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第3話:俺は弱い――だが“成長する力”だけは誰にも負けない

二人の「SS」ランクの才能を目の当たりにした後、俺はふと思い立って、自分自身の内面へと「識眼」の意識を向けた。


鏡など必要ない。網膜の裏側に、非情なまでの現実が文字列となって浮かび上がる。


【レオン・ド・ヴァリエール】

【剣技:E】

【戦術:D】

【成長性:A】

(……弱い。笑えるくらいに)


思わず自嘲気味な吐息が漏れた。

この国の騎士団の末端ですら、剣技なら「D」はあるだろう。戦術も、兵法書を数冊読んだ程度の知識しかないことが露呈している。隣にいる、国を一人で回せるほどの知略を持つクラリスや、一瞬で大衆の心を掌握するミーナとは、比べるべくもない。


今の俺は、ただ「特殊な目」を持っているだけの、どこにでもいる無力な男爵家の三男坊だ。


「……レオン?」


俺の沈黙を不審に思ったのか、クラリスが不安げに覗き込んできた。その瞳には、昨夜俺が彼女に与えた「救い」への信頼が宿っている。今の俺には、その信頼に見合うだけの重みがないことを、俺自身が一番よく知っていた。


だが。


「……でも」


俺は自分の拳を強く握りしめた。

爪が掌に食い込み、微かな痛みが思考をクリアにする。


「上げればいいだけだ」


「成長性:A」。

これだけが、今の俺に与えられた唯一の武器だ。今は「E」でも、それを「D」に、「C」に、そして彼女たちと並べる「S」にまで引き上げてみせる。才能がないなら、その伸び代を使い切ってやるまでだ。


「……ぷっ、あははは!」


不意に、ミーナが腹を抱えて笑い出した。


「何だよ、急に」


「だってレオン、急に難しい顔して黙り込んだと思ったら、そんな当たり前のこと言うんだもん! それでいいよ、レオン。最初から何でもできる完璧超人なんて、可愛げがないし面白くないじゃん!」


ミーナはバシバシと俺の背中を叩く。彼女の【人心掌握:SS】が、俺の中の小さな劣等感を、いとも簡単に笑い飛ばしてくれた。


「レオンにはその『変な目』があるでしょ? だったら、私たちはそれを信じる。レオンが足りないところは、私が街の噂と元気で埋めてあげるからさ!」


「ミーナさんの言う通りです」


クラリスも、落ち着いた所作で頷いた。


「『成長』は、既存の枠組みを壊す最も不確定で、かつ恐ろしい変数です。今のあなたが未熟であることは、これからの私たちが、予測不可能な速さで進めるという証明でもあります。……私も、あなたの隣で学びたいと思っています」


彼女の言葉は、冷徹な分析に基づいた、最大限の信頼だった。

統治の天才と、人心掌握の天才。

その二人が、何の実績もない俺という男の「可能性」に賭けている。


(……やるしかない、か)


俺は再び、視界の端に浮かぶ自分のステータスを見据えた。

この「E」や「D」という文字が、いつか「S」に変わるその日まで、俺は止まらない。彼女たちを守り、そしてこの腐りきった王国に反旗を翻すには、俺自身が誰よりも速く、強くならなければならない。


「よし、決まったな」


俺は二人に向き直り、力強く宣言した。


「俺は強くなる。君たちが驚くくらいの速さで。……そして、三人でこの国をひっくり返そう」


「賛成ー! 派手に行こうね!」


「……ええ。存分に、暴れましょう」


一人は絶望から這い上がった令嬢。

一人は街を味方につける少女。

そして一人は、自分の弱さを知った男。


凸凹で、だが最強の可能性を秘めた三人の反撃が、ここから静かに、熱く始まろうとしていた。





鉄の匂いと、掻き乱された土の臭いが鼻を突く。

視界の端で、燃え上がる荷馬車から黒煙が立ち上っていた。


王都を脱出し、隣国へと続く国境付近の街道。俺たちの行く手を阻んだのは、アルヴェルン公爵家が放った追撃部隊だった。数にして五十。対するこちらは、俺とクラリス、ミーナ、そして彼女が下町で集めてきた数人の腕利き用心棒のみ。


「……っ」


怖い。

心臓が喉の奥で暴れている。握りしめた剣の柄が、手汗で滑りそうだった。

俺のステータスは【剣技:E】。まともに打ち合えば、数秒で首が飛ぶだろう。足の震えが止まらない。これが、本物の戦場。物語の中ではない、命のやり取りが行われる場所。


だが――見る。

逃げ場のない恐怖の中で、俺は必死に「識眼」を凝らした。


視界に、敵の先頭で指揮を執る重装騎士の姿が捉えられる。


【敵指揮官:戦術 A】

【弱点:直進後の旋回、突撃に対するカウンターに弱い】

【現在の布陣:鶴翼かくよくの陣・崩し】

(……読める。あいつが何を考えているか、どこを狙おうとしているか、全部視える!)


敵の指揮官は、俺たちの少なさを侮っている。中央を薄くし、左右から包囲して一網打尽にするつもりだ。だが、その陣形は「突撃」を誘い込むための餌であると同時に、急激な中央突破に対しては致命的な脆さを抱えていた。


「全員、聞け! 中央の敵を追うな! 左右に分かれて誘い込め!」


俺の叫びが、戦場に響いた。

用心棒たちは一瞬、戸惑いの表情を浮かべる。無理もない。名もなき男爵家の三男坊がいきなり指揮を執り始めたのだ。誰一人、俺の言葉を信じてはいない。


「何を言っている! 囲まれたら終わりだぞ!」

「いいから従え! 死にたくなければ、俺の言う通りに動け!」


俺は恐怖を押し殺し、怒号に近い声で命じた。

その横で、クラリスが鋭い眼差しで戦況を見据え、俺に加勢するように声を上げる。


「レオンの言葉に従いなさい! 彼は……『見えている』わ!」


公爵令嬢としての、有無を言わさない威厳。それに押されるようにして、用心棒たちが動きを変えた。

あえて中央を開け、左右に散開する。


「はっ、逃げ惑うか! 雑魚どもめ、全軍突撃! 踏み潰せ!」


敵指揮官の【戦術:A】が、罠とも知らずに牙を剥く。

だが、彼らが加速し、陣形が縦長に伸びきったその瞬間。


「今だ! 中央へ、一点突破で突っ込め!」


俺の指示に従い、伏せていた用心棒たちが横からではなく、伸び切った敵の側面へと牙を剥いた。

【弱点:突撃】。

最短距離で指揮官を目指す俺たちの動きに、敵の「Aランク」の戦術は対応しきれなかった。陣形が内側から弾けるように崩れていく。


「な……んだ、これ……! 私の陣が、こんなガキに……!?」


悲鳴のような叫びを残し、敵の指揮官が落馬する。

あとは、雪崩のような一方的な展開だった。


静寂が戻った。

辺りには、動かなくなった兵士たちと、ひっくり返った馬車。

俺は血だらけの剣を杖代わりにし、荒い呼吸を繰り返しながら立っていた。返り血が顔にこびりつき、鉄の味が口の中に広がる。


吐き気がする。手が、まだ震えている。

だが、俺は生きている。


【評価:急上昇】

【戦術:D → C】

【経験値:大幅獲得】

(……いける。俺の目は、この絶望的な戦場ですら正解を導き出せる)


「レオン……大丈夫?」


駆け寄ってきたミーナが、心配そうに俺の顔を覗き込む。彼女の【人心掌握:SS】が、戦い終わった用心棒たちの興奮を鎮め、俺への「畏怖」混じりの尊敬へと変えていくのが分かった。


「ああ、平気だ。……クラリス様、怪我は?」


「ええ、ありません。見事でしたわ、レオン。あなたは本当に、私たちが想像していた以上の……」


クラリスの言葉が途切れる。

彼女の視線は、俺の背後、遠くの丘の上へと向けられていた。


俺も、反射的に振り返る。


一キロ以上先。夕闇が迫る丘の頂に、一騎の馬が立っていた。

そこに跨る男の姿を、俺は見間違えるはずもなかった。


王太子レオニードの側近。

あの大広間で、俺たちの破滅を笑っていた、あの「捕食者」のような瞳を持つ男だ。


彼は、こちらをじっと見下ろしていた。

戦いの結末を、そして俺という異分子の動きを、冷徹に観察していたのだ。

男は、優雅に帽子を脱いで一礼するような仕草を見せると、闇に溶けるように消えていった。


(……面白くなりそうだな。そう言っていたのは、お前か)


俺は拳を強く握りしめる。

「初戦場」の勝利。だが、それは同時に、本当の怪物たちに俺の存在が知られたことを意味していた。


「……行こう。ここはもう、安全じゃない」


俺たちは、血と泥にまみれた大地を後にした。

次なる戦いは、もっと残酷で、もっと巨大なものになる。


俺の「識眼」が、闇の向こう側に蠢く「巨大な悪意」の断片を捉えていた。





丘の上に立つ、その影。

夕闇に溶け込みそうなほど深い、漆黒の外套が風にたなびいている。

距離はある。だが、そこから放たれる「不気味な視線」は、まるで冷たい刃が首筋を撫でるかのように、生々しく俺の肌を粟立たせた。


(……あいつだ)


王太子レオニードの影に潜んでいた、あの側近の男。

大広間で、婚約破棄という名の処刑劇を最高の娯楽として眺めていた、あの歪んだ微笑。

俺は反射的に「識眼」を男へと向けた。だが、網膜に浮かび上がったのは、これまでの兵士たちとは一線を画す異様な文字列だった。


【対象:鑑定不能】

【危険度:測定不能】

【状態:高揚】

(……なんだよ、これ。測定不能だと?)


戦術Cに上がったはずの俺の目をもってしても、男の底が知れない。

そこに映るのは、能力値ですらない「未知」そのものだった。

男は微動だにせず、ただこちらを見つめている。いや、「観察」しているのだ。俺という異分子が、この盤面をどう掻き乱していくのかを愉しむように。


「レオン、どうしたの? 怖い顔して」


ミーナが不安そうに俺の袖を引く。

その声に引き戻され、俺は短く息を吐いた。


「……いや、なんでもない。ただ、少し嫌な予感がしただけだ」


「嫌な予感……。あの大広間にいた、レオニード様の側近……あの方のことですわね」


クラリス様が静かに横に並ぶ。

彼女の聡明な瞳もまた、丘の上の影を捉えていた。その表情には、かつての公爵令嬢としての矜持と、それを上回る深い懸念が混じっている。


「彼は、この国の闇に深く根を張る存在。……レオニード様を影から操っているのは、あるいは彼かもしれません」


「……だろうな。あんな笑い方をする奴が、ただの付き人なわけがない」


俺は再び丘の上を見た。だが、そこに黒い外套の姿はすでになかった。

ただ、冷たい夜風が通り過ぎるだけ。しかし、網膜の裏側には、あの男が残していった強烈な圧迫感がこびりついて離れない。


(……来るな。次の戦いが)


それは剣を交えるだけの戦いではないだろう。

知略、人心、そして運命そのものを賭けた、巨大な「遊戯ゲーム」が幕を開けようとしている。

俺はまだ、剣技E、戦術Cの「雑魚」に過ぎない。

だが、俺にはこの「目」があり、隣には最高の「知恵」と「光」がいる。


「クラリス様、ミーナ。……夜が明けたら、すぐに出発しよう。王都の連中が追いかけられないほどの速さで、俺たちの場所を作るんだ」


「ええ、望むところよ。私の頭脳、安売りはさせないわ」


「私も全力でサポートするよ! レオン、気合入れて行こう!」


二人の返事を聞きながら、俺は暗闇に向かって小さく不敵に笑った。

見ているがいい、黒い外套の男。

君がどれほどの化け物でも、俺はこの「成長性A」を限界まで叩きつけて、君の用意した盤面ごとひっくり返してやる。


物語は加速する。

俺たちは、闇の中を走り始めた。





戦場に漂う鉄錆の匂いが、鼻腔の奥にこびりついて離れない。

泥と返り血にまみれた地面に腰を下ろし、俺は肺が痛むほどの深呼吸を繰り返した。指先の震えはまだ止まらない。これが「命を奪い合った」後の、生の実感というやつか。


「……やったな」


隣で同じように肩を揺らしていた用心棒の一人が、信じられないものを見るような目で俺に声をかけてきた。


「正直、あの指示は死ぬための賭けだと思ったが……あんたの言う通りに動いたら、本当に敵の横っ腹に穴が開いた。あんた、何者だ?」


「……ただの運がいい男爵家の三男ですよ」


俺は短く、敬語を交えて返した。

だが、俺の視線は彼自身の顔ではなく、その頭上に浮かぶ**「識眼」**の文字列に釘付けになっていた。


【兵士A:戦闘 C / 忠誠 B】

【兵士B:戦闘 B / 判断 C】

【兵士C:戦闘 E / 状態:恐怖・硬直】

周囲に散らばる兵士たちを次々と視界に収めていく。

これまで、俺はこの目を「強敵を測る尺度」だとしか思っていなかった。レオニードは弱く、クラリス様は圧倒的に強い。だが、こうして名もなき兵士たちの群れを視て、俺の背筋に冷たい戦慄が走った。


(……なるほど。強い、弱いじゃないんだ)


例えば、戦闘力が高い「B」の男でも、判断力が「C」なら、乱戦になれば独断専行で死ぬ。逆に戦闘力が「E」しかなくても、その場に留まる「忠誠」や「忍耐」があれば、盾として時間を稼ぐ役割は果たせる。


これまでは、兵士というものを「数」という一括りの塊でしか見ていなかった。だが、俺の目には一人ひとりの**「使い道」**が、残酷なほど明確なラベルとなって表示されている。


「……君」


俺は、隅で震えながら剣を握りしめていた「戦闘E」の少年兵――兵士Cに歩み寄った。彼は恐怖で呼吸が浅くなり、今にも自我が崩壊しそうだった。


「ひっ、あ、貴族様……俺、俺は……」


「君、剣は向いてない。だが……」


俺は彼のステータスの下、隠されていた項目を凝視した。


【特殊適性:斥候(隠密) S】

(……化け物かよ、おい)


戦闘能力は皆無だが、気配を消し、敵陣を探る才能だけはクラリス様の統治能力に匹敵する「S」ランク。こんな才能の塊が、ただの「肉壁」として最前線で震えている。これが、この王国の「人の価値」を無視した、あまりにも杜撰な現実だった。


「……死にたくなければ、俺の隣にいろ。君の本当の使い道は、こんな泥の中で剣を振ることじゃない」


俺が手を差し伸べると、少年兵は救いを見るような目で俺の手を握った。


(わかってきた。俺がやるべきことが)


俺は立ち上がり、遠くに見える王都の方角を睨みつけた。

あのレオニードや公爵たちは、人間を「身分」という古いフィルターでしか見ていない。だから、クラリス様のような至宝を平気で捨て、有能な民を戦場の露として散らしていく。


だが、俺は違う。

この「識眼」があれば、どんなに埋もれた石ころでも、ダイヤモンドに変えてみせる。

俺の軍団は、ただの兵士の集まりじゃない。それぞれが「最適」な場所で、最大の「価値」を発揮する、歴史上最も効率的で恐ろしい組織になる。


「レオン、顔色が悪いわ。……無理をさせたかしら?」


クラリス様が心配そうに寄り添ってくる。

俺は彼女の美しい銀髪を揺らす風を感じながら、静かに首を振った。


「いいえ。……むしろ、これからの戦い方がはっきりと見えました」


俺は確信していた。

あの丘の上で笑っていた「黒い外套の男」さえも、俺が作り上げるこの「価値の集合体」の前では、ただの数に過ぎなくなる日が来ることを。


「……全部、使いこなしてやる」


俺は誰にも聞こえない声で呟き、立ち上がった。

俺たちの反撃は、武力による衝突から、**「システムの破壊」**へと進化したのだ。





戦場に漂う鉄錆の匂いが、鼻腔の奥にこびりついて離れない。

泥と返り血にまみれた地面に腰を下ろし、俺は肺が痛むほどの深呼吸を繰り返した。指先の震えはまだ止まらない。これが「命を奪い合った」後の、生の実感というやつか。


(……生きてる)


その事実が、遅れてやってきた衝撃のように俺の体を震わせる。

つい数日前までは、ただの男爵家の三男坊として、目立たぬように生きていくつもりだった。それが今や、王太子を敵に回し、公爵令嬢を救い出し、戦場で指揮を執っている。


「……やったな」


隣で同じように肩を揺らしていた兵士の一人が、信じられないものを見るような目で俺に声をかけてきた。先ほど、槍で俺の死角を援護してくれた男だ。


俺は無意識に、彼へと**「識眼」**を向けた。


【ガルド】

【戦闘:B / 判断:A】

(……なるほど)


彼のような優秀な人材が、なぜこれまで無名の兵士として埋もれていたのか。

この国の軍編成は、身分や勤続年数という「形式」で決まる。個人の適性など二の次だ。だが、俺の目にははっきりと見える。どう使えば勝てるか、彼がどこに立っていればその真価を発揮できるのか。

それが、この力の本質。ただの「鑑定」ではない。これは**「勝利への最短距離」**を導き出すためのコンパスだ。


「おい」


俺はガルドに声をかけた。

彼は突然の名指しに驚いたように、槍を握り直す。


「名前は?」


「……ガルドだ。ヴァリエール卿、あんたの指示には驚かされた。死地かと思ったが……」


「ガルド、次は前に出ろ。お前は後ろに控えるよりも、前線で状況を判断しながら動く方が、その槍はもっと鋭くなる」


「は?」


ガルドは戸惑いの表情を浮かべた。当然だ。平兵士に前線での判断を任せるなど、この国の軍規ではあり得ない。だが、俺は確信を持って彼の目を見据えた。


「俺を、信じろ」


短く、だが退かぬ意志を込めて告げる。

沈黙が流れた。ガルドは俺の瞳の奥にある、確かな「根拠」を探るように見つめ返してくる。やがて、彼はふっと息を吐き、力強く頷いた。


「……分かった。あんたには、何か見えているんだろう。その命、預けてやるよ」


その瞬間、俺の視界にある文字が鮮やかに書き換わった。


【忠誠:B → A】

(……積めるのか)


信頼という、目に見えないはずの重なりが数値として可視化される。

だが、それ以上に俺の胸を打ったのは、数値以上の重みを持った**「実感」**だった。

誰かに必要とされ、その才能を認められる。それがどれほど人の心を動かすか、クラリス様の時に学んだはずなのに、改めてその重責に背筋が伸びる思いがした。


俺はまだ痛む体に鞭打ち、ゆっくりと立ち上がる。

泥まみれの外套を払い、周囲を見渡した。


「次も勝つ。……俺たちが、負ける理由はない」


誰に言うでもなく、自分に言い聞かせるように呟く。

その時、不意に視界の端に「違和感」を覚えた。


遠く、夕闇に染まり始めた丘の境界。

そこに、一人の男が立っていた。


漆黒の外套を纏い、風に吹かれながらこちらを凝視している。

彼は動かない。戦いに加わるわけでも、逃げるわけでもない。ただ、冷徹な観察者として、俺たちの動きを、そして俺という異分子の成長を「確認」しているかのような、不気味な静寂を纏っていた。


(……あいつか。あの時、笑っていた側近……)


直感が警鐘を鳴らす。

あいつはレオニードのような小物ではない。

俺がこの「目」で盤面を塗り替えているように、あいつもまた、別の何かを動かしている。


黒い外套の男は、俺と目が合ったことを確認したかのように、微かに口角を上げた。そして、闇に溶けるようにその姿を消した。


(……これは、終わりじゃない)


むしろ、幕が上がったばかりなのだ。

婚約破棄から始まったこの騒乱は、今や国を、そして運命を賭けた巨大な「遊戯」へと変貌しつつある。


「レオン、行きましょう。次の追手が来る前に」


クラリス様が、気品を失わぬ足取りで歩み寄ってくる。

彼女の瞳には、かつての絶望はもうない。あるのは、俺という男に賭けた一人の「共犯者」としての決意だ。


「ああ、行こう。俺たちの場所へ」


俺はガルドや、新しく仲間になった者たちに合図を送る。

この「識眼」が捉える未来は、まだ霞んでいる。だが、隣に立つ彼女たちと、俺を信じて剣を取る兵士たちがいれば、どんなに不条理な世界でも、俺はその価値を再定義してみせる。


物語は、ここから加速する。

俺たちは、真の戦場へと足を踏み出した。







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