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紺碧の大甲虫  作者: そよ風ミキサー
第二章 【虫の国の砂塵と花火】
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第10話 後編 大門前の異変

おかしい。一ヶ月くらいで投稿出来るものと思っていたのですが……


かなりお待たせしてしまいました。

ようやく第10話後編、投稿完了です。

 少し時は遡る。

 場所はワムズの首都ディスティナの中央に位置する入り口にある大門付近。

 入り口から延びる街道にはワムズの民である昆虫人達が行き来をしていた。中には、隣国に住む人型種族達も多く見受けられる。

 そんな昼になっても途切れる事の無い人の流れ――特に他国の人々を、大門からやや離れた場所の壁面に背もたれ、寛ぎながら眺めている若い昆虫人の男性がいた。


 紺色一色の袴をすね当ての内側に入れる事でズボンの様にして穿き、手には簡素な籠手を身に付けている。

 所々作りは違うが、その姿は過去の日本にいた町奉行の一般役人の様な格好をしていた。彼は、この首都ディスティナの四方に設けられた内の一か所の大門の門番をしている役人達のうちの一人だ。

 そんな彼は、現在他の役人達と交代をして休憩時間を満喫していた。

 やや離れた所から、都と街道を行き交う人々をのんびり観察をして休憩時間を過ごすのが彼の習慣であった。


 腕を組み、欠伸をする昆虫人の役人はこの光景をぼんやりと見ては、呆れとも感心とも取れない溜息をつく。


(相変わらず、こんな所まで良く来るな)


 まぁ、それだけ自分達の国が他国から評価されているのだ。良い事ではあるのだけれど。

 そんな事を思いはするが、別にこの役人は自分の国を軽視している訳では無い。国に対する忠誠の心はそれなりに持ち合わせてはいる。

 この世界の地図からみたワムズの位置は南西に位置しており、他の国とは距離がすこし離れている。

 世界の外れとまでは行かずとも、やや辺鄙な所にある事は確かだ。故に、それにも関わらず遠くから遠路遥々やって来る者達がいる事にこの若い役人はご苦労な事だと皮肉を混ぜた笑みを密かに贈るのだ。


 積み荷を運ぶ者がいるならばその荷を改め、怪しき者がいれば身分を調べ上げ、しかる措置をとる。

 職務に従事する際はそれ相応の姿勢で以て取り組むし、今の仕事が嫌な訳でもない。有り体に言えば、この若い役人はほんの少し捻くれているのだ。


 昔の日本文化に酷似した文明を持つワムズと言う国は、この連合国内では他国には無い文化様式を持っている。

 其処から生み出された特産品等は他の地域ではお目にかかれない珍品として持て囃されているものが多くあるので、他国からワムズの地域でのみ売られている品々を買い付けに来る者がいるのだ。

 中には武芸に秀でた国としても有名な為、他国の武芸者達が武者修行の一環として立ち寄りに来るのだとか。


 それにしてもと、役人は自分が朝から昼にかけて門番をしていた時の事を思い返していた。


(世の中ってのは広いもんだなぁ、あんな奴もいるのか)


 役人の脳裏に思い起こされたものは、午前中まで自分が大門で取り締まりをしていた時のことだ。

 クエスターに護衛されながら、ここ首都ディスティナまでやって来たダークエルフの商人の積み荷を改めていた時に、それに出くわした。


 昆虫人の倍以上の背丈をもったカブトムシの人型種族。

 全身を青い鎧かぶとの様な外骨格で包まれ、背筋を伸ばして凛と立つその姿は、昆虫人とは明らかに一線を画している。

 門番と言う仕事柄、様々な人物を大門の番人として見て来た役人だが、あの様な存在は初めてだった。

 彼の大男以外にもこの都の中にアリジゴクの姿をした男がいるが、あちらに雰囲気が似ている。姿形は違うが、昆虫人よりも更に虫に近づいた人型種族なので、もしや同族なのだろうか?


 数日前に他の同僚達の間で「凄い奴が来たぞ」と話題に挙げられていたため、役人も覚えていたのだ。

 連れの昆虫人の娘と共にダークエルフの商人とクエスター達とで一悶着起こしていたが、それも大事には至らず、双方の間で解決した。少しだけ彼らと話をしたが、悪い人柄でも無さそうだ。


 この時代で虫の人型種族と言えば、昆虫人しかいないと言うのが世間一般の常識だ。

 しかし、その常識も覆されつつある。

 

 2年前に現れたアリジゴクの男、そしてここ数日の間にこの都にやって来た例の青いカブトムシの男。おそらく彼らだけでは無いのだろう。この世界の何処かに、まだ世間に知られる事無く暮らしている彼らの同族達がいるやもしれない。


 彼らは何時、そして何処から現れたのか?

 やれ先祖返りした昆虫人の変異体とも、大昔に起きた大戦争期の最中に絶滅した昆虫種族の生き残りなのではないのかとの噂が、この都の中の学者連中たちの間で広がっているらしい。

 この国の学者からすれば、彼らは非常に興味をそそる対象となるだろう。何せ虫を象徴に持つ虫の人型種族の国だ。自分達よりも更に虫に近い姿を持つ人型種族がいるとなれば、探究心に火が付くのも分からない事では無い。


 そこまで考えて、役人は軽く頭を振った。

 そんな小難しい話は歴史学者やモノ好きたちに任せれば良い。自分の様な末端の役人兵士は、今日一日を如何にして効率良く仕事が出来るかを考えている方が現実的で、建設的だ。


(うん? 何か忘れている様な……?)


 つい数時間前の記憶を掘り起こしているうちに、青いカブトムシという単語で役人はふとある事を思い出した。

 自分がまだ若くて役人になって無い、此処とは違う故郷の、小さな町で暮らしていた時の事だ。

 

 別段特産品等の無い至って静かなその町に、ある時ふらりと旅人らしき男がやって来たのだ。


 随分と変わった形の大きな槍を持っていたのが印象的だったので、微かに憶えていた。誰かを探しているらしく、男は町の人々に片っ端から訊き込んでいた。

 その時若い頃の役人にも訊ねて来ており、その際「青い――」という特徴が入ってた様な気がする。もしかしたら、あの男が探していた人物とは、あの青いカブトムシの大男ではなかろうか。


 もう十数年前位になるのだろうか。外套で体全体を覆っていたので全貌は分からないが、ほんの一瞬だけ隙間から顔が見えたのは憶えている。

 あの時は鎧を着込んでいるのかと思っていたのだが、よくよく思い返してみれば、あれは鎧では無く、昆虫の外骨格だったのだと思う。


 左右側頭部から伸びる巨大な二本のノコギリの様な角を生やしたあれは、あの姿は……



 おぼろげにしか思い出せない過去の記憶を手繰り寄せる役人だったが、そこで思考を中断せざるを得なくなった。


 

 首都の近くに広がる森の中から人影が一つ、ゆらりと現れたのだ。

 その姿が実に奇怪で且つ異様だった。全身を紺色の装束で頭からつま先まで覆った人物。それがゆったりとではあるが、しかし確かな足取りでもって森の木々と藪をかき分けて首都のある此方へと歩いて来ていた。


 それはあからさまに不審。おまけに服越しに見える相手の体は不自然に角張っており、しかも何を考えているのか分からないが此方へ――首都の方へ近付いて来ている。

 街道を通って門へ向かうのではなく、横道の森の中から壁面へ向かってやって来るのならば尚の事怪しい。だからこそ、役人は見過ごす事が出来なかった。 


「止まれ! そこの者、何者だ!」


 休憩をとっていた役人ではあるが、流石に不審者が現れたとなれば自分に課せられた職務に戻らざるをを得ない。それ位の気概は役人も持ち合わせていた。

 役人は役場に置いて来た槍の代わりに、腰に差した刀の柄に手をかけて目の前の怪人に警告した。


 しかし怪人は、役人の言葉を無視するかのように悠然と進む。

 そして役人は、怪人が此方に近付いて来る際、極めて不快な臭いを放っている事に気が付いた。


 それは生々しい鉄の臭いだ。しかし、それは金属から漂わせるものではない。生物が持つ、血の臭いだ。

 何の血か分からないが、全身から夥しいまでに血の匂いを放つこの者をのさばらせておく事が、危険な気がしてならなかった。


「止まれ! 聞こえんのか!?」


 役人の叫び声に、他の同僚達も気付いたのか此方へと近付いて来る気配を役人は感じたが、視線は怪人から逸らさずジッと睨みつける。されども怪人は歩みを止めなかった。

 此方の言葉を聞く気はないと判断した役人は―――布で覆われた怪人の顔、特に目を見て息を呑んだ。


「う、うぅ!?」


 布の隙間から覗く怪人の目を見た役人は、碌に言葉を発する事すら忘れ、思わず抜刀してしまった。

 それは警告を無視した相手に対して等と言う職務から来るものではなく、生物としての本能がそうさせたのか。

 生物が本来持ち得る防衛本能の一種が、役人に刀を抜かせたのかもしれない。役人は此方へと歩み寄る者の姿を見て、背筋が凍る様な錯覚を覚えた。


 それは日陰の角度や、ましてや己の見間違い等でもない。

 僅かに装束の隙間から覗かせる瞳の、何と暗く深い事か。

 怪人の瞳に当たる部位が光の無い、まるで塗りつぶされたかのように真黒で光すら写していないのだ。

 覗き込み続ければ、吸い込まれてしまいそうなその暗い目は、墨や暗闇とは違ったもっとおぞましい物の様に感じられ、太陽が昇り切った真昼時の筈なのに役人の視界は酷く暗く見えた。


 気が付けば、周りから聞こえて来る筈の雑音が遥か遠くに追いやられたかのように、役人の耳には聞こえなくなってもいた。

 今役人の耳に聞こえるのは、雑草と砂利を踏みしめる人の形をした何かの足音と、自分の心臓の鼓動と息遣いだけ。それが極度の緊張から来るものだとは、役人は気付かなかった。


 まるで、静かなる恐怖が此方へひたひたと歩み寄って来る様だ。

 役人の顔の筋肉が無意識に強張り、体が脚から腕の先まで気が付けばカタカタと震えていた。腕の震えが刀に伝わり、カチカチと金属同士が小刻みにぶつかり合う事で不協和音を奏でさせていた。

 役人はこの感情を知っている。知ってはいるが、此処までのものは過去に一度たりとも味わった事が無い。


 怖い、恐ろしい。一体何なんだ、これは。何故、こんな……。


 役人の胸の内に生まれたその感情とは、恐怖だった。役人はこの言い知れぬ恐怖に呑まれていたのだ。




「う、がああぁぁぁ!!」


 役人は先程から抜いたままだった刀を両手で構え、獣の様な唸り声を上げて突如斬りかかってしまった。

 本来ならば、まだ何もしていない不審な格好をしているだけの相手に役人が切りつけたと言う形になり、役人がこの場合非難され得る事となっていただろう。


 しかし、役人はそんな理屈をかなぐり捨てて、目の前の人の形をした何かに斬りかかったのだ。

 そこには、都の安全を守るだとか、怪しげな不審者を取り締まる等と言った正義感や義務感はない。只々、この恐ろしいものを目の前から消し去りたいがための、本能だけが役人の心を多く占めていた。


 役人は駆け出し、尚も歩みを早める事無く、止まる事も無く進むそれに役人は引き攣った表情で以て上段から刀を振り下ろした。

 振り下ろされた刀は、怪人の左肩から右わき腹下までを切った……筈だった。 



 振り抜いた、しかしおかしい。思考を恐怖でかき回された役人であるが、残された理性が手に伝わる刀の感覚に違和感を覚えさせていた。何せ、人を斬ったにしてはあまりにも手応えが軽いのだから。


 役人は自身の刀を見て、目を剥く。手に持つ刀が、柄から先に伸びている筈の刃が根元から無くなっていたのだ。


 カタカタと、壊れた機械の様に役人が首と視線を斬った筈の怪人へと向けると、突如相手の右手が甲高い音を立てて激しく震え始め、それを此方へと伸ばしていた。

 距離は限りなくゼロ。役人が踏み込んでしまったが為に、此処まで間合いを縮めさせてしまっていた。

 

 距離を空けねば。だが、足が動かない。

 先程の一撃に全てを使いきってしまったのか。役人の足は、只震えるだけしか出来なくなっていた。


「―――――」 


 怪人が何か口にした様な気がした。しかしそれすらも役人の耳には届いてはいなかった。

役人の意識は其処で途絶え、その場に赤い飛沫が飛び散った。




 同時刻、首都ディスティナからやや離れた山の麓の森の中。

 ツェイトとセイラムが食事を済ませ、二人はのんびりと腹ごなしをしている最中だった。


 

 二人は残ったスティックラビの残骸を土に埋めた後、狩りの前に約束した通りセイラムが其処らにある植物の蔓を使って網の作り方をツェイトに教えていた。

 硬さと長さが適当な蔓を見繕い、最初はセイラムが説明しながら編み方を実践で見せ、ある程度やり方が分かった所で今度はツェイト自身で蔓を編む事になったのだが……


「大丈夫か?」


 網の作り方を教えると言いはしたセイラムだが、ツェイト手を心配そうに見て少し後悔する。


 何分、蔓の太さが常人の倍以上の体格のツェイトから見れば紐糸並の細さだったので、ツェイトからしてみれば紐で網を編む様な作業だ。本来ならば、もっと太い物を用意するべきだったのだが、生憎とこの近辺ではそんなに太い蔓は見当たらなかった。

 ツェイトの腕部は、肘から指先に至るまで、その作りが殴る事に適したものになっており、生物的でかつ重厚な手甲の様な構造をしていた。とてもではないが、細かい作業には流石に適しているとは思えなかったのだ。


「……これの事か?」


 地面に座り込んで作業に取り掛かろうとしていたツェイトは、セイラムの視線の先が自分の腕に注がれている事に気付き、その大きな両手を広げてセイラムに軽く見せた。その手は大きく、セイラムの胴体をすっぽりと掴めてしまう程だ。


「確かにこの手じゃ編み物は難しい。出来たとしてもえらい時間がかかりそうだ」


「じゃあ、やっぱり私が……」


「いや、そこはまぁ大丈夫だ」


 それには及ばないと、セイラムが手伝うのを断るツェイト。すると、上げていた両腕の付け根の下――脇腹の外骨格の一部が軋みを上げてその形を変えた。

 形を変えるツェイトの脇腹を凝視したまま、セイラムは石になった様に硬直してしまった。


「……えっ?」


「こっちを使うから問題はない」


 ツェイトの脇の外骨格が変形したものの正体は、二の腕まで備えている外骨格に覆われた腕だった。

 脇腹から伸びるそれは、ツェイトがいつも振るっている巨腕よりも小さく、しかし人間の大人の腕位のサイズはあった。しっかり5本の指を備えており、それらもまた主であるツェイトの体と同じく外骨格が真っ青に染まっていた。木漏れ日に照らされて、その色合いがより強く強調されている。

 ツェイトが脇腹から出て来た腕――副腕の手から伸びる細長い指を器用に動かして見せた所で、セイラムがようやっと正気に戻った。


「腕が、生えた!?」


「元からあったんだよ」


 普段は折り畳んだままなんだけどな、と副腕の手首をぷらぷらと振って柔軟をするツェイト。

 普段ツェイトの副腕は折り畳んで外骨格の一部に擬態しているのだが、必要となれば即座に展開する事も出来る。

 その構造は、肘から手首――前腕に当たる腕部の外骨格が体節状の縦長く平たい盾に似た形状をしており、脇腹にしまう場合は、手首と二の腕をその外骨格の内側へと折り畳み、脇腹へと収納するのだ。


 NFOでプレイする種族の中には、普通の人間とは大きく違う器官を有した者が多々ある。

 例えば翼や尻尾、触手。中にはゲル状の体等と言ったものもあり、ツェイトの副腕もそれらの内の一つだ。

 更に奇怪な器官を持つ種族もいるが、それらは総じて不気味がられるものが多い。しかし前述した器官を含め、そのように人間の体では体験できない様な器官を操作できる事の多彩さに着目して異形種を選ぶプレイヤーも多かった。


 視線を自分の副腕に戻し、カチカチと指を動かした後再度セイラムを見た。


「変かな?」


 これは引かれてしまっただろうか。無理も無いかもしれないが。

 空を飛んだり電気を放つ事には特に何も言われなかったので気にせずやってしまったのだが、これは失敗したかと少々後悔気味であったツェイト。だがセイラムはそうでもなかった。


「いやそうじゃなくて、そりゃ突然腕が出てきたら驚くだろ。てっきりツェイトの腕は二本だけかと思ってたんだから」


 それを聞いてツェイトはホッとひと安心。思い返してみれば首都ディスティナにはモンスターだか判断のしにくい種族もごく少数ではあるが確認出来たため、そう言った外見に対する免疫は既にあったのだろう。


 ツェイトが今までこの腕を使わなかったのも翅の時と同じ理由、要はあまり使う必要が無かったからだ。

 この世界に来てからやって来た事は、どれも普通の両腕で事足りる事ばかり。食事にもの書き(に関しては字のサイズにもよるが)、薪割りなどは十分普段の腕で対応できる事であったのだが、流石に編み物の様な精密な作業には対応できないので、ここでようやくお披露目となったと言う訳だ。

 

「……まぁ、そう言う訳だから編み物は大丈夫だ」


 これならあやとりも出来るぞと、副腕の指同士を絡ませてパキポキと鳴らすツェイト。その間、普段使っている腕は膝の上に手を乗せたままだ。

 そんな様を見ていたセイラムは、いつの間にかその目を好奇の色に輝かせていた。


「な、なあツェイト」


「ん?」


 どれさっそく編み物作業に洒落込もうかとツェイトが地面に座り込んだ脚の近くに並べた蔓に手を伸ばそうとした時、セイラムがチラチラと何度も視線を逸らしながら、恥ずかしそうに言ってきた。


「そのー……手、触ってみても良い、かな?」


 そのご要望に応じてツェイトはほらと副腕、その右腕をセイラムへと伸ばした。するとセイラムはおっかなびっくりとツェイトの副腕の手を触り始めた。

 ツェイトの体と比べてみれば、大分ほっそりとした手であるが、それでもセイラムの手より大きかった。

 指を関節に沿って曲げてみたり、指をからませて握ってみたりと好奇心に任せてセイラムはツェイトの手を弄くり回す。時折、ツェイトが指を動かせばそれにセイラムが目を丸くして驚いた。


「わ、本当に動いてる」


「動いてくれなきゃ俺が困るよ」


 虫に似た人型種族と言っても、昆虫人は人に近い。ツェイト達の様なハイゼクター達程に人の形を逸脱しかけた姿をしている訳でもないからか、よほど珍しいのだろう。

 もし今後の道中でセイラムが知り合いの同族、または異形種のプレイヤー達等に出会う事上がったらさぞかし面白い反応が返って来るのではないのかと、ツェイトは不謹慎ながらも今後の事に胸を膨らませた。

 ……中にはセイラムが悲鳴を上げるであろう程に凄い姿の人もいたりするが、それは出会ってからのお楽しみという所か。



 それほど面白いのか、先程からセイラムがツェイトの副腕のをベタベタと触り続けて飽きる気配が無い。

 これでは作業が進まないんだが、まぁ珍しく感じるのも今のうちなので、気の済むまでやらせておこうとツェイトが思ったその時だった。


 ツェイト達が現在いる場所から突如警笛に似た音が聞こえて来たのだ。


 前に村で聞いた連絡用の昆虫種族用の笛の音とは違い、その音は他の種族にも聞こえるらしい。音が鳴り響いた瞬間、木にとまっていた鳥たちが驚いて飛び立っていった。 

 流石に飛びあがらずとも、二人も突然の音に驚いて空を見上げてしまった。



「ちょ、ちょっと見て来る」


 そう言うや否や、セイラムは慌てて立ち上がり、辺りを見回してこの近辺で特に背の高い木を見つけると、それに飛び付いて器用に昇り始めた。

 手足の外骨格が上手い事木の幹に引っかかっているからか、セイラムは手足を滑らせる事無くあっと言う間に木のてっぺんまで行ってしまった。


 まるで猿みたいに身軽な奴だなと感心するツェイトは、副腕を元に戻してセイラムが昇った木の根元まで行くと、セイラムがいる木の頂を見上げた。


 あの音は、間違いなければ自分達がいた町の方から聞こえた。

 町で何かあったのか? ツェイトは村で起きた出来事と先程の笛の音が重なって見え、少しだけ不安に駆られた。町にはダンとヒグルマ達がいるが、どうしているのだろうか。


 その時突如、何かが爆発した様な音が大気を振るわせ、大地が軽く揺れた。

 大地の震えが森の木々にも伝わり、セイラムの昇っている木が小さく左右に揺れる。


 突然の出来事に驚いたのか木の上からセイラムの慌てる声が聞こえ、パラパラと枝が落ちて来た。

 それに心配したツェイトは、セイラムが木から何時落ちても大丈夫なように身構えていたが、当の本人は暫く経つと手足を木に引っかけて滑るように降りて来た。

 すると、降りて来たセイラムは慌ててツェイトにこう告げた。


「砂だ、都の方で大きな砂柱が立ってる!」


「……砂柱?」


 町の方角へ指差して声を上げるセイラムに、ツェイトは怪訝な声を漏らした。


 此処へ来る前に空から見た限りでは、この山と森に覆われた場所に砂柱が出来る程の大量の砂がある場所など無かった筈。あるとすれば、それは人為的に引き起こされた物だ。そう考えると、ツェイトはある人物に思い至った。この世界で初めて出会った同族のプレイヤー、アリジゴク型ハイゼクターのダンだ。


 奴ならば砂柱を作りだす事位造作も無い筈だからと、ツェイトはダンの能力を思い出す。

 ダンのアバターであるアリジゴク型ハイゼクターは、体を高速で振動させる事で触れた物を砂に変える――正確に言えば、砂粒レベルにまで分解する能力を持っている。町でダンが地面の中を潜ったときは、その能力を使っていたのだ。

 とは言え実際にあれをやったのがダンかどうかは分からないので、断定するのは早計過ぎるが。


「この国じゃ良くある事なのか?」


「そんな訳ないだろう。こんな事が何時も起こってたらワムズは今頃砂だらけになってるぞ」


 念のためにツェイトがセイラムに確認を取ってみると、困惑した表情で答えて来た。それもそうかと納得すると、ツェイトはこの状況下においてどう動くか頭を捻った。

 町の方で起きている怪現象は無視してこのままを狩りを続けるか。それとも、町で何があったのか見に行くべきか。

 選択肢を思い付きはしたが、正直な所を言えばツェイトは後者に関してはあまり乗り気では無かった。無暗に野次馬根性を出す暇があるのならば、その時間をクエスター試験に割り当てた方が効率が良い。

 しかし同時に、町の方で何か問題が発生した影響でクエスター試験が中止になる――という嫌な可能性が頭をよぎるが……。

 其処で再び大きな爆音と地震が起きた。先程と同じ方角、町の方からだった。嫌な事に、先程よりも音と揺れが大きい。


「うわっまた起きた」


 地震に耐える様に木に片手を付いたセイラムが町の方へと視線を向け、ツェイトもつられて同じ方角を見た。


 ……やはり町に一度確認した方が良いのかもしれない。自分の足ならばすぐに向かえるし、不安を抱えたままでいるよりは、様子を見に行った方が後腐れ無くてすっきりするだろう。ツェイトはセイラムに顔を向けた。


「町の様子を見ておきたいと思うんだが、どうする?」


「私も気になるから構わないけど、課題の方は?」


「一端止めておくしかないだろう」


 幸いな事にセイラムの方は必要な獲物は全て手に入れている。後はツェイトの課題をだけなので、作業効率を考えればあまり時間はかからないだろう。

 

 セイラムが出かける準備をし始めると、そこでツェイトが何かを思い出して呼び止めた。

 風呂敷を強く結んでいるセイラムにツェイトが言い辛そうに指差したのは、獲ったばかりのスティックラビの角。

 結局網は作れずに終わってしまったので、心苦しくもセイラムに荷物持ちを頼む事となってしまった。

 スティックラビの角を植物の蔓で束ねて、それを袈裟掛けにして持てば完成だ。


「……終わったら絶対に網を作るぞ」


「目的がずれてないか?」


 冗談だ、とツェイトは自分の背にさっと乗ったセイラムからの指摘に答えつつ、町へ向けて走りだした。


 まだ期日まで時間はたっぷりとある。もし何事も無ければまたさっきの森に戻って課題をこなしていればいい。

 ツェイトは、その時まではそう思っていた。

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