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紺碧の大甲虫  作者: そよ風ミキサー
第二章 【虫の国の砂塵と花火】
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第12話 前編 乱入する甲虫

半年以上の期間を開けて久々の投稿です。

遅くなって大変申し訳ございませんでした。

 “彼”は、行く先で見つけた生物達を食らいながらひたすら森の中を突き進む。

 動物を、モンスターを、逃げ損ねた人達を、眼に映るもの全てを等しく伸ばした手で捕まえ、その命を貪り尽くす。奪った命に比例して彼の体も少しずつ肥大化していった。

 まるで全てを薙ぎ払う嵐の様に、癇癪を起した子供が喚き散らして暴れる様に。

 目の前に何があろうと関係ない。樹が伸びていれば叩き割り、岩が道を阻めば突き進んでそのまま打ち砕く。


――暗イ……前ガ見エナイ。


――痛イ、俺ノ体ハドコニ行ッタ?


――酒ガ飲ミテェ! 女ハ何処ダ!?


――ドウシテコンナ事ニナッタ?


――指示……認。本隊ヨリ先行……無差別攻……ヲ開始、可能ナラバ目標ノ確……


――腹ガ減ッテ死ニソウダ……肉ガ……肉ガ食イタイ。


――コンナ所デ野垂レ死ヌノハ嫌ダ!


――生体…情………再……築ノ、要……


――奪エ! 潰セ! ブチ殺セ! 


――アイツサエイナケレバ!


――皆纏メテ殺シチマエ!


――タダ、俺ハ――――


 欲望、衝動、恨み、嘆き。幾多の叫びがその身の内に火花のようにまたたいては渦巻き、精神の濁流に呑まれて消えていく。当初“彼”にはある者達から指示が下されていたが、それも全ては混ざり合い、殆ど漫然としていて最早正確には思い出せない。


 だがそれでも、只一つだけはっきりと覚えている事が“彼”にはあった。


 “あの時”、断末魔の瞬間己の眼に映ったあの異形。自分を殺したあの男。

 奴を殺せと僅かに残った記憶のそれが、身の内に存在する“皆”が、その時だけは一致団結して張り裂けんばかりに喚き散らして来るのだ。


 “彼”はある場所へ向けてひたすら進み続ける。其処へ向かうのは、当初与えられた指示の残りカスがそうさせるのか。それとも、本能があの男の居場所がそこにいると教えてくるのか。


 行先は、ワムズ主都ディスティナ。

 “彼”は、否“彼らの成れの果て”は、自分達を生み出した者達の思惑に乗っているとも知らずに破壊をまき散らすため、其処へく。




 ダンが咆哮をあげながら、突然標的をツェイトとセイラムに変えて駆け出した。

 体中から黒い影を沸き出し、両の腕を超振動で震わせながら向かって来るダンの姿に理性はない。ただ本能の赴くままに力を奮い、破壊するモンスターと何ら変わりなかった。

 標的と見なされたツェイトとセイラムは、つい先日まで親しくしていた人が自分へと敵意を以て牙を向く事に困惑した。

 加えてツェイトからすれば、NFOの頃ですら見た事の無いダンの獣じみた振る舞いに戸惑いを覚えてるが、ダンの体からにじみ出る黒い影を見て大凡見当が付いた。もっとも、分からない所も多々あったが。


 目の前の事態に一瞬呆けたツェイトだが、「おい、ツェイト!」と自分を呼ぶ声に気付いてダンの後方にいるヒグルマをチラリと見た。


「気を付けろ、ダンの奴何かに憑かれてやがるぞ!」


 叫ぶヒグルマは大筒を構えていたが、その射線状にツェイト達もいるためか舌打ちしてその引き金を引きあぐねていた。

 よしんばツェイトに誤って弾が直撃したとしても過去の経験上問題はないと思うが、ツェイトに背負われているセイラムの無事までは保障できない。


 そんなツェイト達の心境を慮ってやる程、今のダンに慈悲の感情は無い。ツェイトとの距離を徐々に詰めて来る。


「セイラム、離れて」


 その言葉にセイラムは応じて背中から飛び降り、ツェイトと距離を取った。

 それを確認したツェイトは両腕の内、指を軽く曲げた左手を前に出し、拳を握りしめた右腕を脇の下へ引き締めて腰を少し落とした。ツェイトはそこから構えを解かず、微動だにしない。


 雄叫びを上げ、超振動による高音を両の腕から発しながらダンは砂地を蹴って駆ける。獣の様に突っ込むダンと、静かに構えるツェイトの二人の様は両極端だった。


 ツェイトは今自分達のこの構図に、ふと数日前の事を思い出した。初めてこの世界に来た時、ワイルドマックと対峙した時の状況と何処か似ている。

 だが、今度の相手は自分と同じくこの世界に来てしまった同郷の知人だ。しかも本人の意思に関係なく暴れている様なので、全力で叩きのめして殺してしまった等と言う結末はツェイトは望んだものではない。

 

 力の加減は何処まで抑えれば良い? 後ろのセイラムを巻き込みはしないか?

 

 刹那に数々の不安が浮かんでは消えるが、容赦なくダンが大上段に腕を振りかぶりながら今まさにツェイトの懐へ飛び掛かろうと膝を曲げた。

 えぇいままよとツェイトはその瞬間を突いて自身も体を捻り、その勢いを乗せて拳を前へ突き立てた。


 風を突き破る音に合わせてツェイトの右腕がぶれる。跳びかかろうとしたダンの腹部が乾いた煉瓦を割った様な音と共に大きく内側へと抉れ、汁気を含んだ肉の潰れる音がした。

 ツェイトの拳はダンの体に触れていない。ツェイトは繰り出した拳の風圧でカウンターの一撃を食らわせのだ。


「ゴバァッ!?」


 ダンがくの字の体勢で、まるで大砲もかくやといわんばかりの勢いで真後ろに吹き飛んでいく。血反吐と外骨格の破片をまき散らしながらヒグルマの横っ面を通り越し、数百メートル先の方まで途中途中砂地を水切りの様にして跳ね飛び、地面に埋まっていた人間大の大きさの岩に頭から激突してようやく止まった。

 ダンを受け止めた岩は、ダンの体に掛かっていた衝撃をまともに受けてしまった事で粉々に砕け散る。


「ア、ァ、ァァァ!」


 外骨格の砕けた腹部から血を流しながらも、ダンが体に被さった岩の破片を振り落して尚立ちあがろうとした。だが。


「…………グゲェッ」


 思いの外腹に響いたらしく、膝から崩れ落ちて血反吐と共に砂の大地に沈んだ。


 当たり所が良すぎたかとツェイトは外骨格の内側で顔をひきつらせた。

 むしろこの場合悪すぎたと言うべきか、ツェイトは一瞬殺ってしまったかと背筋に寒気が走った。

 ゲームで言うならクリティカル、現実で言えば急所に直撃だ。NFOや他のVRを利用したバトル要素の盛り込まれたゲームには、人体の急所に攻撃が当たればそれがクリティカルと判定される物がある。良くも悪くも、そう言った所もNFOはリアルに出来ていた。おかげでモンスターだけでなく、プレイヤー同士で戦う際にもクリティカルポイント(急所を)狙い合うのだから何気に生々しかった。

 力を抑えてこれなのだ、全力でやろうものならそら悲惨な光景が待っているだろう。

 例え城壁を突き破る程の威力を受けたとしても、ダメージポイントが浮かぶだけで済むゲームだったNFOが、如何に気楽なものだったのかがツェイトには良く分かった。

 

 血泡まで吹き出し始めているダンに内心謝りながら、ツェイトはセイラムを連れだってヒグルマの元へと駆け寄った。


 ダンが殴り飛ばされて通りすぎた際に撒き散らした血で汚れたのだろう。顔に返り血をべっとりと浴びたヒグルマは、鬱陶しそうに裾で拭いながら瞼をヒクつかせていた。


「相変わらずえげつねえ馬鹿力だな、お前」


「これでも、加減はしているんだ」


「……あぁ、そういやそうだったな、忘れてたぜお前の体がどうなってんのかよ。まぁ、あいつを止めてくれて正直助かった」


 離れた場所で陸に揚げられた魚の様にのたうちまわるダンを見てふぅと息をつくヒグルマだが、傍から見ればそうは思えていない。近辺の街道の封鎖活動をしながら事の成り行きを見守っていた兵士達は、ツェイトに殴り飛ばされたダンを見て死んだと思っている者がいる位だ。


 だがプレイヤーの二人はそうは思っていない。ツェイトは一応頭部と心臓のある胸部の二か所を避けて攻撃したため、設定状のハイゼクターの生命力が確かなら問題ない筈だし、殴ったツェイトもヒグルマの態度を見てそれほど深刻に考えるものでもないと感じた。


「ダンが取り憑かれているっていうのは本当なのか?」


 ダンの有様についてツェイトがヒグルマに訊ねると、苦虫を噛んだ様な渋面で答えた。


「こっちに来てから初めて見たが、あのエフェクトはほぼ当たりだと思って良い。……付け加えりゃ、シノンを攫わせたのもダンの中の奴だ」


 まさかあの事件にダンが絡んでいるとはツェイトも思ってもみなかった。そうなると、先日の筆記試験の帰りに自分達の後をつけていたゴロツキを捕まえたと言うのも、全てダンの自作自演だった事になる。


(いや、それは違うか)


 これはダンでは無く、憑り付いた者の意思だ。憑り付かれた者の意思を無視して意のままに操る能力、それが憑依だというのはツェイトも良く知っている。


「ヒグルマ、ダンが取り憑かれたって事は……」


「ああ、まだ“アレ”をしてねえとはいえ、あいつに憑依出来るって事は俺達と同じレベルの奴がいやがるぞ」


 現在のNFO内における憑依の仕様は、プレイヤー側ならば、憑依出来るのは自分の技量よりも下回っているNPCのモンスターのみに限定されている。モンスター側は、プレイヤーだろうと同じNPCモンスターであろうと憑依させる事も可能という所で留められている。


 しかし、NFOが稼働した当初の頃はプレイヤーが同じプレイヤー相手へ憑依する事が可能だった。

 他にもモンスター側の憑依特性を逆手にとって憑依能力を持ったNPCモンスターを操り、そのモンスターを使って他のプレイヤーを操ると言う方法もあるにはあった。だが操作方法があまりにピーキ―過ぎるのと操作性の劣悪さから、それをまともに操作できるプレイヤーは極一部に限られていた。

 

 だがそれが後に問題となり、その能力を悪用して相手プレイヤー間の不和を誘発させる行為等が発生した事でプレイヤーからのクレームが相次ぎ、果てには利用者数が減った時期があったのだ。

 それを見かねた運営側が、プレイヤー同士のコミュニケーションを楽しむ場においてそれを阻害する要因となると判断を下し、早急にアップデートを行い仕様を現在のものへと急遽変更した。


 パソコン等の端末を介してのオンラインゲームから、ニューロバイザーを利用しての現VRMMORPGに至るまでの過渡期に生まれたのがNFOだ。

 稼働当初は手探り状態での運営だった為か、先の憑依の一件の様に仕様についての問い合わせやクレームが多々あった。


 そこで迅速な対応を行った事が、NFOの繁衰の分岐点だったのかもしれない。

大小様々な仕様変更を余儀なくされたものの、それによって一時NFOから離れていた利用者の中には再びNFOに戻ってきた者も現れ、少しずつプレイヤーの数が増えていった。

 運営側が求めるリアリティの追求と、利用者側からの意見の擦り合わせの上にNFOが成り立っていると言っても過言ではない。

 ツェイト達最古参組は。そんな仕様変更が全くされていない時期からプレイしていた連中だ。良くも悪くもNFOの酸いも甘いもその身を以て体験している。改善前の憑依の被害を受けている者も少なくはない。

 かく言うツェイトも、初期仕様のせいで何度か被害を被ったプレイヤーだった。


「とにかく、あいつを元に戻さにゃあ何も分からねえな」


「憑依解除のアイテムでも持ってるのか?」


「んなもん持ってたらとっとと使ってらぁ。俺が使うのはこいつよ」


 この状況を好機と見たヒグルマが、自分の大筒に巻かれてる荒縄の結び目を解き始めた。

 セイラムが殴り飛ばされたダンを心配そうに見つつも、不思議そうにヒグルマの作業を見るが、ツェイトはヒグルマが何をしようとしているのか大凡見当が付いた。

 全身を覆っていた荒縄が解かれ、大筒の全身がさらけ出された時セイラムがその姿形に驚く。


「な、何だこれ!? これは……生きているのか?」


「まぁ、普通は馴染みの無い物だろうよ」

 

 ヒグルマの所持していた大筒の造形、それを一言で言うのならば“虫”だった。

 恐らくは何らかの甲虫であろう鈍く光る鉛色のそれが、六角柱の形に無理やり圧縮された歪な形をしていたものだったのだ。

 砲口部分は口にあたるのだろう。その近くには体と同じ鉛色の複眼が左右に一つずつ見受けられ、眉間に当たる部分からは触角が2本、ラジオアンテナの様に収納されていた。ヒグルマが握っていた取っ手部分は、この虫の顎に当たる個所だったらしく、顎から飛び出た外骨格には御丁重に引き金も付いている。


「“シャナオウ”、擬態解除」


 ヒグルマの言葉を合図に、虫の形をした大筒が動き出した。

 折り畳んでいた6本の節足がギチギチとせわしく動きだし、体の各所もまた命が吹き込まれたかのように鳴動を始める。

 全身を動かす事で外骨格が擦れ合い、甲殻類特有の可動音を鳴らしながら圧縮されていた体が膨らみ始め、それに合わせて体の色も変わりだす。

 生気が宿ったかのように複眼の色が黒曜石の様に黒く染まり、折り畳まれていた触角が伸びた事でこの大筒の正体と全貌が明らかになった。


 深紅の前胸部を中心に白く光る十字模様のラインが走り、それ以外の部位は墨染の様に黒い。

 口周りは大砲の様な筒状の形状をしていたり所々体の部位が鋭角化しているが、その姿はツェイト達の元の世界では既に絶滅してしまった昆虫“蛍”の姿をしていた。


 蛍の形をした大砲とも、大砲の形をした蛍とも言えぬそれは、NFO世界でも手に入れるのが極めて困難な世にも珍しい生きた武具、“生体兵甲バイオ・アームド”と呼ばれるアイテムだった。

 その内の一つ、あらゆる弾丸を撃ち出す事が可能な昆虫型大筒『閃甲シャナオウ』、それが大筒の正体だった。

 普段はただの荒縄を巻かれた大筒に擬態しているが、本来の力を必要とする場合にその姿を現すのだ。


「ツェイト、早くこの場から離れな。やる事があるんだろ?」


「それが心配だから様子を見に来たんだ」

 

「様子って……そうか、試験か」


 ヒグルマはツェイト達がクエスターの資格試験の真っ最中だった事を思い出した。この一件が原因で試験が中止になる事を危惧して態々山から下りたのだろう。


「悪かったな、邪魔しちまって」


「期限はまだあるから大丈夫だ。それより」


 ツェイトが顔を向けた先には、先の一撃によって倒れていた筈のダンが息を荒くしながら立ち上がっていた。

 だが、パンチが効いているのかダンは体を震わせまま動こうとはしなかった。それとも他に理由があるのか。


「畜生め、ハイゼクタ―ってのはタフ過ぎていけねえ」


 軽口を言うヒグルマだが、その眼は笑っていない。怒りで腸が煮えくりかえっているその視線だけで人が殺せそうなほどに凄まじかった。その怒りは、何処に向けられているのか。


 ツェイトは不自然に生まれた砂地にちらりと視線を向けて、見つけてしまう。砂に埋もれてはいるものの、昆虫人の役人の者であろう手足や体がところどころに散らばっているのを。恐らくそれを、ダンがやってしまったのだろう。セイラムもそれらを見つけて顔を強張らせた。同族の死体――それもあのような無残な亡骸を見る事に対する免疫は無かった様だ。


「ヒグルマ、これは全部……」


「そうだ。あいつが、ダンがやっちまいやがった。誰とも分からねえ奴に操られてな……馬鹿野郎が」


 言い淀むツェイトに、ハッキリとヒグルマは答えた。

 ヒグルマとダンは、ツェイトと友人のプロムナードがそうであったように、NFOの頃はよくコンビを組んで活動している事が度々あった。

 ゲーム内での付き合いとはいえ、その期間は10年間。下手な現実世界での人付き合いよりも遥かに長い。

 二人の間に築きあげて来たものがどれだけのものだったのか、当人ではないツェイトには窺い知る事は出来ない。しかし、もし今の状況がダンの代わりにプロムナードに置き換えた場合の事をツェイトは考える。


 仲間が、友が。誰かの意思に操られ、罪を重ねていくその姿を見た時、何を思う。


 軽く深呼吸を済ませてから、ツェイトはセイラムに話しかける。あの状態のまま声をかけていたら、脅しつけるような言い方になっていたかもしれない。


「ダンを止めて来る。それまでヒグルマの傍にいるんだ」


 セイラムは未だこの砂地に広がる惨状を見たショックから抜け出せてはいなかったものの、ツェイトの言葉を理解する位には頭が働いていた。


「ツェイト、戦うのか? ……それで、いいのか?」


 強さ的な意味でセイラムは訊いた訳ではないのだろう。未だに自分の事を案じてくれるその心遣いが有難いが、ツェイトは自分の意思を再度示す。


「二人には此処で世話になった恩がある。此処で身過ごすのは、不義理だ」


 迷いはある。それはセイラムに被害が及ぶ可能性だ。


「……分かった。どうなっているのか私にはよく分からないけど、無理やり暴れさせられているのは何となく分かった。私からも頼むよ、あの人を止めてくれないか」


 この街に来てからセイラムはあの二人に良くしてもらい、とりわけ面倒を見てもらっていたのがダンだった。

 それに恩を感じていた事と、セイラムの生来の気性が合わさって、先の答えへと繋がった。


「聞いていたなヒグルマ、俺も手伝う」


「……嬢ちゃんの言葉じゃねえが、本当に良いのか?」


「ああ、このまま首都に被害が出て試験が中止にでもなったら困るからな」


 そういった打算の基に動いている側面がある事は否めない。

 セイラムの安全を取るべきか、今後の予定に支障の出る要因を取り払うべきかが問題だったが、今ここにはヒグルマもいる。ヒグルマにセイラムを一時託し、自分がダンを止めに行けば何とかなる。その後課題作業に戻れば多少遅れてもお釣りがくる。

 ヒグルマは目を険しくさせながら未だに渋っている。

 彼の事だから、自分達を巻きこませないためにという善意からの葛藤やもしれない。ツェイトはヒグルマがどんな決断を下すのか静かに待った。

 

「……すまねぇ、あいつを抑えててくれ」


 少しだけ考える様に目を細めていたが、ああくそっと愚痴ってとうとうヒグルマが折れた。


 彼ががわざわざシャナオウを開放してまで行おうとしている事は、少しばかり時間がかかる。それまでの間、ヒグルマはシャナオウで砲撃が行えないため戦闘能力が落ちる。だからツェイトがダンの相手をして時間を稼ぐのだ。


 セイラムをヒグルマの元へ行かせるよう言いつけたツェイトは、ヒグルマ達を庇うようにダンの進行方向上に進み、立ち塞がる。

 砂地を固めるかのような重い足音を鳴らして、ツェイトはダンの元へと向かった。


(よりによってダンが相手か……)


 その事実がツェイトの歩みを少し重くする。プレイヤーが相手と言うのも気が重いが、問題なのはダンの力だ。

 彼の操る超振動、それはこちらの防御力を無視して対象にダメージを与えて来るのだ。敵の武装を一定の確率で破壊し、挙句の果てには周囲の地形をその力を利用して砂に変え、自分の有利な土俵へと作り替える。

 攻撃だけに限らない、防御に回るだけでも相手にダメージを与えられるし、更に受けとめた武器を破壊できる。まさに攻防一体力、物質相手に圧倒的などアドバンテージを誇る能力だ。おまけに電気が効かない体質であるため手掴みでダンを捕まえなければならない。その時に晒される超振動の猛威を想像して背筋が冷たくなる。誰が好き好んで回転するミキサーの刃に手を突っ込むようなまねをしようと言うのだ。

 ……一応、それについて手立てはある。ツェイトの場合、下手に策を弄するよりもっとシンプルな方法でダンを封殺する事が出来る。過去にNOFでのPVP戦ではそれで完封した事だってあるのだ。正気じゃない今のダンは超振動こそ使うが、それ以外の本来の戦闘技術は無いに等しい。やれるはずだ。


 だが、それでも忘れてはいけない。ダンと戦うが、それの目的は彼を倒すのではない、止めるのだ。

 他にも色々と思惑はある。何故この様な凶行に出たのか調べるためというのもあるし、何よりダンの事をよく知るヒグルマやツェイトもダンの死を望んではいない。


 啖呵は切った、ならば後はやるだけ。


 ツェイトはこの世界に来て、初めて同じプレイヤーに戦いを挑んだ。





「悪いな嬢ちゃん。うちらの事情に巻き込んじまってよ」


「良いんです、自分で決めた事ですから」


 ツェイトの背を見送りながらヒグルマは謝罪をするが、セイラムは暗澹あんたんとした表情のまま顔を俯かせた。


「それに、実際に戦うのはツェイトです。私はこうして邪魔にならない様にしているしか、出来る事って無いみたいですし……」


 村が兵士達に襲撃され、虫の異形が襲って来た時から薄々感づいていた。自分はツェイトの足手まといになっているのでは、と。

 自分には一撃でモンスターを大地ごと砕き飛ばすほどの力を持ってはいないし、山々を風のように飛び越える程の身体能力も、ましてや空を飛ぶ翅すら持っていない。

 ツェイトの旅に付いて行く道中で彼の力の一端を目にするたび、頼もしさを感じると同時に己の無力さを見せ付けられているようで、時折やるせない気持ちがこみ上げてくる。


「さぁ、そりゃどうかな」


 「“来光”、打ち上げ準備」とシャナオウに伝えたヒグルマは、首だけセイラムの方へ向く。その間に、肩に担がれたシャナオウは鞘翅状の外骨格に浮かぶ十字の光を点滅させながら、口部の砲口に光を溜め込み始めた。


「あいつ、お前さんに感謝してるんじゃねえかな」


「感謝だなんて……私、そんな大した事していません」


「あいつから話は聞いている。右も左も分からなかったあいつに、付き添ってくれてるんだろ?」


 まぁそれだけじゃねえんだろうが、ともヒグルマ心の中でのみ付け足した。それを言った所でこの娘には、おそらく理解出来ないだろう。


 ヒグルマは、この世界に突然一人で放り出された当初の、言い難い孤独感という物が如何程のものなのかを知っている。彼もダンがこちらに来るまで、そして今の生活基盤が出来上がるまではそれなりの苦労を強いられた事は多々あった。

 知っているようで知らない土地に文化や常識、その地域や種族内で根付いた精神性の違いなど、あらゆる事象が己の前に立ちはだかる。中身が一般市民と変わらないプレイヤー等という言い訳の利かない残酷な現実を、まざまざと見せつけられた時だってあった。この世界に来て未だ日が浅いと聞いたから、ひょっとしたら結構動揺しているかもしれないとツェイトの心境を慮っていた。

 だからこそ、今は本当の事を知らなくても、自分に一定の理解を示してくれる事の有難さという物がよく分かる。己を理解してくれる者がいると言う事は、とても幸福な事なのだ。それだけで救われた気分にだってなるのだ。


「だからそう悲観する事はねえんだよ。あいつもそういうのをそこまで気にする奴じゃねえだろうしよ」


「それは分かります、分かっているんです。でも……」


 ツェイトには自分の命を救われ、守られ、そして励まされた。そんな彼が相手だからこそ、セイラムは今ここで恩に報いれない自分の無力さを恨んだ。此処に来るまでに色々と助言を与えたりしてはいるが、命を助けられた事と比べれば足りないし、釣り合っちゃいない。


 やるせなさと無力感に肩を落とし、俯いた横顔。それら自体の動作に眼を引かれた訳ではない。そんな様の彼女の姿に、ヒグルマは既視感を覚えた。


 それはゲームの頃にツェイトの相棒が実力の伸び具合に悩み、そこでそれとなくした仕草のそれ。普段本気で弱気を見せる様な男では無かったため、それが珍しかったのでよく覚えている。


 セイラムの姿が、まだ昆虫人だったツェイトの相棒のその時のそれと重なって見えた。それに、よくよく意識して見てみれば、顔の所々のパーツに昆虫人だった頃のあの男の面影がある。髪型が少年の様だった事がそれに滑車をかけていた。

 あり得ない話では無い。ツェイトの相棒――プロムナードは、この世界に今から20年前に来ていたと言うのだから、この少女位の年頃の娘がいても不思議では無い。

 確証は無いが、それを前提にすればツェイトが彼女を案じる素振りを度々見せていた理由が理解出来る。彼女達から話を聞いた訳ではないが、その可能性はある。

 であれば、益々この娘を傷つけるわけにもいかなくなった。ヒグルマは何が起きても対処できるように、シャナオウを構えたまま緊張の糸を張り直した。


 ふと、ダンの様子を見る。操られている今、何を仕出かすのか分からないので眼が離せない。そこでダンの様子に違和感を感じた。

 体全体から泥の様な影を垂れ流しているが、獣の様な唸り声は無くなり、静かにその場に佇んでいる。正気に戻った訳ではないだろう。であれば、体中から黒い影が消えている筈なのだ。それがまだ健在だと言う事は、ダンの体は誰かの制御下に置かれたままの状態という事になる。

 此処から先はNFOでは無かった現象だ。想像出来るとするならば、好転と行きたい所だが悪化した様に見える。そこから考えられる可能性は……

後編は明日仕事が終わってから投稿します。

少々お待ちください。

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