1-5-5 大会前夜
フェスティバル前夜。
フェスティバル前のラヴェンツァとの最終調整が終わり、気がつくと既に日が沈みかけていた。
「キース」
訓練場から出る寸前、ラヴェンツァから呼び止められた。
「どうした?」
「いや、そんな重要なものではないのだけど——」
「勝つわよ」
真剣な声色が響く。
彼女の目には確かな闘志が潜んでいる。
「もちろん、負ける気はないよ」
「やる気は充分ね」
「行けるところまで行くわよ」
その言葉を聞いて、軽く頷いた。
訓練場を出るために出ようとした。
しかし、また彼女が呼び止める。
「あと」
「なに?」
「学長から伝言を預かってるわ」
「今日の夕方、学長室に来るようにって」
「夕方って、もう夜に近い気がするけど……?」
「正確には、最終調整が終わった後にって言ってたわ」
「わかった」
「行ってくる」
「ええ」
「明日に備えて、早く休みなさいよ」
それだけ言って、ラヴェンツァは寮の方へと歩いていった。
白い髪が、夕日の中で揺れた。
————
学長室へ向かった。
廊下を歩くたびに、教室からは屋台の出店などの準備に追われている生徒たちの声が聞こえてくる。
紙で作られた煌びやかな飾り、魔晶によって発光させられた光が校内を照らしている。
どこか浮き足立った空気が、学術院全体に漂っていた。
コンコン。
「どうぞ」
デミラスの穏やかな声が返ってきた。
扉を開けた。
学長室の窓から、夕日が差し込んでいた。
学長はデスクに座りながら窓の外を眺めていた。
「よく来てくれたね」
「まずは座ってくれるかい?」
部屋の中央にあるソファへと腰掛ける。
あまり足を踏み入れることが少ない、学長室の独特な雰囲気に緊張感を感じる。
学長が椅子を回してこちらを向いた。
「さて——」
「怪我の経過はどうだい?」
「ほぼ完治しています」
「そうか……」
学長は顔を下に逸らした。
それは一瞬で、再び顔をあげて穏やかに頷いた。
「それは良かった」
「しかし、だね」
少し溜めを作って学長がそのまま続けた。
「完治したからといって、無理をしてはいけないよ」
「わかっています」
「本当に、わかっているかい?」
学長の目が、少しだけ細くなった。
「君は、自分の限界を超えることに慣れすぎている」
「それは…」
言葉が出なかった。
否定できなかった。
「まぁこの際、それは些細な問題だ」
「さて、本題に入らせていただくが——」
「明日のフェスティバルのことについて」
学長が静かに続けた。
「勝つことも勿論大事だが——」
「まずは楽しんでほしい」
「勝ちにこだわることはない」
少し間を置いた。
「フェスティバルの間は、学術院内で様々な催し物がある」
「それに、君は他の生徒に比べて幼い」
「是非とも、このフェスティバルを楽しんでほしい」
「あとは——」
学長の顔が少し暗くなった。
その目は、こちらを見定めるような目だった。
「異変を感じたら、くれぐれも無理をしないように」
学長はすぐに穏やかな顔に戻った。
「いいかね?」
「……はい」
答えながらも、学長の言う『異変』が何を指しているのかは、言われなくてもわかっていた。
「学長」
「なんだい」
「一つだけ、聞いていいですか」
学長が静かに頷いた。
彼の掛けているモノクルが静かに揺れる。
「俺のことを、心配してますか」
二人の間には静寂が訪れた。
その静寂を破るように、口を開く。
「……以前、希望と言っていましたよね」
「覚えているとは、なかなかに記憶力がいいね」
「ありがとうございます……?」
彼の発言が褒めなのかはわからないが、反射的に言葉が出る。
デミラスが、窓の外に目をやった。
ソファからは見えにくいが、月明かりがもう出ていた。
しばらく、沈黙が続いた。
「——その言葉の意味は」
「いつか、君自身が知ることになる」
「今は、それだけだ」
またいつものようにはぐらかされる。
しかし、今日の学長はどこか違う気がした。
いつもより少しだけ表情が重く、目の奥には不安が入り混じっているように見えた。
「一つだけ、言っておこう」
デミラスが、こちらを向いた。
「君が思っている以上に、私は君のことを心配しているよ」
「それだけは、覚えておいてほしい」
学長が窓を見たまま立ち上がった。
「今日は明日に備えて休みなさい」
「はい」
「失礼します」
学長室から出ようとする。
「キース君」
扉に手をかけた瞬間、声をかけられた。
思わず振り返った。
学長は相変わらず窓を見ている。
「楽しみなさい」
学長室を出た。
廊下に出ると、生徒の流れはもう止んでいた。
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