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紺碧の大甲虫  作者: そよ風ミキサー
第二章 【虫の国の砂塵と花火】
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第9話 前編 実技試験

あけましておめでとうございます。


2012年最初の投稿でございます。

今後も宜しくお願いいたします。

 無事に実技試験に進む事が出来たツェイトとセイラムだが、次の日の担当試験官に告げられた内容は以下の通りであった。


『試験官の指定した物を5日以内に担当へ提出する事』


 筆記試験の時よりも大分内容がアバウトになって来た。否、実践的になって来たと言った方がいいのだろうか。

 更に、他者に被害を与えるものでなければ手段は問わないという補足が付け加えられた。


 そして、同時に難易度が一気に上がったような気もする。

 筆記試験では参考書と言う事前に内容がある程度把握出来る物が用意されていたのだが、実技は全くのアドリブ。当日の試験官の裁量によって決められるものだった。

 ヒグルマ達の時は、町の近辺に生息するモンスターの指定された部位を集めると言う内容だったらしい。その話を事前に聞いていたが故に、もしかしたら何かを採集する事になるだろうと言う事はあらかじめツェイト達は予見できた。試験の経験者から話を聞く事が出来たのだから、ツェイト達は幸運な部類に入るだろう。中には何も知らずに挑戦する者だっているのだから。

 しかしこの試験はある意味ツェイト達にとって少々厄介な内容であった。何せ町の外に出るのだ。それすなわち、セイラムを狙わんと追跡して来る兵士達と遭遇する確率が上がる恐れがあるのだ。

 とはいえ、せっかく此処まで来たのに今から辞退する等と言う選択も取りがたい。今後の事を考えれば、クエスターの資格はそれほどに魅力的なのだ。

 リスク無しではリターンは望めないと言うわけかと、ツェイトは腹を括る事にした。


 受験者たち一同は、受験を受けるにあたって係の者たちから書類を渡された。それは、受験者本人の署名を求める契約書だった。

 内容はこうだ。「当試験に参加する場合、試験中に何らかの事故で負傷または死ぬ様な事があっても、クエスター組合はその責任を問われない」というものだった。

 要は、クエスターと言う仕事を承知の上で受験したのだから何が遭っても恨むなよという約束なのだろう。


 クエスターと言う職業は、常に危険と隣り合わせの仕事だと言っても良い。

 といっても、内容によっては薬や道具の制作等、戦いには無縁の仕事もある。だがやはりクエスターの依頼の大半は、賞金首として手配されている凶悪なモンスターや、犯罪者達と相対する様な場面の方が多いであろう。


 戦いが無い仕事と言うものは、報酬の量がとても極端だ。

 一般市民の手伝い程度ならそれなりの報酬になる。だが、薬や特殊な仕様の道具の製作等、生産に関わる物の中でも極めて特殊な依頼となれば、額が何十倍以上にも変わり得る。

 しかし、それにはそれ相応の技能が問われる。何の事前準備もしてこなかった者では、到底無理な仕事だ。そう言う者は、大抵町の外を徘徊するモンスターの部位をクエスター組合に提出したりする事で日々の糧を得ている。

 詰まる所、特殊な知識や経験を有さない者がこのクエスターという仕事で儲かる為には、大なり小なり流血沙汰は付きものと言う事なのだ。


 しかしそれでもクエスターを志望する者は毎年現れる。

 その理由は十人十色だ。自分の腕に覚えがあり、適職だと思って志望した者。今までの生活が維持できなくなり、この仕事に可能性を見出した者。そして少数ではあるが、まだ見ぬ遺跡や秘宝を探す為、という今は薄れ始めて来たクエスターとしての本来の在り方に夢を抱いて志望する者もいた。


 その場に仮設された机の上に紙を置いて、思いつめた顔をして署名する者。またある者は万感の思いを込めて己の名を書く者。試験官から渡された契約書の内容を把握した者達は様々な表情と意思で以てこの書面内容に同意する。

 そこに試験を止めた者は、誰ひとりとしていなかった。



蟋蟀こおろぎ草に風車の根、それに……どれも植物ばっかりだな」


 折り畳まれていた紙を開き、載っていた内容を口にしながらセイラムは拍子抜けした様な口調で呟いていた。

 ガイダンスが終わってから中を読むようにと言われたツェイト達受験者たちは、早速貰った紙を広げて内容を確認すると、各々が告げられた物を集める為に皆バラバラに散らばって行った。


 ツェイト達は現在、外へと通じる町の大通りを歩きながら互いに内容を確認していた。

 自分の貰った用紙に目を通したセイラムは、ツェイトは? と訊ねた。訊かれたツェイトは、静かに告げる。


「モンスターの部位だ」


 十分予想は出来た。何せモンスターを狩る機会が多い職業だし、ヒグルマ達の話に出てたばかりだ。なのでそれに関係するものが試験内容に出されても、何ら可笑しくは無い。淡々と内容を告げたツェイトの態度に、セイラムはカジミルの村での出来事を思い出し、自然とツェイトを気遣うな口調になってしまった。


「その……大丈夫、なのか?」


 ツェイトが何らかの理由で戦えないであろうにも拘らず、戦うように仕向けてしまった事が数日前にカジミルの村であった為、今でもセイラムの心の中にそれが罪悪感としてこびりついていた。

 尤も、実際の真実を知ればセイラムは首を傾げるのかもしれない。

 何せ、動物を殺す事に対する忌諱感の問題なのだから、普段狩りで動物を仕留めて来たセイラムからすれば、大した問題では無いのだ。


「今更だな。大丈夫、やる時はやる」


 軽く溜息をつき、落ち付いた声でツェイトはそれに答えた。

 確かにツェイトは未だ動物に対する殺生に、多少なりとも抵抗感がある。しかし、以前に村を襲ってきた兵士達を塵芥の様に葬っておいて、今更モンスターに手をかけられない等と言うのはムシが良すぎるじゃないかとも思っていた。

 でかい図体に蚤の心臓ではお話にならないのだ、この世界では。


「そう、か。これからどうする?」


 少しだけまだ気にしている様な声色ではあるが、セイラムは話を切り替えてきた。どうする、とはこの試験でどう動くかという意味だろう。

 とは言え、一緒に動く事は外せない。特に理由は無いが、最初にセイラムの課題から済ませようかとツェイトは提案した。強いて理由を述べるのならば、レディーファーストの精神に則ってみたと言った所だろう。

 互いに採集内容が違うとは言っても、ツェイトがセイラムから離れると言うのは論外だ。同時にやる事は難しいかもしれないが、片方ずつならいけるだろう。だったらセイラムの方から優先して消化しようという考えだ。

 だがセイラムは、ならツェイトの課題が遅れるんじゃないのかと異を唱えたのだが、そこは問題ないとツェイトは言う。


「俺の足なら時間はかからない」


「あ!」


 それがあった、セイラムはツェイトの移動速度を思い出して納得がいった様だ。セイラムを背負ってツェイトが走れば、山だろうが谷だろうがあっと言う間に走破出来るだろう。しかし、何故かセイラムは不満げな顔をしていた。不満、と言うよりは何か後ろめたさを秘めた渋面と言った所か。


「なんか、ズルをしている様で気が引けるな……」


「別にズルなんてしていないだろうに」


 手段は選ばなくていいとの試験官からの御達しがきている。それに、他人に迷惑をかける訳でもない。ルールに抵触していないので何ら問題は無いだろう。使えるものは使い、しかる後に目的を達成する事はどの仕事でも同じだ。それを今ここで実践するだけに過ぎない。


「そう言う事だから、気にする事は無い」


「そうなのかなぁ。試験って自分の力を試すものだと思ったのだけど……うーん」


 山奥の村育ちだからとでもいうのだろうか、彼女の気質と言うものもあるのだろう。真っ直ぐな考え方を持つセイラムには少し納得がいかない様だ。そんなセイラムに好感が持てるが、今ここでそれは邪魔になりかねない。この試験は、柔軟な思考が出来る事も問われているのだろう。そして、それが出来ない者はクエスターになる資格は無いと言う事だ。

 その事をツェイトはセイラムに伝えると、「そう言う事にしておく」と一応は理解を得た様だ。理屈で理解は出来ても、感情では納得出来ないのだろう。ツェイトから言わせれば、それだけ出来れば大したものだと十分感心できる答えであった。



 そうこう話している内に、二人は町の外へ繋がる大門を通り越して町の外へと出た。

 町から一歩出れば、ある程度切り拓かれた町の周辺以外は、街道を除けば一面緑の広がる森だらけ。山林地帯を領土に持つワムズは、首都も山と木々に囲まれた場所にある。しかし他の種族達が利用したり、大規模な物資の運搬等の利便性を考えて大きな街道が設けられており、今現在も此処だけではなく、町の四方に作られた門から多くの人々が行き来している。

 町の外、と言っても入り口付近であるが、その近辺ではモンスターの脅威は無いのか割と穏やかな雰囲気が漂っている。

 門の前で待機している役人に、馬に似た動物に牽かせている荷車に積んでいた積荷を確認してもらっている、褐色の肌と長い耳が特徴のダークエルフの男性商人がいた。その周りには彼の護衛と思しき武装した異種の男女グループ、クエスターのパーティーが辺りを警戒している。恐らくこの町までの護衛が依頼だっただろうからもう終わりに近いのだろうが、最後まで気は抜けないといった所か。


 彼らのやり取りを視線の隅で捉えながら、ツェイト達も準備をした。


 さて、現在セイラムの身なりは、この町に来た時と同じく毛皮の蓑を纏い、片手には槍を持ち、懐には袈裟掛けにした風呂敷を揺れない様にきつく巻いている。

 元々かさばらない様にと最小限の装備で村を出たセイラム。今の姿は彼女の旅装束であり、狩りをする際身につけていたものでもあった。

 故に、今の状態でも体を動かす事に支障は無いらしい。無造作に槍を地面にさしたセイラムは、その姿のまま柔軟体操をして体の筋肉や関節を慣らしていた。

 グッと軽く跳躍をするだけで、セイラムの体は軽やかに3m程まで跳びあがり、ツェイトの視線の高さまで近付いた。

 昆虫人の身体能力、特にその中でも優れているのはその脚力だ。ある程度鍛えた者なら、木の枝と枝をまるで忍者の様に移動する事も不可能ではないし、軽やかな身のこなしで森の中を移動する事も可能なその足腰と瞬発力は、同じく身体能力に秀でた獣人をも上回る。

 軽やかにぴょんぴょんと数回跳ねる度に、セイラムの額の触角や艶のある黒髪が、ふわりと揺れた。


 対するツェイトも体の柔軟は怠らない。町の中では随分と窮屈な思いをしていて、ようやく多少は自由に体を動かす事が出来るのだ。気合の入れ方も一味違うと言うものだ。


 その為、フラストレーションが無意識に積っていたのだろか。ツェイトは一通り済ませた後に気合い一発、軽く踏み込みを行っただけの心算だったのだが、踏み込んだ大地が割れ、四方八方に亀裂が走ってしまった。


 その内の一つの亀裂が先程の商人の荷車の元へと走り、亀裂の中に荷車の車輪がはまってしまった。突然ガクンッと荷車が地面に沈む。



「うわわ!? なんだなんだ?」


 己の所有物兼商売道具に異常が発生した事に、ダークエルフの商人が目を白黒させる。

 彼だけでは無い、一緒に同行していたクエスター達や役人までもがこの事態に慌てていた。


 あ、まずい。流石に知らぬふりで済ますのは不味いと感じたツェイトが商人たちの元へ駆け寄った。……のだが、護衛のクエスター達がそれに驚き武器を構えてきた。中には小さく悲鳴をこぼす者までいる始末だ。


(もう驚かないぞ、俺は)


 彼らの対応は織り込み済みなので、先の件に着いてすぐさまツェイトは陳謝した。

 しかし、こうなるとツェイト一人では中々相手は理解してくれない。なのでセイラムを手招きして説明に加わってもらい、納得してくれた所で武器を構えた訊いてみたら、やはりツェイトの事を襲撃者かと勘違いしたのだそうだ。付け加えると、こちらへ迫って来るツェイトの姿がどえらい恐ろしかったのだとか。パーティーメンバーである魔法職と思しきエルフの少女が、耳を垂らして涙目でそう話してくれた。



「そうかー、君達はクエスター試験の最中だったのか」


 成程成程、そうだったのかと腰に手を当てて懐かしそうにそう言ってくるのは、爬虫種族レプテクター。後頭部にとげ状突起のついた大型鱗を持ち、身に付けている衣服と鎧の隙間から露出している肌や顔、そして腰から生えた尻尾はその全てが厳つい鱗で覆われていた。ツェイトは知る由も無いが、彼のタイプはヨロイトカゲ。このパーティーのリーダーを務めている男性だ。


 レプテクター。爬虫類としての特性を持った人型種族。人間の様に体の各所に毛髪を生やし、顔の輪郭も似ているのだが、目や鼻筋、口元はややタイプ元の爬虫類寄りの作りをしている。

 レプテクターと言ってもそのタイプは数多い。昆虫人の様に一つに統一された特徴をしておらず、更に其処から変異した種族も加えればかなりの多さだ。その数は、NFOの世界で初期に選択できるレパートリーの多さではNFO界トップを誇る動物型種族に続く程である。


「すいません、お騒がせしてしまいまして」


「あぁいいよいいよ。別に大した事になった訳でもないんだ。それにこっちも過剰に反応し過ぎた」


 ツェイトの謝罪をレプテクターの男は鱗で覆われた手をヒラヒラと振って応えると、自分達のパーティーのメンバーの方へ振り返った。


「お前達もだらしないぞ。罪も無い年下相手に無暗に武器を構えるなんて、クエスターとして、いや人として常識を疑うな」


「えー!? リーダーだって結構慌ててたじゃん! 何一人だけいい子ぶってんだよ!!」


 そーだそーだ! と仲間たちからのブーイングの嵐に晒されても、素知らぬ顔で動じないレプテクターの男。しかし彼もツェイトの姿を見た時は「うぉわっ!?」とうろたえていたのに今ではこの態度だ。厳つい顔の割には中々に御茶目なトカゲだと、ツェイトはセイラムと彼らのやり取りをぼんやりと見ていた。


 ちなみに和解した当初、ツェイトの姿を見て何やら随分と畏まった態度を取る者がいたので、実年齢を伝えると皆が、特に一部の者達からは大層驚かれた。その中でも特に、ツェイトの姿を見て引き気味になっていたエルフの少女からは「嘘だ―! 私より年下だなんて……」と地面に膝をつき、頭を垂れてしまった。まぁ外見と年齢が不一致なんてのは世の常だ。取りあえずツェイトは、セイラムと一緒に何とも言えない苦笑いを浮かべながらそう思う事にしておいた。


 いや真に驚くべきは、かのエルフの少女がツェイトよりも年上だった事の方なのだが、それに気付くのには双方ともに大分時間が経った後の事であった。


「あぁごめんよ。君達試験中だったんだろ? ならもう行った方が良い」


 大分穏やかな雰囲気になったものの、ツェイトも彼らもまだやる事が途中の身だ。レプテクターの男はツェイト達に出発を促した。


(少し予定外の事態が起きたが、問題は無い)


 出発する前に先程のクエスター達から「そういえば、君達はもしかしたら俺達の後輩になるのかもしれないんだなぁ、頑張れよ」と最初の時とは打って変わって、暖かく応援してくれていた。

 パーティーの種族構成が皆昆虫人以外の多国籍であった為、此処へは依頼で立ち寄っただけなのだろう。となれば、もしかしたら今後国々を渡り歩いている内に彼等ともまた会うかもしれない。


 この世界の何処かで、彼らと何処かでまた巡り合うのも、それはそれで悪くは無い。商人を町の中へ送り届けるクエスター達の後ろ姿を見送りながらそんな事を考えていたツェイト達も、自分達のすべき事に着手した。


「……さて、じゃあまずは何からいこうか?」


「えーっと、上から順に行くなら、蟋蟀草かな」


 セイラムが貰った用紙を眺めながらツェイトに告げる。


「蟋蟀草、となると…………あの山とかに生えてそうだな」


 ツェイトは視界に広がる山々の中から、一際高い山に目を見やった。


 蟋蟀こおろぎ草。それは夜中、風に吹かれるとまるでこおろぎの鳴き声の様な音を発する事からそう呼ばれており、薬を作成する際解毒薬の材料になる、このワムズ地域でしか生えていないちょっと珍しい植物だ。そして大抵その植物は風の吹く所に良く生えている。例えば、谷の岸壁や高い山の頂上とか。

 元々ワムズと言う国は、山林の多い緑豊かな場所を国土に持っている。山の一つや二つ、雨後の筍の様にそびえているで、生えていそうな場所を見つけるのは容易なものだった。


 ツェイトが蟋蟀草の事を知っていたのは、筆記試験前の勉強の時でも、ウィーヴィルから教わった事でもない。これは、NFOでプレイしていた頃に憶えた知識だった。


 この世界は、歴史や文化に違いはあれどもその根幹を成す部分はどうしてかNFOと同じだ。それはこの世界があのゲームと関係があるのか、それともただ偶然似ているだけか。いや、少なくとも後者はないか、とツェイトは否定した。あまりにも似過ぎているそれには何らかの近似性がある様に思えるのだ。

 どちらにせよ、なぜ自分達プレイヤーはあのゲームのアバターの姿でこの世界に現れたと言うのが最大の謎だ。

 これに関しては今まで散々一人問答を繰り返してきて、結局答えは出てこなかったのだ。今更蒸し返した所で何があるとも思えないので、ツェイトはこの事は一時保留にした。

 やはり、これは他のプレイヤー達と話し合う必要がありそうだ。ヒグルマないし、出来れば他のプレイヤー達とも連絡が取れればもしかしたら何か分かるのかもしれない。


 が、今はやるべき事を一つ一つこなして行くべきだ。焦って動いた所で上手くいく訳でもないし、下手をすれば墓穴を掘りかねない。

 急がば回れ、とは良く言ったもの。最初にこの言葉を考えた偉人に敬意を持ちつつ、先程から自分の事を呼ぶセイラムの方へツェイトは振り向いた。振り向いた先にいるセイラムは、整った眉毛をハの字にしていた。


「やっぱり、ツェイトの方を先に済ませた方が良かったんじゃないか?」


 どうやら自分の課題を手伝う事に気が進まないのでは、と勘違いされてしまった様だ。ツェイトにそんな気は更々無いのだが、やはり言葉にしなければ届かないものもある。ツェイトは苦笑しながらやんわりと否定した。


「そんな事は無い。只、色んな事があり過ぎて頭が追い付かないんだ」


 事実本当にやる事が多すぎて、実際にこれからの事を考えると目が回りそうな位だ。

 肩をすくめるツェイトの姿に、セイラムも何だか苦笑していた。


「……じゃあ、早くこの試験も終わらせておかないとな」


「まぁ、そう言う事だな。さ、行くから乗ってくれ」


 ツェイトが片膝をつくと、セイラムはもう慣れた様にぴょんとその大きな背に乗った。セイラムをツェイトが両腕で固定すれば、準備は万端だ。

 ツェイトは以前見せた様なスピードで走る事は無く、軽く走り込みをする様な速度で町の入り口から離れ、街道を外れ、森の方へ向かって走り出した。役人たちや通行人達の前で、派手に跳んで目立ってしまうのは避けたかったからなのだが、これはこれで注目を集めてしまったらしい。


 そして、兵士達の事も忘れてはいない。万が一兵士達がこの町に近付いていた事を考慮して、苦し紛れではあるが森の中を移動するよう心がける事にしたのだ。街道のど真ん中をでかくて青いカブトムシがノコノコ歩いているよりかは大分マシだろう。


(こう言う時、迷彩能力のある奴らが羨ましいな)


 ふと、ツェイトは知り合いの中にいるステルス能力を持つプレイヤー達の事を思い出し、この状況でそれが使えたらどんなに便利な事かと羨んでしまったが、それは贅沢な望みだと自分の悩みを切って捨てた。

 自分の事の所為かあまり自覚は無いが、ツェイト自身のこの体も十二分に大したものなのだ。後は、その持ち主である自分が上手く使いこなせればいいだけの事なのだから、無い物ねだりはよそうと、ツェイトは森の木々を避けて駆けながら初心にかえる事にした。

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