護国の鉄仮面 ―護国の贄となった令嬢の話―
テーナレード侯爵家の令嬢ルカリザの素顔を知る者はいない。
何故なら彼女は、幼いころから常に冷たい鈍色の鉄仮面を被って暮らしていたからだ。
食事の時には口元だけを外すことを許されているらしいと噂だ。
社交界の人々は、彼女を「呪われた令嬢」と呼び、陰で嘲笑した。
ある者は「顔全体に恐ろしい悪魔の痣がある」と噂し、またある者は「あまりの醜さに親が顔を隠させた」と囁いた。
鉄仮面の隙間から覗く彼女の赤い瞳はいつも冷徹で、感情を一切読み取らせない。
長く伸びた薄い赤色の髪は血のようで、誰も見ていないところでは蛇のように動くのだとまことしやかにささやかれていた。
そんな彼女にも暫定の婚約者がいた。
王太子であるリカルドだ。
王家が取り決めた政略結婚のための暫定の婚約であったが、婚約理由は王族しか知らないこととされている。
だが、リカルドは「呪われた令嬢」と呼ばれるルカリザを忌み嫌っており、月に一度の交流会であるお茶会もすっぽかし続け、婚約してから一度たりとも彼女に贈り物もしたことがない。
何より、最も大事な婚約の儀である神殿での儀式をすっぽかしたのだ。
それを笑い、むしろ「あんな呪われ令嬢と婚約の儀など、リカルドさまは心底おいやだったのだろう。お労しい」と何故かリカルドに貴族たちの同情が集中した。
だが、ルカリザ本人はそれをまったく気にしておらず、結ばれなかった婚約の儀のことなどどこ吹く風で、いつも粛々と王妃になるための勉強に勤しんでいた。
仮面を外したいとは決して言わない。それよりも「わたくしには役目がございます」が口癖で、とにかく勉強だけに邁進していた。
そんなルカリザだが、まったく夜会に出ないと言うわけにもいかない。
しかし鉄仮面は外せない。
そんな彼女の数少ない参加の夜会でのエスコート役は、本来であればリカルドなのだが、彼はその役目を全うしたことはない。「婚約の儀は結んでいない。よって婚約者ではない」という理由で。
だから、彼女のエスコートはルカリザの父であるテーナレード侯爵か、兄であるメイヤスがすることがすでに暗黙の了解だった。
だが、今日だけは。
この夜会だけは、リカルドのエスコートが必須であったのに、いつもと同じ理由でけんもほろろに断られ、ルカリザは国王と王妃のいる控室で「そういうわけですので、わたくしは今夜の夜会を欠席いたします」と直訴に来たのだった。
「いや、ルカリザ嬢。本当に愚息が申しわけないが、今日はどうしてもルカリザ嬢がいないと問題なのだ」
「はい、存じております。ですからわたくしはこの日のために今日まであらゆることを耐えて参りました。今日の夜会の重要性をリカルドさまはご存じではなかったので?」
「いや、懇々と言い聞かせておいたのだが……」
「ルカリザ嬢、本当に申し訳ないわ。なので、今日のエスコートは陛下が行うと言うことでどうかしら?」
「では王妃様のエスコートはどなたがされるのですか?」
「……」
「わたくしのことは後程、王室の広報から正式に発表されれば良いのではないかと思うのですが?」
「いや、それではだめだ。ルカリザ嬢が今日まで守ってきたものを国民にきちんと見せねばならない」
「……わたくしのエスコートを拒否された王太子殿下が共にそれを行ってくれるとは思えないのですが」
「リカルドはどこにいるのだ?」
「おそらくですが、最近よくおそばに侍らせていらっしゃるタノーグ伯爵家の令嬢、マリエル様と夜会に出席なさるのだと思いますわ」
「あの愚息めが……!」
国王の苛立ちをすぐそばで見ながら、ルカリザは欠席させてもらえたら一番楽なのに……などと思っていたところ、控室の扉が鳴らされ、開く音がした。
「父上、母上、失礼いたします」
果たして控室に入ってきたのはリカルドの弟の第二王子、レイナードだ。
「レイナード様」
「こんばんは、ルカリザ嬢」
優雅に頭を下げる姿は、今日も洗練されていてきれいだ。
「ごきげんよう、レイナード様。どうされたのですか?今夜の夜会は、レイナード様の婚約発表もあると伺っていましたが……」
「ええ、その件で、急ぎ、父上と母上にお話が」
「どうした、レイナード」
「はい。座ってもよろしいですか?」
「構わぬ」
レイナードはルカリザの隣に一人分の距離をあけてゆっくりと座った。
「父上、母上、申し訳ありませんが、私の婚約を白紙に戻していただきたいのです」
「何だと……?」
「私の婚約者であるモーワン侯爵令嬢の不義が分かりました」
レイナードがテーブルの上に数枚の書類を並べる。
「影からの報告です。相手は我が国に留学中の隣国の公爵令息です」
「……」
「友人づきあいだけなら、と見逃していたのが仇になりました。すでに隣国に我が国の情報が漏洩している可能性もございます」
「……そうか」
「幸いと言っては何ですが、私の婚約に関しては公式な発表はしておりません。もちろん貴族たちは知っていますが、まだ確定として発表はしていないので、ここで白紙にしても問題はないかと思います」
「……あの、レイナード様」
おそるおそる、ルカリザがレイナードに話しかける。
「はい、何でしょう、ルカリザ様」
「発表していないのなら、婚約を白紙に戻すことは許されるのでしょうか?」
「そうですね。神殿で婚約の儀を交わしていないのであれば、まだ婚約はしていない状態だと説明できます」
「では、私とリカルドさまの婚約も……?」
知らなかった。
そうなると、これは大逆転の機会なのでは?
「兄上はルカリザ様と神殿で婚約の儀を行っていないのですか……?」
「はい。婚約の儀の日、リカルドさまは狩りの約束がある、と神殿にいらっしゃらなかったのです」
「兄上……!愚かだとは思っていたけれど、まさかここまでとは……!」
レイナードが絶句して、拳を膝の上で握る。
「ルカリザ様のお役目を兄上は知っているのですか?」
「ご存じのはずですが……もしや、教育を受けていない、ということは?」
「あり得ない、それはあり得ません。兄上は、私と一緒にその教育は受けているのですから」
「でしたら覚えていらっしゃらないということでしょうか?」
「……国の護りに関わるこんな重大なことを?それは愚かを越えてます……!!」
それからレイナードが決意を籠めた目で目の前の国王と王妃を見る。
「父上、母上、兄上から私に王太子の変更をお願いできませんか?そして、今夜の夜会で、王太子の変更と私とルカリザ様との婚約を発表するのです」
「レイナード様!?」
ルカリザの声に被せるようにレイナードが国王と王妃に頭を下げる。
「ルカリザ様の長年のご苦労と献身を、兄上は踏みにじり続けています。これは王族としても一人の人間としても許されません。そして今日の夜会で、ルカリザ様の背負ってきたことを公表することになっていることも、兄上には通達されているはずです。それをこのような形でルカリザ様に恥をかかせるなどあってはなりません」
「……」
「……」
国王と王妃が顔を見合わせる。
「もちろん、細かいことは今後調整が必要でしょう。ルカリザ様のお役目に関しても今まで以上に管理をしなくてはいけなくなります。ですが、今日の夜会での公表は絶対に必要なことである以上、ルカリザ様のお立場を守ることが最優先であると愚考いたします」
「……レイナード。お前の覚悟は分かった。いいのだな?」
「はい。この場で申し上げるのもどうかと思いますが、私の初恋はルカリザ様です。その方と婚約できるのなら、この上ない喜びです」
「え!?レイナード様!?」
仮面の下で素っ頓狂な声がルカリザから挙がる。
ルカリザの隣で優しく微笑むレイナードの頬が少し赤い。
「あなたが覚えていらっしゃるかは分かりませんが、幼いころ、兄上と初めて顔合わせのために城にいらしたときはまだその仮面をつけていらっしゃいませんでしたね」
「……は、はい」
「私は兄上の婚約者になる方が来たと聞き、こっそり謁見室のカーテンに隠れていたのです」
「まあ……!」
「その時、ルカリザ様を拝見し、あなたのその薄い赤髪と宝石のような赤い瞳に射貫かれました。そして、兄上と一緒にあなたの背負った護国の運命を教えられ、ルカリザ様がいなければ、この国は終わるんだ、この方を兄上と共に守らねば、と決めたのです」
それはずっとルカリザが聞きたかった言葉だった。
この国を守るためにこの鉄仮面を被らなければならないと聞かされた時は泣いた。
父も母も兄も泣いた。
だが、自分にしかできない役目であり、この国を守ることは自分の大事な人たちを守ることになるのだと理解した時、泣くのをやめた。そしてこの仮面をかぶった。
仮面の後頭部にはビスがあり、後頭部に刺すことで抜けないようになっている。成長するたび、仮面は変えられてきたがさすがに今ではもう仮面の交換の必要もなくなり、後頭部の痛みはなくなっている。
そして今日。
建国記念式典の夜会で、リカルドの正式な王太子指名とルカリザとの婚約が、婚約の儀を経ずとも事実上成立することになっていたのだ。
のだが……。
「陛下。王太子にはレイナードを新たに指名すべきですわ」
静寂を破ったのは王妃の言葉だった。
「王妃様!?」
「ルカリザ。我が息子とはいえ、リカルドにこの国の行く末は任せるわけにはいきません。あなたさえよければ、レイナードと婚約してもらえないかしら?」
「……あの、本当にわたくしでよろしいのですか、レイナード様」
「あなたがいいのです、ルカリザ様」
ルカリザは、一瞬息を止めて、吐き出す。
仮面の中で吐き出した息が熱かったのは気のせいではないだろう。
「……では、今夜の夜会、レイナード様がエスコートしてくださいますか?」
「もちろん。光栄です。二人で、あのバカな兄上に真実を叩きつけてやりましょう。よろしいですね、陛下」
父上、ではなく、陛下、と呼んだことにレイナードの覚悟をルカリザは感じた。
その覚悟は国王にも伝わったのだろう。
「レイナード、ルカリザ嬢。そなたたち二人を今日この時より、正式な婚約者と決定する」
「はい、陛下」
「……かしこまりました。お受けいたします」
「リカルドとルカリザ嬢の婚約に関しては、神殿での婚約の儀が行われていないので、正式な婚約は結ばれていないものとする。レイナードと侯爵令嬢の婚約もだ。よって、二人がここに婚約を結ぶことに全く問題はないものとする」
かなり強引ではあるが、実際に問題にはならない。
「そしてレイナード。そなたを王太子とすることを今夜の夜会で私の口から発表する。それと一緒に、ルカリザ嬢の護国の役目も公表する。その先のこともだ」
「かしこまりました、父上。私で添えられる説明があればお手伝いいたします」
「そうだな、任せる」
「では、わたくしは、レイナード様と共に先に夜会の会場へ参りますわ」
立ち上がったルカリザの隣で、レイナードが腕を差し出す。
その腕に肘までの手袋をはめた手を絡ませたルカリザは仮面の中で微笑んだ。
「レイナード様」
「何ですか、ルカリザ嬢」
「一つお願いがございます」
「何でしょう?」
「あの……」
少しだけ指先に力を籠める。
「わたくしを……今日から、リザ、と呼んでいただけませんか?」
「え?」
「家族はわたくしをそう呼びます。ですから、これから家族になるレイナード様にはリザと呼んでいただけましたらと思いまして……」
仮面の中の顔が熱い。
仮面を被っていて良かった、こんな火照った顔は見られたくない。
「……分かったよ、リザ。では君も私のことをレイと呼んでくれるかい?」
「はい、レイ様」
国の次の柱の二柱がしっかりと出来上がった瞬間だった。
賑やかな音楽が聞こえる中、リカルドはホールの真ん中でエスコートしてきた伯爵令嬢のマリエルと今夜最初のダンスを踊っていた。最初のダンスは婚約者と、という暗黙の了解をこの時点で破っている。
もっとも彼はルカリザを婚約者と思っていないし、そう扱ってもいないことはここにいるものはみな知っていることだったのだが。
「レイナード第二王子とルカリザ・テーナレード侯爵令嬢の御入場です!」
扉が開き、レイナードにエスコートされたルカリザが堂々とした足取りでホールに入ってくる。
相変わらず鉄仮面に隠された素顔は見えないが、立ち居振る舞いは侯爵令嬢らしい気品と自信にあふれていてホールにいる者の目を引く。なによりエスコートしているのがレイナードだ。目立つことこの上ない。
ただ、それを面白く思わない者がいた。
当然まずはリカルドだ。
「ルカリザ!レイナード!」
ホールの真ん中からずかずかとこちらに迫ってくる。
「なぜ、お前たち二人が一緒に入場してくる!レイナード!おまえは、今夜はモーワン侯爵令嬢をエスコートする立場だろう!」
「はて、兄上。なぜ、私がモーワン侯爵令嬢のエスコートをしてこの夜会に出席しなければいけないのでしょうか?」
「モーワン侯爵令嬢はおまえの婚約者だろう!」
「違いますよ?」
「何だと……?」
「私とモーワン侯爵令嬢は、神殿で婚約の儀を行っていません。兄上とルカリザ嬢と同じです」
「……ッ!」
「ですので、ルカリザ嬢のエスコートをしました。何か問題が?」
「だが、ルカリザは俺の婚約者だろう!」
この愚兄は何を言っているのだろう、という呆れを隠さない目でレイナードがリカルドをねめつける。
「いえ、ルカリザ嬢は兄上の婚約者ではありません。私の婚約者です」
「は……?」
リカルドがポカンとしたところで、大きくファンファーレが鳴った。
「国王陛下、王妃殿下の御入場です!」
扉が開き、今日の象徴である王錫を手に国王が、ティアラを手に王妃が入場してくる。
そのままホールの真ん中を歩き、上座へ落ち着いた二人の前にまず噛みついたのはリカルドだ。
「父上!母上!レイナードがおかしなことを言い出しました!ルカリザが自分の婚約者だと!」
「うむ、その通りだが、何か問題があるか?」
「は……?」
リカルドがポカンと立ち尽くす。
その横で、レイナードとルカリザが膝をついた。
「今宵の建国記念式典にて、今まで王族以外には伝えられることのなかったこの国の秘密を明かすことは決まっていた。皆の者、聞くがいい」
国王の良く通る声に、広いホールが静まり返る。今なら小さな息遣いすらラッパの音のように聞こえるのではないだろうか。
「レイナード、ルカリザ・テーナレード侯爵令嬢、こちらへ」
「はい」
「はい」
二人は立ち上がり、リカルドの前を通り、国王と王妃と向き合う位置に立つ。
「では、レイナード。これを」
「はい」
レイナードに、国王の持つ王錫が手渡され、ざわりとホールに動揺が響いた。
それに臆することなく、動揺の欠片もない手で、恭しくレイナードは王錫を受取った。
「ルカリザ嬢もこちらへ」
「はい」
ルカリザもそのままレイナードの隣に立つ。
そしてレイナードは何やら王錫の先端の石に手を伸ばす。そこから引き抜かれたのは小さなカギだった。
「リザ」
「はい」
レイナードにルカリザが背を向ける。
「おい、おまえたち何を……!」
焦って手を伸ばそうとするリカルドを尻目に、レイナードが長いルカリザの赤い髪をかきあげ、そっとその髪の房に唇を寄せる。
それから、まるで大事な宝箱を開封するように、ルカリザの鉄仮面の鍵穴に差し込み回すと、カチャン、と小さな音が響いた。
「口の部分から外すよ?」
「はい。ただあの……後頭部はビスが刺さっているので後ろ側はゆっくりお願いします。もう痛みはありませんが、それでも引き抜くのは怖いので……」
「分かってます」
まずそっと、口元の仮面の部分が外され、形の良い唇が見えた。
そこには噂されていたあざなどない。
「では後ろを外します」
「はい」
顔の前部分の仮面を痛くないように手のひらで抑え、レイナードは後頭部に刺さっているビス部分を慎重に引き抜き、後ろ側の仮面を外し、床に投げた。
「リザ、いい?」
「はい」
最後に顔の上部分を覆っていた仮面を外し、床に投げた。
「……!?」
真ん前にいたリカルドが息をのむのが見えた。
そこにいたのは、悪魔のあざもない、醜くもない、赤い長い綺麗な髪をなびかせた、色白の可愛らしい令嬢だった。
赤い瞳が可愛らしさの中に大人びた雰囲気を纏わせている。
「ルカ……リザ……?」
乾いた声でその名を呼ぶリカルドに、ルカリザは一度だけカーテシーで挨拶をする。
「今こそ、この国の護国の役目を明かそう!」
そこに、国王の朗朗とした声が響いた。
「我が国を囲む魔物の棲む地域のことはみな知っておろう。だがしかし、不思議ではないか?高い塀もなく、開けた場所しかないこの国が他国からも魔物からも攻められることのないわけが」
それはそうだ。たぶん、みな思っていたことだ。
「それはこの国の建国に関わるのだ。遠い昔、この地はただの森だった。そこにやってきた海の向こうからの民が、ここに国を作った。それが建国史に刻まれている事実だ」
国王が床に転がる仮面をチラリと見て、その視線に他の広間にいる人間も追う。
「そしてこの地は呪われていた。それを知ったこの土地に来た民は、呪いには呪いで対抗すべく、護国の贄となるべき血筋を作り出したのだ」
レイナードが王錫にカギを差し戻し、国王に恭しく差し出す。
「その血筋こそ、現テーナレード侯爵家である。侯爵、こちらへ!」
「はっ!」
ホールの端にいたルカリザの父と兄が歩み出てくる。
「テーナレード侯爵家は、この地の呪いを抑える血筋としてあったのだ。それは今も続いている」
「皆様、これは王族だけに伝えられてきたことです。王家にも侯爵家にも口伝のみにて伝えられてきました」
レイナードの声にしん、とホールが静まり返る。
「そしてこの地の呪いを抑えると言うのはこの地を蹂躙しようとするあらゆる勢力に対して無力化する、文字通り護国の力です。それをずっとテーナレード侯爵家は建国以来、担ってきてくださったのです」
レイナードの言葉にまばらに拍手が起こる。
「贄にも条件がありました。まず、赤い髪で赤い瞳であること。その容姿の子が生まれなかった時代のことも考え、当時の贄の役目だった人は髪に護国の魔力を残しました。その髪に残る力がある限り、護国の力は保たれるようになっていました。そして今この時代、その役目はルカリザ嬢のものになりました」
「……」
「贄には仮面がつけられ、この仮面の後頭部にあるビスが贄の髪から力を吸い上げ、この地を守る力となる。それをルカリザ嬢は幼いころからずっと行ってきたのです。ですから、ルカリザ嬢は兄、リカルドの婚約者として内定していました。この国を護るのは、ルカリザ嬢だけでなく、王族である我々もそうでないといけないからです!」
「だが、みなも知っての通り、リカルドは仮面をつけているルカリザ嬢を忌み嫌い、神殿での婚約の日すらすっぽかした。つまりリカルドにはルカリザ嬢の背負っているものを共に背負う気概がなかったということだ。神殿での婚約の儀が執り行われていない以上、ルカリザ嬢とリカルドの婚約は整っていない。同じく、レイナードとモーワン侯爵令嬢の婚約の儀も行われていないことは確認済みである。
よって、私はここで宣言する。我が国の王太子はリカルドからレイナードに変更の上、ルカリザ嬢をレイナードの婚約者とする!」
一気にホールのざわめきが大きくなる。
呆然としたリカルドがよろよろと国王の元へ歩み寄ろうとする。
「ち、父上……」
「リカルド。私は確かにお前の父だが、このような公式の場では陛下と呼べといつも言っているはずだが?」
冷たい国王の声に、リカルドは息をのむ。
「陛下……私は……私は知らなかったのです、ルカリザの使命を」
「そんなわけはないでしょう、兄上」
レイナードの冷笑するような声が響く。
「私と共に、幼いころからその教育は受けていたはずです。その授業がいつどのように行われていたのかも全て記録は残っていますよ?」
「レ、レイナード……おまえ……」
「授業は受けていたけれど、かけらも覚えていなかったと、今兄上は自分でそうおっしゃられた」
「……」
「ルカリザ様を邪険にし続け、今この場になってから陛下に縋るなど、みっともないからやめてください、リカルド王子」
「……」
「今、ルカリザ様は仮面を外しました。それは仮面を外しても良い理由ができたからなのです!」
レイナードが床に転がった仮面の前面の口元部分を拾い上げる。
「長年、護国の贄にはこの仮面をつけて護国の力をこの国に捧げる役目がありました。その役目自体が消えたわけではありません。ですが、前時代の贄の方が遺されていた赤い髪を若いころからずっと研究していた陛下が見つけたのです。
護国の贄となった方の髪さえあれば、その護国の力は続くのだと」
そう、これが今日、ルカリザが仮面を外すことができた理由だった。
研究を続けていた国王こそが護国の要であり、ルカリザと侯爵家に自由をくれた恩人だ。
「ルカリザ嬢」
国王がゆっくりとルカリザの前に立つ。
「私は王として、あなたに長い間、重い役目を背負わせた。いや、それは歴代の王全てだ」
「……」
「幼いあなたが成長して仮面を付け替えるたび、これで良いのかと何度も考えた」
一国の王の嘆きと後悔が響く。
「だからこそ研究を続けた。いつか、ルカリザ嬢を贄の役目から自由にするために」
「陛下……」
「今日、この日を迎えられたことを、私は心から誇りに思う」
「私こそ……。一生、この仮面を外すことはないのだと思っていましたわ」
「建国以来、この国を守り続けてくれたテーナレード侯爵家に、王家を代表して感謝を捧げる」
ゆっくりと国王がルカリザに対して頭を下げた。
隣にいた王妃もだ。
一国の国王夫婦が公式の場で臣下に頭を下げるなどあり得ない。
だが、これは国王夫婦の、一人の人間として、施政者としての感謝の最大限の示し方だった。
「ルカリザ嬢、これを受取って」
王妃が手に持っていたティアラをルカリザの頭に乗せる。
「これはね。元々は、歴代の王妃に伝えられてきたものなのよ」
「はい、王妃様」
「これに陛下が研究してつけてくださったこのピン。これをつけたことにより、今まで通りの護国の役目ができます」
ヘアピンでしっかりとティアラを王妃が固定してくれる。そのピンには、長い間ルカリザの後頭部に刺さっていたビスと同じ役目があり、このティアラさえあれば、ルカリザはもう仮面をつけなくても良いのだ。
護国の贄の役目は終わったわけではない。
ただ、形とあり方を変えたのだ。
誰も知ることがなかった国の始まりの歴史の影から、現在の国にとっての決して失えない護国の護りとして。
「ねえ、リザ」
「はい、何ですか、レイ様」
「これからも、この国を私と一緒に守ってくれる?」
「もちろんですわ」
ルカリザは真新しい美しいティアラを戴いて、初めて鉄仮面に隠されていない顔でレイナードに向かって笑った。
「だって、私が守りたいと思っている国ですもの」
その後、王太子を廃嫡となったリカルドは一代限りの爵位を賜り、国境の地へと送られた。
そして、レイナードは美しい護国の姫を妻とし、国王となった。
この国は護国の贄ではなく、護国のティアラを旗印とする国となったのだった。
終
昔の少女漫画を最近読み直して、鉄仮面を被ったキャラを見て、鉄仮面ってこんな時代から創作のマストアイテムだったんだなぁ、と思い、鉄仮面を被る女の子の話を書きたくなりました。




