93.熱砂の意地と決断の大統領――南米同時多発赤色革命と撤退の号砲
# 海洋帝国日本史 第十章:第二次世界大戦の終結と赤き新世界
## 第一話:熱砂の意地と決断の大統領――南米同時多発赤色革命と撤退の号砲(1943年7月)
### 1.灼熱の独立記念日――マッカーサーの反撃(1943年7月4日)
1943年7月4日。アメリカ合衆国・独立記念日。
祖国が建国を祝うはずのこの日、アラビア半島の奥深く、見渡す限りの赤茶けた砂漠と岩山が連なるネフド砂漠の南端では、摂氏50度に迫る灼熱の太陽の下で、近代陸戦の極致とも言える血みどろの激突が繰り広げられていた。
「……ジャップの第二陣が来るぞ! 稜線の裏に隠したシャーマンを前進させろ。歩兵は塹壕から頭を出すな!」
サングラスの奥で鷹のように目を光らせる老将、ダグラス・マッカーサー大将は、コーンパイプを噛み締めながら冷徹な指示を飛ばし続けていた。
先月の初戦において、傲慢にも正面から突撃してきた大日本帝国陸軍・中東遠征軍の先鋒を、見事な縦深防御と機甲反撃(キルゾーンへの誘い込み)で完膚なきまでに叩き潰したアメリカ中東軍。
しかし、帝国陸軍もただの無能な集団ではなかった。先鋒の壊滅という手痛い洗礼を受けた帝国軍本隊は、即座に戦術を修正。九七式中戦車や一式中戦車を歩兵の盾として慎重に前進させ、さらに航空支援(砂漠仕様に改造された隼や九九式双軽爆撃機)を巧みに連携させた、極めて緻密な「正攻法」へと切り替えて波状攻撃を仕掛けてきていたのである。
「弾薬が持ちません! 本国からの補給は完全に途絶しています!」
血と泥にまみれた参謀が悲鳴を上げる。
大西洋艦隊を失い、さらに南米のパニックによってワシントンからの支援が完全にストップしたアメリカ中東軍は、手持ちの弾薬と燃料だけで帝国軍の十万の大軍を凌がねばならなかった。
「……泣き言を言うな。我々は、合衆国陸軍の誇りにかけて、この不毛の砂漠でジャップに二度目の屈辱を味わわせるのだ。今日は7月4日だぞ。星条旗に誓って、一歩も退くことは許さん!」
ドゴォォォォン!!
マッカーサーの周りに無数の砲弾が降り注ぐが、彼は微動だにしなかった。
彼は残された砲弾のすべてを、帝国軍の補給線(オアシスと補給ルートの結節点)に集中させる「遅滞戦術」を展開。さらに、夜間の急激な冷え込みを利用し、エンジン音を殺したM4シャーマン戦車の夜襲部隊を放ち、帝国軍の野営地を蹂躙した。
「ヤンキーどもめ、本国に見捨てられた孤軍のくせに、なぜこれほどまで強靭なのだ……!」
帝国陸軍の司令官は、砂漠の砂を噛む思いで呻いた。
弾薬が枯渇し、希望が完全に絶たれているはずのアメリカ軍。しかし、マッカーサーという一人の天才的な軍事指導者の存在と、追い詰められたアメリカ兵たちの「合衆国の意地」が、帝国陸軍の進軍を熱砂の上で完全に釘付けにしていたのである。
### 2.裏庭の崩壊――南米同時多発赤色革命(1943年7月1日)
マッカーサーが中東で超人的な粘りを見せていたその三日前。
アメリカ合衆国・ワシントンD.C.のホワイトハウスでは、戦場の硝煙よりも遥かに重く、絶望的な沈黙がオーバル・オフィス(大統領執務室)を支配していた。
「……ブラジルが、落ちました」
国務長官のその一言は、合衆国の首脳陣にとって、死刑宣告にも等しい響きを持っていた。
1943年7月1日。南アメリカ大陸において最大の面積と国力を誇る親米国家、ブラジル。
そこへ、アルゼンチンで産声を上げた親ソビエトの『南米赤軍』が、国境を越えて怒涛の侵攻を開始した。さらにブラジル国内の貧困層や労働者が、ソビエトKGB(NKVD)の扇動によって一斉に武装蜂起。
アマゾンの密林から、そしてリオデジャネイロのスラム街から、数え切れないほどの赤い旗が湧き出し、わずか数週間でブラジル政府は完全に崩壊。親ソビエトの『ブラジル社会主義共和国』の樹立が宣言されたのである。
「これで、アルゼンチン、チリ、ペルー、そしてブラジル……。南米大陸の主要国家は、一つ残らず共産主義者の手に落ちました」
「それだけではない! 革命の炎はすでにパナマ地峡を越え、中米へと北上を開始している! このままではメキシコが火の海になり、赤い軍隊がテキサスやカリフォルニアの国境を越えてくるぞ!」
**『南米同時多発赤色革命』**。
アメリカがヨーロッパや太平洋で世界を支配しようと血を流している間に、スターリンという男が何年もかけて自らの足元(裏庭)に仕掛けていた、巨大な時限爆弾。
それが一斉に起爆し、アメリカ大陸の南半分を完全に「ソビエトの領土」へと塗り替えてしまったのである。
### 3.新大統領の決断――ハリー・S・トルーマンの孤独(1943年7月上旬)
この国家存亡の絶対的危機において、大統領のデスクに座っていたのは、5月22日に急死したフランクリン・ルーズベルトの後を継いだ男。
前副大統領、**ハリー・S・トルーマン**であった。
彼はルーズベルトのようなカリスマ性も、華やかな貴族的なオーラも持っていなかった。ミズーリ州の農家出身で、現実主義的で実直な、良くも悪くも「普通のアメリカ人」であった。しかし、彼にはルーズベルトに欠けていた一つの強烈な資質があった。
それは、いかなる理想やプライドよりも「冷酷な現実(計算)」を優先し、責任を一人で背負い込む決断力である。
「……大統領。陸軍省と海軍省は、パナマ運河を防衛しつつ、アイルランドや中東の部隊を維持すべきだと主張しています。中東の石油利権と、ヨーロッパへの橋頭堡を失えば、我が国は世界の大国としての地位を完全に失うと」
マーシャル陸軍参謀総長が、軍部の強硬な意見を代弁する。
アメリカ軍の将官たちは、何十万という部下の血を流して手に入れた「海外の領土と権益」を手放すことに、猛烈な抵抗感を示していた。特に、中東でマッカーサーが意地を見せているという報告が、彼らの帝国主義的な未練をさらに強く刺激していた。
しかし、トルーマンの眼鏡の奥の瞳は、極めて冷たく、そして澄み切っていた。
「……却下する」
トルーマンは、机の上に広げられた世界地図を、ペンで乱暴に叩いた。
「諸君はまだ夢を見ているのか? 大国としての地位だと? 窓の外を見てみろ。我が国のすぐ南で、ソビエトの操る巨大な赤い軍隊が、アメリカ本土に向かって進軍してきているのだぞ!」
トルーマンは立ち上がり、軍の首脳たちを鋭く睨みつけた。
「ヨーロッパの泥沼や、中東の砂漠など、もはやどうでもいい! 我が国には今、二つの大洋を渡る艦隊もなければ、海外の軍隊を維持する兵站もない。……四の五の言っている余裕はない。腕を切り落としてでも、心臓を守るのだ」
彼は、自らの責任において、アメリカ合衆国の歴史を180度転換させる、最も重大で、最も屈辱的な決断を下した。
「……本官の権限において、世界中に展開するすべてのアメリカ合衆国軍に命じる。直ちに戦闘を停止し、手に入る限りのすべての輸送船をかき集め、**『アメリカ本土へ完全撤退』**せよ。……アイルランドも、中東も、アフリカも、すべて放棄する。我々はこれより、すべての資源を『北米大陸の絶対防衛』のみに集中させる!」
### 4.撤退の号砲――崩れ落ちる帝国主義の夢
トルーマンの決断は、世界中に散らばるアメリカ軍にとって、まさに青天の霹靂であった。
アイルランドのぬかるんだ飛行場で、イギリス空軍(紫電・エクスカリバー)の脅威に怯えながら爆撃機を整備していた航空兵たち。
アルザス地方で完全に包囲され、飢えと寒さの中でドイツ軍に投降する日を数えていた陸軍の残存部隊。
そして、北アフリカの砂漠で、フランス政府の崩壊によって行き場を失っていた部隊。
彼らの元へ、ワシントンからの「本土帰還(完全撤退)」の命令が次々と届き始めた。
「……帰れるのか? この地獄から、本土へ……!」
多くの兵士たちは、屈辱よりも先に、生き延びられるという安堵の涙を流した。しかし、誇り高き将軍たちにとっては、これまでの数え切れない犠牲をすべて無駄にする、耐え難い屈辱の命令であった。
アラビア半島の最前線。
マッカーサーの司令部テントにも、ワシントンからの暗号電報が届けられていた。
「……閣下。大統領からの直接命令です。中東からの即時、無条件の完全撤退。……全軍を港へ戻し、本土防衛のために帰還せよ、と」
参謀が震える声で電文を読み上げると、テントの中は死のような静寂に包まれた。
マッカーサーは、手元の作戦地図をじっと見つめていた。
そこには、彼が帝国陸軍の進撃を見事に食い止め、さらなる反撃の罠を仕掛けようとしていた緻密な計画が書き込まれていた。
「……戦術では勝っている。ジャップの血を、この砂漠でさらに何万リットルも流させてやる計画が、あと一歩で完成するところだったのだぞ」
彼はコーンパイプをギリリと噛み砕きそうになるほど強く握りしめ、そして、深く、重い溜息を吐き出した。
「……しかし、戦略において、我々は完全に敗北した。本国が共産主義の炎に焼かれようとしている以上、この砂漠の戦いには、もはや一粒の砂ほどの意味も存在しない」
老将は、無念の血の涙を心の奥底に飲み込み、部下たちに向かって静かに命じた。
「……全軍に撤退準備を命じろ。我々は敗北したのではない。祖国を救うために、新たな戦場へと向かうのだ。……いつか必ず、この借りは返す」
### 5.エピローグ――講和への胎動
1943年7月上旬。
アメリカ合衆国が世界中からその巨大な手足を引っ込め、北米大陸という要塞へと引きこもる準備を始めたその瞬間。
世界を狂乱の渦に巻き込んだ「第二次世界大戦」の軍事的な衝突は、事実上、その終結のフェーズへと突入した。
アメリカという巨大な敵が戦場から消え去ることで、大日本帝国、ドイツ、イギリス、スペイン、イタリアといった列強諸国は、もはや互いに血を流し合う理由を失ったのである。
「……ヤンキーが白旗を揚げたか。ならば、そろそろ終わりにしようではないか」
東京の帝国将軍府。
ベルリンの総統大本営。
ロンドンのダウニング街。
生き残った大国たちは、銃をペンに持ち替え、血に塗れた地球の地図を自らの都合のいいように切り分ける『巨大な戦後処理(講和会議)』の準備を、水面下で一斉に開始した。
しかし、その講和のテーブルの向こう側には、交渉の余地など一切持たない、ユーラシア大陸から南米までを飲み込んだ**「巨大な赤い悪魔(ソビエト連邦)」**が、不気味な沈黙を保ちながら世界を睨みつけている。
世界を分割する巨大な二つの条約。
『東京条約』と『ロンドン条約』の締結に向け、各国の外交官たちが極秘裏に動き出す中、人類は「平和」ではなく、次なる「絶望的な冷戦」への扉を、自らの手でこじ開けようとしていた。
(第十章 第一話 完)
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