだ。


 そんな老婆に対し、元の世界で培った営業マンの顔で応対するツェイト。

 どんな仕事だって最初は小さなものだ。それらを極力丁寧にこなしていく事でお客から信頼を得て、大きな仕事へのきっかけとなる。

 今回の仕事も同じ事だろう。今後またこの村で仕事をする可能性は低いが、今回の仕事の出来栄えが組合へ伝わって自分達の評価が上がるのならばよしとツェイトは前向きに考えていた。


 クエスターの仕事は依頼人が存在する場合、依頼が達成した後一度そのクエスター自身が組合の方へと連絡をするが、その後依頼人へ問い合わせが行われ、そこで最終的な確認がとれて完了という仕組みになっている。そうして後日報酬金が与えられるのだ。

 その際クエスターの仕事の完了具合だとか、依頼中の態度などが依頼人から教えられる事がある。

 良い仕事ぶりを評価する称賛の声ならば良いだろうが、不満の声、いわゆるクレームなんてものも組合へと伝わるケースがある。

 もっとも、クレームについてはよほど対応が悪い場合に限ってではあるらしいが、それが原因でそのクエスター自身の評判が下がり、後の活動にも悪影響を及ぼす等と言う話が過去に何度もあった事を、ツェイトはヒグルマや組合の人から聞いた事があった。世界や種族が違っても、そこら辺は同じである。


 そういう理由もあって今の姿勢で対応しているのだが、それに老夫婦たちはやけに恐縮しきっていた。

 今までこういう態度をされた事が無かったが故の困惑か。もしくは、ツェイトの外見で先の様な態度を取られた事が色々と衝撃的だったのかもしれないが。 

 

「そうですか? そう言う事でしたら、私達の依頼はこれで完了となりますが、よろしいですか?」


「あ、あのぅ!」


 特に何もないのならばこれで終わりにしようかと切り上げようとするツェイトを、老婆が上ずった声で引き留める。

 引き留められたツェイトは何だろうかと声をかける老婆へ訊ねる。


「どうかしましたか?」


 やり残した畑でもあるのだろうかと思ったが、そんな場所があった様には見えなかった。

 ツェイトは老婆の言葉に耳を傾け、呼び止めた理由を確かめることにした。


 老婆はツェイトを見上げようとするが、ツェイトの眼光をちらりと見ると怯える様に顔を俯いてしまった。

 

 ツェイトは隣にいるセイラムへ顔を向け、老婆を指差し「代わりに訊いてみてくれないか?」とジェスチャーで伝える。

 セイラムはそれをツェイトが困っているのだと何となく察し、ツェイトの代わりに老婆へとたずねた。


「お婆さん、何かあるんだったら言ってみてくれませんか? 聞くだけなら私達も出来るし、ツェイト……あー、私の仲間もそんな事じゃ怒りませんよ」


 セイラムが親身な態度で話しかけると、ようやく老婆がセイラムを見返し、ツェイトを見上げる。ツェイトもそれに静かに頷き返した。

 

 二人の誠意が届いたのか、老婆は深く深呼吸をすると、意を決して口を開いた。



「……夫を連れて来ます。それまで待っていただけますでしょうか?」


 老婆の発言に突っ込んだのはセイラムだった。


「え? 連れて来るって……あのお爺さん腰を痛めてるんでしょう? そんな無理をさせなくても……」


 気遣いからくるセイラムの言葉に、老婆は首を振った。


「……いいえ、夫は腰を痛めてはおりません。あれは仮病です」


 老婆の意外な言葉に、ツェイトとセイラムはどういう事だろうと顔を見合わせた。


遂にこの作品にも冒険者に類する職業の順位形式が登場しました。

ありきたりと言われてしまうかも知れませんが、私はこういうのはワクワクしてしまう性質なので、この作品ならではの独自性を出せればなぁなんて思います。

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